Contact.0-4 友達の友達は……
「………………」
僕の目の前で、一人の男が大きく口を開けて呆けていた。端整な顔立ちは見る影も無く、すっかりアホ面となっているのが残念で仕方ない。こいつの名前は『矢島 栄司』、何を隠そう僕の親友第一号にして幼馴染だ。
短めにカットされた髪、すっきりとした鼻筋の顔付き。かなり格好良い部類に入る顔だが、リアルで見慣れた顔のままなので今の僕と同じく登録時の写真データを流用しているのだろう。面倒な調整作業をする必要もなくて顔の良い奴は得だなと内心で悪態をついてみる。
「あー……ほんとに日向なのか? また随分と可愛らしい姿になっているが」
栄司の隣に立つのは、ローブ姿で薄いフレームの眼鏡をかけた切れ長の眼の青年。こちらも僕の親友で名前は『川倉 伊吹』、ゲーム好きな所があり、時々変な暴走の仕方をするが根は良い奴だ。こちらもまた栄司とは違うタイプの美青年で、小学時代は女子の人気も高かった。おかげで三人一緒につるんでいた小学校高学年や中学1年の時は一人だけ地味顔とか、腰巾着だとか伝言係だとかあまりにも不当な侮辱を受けていたものだ。
さて、僕が連絡し忘れていた事に気付いて、慣れない操作に四苦八苦しながら個人宛てのメッセージを送り、当時の現在地である公園で待ち合わせをしたのがつい五分前。
少しして公園に来るやいなや僕をスルーして周囲を見回し始める2人だったが、僕が近付いてチャットウィンドウを使い自分が日向である事を伝えたところ、硬直してしまったのだ。こちらが気付いたのは顔がそのまんまだったから。もう少し変えても良いだろうと思うのだけど、合流する為の役に立ったので置いておこう。
少し考えたをまとめた後、僕は伊吹の問い掛けに一度頷いてから、再びチャットウィンドウを呼び出す。
『バグか何かでね、ランダムメイクしたらこんな感じになっちゃってて』
手早く文字を打ち込み送信を押すと、軽快な電子音の後に空間に噴き出し型のウィンドウが表示された。ゲーム中では音声チャットが主流だが、一応テキストチャットも出来るようになっていて本当に助かった。
「……運営には報告したのか? 対応してもらえるって聞いたが」
一瞬だけ訝しげな表情を見せた伊吹が、再び当然の質問を投げかけてくる。だがここまでは想定済みだ。
『普通じゃこんな体験できないみたいだし、折角だからこのままプレイしようかと思って』
僕の打ち出した文章を読んだ二人は何か考えるかのように真剣な顔で僕の顔をじっと見てきた。妙なプレッシャーに思わず後退しかけると、二人でアイコンタクトらしきものを取ってからいきなり相好を崩した。いつの間にか栄司も硬直から復活してる。
「なるほど、そりゃ確かにそうだな」
どうやら二人とも喉に引っかかる小骨を無理矢理飲み込む事にしてくれたようだ。思わず出そうになる安堵の吐息を押さえ込むと、内心で感謝の言葉を贈り、その場で二人とフレンド登録を済ませた。
おんらいん☆こみゅにけーしょん
Contact.00-4 『友達の友達は……』
「……そういえば、戦えるのか?」
チュートリアルクエスト用のNPCへと案内される道すがら、唐突に栄司がそんな事を聞いてきた。どういう意味だろうと反射的に小首を傾げてから、僕の事をつま先から頭の先まで測るように見ている事に気付いて合点が行く。確かにいきなり身長が三〇センチ以上も縮んだらまともに身体を動かすことも出来ないだろう。現実でも視点の変化に酷く戸惑ったものだし。
『攻撃力ないから、クエストとかちまちまやっていくしかないね』
あえて明確には答えない。そもそも現実で剣道の有段者である栄司と比べたら、例えシステムの補助を受けても大半の人間がへっぽこだろう。ただでさえ魔法系には物理職に搭載されているという近接戦用のシステムアシストがないので、最初はオンラインゲームの基本に則り最弱の敵を倒して回るしかない。
その旨を伝えた所、彼等は曖昧な表情を浮かべたまま押し黙ってしまった。僕は何か変な事を言ったのだろうか? どうしたのかと問い掛けてもNPCの元に辿り着くまで曖昧に誤魔化したまま答えてくれなかった。
さて、NPCの居る場所はどうやら最初に降り立った広場の脇にあるメインストリートの中央、羽ペンとインクの看板の建物の中らしい。平たく言ってしまえば冒険者ギルドと呼ばれるものだそうだ。僕の居た公園はそこからあまり離れていなかったようで、今の歩幅でも現実時間で数分ほどで目的地の近くまで辿り着く事が出来た。
明らかに気を使ってゆっくり歩かれていた気がしたけれど、僕のプライドのためにあくまで気のせいという事にしておく。心の棚にまた一つ物が増えた所で、目的地に目を向ける。
「…………」
「ここがメインストリート……別名露店エリアだな、ごらんの通り今この世界で最も人口密度が濃い場所だ」
腰に手を当てて呆れた様子の栄司の言うとおり、大通りは広く取られた道幅にところせましとプレイヤーの露店が立ち並び、それを見に来た人々でごった返していてお祭り状態だった。見ているだけでも人酔いしてしまいそうな程だ。
慄きつつも意を決して踏み込もうとしたのだが、自分の想像以上に小柄な身体は非力らしく、あっさりと人に押し流されそうになってしまった。
「おいおい、大丈夫か?」
「!?」
はぐれそうになる寸前で伸びてきた栄司の手。掴まれ引っ張られた僕は、転びそうになって何とか踏みとどまる。今まで意識なんてした事もなかったけれど、栄司の手は何だか随分と大きくて驚いてしまう。……いや、今の僕の手がちっちゃいのか、僕の視点からすれば頭一つ分どころではない差のある栄司を見上げる。
このゲームでは、原則として体格の変更は出来ない。少し前までは少し視線を上げるだけで見えた栄司の顔が、今は首が疲れるほど見上げなければ伺う事も出来ない。その事実が否応無く、僕が小さな少女になってしまった現実を意識させる。
「栄司、そのままエスコートしてやれ。その背丈じゃこの人ごみはきついだろう」
「了解、では行きましょうかお嬢様? ……ぶふっ」
道にひしめく人の波を疲れた表情で見る伊吹に、おどけた様子で栄司が答える。本来こういう気障な事を言う奴じゃないんだが、今の自分はファンタジーの住人という意識でテンションが上がり、僕が中身男だと解っている事も有りからかっているのだろう。ただ自分でやって自分で噴出しているのでは世話がない。
「…………」
とりあえず不服だという意思を込めて栄司を半眼で睨みつけてみるが、効果は薄いようで逆に笑いを堪えている。彼等の中ではどうやら僕の姿を弄る方向で意見が一致したようだった。僕の方もつい今し方『好きでやっている』のだと明言してしまっているが故、強く糾弾は出来ない。なんたる失策、なんたる屈辱。
「あの子、可愛いなぁ……」
「あのくらいの子って珍しいよね、兄妹なのかな?」
追い討ちのように近くに女性プレイヤーの二人組みが、子供を見守るような暖かい眼を向けてくる。どうやら小学生プレイヤーの妹を引率する兄とその友人のように見られているようだった。かつてこんな屈辱があっただろうか。聞こえてくる声や視線は微笑ましい物を見るようで、それが心を痛め付ける。誰も望んでこんな姿になった訳ではないのに……。
「っ……っ」
「……ってちょ、ま!?」
気付いた時には嗚咽が漏れていた、溜まった涙で視界が滲む、栄司が突然泣き出した僕にびっくりして手を離した。驚かせて悪い事をしてしまっただろうか、彼は何も悪くないというのに。
この身体になってからというもの、感情の閾値が随分と低くなってしまっている、まるで本物の子供のように抑えが効かない、頭の中では冷静なつもりでも心と身体が付いてこない。今回も激しい羞恥心に心が耐え切れなかったようで、ぽろぽろと頬を涙が伝っておちる。
目立つ容姿のせいもあって注目を集めていた為に、僕達の様子を目撃してしまった近くのプレイヤーが軽くざわついている。
「いやいやいや!?」
「落ち着け日向、なんで泣く!?」
その中で一番パニックを起こしているのがこの2人だろう。周囲……特に女性陣から責めるような視線を向けられて明らかに狼狽している。かくいう僕もあまり目立つ事は好まない身の上として今の状況は少々どころでなくやばい。ただでさえ人口比の少ない女性キャラクターで、しかも見た目は小学生のプレイヤーなど数えられる人数がいるかどうかも解らない。最低でもここにいた連中に顔を覚えられた事は必至。
「……! ……!!」
「おわっ、え、何だ?」
かくなる上は少しでも被害が拡がる前にこの場から離れたい、コートの袖で乱暴に涙を拭うと、栄司の手を掴み、片方の手でストリートの反対側を指差す。
「え、え!? ……む、向こう?」
「っ! っ!」
「あぁ、確かに一旦離れたほうがいいな……栄司」
指差す方向を見て首を傾げる栄司の手を引っ張っていると、伊吹が僕の意図に気づいてくれたようだった。おかげで栄司にもやりたい事が伝わった。しかしここで彼は僕の予想をはるかに超える行動を取る。
「!!?」
「よ、よし、とりあえずダッシュで行くぞ!」
「お前……いや、後でいいか、とにかく急いで離れよう、そろそろ本格的に視線が痛い」
よりにもよってこいつ、僕を肩に担ぎ上げたのだ。傍から見れば完全な誘拐である。伊吹もその事実に気付いているのか呆れたような顔をしているが、周囲から送られる視線に込められた感情が、責めるようなものから訝しむ物へと変質したのを敏感に察知して考えを切り替えたみたいだった。
「取りあえず溜まり場でいいよな!?」
「他にないだろう」
「~~~!!」
僕を置き去りにした会話で目的地を決めると、無遠慮に走り出す栄司。流石に速度はかなりのもので、視界の中の景色があっという間に流れていく。だが早いが故に立ち並ぶ建物を右へ左へ避けて進む度に振り落とされそうなる、僕の事も考えず障害物を軽く飛び越える栄司の肩の上で、僕は自分で走れるから降ろして欲しいと意思を込めて何度も背中を叩く。
「行くのは溜まり場だ! 人の寄り付かない所だから安心しろ」
「~~~~~~!!!」
ちがああああう!?
残念な事に僕の意思はこれっぽっちも彼に伝わっていないようだった。阿吽の呼吸を実現するにはまだ友情度が足りないようで残念である。というかこの持ち方でそういう動きをされるとだね、酷く不安定で視界が揺れて、今にも落ちそうで本気で怖いんだよおおおおおおおおお!!
堪らず取り乱した僕が、心の中であげた悲鳴は当然ながら誰の耳にも届く事は無かった。
◆
人気のない酒場の中、腰掛けた僕は目の前で申し訳無さそうに頭を下げる栄司を、涙の滲んだ目で睨みながらテキストを打ち込んでいた。
『こわかった』
栄司は走っている最中にテンションが上がってしまったのか、パルクールを彷彿とさせる動きでわざわざやらなくてもいい障害物越えを行いやがってくれたのだ。溜まり場にしているという町外れの小さな酒場へと辿り着くまでに、何度落とされそうになったか解らない。僕は心の棚にこいつに小さな子を預けてはいけないと深く刻み込んだ。
「反省してます」
へろへろな僕がやっとの思いで打ち出した、簡潔な内容の吹き出しを見て頭を下げる栄司。どうやら中身が男だとわかっていても、この姿で流す涙にはそれなりの効力があるようだった。使うたびに男として大事な物が削れていくので間違っても使いたくはないのだが、抑えられない物は仕方ない。
「それにしても一体どうしたんだ? 流石に泣かれるのは、予想外にも程があるぞ」
伊吹の言葉は尤もだ。彼等は僕の"中身"が見た目通りでない事を知っているのだから。いくらなんでもあの程度で泣くなんて普段の僕ではありえない。確かに事情を知らないとは言え、彼等の言動は僕の尊厳にダメージを与えるものではあった、しかし後で少し枕にでも当たれば解消できる程度の物でしかない。
自分でもここまで感情の制御に失敗するとは思ってもいなかったのだ。変化した身体の影響を受けているとでもいうのだろうか? もしもこのまま心まで小さな少女になってしまったら……なんて考えると背筋がゾッとする。
『なんか、感情がばくはつ、しちゃって』
表示された文章を読んだ伊吹がふむと顎に手をやった。彼は恐怖に震える僕の表情をどういう意味で捉えたのだろうか。急に真面目な表情を作り僕を見詰めてくる。彼等に隠し事をしている事や、先ほど迷惑をかけてしまった事への後ろめたさから、僕は伊吹から視線を逸らすように俯く。
「……からかった事は事実だな、すまなかった」
「俺もちょっとからかいすぎた、悪い」
「……!」
自分の中で結論を出したのだろう、伊吹が頭を下げると、合わせて栄司も謝って来る。僕の我侭で振り回してしまっただけなのに、自己嫌悪で胸が締め付けられる。違うと思わず口を動かして、慌ててチャットウィンドウを開く。
『違うよ、二人にからかわれたのが原因じゃない、理由はじぶんでもわからないから上手くいえないけど2人の所為じゃないんだよ』
「……日向」
今度は栄司の真剣な顔。何だか顔を合わせ辛くてまた目を逸らしてしまう。暫くその場に気まずい沈黙が流れた。
「解った……この話はこれで終わりにしよう」
『ありがとう』
空気を読み、敢えて沈黙を破ってくれたのは伊吹だった。彼にはこういう時いつも助けられている。きっと事情を聞きたいんだろう、話して欲しいんだろう。そんな事、よく考えなくても解ってる。それでも彼等は聞かないでいてくれる、見ない振りをしてくれる。だから僕もつい甘えてしまう。もう少しだけ、せめてもう少しだけ、"変わる前"の僕で居させて欲しい。
『ここが溜まり場なんだ?』
「あぁ、正直プレイヤーが多すぎてこの辺は人でごった返してるからなぁ」
話題を切り替えるように出した僕の問いかけに、もう少し時間が立てば中堅組も別の大陸を拠点にし始めて分散するんだろうけど、と栄司が答えた。ここには主なプレイヤーの行動範囲からも離れていて、更に店番のNPCも存在していない空き店舗であるため、身内の溜まり場にするには丁度いいのだそうだ。
『人ごみはまだちょっと苦手』
「それは俺もだ」
「得意な奴はあまり居ないと思うがな」
それもそうだと三人で軽く笑い合う。やっといつもの調子に戻れた事で、僕のほうも大分落ちついたようだ。再びコートの袖でぐいぐいと目元を拭う。僕の視界が塞がれた丁度その時だった。地面を激しく蹴って走る足音が一気に近付いてきたのは。
「天誅ぅぅぅぅぅぅう!!!」
「へぶっ!?」
何事かと顔を上げた僕の目に入ったのは、短いスカートをはためかせて、絶妙な捻りを加えた美しいフォームで栄司の頭にハリセンを叩き付ける、明るい茶髪の少女だった。……誰?
「貴様は……私を怒らせた……ッ!」
「まて、メイリ! 誤解だ! よく解らんがお前は何かを誤解してる!」
それは言い訳として成り立っているのだろうか? 床に尻餅をついて微妙に意味の不明瞭な言葉を口走る栄司をぼんやりと眺めてみる。あまりの出来事にまだ思考がちょっとついていけない、名前を呼んでいる事から知り合いなのだろうと予想はつくが、僕の方の人見知りスキルが発動していて正面からは切りこめない。
「この変態さんがあぁぁぁぁ!」
「ちょおお!?」
呆然とする僕の目の前で繰り広げられるのはハリセンによるラッシュ攻撃。目にも止まらぬ速度で上から横から斜めから、自在にハリセンを振り回す彼女も凄いが、対する栄司も見事なもので巧みに回避行動を取っている、ここまでで打ち込まれた攻撃の数は百に届きそうなのに、被弾した数は三発にまで抑え込んでいた。見たところダメージは無さそうだが一発食らう度に吹っ飛ばされて転がっているのが少しばかり心配かもしれない。
それにしても、町中でPKは出来なかったのでは? と疑問に思って見ていると、どんな派手に吹っ飛ばされてはいても栄司に全くダメージらしきものが入っていない事に気付く。
おや? と首を傾げて少し考えた後、wikiにあったツッコミ用武器という謎のカテゴリの存在を思い出した。確か一切のダメージや痛みを与える事が出来ない代わりに、町中の非戦闘エリアでもPCを攻撃できるネタ用の武器が存在しているのだ。
軽い物では彼女の使うようなハリセン、重めな所では巨大なハンマー、行く所までいくと爆発魔法だったりとバリエーションは豊富。当然ながら無闇やたらに使うとハラスメント行為でペナルティを受けるため、身内での遊び以外では非推奨となっている。ペナルティが重ければバンされてしまうのだが。これは有りなのだろうか?
「……あぁ、大丈夫だ。彼女は俺達の学友で、ギルドメンバーの一人だから
あれは割といつもの事、犬猫のじゃれあいみたいなものだから気にしないでも大丈夫だ」
困ったように引きつった表情で笑っていた伊吹に僕はどうすればいいのかと視線を向けると、それに気付いた伊吹が律儀に答えてくれる。彼等も学校生活を営んでいる以上、全く別の交流範囲があるのは心得ているつもりだったけれど、こうやって目の当たりにすると少しばかり寂しさを覚える。
いや、流石にあれは羨ましくもなんともないが。彼女も顔立ちは美少女なのだがラッシュの時にどこかの悪の帝王のような叫び声をあげている辺りが残念な感じだ。止めた方が良いのかもしれないけど、僕も僕であの剣幕に割り込むには勇気が足りていない。あの二人は仲が良いと言う伊吹の言葉を信じてここは見守らせてもらおう。何とか自力で凌いでくれ。
「ちょおお! なんで俺がどつかれにゃならん!?」
「心当たりがないとは言わせないわよ!
『ミィ』から『エース』が小さな女の子を誘拐して路地裏に消えたって聞いたんだから!
まさかと思って溜まり場に来てみたら、その子泣かせてるじゃない!
あんたがそんな事するような奴だなんて! 信じてた私が馬鹿だったわ!!」
『エース』とは栄司の使っているキャラクター名の事だ、因みに伊吹は『りばー』という名前を使っている。由来はAじから取ってエースと、川倉の川からだそうな。割と安直なネーミング……と僕も人の事はいえなかった。
閑話は置いとこう。つまりあの子は先ほどの騒動を見ていた知り合いから話を聞いて、慌てて戻ってきたら僕が笑っている二人に囲まれて涙を拭っていた。小さな子を泣かせてる、ギルティという事らしい。あれ、これって僕のせい?
「いやまて!? それこそ誤解だ誤解!」
「誤解ぃ? 実際にその子がここにいて、しかも泣いてたじゃない!
私は友人として、あんたが道を間違えるなら殴ってでも正さないといけないの!」
だからといって話も聞かずにどつくのは如何な物かとは思うが、根は悪い子では無さそうに見える。とりあえず栄司の為にも誤解を解かなければと椅子を降りた。だが伊吹が小さく近づかない方がいいと止めてきたので、確かに腕尽くで止める力がない以上、ヒートアップしてる時に割って入ると危ないかもしれないと、話し合いに移行しはじめている彼等の様子を見る。
「な、泣いてたのは確かだけどな……」
「小さな女の子を攫ってあまつさえ傷付けるなんて最低な奴がすることよ!!」
先ほどまでの燃え上がりぶりが嘘のように、落ち着いた表情で栄司を論そうとする彼女は既にハリセンを持っていなかった。今なら近付いても安全だろうと考えて、まだ止めようとする伊吹に手のひらを見せる事で大丈夫だと伝えて、彼女達の方へと一歩踏み出した――
「いい、小さな女の子はね――愛でて、可愛がって楽しむものでしょうが!?」
「変態かお前は!?」
――足を素早く引っ込めると、自分でも驚くほどの機敏さで伊吹の背中に隠れる。どうやら僕は伊吹の制止の意味を取り違えていたようだ。何という事だろう、彼女に近付く事で一番危険が危ないのは他ならぬ今の僕だったのだ。
「失礼ね……淑女と呼びなさいよ!」
彼女の自信に満ち溢れた宣言をバックに、僕は必死でログアウトボタンを探していた。
★2012年11月23日/誤字、表現の修正