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おんらいん こみゅにけーしょん  作者: とりまる ひよこ。
Contact.08 夏のおわりに

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Contact.8-2 子猫と浴衣


 友達と縁日に行きたいから浴衣が欲しい! と仕事から帰ってきたばかりの母親に伝えると、何故か大喜びでお小遣いをくれた。本当なら一緒に選んであげたいけどと嘆く母に友達と行くから大丈夫だと言ったところ、更に泣きそうな顔でついでに一緒に遊んでいらっしゃいとお小遣いを増額された。


 これはあれだろうか、女の子用資金ってやつなんだろうか、女の子ってずるい。


 ともあれ資金の目処が無事についたことをメールでミィに知らせると、男性陣には内緒で駅前にある呉服屋で浴衣を見繕いにいくお買い物計画を持ちかけられた。


 翌日、待ち合わせ場所に指定されたミスドの中でエンゼルフレンチを啄んでいると、黒髪が二人と金髪が一人、三人の美少女が僕に手を振って僕の席に近づいてきた。


「ごめんね、待った?」


 申し訳なさそうな黒髪の少女の問いかけに首を横に振る、来てまだ10分も経っていないのだ、待っているうちにはいらないだろう。


 この三人は言わずもがな、メイリとミィ、すあまさんだ。今は丁度おやつの時間帯なので四人でお茶を楽しみながら色々と相談をする事になった。メイリは丈の長い柄物で紺のタンクトップと七分丈のパンツという動きやすそうな格好、ミィは淡いブルーの花柄サマーワンピースで、すあまさんはブラウスにショートパンツ。なかなかに女子力の高い面々で、自分の着ているシンプルな白いワンピースを見下ろしちょっと落ち込む。


 皆さりげなく腕や足にビーズのブレスレットやレッグレット、髪留めやブローチやベルトなどいろいろなおされアイテムを身につけているのに対して、僕は何も身につけないまさしく子供らしい格好。


 一人の時や姉と一緒だと気にならなかったが、どんなものがいいのかなんて知らないから仕方ないとはいえ、ちょっと無頓着すぎたかなと気分が落ち込む。


「サンちゃん、お小遣いどのくらいもらえたの?」


 得も言われぬ敗北感に打ちのめされている僕にすあまさんが声をかけてきた。


『このくらい』


 指を三本立てると、すあまさんは驚いたようで「サンちゃんのお母さんって太っ腹だね、やっぱお嬢様なのかな」とひとりごとのように呟いた。うちは一般家庭だが共働きで両親ともに給料が良いのでどっちかといえば裕福な側に入る。


 服とかはあまり気にしていなかったが、過去の記憶を洗いなおしたり母の態度を見る限り洋服ほしいからお小遣い欲しいと言えばあっさりくれたような気がしなくもない。


 その分忙しいので小さい頃は寂しい思いもしたが、生活に不自由するのとどっちが良いかと聞かれれば……うん、やっぱ複雑だ。


「それなら髪留めとか、アクセサリーも買えるかな」


「素材が良いからちょっとしたもので十分よね」


 思い返す一方で予算が十分な事を確認したメイリ達のはじめた相談を黙って聞く。残念ながら僕にはそういったセンスがないので彼女たちにお任せしようと思っていた。自分で選ぶよりは良い結果になってくれるだろう……そう信じたい。



   おんらいん☆こみゅにけーしょん

        Contact.08-2 『子猫と浴衣』



 お茶を飲みながらの相談を済ませて案内されて呉服屋に行ってみると、店内には僕の想像を超える量の浴衣が陳列されていた。時期が少し外れているので量は多くないという話だったが、普段女物の服を売る店に行かない僕的には十分すぎる量だ。


 オーソドックスな花柄はもちろんのこと、動物の絵が書かれていたりキャラクター物だったり、いろんな種類があるみたいだ。


 呆気に取られている僕からサイズを聞き出したメイリ達が子供向け浴衣のコーナーから様々な浴衣を持ってきて僕に合わせてきた。試着は今回はミィが手伝ってくれるそうだ、この中で一番外国人っぽい見た目なのに、唯一着物の着付けが出来るというのは、なかなかに面白いと思う。


 因みに一番着物の着方を知っててもおかしくなさそうなメイリはそういった女の子らしい技術は皆無なのだとか。なんだか姉さんと気が合いそうだとおもったけど、あれで一応着付けくらいは出来るんだよね。


 問題となるのは実際に着る時だけど、明日は家にいるという母さんにやってもらう予定なので取り敢えず大丈夫だろう。



「サンちゃんこっちのはどう?」


『子供っぽすぎ』


 デフォルメされた兎のイラストが書かれた浴衣を持ってきたメイリに率直な意見を打ち込んだ携帯の画面を突きつける。たしかに可愛いと思うし、ちょっと惹かれたのは事実だけど、どう見ても幼稚園児か小学校低学年の子が着るようなデザインだ。


「そうかなぁ、似合ってると思うんだけど」


 やや強引気味に合わせられて、鏡に向かって見ると確かにムカツクくらい似合っていた。


「こっちより可愛いかも」

「うん、似合ってるー」


 すあまさんが手に持っているのは白猫の絵柄が描かれた黒地の浴衣、ミィは右手にフリルがタップリついたドレスみたいなデザインのピンクの浴衣を、左手にたくさんのデフォルメひよこが描かれた黄色の浴衣を持っている。


 何でミィはそんなキワモノを持ってきているのか、ひよこ浴衣の方はともかくピンクの方はもはや浴衣と呼ぶのすら憚られるデザインだ。……嫌がらせ?


「サンちゃんは大人びたものより、

 こういう可愛いのが似合うと思うんだけどなー?」


 ミィの言葉に何度も頷いて同意を示すメイリとすあまさん。否定したいところだけど、自分でも似合っていると思ってしまったので少なくとも兎柄浴衣については出来ない。


「それは同意だけど、そっちのは無いんじゃないかしら」


「変形よりは普通のがいいかなぁ?」


 彼女たちから見てもあのピンクのドレス風アレンジ着物は無かったらしい、一安心である。


「うん、正直私もこれは無いなぁと思ってたよー」


 だったら何で持ってきたんだ……。


「じゃあ何で持ってきたのよ」


 心の声がメイリと被る、どうやら皆考えることは一緒のようだった。僕も視線でそれを訴えてみるが、ミィはどこ吹く風とばかりに微笑みを浮かべて小首を傾げた。


「もしかしたらーって思ったんだけど、やっぱり無かったねー」


 その言葉になんだか妙に脱力してしまって、肩を落とした。



 どれにするかは散々悩んだが、最終的には三人に推される形ですあまさんプロデュースの兎柄の浴衣に決めた。ついでに黒い兎の巾着と髪留めも買ってみた。子供っぽすぎるけど大人びたデザインはなんというか全然着こなせなかったので仕方ない。


「あ、ちょっと寄りたい所があるんだけどいい?」


 店をでてすぐ、メイリが言った。時計を見る限りまだ十分に時間はあるので頷きながら他の二人を見る。


「私達も大丈夫だよー」

「どこいくの?」


 ミィ達の視線を受けてメイリが指差したのは、駅前にある大型の家電量販店、ヤドバシカメラの店舗だった。


「ちょっとそこのヤドバシで今日出るゲームの予約してたの、

 ついでだから受け取っておきたくて」


 彼女も結構ゲーム好きだからなぁ、今日発売のゲームといったら何があったっけ。巨大なモンスターをどうにかするゲームは冬だって話だし、大作RPGも時期じゃない。


「何のゲーム予約してたの?」


「……言いたくない」


 興味津々のミィからあからさまに目を逸らしながらメイリはヤドバシの中へ先導するように入っていった。あのメイリが口を濁すゲームって一体なんだろう、知りたいような知りたくないような、複雑だ。



 ゲームフロアのカウンターへ受け取りにいったメイリを見送り、僕達三人は適当に品物を見てまわる事にした。ネットだと目的のものを探すのは簡単でもこういう陳列されている物を眺める楽しみはないから、どこか新鮮だ。


「あ、これ新作出てたんだ、どうしよう……」


 パズルゲームを手に悩み始めたすあまさんを横目にFPS系のゲームの棚を眺める。流石にヴァーチャルリアリティタイプのゲームはまだでていないようだった。やっぱり採算の目処が立たないせいだろうか、エーテルフロンティアの成功を切っ掛けにしてもっと進んでくれるといいのだけど。


 陳列棚の一角には件のエーテルフロンティアのコーナーがあり、イメージビデオがモニターで流されていた。とはいえ専用機器もソフトも売り切れてしまって伽藍堂で、次回入荷未定の札が張られているあたり人気ぶりが伺える。


 もっと気軽にプレイできる時代が来ると嬉しいんだけ……ど?


 何やら強い視線を感じて、咄嗟に背後を振り返る。だけど、それなりの人がひしめくゲームフロアには怪しい動きをしている人物は見当たらない。気のせいだったんだろうか……自意識過剰?


「サンちゃん、どうしたの?」


 何でもないと首を横に振る。


「ごめん、おまたせ!」


 その時ちょうど買い物袋を手にメイリが戻ってきた、幸いとばかりに手を引いてフロアを後にしようとする。


「っとと、サンちゃん?」


「あらら?」


 三人には悪いけど何だかここに居たくない、嫌な視線が時折背中を射抜いてくるようで落ち着かない。変質者にでも目をつけられたんだろうか……怖い。


 結局店を出るまで、視線は僕につきまとっていた。



 やっと視線から解放された所で僕は帰路につく事になった。三人には付き合ってくれたお礼に本当はお茶の一杯でも奢ってあげたかったけど、彼女たちの事だから僕から言い出すと気を使いすぎだと怒られそうな気がするのでやめておいた。


 今度会う時は手土産に何かお菓子でも持って行こうと思う、一緒に食べるなら断られないだろうしね。帰り道は先ほど感じた視線はなくなっていたが、それでも足早に歩いた、そのおかげか予定より早く家に帰り着く事が出来たのは僥倖だったのだろうか。


 玄関の鍵を閉め、洗面所で手を洗う。浴衣は紙袋ごと机の上にそっと置いて、パソコンを起動させた。栄司たちには内緒で着ていって驚かせようという魂胆なので、あくまで普段通りの行動を心がける。


 驚かれるかどうかはまだ解らないけどね……褒めてくれるかな。

 

 そんな思考を放り投げて、ゲームへログインする。


 夏休みの終わりも近いせいか、溜まり場には宿題を消化するためにログインを控えていたらしい学生組の姿が多く見られた。彼等はみんな、心置きなく遊ぶ為に宿題はちょっとずつ済ませていて、下旬に入ってからラストスパートをかけていたせいでここ暫くは思うようにログインできなかったとのこと。


 バランスって、大事だと思う。でも敢えて言わせてもらおう。


『みんな結構廃人だよねぇ』


 流石にガチでいつ寝ているかわからない層と比べると大分落ちはするが、それでも学業はどうしたのかという勢いでログインしてきている層もいる。メイリとかギルマスとかを筆頭にした主戦力グループだ。


 今日もまたログインするなりギルマスの顔を見つけて、思わずチャットを打ってしまった。彼はここ数日は昼入っても夜入っても見かける。よく考えたら僕も人のことを笑えない気がするけど、ひきこもりの特権ってことでここはひとつ勘弁して貰いたい。


 僕の身も蓋もない言葉を確認したギルマスが苦笑を浮かべた。


「まぁ俺らも来年は三年でゲームほとんどできなくなるからなぁ、

 折角のスタートダッシュなんだから遊べるだけ遊んでおこうと思ってねぇ」


 きゅうっと、喉が鳴った。すっかり忘れていたことだ。いつまでも皆でこうやって、遊んでいられると思い込んでいた。でも暇な時間を持て余しているのはたぶん僕と数名だけで、学生組は特に皆、自分の将来に向けて頑張っているはずだ。昨日その話をしたばかりだというのに何で忘れていたんだろう。


 あまりにも学生生活から離れ過ぎたために、実感として浮かんでいなかったせいだろうか。


「俺とギルマスは何だかんだ言いながらギリギリまで遊んでそうな気がするけどな!」

「ありそうだなぁ」


 ギルマスと特別仲の良いお兄さんが笑い、ギルマスが苦笑いしながら同意する。余裕ある組は遊んでいることも出来るだろうけど……。栄司も受験のために頑張るだろうし、伊吹もこういう時は目的を達するまでスッパリと断ち切るタイプだ。


「遊んでばっかりもいられないのよねぇ、残念ながら」


「私はそんなに難しいところは行かない分、マシだけどねー」


 思い出してしまったのか少しげんなりとした顔でメイリとミィが呟いている。二人共、来年に入ったらもう遊べなくなってしまうんだろうかと考えると、居ても立ってもいられず縋るように視線を向けてしまう。


「――だ、大丈夫だよサンちゃん、

 どんなに忙しくてもサンちゃんと遊ぶ時間くらいはあるからね!」


「サンちゃん、その捨てられた子犬みたいな眼は反則だよー……?」


『ありがとう』


 つい、本当についとってしまった行動だった……我ながら恥ずかしい。よく考えたら受験勉強中でもメールは出来るし、終わってからまた戻ってくればいい。ちょっとの間我慢すればいいだけの話だ。


 やらかした自分の言動に羞恥を覚えて、ログインしてすぐに召喚したペット、膝の上で抱っこしていた愛兎の"兎五郎"に顔を埋めて誤魔化す。毛の感触がないのが残念だけど、ひんやりとしていてもちもちのお餅みたいな抱き心地。中々くせになりそうな感触だった、ペット侮りがたし。


「俺、受験やめてサンちゃんと暮らすわ……」


「やめろ変態」


 真っ白な兎五郎の身体で視界を塞いだ僕の耳に、ハリセンで何かを叩く音が聞こえた。同時に聞き覚えのある声も。恐る恐る顔をあげて見ると、ハリセンを手にした栄司と頭を抑えるギルマスの姿があった。


「く、なんだよエースゥ……サンちゃんはもう俺のものだってか!?」


「何を言ってるんだお前は……待て、目が怖いぞ」


 どこをどう解釈したらそういう結論に達したのか、常人には理解できない経緯を辿ったであろう論戦を吹っかける、今日に限ってはやたら喧嘩腰なギルマス。さすがの栄司もちょっとたじろいでいるようだった。というか誰だってたじろぐと思う、僕だって近づきたくない。


「どうせお前のことだ! うっかりお風呂に突入したり、

 お風呂あがりなサンちゃんのあられもない姿を目撃したりしたんだろう!?」


 それは実に酷い言いがかりだった。一体アイツは学校でどういう評価受けてるんだろうか、昔から転んだ拍子に女子のスカートの中を見たりとかはしていたけど、高校に入っても本気で現役だったのか?


 何だろう、ちょっとイラっときた。


「そんな事あるわけ無いだろうが……」


 あまりにも図星すぎる指摘ではあったが、栄司は涼しい顔で回避している。最近になってメンタル面も鍛えられたのか動揺も見せない。いつも苦労をおかけしてます……。


「どうなの、サンちゃん?」


 内心で謝ったりと油断していたのが悪かったのか、ミィの手によって放たれた流れ弾を避けきることが出来なかった。反射的に記憶の奥底へ追いやっていた記憶が一気に蘇る。顔が熱くなっているのがなんとなくわかって、返事を返せなくなってまた兎五郎に強く顔を押し付ける。


「うぅん、これはアウトみたいだねー、耳まで真っ赤だもん」


 当たり前のように人を観察してレポートしないでほしい。ミィはずっと味方だと思ってたのに。


「て、てめぇぇぇ! この野郎、どんなだった!」


 聞くなバカ!


「答えるか馬鹿!」


「ついに自白したわよコイツ!」


「いつもいつも俺達のアイドルを独り占めしやがって!

 今日という今日はぶっ飛ばしてやる!」


 かくしてハリセンを持った変態達に栄司が追い掛け回されるいつもどおりの光景が溜まり場内に作りだされた。もう当たり前の日常となっているこれが、もうすぐ見られなくなってしまうかもしれないと思うと、何故かしんみりした気持ちになってしまう。


 ……栄司はどうするのかな、勉強を優先してゲームはやらなくなるのだろうか。あんまり得意じゃなさそうだから、ゲームにかまけていたらあっという間に成績が落ち込んでしまいそうだ。そうすると、もう気軽に会えなくなっちゃうのかな。


 またメールだけのやりとりに戻って、顔を合わせることも少なくなって……。少し前に戻るだけ、たったそれだけだっていうのに、無性に寂しくて胸が締め付けられようだった。もっと会いたいな、遊びたいなぁ。



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君、狙われ過ぎじゃない?
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