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おんらいん こみゅにけーしょん  作者: とりまる ひよこ。
Contact.08 夏のおわりに

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Contact.8-1 いつかくる明日のために

最終章、はじまります。


 昼前、変質者が捕まったという情報と出先でのお土産を持った母が帰宅した事で、ついに栄司の帰る日がやってきた。寝泊りしたのは三日間だけだったというのに、随分と長く一緒にいた気がするのは何でだろう。


「本当ありがとうね、栄司君、助かったわ」


「いえ、このくらいは」


 折角だから昼食くらいは食べてかえって欲しいと言い、三人でテーブルに付きながら母と栄司が話している。今日のメニューはデミグラスソースをたっぷりとかけたオムライスとオニオンスープ。上に乗せるオムレツをとろとろにするのに苦労した自信作だ。


 豪勢なのはボディガードのお礼代わり。美味しそうに食べている彼の横顔をちらりと見ていると、胸が暖かくなってくる。やっぱり料理は誰かに食べてもらうために作ってこそだろう。


「変質者も無事捕まったみたいだしね、これで少しは安心して仕事へ行けるわ。

 栄司君も良かったら、またいつでも遊びに来て頂戴ね、日向も喜ぶから」


「はい、また遊びに来ます」


 機嫌が良いのか普段よりも饒舌な母を見ながらスプーンで自分のオムライスをつつく。味見はしたけど味が濃いかもしれない。だけど男だった時はこのくらいがちょうど良かったし、栄司もこっちの方が好みだろう。


 自分より人の好みに合わせて作るのは、吝かじゃなかった。


「ごちそうさまでした、それじゃ、そろそろ……」


 きっちりと米粒一つ残さず完食してくれた綺麗なお皿を流しに放り込んで麦茶で一息。栄司が重い腰をあげた。朝の内にパソコンも部屋に戻してしまったし、荷物も纏めてあるのでいつでも出られる。


 そう、出て行ける。


 もやもやした気持ちを内心で押し込めつつ、昼の内に家に戻ると言う栄司を玄関まで見送る。まぁどうせすぐにゲームの中で会うんだろうけど、雰囲気って奴だ。


「じゃあ日向、またゲームで会おう」


 うん、と首肯する。しかし栄司はその場を動かない、何だかんだ言ってやっぱり寂しいのだろうか、僕としてはもう一日くらい泊まって行ってくれても構わないんだけど。


「……じゃあな、日向」


 うん、と首肯する。しかし栄司は動かない、何度も同じ事を言うなんておかしな奴だ。


「……あのな、手、離してくれるか?」


 …………いつの間にか握りこんでいた栄司のシャツの裾をゆっくりと放す。ただそれだけの一動作に数十秒かかったのは、玄関に降り注ぐ陽射しが暑すぎたせいに違いない。



   おんらいん☆こみゅにけーしょん

        Contact.08-1 『いつかくる明日のために』



 栄司を見送った後、母さんが僕をリビングに呼び出した。なんだろうと思いながらソファに座ると封筒に入った書類をテーブルの上にそっと差し出す。なんかいつかの光景を思い出してちょっと慄いてしまう、何だろうこれ。


「これはね、仮想学校のパンフレット」


 そんな僕の様子を見て察してくれたのか、母が先んじて中身をばらした。仮想学校? 聞きなれない単語に疑問符を浮かべながら書類を手に取る。封筒の中身は母の言うとおり学校のパンフレットのようだった。


 仮想学校というのは来年の春を目処に開校する予定の学校で、ヴァーチャル空間へフルダイブする技術を利用して、仮想の学園を作ろうという計画らしい。主な対象は身体的、精神的な理由で通常の通学が困難な生徒、距離の問題など思うように学校へ行けない生徒。


 募集されているのは中学生から高校生の年齢で、入学費は割高だけど基本的には誰でも入れるようだ。流石に建学コンセプトから現時点でイジメなどの対人問題を起こした生徒は断っているという話だけど。


「その、慌てなくていいけど、将来のことも考えないといけないでしょ?

 選択肢の一つとしてあってもいいかと思って、ちょっとだけ考えてみて。

 別に開校してすぐ入った方がいいって訳じゃ無いから」


 言葉を連ねる母にすぐに返事を返すことが出来ず、静かに頷く。行きたくないと言えば嘘になるし、是非行きたいと言うのも嘘になる。もしも新しい戸籍を手に入れたら、学校に通ったことがないというのは現代日本では少々不恰好になるし。


 将来のことを考えてみても学校に行っておくべきだろう。……かといって普通の学校にいくには少し辛い、小学校からやり直すわけにも行かないし、高校からじゃ多分勉強についていけない。未だトラウマは根深く実際に自分の脚で通うとなると難しいけど、要するにゲームの中で学校に行くようなものと考えれば気持ちも楽なんじゃないだろうか。


 自分の中で無数に産まれた言い訳の言葉を重ねて、パンフレットから顔を上げる。やっぱり答えは出そうに無い。……将来、かぁ。


 考えさせてほしいと伝えて自室へ戻るとそのままベッドに寝転んだ。昔はどんな未来を思い描いていたんだっけ、すっかり忘れてしまっていた。といっても卒業文集なんて開きたくない。そういえば伊吹や栄司はどうするんだろう……そうだ、折角だし皆にも聞いてみよう。


 思い立ったが吉日だ、ベッドから跳ね上がるように起きると僕はすぐにパソコンを起動した。



『ねぇみんな、将来のことってかんがえてる?』


 ログインするなり言い放った僕の一言に、溜まり場でのんびりしていたメンバーの大半が固まった。学生が中心となっているギルドだけあって若年層が中心だが、三分の一は社会人らしいので色んな話が聞けるかもしれないと思って突撃してみたのだ。


「さ、サンちゃん、いきなりどうしたの?」


「小学校の課題?」


 何故か胸を抑えて座り込んだり倒れたりした数人を無視して、メイリといつからか普通に混ざっている抹茶さんが口を開いた。昨日の大規模戦で趣味が同じな事が判明したとかで二人は仲良くなっていて、今日もメイリが招待したらしい。


『ちょっと進学になやんで、みんなはどんな進路かんがえてるのか聞いてみたくて』


 嘘は言ってない。


「あぁ、そっかぁ……」


「中学のお受験のお話かしら、随分と早いわねぇ」


 感心する抹茶さんは何というか、酷い誤解をしている気がする。この人は一体僕をいくつだと思っているんだろうか。


『抹茶さん、僕をいくつだと思ってる?』


「……8つくらい?」


 これは怒ってもいい気がする。確かに背は小さいけどいくらなんでも幼く見過ぎだろう。不服だという意思を示すように口を尖らせてチャットを打つ。


『残念16です』


「そうなんだ、驚きね」


「サンちゃん、だからそれは盛り過ぎだってば……」


 本当の事なのに誰も信じてくれない……優しい眼で見られてしまった。唯一真実を知る人物は方や帰宅中だったり仕事中だったり勉強中だったりでこの場に居ないのだ。


「私は製菓の専門学校に行こうってかんがえてるなー」


 落ち込みかけた所でミィが流れを断ち切るように話題を振ってくれた、ありがたい。ミィはパティシエ志望みたいでイメージピッタリな将来像だと思う。


「うーん、私は適当な会社に入って寿退社して穏やかな結婚生活」


 続いてすあまさん。夢にあふれているようで身も蓋も無い現実的な将来像だ、まぁ堅実で素晴らしいんだろうけどなんともコメントに困る。他の学生勢はまだこれからに悩んでいる人が多く、社会人勢は基本的には普通の事務とか、システムエンジニアとかが多いみたいだった。流石にレアな職についている人は早々いないみたいだ、忙しい人もこの時間帯は少ないだろう。


 倒れている人達は目をそらしたり言葉を濁したりで答えてくれなかったので、あえて突っ込まないようにしてあげようと思う。


「もうお嫁さんでいいんじゃない? きっと凄く大事にされるわよ。

 アイドルでもいけそうではあるけど……大変そうだしね」


 横で聞いていたかと思いきや突拍子も無いことを言い出した抹茶さんを軽く睨む。嫁と言われても、男とそういう関係になるのはまだちょっとどころじゃない抵抗がある。自分の状態を自覚することとこれは別の話だ。


『アイドルはないなぁ、そういう抹茶さんは何やってる人なの?』


 この際だからお返しとばかりに聞いてみた、学生って雰囲気じゃないし、少し気になっていたのだ。


「私? ……一応漫画家よ、あんまり売れてないけどね」


「え、そうなの!?」


 悩んだ末に目をそらしながら答えてくれた抹茶さんの驚きの返事に、メイリが声をあげた。確かにちょっとどころじゃなく意外な職業だった、僕達みたいなオタク趣味のある学生にはほんの少しだけ特別な響きを感じてしまう。


「どんな漫画書いてるんですか?」


 これで流れは一気に変わってしまい、興味を示した人たちが積極的に抹茶さんを質問攻めにしはじめてしまった、だから答えたがらなかったのかもしれない、悪い事をしたかな。


 こういうゲームをやっているだけに、プレイヤーはサブカルに興味をもつ人が多いみたいであっという間に抹茶さんは囲まれる、かくいう僕も興味を持つ一人なんだけど。


 彼女は囲まれてる事に気を悪くした訳ではないようだったが、何故か困ったように僕を見ながら、言いにくそうに視線をそらす。


「サンちゃんが知るには10年くらい早いような漫画よ」


「あぁ……」


 首を傾げる数人を除いて、たったそれだけでどういうことかわかったらしい連中は納得したように声を出し、場の空気がどこかきまずい沈黙で満たされた。……僕? 元は男の子なんだもの、解らない振りが上手く出来ていた事を祈りたい。



 その後は多少有耶無耶になってしまったものの、いろいろ聞かせてくれた皆にお礼を言い、少しだけ狩りをしたあと昼食作りのためにログアウトした。


(お嫁さん、かぁ)


 その言葉が、心のどこかに引っかかっていた。一人用に簡単なチャーハンを炒めながらもそればかり考えている。僕だっていつかは誰かと結婚して、子供を作り家庭を作りたいという願望が無いわけじゃない。


 だけど突きつけられるのは自分が女だという変えようのなくなった事実で、今までのようにお嫁さんを貰って仕事をして、やがては父親になって、甘えてくる子供と遊んであげるという光景は、もう思い描くことすら出来ない。


 代わりになる夢想はエプロンを付けて台所に立つ僕、腰に纏わり付くように甘えてくる子供の姿。料理中だからとたしなめながら、今日は大好物だとはしゃぐ子供の頭をなでて鍋の火を止める。お皿を用意しながら振り返ると、テーブルには微笑ましげにこちらを見る栄司の姿が――ってなんでだ!


 そこでやっと我に返り、クッキングヒーターの加熱を止める。何とか焦がさずに済んだようだ。僕はなんてものを想像してるんだ……おかげで顔が熱い。フライパンの中に完成していた明らかに二人分の分量があるチャーハンにため息を吐きながら、皿によそうと残りをタッパに入れて冷ましてから冷凍庫にしまった。


 今の僕は明らかに変だ。たしかに僕は栄司のことが……たぶん、言葉にするのは抵抗があるけど、好き、なんだと思う。そうやってもやもやした感情に気付いたお陰で少しでもハッキリしたのだから、落ち着いてくれるものだと思っていた。


 だけど気がついたらあいつの顔が頭に浮かんで、動悸が激しくなり胸が苦しくなる。自分のことなのに自分がわからない、もしかして僕は悪い病気になってしまったんじゃないか、この体になった副作用が起き始めたんじゃないかと不安は募る一方だ。


 結局食欲がなくて三分の一ほど残してしまったし、まじめに病院に行ったほうがいいかもしれない。悩みは尽きないまま後片付けを済ませ、もやもやを解消するために再び部屋に駆け込むとゲームの中に逃避した。


 こういう時は身体を動かして暴れるのが一番だ……たとえ仮想現実の中であっても。


 ログインして挨拶もそこそこに、自主的に封印していた弓を倉庫から取り出しメイリ達が狩りをしているというフィールドへ直行する。道中でささやきでお願いしてパーティに入れてもらいつつ、マップに表示されるマーカーを頼りに森のなかを歩く。


 こういった遠距離武器は久し振り、弓を持つのも小学生時代にやっていたアーチェリー以来だ。今日の狩場は精霊樹の森のようで、弓を使うには少々不便だけどまぁ問題はないだろう。装備の確認をしながら歩き続けていれば、見慣れた後姿が見えた。


『到着!』


「お、きたきた」


「いらっしゃーい」


 友人達の背中に向かって精一杯の自己アピールをすると、メイリとすあまさんが笑顔で手を振ってくれる。栄司と伊吹は前衛の方で多数のエレメンタルと戦闘中のようだった。足を止めておもむろに弓を構えると呼吸を整える。それから矢を番えてゆっくりと弦を引き絞った。


「あれ、サンちゃん今日は弓なの?」


『そういう気分だから』


 メイリの疑問を一旦置かせてもらいまずは一射、放たれた矢は寸分違わず栄司の脇をすり抜けてエレメンタルの核に突き刺さった。


「うお?!」


 栄司が悲鳴を上げてのけぞる。その間に二射目、三射目とどんどん矢を打ち込んでいく。一本は遠距離攻撃に反応してこちらに向かってきたエレメンタルの核に突き刺さる、もう一本は反撃としてエレメンタルが打ってきた光の弾を砕きながらも真っ直ぐ進んでまた核に突き立てられる。同時にエレメンタルは光の粒となってはじけて消えて、経験値が入って来た。


 一発の威力は確かに足りなくても遠距離ならこいつらも大した事ないようだった、以前近接でボコボコにされた身としてはなんとも複雑な気持ちになる。


 戦闘が終わるなり、栄司は眉を吊り上げて僕に近づいてくる。多分いきなり後ろから弓撃ったから文句言いに来たんだろうけど、なんだか顔を見られなくなり俯いてしまった。


「お前せめて声かけてから……って無理か」


 言いかけた言葉を彼はあっさりと引っ込めてしまった。僕が喋れない事を思い出したようだった。視線だけ上に向けて頷くと彼と目があってしまい、反射的にメイリたちの背中に逃げ込んだ。


「いや、何で逃げるんだ」


『なんとなく?』


 どうにも冷静に行動できない、意識してしまうとダメみたいだ。


「何で俯いてるんだよ……」


『なんとなくだってば』


 顔をあげさせようとしてくる栄司から、メイリを盾にして逃げ回る。多分赤くなってるであろう顔を見られたくない。


 そんなやりとりを見て、すあまさんとミィは妙にニコニコしていて、僕が壁に使っているメイリは今にも歯ぎしりを始めそうな形相を浮かべて栄司を睨んでいるみたいだった。自分の感情が制御できない事が恥ずかしくて、僕はメイリのマントに顔を埋めた。



 どうやら栄司に対するあれは一過性のものだったようで、少し傍に居ただけで大分落ち着いた。


 うん、近付きすぎるとまだちょっと動悸は起きるけど、普通に顔を見て話せるんだから落ち着いたと判断していいと思う。


「いつも思うんだけど、サンちゃん何でアーチャーやらないの?」


 落ち着くことが出来たのでまったりと狩りをしながら、上空に撃った矢で樹の向こう側に居る敵を狙い撃ちにしたりして遊んでいると、不意にすあまさんがそんな事を聞いてきて、答えに困窮してしまう。


「そういえば、ナイフ投げを見てる時からずっと思ってたけど、

 サンちゃんって射撃とかすっごい上手だよね」


 メイリがそれに追従する、正直あまり良くない流れだ。正直に言えば思い出したくない記憶というか黒歴史というか、語ろうとするならば好んで思い返したくはない出来事が付随してくる。


『そんなこと無いよ、普通普通』


 謙遜で躱してみようとしてみるが、すあまさんに半眼で見られてしまった。


「普通は相手の投げたナイフを同じ投げナイフで撃ち落とすなんて出来ないよ……?」


 どうにも作戦は失敗したみたいだった、どうしよう。


「弓の使い方見てても、すっごいアーチャー向きというか、

 もしかしたら有名プレイヤーになってたかもしれないくらいの腕だよ」


「あぁ、それは多分……」


 なおも押してくるすあまさんに内心少し辟易しながらどうやって回避しようかと考えていると栄司が余計な助け舟をよこしてくれた。


「こいつ前にFPSやってた時にキルレートの世界ランキングで一桁台だったんだが、

 そのせいで酷い嫌がらせや叩きを受けた事があったんだよな?

 だからゲームで遠距離職やるのトラウマになってるんじゃないか」


 定点狙撃で敵を壊滅させたり、ナイフ投擲や跳弾を駆使して壁に隠れた敵まで駆逐してたら一部のプレイヤーから物凄い罵詈雑言を浴びせられて、イジメを受けていた頃のトラウマが蘇ってしまったのだ。それから関係ないとは解っていてもオンラインゲームで遠距離攻撃をメインにするには未だに抵抗があったりする。


 話を聞いた僕の過去を詳しく知らない女性陣は、そんなネットゲームによくある話を聞いて同情した目を向けてくる。


「こんなちっちゃい子に酷い」


「ネットに年齢は関係ないからなぁ」


 いまいちフォローになっているのかなっていないのか良くわからない発言を噛ませてくる栄司を軽く睨みながらため息を吐く。気軽に人の黒歴史というか痛い過去を暴露しないでほしい。


「だから目立つの嫌がってたのね」

 

『うん……』


 概ねは間違っていない。でも決して空気になりたかった訳でもない。エンチャンターを選んだ理由はやっぱり友人達に、誰かにとって特別な意味を持つ存在になりたかったからだろうし。


「というか、実は私も練習してるんだけど全然上手くいかないのよねぇ、

 ……あれって何かコツとかるの?」


『……練習?』


 僕だって一朝一夕で身につけた特技じゃない、小さい頃から何度も反復練習を繰り返した。それこそ小学校入りたての頃から忍者に憧れて一日手裏剣投げ100本とか普通にやっては、姉さんや母さんの向けてくる生暖かい目に耐えてきた、その成果だ。


 だからこそ練習以外には答えようがない。あえてコツと呼ぶべきものがあるとすれば、愚直なまでの反復練習、間違いなくこれだけ。


「やっぱりそっかぁ……、

 私もサンちゃんみたくかっこ良く投げナイフ決めたりしたかったんだけどねぇ」


 たはは、とすあまさんは笑う。たゆんと胸部についた二つのスイカが揺れた。


『すあまさんにはそんな特技無くてももっと強力な武器があるじゃない』


「え?」


 具体的には胸とか胸とか、胸とか……あとは胸。身体を動かす度に形が変わり、栄司の視線が時たまちらりとそちらに向いているのが解る。なんだかとても不愉快だ。すあまさんの胸を無遠慮に睨みつけていると、僕の視線に気付いた彼女が納得したような顔で笑った。


「あ、あぁ……もうやだ、サンちゃんってば、

 そんなに睨まくてもサンちゃんだってすぐに大きくなるよ?」


「そうそう、サンちゃんならぼいんぼいんの美人さんになれるよー」


 そう言って抱きしめてくる二人の言葉に頬をふくらませる。二人共十分すぎるほどに大きいから胸を押し付けられるのがイヤミにしか感じない。この体になってから一ヶ月近く、姉にバレてからは毎日風呂あがりに牛乳を飲んで身長を測っているが伸びたのは2ミリだけだったのだ。


 そんな状態で一体何に期待をもてと、希望を抱けというのか。僕の複雑な気持ちは今のところ、親友たちにすら理解してもらえない。


「うーん、でもサンちゃんにはずっとちっちゃくて可愛らしいままで居てほしいのよねぇ」


 唸るメイリの言葉が……なんだか予言のように感じてただひたすらに怖かった。



「あぁ、そういえば、明後日平間神社で縁日があるのは知っているか?」


 僕のレベルが一つ上がったところで狩りを終えて街へ戻る途中、今まで空気に徹していた伊吹が不意に口を開いた。


 どうやら僕に対して聞いているようで、首を傾げてしまった後、あそこは毎年縁日をやっていた事を思い出す。中学に入って今の状態になってからは行っていなかったので、今の今まですっかり忘れていたのだ。忘れているうちは平気だったのに、思い出したら急に行きたくなってくる。


「平間ってあそこだよね、あの階段の長い」

「メイリ、その覚え方はどうかと思うよ―?」


 メイリも場所の心当たりがあったみたいで、話に参加してきた。確かに階段は長いけどさ……。微妙な気持ちは一緒だったのか即座にミィからツッコミが入る、二人の漫才を尻目に悩んで素直な気持ちを打ち出す。


『そうだったんだ、行きたいなぁ』


「……折角だからこの面子で行ってみないか?」


 文章を読んだ伊吹は次に口を開くまでに一瞬の間があった。それはまるで何かを逡巡したかのようだった。しかし出てきた言葉は予想通りであり期待通りのものだった。だから思い切り頷く。行きたいのは本当だから、断る要素はない。


 幸いなことにここに居る女性陣はリアルでも一度遊んでいるし、会うことに抵抗はない。動作の後に言葉に直してチャットを投げる。


『うん、行きたい!』


 一体どういう意図があったのか、返事を受けた伊吹は少しだけほっとした様子だった。さっきから何なんだろう、何か知っていないかと栄司を見てみると、やはりこちらもほっとしたような顔をしている。二人だけ分かっているような状態は除け者にされてるみたいでさみしい。


「待ち合わせはどこにするの? 駅前?」


「駅前のミスドでいいだろ、全員の行動範囲内だし」


 早速とばかりに相談を始めた皆を他所に思い出をめぐってみる。友達と縁日に行くなんて小学生以来だ、あの頃は調子に乗って射的屋のおじさんを泣かせて出禁を食らったり、お小遣いを出し合って屋台の食べ物全制覇を目論んだりといろいろやっていたっけ。


 さすがにもう射的荒らしをする気はないけど、メイリ達がくるならちょっと良いところを見せたいという意地みたいなもある。腕が鈍ってないといいんだけどなぁ。


「そうだ、サンちゃんはどんな浴衣着てくるの?」


 不意に向けられた話に戸惑いを覚えた。浴衣なんて物存在自体を忘れていた、男はあんまりそういうの気にしないからね、いつものメンバーでは伊吹がたまに着ていたけど僕は普段着派だったから余計にだ。でも姉さんは母さんに毎年のように浴衣をねだっていたっけ。


『? 普通にいつもの格好で行こうと思ってたけど』


 だから当たり前のような態度で答えると、女性陣があからさまに不服だという表情を浮かべた。


「ええええ」

「ダメだよそんなの、勿体無い!」

「そうだよー、折角可愛いんだからおしゃれしないとー」


 そんな彼女たちの言葉を顔をしかめながら受け流す、そうは言われてもまだおしゃれにそこまで関心は持っていないし、何よりお小遣いがない。浴衣って高そうなイメージがあるしなんだか勿体無い。母さんにお願いしたらもしかしたら買ってもらえる可能性があるかもしれないけど、ただでさえ迷惑かけてしまったのであんまりワガママを言いたく無い。


「それに、いつもと違う浴衣姿を見せたら、

 栄司くんだって可愛いって褒めてくれるかもねー?」


 渋っている事が伝わったのか、ミィがこっそりと顔を寄せて耳元で囁いた。何で栄司が出てくるのかは解らないが、女子の会話に興味ないようで伊吹と何か相談している栄司の横顔を見る。全く関係ないけど、確かに折角の縁日で一人だけ普段着っていうのも空気を読めてないかもしれない。


 ここは彼女たちの意見を採用して周りに合わせるべきなんだろう、かつて自分を通して失敗した経験を活かして、浮くような選択肢は避けたほうがいい。


『母さんに相談してみる』


 浮き上がったチャットバルーンに書かれた文字を見たミィが満足そうに頷くのを見て、僕はそっと目を伏せるのだった。



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