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おんらいん こみゅにけーしょん  作者: とりまる ひよこ。
Contact.07 手を取り合って
31/46

Contact.7-3 激戦を終えて


 それからも散発的に司令室への襲撃は続いた。防衛側のほうが戦況的に有利ではあるのだけど、人数不足はいかんともしがたい。城へ通じる侵入経路は大きなもので三箇所、正門と城壁上部の左右二箇所だが、脱出用の小さな出入り口もいくつかあるため、現在の人員で全てをカバーして警備するのは無理があった。


 城内の警備に人を回せば大きな出入り口が手薄になるし、そちらを塞げば細かい出入り口から侵入してくる少数の敵に対処しきれない。ゴーレム召喚を駆使することで押し切られる事はないが、このままだと司令室に押し込まれてしまうだろう。


「やっぱりこのまま籠城は不利だよ」


 公式で表示されている人数比は攻城291人、防衛126人。恐らく防衛が100人を切れば200人を超える敵は抑えられない。


「敵は城門前に集結してる、こちらの防衛戦力の減衰を待って一気に攻めるつもりだ」


 デッツンさんが渋い顔をする。実際にその通りの行動を取られたら敗北は必至だ。


「司令官自ら広場へ打って出て相手の突撃を誘い、

 その隙に精鋭部隊で敵の司令官を討つ……って感じでどう?」


 モケさんの提案に全員が渋い表情を浮かべた。僕を含めて否定の言葉が出ないのはきっと、代案が浮かばないからだろう。籠城はジリ貧、全軍突撃は悪手、防衛兵器は対空戦力で地上に居る敵には当たらない。こちらが有利に動ける場所に敵を誘い込んで隙を突いて指揮官を討つ……リスキーではあっても成功確率が一番高いのも確かだ。


「リスクが大きいな……」


 それでも、リスクの大きさは無視できない。失敗すれば問答無用で敗北だ。


「何とか粘って時間切れまで耐えるとか……」


「こちらの数が一定数を切ったら即座に押し切られる、

 現状でギリギリなのは相手も解ってる、だから総攻撃せずに戦力を分散させてるんだ」


 一度に門を通れる人数は多くない、主要な出入り口をカバーできている現状ならたとえ全軍で攻めて来られても守り切ることは不可能ではない。だけど主要な場所を一箇所でも通り抜けられたらその時点で防衛網は崩壊して負け確定コースに入ってしまう。


 だから今の人数が防衛できる限界ギリギリのライン、時間的な余裕は殆ど無い。時間切れになればこちらの勝ちという勝利条件である以上、敵もその機を逃すような真似はしないだろうしね。


「やはり打って出るしかないですって」


「そうね……このままジリ貧で負けるくらいならやってみましょう」


 最終的に姉が承諾したことで、最終作戦(ファイナルミッション)が始まることとなった。



   おんらいん☆こみゅにけーしょん

        Contact.07-3 『激戦を終えて』



 姉を先頭にした部隊が敢えて城門から打って出る事により敵の注目を集め、迂回した二つの遊撃部隊によって敵の司令官を狙い撃ちにするというもの。僕のポジションは姉との傍につく護衛役。今回はグングニルの面々も護衛役としてついてくれることになっている。


 参加していた前線メンバー20人も12人に数を減らしている。半数以上が残っているのは連携がしっかりしてる証拠なのだと思う。すあまさんも敗退してしまっているようだ。


 遊撃班には戦力を温存していたモケさん率いるギルドと、味方側に参加していたらしい抹茶ラテさん率いる狙撃部隊が行くことになっている。遊撃メンバーは総勢20名、僕達は100名そこそこで前に出て敵を抑えないといけない。


 裏口から密かに移動していく遊撃班と別れて、姉さん率いる地上部隊は広場に面した正門側に。弓や魔法を使う人たちは最低限の前衛を連れて城壁の両脇から敵を押し返し、城壁から支援する予定だ。


「それじゃあ皆、厳しい戦いだけど頑張ろう!」


 城の玄関ホールに集まった姉が抜剣しながら片手をあげて、激励の声をあげる。集まっていたメンバーは鬨の声を上げながら正門から打って出た。


 飛び出していく前衛の後に、回復支援を得意とする後衛たちが続く。ハーミットや僕を含めたエンマス達で味方に有利な地形を形作りなら陣を進めていく。


「敵戦力集中! 飲み込まれる……ぎゃあ!?」


 広場の中心で指揮をとって居た人物に城壁の上から矢と魔法が集中する。姉はクールタイムを終えるごとに自分の周囲にゴーレム召喚を召喚して、少しずつ防衛戦力を増やしている。それでも真正面からぶつかるには戦力差が大きすぎる。


「このまま広場を掌握! 城門から打って出るよ!」


 いつの間にか姉さんも前衛に混じって敵の魔法使いを切り伏せている。現在攻め込んでいる敵は広場と城壁上部を合わせて30名ほど、こちらは広場に出ているメンバーとゴーレム合わせて80人弱。


 人数差はやはり大きい、あっという間に広場の敵を平らげてしまった。姉さんも単騎としてかなり強い方なので一対一の状況にさえあれば早々負けることはない。


「総員、突撃陣形!」


「城壁掌握完了! 牽制開始します!」


 わたわたと歪な陣形を作りはじめた広場のチームを支援するように城壁の外に魔法や矢が射掛けられている。敵側もこちらの動きを察して迎撃の準備に入ったようだ。流石に素人集団だけあって即座に陣形を作るのは難しい。


 ただしそれは相手にも言えることだし、上手く誘導出来れば勝機はあるはずだ。程なくしてデッツンさんの指示の下、矢印のような陣形を組んだ広場の部隊は移動を始めた。


「全軍突撃ぃぃぃ!!」


「「おおぉぉぉぉ!!」」


 姉の号令で気合を入れなおし、開けられている城門から外で待ち構えている敵部隊へ向かう。徒歩のせいでいまいち足並みが揃わないのが不安だ、こういう時に騎馬とかあると勢いがでるんだけどなぁ。



 まさしく激戦だった。敵も籠城戦で焦れていたのか食いつき具合は良好で、足並みが揃わないまま迎撃するために部隊と言うよりはギルド単位で向かって来ている感じだった。斥候の報告によると敵の司令官は少数の護衛だけ残して離れた場所で様子を見ているみたいだ。


 外にさえ出てくれば後は人数で押せるから当然だろう、こちらはゴーレムと城壁からの支援があるといっても戦力差はまだ倍以上開いたままだ。激励スキルで防御力を増していても敵の突撃スキルも発動してるので決して有利とは言えない。


「おぉ、誰かと思えばちびっこじゃねーか!」


 姉さんの傍で一歩引いて戦況を見守っていると、聞き覚えのある声が上から聞こえた。顔をあげると、空から戦斧を構えた巨漢の全身鎧が降って来るのが見えた。一直線にこちらに向かってくるようだ、直撃を受けたらまずいかこれは。


「やらせるかぁ!!」

「っしゃぁ!」


 メイリともう一人のナイトが落下地点に割って入る……が。


「ぎゃあっ!?」

「ぐおっ」


「≪ライトニングセイバー≫!」

「≪スタンボルト≫」


 勢いを殺すことには成功したものの弾き飛ばされてしまう。しかしゴードンさんが次の動きに入る前にギルマスと伊吹の雷魔法が打ち込まれる。流石に体力はあっても魔法に強いということはないのか、まともに受けて吹っ飛んでいく。


「ぐおぉっ、ち、麻痺かっ」


「貰った!」


 見事に麻痺にかかってくれたみたいで動きの鈍ったゴードンさんに、栄司がスキルの光を纏った大剣を振りかざしながら飛びかかる、が、また空からきた乱入者が剣を交差させて必殺の一撃を受け止めた。


 すぐに治癒の光がゴードンさんの身体を包み、僕達に向かって牽制するように炎の矢が降り注ぐ。


「くそっ」


 ハガネさんとルカさん、エミリさんのハーレム御一行の登場だ。敵も主力を送り込んで来ているみたいだ。


「っ日向!」


「!?」


 姉にいきなり本名を呼ばれてびっくりして振り返ると、僕をかばうように立った姉が剣を使って飛んできた投擲用ナイフを弾いてるのが見える、そっちにはやたら派手な忍者である赤いのと緑のが空から舞い降りてきていた。こいつらも翼持ちだったのか。


「ひなた? サンちゃんじゃなくて」


 田辺さんが耳聡く姉の失言を拾ったようで、目が爛々と輝いている。終わった後のことを考えると憂鬱になりそうなので意識して記憶から排除する。


 盾持ち騎士のデッツンさんを始めとした姉のギルドメンバーが即座に姉を庇う位置に陣取る。状況は乱戦状態になりつつあり、周囲を固めるメンバーも敵の対応に必死でこちらに援軍をよこす余裕はない、僕達でなんとかするしかないようだ。


「「プリーストを叩け!」」


 睨み合いは数分ほどで終了、姉さんとハガネさんの声がハモり、戦闘開始の合図が響き渡った。



「いつもいつもサンちゃんを独占しやがって!」


「俺達が勝てば秘蔵のサンちゃんスクショ集を公開してもらおう!」


「ふん、そう簡単に見せるわけ無いでしょう!」


「そうだ、俺だって見たことないのが一杯あるんだぞ!」


 ギルマスとメイリが赤いのと緑のと何か不穏な会話をしてる傍らで、姉さんとデッツンさんはハガネさんと、栄司はゴードンさんと剣を交えている。ルカさんは伊吹と魔法戦を繰り広げている。今ここにいるメンバーで動けるのは僕とミィと田辺さんだけだ。他のグングニルのメンバーは迎撃に駆り出されてしまっている。


 あっちはプリーストが一人だけだしエミリさんには悪いけど少し足止めさせてもらおう。姿勢を低く保ってスカートをはためかせながら槍を構えて走る。


「へ、きゃあ!?」


「しまっ!」


 回復職だけと侮られては困る。つきだした槍の穂先を体を反らして避けるエミリさんだが、それだけでも支援が滞るだろう。腕を素早く引き戻し、再び胸を狙って突きを入れる。どうせ倒しにかかったところで倒しきれるものじゃないので、急所狙いである必要はない。


 左胸、右胸……いや、別に胸ばかり狙うのは意図的じゃない。別に羨ましいなんて思っていない。時々変則的に腹部や脚を狙う。流石に対人戦で顔を狙うのは憚られるし、みんな無意識に避けてしまっているようだ。


「くあ、ひ、ヒー……キャっ……うぅぅ」


 当たってもやはり通常の突きでは大したダメージにならないみたいだ。悔しそうに睨まれても戦闘なんだから仕方ない、申し訳ないけどこのまま妨害させてもらおう。


「地味に強いぞサンちゃん!」


「可愛いだけじゃないんだな」


「惚れなおしても私のサンちゃんはあげないわよ!」


 メイリ達は平和そうでいいな本当に。あと僕はメイリのものじゃない。とにかくエミリさんに張り付いて邪魔をし続ける。僕がこうしておけば仲間たちが他の相手を抑えてくれるから安心だ。


「サンちゃん後ろ!」


 ミィの声に反応して背後を振り返ると、頭に迫ってくるハンマーが見えた。咄嗟に腕で庇うがガードごと吹き飛ばされた。地面に転がりながら勢いを殺して停止する。


「――――!?」


 すぐに起き上がろうとしたけど、後頭部を地面に向かって強く抑えつけられて動けない。何だ、何が起こった?


「ちょっとあんた! サンちゃんに何してるのよ!!」


 メイリが大きな声をあげる。どうにか顔を横にして目を開けると、誰かの足が見えた。どうやら乱入してきた何者かに頭を踏みつけられているみたいだ。


「いい気味だなぁ、クソガキィ?」


 この声……前に聞いた覚えが……。


「お前の、せいで! 俺は名誉を失ったんだ!

 どいつも、こいつも、良い子ぶりやがって! クソがぁ!」


 頭に強い衝撃が伝わる、どうやら僕は頭を何度も蹴りつけられているらしい。ゲームの補正で痛みはないが決して良い気分じゃない。というか逆恨みってレベルじゃない、そもそもゲームで名誉と言われても何というか、痛すぎて笑えない。


 とまぁ余裕たっぷりに見せかけていないと、怖くて震えてしまいそうだ。


「サン!!」


 栄司の切羽詰まったような声が聞こえる。痛みがない分そこまで追い詰められていないけど、見た目的によほど酷いことになっているんだろう。


「ちょっとあんた、それ以上は本気で許さないわよ?」


 聞き覚えのあるけれど酷く冷たい声、メイリのようだけど、完全にキレると冷静になるタイプなのだろうか。混乱を誤魔化すようにそんなことばかり考える。


「何を許さないって? 俺はルールに基づいて戦闘をしてるだけだぜ?

 なぁ、そうだよなぁクソガキ?」


 そうだ、今のところ、特別口にするほどの問題があるわけじゃない。マナー的に問題はあるかもしれないがそれにしたって、現時点だと処罰の対象になるほどではないだろう。


「何とか言えよクソが! シカトこいてんじゃねぇぞ!」


 返事をしない僕に業を煮やしたのか執拗に顔面を狙って蹴りをいれてくる、つま先から逃れるように顔を腕で庇うと、髪の毛を掴んで無理やり立ち上がらされた。随分と手慣れた動きをしている、何をするのかと思ったら腹部に膝蹴りを打ち込まれて、軽いこの身は宙を舞った。彼、アランは地面をバウンドする僕を見ては楽しそうに笑っている。同時に誰かの悲痛な叫び声も聞こえた気がした。


 こうして見ると、やっぱり所々でイジメの首謀者だった奴と類似点が見受けられる気がする。漠然とだがあの首謀者は暴力を振るいながら相手を見ながら下品に笑う癖があった。


 認識した瞬間、堪え切れない恐怖で身体が震えはじめてしまった。でもここはゲームの中で周りには仲間が多い。だからまだ、何とか動ける。やられっぱなしで終わるのはあまりにも、情けない。自分に強く言い聞かせる。


「おら、泣けよ、泣いて俺に謝れ!!」


 追いかけてきた彼の蹴りが身体に当たる直前に横に飛び込むように避けて、相手の身体めがけて槍を振るう。


「ぐっ!?」


 どうやら一発は入ったようだ、殆どダメージになっていないけどまぁ良しとしよう。味方の邪魔はしたくな……? あれ、何か戦っていた皆が手を止めてこちらを、正確にはアランを睨んでいる。栄司や姉さん達だけでなく、周囲で戦っている人たちまで敵味方問わず動きを止めていた、何この状況?


 ってうわ!?


「ッ!!」


 気を取られたせいかハンマーで手を叩かれて槍を取り落としてしまう、衝撃でしびれを覚える手をつかもうとしたが、アランによって即座に首を捕まれ持ち上げられる。


「なめやがって、ガキのくせに、なめやがって!

 もう許さねぇ、リアルでチビるまでいたぶってやるよ、

 二度とこのゲームにログインできないようにしてやる!」


 本当に、何がそこまで彼を掻き立てるのか、持ち替えたナイフを片手で弄びながら、ゆっくりと先端を眼の先に近づけてくる。ゲームの中で痛みはないと解っていても怖い。怖い、けど、こいつにそれを悟られまいと、唇を引き絞って睨み返してやる。


「いいこと教えてやる、痛みはなくても攻撃されてる感覚はあるだろ?

 ナイフでこうやって何度も顔を刻みつけてやるとな、どいつも泣いて謝ってくるんだ」


 これ、前にやった事があるっていう自白だよね? 戦闘行為はともかく嫌がらせのための行動はアウトな訳だけど。表情は後先考えていないというよりは、何かに酷く追い詰められているようだった。


「さぁ、謝れ、俺に謝れよ!!」


 奴は腕を思い切り振りかぶる、痛くないと解っていても顔に刃物を突き立てられそうになって平然としていられるほど僕は強くない。ハッキリ言ってすごく怖い。衝撃を覚悟して目を瞑る。


「そもそも謝る理由がねぇだろうが!」


 しかしナイフで刺された感触はいつまでも来ず、聞き慣れた怒鳴り声が聞こえた。途端に首から手が離れて宙に放り出されたかと思えば、地面に落ちる前に誰かに抱きとめられた。恐る恐る目を開ける、至近距離には怒りに染まった栄司の顔があった。助かったと安堵すると共にとくんと心臓が鳴る、こんな時だっていうのに頬が熱くなる感じがした。僕もまだまだ余裕があるのだろう。


 誤魔化すように周囲の様子を探ってみると、アランは栄司の一撃で吹き飛ばされていたらしい。離れた位置でよろけながら立ち上がろうとしているのが見える。


「くそ、何しやがる……てめぇら、何やってるんだ!」


 誰もが手を止めたまま、アランを睨んでいる。


「何で戦ってねぇんだ、クソ、俺が攻撃されただろうが!

 ふざけんな役立たずども、折角こいつをぶちのめせるチャンスなんだぞ!」


 喚く彼に誰も返答を返さない。彼の暴虐は全ての人間の目に余ったようで、すっかり戦いの空気ではなくなってしまっていた。


「お前……いい加減にしやがれ」


 ゴードンさんも冷たい声を出している。彼は豪快な人物だしこういうのを嫌っているみたいだから無理もないだろう。


「大和姉」


「えい……エース君、もう少し抱っこしていてあげて?」


 アランの動きを警戒しながら距離を取り、僕のことを姉に預けようとした栄司だけど、当人には見事に断られていた。ここだと知らない同士って設定だし、司令官に僕を預けるのは変だろう。決して無意識に栄司のマントの裾を掴んでしまっているのが原因ではないと思う。


 まだ身体が震えていて手を離せないんだ、見逃してほしい。


「もう、対抗戦って空気じゃないわね、空気読めない馬鹿のせいで」


 何だかメイリの雰囲気までおかしい。皆ピリピリしていて、僕のために怒ってくれてると解っていても心が締め付けられるようで怖い。僕が彼の姿に抱く感情は、怒りや憎しみよりも悲しみや哀れみのほうが強くなっていた。


「何だよ、お前らなんだよその眼は!

 悪いのは、悪いのはそのガキだろうが、クソ、クソ!

 そいつをぶち殺せ、俺の言う事を聞けよグズども!」


 彼は僕と同じで、この仮想現実で新しい生き方を始められそうになっていて、それが壊れてしまったのかもしれない。とはいえ彼の場合は自業自得だろう、自分を上に置くために常に相手を罵り貶めようとしていた結果なのだから。僕のせいとは思わないし同情も出来ない。


「ふざけんなよぉぉぉぉぉ!!」


 ハンマーを振りかざし、憤怒の表情のまま僕を目指して襲い掛かろうとする彼。反射的に身体が強張る、どうすればいいのか悩んでいると、栄司は僕を無理矢理引き剥がして姉に押し付けた。


「すまん大和姉、やっぱりちょっとだけお願いします」


「分かったわ、私の分もよろしく」


 そんな小声のやり取りを経て、栄司は大剣を構えたままアランを迎え撃つ。この場にいる人間はすべてゴードンさん達も含めて一騎打ちを見守ることを選択したようで、一時武器を下ろして二人の動向を見守っている。


「どけぇぇぇぇ!」


「誰が退くか!」


 鋭い踏み込みと共に突き入れられた剣の切っ先を避けるため、アランが身を捩る。栄司は勢いを殺さないまま片手を離しつつ距離を詰め、避けた体勢でいる奴の脇腹に拳を突き立てた。


「ぐぅ! うぉぉぉぉお!!」


 アランは衝撃に忌々しげに顔を歪め、敵意の矛先を僕から栄司へ移す。踏ん張ったままハンマーを振りぬくが、その頃には栄司は既に彼の背中側へとすり抜けていた。空振りをした隙を突き、振り返りながら剣を横薙ぎに振るう。


「はぁっ!!」


「ぐあっ!」


 咄嗟に身を引いた彼だが、ハンマーを振りぬいた際の反動を殺しきれず肩口をバッサリと切り裂かれた。


「く、何で、だよ、何でアイツばっかり!」


 アランは追い詰められた子供のような顔をしていた。癇癪を起こしたように構えも何もなく、乱雑にスキルだけを発動させてハンマーを振り続ける。当然ながらそんなものは、現実での試合を含めて対人戦はそれなりに経験している栄司にはまず当たらない。


「俺は、俺はやり直せるはずだった!

 この世界でなら、俺は王になれる、英雄になれるはずだった!

 なのに、アイツのせいだ、アイツが俺の邪魔をしたから!

 アイツのせいで俺の下僕どもがいなくなった!!」


 僕の推測はどうやら当たっていたらしい。彼は何て自分勝手で、何て独善的で、何て哀れなんだろう。彼がイジメの首謀者、『葛木(かつらぎ) 荒太(あらた)』だったとしても、僕が木崎日向(ほんにん)である事を知っているはずがない。


 なのに何故か彼は僕に酷く執着していた、あの精神状態を鑑みれば僕を混同しているのかもしれない。


「人を傷つけて、貶めて、それで築き上げた王国なんて、泥船よりも脆いもんだ」


 栄司の声が、酷く冷たい。感情を一切感じさせない機械的な動きで奴のハンマーを持つ右腕をスキル光を纏った剣で切りつけた。アランの悲鳴が上がり、ハンマーを取り落とす。欠損ダメージが入ったのだろう、ビジュアル的にはそのままだが右腕は使えなくなっているはずだ。


「お前の周りから人がいなくなったのは、誰のせいでもない。

 自分勝手で人を傷付ける事でしかプライドを満たせない、

 そんなちっぽけなてめぇ自身に愛想を尽かしたからだ!」


 珍しく口数が多い栄司が、厳しく叱責しながら斜めから切り上げて一撃、仰け反った所に返す刃で袈裟懸けに一撃、よろめいた彼にスキル光を纏わせたまま大きく振りかぶった一撃の三連撃を食らわせた。


 まともに食らったアランは激しく吹き飛ばされて、地面を転がりながら仰向けに倒れこむ。


「っ……違う、違うちがうぅぅぅ!

 俺は悪くない、俺は何も悪くないのに、アイツが悪いんだ、全部あいつがぁぁ!」


 とっくに現実は見えなくなっているのか、否定の言葉だけをうわ言のように繰り返している彼に、栄司は深くため息を吐きながら剣を頭上に掲げた。


「もういい、もう二度と俺の親友(ダチ)に近づくんじゃねぇ」


「あぁぁぁぁぁぁぁあ」


 振り下ろされた剣は頭部を切り付け、地面を砕いて止まる。時間が止まったような感覚の中で栄司が振り返ると、アランの頭上にカウントダウンが表示された。解決、した訳じゃないけどとりあえずこの場はしのげたらしい。


 ゴードンさんが仕切りなおすようにパンっと両手を打ち鳴らすと、斧を持ったまま栄司の方へと近づいて、ニイッっと笑った。


「さて、水を差されちまったが晴れて邪魔者が消えた所で……勝負再開と行こうか!」


 彼の言葉に手を止めていた人たちが武器を構え直して、決戦の続きが行われようとしたその矢先、戦場にファンファーレの音が響き渡り、僕達の眼前に勝利を示すウィンドウが出現した。


「「――はい?」」


 意気揚々と飛びかかろうとしていたゴードンさんやハガネさん達の間抜けな声が、シンとした戦場に響き渡った。



 最終的な戦力比は160対52。もう殆ど押し込まれていた状態で、アランの凶行のおかげで全員が動きを止めていたのが勝因だった。奇しくもあいつに助けられた形になるのが何とも癪だけど、勝ちは勝ちだ。


 決まり手はモケさん達の決死の突入で護衛部隊の気を引いたのちに、抹茶ラテさんが司令官を最高威力のスキルで上空からぶちかましたヘッドショット。尤も作戦についてはシンプルかつ相手の油断を突いただけなので、今回の対戦参加者にこの手は二度と通じないだろう。


 反省点はひたすらに多くて素直に喜べない部分も多いけど、大規模戦争は確かに面白かった。また友達と参加できるならしてみたいと思える程度には。


 あぁ、反省といえばもう一つ。結局田辺さんに姉と家族であることがバレてしまった。問い詰められて下手に誤魔化そうとするより、話して仲間に引き入れた方がいいという姉の判断によって、差し障りの無い範囲で"姉妹"であることを説明した。


 姉の判断は見事大正解で、妹萌え(シスコン)仲間が増えたと大喜びの彼女は味方になってくれることになった。代償として姉たちも今日の祝勝会に参加する事になったのが不安だけど、誰にもバレないように行くと言っていた彼女を信じるしか無い。


「それでは、勝利を祝って!」

「「おつかれー!」」


 そして現在、グングニルの溜まり場では祝勝会と言う名のペット自慢が行われていた。僕は白いタイプのゼリットを選んだ。僕からすると丁度両手に収まる程度のサイズで、呼び出してすぐに胸に飛び込んできて大変可愛らしかった、ぷにぷにでひんやりしていて抱き心地がすごく良い。皆もそれぞれ好みのペットを貰っていて、思い思いに愛でているようだ。


「やーん、可愛いー!」


「あーんして、あーん」


 僕はといえば膝の上に仔兎やら子猫やら子犬やら、肩に小鳥やらをわさわさ搭載しながら、栄司の膝の上で田辺さんにスクショを取られたり、抹茶ラテさんにお菓子をあーんされたりしてる。ソファに座ってグングニルのメンバーに話しかけられている姉に助けを求める視線を送ると、苦笑しながら首を左右に振られた。


「そもそも何で俺の膝の上なんだ」


 それは僕も気になっていた、会場を引き上げて密かに溜まり場に移動して一息ついた途端、女性陣に栄司の膝の上に座らされたのだ。


「悔しいけど、サンちゃんが一番安心するのがあんたの近くだからよ」


「大好きな騎士様だもんね、今日はカッコ良かったよー?」


 メイリとミィの認識がどんどん酷いことになっている気がするのは何故だろうか。僕ってそんなに解りやすいのかな……。まぁ、怖かったのもこうしてると落ち着くのも事実だから今は甘えさせてもらおう。


「はぁ、まぁいいんだけどな」


 栄司も栄司で慣れて来たのか、今日に限っては邪険にせず乱暴に頭を撫でてくれた。大きな手だ、仮想の中でも気持ちよく感じる。


「…………やっぱ悔しい!」


「ちょ、まて!?」


 ハリセン片手に栄司の背後に回ろうとしてきたメイリの動きに焦った栄司が、動揺した末に僕の脇腹に手を通して抱き上げながら後退る。小動物達は落とされる前に自分から脱出してそれぞれの主人の元へ帰って行った、ちょっと残念だ。


「ええい、サンちゃんを盾にすんな卑怯者!」


「理不尽にも程が有るわ!」


 僕を間に挟んでぎゃーぎゃー騒ぐ栄司とメイリを、その場に居る全員が微笑ましく見守っている。やっぱり皆で遊ぶならこういう雰囲気が一番だと思う。


「はいはい、人の妹を盾にしないの、没収よー」


「あぁっ!」

「チャンス!」


 割って入った姉――今はパンツスーツにコートを羽織ったような格好をしている――姉に横から僕がかっさらわれて、丸腰になった栄司にチャンスと見たのかメイリがハリセンで襲いかかる。栄司もやられっぱなしでは終わらず、咄嗟にハリセンを装備して応戦する。


 姉はここに来た時、あっさりと姉妹である事をばらした。どういうことかとささやきで問い詰めたら運営側でも問題を把握していて、さっきの僕に対するアランの凶行もモニターでバッチリ映しだされて居たらしい。


 純付与ということもあってもう十分すぎるほど目立ってしまっているので、田辺さん同様、信頼出来る相手なら味方に付けた方がいいと判断したと説明された。まぁ全部建前で僕と堂々と遊べるようにするための布石なんだろうけどね。


 あぁそうそう、当のアランは暴言をきちんと運営に問題視されていて、イベント後に招致され厳重注意中に強く反抗、最終的に永久アカウント停止処分を受けたそうだ。できることなら、もう二度と会わずに済むことを祈りたい。



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― 新着の感想 ―
え~。 この世界の王、って、本気でそんなモン目指してたの? 自分が創った訳でもなく、みんなが嫌がったら誰もログインしなくなるだけの、そうでなくてもサービスを終えてしまえば消えることが約束された王国? …
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