Contact.7-2 決戦のバトルフィールドへ
どうしても思い出したくなくて、誰にも聞いていなかった事が一つあった。僕に対してイジメを行なっていた人間たちの末路だ。今でも思い出すだけで胸がざわめくし体が震える。周囲もそんな僕の反応が解っているのか敢えて何かを言うことはなかった。
例え奴等が報いを受けていようと居なかろうと、僕にはもう一切関係の無いことだと思い込むことで自分を守ろうとしていた。無力な自分には何も出来ないのだから、彼等が普通に幸せを享受していたとしても、悔しい思いをするだけなのだから。
おんらいん☆こみゅにけーしょん
Contact.07-2 『決戦のバトルフィールドへ』
完全に固まった僕を人気の無い場所まで連れて来てくれた栄司が、インベントリからパック入りのりんごジュースを取り出し手渡してくれた。有難く受け取ると、建物の壁に背を預けストローに口をつける。
「まぁ、何というか、アイツがそうだっていう確証はないし低い確率だとは思う。
とりあえず……あいつらのその後を知りたいか?」
ただ、黙って頷いた。
「……何から話すべきかな、まぁ結論から言うとな、きちんと報いは受けさせた」
驚愕する。そんな話一度も聞いていないし、素振りも見せていなかった記憶がある。
「正確には伊吹がだけどな、
全員ぶちのめしてやろうとした俺を殴って止めて、俺に任せろって。
あの時以上にアイツが切れたところは、見たことが無い」
普段からして冷静な伊吹を見てると想像もできない行動だ。そこまでの思いを抱いてくれたという嬉しさと、そんな思いをさせてしまった申し訳なさで胸がチクリと痛む。
「それから……覚えてるか、お前が庇った奴、
そいつが協力してくれてな、その後も色んなイジメの証拠を片っ端から集めだして、
最終的には卒業式の会場でその証拠を映像付きでぶちまけたんだよ、伊吹」
「!?」
思わず口がぽかんと開いた。伊吹らしくない、無茶にも程がある。そんな事したら自分の査定にも傷が付くんじゃないだろうか。
「そいつらの行動があまりにも悪質で、主犯は軒並み高校の入学取り消し、
関わってた教師も懲戒免職……大打撃だな。
伊吹も受かってた進学校は入学取り消しになって痛み分けになってたが」
『伊吹に謝らないと』
そんな事になってるなんて全然知らなかった、僕のせいであいつの人生まで滅茶苦茶にしてしまったのか。何で倒れたままだったんだ僕は、悔しくて歯を食いしばる。
「一応言っておくがあんま気にするなよ、伊吹の態度見れば解るだろ?
『高校なんて通過点、目的地に付くまでのルートの一つだ』ってな、
何より奴等が平穏に生きているのが許せなかったんだろう、俺も同じ気持ちだった」
『でも……』
僕だってきっと、二人のどちらかが同じ目にあったら絶対に許さなかった。たぶん伊吹と同じように自分と引き換えにしてでもそいつらを潰していただろう。二人の気持ちが痛いほど解る、解ってしまう。だからこそ簡単には納得出来ない。
「……あのまま放っておいたら奴等は絶対に人を殺してた、
お前の……事故の後な、まるでお前が悪の黒幕みたいに扱われてたんだよ、
無い事無い事でっち上げて、な」
苦虫を噛んだような表情で告げた言葉は、これ以上ないほどに予想通りで、胸に嫌な気持ちを落として行くものだった。
「そんな奴等を野放しにしておくことなんて出来なかったし、
何よりも俺たちの親友をそんな風に嗤う奴等が許せなかった。
これは俺達の勝手だ、だからお前が気に病む事はないんだよ」
考える、自分だったらどう思うか。何を言われたくなくて、何を言われたら嬉しいと思うか。
『わかった……謝らない』
答えは、案外簡単だった。
『あとで、ちゃんとありがとうって言う』
「それでこそ日向だ。
ほんとにな、アイツも言ってるんだよ、
『レベルは落ちたけど、なんだかんだで今の高校生活も楽しい』ってな。
だから、あんまり気にすんな」
くしゃくしゃと頭を撫でられる。ちょっと心地良いと思ってしまうのは、この状態になった事による最大の心境の変化なんだろうなぁ。
『……うん』
「あいつが関係者であるかどうかはまだ解らないが、
もし関係者だったら俺たちを恨んでる可能性が高い、
流石にお前が同一人物である事に気づくとは思えないが、頭に入れといてくれ」
真剣な顔をつくった栄司の言葉に僕が頷くのと、対戦エリアへの移動通知が来たのはほぼ同じタイミングだった。
◇
長方形の浮遊大陸が戦いの舞台となる。外観は石煉瓦で作られた堅牢そうな城。僕達防衛側は城壁の内側にある練兵場のような広場で待機していた。これから司令官である姉さんの挨拶と簡単な持ち場の指示が出される。
攻撃側は別の場所で同じように司令官であるGMから指示を受けているはずだけど、流石にそっちの様子まではわからない。本格実装時には参加者の中から司令官希望を集めて抽選か、ランダムで決定されるらしい。
重要なポイントは参加者の作戦実行能力と防衛兵器の使い道、司令官の能力ってところかな。
「ヤマトさんだ!」
「ふつくしい……」
軽く打ち合わせをしていると城の三階部分にあたる位置にあるバルコニーから、何故か純白のお姫様みたいなドレスの上に鎧を付けた格好の姉さんが顔を出した。似合ってはいるんだけど身内のあの姿は色々と思うものがある。
あ、一瞬目が合った、と思ったら気まずそうに逸らされた。これについてはあんまり突っ込まないようにしておいてあげよう。恐らく運営の用意した衣装を着せられたんだろうし、お仕事お疲れさま。
「今回司令官をやることになったヤマトです、
どこまでやれるか解りませんが、全力を尽くそうと思います、
みなさんのご協力、よろしくお願いします!」
「「うおおぉぉぉ!!!」」
凛とした表情で告げた姉さんに、主に男性陣から歓声が上がる。凄い求心力だなぁ姉さんって。ライブとかでも人気があるとは聞いてたけど、実際にみてみると凄いと同時に恐ろしくも感じる。
「流石ヤマト姉……」
栄司が盛り上がる男性陣を眺めながら頬をひきつらせている、気持ちはわかる。素直に頼もしいと思えないあたりが複雑だ。
因みに従来のオンラインゲーム限定で言えば、大規模PvPで司令官役をやっていた事もあるのでそんなに気負った様子もない。予習もしてあるだろうし取り敢えず変な配置はしないだろう。
「まず同レベル帯でナイト系二人、魔法系一人、僧侶系一人
以上の構成を必ずパーティに含めるようにしつつ班を作って……」
バルコニーから指示を出す姉にしたがって、参加者達が6~7人前後で班を作り、指示された持ち場についていく。高レベルの実力者は正門などの最も戦いが激しくなりそうな場所に、低レベルから中レベルの班は防衛兵器を使える位置に。
栄司たちとは残念ながら分かれて行動することになった。まぁ対人戦で前線にエンマスがいても邪魔にしかならないのでしょうがない。僕は姉の傍の護衛役、300人いる防衛側だがエンマスが6人、純付与は3人しかいないので姉の控える司令室と、ほか二つの大きな部隊が駐屯する場所に分かれて配置された。
基本的にはギルドごとに固まってギルドマスターや参謀役なんかが指揮をする事になり。ソロプレイヤーは即席パーティの遊撃隊として動くことになっている。みんな慣れないながらもこのお祭り騒ぎ的な戦いを楽しもうと一生懸命なようだ。
『大丈夫?』
司令室の中、通信機器の前で忙しなく動く中堅どころのギルドの動きを眺めていると姉からささやきが飛んできた。直に声をかけるのは憚られたらしい、助かる。
『ちょっと緊張してる』
ゲーム内でのちゃんばらごっこだとは解っているけど、真剣な顔で作戦を練ったり現場の戦闘班と連絡を取り合っている管制官役を見ていると、戦いの空気を強く感じてどうしても緊張が出てしまう。
『いざとなったら私が守るから安心しなさい』
椅子に腰掛けたまま隣に控える僕を流し見て、くすりと微笑む姉さんの様子に自然と苦笑いが出てくる。
『いや、姉さんは守られる立場だからね?』
姉さんに何かあったら敗北してしまう以上、どちらかといえば僕が身体を張って姉さんを守らないといけない。わかった上で冗談めかして言ったんだろうけどね。
「なんか、お姫様とお付きのメイドさんって感じだね、
サンちゃんだっけ、可愛いなぁ……ねぇねぇ、やっぱり私の妹にならない?」
密かに話をしている僕達を見て、司令室待機のメンバーの一人であり姉の声優仲間でもある田辺さんが微笑ましげに笑う。どうやら彼女は姉の所属している業界人ギルドに入っていて今回のイベントにも我先にと参加したらしい。先ほどから管制官をやっているのはそんなギルド『こえぶ』のメンバーだ。
自他共に認める妹萌えな田辺さんにとって、どうやら"妹"と血のつながってるかどうかなんて些細なことらしい、僕にはレベルが高すぎてちょっと理解できないが。姉に指名されてこの部屋に来た時から、何度か冗談めかして「妹にならない?」と言われている。因みにこれで三度目くらいだ。
「ダメよ、ミカにはユメちゃんが居るでしょ」
「えー、妹は何人居ても困らないよ!」
「その理屈はおかしいでしょ」
参謀役である人物から特徴的な声でツッコミが入る。確か『デッツン』さんだったかな、ひと通り紹介を受けはしたけど、さほどアニメに興味がある訳じゃないのでどんな役をしているかは知らない。ただ深夜にやる萌え系アニメの主人公な青年っぽい声だ。
「おかしくないよ! 可愛い妹は何人いても足りないんだよ!」
「とにかくだーめ、この子は私のい……よ」
完全に"私の妹"と言いかけた姉が不自然に視線を泳がせて押し切ろうとする。田辺さんの瞳が怪しく輝いた。
「何、やまっちもついに妹萌えに目覚めた?」
「……違うわよ」
なんでそこで力強く否定しないのだろう、おかげで部屋の空気が微妙に疑いに染まってきている、これは由々しき事態だ。
『あの、みなさんそろそろ時間ですよ』
丁度戦闘開始の時間が迫っていたので少し噴き出しを大きめにして表示させると、取り敢えずその場を誤魔化すのには成功したようだ。全員が表情を引き締めて持ち場に着く。僕も自分の状態を確認しながら時間を待つ。
そして、眼前に現れたアラートウィンドウが戦いの開始を知らせた。
◇
司令室では監視カメラのようなもので城内各所や、外の様子を見ることが出来る。空中に浮かぶいくつものウィンドウには飛来して来る無数の飛行艇と、それに向かって放たれる防衛側の攻撃魔法や防衛兵器による雷の槍が打ち込まれていっている。
命中精度はあまり高くないようで当たった砲撃は少ないが、雷の槍の威力は相当なものらしく直撃した二隻の飛空艇が爆散するのが映る。
燃えて砕ける船の中から人影が飛び出し、多くが地面に落下していくなか、翼をはためかせた数人が一気に飛び込んで城壁へ取り付く。さほど高度はないので、落ちた参加者もそれだけで戦闘不能になった者は居ないようだ、城壁から大分離れた平原で治療をしながら部隊を整えている。
攻城側は飛行艇を使って出来る限り接近、可能なら城壁内部へ直接侵入するつもりなようだった。かといってあまり上ばかりにかまけていると平原で体勢を整えた落下組に足元を掬われる可能性もある。数の差も大きいし采配は中々難しそう。
「城壁上部の部隊は翼持ちを優先で撃破!
こちらも翼持ちは相手の翼持ちの迎撃よろしく!」
『イエッサー!』
管制官の指示に通信機器から小気味良い返事が帰って来て、城壁上部を映すモニターの中では降下してくる翼持ちに対抗するように防衛側の翼持ちが飛翔していき、激しい空中戦が繰り広げられる。
あれ、敵の翼持ちの中にハガネさんの姿が見える、ゴードンさんも居るようだ。敵味方で分かれてしまったのは少し残念な気がするけど、これもネットゲーム対人戦の醍醐味かな。二人共流石に強く、ハガネさんは流れるような動きで剣を振るって迎え撃つナイト二人を抑え、その隙をついたゴードンさんが後衛に斧で斬りかかる。
白い翼をはためかせたエミリさんがルカさんを抱え、空中砲台になりながらもゆっくりと城壁に降り立ってくる。彼等二人が居る場所なら押し込めると判断したのか、いくつかの飛行艇がそこを目指して進路を変え始めた。
防衛側のほうが有利と言っても、流石に倍以上に人数差があるとかなりきついな。
「ちょっときついか、司令官殿、確か専用の防衛スキルあったよね?」
「あるわ、場所は城壁の上でいい?」
「おーけー、よろしく」
姉さんが手元を操作すると、今まさに戦闘中な城壁の上の魔法陣が浮かび上がり、中からマントを羽織った騎士鎧型を中心に、兵士のような格好のゴーレムが複数現れてハガネさん達に斬りかかる。
これは防衛側の指揮官スキルで特定の場所に味方のゴーレムタイプモンスターを召喚することが出来るらしい。単体での戦闘力はお察しくださいだけど、さっきみたいな乱戦ならこれ以上ないくらいに心強い味方であり、敵からしたら厄介この上ない相手となる。
現に先ほどまで優勢だったハガネさんとゴードンさん率いる攻城組がついに攻めきれずに離脱を始めていた。お互い多少なり犠牲者を出してはいるが、城壁上部は膠着状態に陥り状況は五分五分といった所だろうか。
一方で城門内部では接近していた飛行艇を魔法や防衛兵器で撃ち落とし、落ちて来た敵を複数人で囲んで立て直す前に各個撃破していく形を取っているようでかなり優勢に事を進めている。攻城側もここで少し攻め方を変えて、ある程度接近してから安全に人員を降ろしているみたいだ。数を活かしてまとまって攻める方針を取るつもりなのだろうか、確かにそれなら強みを一番活かせるけど。
広場の方では次第にその数の利が発揮され始めたのか、徐々に敵側も体勢を整えて攻勢に出始めていた。メイリと栄司を中心にしたグングニルのメンバーと、他のギルドがまとまって迎撃しているが少しきつそうだ。
流石に普段から皆して決闘やネタ武器でじゃれあっているだけあり、メイリは対人でも実力を存分に発揮している、盾を使って上手く敵の攻撃を躱しながら、≪挑発≫スキルで敵魔法使いの動きを制限する。対人だとタウントにヘイト値が上がる効果はないが、範囲内に居ると敵対者の詠唱などスキル発動を一定確率で中断させるという効果があるらしい。
動きが止まった隙に栄司が斬り込んで道を作り、ギルマスと伊吹が攻撃魔法を叩きこむ布陣のようだ。
「王の激励入れるよ」
「お願いー!」
攻めこんできた敵が増えてきた所で別の指揮官スキル、数分間防御力と最大ライフ値を大幅に上昇させ、微量ながらライフの自動回復効果も防衛側全員に追加する大技が発動する。周囲に光輝く盾のマークがくるくると回転しながら頭上に登って行き、光を放ってはじけた。
確認してみるとライフと物理、魔法の両防御力が二倍近くに増えている。これによって防衛側は敵の攻撃を物ともしなくなり、増えてきた敵ごと強引に城門の外へ叩きだそうとしていた。
しかし事態はそう上手く転ばない、押し切られそうになっていた敵全員に、先ほどの盾と同じような動きで光り輝く剣のエフェクトが現れる。相手側にも似たような指揮官スキルがあるらしい。これによって勢いを取り戻した敵は、突撃陣形を組んで強引に中央を突破してきた。
敵も似たスキルなら攻撃力二倍だろうか、防御力二倍に対して攻撃力二倍は元のダメージに戻ったなんて生易しくない、バフやエンチャントによっては圧倒的な火力だろう。実際に数と火力に押される形で多数の敵が広場を抜けて城内へ入り込んでしまったようだった。
「敵、突撃命令を使用!
袋叩きにならないように注意して!」
「城内班、ゴーレム召喚に合わせて攻撃、分断して各個撃破!」
『右側城壁内に数名侵入! 内部は迎撃おねがいしま!』
「三階にいる班は固まって迎撃、敵は突撃バフ中、迂闊に攻撃食らわないように!」
『城壁左側敵増加中、増援ください!!』
俄に司令室がざわめきだして、矢継ぎ早に報告と指示が飛び交い始める。戦闘も佳境に入って来たようで何だか緊張してきた。いつでも動けるように槍を握り締めて、念の為に室内の全員に付与魔法をかけ直す。今回は無難に装備の性能を向上させる物だ。
「ひゃっはー!」
「お命頂戴いたす!」
「姫、お覚悟を!」
忍者っぽい格好な赤色のモヒカン頭の男が奇声をあげながら室内に飛び込んできたのはその時だった。頭上に浮かぶ三角のマーカーは赤、敵対者を示している。恐らくスカウトの上位クラスだろう、トレジャーハンターという名称だが構成によってはアサシンやトラッパーに属される能力も持つ、対人戦だと少しばかり厄介な相手だ。
他にも忍者っぽい格好の男が二人後を追って突入してくる、片方は青色なアフロと緑色の箒頭……髪の毛が全て天を向いて逆立っているようなアレ。奇声といい髪型と言い忍ぶ気が微塵も感じられない。
あまりの派手さに僕含めて一同揃って呆然としたいたが、逸早く気を取り直した護衛役のナイトが二人、剣を抜いて切りかかったがモヒカン頭こと赤いのが両手に持った短剣であっさりと受け止め、青と緑が一瞬で背後に周り短剣で首を狩る。
僅かの間に二人が戦闘不能になってしまい、戦闘不能を示すカウントダウンが表示される。呆れた顔だった司令室の実力派メンバーの顔が一様に引き締まった、どうやら見た目で侮れるような相手じゃないらしい。
そうだ、そうじゃなければまだ味方が多く残っている城内をここまで突破してこれるはずがない。僕も内心での油断を殺して槍を構え、姉を守るように立つ。
「げ、まさかのサンちゃん……!?」
「ってちょ、サンちゃんは卑怯だろ!」
懐から投擲用の武器を取り出していた赤いのと緑色のが、僕を見て目を丸くし慌てたように騒ぎ始める。初対面のはずなんだけど、どこかで会ったっけ? こんなインパクトある姿を忘れるはずがないんだけど。
「落ち着けおまいら、サンちゃんだけ避けて司令官を倒せばいい」
「「それだ!」」
「余裕だなっ!」
「その余裕が命取りだにゃー!」
そう言って斬りかかる、実力派ギルドのマスターだという両手剣ナイトの少女と、同じギルドのサブマスだというモルゲンステルンを振りかざした殴りプリの女性。確かmokeさんと一三代目聖天使猫姫さんだったっけ。
モケさんは深紅の瞳の片方をドクロマークのついた眼帯で隠し、ロングヘアーに黒い猫耳、ブラにジャケットと短パンといった海賊のような出で立ち。にゃーこさんは金色の髪と青色の瞳に白い猫耳を付けて、純白の法衣を着ている。
「ぬおっ! やるなモケ殿!」
「気安く呼ぶなし!」
振り下ろされた両手剣を一撃を短剣を交差させて受け止めた赤い人だったが、切りかかった勢いのままに回し蹴りを腹に叩きこまれてふっとばされた。追撃に入ろうとするモケさんだったが割って入った緑の人に短剣が突き出されて動きを止めることになった。
「赤影さん南無にゃのでーす」
「やらせはせんぞー!」
横をすり抜けて赤い人に殴りかかろうとするにゃーこさん、しかし青い人が背後から切りかかった為に対応するために足を止めることになる。盾のように構えられたモルゲンステルンに短剣がぶつかって火花を散らす。短剣を巻き上げるように振りぬかれた鈍器は、しかし青い人の身体を傷つけることなく空を切った。
代わりに弾き飛ばされた短剣が壁にぶつかって金属音を立てる。青い人は後ろに向かって跳躍しながら投擲用ナイフをにゃーこさんに投げつけた。彼女は不敵に笑うと鈍器を軽く振り回してナイフを弾きながら、青い人に追いすがる。
武器の重量差は馬鹿に出来ないようで、武器を投げ続けるもののあっという間に壁際に追い詰められた青い人に邪悪に笑うにゃーこさんのモルゲンステルンが振りかざされた。だが一撃が頭部に加えられる前に高く飛び上がったかと思うと、そのまま壁を蹴って勢いを利用しこっちに飛んできた。本物の忍者みたいだ……ってこっちきた!?
「しまったにゃ!?」
「何、やってんのよ!」
「やまとさん大ファンですサインください!!」
懐から取り出した投擲用のナイフ、続いて鎖鎌を投げつけてきながら飛んでくる青い人、いやこの状況でそのセリフはやめてほしい、力が抜ける。こちらも迎え撃つように投擲用ナイフを投げ返す。
空中で僕の投げたナイフが青い人のナイフを全て弾くシーンを、内心で自画自賛しながら確認した後、僕の頭上をかすめて姉へと飛んでいこうとする鎌、そこにつながる鎖のうち一つの輪っかに槍の穂先を差し込んで勢いを殺す。
「ひょ!?」
呆然と目を見開く青い人に不敵な笑みを返して、勢いが死んで緩んだ鎖を掴み、踏ん張りながら僕の方へと引き寄せる。身体を回転させるように遠心力を乗せながら、軽く飛び上がって足を大きく振り上げると、地面に向かって飛んでくる彼の後頭部に踵を叩き込んだ。
「ぐはっ!?」
「「青影ぇぇ!!」」
「はぁっ!」
僕が戦力外だなんて誰が言ったのだろうか、あまり舐めないで貰いたい。姉が腰に佩いた二振りの長剣を抜きながら駆け寄ってくると、一回転しながら倒れている青い人を切りつける。
「がっ、は…………天使の、聖衣は、フリル付きの、紐、だった」
意味不明な遺言を言い残し、頭上にカウントダウンを表示させる青い人、何というか眺めてる分には楽しいけど一緒に遊ぶにはちょっと辛いタイプだなこの人達。
「「青影ぇぇぇぇぇぇ!!」」
「最後まで変態だったにゃ」
呆れ果てた様子のにゃーこさん、仲間の名を呼ぶ赤いのと緑の、そんな緑の背後に深紅の魔の手が忍び寄っていた。
「隙あり!!」
「のわっ、卑怯だぞモケ殿」
戦闘中によそ見してる方が悪いと思う。状況は二対二、僕も不意打ちだったから上手くいったけど真正面から戦って勝てる気は全くしない。即座に連携して姉さんが動いていなければ体勢を立て直した彼にボコボコにされていただろう。
他のメンバーも似たような物なので、迂闊に入れば邪魔になってしまうと、いつでも動けるようにはしながら四人の戦いを固唾を飲み見守っていた。
「くそ、奇襲は失敗だ、一度引くぞ緑影!」
「合点!」
不利を悟ったのか赤いのと青いのが地面に煙球を叩き付けて踵を返した。入り口付近が真っ白な煙に包まれて見えなくなる。
「誰が逃がすか!」
「モケちゃん、深追いは禁止にゃ!」
確かに彼女たちにこの場を離れられても困る。かといって素直に逃がすのも癪だったから何となく、ナイフを煙が揺らめいた場所の足元に向かって数本投げた。煙の向こうから「ぐぇあ!?」という奇妙な叫び声が聞こえたので多分どこかに命中はしたんだろう。煙が晴れた廊下には誰も居なかった。
「ふぅ……隠密タイプは厄介極まりないな」
「サンちゃんってひょっとして、結構強いのかな?」
全員が臨戦態勢を解除して一息を付く。モケさんとにゃーこさんの治療を終えた田辺さん――この人は回復型のプリーストだった――が何故か驚いたような顔をして僕を見ていた。ああいう小手先の技が得意なだけで別段強いわけじゃないというか、多分僕だと引き倒したあの人を倒すまでに頭の部分をひたすらに槍で突きまくって二分くらいかかる。
『不意打ちだったから誤魔化せただけ』
「それでもかなり凄い動きだったにゃ」
でもほめられると悪い気はしないというか、ちょっと照れるのも事実だったりする。そして丁度味方も敵も司令官スキルでつく特殊バフが切れたみたいで、モニタに映る戦況が徐々に変化しつつあった。
残り時間は一時間少々、残り人数は攻撃側474人、防衛側207人。ここからが正念場だ。
◇
あれから数十分ほど経ったが戦況は未だ光明を見出だせない状態だった。敵側の指揮官であるGMは後方から出て来ず、かといって防衛側も突出して攻めるわけにも行かず、守りを固めながら散発的に攻撃してくる敵陣営を捌いていた。
「耐久戦で削り切るつもりかな?」
「膠着状態なら、少数精鋭で電撃戦をしかけ指揮官を仕留める手も……」
司令室でも思うように進まない戦いに皆で頭を抱えていた。あの派手な忍者の到来から数えて暫く、守りの配置を少しずらしたのが功を奏したか未だ新たな敵襲は発生していない。
「打って出るにはちょっと戦力が辛いね」
こちらの人数は残り160人で攻城側は350人と倍以上の差は依然として覆っていない。かといってこのままの状況が続けばジリ貧になって数で押しつぶされるだろう。
『一階A班、侵入者5名を撃退、損害2!』
「了解、別グループと合流して戦力補充を」
局地戦では防衛兵器とゴーレムの支援もあるので何とかなっているが、そのうち手薄な場所が出てきてしまうだろう。
「やっぱりここはあたし達が」
「私達が出て行ったら司令官のガードが薄くなるにゃ」
モケさん辺りは大分焦れているらしく、にゃーこさんが抑えているがいつまで抑えきれるか解らない。微妙な停滞が続くのは精神衛生的にもよろしくないだろう。焦れて動けばろくなことにならないし、ここらで一つ、何か大きな戦況の変化が来てくれればいいんだけどなぁ。
……なんてことを考えていたのが悪かったのだろうか、突如として司令室の外から轟音が響き渡った。
「何事!?」
武器を持ったままモケさんとにゃーこさんが司令室を飛び出していく、狭い司令室でずっと待機していたのが原因だろうか、少し行動が軽率になっている。防衛戦力の筆頭格であるトップの二人が飛び出してしまったせいで、浮き足立った他の人たちも追従してしまった。
「あぁちょっと、迂闊に動かないで!」
姉さんが慌てて言うが一歩遅かったようだ、既に司令室の防衛戦力は半分まで落ち込んでいる。
「司令室前! 敵部隊が強襲中!」
「≪エクスプロード≫でも叩きこまれたのかしら……」
すぐに聞こえる剣戟の音に残ったメンバーも慌てて武器を構えて警戒態勢に入った。
「ちょっと、ガード甘すぎじゃないの!?」
管制官の一人の女性が悲鳴に似た声をあげた。まったくそのとおりだとも思うが、根本的に人手が足りていないのが原因だ。同数だと防衛側が有利過ぎるし、ここまで差があると攻城側が有利……難しい塩梅だ。恐らく先行イベントという形でそういう部分をテストしたかったんだろう。
「いざとなったら司令官逃がすの優先で!
あの似非忍者二人を逃したのは痛かったね」
本当にだ、あれでこちらの戦力や防衛なんかの穴がバレてしまった可能性がある。とはいえ過ぎたことを言っていても仕方ない、ここは何とか持たせないと。
「戦える連中の半分は部屋前の防衛線に参加!
残り半分は司令官を守れ!」
デッツンさんの指示で室内に残っていたメンバーのうち半分が慌ただしく外へ出て行き、残りは武器を持って迎撃用の陣形を組み始めた。残ったのは6人か。
『僕もちょっと手伝ってくる』
「え、大丈夫なの!?」
少し不安はあるが、僕の体術も通じることが分かったし試してみたい魔法もある。前に出ないように気をつけていれば大丈夫だろう。
『多分大丈夫、危ない位置にはいかないから』
「そう、気をつけるのよ?」
『うん』
随分と心配性になってしまった姉に苦笑しながら頷くと、少し遅れて防衛線に参加する。司令室の前には大きめの廊下があり、他のメンバー達はウォーロックの上級職であるハーミットの魔法で氷や土のバリケードを作りながら、攻めこんできている敵と戦っているようだった。
敵の数はパッと見て12人ほど、こちらは10人だが、既に動けるメンバーを招致しているのでそう遠からず増援が来るだろう。増援が来るまで持てばこちらの勝ちだ。
さて、エンマスの戦場での力を見せるとしましょうか!
まずは味方の集まっている位置にかぶせるように地面を指定し、地形を対象とする付与術を使用する。これはエンマスの最上級付与術で解放される魔法種別の一つ、ウォーロックの設置スキルのように地面に設置して持続的に強力なバフをかけ続けるタイプの魔法だ。
特徴は種類が違うものを重ねておくことが出来る点。効果としては、設置された半径20メートルほどの魔法陣が上に立っている味方に2秒ごとに10秒間持続するステータスアップ系のバフをかけ続けるというもの。移動しながら行う戦いだといまいち使い所がないが、こういう防衛戦だと特に力を発揮する。
≪フィールド・マイトパワー≫は筋力を10上昇させ、≪フィールド・マイトマジック≫は魔力を、≪フィールド・ガーディアンフォース≫は体力を同値上昇させる。効果時間は10分でクールタイムも10分だ。
これだけで攻撃力が大分上がり、モケさんを中心にした前衛メンバーが徐々に押し返している。もちろんこれだけじゃ芸がない。同じ形式で敵対対象のステータスを下げる、≪フィールド・ウィークパワー≫や≪フィールド・ウィークマジック≫なども合わせて乗せる。
さっきの何とか影の時に使っていればよかったと今更ながら思う、非戦闘員のつもりでいたせいですっかり忘れていたのだ。
「ひゃっほう、流石はエンマス!」
「味方に居ると頼りになるにゃー!」
モケさんとにゃーこさんがテンション上げまくって敵をバッタバッタとなぎ倒している。モケさんは剣士風なマントを付けた少年と少女に斬りかかられながらも、少年の剣を蹴りで、少女の剣を柄をぶつけて弾きながら少年の顔面に左肘を叩きこみ、よろめいた所を踏み台代わりに飛び上がると、スキルの光を纏いながら空中で一回転して少女を思い切り叩き斬る。
現実だったらあの女の子は真っ二つになっているであろう豪快な一撃だ。現実にもそれは反映されたのか女の子が倒れてすぐにカウントダウンが表示される。その間にも気を取り直した少年がモケさんの背中に剣を突き立てようとしていたが、横合いから突っ込んできたにゃーこさんがモルゲンステルンを華麗なバッティングフォームでフルスイング、哀れな少年を吹き飛ばした。
改めてこの二人が敵じゃなくて良かったと思う、何とか出来る気がしない。
「くそ、せめて一人くらいは!」
どうやら突入メンバーに翼持ちが混じっていたようだ、槍と盾を持った黒髪の青年が天井付近まで飛び上がると、そのまま僕に向かって急降下してくる。でもそう簡単にやられてあげる訳にはいかないんだよね。
僅かに身体を逸らしつつ、武器を水晶槍からお掃除モップに切り替えてにゃーこさんに倣ってバットのように構える。使う魔法はお久しぶりな≪オーバーロード≫、内約は≪パワーライズ≫を五回分、60%増加が5回かかって攻撃力なんと300%増加というとんでもない超性能な武器になる。
ネタとしていくつか貰っておいたのが役に立った、実用武器ではないがそれなりに攻撃力はあるので、一発こっきりの武器としてなら結構使える。
「ぐおあぁ!?」
というわけで遠慮無く飛び込んできた青年を迎え撃った。盾で防がれてしまったが結構いいダメージが入ったようだ。ライフ的には三分の一くらい持っていけている。≪オーバーロード≫のクールタイムは20分だしこれで暫く使用は打ち止め、壊れる前に少しでも戦闘に貢献しておこう。
姿勢を低くして駆け出し、前衛組に混ざろう。全身鎧を来て盾と片手槍を持つ背の高いおじ……お兄さんの影に隠れるように動きつつ、魔法を詠唱している敵方魔法使いの懐へ飛び込む。
「なっ」
「うわ!?」
驚きに目を見張る彼等に向かって身体を回転させながら、勢いをつけてモップを振るった。主に手足を狙って強打を繰り出す。狙った魔法使いは三人いたが、一人にダメージを与えたものの一人にはかすった程度、もう一人には完全に避けられた。
「ナイス、サンちゃん!」
だけど詠唱は中断させられたからよしとしなければ。追撃するモケさん達とスイッチするようにバックステップで自陣へと戻っていく。これで敵は残り7人、この調子なら問題なく倒せそうだ。
「押し返せー!」
「おぉー!」
その予想は外れる事無く、程なくして侵入者を排除する事が出来た。




