Contact.7-1 イベント開催
お待たせしました、おんこみゅ7章開始です。
木、金、土の12時に更新予定。
「いいなぁ、ハンバーグいいなー」
「さぞ美味しかった事でしょうねぇ……」
夕食と入浴を済ませ、寝る前のログイン中。一緒にログインしたラッキースケベ野郎は変態共に絡まれていた。
「あぁ、美味かったよ、羨ましいだろう」
しかし何か自慢げに言い放つ栄司に変態Aが「きぃぃ!」と地団駄を踏んだ。良くわからないが何かが吹っ切れたらしい。僕も早く吹っ切りたい、思い出すだけで恥ずかしくて死にそうになるのだ。
おんらいん☆こみゅにけーしょん
Contact.07-1 『イベント開催』
「そうい……」
ツッコミ用のピコピコハンマーで攻防戦を始めた栄司とメイリを尻目に、ギルマスが僕に話しかけてきた所で動きがピタりと止まった。何事かと首を傾げそうになった時点で身体が動かないことに気づく。
え、あれ?
「!?」
「えばさってなんだこれ?」
突然自由が戻り、込めていた力がそのまま発揮されてソファーの上でころんとひっくり返ってしまった。ギルマスもつんのめったがテーブルに手をついて何とか留まり、じゃれあっていた二人が悲鳴を上げてすっ転んでいた。
「ありゃりゃ、サンちゃん大丈夫?」
近くにいたミィに助け起こされて頷く。
『なんか急に身体が動かなくなったね』
「いてて……そう」
僕の入力した発言が数秒ほど遅れて表示されると、肩を押さえながら立ち上がった栄司が同意しようとしたのだろうか、口を半開きにした状態で動かなくなる。僕もやっぱり身体が動かせない。
「だなっ!」
再び時が動き始める、今度は殆ど力を込めて居なかったこともあり動かずに済んだが、周りにいる連中はそうでもなかったようで奇妙な動きですっ転んだりしている。まるでコントだ。
「ラグっぽいねぇ」
何だか断続的に動きが止まる、オンラインゲームに付きもののあれなんだろうか。仮想現実を体感するゲームだとどうなるのかという話題はあるにはあったけど、時間が止まってるのに意識だけはハッキリしてるみたいな感じになるのか。
「これは狩り……は無理そ、うだな」
何で今日になって急にラグが発生したのだろう、昨日までは人の多いゴールデンタイムであっても平然と動けたのに。
「そういえば今日からでしたっけ、新規生産分の販売」
「あぁ、なるほどそれ……でか」
意外な所で答えをもたらしたのは製薬型の少年だった。そうか、新規の人が一気に入った日の夜だから予想以上の負荷が発生したとか、そんな感じなのだろう。それにしても、ちょっとおもしろいなこれ。
「っ! っ!」
人が近くに居ないところまで行ってぴょんぴょんと飛び跳ねていると、丁度飛び上がった所で時間が止まる。数秒ほどして身体が動き出し、咄嗟に地面に両手を付いて着地した。
「何やってるんだお前は」
『すとっぷもーしょん』
どやっと胸を張ってみると、栄司に可哀想な物を見る目で見られた、なんかすごく心外なんだが。人の裸を見たくせに何だその態度は!
「ちょ、こら!?」
ギガハリセンの製造依頼時に、一緒に改造してもらった特大サイズピコピコハンマーを振り回して栄司を追いかける。室内だとちょっと使いにくいしハリセンと違って当てにくいのが難点だがインパクトは抜群だ。
ステップを利用して壁際に追い込み、逃げ場をなくした所でおもいっきりジャンプして飛び掛かる。それなりにレベルは上がっているのだ、全力を出せば栄司を少し見下ろすような位置までジャンプできる。これは流石に予想外だったらしく獲物は隙だらけだ。
――貰った!
…………あれ? 空中で静止したまま動かなくなった。数秒、数十秒、今までに無いほどの時間が経過して、どうするかなーと思った瞬間世界が動き出した。
「――うおっ、あ!?」
バランスを崩してそのまま落下しそうになった僕を反射的に受け止めようとしたのだろう、栄司が両手を広げて抱きとめる直前、またラグが発生して微妙に位置がズレ、床に押し倒される。目の前に迫る栄司の顔、唇に何か微妙に硬いような柔らかいようなものが当たる感触。
「――!!?」
「「あ、ああああああああああぁぁぁ!?」」
ぶつん、と音を立てて視界と感覚が現実に引き戻される。バイザーの内側にCONNECTION ERRORの文字が踊っている。ヘッドギアを外してパソコンを確認すると公式にサーバーダウンのお知らせが掲載されていた。どうやらこのまま朝までサーバー強化の緊急メンテに入るようだ。実に迅速な対応である。
それにしても、あの感触は……まさか……。いや、忘れよう何も無かった。うん、何もなかったのだ。ベッドの上で枕に顔を押し付けながら転がっているとコンコンと扉を叩く音が聞こえた。ノックなんて栄司くらいしかしないので開けると、なんか気まずそうな顔をした栄司が立っていた。
どうしたのかと首を傾げていると、言いにくそうに視線を外しながら馬鹿はのたまった。
「あー……大丈夫だったか?
いや、その、さっきのは何というか、不可抗力だからな?」
だから何も無かったって言ってんだろ! いい加減にしろ!!
◇
鳥の鳴き声で目を覚ます、栄司の脛を蹴り飛ばして扉を閉めてから不貞寝気味にベッドに寝転んだらそのまま寝てしまったようだ。つけっぱなしのパソコンはスクリーンセーバーが起動している。少しマウスを動かして表示を戻すと、開きっぱなしになっていた公式サイトを更新する。
どうやら無事に緊急メンテは終了したようで、今回のお詫びに何種類かの課金アイテムが配布されるようだ。ゲーム内で受け取れるみたいなので後で受け取っておこう。
トイレと歯磨き、洗顔を済ませるとワンピース型のパジャマからパステルグリーンのサマーワンピースに着替えて台所へ向かう。エプロンを付けてからクッキングヒーターの魚焼き用グリルに塩鮭の切り身を放り込み、小さめの鍋に湯を沸かして切ったダイコンを放り込む。
途端に魚の焼ける良い匂いが台所に立ち込める。ボウルに卵を数個落として砂糖と醤油、顆粒状のかつおだしをほんの少し加えて厚焼き玉子も作っておく。丁度ダイコンに火が通ったようなので細く切った油揚げを入れて味噌を溶かし、火を止めてからこちらにも顆粒状のだしを適量入れる。
「美味そうな匂いがするな……」
焼き鮭と卵焼きを乗せたお皿を並べ始めた所で髪の毛をぼさぼさにした栄司が起きてきた。携帯に『ごはんすぐできるから顔洗ってきたら?』と打ち込んで見せると、眠そうにアクビをしながら頷いて洗面所へゆらゆらと歩いて行くのが見えた。なんか妙に眠そうだけど大丈夫だろうか?
昨日の残りの冷凍ご飯をレンジで温めて、梅干しを小皿に一粒ずつ。味噌汁をよそって朝食は準備完了。朝なんてごはんと味噌汁とおかず一品あれば十分だろう、卵焼きは何というか、慈悲みたいなものだ。
料理を終えてエプロンを定位置に戻した頃、幾分かスッキリした顔の栄司がダイニングに戻ってくる。殆ど何も言わずにお互い席について両手を合わせる。
「いただきます」
魚もちゃんと焼けてるし問題なさそうだ、卵焼きを一口サイズに切って口へ運ぶ、安定のいつもの味である。栄司はスッキリしてるものの、まだ眠そうな様子だった。あれから夜更かしでもしたのだろうか。
「ん? あー……昨日の夜、名里と牧田……、
えーと、メイリとギルマスから電話で問い詰められてちょっと」
伊吹のように表情でも読んだのか、疲れた様子で言う。すっかり忘れていた麦茶を2人分のコップに注いで1つを栄司に渡しながら大変だったねと同情を顔に滲ませる。
「まぁいいさ、そういえば、今日EFの方でイベント有るの知ってるか?」
首を傾げる、言われてみれば公式サイトでそんな感じの告知を見たような記憶がなくもない。人の集まるイベントにあまり興味が無いから気にしていなかった。
「何でも先週のアプデでさ、非公開状態で攻城戦が追加されたんだが、
そこにマスコットプレイヤーである大和姉と一緒に先行で挑戦しようって企画らしい」
驚きで箸が止まってしまった。姉さんそんな事言ってなかったのだけど……。
「大方お前が目立ちたくないって考えてることを考慮したんじゃないのか?」
確かに、多くの注目を浴びる場所で姉さんの身内なんてバレたらちょっと想像したくない。やまとの妹がプレイしてるなんて噂になれば、間違いなく勧誘の量は今の比にもならないだろう、嫌がらせも増えるに違いない。
集団から悪意を向けられるのはまだ怖いのだ、想像するだけで手が震える。まだ僕の傷は癒えていない。
「俺は一応参加するつもりだけど、お前はどうする?
一応対人戦になると思うんだが」
そう問われて、悩んだ。対人戦についてはそこまで問題はない、と思う。攻撃よりも口撃のほうが怖いくらいなのだから。
姉については……確かにリスクはあるけど見た目は全く似てないし、姉さんはそういうとこ凄く空気が読めるので、仮に僕が馴れ馴れしくても「誰この子?」と冷たくあしらうだろう。その上で全部終わった後にメールで「ごめんね、今度美味しいパフェ奢ってあげるから」と機嫌を取ってくるタイプだ。
知っているメンバーがばらそうとしない限り、まず問題は無い気がする。そもそも僕が姉と同じ陣営になるとは限らないし、姉のゲーム内での勇姿を見学させて貰うとしようかな。唯一の不安は怪談さんくらいだけど、ああ見えて彼は凄く口が堅いらしい。少なくとも口止めされた事に関しては絶対喋らないのだそうだ。
『いく』
「そうか、イベントは20時からだから準備しないとな」
そう言って味噌汁を啜る栄司に僕は力強く頷くのだった。
◇
いつものように昼前まではゲームで露店を、昼は現実で買い物ついでに少し遠くの量販店まで行ってレストランでお昼を食べた。時々妙な目で見てくる人が居たせいで居心地が悪かったのは残念だったけど、外食も悪くなかった。
帰宅後に買ってきたものを冷蔵庫に収納してからゲームへログインすると、イベントの会場である≪トライア≫へ戻る。イベントの時間まで結構あるので狩りをしようと栄司と別れ、メイリとミィと海へ向かうことにした。
レベルが上がってランク6の付与術を取得できたので、そのテストも兼ねている。攻城戦に参加するなら自分の性能は確かめておきたい。因みに装備は兎耳メイド服のままだ、一応上級クラスの生産職が腕によりをかけただけあってレア装備には及ばないものの性能はかなり高いのだ。
砂浜を革靴で踏みしめると、僕達を発見したのか絶叫を上げる女性の顔をした人魚が両手で砂をかき分けるようにして接近してくる。
「な、何度見ても……」
「うん、えぐいよねー」
腰の引けてる2人の前に立ち、新しい付与≪パワーライズ≫をかける。これは武器専用で攻撃力を30%上げる代わりに耐久損耗速度も30%増加する魔法だ。エンマスの付与強化で攻撃力60%、耐久損耗15%増加になっている。
砂を巻き上げながら襲い来る人魚を迎え撃つように鋭く突きこむ。水晶の穂先が人魚の顔面に突き刺さり、その表情に相応しい絶叫を上げる。かなりがっつりとライフが減っているのが見える、これはこのまま押しきれるか?
ステップを踏みながら距離を取り、爪で引き裂こうとしてくる腕を柄で防ぎ、遠心力を利用しながら肩を払い、喉を突く。左右と前後に身体を揺らすたび、スカートが翻る。
「うわー、顔色一つ変えずに急所攻撃だよー」
「サンちゃんって意外と攻め気質なのかしら……」
背後ではメイリが他のモンスターを引き受けながら、時折ミィから支援魔法が飛んで来る。ぼけっとしているかと思いきや流石に慣れてるだけはあるようだ。石突きで胸を叩き、伸ばされた手を遠心力を乗せた穂先で払う。怯んだ隙に2歩分下がり、砂を蹴りながらとどめを刺そうと槍を突き出す。
「「あ」」
ずしゃあっと派手な音を立てて僕を中心に砂煙が上がった。そう、思いっきり砂に足をとられてコケたのだ。槍はさらなる勢いを得て人魚の頭を砕いてすっ飛んでいった。メイリとミィが固まって僕を見る気配を感じる。
「ひ、紐……フリル付き……!?」
「スカートの中って見れるんだー……じゃなくて!
サンちゃん起きてー、パンツ見えちゃってるよー!」
スカートを直しながら立ち上がる。そそくさと遠くへ飛んでいった水晶槍を拾うと2人のもとへ戻った。僕はもう十分戦ったと思うんだ……。
「大丈夫だよ、私達以外見てないから」
それからは一人で倒せて満足したのでミィに慰められながら庇護下に入り、メイリが無双するのを遠い目で眺めていた。
◇
あと少しでイベントが開催する時間となり、僕達は≪トライア≫の大広場へと向かっていた。既にかなりの人混みだ。ここに来るまでに概要を確認していたが、今後段階を踏んで実装されていく攻城戦システムを姉さんと一緒に体験してみようという企画のようだ。
仕様としては大人数参加型のプレイヤー対プレイヤーバトルで、特定のマップを舞台に敵味方に分かれて様々な勝利条件を巡って争うのだという。今回は基本となるシンプルな攻城戦で、防衛側と攻城側に分かれて戦う形式を取るようだ。
会場では既に人が詰めかけていて、前座としてGM達と姉さんのトークショーのようなものが行われている。会場に設置されているモニターにはリアルでの顔そのままの姉さんと、リーゼントの目立つ男性、栗色のショートカットの女性が談笑している姿が映し出されていた。
「あ、みかちーだ」
ショートカットの女性はどこかで見たこと有るなと思っていたらメイリの一言で思い出した。前にネットの番組で姉さんと共演してるのを見たことがある女性声優だ。田辺 美香という名前だったはず。聞いていて落ち着く声色をした女性だ。
今の話題としては歳の離れた妹が超可愛くてたまらないと主張する田辺さんを、姉さんとGMらしき男性が協力して弄っているよう。姉の表情が妹自慢に参加したくてウズウズしてるように見えるのは気のせいだと思いたい、モニター越しで感情の機微なんて測れないから被害妄想に決まっているのだけどね。
うん、もう妹って自分でも認めちゃってるんだよね。日に日に自分が男だという事実を忘れそうになる……心を強くもたないと。
『そこのろりこーん』
「誰がロリコンだ!?」
会場の片隅、人影もなくモニターは見れる位置に栄司の姿を見掛けたのでふざけてみたら予想以上の反応速度でハリセンで叩かれた。まさかこいつまでハリセンを使いはじめるとは。
「サンちゃんに何するのよ!」
「だっ!?」
すぐに飛んできたピコピコハンマーを避けるために栄司が大きく仰け反る、それが命取りだ。メイリの動きに連携するように特大ピコハンで脚を払うと、狙い通りにバランスを崩して倒れる。ふっ愚かな……て、えっ?
「うお、わっ!」
「――!」
僕の手をつかむなバカ! こっちまで倒れるっ!?
歩きながら踏ん張ったものの結局堪え切れずに栄司の身体の上に倒れこんでしまう、一体どうなっているんだ、昨日から何で僕にばかりラブコメっぽいハプニングが起きるんだ!?
「いやぁぁぁ! サンちゃんがペド野郎の毒牙にぃ!?」
「ペド野郎言うな、事故だろこれは!」
だったら手を離して欲しい、助け起こすために抱き起こしてくれたのはわかったから今すぐ離して欲しい。
「何だと!?」
「エース! やはり貴様がラスボスか!!」
声を駆けつけてやってきたギルマスとギルドメンバーの戦士風な男性が武器を片手にすごい形相で現れると、僕を離して逃げた栄司を追いかけていった。3人は会場から離れた所でツッコミ用の武器をつかった戦いを始めている。
「サンちゃん大丈夫? 妊娠してない!?」
『してないよ!?』
いや幾ら何でも混乱しすぎだろう、何で抱きしめられただけで妊娠しなければいけないのか。視線だけで妊娠させようとしてくる特殊能力持ちはギルマスだけで十分だ。
「本当? 大丈夫よね、気持ち悪くなったり、
酸っぱいもの食べたくなったりしたらちゃんと言うのよ?」
『強いていうならメイリが気持ち悪い』
「同感だよー」
いつものようにじゃれあっていると、モニターから組み分けを始める旨の会話が流れ始めたのに気づく。現状ではレベルやクラス単位で均等になるように振り分けられるらしい。参加者は1000人弱で、姉さん率いる防衛側とGM率いる攻城側に分けられる。
アナウンスによると試験的に攻城側が700人で防衛側は300人で行われる、勝利条件はお互いに指揮官の撃破もしくは捕獲。どちらも用意されている防衛兵器が使用出来る。一度死亡したらそのまま観戦ルームに移動してギルドチャットやメッセージ機能が使えなくなる。これは敗退者がモニターで得た情報を流さないため。
またエリア内ではオープンチャット以外は使えず、ささやきに類する機能も相手が視界にいないと使えない。情報のやり取りは専用の通信機器を用いて行われる事になる。何らかの事情でログアウトすると敗退者扱いになって観戦室へ。
ドロドロになりがちな対人戦はあまり好きではないけど、こういうお祭り騒ぎ的な勝負は嫌いじゃない。僕は実質的な戦力になれないだろうけど付与術師は貴重だからそれなりに貢献できるはずだ。栄司達と同じ陣営に行けるといいんだけど。
『あ、そういえば今回は景品があるとか』
別モニタで流されているルールをのんびりと眺めながら、お茶に口をつけつつトークは続いている。話の途切れた瞬間に、丁度良い頃合いだと見たのか田辺さんがGMさんにたずねた。
『そうですねぇ、今回はですね、勝利チームの方々にはなんと、
次回アップデートで販売予定のペット達を先行でプレゼントしようかと』
『おぉー』
どうやらここで初めて発表されたようで、ルールを読んでいたプレイヤーが俄にざわめきだす。その反応を確かめてからGMさんが何か宝石のようなものをテーブルに置くと、そのうち1つを手に持った。続いて魔法陣らしきものが浮かぶ。
『えー、ペットはですね、
基本的にはプレイヤーに従属していて、餌アイテムをあげることができます。
餌を上げる度に親密度が上がりまして、
えー、一定値を超えると主人を助けて闘ってくれたり、
スキルを使って手助けしてくれるようになります』
魔法陣から出てきて机の上にぴょんっと乗っかったのは、真っ白なゼリットだった。
「!!」
「どわ!? 落ち着け日向、背中で暴れるな!?」
思わず栄司の背中によじ登ってモニターを凝視してしまった。あれ欲しい。超欲しい!!
「なんかサンちゃんが日に日に可愛くなってきてるんだが……」
「サンちゃんの可愛さは最初からクライマックスでしょうが」
背後でなんか言われてる気がするが無視しよう、今気になるのはペット機能である。用意されてるのはちっちゃい狐型や仔犬型、子猫型……基本的な小動物は網羅してあるようで、好きなものを一体プレゼントしてくれるようだ。
『可愛いー!』
『これ課金で買ったらどのくらいなんですかね?』
田辺さんは子猫を抱きしめて、姉さんはゼリットを抱き上げてしげしげと見つめながら際どいことを聞いている。
『それについては実装をお楽しみにということで』
あの言い方だとそう簡単には手に入らない気がする。翼も逃してしまったし、ここは是が非でもゲットしたいところだ。
『欲しい、アレ欲しい!』
「解ったから頭を揺するな!」
やる気は満ちた!
◇
組み分けが発表される。手元に来たリストを参照すると僕の所属先は防衛側に決まった、エリア内では装備の持ち替えは自由で、回復アイテムの類は最初に支給されている物以外は使用不可能なようだ。
戦闘開始までは残り30分ということで、多くの人間が装備を取りに戻っていった。僕は自分用のものはひと通り持ち歩いているし問題ない。そもそも前衛で敵と戦うような状況にはならないだろうし。
ふと視線を感じて何となく振り返ると、片目を隠す髪型の男がこちらを睨んでいた。どこかで見たことがある気がするけど、どこだったっけ……。何だか嫌な感じだ。
片目を隠した髪型の奴は暫く僕を見ていたかと思うと、酷く不機嫌そうな顔でこちらに向かってくる。やばい、完全に僕に用事みたいだ、逃げないと。
「サンちゃん、ここにいたんだね、探したよ?」
突然肩を叩かれる、驚いて振り返ると笑顔のすあまさんが居た。いや、よく見ると笑顔だけど微妙に強ばっているようにも見える。
「さ、皆待ってるから行こう?」
素直に頷いて手を引かれるまま、足早にその場を歩き去る。
「……チッ」
背中の方から、僅かに舌打ちが聞こえた。今ので思い出した。飛行レースの時に僕を目の敵にしてた奴だ。あまり好意的じゃなかったし、逃げて正解だった。
「サンちゃん大丈夫だった?」
小声で話しかけてくるすあまさんに頷きながらちらりと背後を伺ってみると、片目を隠した髪型の男が今にも殴りかかってきそうな顔で僕達を睨みつけているのが目に入る。何がそんなに気に入らないのだろうか、好かれるとは思っていないが流石にここまで敵意剥き出しにされる覚えもない。
僕たちは少しでも早く視線から逃れようと、少し駆け足でその場を離れた。すあまさんに案内される道すがら、グングニルも全員が防衛側に所属したことを知った。彼等と敵対するはめにならなくて良かったと思う。流石に見知らぬ人たちの中に一人きりはちょっと辛い。
「あ、サンちゃんいらっしゃい」
みんなが集まっているという場所に到着すると、休憩所にある大きなテーブルにみんなが並んで腰掛けていた。いつものメンバーの内、まっさきに僕を笑顔で迎えてくれたのはミィだった。意外なことにメイリとギルマスは栄司含めた他のメンバー達と複雑な顔で話し合いをしているようだ。
『皆どうしたの?』
何を話しているのか気になる、雰囲気がちょっと穏やかじゃないし。
「あーうん、ちょっとねー……みんなー、サンちゃんきたよー?」
「とにかく誰かは一人は必ずサンちゃんについて……っと、
おかえりサンちゃん!」
僕に気付いたメイリが少し慌てた様子で笑顔を作って僕を抱きしめようとしてくる、何かあったのは間違いないようだ。
『何かあった?』
「あ、いや……えっと」
「こいつも知っておいた方がいいと思う」
言い淀むメイリを遮って、栄司が前に出てきた。あんまり面白くない話の予感がする。
「レースの時にお前に嫌がらせしてきた片目が隠れた髪型の男、覚えてるか?」
『うん』
そういえば、あのレースの時もモニターは色んな場面を映していたようだ、きっと彼等もそれを見てたんだろう。あれは確かに嫌がらせ行為ではあったけど、一度だけだし不正と断じるような証拠にもならなかった。
しかしなんで急にその話題が出たのか、さっき僕がバッタリ遭遇したのを知ってるのかな?
「アイツな、アランっていう結構有名な害プレイヤーなんだよ」
害プレイヤー、他のプレイヤーの迷惑になる行動を好んでするようなあまり素行の宜しくないプレイヤーを指して言う言葉だ。このゲームはモニター越しではなく直接顔を合わせて言葉をかわし合える、やろうと思えば殴りあう事も出来る仮想現実を利用したものということもあり、プレイヤーに対して精神的な外傷を与えるような行為は厳しく対処される。
さらに規制によって一人一アカウントしか取得できないという制限もあり、全体で見た場合のそういったプレイヤーはかなり少ない。全く居ないわけではないが、PKシステムが基本として無い上に迂闊に規約違反をすると二度とゲームができなくなるため、迷惑行為を行なって得られるリターンとリスクが吊り合わないのだ。
それでも他人の嫌がることを率先してやる事に情熱を燃やす人間は居るもので、既に100人近くが迷惑行為によってアカウント凍結や強制退会をさせられる憂き目にあっているのだとか。
「前から規約に触れない程度の暴言や嫌がらせを繰り返して、
あちこちで顰蹙買ってるような奴らしかったんだけどな」
『詳しいね……』
随分と詳しい、まさかとは思うけど調べていたんだろうか。
「レースでお前の話を聞いてから、メイリが親衛隊の奴らを動かしてな……」
どうやら当たっていたらしい……というか親衛隊ってメイリの親衛隊だったのか。確かにリーダーの資質を発揮しているというか、意外と人望はあるっぽいんだよねアレで。流石に親衛隊が出来るような人気なのは予想外だったけど。
『それで、アイツがどうかしたの?』
気になるのはそこだ、先ほどまでの皆は今さっき僕がバッタリ会っていた事を論議するようなレベルの物々しさじゃなかった。
「レースでお前にしてやられたのがよほど気に食わなかったみたいでな、
あちこちでお前の悪口を言ったり、潰してやるって息巻いてたんだと、
そんで、元々良くなかった素行が露骨に悪くなっていって、
メンバーと大揉めして昨日ギルドから除名されたらしい」
『なんともまぁ……』
自業自得というか何というか。
「問題はここからだ、元々素行の良くない同士であいつとつるんでる奴がいたんだが、
たまたまオープンでしてた話を監視してた親衛隊のメンバーが拾ったらしい。
何でも『あのクソガキ、絶対に潰してやる』って言ってたそうでな」
ゾクリと、背中に悪寒のような物が走った。どうしてそこまで他人に悪意を抱くことが出来るのだろう。過去のトラウマが疼いて恐怖が蘇ってくるが、ここはゲームの中だからそんな大それた事は出来ないだろう。それに今は頼りになる友人たちがいる、それだけでも大分気持ちが楽だ。
「すあまちゃんから聞いたけど、さっきも会ったんだってね、
攻城側だと何してくるかわからないし、私達でしっかりガードしてあげるからね!」
『皆、ありがとう』
集まっている一人一人の顔を見てからお礼を言う。味方がいるってだけでこんな心強いものだったなんて知らなかった。あるいはあの時に栄司や伊吹に、家族に相談出来ていればもっと違う未来があったのかもしれない。
いや、やめておこう、過ぎてしまった事だし。今この関係があるのも過去の結果から繋がっているのだから。しかし負担をかけてばかりも居られないな、暫くは他の誰かと一緒にいる事を徹底しておこう。
『問題はそれだけじゃないんだ』
『?』
突然、栄司から個別メッセージが届いた。顔は先程にましてさらに険しい。気付けば伊吹も複雑な顔をしてこちらを見ていた。
『あいつはな、それとは別に前に自慢してたことがあるらしいんだ』
そこで一旦区切り、数秒してから続きを送ってくる。
『中学の時、クラスの生意気なやつを虐めて橋から川に飛び込ませた事があるって』
――――――心臓が一瞬、跳ね上がるように鳴った。




