Contact.6-3 子猫のきもち★
『おかえりなさいませ、ごしゅじんさま』
上目遣いで吹き出しを出現させて、笑顔を振りまきながら丁寧におじぎをする。ギルドの服飾担当さんによる作法の教育は完璧であり、全ての動作がよどみなく行えた自信があった。
おんらいん☆こみゅにけーしょん
Contact.06-3 『子猫のきもち』
ゲテモノ料理提供事件から一夜明けて、僕は朝早くからギルドの溜まり場でせっせと他のメンバーへのご奉仕を行なっていた。昨日の夜についてはあまり思い出したくない。
顛末だけ言えば泣きながら皆の前で土下座して謝り倒した甲斐があったのか、最終的に全員から許して貰えた。一歩間違えば折角出来た友人達にトラウマを植え付け、批難され追い出される可能性もあったのだから許して貰えただけ良かったのだろう。
罰ゲームは緩和されたとはいえ執行となり、際どい衣装や着たくない服への拒否権こそ認められたものの、有名なゲームに出てくる女の子キャラの衣装を着せられる結果となっていた。お陰でその日は料理をつくる気力がなくなり、栄司に出来合いのお弁当を買ってきてもらって済ませる事になってしまった。
因みに僕と並び立つ元凶であるボルドーさんは縛り上げられて水棲系モンスターを釣り上げる餌にされた結果、見かけるのも珍しいモンスターが釣れ、新しい食材が手に入ったとホクホクしていた。たくましいってレベルじゃない。
内心死にたくなりながら溜まり場で給仕をしている僕とはえらい違いである。明らかにあっちの方が酷い扱いを受けてるのに、扱いが良いはずの僕が何故こんな惨めな気持ちになってしまっているのか、謎は尽きない。
ログインしたメンバーを一頻り迎えた後、朝早くから非常にワクワクしている様子だったメイリの膝の上に座らされる。テーブルに乗せられたショートケーキをフォークで切り分けると、背後の変態へ振り向きながら口パクで『あーん』と言い口元へ運ぶ。
「あーん」
この行為は彼女曰く口直しらしい。可愛らしい子に"あーん"をして貰うことにより、ゲテモノで傷ついた心が癒されるのだそうだ。理解できないが本人が言っているのならそうなのだろう。
一見すると結構大変というか、精神力を持っていかれるだけに見える。しかし僕もお返しに"あーん"でケーキを食べさせて貰えるので扱い自体は悪くない。というか他のメンバーもだけど、持ち寄ったお菓子を僕に運ばせて"あーん"で僕に食べさせるのが主目的なようにも見える。おかげで罰ゲームといいながらケーキやらアイスやらが食べ放題になっているだけだったりする。
コツを掴んでどのくらい経ったのか、僕は服飾担当渾身の作らしい兎耳メイド姿で媚びを売り続けていた。一番激しく構ってくるメイリはといえば満足そうに僕の身に着けている兎耳と兎尻尾の飾りを愛でている。この兎耳はプレイヤーメイドなので、動かせないが触られても何も感じないので安心である。
「何だろうな、哀れというか……」
『おかえりなさいませ、ごしゅじんさま』
玄関から溜まり場に入ってきた栄司が、まっさきに僕を見付け哀れみを顔に貼り付けた、同情なんていらないのだ。
「……まぁいいか、店はどうするんだ?」
「今日は私もボディガードにつくわね」
『え、行っていいの?』
今日はこのまま奴隷のようにひたすら奉仕させられるだけだと思っていたのに、意外な提案に驚いてしまう。
「や、いくら何でもそこまで制限しないわよ?」
流石に心外だと言うメイリの言葉に笑顔で同意する他の面々。そこには嫌な感情はない様子で、なんだかんだで弄られているだけだったのだろうか? 栄司の方も昨日は怒っていたけど、夕飯の頃にはビクビクする僕に何となく優しくなっていたし。
そういう事ならと、遠慮無く服を着替えて行かせてもらおう。
「あ、メイド服はそのままでね?」
ピタリと手を止めて周囲を見ると、何故か皆揃って目をそらした。やっぱり世の中、そう甘くはないようだ……。
◇
「後ろにもタゲ行くから気をつけろよー!」
『あーい』
ばさばさと音を立てながら飛んでくる本の魔物を斬り倒しながら言う栄司に返事をすると、メイド服のスカートを翻して距離をとる。現在の僕の仕事は栄司とメイリの網を抜けてこっちにきた本のモンスターを炎系魔法を込めた符と投擲用ナイフで撃ち落とすことだ。レベル差が少しあるので直接戦闘になるとまたサッカーボールにされる可能性があるのだ。
露店は昼までの短時間で用意していた刻印が完全になくなったので閉店だ。メイド服の効果か初日と同じく行列が出来るペースで、嬉しいよりも恐ろしかった。隣のガッシュさんは商品が売れて嬉しそうだったけれど。
そんなこんなで商品がなくなった僕らは≪トライア≫の大図書館から行けるフィールドダンジョン、地下禁書室へと突入しているのだった。なんでかと聞かれればノリと勢いとしか答えようがない。秘密の地下室って単語にワクワクしてしまうあたり僕もまだ男の子だったのだろう。
「はぁぁぁ!」
基本的にはメイリが≪タウント≫でターゲットを集めて栄司が倒していくのを僕が眺めている陣形である。図書館ダンジョンは本棚で作られた迷路のようになっていて、残念ながら干渉不可オブジェクト扱いで中身の本を読むことは出来ないのだが、こういう立地はちょっと楽しい。
「よっ……!」
「とと、サンちゃん先に降りてねー?」
本棚に掛けられたはしごを利用して立体的に本棚の上を歩いたり、下の廊下を歩いたりする構造のため、少しばかり昇降が激しいのが難点だろうか。本棚……と言っても相当に大きいため割と広めな足場の上でモンスターを足止めするメイリに促されるまま、軽い動作で飛び降りた栄司に続いて本棚から身をおどらせ――あれ、高くない?
「おっと」
予想外の高さにひやっとなった所で着地していた栄司に抱きとめられ、勢いを殺すかのようにくるりと回りながら地面へと降ろされる。風圧でスカートがふわりと舞い踊った。
「……ちっ、白か」
「――――!?」
「日向、ちょっとさがだっ!?」
地面に足を付けてスカートの裾を整えようとした時、不意にそんなつぶやきが聞こえたので反射的にハリセンで栄司の頭を叩き、スカートを抑えて飛び退く。叩かれた箇所を押さえた栄司は不服そうに僕を睨んだ。
「何すんだ! あれだよあれ!」
怒りを覚えた表情の栄司が剣で指した場所をみてみると、本棚の森の薄暗がりの中に人の形をした白色の光が歩き回っているのが見えた。剣呑な空気をまとうそれは間違いなくモンスターだった、
「ハイエレメンタル、色によって能力が変わるんだよ……白はちと厄介なんだ」
……どうやら完全に僕の勘違いだったようだ。
いや、勘違いであることは解ったけど、何でこんなに動揺しているんだろう。別に身体を触られようとスカートの中を見られようと平気だと思っていたのに、ちょっと見られたかもと思っただけで顔が熱くなるなんて。
今さっき取ってしまった行動に対する羞恥心でスカートを握りしめてぷるぷると震えていると、上のほうが片付いたのかメイリが飛び降りてきた。ブーツの金属部と盾が床にぶつける甲高い音を立てて着地すると、すぐにハイエレメンタルを捕捉し武器を構えながら僕を見て、眉を顰めたと思いきや栄司に視線を向ける。
「取り敢えず、あんたねじ切るわよ?」
「なんでだよ!?」
「どうせ飛び降りたサンちゃんのスカートの中覗いたんでしょ、ペドエース」
顔を真赤にして俯いている僕を見てメイリも勘違いしたようで、その場で口喧嘩が始まってしまう。当然ながらハイエレメンタルも気づいてこちらに向かってくるが、言い争いながらもしっかりと対処している辺り流石だった。
「覗いてねぇ! あいつが見られたと勝手に勘違いしただけだ!」
ハイエレメンタルに強打を浴びせながら叫ぶ栄司に、内心で頷く。そう、勘違いしただけでこんな有様なのだ、穴があったら入りたい。恥ずかしすぎてのたうち回ってしまいそうだ。
「な、ナチュラルに惚気を……やっぱりあんたは敵よ!!」
「お前もうほんと何なの!?」
ぎゃんぎゃんと喚く2人についでとばかりに切り刻まれる厄介だと言われたばかりのモンスターが可哀想で、自分の取ってしまった行動が恥ずかしすぎて、僕はその場で膝を抱えて座り込むのだった。
◇
地下禁書室の最奥、巨大にくり抜かれた部屋の中央にある、地球に似た星の外観を映すホログラムの天球儀をぐるっと囲むように作られた複数の環状の足場。薄暗い室内は内壁に宇宙空間のような物が映しだされ、まるでプラネタリウムのようになっており絶景スポットとして人気なようだった。
たどり着くまでにダンジョンを超えないといけないのが難点だが、そこは逆にお楽しみ要素となっているのか、足場に隣り合って座る男女の姿をちらほらと見かける。そんな場所で僕達は栄司、メイリ、僕という順番で並んで座っていた。
あの後も赤白黄色と様々なハイエレメンタルが出てきたが基本的にはサクっと倒されてしまい、僕の出番は殆ど無いままこの場所に到着していた。因みに今回の勢い出発の終着点である、ゲームでの行動なんてそんなものだ、楽しめればいいのである。
そうそう、白の厄介な点は聖属性攻撃と物理攻撃が一切効かない事らしい。本の魔物は炎が弱点と聞いて火属性を付与していたので普通に倒せてしまったが、パーティの構成によっては手も足もでないそうだ。付与術師の利便性を改めて実感する一幕であった。
「もう大丈夫だからね、私があの変態から守ってあげる」
「冤罪ってこうやって作られるんだな……」
メイリとの口喧嘩で疲れ果てたのか、僅かに距離を開けて座る栄司の背中が若干煤けていた。慰めたいけど僕が近づくときっと状況が悪化するんだろうな……と思える程度には自覚があるので動けない。
「可愛い反応独り占めとかそれだけで罪よ、私達からしたら」
「本物の変態達と一緒にしないでくれ……」
うなだれる栄司の口からあからさまに溜め息が漏れた。確かにメイリやギルマスと一緒にされるのは可哀想だ、あっちは僕のスク水やメイド服で喜ぶような掛け値なしの変態だし。その点栄司は……。
「じゃあ、あんたはサンちゃんにちっとも興味がないっていうの?」
真剣な顔で問いかけるメイリ、思わず栄司の顔を見ると、さも彼は何を言っているんだと言いたげな表情を浮かべていた。
「ある訳ないだろ……。
そんなちびっこいのに欲情するほど終わってないっての、
それに……あぁ、いや、何でもない」
後に、続く言葉は言われなくても解っている。栄司にとって僕がそういう対象になる可能性は限りなく低いことを。見た目はこんなのでも、友人として歩んできた日々は確かな記憶として根付いているのだから。
「見る目がないわね、こんなに可愛……」
長い付き合いで栄司の好みだって知っているし、僕の過去だってちゃんと知っている。だから僕に興味を持たないことは分かり切っていて、安心して近くに居ることができた。互いに互いを知っているから、決して愛だの恋だのの対象にならないのだ。だから僕は安心して栄司と一緒に居られる。
「サ、サンちゃん、大丈夫?」
『え?』
気づけば、メイリが心配そうな目で僕の顔を覗き込んでいた。応えるように"顔をあげる"……あれ、いつの間に俯いていたのだろう。誤魔化すように時計を確認するともう少しで夕方に差し掛かりそうな時間だった。
『ごめん、買い物行かなきゃ。街に戻ったら一度落ちるね』
「あ、うん、解った」
「……じゃあ俺も戻ったら一度落ちるわ」
スカートの裾を払いながら立ち上がり、部屋の奥に設置してある、街へ帰還するための一方通行のポータルを使う。大理石のようなもので作られた門を潜ると光で出来た道が続いており、先には図書館の受け付けが見える。
出口はフィールドダンジョンのある図書館の入り口に繋がっていて、禁書室の再奥からだけ直通で街へ脱出できるようになっているのだ。図書館の入り口でメイリに『また後で』と別れを告げてログアウトを行う。
視界を覆うヘッドギアを外す、少し薄暗い部屋の天井が見えた。目元を拭って立ち上がると、財布と携帯をポケットに突っ込んで部屋を出た。殆ど中身の無くなっている冷蔵庫を確認しながらメニューを考える。
冷蔵庫の中には何もないから、逆に選択肢は多い。テーブルのメモ帳を引っ張って買う物リストを作成する。メモを切り取ってポケットにしまうと、鍵を持って玄関へ。
「おいおい、一人で行こうとするなっての」
身体を解しながら客間から出てきた栄司に止められた。なんか、微妙に気まずい。顔を見ないようにしながら頷いて、一緒に玄関から出て鍵を閉める。スーパーに向かい少し早足で歩く僕に合わせて栄司がついてくる。
「どうしたんだよ日向、最近何か変だぞ?」
僕の気も知らないで暢気に言う栄司を睨みつけようとして、ふと気づく。僕の気持ちって、何だろう。言葉に出来ないお腹の奥の深い部分で渦巻くような感情をぐっと堪えて、歩く。姉に変なことを言われてから頑張って意識しないようにしているのに、ふとした瞬間に思い出してしまう。
もしも、もしも僕が女の子として生きる事を決めたら、この気持はどうなってしまうんだろう。栄司や伊吹との関係はどうなってしまうんだろう。彼等は変らないままだと言った、けれど少し考えれば、男と女がずっと同じままの関係で居られるなんて保証はきっとない。
最初の時ほど、女として生きる事に抵抗がない事には気づいている。いや、抵抗がないどころか心まで少しずつ女の子のように変わって行ってしまっているのだろう。何となく解っているからもう戻れないだろうなと諦めているのもあるし、今の姿なら大体の人間には可愛がって貰える。変態どもに妙な目で見られる事はあっても、その半分以上は好意から来ている事も解る。
でも新しい人生を選んで、過去の木崎日向を捨てることになったら……栄司や伊吹との関係も壊れてしまうんじゃないだろうか。友だちとして一緒に遊んで、笑って、一度壊れてしまうまでは当たり前だった事がもうできなくなるかもしれない。
一度は全て失ったはずのものが、しっかりとこの手に戻ってきてしまったから。余計に失うのが怖かった。ため息が漏れる。
――きもちわるい
全く、男同士なのに僕は何を考えているんだか。心のなかで自嘲する。例え僕の中の男としての部分がどんどん消えて、もう塵芥ほどにしか残ってなくても、そこにしがみついて居る限り、それが残っている限り、きっと僕達は親友のままで居られる。
『何でもないよ、気にしないで』
心に蓋をしたままで、携帯を使って文字を打つ。本当に便利なツールだ、映しだされた文字には感情が乗っていない、だから僕はこのまま口を閉ざしていられる。
「そう、か?」
『今日は腕によりをかけて作るから、楽しみにしてて』
「あ、あぁ、解った」
笑顔はうまく作れただろうか、軽い足取りでスーパーで買い物を済ませた。僕はいつも通りで居れたはずなのに、栄司は少しぎこちなかった。
何事もなく家に帰り着いて冷蔵庫に食材をしまって、下拵えを済ませる。栄司は手伝ってもらうこともないし遊んでてと客間に追いやった。何となく、昔からレストランとかで大きなハンバーグに目を輝かせていたのを思い出し作ってみようと思ったのだ。
ボウルに合い挽き肉と軽く火を通した玉ねぎ、溶いた卵と牛乳を加えたパン粉を入れてよく混ぜる。粘り気が出た所で拳よりちょっと多めに掬い取ると、両手でキャッチボールするように空気を抜く。
手が小さいせいかやりにくい、苦労はしたが何とか出来たので形を整えてラップを敷いたトレイに置いて冷蔵庫へ入れておいた、後は焼くだけだ。その間に小さな鍋で、中濃ソースとケチャップをベースに赤ワインやコンソメ等で味を整えたデミグラスソースを作る。
ソースをヘラで丁寧に混ぜながら、ぐつぐつと泡立ってきた所でクッキングヒーターの加熱を止め、蓋を閉じて濡れた布巾の上で粗熱をとっておく。夕食までまだ時間はあるし、サラダ用の野菜とコンソメスープも用意しておこう。
◇
一通りの準備が終わり、後はハンバーグを焼くだけとなった時点で僕もゲームへログインする。ごはんが炊けるまではまだかかるので、今日手に入れた素材で明日の分の刻印を作っておこうと思ったのだ。図書館に出現してから、その足で溜まり場へ向かう。
みんな狩りに行ったのかログインしていないのか、朝焼けの空で影を落とす民家はやけに静かだった。中に入ってみると栄司がテーブルでドロップ品の確認をしていた。小さく手を振って向かい合うように座る。
「終わったのか? 悪いな手伝えなくて」
『ううん、別にいいよ、お客さんだし』
どういう心境の変化があったのか、幾分穏やかな対応に胸を撫で下ろす。
『ごはん炊けるのを待つだけだから、30分くらいしたら落ちよう
それと今日はハンバーグにしてみた』
「あぁ、楽しみにしてる」
恐らく買い物の最中になんとなく気づいていたのだろう、栄司はちょっと嬉しそうに笑う。楽しみにしてもらえたみたいでなんとなく嬉しくなって、にへっと笑っていると突然入り口の扉がガタッと揺れた。
「!?」
何事かとそちらを見ると、扉を開けた体勢のまま固まる製薬担当の少年の姿。どうしたんだろうと思ってみると彼を押しのけるように誰かが入ってきた。
「ねぇ、ちょっと……」
メイリとミィ、そしてギルマス。ミィはなんだか凄く楽しそうに笑っていて、メイリは焦燥を顔に貼り付けながら口を開く。その視線は先ほど僕が出現させたまま、まだ消えずに残っているふきだしを見つめていた。
「サンちゃんの手作り御飯を一緒に食べるみたいな話に聞こえたんだけど……?」
何故か酷く動揺している様子のメイリに首を傾げながら頷く。別に隠すことでもないし伊吹だって知っていることだ、疚しい事が有る訳でもなければ、知られたからと言ってどうなるものでもない。
「はっ!? おいサン待て!」
『うん、昨日から栄司がボディガードとしてうちに泊まってるから』
栄司が僕を止めるのとチャットを送信するのはほぼ同時だった、ミィがますます笑みを深めて、栄司とメイリとギルマスがこの世の絶望を知ったかのような顔をしている。もしかしてまたやらかしたかと慌てるものの、吹き出しはまだ消えない。
「矢島ぁぁぁぁぁ! てめぇ何羨ましいイベント消化してやがるぅぅぅ!!」
「ああああんたまさか! ボディガードを大義名分に一緒に寝たり、
ああ、あまつさえ一緒にお風呂入ったりなんてしてるんじゃないでしょうね!?」
「するか!! 落ち着け変態ども!!」
飛びかかるような勢いで2人が栄司に詰めよっていく、どうすればいいのかパニック中の少年に変わって冷静なミィが僕の隣に座ると、当然のように顛末を聞いてくる。
「エースくん、お泊りしてるんだー?」
『うん、なんか近所で小さな女の子が変質者に襲われたって事件があって、
母さんが出張で暫く家空けるから心配だって栄司に』
「そうなんだー、じゃあしっかり守ってもらわないとねー」
ミィは何も思う所がないのか、にこにこしながら話を聞いている。その一方で変態2匹と栄司の戦いは熾烈を極めようとしていた。
「落ち着けるか! お泊りにサンちゃんの手料理とか落ち着けるかぁぁぁ!!」
「はっ!? さてはさっき落ちた時も一緒に買物にいったのね!
仲良く夕飯の買い物に行くとか許されると思ってるの!?」
「だぁぁ! 離せ変態ども!」
2人がかり、血涙を流すかのような勢いでもって栄司のマントに掴みかかる2人はぶっちゃけ怖い。キモいとかそういうレベルじゃなくて最早怖い。
「ほら、2人ともサンちゃんが怯えてるから落ち着こうねー?」
ドン引きしてる僕を見かねたのかミィの仲裁によってやっと会話が成立する程度には落ち着いた2人に事情を話すと、渋々と言った感じではあったが納得した様子を見せた。安心した少年が逃げるように奥の部屋で作業してくると去ってから、恨みがましい目で栄司を見ていたメイリが僕に近づいてきた。
「いい、サンちゃん、お風呂に入る時は気をつけなきゃダメよ!
あいつ絶対、入ってること気付かなくてうっかり入ってきたりするから!」
良くわからないが意図的に覗きには来ないだろうという妙な信頼はあるようだ。でもうっかりの部分が妙に説得力を持っていて笑えない。すっかり忘れかけていたがさっきので思い出した、こいつはラブコメ体質なのだ。
望む望まないに関わらずそういうイベントが寄ってくる存在、お泊りも、もしかしたら僕がうっかり口を滑らせたりしたのも全て栄司の体質によるものなのかもしれない。何て恐ろしい能力なのか、最早呪いである。
「なんか物凄い責任転嫁されてる気がするんだが……
お望みなら本気で風呂に踏み込んでやろうか?」
栄司がずずいっと顔を近づけながらそう言った。きっとからかうつもりだったのだろう、だけどその仕草は僕が必死に考えないようにしていた事を無理矢理引きずりだす、みるみるうちに顔が熱くなり、服を握りしめながら丸まるように顔を伏せる。
「……あ、あれ? いや、お前そこは冷たい目でバカにする所じゃないのか?」
そんな事言われても身体が勝手に反応してしまうのだ、裸を見られると思ったら恥ずかしくて堪らなくて見ていられない。
「うん、今のはエースくんが悪いかなー?」
「「えーすぅぅぅぅ……」」
地獄の底から響くような声が2つ重なった。何だか居た堪れなくなって、『そろそろごはん炊けるから、落ちる』と一言だけ残してログアウトした。
「羨ましいのよ!! なんであんたばっかりあんなサンちゃんに懐かれるの!?」
「もげろ! いや俺がもいでやる!!」
「知るか、お前らが変態だから怖がられてるんだろうが!?」
「サンちゃんおつかれさまー、エースくんのことは任せてねー?」
視界が切り替わる直前、彼等は最後までそんなやりとりを続けていた。
◇
「……――」
暗闇の中、お風呂に浸かりながら深くため息を吐く。ログアウトしてきた栄司は疲れた様子だったが、ミィの助力もあって何とか誤解は解けたと言っていた。その頃には僕もすっかり落ち着いていて、普段通りに食事を食べた。頑張って作った甲斐あってハンバーグはとても好評だった。
そこまでは良かったのだけど、リベンジしてくると戻った栄司を残して先に入るべくお風呂へ入った。所が身体を洗っている最中に電灯の寿命が切れてしまい、もう入っちゃったし、暗くなりつつあるし一人で買いに行くわけにはいかないしでそのまま続行することになったのだ。
縁起が悪いというか先行き不安になる現象に微妙な気持ちにはなったものの、月明かりの中で入るお風呂というのも存外悪くないものだった。こういうのを風流と言うのかもしれない。
身体が十分暖まってたっぷりと汗をかいた所で浴槽から身を乗り出して、タオルを取ろうと内鍵を外して扉を開ける。
「――――」
「…………は?」
同時に、脱衣所に通じる扉が開いて顔を覗かせた栄司と目が合った。廊下から漏れる光に照らされた僕の身体に向かって、栄司の視線がゆっくりと上から下へ動いていく。硬直しきった脳が状況を理解すると、無意識に身体が震える。火がでそうなほどに顔が熱くなり、声に出せないまま悲鳴をあげようとして 腕で胸を隠しうずくまる。
「あ、わ、悪い、電気消えてたからもう上がったものだと」
いいから早く脱衣所から出て行ってほしい、言い訳を並べる栄司に対して僕はただそれだけを願っていた。
徐々にラブコメの魔の手が……
 




