Contact.6-2 さんちちょくそうのおあじ
「それじゃあ栄司君、よろしくね」
「はい、任せてください」
翌日の朝、朝食を済ませた頃に来た栄司と一緒に、仕事に出て行く両親を見送った。何故こんなに早く来ているのかというと、『泊まりに来るのは良いけどその間ゲームで遊べないよね』という問題を解決するためだ。
これに関しては色々話し合ったが、最終的に大活躍したのはまさかの姉だった、ゲーム機能だけに絞れば自室にあるパソコンを使っても良しと許可が出たのだ。なので今日は早めに起きてから姉にパスワードを教えてもらってゲスト用のアカウントを作っておいたのだ。
もう何というか姉に頭が上がらないが、今度遊びに行く時おもいっきり愛でるから覚悟しなさいと言われて早くも恩を放り投げて逃げ出したい気持ちが加速していく。
それはともかく、後はパソコンを姉の部屋から借用するために運ぶだけなのだけど、流石にそれは栄司が来てからということになった。重すぎて今の僕じゃ運べないから。
おんらいん☆こみゅにけーしょん
Contact.06-2 『さんちちょくそうのおあじ』
行動に入って最初にぶち当たった問題、どこに運び出すかについては半分物置と化していた客間で決定した。適当に片付けながらセットアップを済ませている間に、寝泊まり用に予備の布団を引っ張りだして来てセット完了である。
しかし、友達が家に遊びに来たのに、やることがネットゲームの準備とか……。冷静に考えたら立ち直れなくなりそうなので意識から排除しつつ、栄司が持参したヘッドギアをパソコンに繋げて、起動しているのを確認してから僕も部屋に戻ってゲームにログインする。
溜まり場内に出現すると、近くに居た14、5歳くらいの男の子が一瞬ギョッとした顔をした。そういえば着替える前にログアウトしていたのを忘れてた。慌てて操作して服をいつものローブに戻す。
「あ、お、おはよう」
『おはようございます』
ちょっと顔を赤くしながら作業を止めて挨拶してくる少年に、僕も目を合わさないように応える。薬品製作型のクリエイターな彼は朝早くからギルドの備蓄用ポーションを製造しているみたいだった。
『ちょっとテーブル借りるね』
「ど、どうぞ」
邪魔をするのも何なので装備を確認してからテーブルの端を借りて売り物用の刻印を作っていく。昨日の触手野郎のドロップで何か珍しいものでも作れないかと試してみよう。えーっと、獲得したドロップは素材と回復アイテム、雑貨でいくつかずつで、素材は『靭やかな肉蔓』『蒼核の欠片』『べとべとの体液』『新鮮な触手』の4種類。
素材は大別すると武器や防具などの装備品に使える製作素材、料理や製薬に使える食材の2種類がある。……べとべとの体液と新鮮な触手は食材カテゴリらしい。
試しに新鮮な触手と肉蔓をアイテム化してみると、テーブルにグロテスクなぶっとく長い触手が2本現れた、どっちがどっちか見分けがつかない。
「何それ!?」
明らかにドン引きしてる少年に、そのうち一本、アイテム情報で食材と確かめた触手を持ち上げて見せる。
『昨日倒したボスのドロップ、これでも食材みたい』
「うっわぁ……それ食べれるの?」
『……料理すれば?』
恐る恐るさわろうとしてくる少年から逃れさせるように触手を動かして、2人してキモイキモイと笑っていると溜まり場にしている民家の扉が開いて誰かが入ってくる。
「おーい、サンは居るか?」
「あ、エースさん、こっちに居ますよー」
『きたきた』
触手をインベントリにしまうと"迎えに来た"栄司に駆け寄る。今日の露店の護衛は彼にやってもらう事になっていた、白スクを買い取ったおかげで貯金どころか、蓄えていた高価なアイテムの大多数が吹っ飛んだのだ。因みにそれでも相場の5分の1くらいにしかならなかった、誰があんなネタ装備に数千万単位の値がついていると予想出来るだろうか。
交渉の途中で「スク水を着て抱っこさせてくれたら1時間あたり100万リルの返済扱いでいい」などとギルマスが提案して、そのまま女性陣に袋叩きにされるという一幕があったものの、最終的には有り金と手持ちの高額アイテムほぼ全部と交換で借金なしで決着した。
提案については冗談だと必死で弁解していたが、誰ひとり信じていなかった。日頃の行いというのは大事である。
そんな訳で暫くは必死にお金を稼がなければならない、そうじゃないと武器の修理や刻印の材料の仕入れすら覚束ないのだ。栄司にちょっと待ってもらって今日の分の刻印を作る。
鉄インゴットから作れる、装備の耐久力を上げる≪鉄の紋章≫を始めに、牙や爪系から作れる、攻撃力を上昇させる≪剣士の紋章≫。他にも素材を掛け合わせて人気の高い敵対値を上げ、被ダメージを下げる≪騎士の紋章≫や、攻撃力と防御力を上げる≪闘士の紋章≫なども作っていく。
因みに一番人気が高いのは≪闘士の紋章:攻撃力+5% 防御力+4%≫、二番目が≪騎士の紋章:敵対値+10% 被ダメージ-3%≫、三番目が≪魔人の紋章:魔法力+8%≫といった感じになっている。数値は僕が実際に付与した時のものだ。
まだ見ぬ強力な紋章が出現することを祈り、『靭やかな肉蔓』と『蒼核の欠片』を素材に2つの紋章を作り出す。
「よく平然と触れるな、お前……」
『蛸とか烏賊の脚だと思えば何とか』
まずはぐにょーっとなっているぶっとい触手を両手で掴んでスキルを発動する。手の中で触手が光に包まれると、シールのような形状となって手元に落ちた。肝心の紋章は茨を固めたような模様になっている。
効果を確認してみるとなんとレアの証明である☆つきの紋章が出来ていた、早速チャットに貼り付ける。
『≪☆魔触の刻印:女性を攻撃時、状態異常『発熱』を付与(低確率)。武器限定≫』
「えええぇぇ」
「アホか!」
中身を見た少年と栄司が同時に噴き出した。ツッコミを放棄した僕は続いて蒼核の方も紋章化を済ませる。こちらもレア紋章が出来上がったようだ。
『≪☆水撃の紋章:攻撃時、水属性の魔法ダメージが発生。武器限定≫だって、栄司いる?』
「いや、付けられそうな武器もないしなぁ」
こちらは普通に使えそうなもののようだ。少年にも聞いてみるとが引きつった顔で返事が帰って来た。
「魔法ダメージ追加のエンチャは物凄い高いんだよ? とても払えないって」
どうやら他の属性の同系列エンチャントは既に発見されているようで、結構な値段がついているようだ。店先に見せ商品として置いておくのもありかもしれない。僕と栄司は手早く準備を済ませると、少年に別れを済ませて翼の魔石でエスカへと向かった。
割と気軽にぽんぽん使っているが実はこのゲーム、課金アイテムでもプレイヤー同士で取引出来る。変に制限してリアルマネートレードを行う業者にお金を持っていかれるくらいなら、少しでも運営に落として欲しいという苦肉の策のようだ。おかげでお高くはあっても気軽にアイテムを融通できるのはありがたい。
今日は早くからやってると言っていたガッシュのおっさんに挨拶を済ませて、一昨日と同じように露店を設定する。さぁ、商売開始だ!
◇
朝だというのに準備中の時点でちらほらこちらを見ている人が居たのは気づいていたが、開店と同時に数人が集まってきたのは驚いた。誰もがレア刻印に興味を示しつつも、どちらも1つ50万リルという高額に躊躇して依頼する人はいなかった。
≪魔触の紋章≫のウケはバッチリであった。大体の人間が驚いた後、笑って帰って行く。暫くは繁盛していたのだが時間もあってかすぐに客足が遠のいたので、栄司にも見せようと食材の方の触手を出す。
「何だそれ、まだあったのか?」
『ううん、見た目同じだけど別、こっちは食材、食べてみる?』
2mくらいの長さで僕の腕よりちょっと太いくらいの触手を掴んで振り回すと、栄司が嫌そうな顔をして避けた。更に顔を狙って近づけてみたら思いっきり飛び退いてしまった、軽く睨まれる。
「やめろ馬鹿!?」
まったく男の癖に情けないと思いつつ触手を引き寄せる。見た目と違って乾いているのでひんやりしていて、生肉みたいな触り心地がとても気持ち悪い。流石にリアルでは触りたくないけどゲームだし、元からして魚を捌ける人間にとってこの程度大したことではないのだ。
「しっかしそれが食材って……何というか、何というか」
言いたいことは解らなくもない、見るからに正気度が下がりそうである。しかし一体全体どんな味がするのか、ちょこっと興味があるのは確かでもあった。瓶入りの『べとべとの体液』も一緒に出してみる。
「まさかそっちも食材なのか?」
『うん』
どうやら栄司達には食材のドロップが行っていないらしい、意外とレアなのだろうか。前に調べたり聞いたりした範囲では、レア食材はゲテモノも多いけど味自体は非常に美味しいという事だった。思い出したが最後、益々興味が湧いて来てしまう。確か食材ならそのままでも味見くらいはできたよね……。
好奇心は猫を殺すという言葉もあるとおり、知りたいという欲求とは非常に厄介なものなのだ。更に今は客もおらず暇な訳で、僕の背中を状況が後押ししている。未知への欲求を満たすためにいざ挑まん。
「……ん? おい、お前まさか」
瓶の蓋を開けて液体を小指にちょこっと付けてみる。無色透明な液体はねとぉーっと音がしそうな勢いで糸を引いた。舌を突きだしてほんの少し、ちょびっとだけ舐めてみる。
「――!?」
「だ、大丈夫か!?」
突然硬直した僕に驚いたらしい栄司が焦った声を出した、でも僕の心境はそれどころではなかった。これは、この味は……!
『すっごい上品なレモン風味の塩ダレ、ぶっちゃけ滅茶苦茶美味しい』
「わけがわからん……って待て、お前そっちはやばいだろ!?」
僕だってわからないが確かめずにはいられないのだ、謎の体液ですらこの味なのだ、この明らかに肉な触手はどんな味がするのか。徐に触手に手を伸ばすと、先端付近に歯を立てて齧り付く。ちっちゃく一口分、ぶちぶちと音を立てて噛みちぎると口の中で咀嚼する……うん、これは、まさか。
『高級和牛の赤身の部分!!』
生だったけど美味しかったです、昨日食べた牛肉の霜降りにも負けてないどころか、こちらの方が圧倒的に肉の旨味が強いし柔らかい。この見た目でこの味とか冒涜的ってレベルじゃない、スタッフよ一体どうしろというんだ、焼肉でもすればいいのか。
「お前ほんと無駄に勇気あるというか、何というか」
気づけば栄司がドン引きしていた、僕も横で見てればきっとドン引きしてると思う。でも実際これを味わってみれば解る、という訳で無言で瓶を差し出してみる。凄く嫌そうな顔をされた。
「……俺はやめとく」
美味しいのになぁ……。
◇
味見を終えた珍味を、後でギルドの料理スキル持ちに調理して貰おうと大事にインベントリにしまいつつ、新しいお客さんの相手をしていた。数人ほど前かがみになって青ざめた表情の人が居たけど、腹痛にでもなったんだろうか。グロテスクな味見を見たせいではないと思いたい。
時間はもうすぐ昼に差し掛かる、元からして一度に大量に必要になるものでもない。そのせいもあって初日と違って客足は終始まばらであり、まったりとした空気が漂っていた。
『ん、ちょっとお昼作ってくる、あるものでいいよね』
「おう」
一度露店を閉じてから、ガッシュさんと武器の相談をしてる栄司に声をかけてログアウトする。身体を解しながら台所へ行って冷蔵庫の中身を確認だ。
昨日の今日で残っているのは肉が少しと何種類かの野菜、あとは冷凍のうどんか……よし、焼きうどんでいいや。材料を取り出し並べてからエプロンをつけ、ポケットに入れてある三角巾で髪の毛をまとめた。
うどんを水でほぐしている間に長ネギと人参、キャベツを食べやすいサイズに切って置き、火にかけておいたフライパンにゴマ油を垂らして炒める。野菜に火が通った頃に肉を入れて、軽く水を切ったうどんを投入。
料理酒、出汁を混ぜた醤油でしっかりと味付けしてから皿によそう。最後に鰹節と青海苔を振り掛けて完成。皿と一緒にコップに麦茶を入れてテーブルに並べる。
うん、実に簡単な料理である。メールで『ごはんできたよー』と送りながらフライパンと包丁やらを軽く洗っておく。片付けはその場その場で最小限にしておきたい。調理器具の片付けが終了した頃に栄司がダイニングへやってくる。
ほんとうに、ゲームの中でもメールを確認出来るのは便利である。
「焼きうどんか」
見た目だけはね、と頷いて三角巾とエプロンを所定の位置へ戻す。向かい合うようにダイニングのテーブルについてから、「いただきます」と手を合わせて箸をつけた。僕の方は口パクだったけど。
味はまぁこんなものだと思う、残り物クッキングでこれ以上を求めるのは酷というものだ。
昼食は恙無く終わり、食器を水で流してから食器洗い乾燥機にセットしてゲームへ戻った。姉に退廃的と呼ばれる日々の再来だ。暫く露店を続けて20人分ほどの売上を記録した所で、他の露店で売られている【翼の魔石】、1個2000リルを50個ほど買ってから≪トライア≫に戻った。
≪トライア≫には森と反対側に行けば、レベル40以上推奨の海マップがある。暫くはそこで素材を集めながら狩りをする予定なのだ。貢献できるようになったこともあり、堂々と経験値を吸いにいけるようになったことも大きい。
そんな訳で現実は昼下がり、ゲーム内では夜の星が瞬いている不思議な環境でありながら海で花火で遊びながらバーベキューをしているメイリ達と合流したのだった。
◇
「いくぞー! ≪ライトニングセイバー≫!」
――PaGYAAAAAAA!!
耳障りな断末魔を上げて、恐ろしい顔をした人魚が消し炭になっていったのを横目で見ながら、串焼きを頬張る。場所はゲーム内部の名所の一つ、≪雲の砂浜≫にあるバーベキュー会場である。たまに恐ろしい顔の人魚や魚に手足が生えた不気味なモンスターが襲ってくる以外は、満天の星を臨める素晴らしい立地だ。
ギルマスを始めとした戦闘メンバーが食べ物の匂いに釣られて近づいてきたモンスターを狩っている間、ここぞとばかりに料理スキルを駆使してどんどん串焼きを量産していく調理担当のお兄さんに近づいていく。
『ちょっといいですか? 個人用なんですが料理してほしい食材があるんですけど』
「んん、どんなだい?」
見た目そのままコック服に身を包んだ彼は、リアルでもちょっと有名なホテルで調理師として働いているらしい。ゲームをやっている理由が、ヴァーチャル世界での料理や食材に興味を惹かれたからという筋金入りだ。
『これなんですけど』
取り出したるは『新鮮な触手』と『べとべとの体液』、触手の方は先端が削れてちょっと耐久が減ってしまってるのはご愛嬌だ。
「これは、まさか一昨日アストロさん達と狩ったというボスかな、
…………味見したのかい?」
『はい』
齧った形跡があることから察したのだろう、確認してくるお兄さんに頷いて返すと何だか酷く嬉しそうな顔をされた。
「ははは! そうか、その歳で大したものだね、
うん……むしろこちらから調理させてくれとお願いしたいくらいだよ!」
よくわからないが、僕の行動が彼の中の何かに火を付けてしまったらしい。急にテンションの上がったお兄さんはちょっと失礼と言って包丁で触手の先端を薄く切り落とすと、網の上に乗せて焼き始めた。同時に瓶の中身もスプーンで掬って躊躇なく口に運び、そして目を見開いた。
「ふむ、ミネラルを多分に含んだ塩の旨味がするな、柑橘系の香りは何だ……?」
ぶつぶつと呟きながらも肉をさっとレアで焼き上げ、体液をかけて僕に差し出してくる。箸でつまんで口に運ぶ、軽く噛むだけでほぐれる上質の赤身は、香りの癖が弱い牛肉のようで食べやすかった。香ばしく焼かれた淡白な肉に、程よい塩加減のタレが絡んで非常に美味しい。
…………材料が何であるかを考えなければ。まぁ勢いとはいえ生で齧った僕に言えた義理じゃないんだけど。お兄さんも予想以上の味に感動しているようだった。気合が入っている彼に食材を任せて狩り組の方へ混ざるとしよう。
「あれ、サンちゃん何してたの?」
『ちょっとね』
迷彩カラーの三角ビキニで武装し、砂浜にある倒木に座り込んで哨戒していたすあまさんの隣に座る。迷彩柄のせいで余計にスイカみたいに見える、相変わらずイラッ……じゃない、ムラッとする大きさでけしからんと思います。
ていうかここから見える全員普通の水着なんだけど。何、どういうことなの?
「あ、サンちゃんだー、やっほー」
手を振りながらやってきたミィはパレオ付きの青いワンピースを着ていた。背後では夜空を裂くように稲光が走って、水柱と共に半魚人やら何やらが宙を舞っている。
「サンちゃんは水着に着替えないの?」
『スク水しかないし』
「あれ、でもこの間着てたよね?」
そういえばすあまさんも現実で邂逅を果たしていた一人だったのを忘れていた。見た目的には僕がスク水を着ることは何ら不思議ではないのだ、一切の他意や邪念なく言われると逆に断りづらい。
『そういえば、ここって空中大陸だよね、海ってどうなってるの?』
どうしようか考えている時に、まるで閃きのように浮かんだ疑問をそのまま口にする。基本的に全てが空中大陸であるこの世界で海は一体どんな構造になっているのだろうか、ここは大陸の外周部できちんと砂浜もあり、夜なので見難いが海の向こうには星空が見える。
「ん、えっと、この水着じゃそんなに深く潜れないんだけど、
何人か頑張って潜った人によると、海流と海水が空に浮いてるみたいだよ」
「水の中から満天の星が見えて、宇宙に居るみたいですごかったよー」
それはまたファンタジーな海だ、ミィも軽くだが潜ってみたようで楽しそうに笑っている。そう言われるとちょっと潜ってみたくなる、今なら水の中の活動に制限が無いわけだし。
『ちょっと潜ってみる』
「モンスターもいるから気をつけてねー」
迷った末、水着に着替えて砂浜を海に向かって駆ける。途中で人魚に襲われかけたが横から飛んで来た魔法でふっ飛ばされて事なきを得た。のんびり遊んでいるだけで経験値が入る素敵な会合における日常である。
砂浜の一角をキャンプとしたグングニルの面々はギルマスを中心に戦闘メンバーが交代で海で遊んだり、敵と戦闘したり、敵で遊んだりしてる。僕はそこにパーティを組んでお邪魔して経験値だけ頂くという形だ。
「おーい、サンちゃーん、雷付与おくれー」
『はーい』
時折メンバーさんの一部から声をかけられて、海への道すがら付与魔法をかけて行く。
「あ、サンちゃんも海へ入るの? 水中にもモンスター居るから気をつけてね」
『わかりました』
水辺で遊んでいる水着の女性に声をかけられながら、僕は海の中へ勢い良く飛び込んだ。冷たい水が全身の体温を奪う、湖の時のように深く深く潜って行く。水の中から見る星空は、濃紺のカーテンに大量の星をぶちまけたような光景だった。上を見ても、下を見ても、前を見ても星の海。
開いた口から漏れた泡が天の川へと登って行く。大きな魚の影がくるくると、まるで夜空を泳いでいるかのように踊っている。重力を感じない水の中では身体がふわふわと軽くて、赤ん坊が揺り籠の中であやされている時のような優しい気分になれる光景だった。
――きれい
声を出せない口を動かして、水の中に生まれる泡が消えるのを惜しむように、力を抜いて水の揺り籠に身を任せて目を閉じる。
――――数分後、魚型モンスターの群れに轢かれて水面で波に揺られている僕がいた。
『おこしてー(´・ω・`)』
◇
「水中にもモンスターいるんだから気をつけないとダメでしょ?」
『はい、すいません……』
慌てた他のメンバーによって無事に引き上げられた僕は何故かメイリにお説教されていた。背後には他のメンバーも居て全員がうなづいている。
「みんなサンちゃんのこと可愛がってるからねー、
サンちゃんだって、お友達の痛い姿は見たくないでしょー?」
『はい』
全く以ってその通りなのでおとなしくお説教されることにする。何時の間にか狩りの方も一段落していたようで、武器を持った栄司と伊吹もこちらに戻ってくる。2人とも砂浜の上にある物の上で正座をしている僕を見て失笑していた。
「その辺にしとけよメイリ、幾ら何でも砂浜に正座は可哀想だろ」
「ん、確かにそうね……じゃあこの話はこれでおしまい」
皿一杯の串焼きを持ったギルマスに宥められて落ち着いたメイリはふぅっと小さく息を吐いて説教を終えた。僕もほっとしながら砂浜の上に"敷かれていた"砂色のふかふかクッションに座り直す。メイリが「サンちゃん、ちょっとここに座って」と言って地面に置いたものだ。
「ってクッション使ってたのかよ!?」
「サンちゃんを砂浜の上で直に正座なんてさせる訳ないでしょ?」
当然ながら入ったギルマスからの軽快なツッコミに対し、何当たり前の事言ってるのよとばかりに冷たい目で睨んだメイリは、ギルマスの持っている皿から串焼きを何本か取って僕に差し出してくる。
「ゲーム内とはいえ、サンちゃんの柔肌に傷が付くなんてあっちゃいけないのよ」
「いや、全く持ってその通りなんだけどな……何か納得いかないんだ」
変態同士のやり取りに苦笑しながら肉汁したたる串焼きに齧り付くと、ついさっき試食したばかりの味が広がった。溢れる肉汁と混ざった、レモンの効いたとろみのある塩ダレの味。
「あのねぇ……私がサンちゃんを傷つけるような真似すると思ってるの?
いくらなんでも心外よ……ん、これ美味しい!?」
齧り付いたメイリを皮切りに、興味を持った他のメンバーが自分も食べてみようと串焼きに手を伸ばすと、食べた人たちによって美味しい美味しいとの唱和が巻き起こった。
「あぁ、これボルドーさんがサンちゃんからレア食材貰ったんだと、
ここまで上質なら最初はシンプルに食べた方が美味いって渡されたんだ」
「…………誰から貰ったって?」
既に二串目も半ばに突入していた栄司の動きが止まる、張り詰めた空気を醸しだした為か全員の注目が栄司に集まった。僕は食べ終わった串をそっとお皿に戻して気配を殺してその場を後にする。
「ん? だからサンちゃんからだって
一体何の肉なんだろうなぁ、牛肉っぽいけど」
「どうしたのよエース、顔怖いわよ?」
よし、あと少しで安全圏だ、後はこのままゆっくりと気配を殺して……。
「そこのチビスケ止まれ!」
大声にビクンと背中が震える、恐る恐る振り返ると、栄司が怖い顔で笑っているのが見えた。やばい超逃げたい。なんとか逃げ出す隙が無いかと気配を探っても彼は逃がしてくれそうにない事だけが解る、というか今は一つ屋根の下、例えうまくここをすり抜けたとしても逃げ場なんて無い。
「よし、良い子だ……素直に吐け、レア食材ってのは、アレか?」
『まさか全員に行き渡るとは思っていませんでした!!』
これは本当だ、こっそり料理してもらったのを食べようと思ってお願いしたんだ、個人用にってちゃんと言っておいたのに、まさか串焼きとして全員に出回るとは思っていなかったんだよ! というかあの人も躊躇なく仲間にゲテモノ出さないでほしい!
「えぇぇ、な、何、一体何のお肉だったの!?」
突然土下座した僕の行動によって主に食べてしまったメンバーに動揺が走る。唯一真実を知る栄司はといえば自分に言い聞かせるように、慎重に言葉を選んで爆弾を投下した。
「……一昨日倒した……触手の肉だ」
「「「えええええええ!?」」」
知っている者の口からは絶叫が溢れでて、知らない者の不安を駆り立てる。更に詳しく形状が暴露されたことによって知らない人たちにまで恐怖と混乱が伝搬し、砂浜は一時パニック状態に陥った。僕は混乱の中ひたすら嵐が過ぎ去るのを耐え忍び、土下座を続けていた。
混乱が鎮まるまでに少なくとも30分以上はかかり、何人か精神的にダウンした人もいた。流石に怒りを隠し切れない面々によって僕の処罰が相談され、第二次サンちゃんファッションショー(ただし衣装に拒否権なし)の刑と、メイドさん姿で1日間ギルドメンバーにご奉仕の刑の執行が決定される事となった。
なお主犯である所のボルドーさんは「いや、拠点に戻った時に残った肉で何を作ろうか考えるのに夢中でね、すっかり忘れてしまっていたんだよ」と暢気に笑っていたので栄司とメイリの手によって大海原へと放流されていた。
海へ沈んで行くボルドーさんを眺め、哀れみを抱きながらふと考える。
「さぁ、サンちゃん、覚悟はいいよね……?」
ひょっとしたらあっちと同じ扱いのほうがマシだったんじゃないか、と。
触手のレアドロップフラグ回収




