Contact.5-5 にゅるにゅる討伐大作戦-1
思ったより長くなりそうなので2回に分割です
自分の症状と共に「音声認識しか無理というのはどうか」と問題提起する内容を運営にメールで送ったところ、驚いたことに数時間で返事が返って来た。内容は今後同じように音声認識を使えない人が出る可能を考えて前向きに検討するというもの。
人口の関係もあるのか直ぐに改善される訳では無さそうだけど、代替策はあるし将来的に改善される可能性があるだけマシだろう。そういえば、返事の件を伝えたらメイリが異様な勢いで今の方式でやることを推してきたのは何だったのだろうか。
何はともあれ、これで無事に憧れの付与術師生活、すなわちモテモテな日々が幕を開けるのである。
おんらいん☆こみゅにけーしょん
Contact.05-5 『にゅるにゅる討伐大作戦』
クラスチェンジの明くる日の夜。アップデートのパッチを当て終えてログインすると、ゲーム内は朝のようだった。公式の情報によると、社会人や特定の時間帯にしかログイン出来ない人に考慮して、ゲーム内の昼夜のサイクルが変更された。現在は8時間ごとに昼と夜を繰り返す状態らしく、時間の感覚が無くなりそうで少し怖い。
後は課金アイテムで、死亡時にその場で復活出来るアイテムや、一度行った事がある街、及びダンジョン前などの各所に新設されたポータルゲートへ瞬間移動できる【翼の魔石】(11個で100円)などなどが実装された。
移動自体も街から各所を巡る高速艇の実装により、ゲーム内のお金さえ出せば最大で今までの3分の1まで移動時間を短縮出来るようになっている。
≪トライア≫の町並みを眺めながら、少し身体の調子や設定を確認し終えた後。まだストックを残しているイベント景品の【翼の魔石】を使って初期スタート地点の≪エスカ≫へ飛ぶ。移動が楽になるという情報もあったためか、多くの人間が移設すること無く、ここの露店ストリートはすっかり定着していつも賑わっている。
≪エスカ≫のポータルゲートへつくと、兎さんリュックを背負っていつもガッシュさんが店を出している場所を探す。いつも定位置で出しているのであっさりと見つけることが出来た。
『こんばんわ』
「おう、こんばんは。今日はよろしくな」
昨日はテンションを上げて色々実験した後、メイリ達の装備品にそれなりの効果を付けることに成功し、その勢いでガッシュさんに連絡を取って、お金稼ぎも兼ねて隣で魔法刻印の出店をやらせてもらうことになったのだ。
露店を出す方法は簡単で、各町のギルドで露店開設許可証(時間制)を購入し、開きたい場所で使用するだけ。ガッシュさんの店の隣にある空きスペースに隣接するように使用すると、地面に白いカーペットのような物が敷かれ、ステータスに露店開設中の文字が追加された。
看板に『魔法刻印承ります』を書いて、雑貨店で購入していたお遊びアイテムのクッションを置いてそこに腰掛ける。ガッシュさんのように屋台のような建築物も使うこともできるけど、並べる商品が無いので座るものだけあればいいだろう。
今回用意してきた紋章は、前線では主流になっているという攻撃力アップや防御力アップ、耐久力の他に、ステータス強化をいくつか。流通している素材でレア素材は不使用なため、ガッシュさんと相談して魔法刻印の代金は種類別に3~7万リル程度に設定した。
最前線プレイヤーの1時間あたりの稼ぎがレアを抜いて3万前後であることを考えると、ちょっと、というかかなり割高に見えるが、現在の刻印相場よりはやや安めだという。
これ以上安くすると余計なトラブルを招きかねないというアドバイスを素直に受けることにしたのだ。
「はぁ、はぁ、ごめんね、遅くなっちゃった!」
持ってきていた予備の素材や紋章の在庫を確かめていると、通りの向こうから息を切らせながらメイリが走ってくるのが見えた。上級職の盾型アークナイトのスタミナは尋常じゃないのに、息切れするとかどれだけ全力で走ってきたのか。
今日は用心のために護衛的な事をメイリにお願いしていた、一応擁護しておくと彼女は遅刻した訳ではなく、約束していた時間まで後10分くらいはある。単に僕がそれより少し早く来ただけだ。
「ガッシュさんも、今日はよろしく!」
「おう! 嬢ちゃんは今日も元気だな」
あの夜に猫耳衣装が出てきた時点で解っていたことだが、笑顔で敬礼するメイリと豪快に笑うガッシュのおっさんは知り合いだった。余計な説明をする必要がなくて助かる、という事にして喩えようがない複雑な感情を押し込める。
おっさんがメイリにあの服を売ったりしなければ……なんて逆恨みはしていない、してないのだ絶対に。
◇
静かに流れる大河のように穏やかな気持ちで全てを飲み込んで開業して1時間ほどが経ち、露店での刻印業は予想以上の賑わいを見せていた。
大体の純付与型はどこかの組織に属していて情報も技術も独占されている。フリーでやってるエンマスは勧誘合戦を嫌がって引きこもってしまい、コンタクトを取るのは簡単じゃない。そういった事情は解っていたつもりだったけど……ただ"理解した気"になっていただけだという事を思い知るはめになったのだ。
現時点で魔法刻印付きの武器を得る方法は限られている上に、相場と比べても安価で好きな効果を選べるというのは思いの外魅力的だったようだ。すっかり忙しくなってしまった本日16人目のお客さんから受け取った幅広の長剣、システム的に騎士剣と分類されているそれの鍔部分にシールを当てて唇を押し付けながら刻印を行う。
使った紋章は鉱石系とリビングアーマー系のモンスターが落とす剣の欠片で作れる騎士の紋章。敵対値を上昇させ、攻撃による被ダメージをちょっとだけ軽減するタンカー仕様の特殊効果だ。
「おぉ……ありがとう!」
しっかりと付与出来たことを確認してから剣を差し出すと、剣を預けてきたお兄さんは繁々と剣のステータスを確認すると、なんだか無性に良い笑顔でお礼を言ってから立ち去っていった。
開始直後は遠巻きに見ている人は居ても、お客さんになってくれる人は居なかった。だがガッシュのおっさんの知人らしき槍使いのお姉さんを紹介してくれてから流れが変わった。僕の刻印方法がちょっと変わっているのに驚いて居たが、効果を確認して喜んでいたのが調度良い客引きになったのだろう。
それからすぐに色んな人が俺も私もと依頼してくるようになり、リクエストを次々とこなしていったのだが……途中から受け取った武器を手に無性に良い笑顔を向けてくる人がちらほらと混じり始めた。
中には防具を着たまま付与してくれと言ってくるような人も居た、まぁ一時的とはいえ装備を預けなければならない以上、見た目的に信用出来ないと思われても仕方ないのだけど。ただ装備中の物には付与出来ないと断った時に残念そうな顔をされたのだけは謎である。
「おぉ、レースに出てたちびっこじゃねぇか」
そんな風にお客さんを捌き続けていると、不意に大きな影がかかった。空を見上げて見ると見覚えのあるごついお兄さんの姿があった。顎に手を当てながら考えこむようにこちらをじっと見つめている。
2mを超えているんじゃないかという巨体、短く刈った蒼い髪。茜色のフルプレートアーマーに身を包み、巨大な戦斧を背負っている。その背中からは、同じく茜色の竜翼が……ってああ!? そうだ思い出した、ちょっと前に参加したレースでちらりと見かけた筋肉さんだ。印象的な姿なので記憶に残っている。
装備中の翼を見る限り上位入賞してたのか……羨ましい。
「お前さんエンマスだったんだな、てっきりウィザードだと思ってたぜ」
その場にどかっと身を屈め、目線を合わすようにしてにかっと笑う。顔立ちから若くみえるけど悪戯小僧っぽいというか、ガッシュのおっさんに近い雰囲気を感じる。兄貴とか呼ばれてそうだ。
「お客さん、うちのアイドルをナンパされたら困るんですが」
隣に座って様子を見ていたメイリが牽制するように声を発した。ていうかアイドルってなんだアイドルって。
「おっと、すまねぇ、久しぶりに見掛けたもんでな」
そんなつもりはなかったんだがねと豪快に笑う筋肉さんと、不敵に微笑むメイリの対比がちょっと怖い。なんだろう目と目でこの通じあってる感、なんか火花が散ってるんですけど。
「まぁ丁度良かった、ちびっこなら不足はねぇな」
「……どういう意味ですかね?」
「ちょっとオープンじゃ話しづらいんだ、いいか?」
何やら口に含んだ言い方をする筋肉さんをメイリが睨む。僕もちょっと警戒レベルを上げて身構える。そんな僕達の反応を確認した筋肉さんから個人用のグループチャットへの招待が飛んできた。特定のチャット回線を作って、招待された人たちだけでチャットが出来るシステムだ。ギルド連合の会議や、レイドではない普通のパーティ同士が連携を取る時なんかに使われている。
メイリと顔を見合わせながら頷くと、承諾を押した。お客さんの波も丁度引いたというか、筋肉さんのおかげで遠巻きになっているようだった。
『まずは突然すまねぇな、怖がらすつもりなはなかったんだがよ
ちょっと協力してほしいことがあるんだよ、
あぁ、先に言っとくが勧誘とかじゃねぇ、俺はソロだしな』
内容を読み取ってから返事を返す。
『協力って、装備品にエンチャとか?』
だとしたらわざわざクローズで話をする必要はないと思うのだけどね、一応ギルド『グングニル』の客分みたいな扱いになってるっぽいのでメイリが交渉の間に入ることになるだろうけど、あっちからしても僕の外部での活動を制限する気は全くないらしいし。
出来ればエンマスとして協力して欲しいとは言われてるし、こちらとしても材料持ち寄りならギルメンに限っては無料で受けているので、持ちつ持たれつだ。
そんな訳で、依頼を受けること自体は問題ないのだけど、彼は首を横にふる。
『実はよ、俺のダチがフィールドの隠しボスの出し方を見つけてなぁ
しかも結構強いってんで腕の立ちそうなの集めて、これから挑もうとしてんだよ』
驚きに目を見開く僕に、彼はニヤリを笑った。隠しボスと言えばあの氷の狼を思い出す。あれ以外で新しいフィールドボスは噂程度はあるものの、発見されたという情報は出ていない。レア素材を手に入れられる可能性もあるし、正直言って興味は凄くある。
『それ、ほんとなの?』
『あぁ、出し方は聞いてるしドロップ品も一部だが見せてもらった、
ただ初見の方が絶対面白いからって詳細までは教えて貰ってねぇな
さすがにこれ以上は話せない、どうするかの判断は任せるぜ?』
悩んでいる間にメイリを筋肉さんは話を進めていた。彼はどうにもメイリの方を保護者と判断したみたいだ。真剣な表情で顎に手をやって数秒ほど、メイリは迷うように僕に視線を向ける。
『嘘か本当かは置いといて、サンちゃんはどうしたい?』
『正直、興味はあるかな……ボス素材でどんな効果が出るのかも気になるし』
『そっか……うぅん、ちょっとまってね』
そう言ってメイリが僕達に背中を向ける。キーボードを打つ動作はしていても発言が来ないことから恐らくギルドチャットか何かで相談しているのだろう。その間にもう少し情報を得ておくとしようか。
『他に誰を誘ってるの?』
『取り敢えずは二刀型のドレッドノートと、スナイパーだな、
ほら、レースで暴れてた銀髪のアイツと、緑髪の』
言われてすぐに思い出した、銀髪のイケメンさんと凄い命中率を誇っていた弓使いのお姉さんか。それにしても狙いすましたかのようにレース参加者で固められている。因みにドレッドノートは攻撃特化タイプのデストロイヤーの上級職、スナイパーはアーチャーの上級職だ。
『後は二刀使いのパーティーメンバーの女二人、
アクウィズとアクプリ、んで俺が斧型ドレッドノートだな』
聞いていて思うが、なんという攻撃特化パーティか……殺られる前に殺れを体現するかのような構成に戦慄を覚える。
『後はエンチャ使いとナイトが欲しくてな、
どうするか考えてる時に噂のちびっこを見つけて声をかけてみたって訳だよ』
なるほど、確かに僕の周囲には常にメイリが付いているし、頻繁に一緒に行動する栄司も両手剣型のアークナイトだ。そういう理由なら納得でき…………? "噂の"? そもそも何で僕の交友関係割れてるの?
『噂って何?』
『何だ知らねぇのか? お前さん有名だぜ?』
え、どういうこと? 何それ知らないんだけど。
「しゃらぁぁぁっぷ!! いいの、サンちゃんは何も知らなくていいの!!」
突然メイリが声を荒げて僕と筋肉さんの間に入る、いや聞きたいんだけど、変な噂流されてたら困るし! しかしメイリを力で動かすのは無理があり、妨害に全力を出しているせいか退いてくれそうにない。
『いや気になるんだけど、噂ってどんな噂なの!?』
「状況は解ったしこっちも承諾はとれたから!
うちから付き添いとしてナイト二人とアクウィズ一人、アクプリ一人が行くわ!
あともしも私のサンちゃんに変なことしようとしたら解ってるわね!
地獄の果てまで追い詰めて引きちぎるわよ!?」
「お、おう、ありがとよ」
『いや、それは置いといて僕の噂についてをだね』
「よし、じゃあ場所と合流時間は?」
「あぁ、ちょっとまってくれ……集合は一時間後に、
場所はマーカー付きのマップをゲーム内メールで送るわ
翼の魔石はあるよな?」
『聞けよ、おい』
見向きもせずに話がどんどん進んでいく、筋肉さんは時々こちらに視線をやるものの、メイリに気圧されているのか僅かに仰け反りつつ返事を返す。イラッとして語調が荒くなってしまったが、気に留める様子はなさそうだ。
「解ったわ魔石も全員分あるから大丈夫、準備して行くからまた後でね」
「お、おう……また後でな」
フレンド登録だけを終えると、メイリによって"しっしっ"と追い払われるように筋肉さんは行ってしまった。露骨に安堵の溜め息を吐いたメイリが両手を叩いてこちらを見る。
「さ、店じまいして準備して合流しましょう!」
『聞いてよ!?』
◇
結局噂の詳細については何一つ教えて貰えないまま、ガッシュさんに謝りつつ店を閉じた。なんだかんだで客引きにはなっていたようで、あちらもだいぶ儲かったようなのが救いだろう、またよろしくと笑顔で言われたので頷いておいた。
かく言うこちらも一時間ほどで50万リル稼いでしまった、人口の少ない今だけの現象とはいえびっくりするくらい儲かる。材料費を抜いても純利益30万リルは硬い。これはエンマス有るかもわからないと現金なことを考えつつ、儲かったお金で対ボス用の消耗品を買い込んだ。
準備を終えたら、あの後すぐに送られていたメールに載っていた場所、どうやら≪トライア≫付近の精霊樹の森の一点を目指して移動を開始する事になった。
たまたま暇だった栄司とミィ、次いでにギルマスと≪トライア≫のポータルで合流し、その足で森へと向かう。プールでの邂逅によってギルマスは僕の中で呼び捨て扱いが決まっていた。
『ねぇ、僕の噂って何なの』
森に差し掛かったあたりで先頭を歩く栄司に思い切って声を掛けてみる。こちらを困った顔で見たあと、すぐに視線を彷徨わせてから前方へ戻した。
「……知ったら悶え死ぬぞ」
『どんな風に扱われてんの僕!?』
何だか本気で怖くなってきたんだけど!?
「悪くは言われてないから安心しろ、ただ知らない方がいい」
そうフォローらしき言葉を呟きながら苦虫の苦味成分を抽出したエキスを舐めたような顔をする栄司。気になるけど嫌な予感がするし、悪く言われてないのなら気にしないほうが良いのだろうか、精神衛生的に。
もやもやした気持ちのまま黙って歩いていると、横からこのエリアに出現するエレメントがふわふわと浮きながら近づいてくるのが見えた。そういえば昨日はメイリ達が暴れてたおかげで僕は一度も戦闘していなかったのだった。
くくく、可哀想だがパワーアップの実験対象として、このもやもやを発散させてもらおう。
『ちょっと戦わせて』
「え、う、うん……気をつけてね?」
剣を抜いた前衛二人を止めると、愛用の水晶槍を構えて近づく。火の玉みたいな外見でも内部にはしっかりと実体があるので物理攻撃は有効だ。属性ごとに色があって、このエレメントは赤……すなわち火属性なので武器に氷、装飾と防具に火耐性を付与して近づいていく。
槍にはちょっと奮発してレア素材から作り出した≪剣士の紋章:攻撃力+10%≫がつけられている。相手のレベルは32くらいなのでまぁ十分戦える範囲だろう。踏み込みながら中心部に向けて槍を突き出す。
しっかりとした手応えを感じながら大地に足を踏みしめて2度、3度と槍を突き入れる度、血の代わりだろうか、炎のようなエフェクトが飛び散る。
そして、4度目の突きを叩きこもうと深く踏み込んだ瞬間、懐に潜り込んできたエレメントに体当たりされてふっとばされた。
「~~~~っ」
結構な威力があり、通常ローブなのでライフゲージが結構削れる。追撃のように飛んでくる炎の矢を槍を振り回して打ち払いながら距離を取ろうとしたが、あっという間に追い縋ってきたエレメントががら空きのお腹にぶつかり、また転がされる。
やばい、ハッキリと解るけど防御力と重量が根本的に足りてない、そのせいで踏ん張れていないのだ。しかも敵のライフゲージはまだ4分の1も減っていない。焦りながら飛んでくる火の矢を弾いては、ガードがお留守なお腹に体当たりをかまされる。
まずい、これは完全にパターン入られた……でも懐かしいのは何故だろう。痛みがないのだけが救いだ。助けを求めようと涙目になりながらチャットを打つ。
『たすけ』
腹タックルでふっ飛ばされる僕を助けにメイリと栄司が走ってくるのと、僕の救援要請が途中で送信されたのはほとんど同じタイミングだった。というか腹ばっか狙ってくるとか、こいつ僕のお腹に何か恨みでもあるのか……。
◇
「おう、来たな……って? ちびっこはどうしてボロボロなんだ?」
『きにしないで』
目的地は森の中にある巨大な湖の畔だった。水の透明度は高いがどれだけ広く深いのか、底は見えない。隠しボスは水棲系のモンスターなのだろうか。
「まぁ、支障がないならいいんだが」
『どうせせんとうじゃやくにたたないからきにしないで』
一応森の方にも目を向けてみるが、他に目ぼしいものは何もない。となるとやっぱり湖が怪しそうだ。
「なぁ、なんかやたらネガティブになってねぇか?」
「来る途中でちょっとね」
「あんまり触れないでやってくれ……」
『それで、これで全員集まったの?』
代表として話し始めたメイリと栄司、筋肉さんの会話を敢えて遮る。彼の背後にはこちらをじっと見ている緑髪のお姉さんや、両サイドに金髪ツインテールと黒髪ショートカットの美少女を侍らせている銀髪のイケメンさんがいる。
レースで会った時から何となく察していた、黒いコートにクール系のイケメン顔で恐らくそうじゃないかと思っていたのだが、やはり敵だったようだ。僕の直感も馬鹿にできない、あいつは許されてはいけない。
僕達の到着に気づいたのか、彼等もこちらに集まってきてこちら5人とあちら5人でピッタリ10人パーティ、隠しボス相手にするなら適正人数だろう。
「あぁ、そうだな、んじゃ自己紹介と行こうか、
俺はゴードン、レベル42の両手斧ドレッドノート、破壊特化型だ」
まずは筋肉さん改めゴードンさんが胸を張る。よく考えたらプレートアーマーを着ているのだから今は筋肉が見えなかった、レースの時の軽装のイメージをどうしても引きずってしまう。
「私は抹茶ラテ、ラテでも抹茶でも好きに呼んで、
レベル45のスナイパー、火力特化型よ
……犬耳ちゃんはお久しぶりね、また会えて嬉しいわ、
今日は犬耳つけてないのかしら、残念?」
完全に僕に視線をロックオンしながら穏やかな微笑みを浮かべる緑髪の女性。背筋がゾクゾクする気がする、何だか飢えた猛獣にガン見されている気分だ。
「俺はハガネ、二刀ドレッドノート、レベルは44の敏捷型だ」
「アタシはルカ、アークウィザード、レベル40の魔力特化型」
「私はエミリ、アークプリーストのレベル41で支援型です」
簡潔に言い終えた銀髪さんに続いて金髪ツインテの子、最後に黒髪ショートの子が名乗る。取得したアビリティやスキル、能力振りによって構成が微妙に変わってくるので、同じ職業でもかなり千差万別になるのでこういう名乗り方になる。
なお僕の場合は純付与型と言えば全て通じる、そもそもこのレベル帯になると戦闘力なんて一切期待されない、その理由はほんの数分前に文字通り身を持って知った。
あちらさんの自己紹介が終わり、今度はこちらのメンバーの挨拶が始まる。因みに栄司が両手剣アークナイトレベル40の敏捷型で、メイリが片手剣アークナイトレベル40のタンク型。ギルマスことアストロがレベル43のアークウィザードの魔力特化型、ミィがアークプリーストレベル38の支援型だ。
まぁウィザードやプリーストは希少な殴り型を除けば大体支援型や魔力特化型なのでわざわざ言う必要はないが、まぁ念のためと様式美という奴らしい。
『僕はSUN、読み方はサンで、レベル30の純付与型エンチャントマスター』
最後に僕が挨拶して占めると、何故か微妙な空気が漂いはじめた。主にあちらさんから「思ったより低い」だの「大丈夫なのこの子?」とか「可愛い」とか言うひそひそ会話が漏れてくる。あれ最後のなんか可笑しくない?
「あー、一応レベル40のボスなんだが、大丈夫か?」
しまったという顔をしながら言うゴードンさんを不満を込めて軽く睨む、そういう事は先に確認して置いてほしかった。
『どうせ戦闘じゃ役に立たないですから……、
取り敢えず付与魔法だけはしっかりかけますのでご安心を』
「まぁなんというか、守りきれなくて死んでも勘弁してくれよ?
あぁ、さっき頼みそびれたんだけどよ、素材は渡すからついでに刻印頼めないか?」
『わかりました』
所詮エンマスの立ち位置なんてこんなものである。文句を言っても仕方ないので取り敢えずの依頼を請け負うことにする。今更ハブられるとちょっと悲しいのもあるし、ここまでさせて戦ってないので分配なしとか言い出せまい、抗議する大義名分もあることだし。
心配そうに様子を伺うメイリやミィに向かって頷いて、近づいていくとゴードンさんから順に素材を受け取り、紋章を作っていく。
「んでボスなんだが、この湖の底に石版があって、
それからイベントを起動すると出てくるって話なんだが」
「湖の底……? どうやっていくんだ?」
作業する僕を中心に囲むような陣形を取りながらゴードンさんがボスの出現方法を説明し始めた。耳を傾けながら預かった武器と装飾に唇を押し付けてどんどん刻印を済ませて、本人に渡していく。
「お、サンキューな、助かるぜ」
装備して振り回しながら効果を確認してニカっと笑うゴードンさんを筆頭に抹茶さんは今日のお客さんの中に混じっていた無性に良い笑顔を浮かべる人たちと同じ表情で笑って弓と腕輪に頬ずりをしていた、そんなにエンチャント付きの装備を手に入れたのが嬉しいのだろうか……。
最後にハガネさんとルカさん、エミリさんのハーレムパーティーの分の装備にエンチャントを済ませて渡す、何故かハガネさんに刀を渡す時にルカさんに睨みつけられてしまった、何か気に入らないことでもあったのだろうか。
全ての作業を終えて精神的な疲労を解消するように両手を上げて背筋を伸ばす。実際に伸びる訳じゃないが雰囲気という奴だ。
「おつかれさん、これ代金な」
立ち上がった所でゴードンさんから金貨2枚、2万リルを渡された。ガッシュさんに教えられた知人のエンマスへの素材持ち込みの技術料相場が1箇所1万だったので、適正額である。思わぬ行動に驚いていると。抹茶さんとハガネさんもエンチャント分の代金を渡してくる。
「はい、これ私の分ね」
「これは俺達3人の分だ、助かった」
抹茶さんはも2万リル、ハガネさんは6万リルで3人分。どうやら甲斐性はあるようだった。
『……いいの?』
何となく聞き返してしまった僕にゴードンさんは心外だという顔を浮かべて、ちょっと不機嫌そうに僕を見下ろした。
「おいおい、いくらなんでもタダで働かせるほど堕ちちゃいねぇよ
勿論分配についても文句なんて言わねぇ、あんまり見くびるんじゃねぇぞ」
そこまで言い切ると、今度はニカっと笑って頭をぐしゃぐしゃと撫でてくる、頭がゆっさゆっさ揺れてちょっと酔いそうだ。でも悪い人じゃなさそうでよかったと思う。
「私、便利な職業の人と知り合いだからって、
自分に都合の良い奴隷みたいに扱う人たちって嫌いなのよね、
困ったことがあれば力になるから、安心して頂戴?」
ゴードンさんが離れると、抹茶さんも恐る恐るといった様子で頭を撫でてくる。でも何故だろう、抹茶さんに撫でられるほうがなんか怖い、特に眼が怖い。昨日の実験中、ちょっと飽きてきた時に、猫耳つけて膝の上でふざけてにゃーにゃーじゃれてる僕を見ていた時のメイリと同じような眼だ。
タイミングを見計らって撫で地獄から脱出するとメイリ達の方へと移動する。残念そうな抹茶さんの表情がやけに印象的で、警戒すべきだと僕の本能が告げていた。因みにハガネさんはルカさんに問い詰められて面倒そうな顔をしていた。エミリさんはそんな二人を見て苦笑している。
「さて、ここからが本題なんだが、
なんでも起動した際に一人だけ一時的に戦闘不能になるらしいんだよ
まぁ死亡する可能性はなくなって安全は確定らしいんだが」
場が落ち着いた所でゴードンさんは手を叩いて注目を集めると、話を続けようとした。戦闘不能だけど死亡じゃないってことは、起動時に何らかのイベントが発生して人質とか、そんな感じになるのだろうか。水の中に閉じ込められるとか。
「人質みたいな感じ?」
「だろうな、最大の問題は誰が水に潜って起動役をやるかなんだよな、
出現したら水面に出てきてこの湖畔で戦うことになるらしいんだが」
メイリとゴードンさんの会話を聞いて考える。となると戦線を抜けても影響のない人が最適になる訳で……つまり僕か。まぁ安全だっていうんならさほど抵抗はないか、ここまでメンバー揃ってるなら付与魔法かけた後はやること無いし。
『なら僕がやりますよ、仕事殆ど無いですし』
「おぉ……本当か? そうしてもらえると助かるんだが」
ゴードンさんが助かったと言って笑うが、メイリは未だ心配そうだ。
「サンちゃん、いいの?」
『うん、ちょっとは貢献したいしね』
さっきから役立たず的な視線で見てくる金髪ツインテさんにプライドが傷つけられていたので、先ほど雑魚にボコられた失態をカバーするためにも役に立つ所を見せておきたいのだ。
「サンちゃん確か狼耳持ってたよな、
水に潜るなら感覚高いと視界広がっていいらしいぞ」
ギルマスからアドバイスを受けて、ちょっと悩んで護符を装備すると、視界というか感知できる範囲が広がったのが解る。見た目はともかく性能は紛れもなくレア装備の面目躍如だ。唯一つ問題があるとすれば、潜る方法だろうか。
『そういえば、潜るって言っても長時間は無理だよね』
「あぁ、そういえばそんな問題もあったなぁ……やべぇ、考えてなかったわ」
リアル志向を謳うこのゲームでは基本的に行けない場所はない、水中だろうが潜ろうと思えば潜ることが出来る。出来るのだけど、当然ながら呼吸は出来ないのでずっと水の中に居ると窒息ダメージが発生して溺死してしまう。苦しさは無いらしいけど、表示される酸素ゲージが0になるとガンガンとライフが減っていって水面にぷかりと浮かぶ事になるらしい。
軽く見た感じ相当深いので、底の方を探索しないと行けないことを考えると素潜りするのはちょっと無理がありそうだ。水中ペナルティを緩和する装備もあるらしいけど、確か結構レアだったはずだ。
「ふ、ふふふふ……ついに、ついに来たか、この時が」
僕達があーでもないこーでもないと方法を考えていると、狼耳を提案してから黙っていたギルマスが不気味な笑い声を上げ始めた、なんだか猛烈に嫌な予感がするのは気のせいだと思いたい。
「ここに水中ペナルティ完全無効のレア装備が有る、
つい先日、俺が全財産を叩いて入手したものだ!」
「全財産って……」
ギルマスのダメすぎる宣言に栄司が呆れた声を出した。でもなんか、これ以上コイツに喋らせたらダメな気がする。ギルマスのテンションの高さと僕との関係性を一度考えてしまうと、嫌な予感は肥大していく一方だ。
「さぁ、サンちゃんこれを!!」
そして、嫌な予感は見事に的中した。ギルマスがインベントリから取り出した嫌な思い出の詰まったフォルムの布切れは、しかし本来の紺色ではなく純白だった。未だわずかに残って僕を支えてくれる男としての何かを濁流の如く蹂躙せしめる冒涜的な衣装の名前は……。
『☆スクール水着(白)』
僕は一切迷うこと無くインベントリからギガハリセンを取り出し、全力で振りかぶってギルマスの顔面へと叩きつけたのだった。
隠しボス……一体どんなモンスターなんだ……




