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おんらいん こみゅにけーしょん  作者: とりまる ひよこ。
Contact.05 太陽に恋をして

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Contact.5-4 クラスチェンジ!


 姉が仕事に復帰して三日が経った。文明の進歩というのはとても偉大だ、今は離れていてもメール一本でいつでも連絡が取り合えるのだから。おかげで思っていたよりも寂しさは感じなかった。まぁ一日に三回以上メールでやり取りしてるのだから、離れた実感がないのは当たり前かもしれないけれど。


 僕の方はといえば相変わらずだ。朝起きて、やっと前みたいに話が出来るようになった母とご飯を食べて、仕事に出かける母を見送って軽く家事を済ませ、夕方までゲームをして、暗くなる前に近所のスーパーに買い物に出掛けて、夕食を食べたらまたゲームに戻る生活。


 当然ながら姉をして退廃的と言わしめ、母には苦笑されていた訳だけど、分担された家事は前と同じくちゃんとやってるのだから見逃してほしい。だがそんな退廃的な行動の成果はあった、ここに来てマイキャラクターのレベルを30にする事が出来た……そう、すなわちクラスチェンジの時が訪れたのだ。


『という訳でれべる30だクラスチェンジだ!!』

「「わー!」」


 知り合いの武器製作型クリエイターであるガッシュのおっさんに頼み作ってもらったツッコミ用ネタ武器、見た目も名前もそのままな『ギガハリセン』で栄司をシバキながら意気揚々と告げた僕に、ミィとメイリがテンション高めに拍手を送ってくれる。


「それはいいんだが何で俺は叩かれてるんだ?」


 身長的な問題で背中にぶつかって軽快な音を立てる紙製のハリセンを受け止めながら、呆れたような顔をする栄司を睨み付けると、ハリセンの先端を突きつけて堂々と胸を張り、片手で文章を打つ。


『クラスチェンジだからだ!』


 栄司は何か言いたそうな顔をしたが、すぐに俯きがちに目頭を揉むようにして小さく言った。


「そうか……それなら仕方ないな」


 解ってもらえて何よりである。



   おんらいん☆こみゅにけーしょん

        Contact.05-4 『クラスチェンジ!』



 そんな一幕を挟みつつ、僕を含めたいつものメンバー五人集(僕、栄司、伊吹、ミィ、メイリ)は転職クエストをこなすための長い旅に出ることになった。現在駐屯している風車の街≪ユーベル≫から船に乗ること一時間、辿り着いたのは学術都市≪トライア≫、上位職への転職クエストはここの各職ギルドから発行されるのである。


 【翼の魔石】は一度行った事がある街にしか飛べないし、そもそもアレは一人用なので温存中だ。明日のアップデートで実装される他の課金アイテムとともに販売されるみたいなので、今後は使用者も一気に増えるだろう。


 そういえばこの4人、というかグングニルの面々はあの肝試しを境目にして本拠地をこの≪トライア≫に移していたらしい。あれは≪ユーベル≫滞在日最後を飾るイベントだったようだ。なので後で拠点代わりにしている溜まり場を案内してもらう約束を取り付けながら、街の中央にあるギルド総合施設に赴いてエンチャンター用の転職クエストを受諾する。


「サンちゃんご機嫌だねー」


 あがったテンションが顔に出てしまっていたらしく、ミィに笑われてしまった。流石に今日くらいは勘弁して貰いたい、あれから毎日コツコツと幽鬼の谷付近でアンデッドを狩り続けてやっと30まであげたのだから、一人で! サクサクとレベルを上げてもう40間近になっている君達戦闘職とは違うのだから!


 とにかく今日中にちゃちゃっと転職を済ませて新しいスキルを吟味したいのだ。これで足手纏い系後衛からモテモテ系後衛へと一気にランクアップできるに違いないのだ。そりゃテンションもあがろうというもの。


「転職クエストは2、3時間もあれば終わるからさっさと済ませようぜ」


 栄司の言葉に力強く頷いて、クエスト内容を確認しつつ≪トライア≫の正門から、近くにあるという精霊樹の森を歩きで目指す。


 クエストの内容は単純というか、それほど難しいものじゃなかった。付与術師の場合はフィールド上を巡って必要なアイテムを集めてくるというもので、対象となるエリアは近場にある精霊樹の森だけ、モンスターのドロップ品を集める必要はあるけど、そのくらいで戦闘は殆どないようだった。


 40付近の戦闘職4人で護衛してもらいながら採集に集中すれば、早ければ1時間ちょっとで終わるのではなかろうか。


「それにしても、ついに上級職か」


 最近にしては珍しく伊吹から話題を振って来た、こいつは栄司のロリコン疑惑を近くで見て警戒してるせいかゲーム内で話しかけてくることはあまりない。といってもゲーム外ではメッセンジャーで雑談なんかは結構してるので疎遠になってるという訳じゃないのだが。


『なんだか随分長く感じたよ、みんなあっという間にクラスチェンジしてるし』


 別に責めるつもりはないのだが、何だかちょっと拗ねたような言い方になってしまった。無意識に少し気にしているのかもしれない。


「まぁ、他のメンバーとの兼ね合いもあったからな」


 察しの良い伊吹は僕の内心に気付いたのか気付いていないのか特に何も言わず、口元に笑みを浮かべる。


『しょうがないね、でもこれで僕もパワーアップだから!

 これからはハブられ系じゃなくてモテモテ系だから!』


 一行の先頭に踊り出ると、みなぎる自信にまかせて皆に向かって胸を張る。付与に関しては僕に任せて頼るがいいと、ここは調子に乗ってみる。


「あぁ、頼りにしている」


 何故か伊吹が一瞬何か言いたそうに表情を硬くした気がしたが、迷惑をかけてきた自覚があるので敢えて突っ込むことはしない、わざわざ藪を突付くような真似は避けるのだ。


「取り敢えず危ないから前に出るんじゃない」


『あ、ごめん』


 また直ぐに僕を追い越した栄司に頭を掴まれて中衛に戻る。フォーメーションを崩したのは失敗だった。最近どんどん思考や行動が子供っぽくなってる気がするのは……うん、気のせいだと思いたい。



 暫く歩いて、現在地は森の中、やってる作業は花の採集。しゃがみ込んで槍の穂先を利用し、根本から掘り返す、根を傷付けないように青い花弁をつけた花を取り出し、土を払ってインベントリの方へとしまう。色々詰め込んである兎リュック型バックパックに、擬似再現されたものとはいえ土のついたアイテムを入れるのは憚られたからだ。


「サンちゃん、終わったー?」


『採集はこれで全部だね、次はモンスター系』


 採集中、ずっと護衛をしてくれていたメイリに声をかけられた。小さく頷くと立ち上がって服の裾についた汚れを払う。叩く度に土埃のようなエフェクトが舞って、フェードアウトするように消えていく。相変わらず随分と芸が細かいゲームだ。


「よーし、私達の本領発揮だね!!」


「んじゃサクサクっと終わらせようかね」


 妙に鼻息の荒いメイリと、採集中は近づいてくるモンスターを倒すだけとやることが殆ど無くて暇だったせいか、少し気怠げな栄司は肩を回しながらどんどんと先に行ってしまう。一応付与魔法は掛けてあるけど、僕にできることは今のところ他にないのでついていく事しか出来ない。


 仕方なく、とぼとぼと足場の悪い森の中を二人の背中を追いかける。途中で地表に迫り出した樹の根に躓きそうになるたび、横からそっとミィが手を差し出して支えてくれる。有難いけど自分が情けない、そうしている間にも二人はどんどんと進んで行って、ついには背中も見えなくなった。


 それから少しして、剣戟の音や魔物の鳴き声が聞こえて、すぐ甲高い断末魔に変わった。どうやらあっさりと倒してしまったらしい。ていうか、一応僕の転職クエストなんだけど、確かに楽だけど、楽だけど……!!


 森の中に点々と転がる、もう消えかけている魔物――エレメンタルと呼ばれる、子供くらいのサイズの火の玉みたいなモンスター――の残骸を眺めつつ、極めて複雑な気持ちになりながら先へと進んだ。結局道中で一度も戦闘することなく、先導していたメイリと合流することになる。


 僕を見つけたメイリは笑顔で近づいてくると、自らのインベントリから今回の採集対象である、精霊石を手のひらいっぱいに乗せて差し出してきた。受け取ってみると、全てのアイテムが集まったためかクエストリストに達成のマークが出現する。


「はい、サンちゃん。これでいいんだよね?」


 そう、やる気を出した二人の手によって、モンスターからの素材集めは僕の出番が全くないまま終わりを告げたのだった。


 ぐすん。





「うぅぅぅぅぅ」


 結局助けて貰ってばかりで良いところなど微塵も無く、意気消沈でギルドに戻り、さっさとクエストを完了してエンチャントマスターへのクラスチェンジを終えた僕が待ち合わせ場所である食堂に行くと、テーブルに突っ伏しているメイリの背中が見えた。


「結果的に早く終わったんだからいいだろ、あいつだってそんな気にしてないって」


「だって、久々にサンちゃんと遊べるから喜ばせてあげようと思ってたのに……」


「メイリってば、最近空回り気味だったからねー、

 でもサンちゃんならちゃんと謝ればすぐに機嫌直してくれると思うけどなー?」


 何故かメイリまで落ち込んでいるようだ、サクサクと終わらせてしまった事を悔いているようにも見える。盗み聞きなんて趣味が良くないと思うが、気になったので適当な柱の影に隠れちょっと様子を見る。


「解ってるわよ!

 サンちゃんが謝ればちゃんと許してくれる優しい娘だってことくらい。

 だから余計に自己嫌悪なのよぉぉぉ」


「取り敢えず戻ってきたら謝ればいいだろ、

 別に喧嘩したとか、悪いことした訳じゃないんだから」


 話を聞いている限りだと、やはりというべきか僕が帰り際に意気消沈していたのが原因らしい。あれ、これって僕が悪いの……?


「……もちろん謝るけど! もっと仲良くなりたかったの!

 バカ栄司や、やまとさんみたいに私にも一杯甘えて欲しかったのにぃぃぃ!」


「うわぁ、うっぜぇ……ていうかここで本名呼ぶな馬鹿」


 いや、僕そんなに二人に甘えて……ない、よね? いやあっちから来てる分にはノーカウントでいいんだよね? この間のプールの時だって、せいぜい栄司に背負われてたくらいだしノーカン、うん、ノーカウントで。


「どうでもいいが、さっきから本人に聞かれているのはいいのか?」


「!?」


 伊吹の言葉に冷や汗をかきながら柱の影から顔を覗かせると、こちらを指さす伊吹とそれにつられて顔を向けたメイリやミィ、栄司の姿が。


「あ、サンちゃんこれはあの、えっと……さっきは出番奪っちゃってごめんね?」


『うん、いいよ、もう気にしてないから』


 動揺しながら謝ってくるメイリに軽く手を振って応えて柱の影から出てテーブルの方へいく。ミィが椅子を引いてくれたので有難く腰掛けた。


「取り敢えず、クラスチェンジおめでとうだな」


『ありがとう』


 話題を切り替えるように言う伊吹に頷いて礼を言う。これ以上さっきの話題を引っ張っても誰も得をしないと思ったのだろう。


「それでアビリティはどうしたんだ?」


 栄司もそれに乗っかって話を振って来る、先ほどの反省を踏まえているのかメイリは酷くおとなしい、逆にちょっと不気味だ。


『取り敢えず、最上級の付与術と、付与系の強化アビリティ全部取った、あとは刻印』


 最上級はランク7までの付与魔法が解放され、エンチャントマスターの強化系アビリティは強化系付与魔法の効力を2倍にするものと、部位別付与の強化版。部位別の方は今まで武器と防具だけだったのが、装飾装備にも付与出来るようになる優れものだ。


 そして刻印は正式名称『魔法刻印』、エンチャントマスターの目玉能力だ。これは素材を消費して装備品に永久的な特殊効果を付与することが出来る。ただし部位別付与を習得していなければ武器だけかけることが出来ないし、最上級の付与魔法を解放してなければ使える素材も少ないらしく、付与魔法強化アビリティを持っていなければ最終的な効力も低くなる。


 中途半端にエンチャントマスターになったところで、巷で付与術師の真価と呼ばれているこれの本来の力を発揮できないのだ、しかも一つの装備品に付けられる効果は基本的に一つだけ、上書きとかやり直しは効かない。中途半端な構成よりも純付与が望まれる理由だ。


 調べた範囲ではエンチャントマスターは既に100人ほど居るものの、純付与型はまだ30人にも満たないだろうと言われている。そろそろ先行組も同じレベル帯に居る期間が本格的に長くなる頃で、貴重な純付与型の争奪戦は熾烈を極めているらしい。


 まぁ僕に関してはグングニルに所属してると認識されているためかそういった争いとはほぼ無縁に近い状態だったりする。ともあれガッシュさんとの約束もこれで果たせるし、色々とお世話になっているグングニルの面々にも実質的な貢献が出来るようになった訳だ。


「やっぱ純付与型でいくのか」


 栄司の言葉に頷く。クラスチェンジで習得できるスキルは4つなので、純型でいくなら攻撃系スキルは習得できない。やっぱり暫くは実戦においては足手まといなのは残念だけど、純型の方が最終的な貢献度は間違いなく上がるので後悔はしていない。


『うん、もう暫く戦闘ではお世話になると思う。

 それで、取り敢えずは魔法刻印用の素材集めようかと思って』


 そう伝えると同時にゲーム内ブラウザで攻略wikiを開きながら、人口の少なさ故に情報が殆ど集まっていない魔法刻印関連のページを見る。種類としては基本となる装備品のステータス強化の他に、特別なスキル効果を付与するものもあるようだ。


 刻印用の素材となるのは魔法刻印アビリティから派生して習得できる紋章作製で作れる、『紋章』と呼ばれるアイテムのようだった。紋章は作った時点で付与できる効果が確定していて、これは他の製作素材となるアイテムを組み合わせて作ることが出来る。


 ……なんというか、エンマスは準生産職と言われてる理由が解った気がする。製作に使える素材は、解放されている付与術のランク依存。実際に付与する際、効力には付与強化アビリティの効果が乗る。例えば攻撃力を3%上げる効果を付与する場合、付与強化Ⅰ(付与の効果50%増加)で4.5%、付与強化Ⅱ(付与の効果100%増加)で6%になる。


 もちろん、元となる数値が高ければその分最終結果も大きく変わるため、やり直しが効かないと考えればこの差は到底無視できない数字だろう。


「……余ってる製作素材で良かったらあげるよ?

 ギルドの生産職の連中にも声かければ喜んで差し出すだろうし」


「私のもあげるよー」


 僕の持っていた生産用の素材は自分たちでも生産職を抱えてるグングニルのメンバーや、ガッシュのおっさんにあげていたので、メイリとミィの申し出は素直に嬉しかった。


『ありがとう、でも生産職の人たちにあげなくて大丈夫なの?』


 ただ、一つ気になるのは生産職は結構な頻度で素材を消費する事だ。外部の付与士である僕にそんなに融通してもらっても大丈夫なんだろうか。後で揉められたらなんか申し訳ない。メイリの場合はなんか力尽くで奪ってきそうなイメージがあるし。


「あぁ、それは気にしなくて大丈夫よ、あいつら親衛隊のメンバーだから」


『……親衛隊?』


 前後の文のつながりが全く見えなくて思わず首をかしげる。何かの親衛隊に所属してることと、僕に素材を融通して大丈夫なことが一体どう繋がるというのだろうか。


『気にするな、知ったらお前は死ぬことになる』


 突然眼前に伊吹からのささやきを示す半透明な噴き出しが現れて、内容の物騒さにぎょっとしてしまった。僕の表情の変化に少し不審げにしているメイリを視界の端に収めながら伊吹の顔を見ると、奴は完全な真顔だった。


 どうやら本気(マジ)らしいので緊張を隠しながらメイリに向き直ると、全ての思考を放り投げて『ありがとう』と頷く。彼等は何を隠しているのか、友人たちの抱いている闇に背筋を震わせながら素材を受け取った。


 どうか犯罪行為だけはしていませんようにと、心の中で祈りながら。




 

 素材を受け取った後、実験のために≪トライア≫にあるグングニルの溜まり場へ案内してもらう事になった。どうやら街の外れにある空き家らしい。個人的にはさっきのやり取りが怖かったので遠慮したかったのだけど、逆に断ったらその"親衛隊"とやらに何かされるんじゃないかと不安になってしまったのもある。


 あぁそうだ、ヘタレだと笑うがいい、それでも特定の意志でまとまった集団は怖いのだ、トラウマなのだ。想像するだけでちょっと泣きべそかいて栄司のマントを掴んでしまうほどダメージを受ける程度には。


 気分は悪い大人に連れ去られる子供である、いや僕は子供じゃない、でも16って大人? いや……でも結婚は18からだし、やっぱり子供?


「おーい、ついたぞー?

 そしてお前は何故いつも俺へじゃれつく」


 声をかけられて見上げると、ぺりっとマントを引っ張られ、僕の手からマントが逃げていく。ちょっとよろけながらも助けを求めるように栄司の顔を見上げると、突然頬をひきつらせ「うっ」と呻くと逃げるように後退った。


『何で逃げるの』


「いや、ごほん……お前は一度よーく鏡を見なおした方がいい、

 ……理由は……いい加減メイリがうざかったからかな」


 咳払いして横に目を向けると、今にもハンカチを噛んで地団駄を踏みそうな顔をしたメイリが扉を開けたミィに建物の中へ引きずられていくところだった。というか鏡を見ろってそんなに怖い顔をしていたのだろうか、さっきの僕は。


 脅すつもりはなかったんだけど、頑張ればこんな幼女顔でも意外と人を威圧出来るのだろうか。目元に浮かびかけた涙を拭うと眉間をもんだり唇を引き結んで凛々しい顔を作ろうと筋肉を動かしてみる。栄司と伊吹はこちらを振り返ること無く空き家の中へ入っていく、それを見送ってからも少しのあいだ、表情を作り続ける。


「サンちゃーん、ここだよー、早く入りぶっ」


 僕が入らないことで待ちかねたのか、ミィが呼ぶ声が聞こえて反射的にキリッとした顔のままミィを見ると、彼女は突然吹き出して顔をそらした。何かをこらえるように肩を小刻みに震わせている。


 ……何となく気恥ずかしくなって無表情を貫き、大股でミィの脇をすり抜けて中へ入る。


 家の中を歩くとすぐに広めのリビングに出た、軽く間取りを確かめただけだけど、ダイニングキッチンや小部屋なんかもちゃんと作りこまれているようだ。毎度の事ならこういう場所をよく見つけてくるものだと思う。


「ミィ? 何笑ってんの?」


「な、なんでも、ないよー?」


 リビングのソファーに腰掛けていたメイリが怪訝な表情を見せた。まだ笑いを堪えているミィが立ち止まった僕の背中を押してソファーへと連れて行く。大きなテーブルを挟むように設置されたソファーで、男性陣と女性陣で分かれて座るつもりみたいだ。


 当然ながら男性側のソファーに移動しようとしたが、何故かミィに肩を掴まれているので仕方なく女性側の方へ座る。腕力でプリーストにも勝てないとか男としてちょっと泣きたくなる。


『取り敢えず、適当に実験してみようか』


 時折思い出したように笑いをこらえるミィを軽く睨みながらテーブルの上にもらった素材を並べていく。鉄のインゴットとか、狼の牙とか、先ほど狩った精霊石とかそんな感じだ。ギルドメンバーは今はみんな狩りだとか、用事があるとかで夜以外はあまり溜まり場には居ないらしい。


 早速インゴットを手に持って刻印作製のスキルを発動させる。魔法陣らしきものが現れてインゴットがゆっくりと別のアイテムに変換されていく、出来上がったのは黒色の短剣に似た模様の……透明な台紙につけられたシール?


「シールみたいな感じだな」


 そう言う栄司に頷いて、改めてヘルプからアビリティの説明を開いてみる、刻印を装備品の好きな場所に貼り付けて、専用の語句を認識させると付与が成功するらしい。……いや、まさかの音声認識?


「どうしたの?」


『これを貼って、魔法を使う時みたいに音声認識させるみたいなんだけど……』


 基本的に持っているだけで効力を発揮するアビリティやパッシブスキルと違い、アクティブスキルの使用方法は思念操作で待機状態にした上で、手の動きでショートカットを発動させるハンドサイン、魔法名を発言して発動させる詠唱のどちらかを行う必要がある。


 物理職の場合は待機状態にした上で意識しながら武器や拳を振れば発動するが、魔法職は必ずどちらかを行う必要がある、強力な代わりのペナルティというやつで、僕が普段使っているハンドサインは主に決闘など対人戦闘で活用されている。


 逆に対モンスター戦は魔法名を利用している人が多い。理由は簡単で、誤爆やフレンドリーファイアを防ぐためだ。プレイヤーキルを防ぐため攻撃魔法は弾かれても、範囲魔法の余波……破壊によって生じた飛礫や地形効果の影響は受けてしまうのだ。これを利用した嫌がらせもあって運営を悩ませているらしいが、今は置いておこう。


 僕がハンドサインを使う理由は言わずもがな、声が出せないからだ。ハッキリと声に出して喋ろうとすると喉が引きつったように止まってしまう。今でも人が居ない時に練習は少ししているが、改善の兆しは見えていない。


 すなわち、現状では主力スキルである魔法刻印を使えない。これが意味するところは散々引っ張っておいて、結局のところ僕はエンチャントマスターとしては役立たず……。


「……まさかの主力スキル使用不可か」


 しんとした空間の中に、困ったような栄司の声が響く。手が震えて目の前が歪む。


『やくたたずでごめん』


「あぁぁぁそんなことないよ、サンちゃんは役立たずなんかじゃないよ!?」


「あ、あぁ大丈夫だ、刻印なしでも役に立ってるから!」


「そうだよー、一緒にいるだけで楽しいからね、

 私たちは得したくてお友達になったわけじゃないんだよー?」


『でも、色々手伝ってくれたのに、結局何も返せないし』


「そんな事気にしなくていいんだよー、私達が好きでやったことなんだからねー?」


「そ、そうだよ! サンちゃんはそんな事気にしなくていいんだよ!!」


 必死でフォローしてくれるけど、その優しさが逆に申し訳なくて仕方ない。一言謝って落ち着くまでログアウトしようかとテキスト入力欄を開いた所で、黙って考えこむようにしていた伊吹がぽつりと言った。


「いや、意外といけるかもしれないぞ?」


『本当?』


 思わずそのまま打ち込んで送信してしまう。伊吹は僕の反応を確かめるように顔を向けると、安心させようとしたのか微笑んで中指で眼鏡を押し上げる。


「あぁ、ちょっと試してみてほしいことがある」


 今日の伊吹は、なんだかとても頼もしく見えた。





 透明な台紙に貼られたシールのような形状の紋章を、適当に用意した店売りのロングソードの柄に押し当てる。そのままずれないように手に持つと、緊張のままゆっくりと顔を近づけていく。


 伊吹が教えてくれた方法、それは思いっきり口を近づけて魔法名を伝えてみればいいんじゃないかということだった。どういうことかと聞いてみれば、なんでもこのゲームでの音声は現実と同じように空間内における振動をシミュレートして発生させているらしく、それがリアルな音響効果を作っているのだとか。


 それにともなって、検証好きがどこまで詠唱として認識出来るか調査したことがあるのだという。魔法の発動は思念操作によって待機状態にした魔法に特定の振動を認識させる事によって成る。だから声が小さかったり、逆に大きすぎたりすると正常に認識できなくて不発することもあったりする。


 重要なのは待機状態の魔法……通常は手のひらに詠唱を届けられるかどうかで、正確な振動が届きさえすれば蚊が鳴くような小さな囁きでも魔法は発動するのだという。


 幸いなことに僕は物理的に言葉を失ったのではなく、精神的に喋る事ができなくなっている状態だ。本当に小さな、耳に直接唇を付けた状態でなら、単語くらいは何とか声で伝える事が出来る可能性がある。


 恐る恐る、シールから手をのけて、今度は唇で押し付ける。


「…………」


 専用の発動用ワード『エングレイブ』と口の中で囁く。途中でつっかえたせいか発動しない、動揺を押し込めてもう一度、今度はゆっくりと慎重に言葉を紡ぐ――やはり反応はない。


「…………――」


 もう一度、もう一度……落ち着け、たった一言、ハッキリと声に出す必要もないのだから、出来るはずだ。ほんの少しの音でいい、先ほどより強く唇を押し付け、口の中で『エングレイブ』とつぶやく。


 口元が突然光った、びっくりして顔を離すと、黒い短剣の模様が光を放って武器へと染みこんでいった。慌てて武器の詳細情報をみてみると、一番下の項目に『≪鉄の紋章:耐久力+6%≫ 付与者:SUN』という文字が刻まれていた。


「~~~~!!」


 飛び跳ねそうになるのを我慢しながら、固唾を飲んで見守っていた4人にロングソードを差し出す。すぐに詳細を確認した彼等は眼を輝かせて、ミィとメイリが抱きついてきた。


「おめでとぉぉぉぉ!」


「良かったね、良かったねぇ」


 両サイドから抱きしめられながら、何度も頷く。メイリに至っては調子に乗って僕を抱きしめたままその場でくるくると回転をし始めた、正直こわいけど今は嬉しいから全てを許そう。


「これで一安心だな」


「一時はどうなるかと思ったっていうか、泣くか普通……」


 うるさいな、割と本気でショックだったんだ。しかもこの体は異様なほどに涙腺が緩いのだから仕方ないのだ、ちょっとしたショックですぐに涙が溢れてくる。


 何はともあれ、これで僕もみんなの役に立てることが確定したのだ、本当に良かった。メイリから降ろして貰うと、改めて胸を張る。


『とにかく! これからは付与に関しては僕にどんと任せるがいい!』


「もー急に強気になっちゃって、心配したんだよー?」


 あえて尊大に言ってみると、苦笑したミィに頭をなでくしゃにされてしまった。思わず頭を引っ込めて逃げ出すと、ミィが叫ぶ。


「あぁ、逃げた!

 メイリ、捕まえてかわいがっちゃえ―!」


「イエス・マム!」


 ふざけるような口調をミィから承諾を得たメイリが眼を輝かせて退路を塞ぐ、何度かフェイントをかけて横からすり抜けると、ソファーのあるテーブルを中心にぐるぐる回るように鬼ごっこが始まる。


「お前らあんまり暴れんなよ」


「しかし装備の耐久力が6%増加か、

 ただの鉄でこれならもっと上位の素材や複合アイテムだと中々の物になりそうだな

 後で色々融通してもらうか……取りあえずは生産職の連中から……」


 男連中はこちらを眺めて、くつろぎ中だったり考え中だったりしている。マイペースな二人にちょっと呆れてしまったのが敗因だったのか、動きの速いメイリを気にするあまりミィに捕まってしまった。


「はい、残念でしたー」


「あぁぁ、ミィ! ちょっと、ずるいわよ!」


 ぬいぐるみのように抱きしめられながら自分を取り合う美少女二人を眺めて溜め息を吐く。こんな風に言うとすごいアレだけど、僕は小動物ポジションでいつも通りだ。


 でも……そんな"いつも通り"な彼等の日常の中に、当たり前のように僕の居場所がある事が、なんだかとても嬉しかった。


5章はまだもうちょっとだけ続くんじゃ!

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― 新着の感想 ―
え? メール? と思ったけど、10年以上前の作品なのか、これ。 エンチャンター、結構いるじゃん。全然居ないっていう話じゃなかったっけ? 運良く拾って貰えないとマスターにはなれないだろうし、総数はもっ…
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