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おんらいん こみゅにけーしょん  作者: とりまる ひよこ。
Contact.04 恐怖のダンジョン
19/46

Contact.4-3 夜の終わりに

イラストは後日追加で……余裕がなさすぎる!


「ほら、こうやってちょっとスカートの両端を持って、少し膝を折る感じで」


 僕は一体どこで選択を間違えたのだろうか。修行僧がごとく心を無にしながら指示に従って西洋の昔の女性がするような挨拶の仕方……名前は忘れた、をする。周りが可愛い可愛いと囃し立てる声を聞きながら、視界の端に映る栄司に逆恨みの怒りをぶつけて心の中でため息を吐く。


 今着せられているのは眼鏡をかけた女性メンバーが持ってきたメイド服、可愛らしい装飾は胸元のリボンとエプロンについた申し訳程度のフリルだけと最小限に抑えられ、くるぶし上数センチまであるロングスカートなのが僕にとっての唯一の救いだ。持って来た女性(はんにん)供述(せつめい)によると現代風(モダン)のアレンジされてコスプレ衣装として定着し始めたメイド服と違い、クラシックな正統派を想起させつつも可愛らしさを両立させたデザインが可憐さと可愛さを一層引き立てるとか何とかのたまっておられた。



「やっぱりメイド服はクラシックタイプに限るわね」


「サンちゃん自体がレベル高いし、

 下手に可愛らしい服より作業服っぽさと幼さが訳あり感を醸し出していてやばいわね」


「なんか、絶望したみたいな表情のせいで本当にどこかのお姫様がメイドに身を窶したみたいに見える」


 続いてお盆を持たされて違うポーズをとった僕を、主犯(メイリ)と共犯達が真剣な顔で眺めながら何やら理解に苦しむ会話を繰り広げている。おそらく僕が男のままだったなら多少は共感したり理解できたのかもしれないけれど、今となっては捕食者が捕まえた獲物をどう調理するか相談しているようにしか聞こえないのだから不思議なものだ。


 更にモップに持ち替えを要求されると、別のポーズを取って時計を見る、始まってからまだ30分も経っていない。




   おんらいん☆こみゅにけーしょん

        Contact.04-3 『夜の終わりに』




 メイド服から始まった地獄の羞恥プレイは、彼女たちの持ち寄った一体どこで手に入れたのか、はたまた何にお金を使っているのかと突っ込みたくなるラインナップを持って続いた。お姫様チックなドレスや、黒系のゴシックドレス、ピンク系でまとめられたフリルたっぷりのエプロンドレス、街で見かけたデザインの良いローブや軽服なんかはまだ良い方。どこで調達したのかセーラー服や園児が着るようなスモックまでが飛び出してきた。


 ちなみにギルマスさんも本気で入手経路を問い質した上でキッチリ潰したくなる学校指定水着やブルマに、リコーダーの刺さったランドセルなどの小物をお持ちになられていたが、僕がなにか言う前に女性陣総出で却下されて轟沈していた。流石に変態を排除するくらいの良識というべきか、理性は残っているらしい。


「私達はサンちゃんに可愛いお洋服を着せたいのであって、

 あんた達変態の妄想ネタを提供したいわけじゃない!」


「それをメイリが言うのー?」


 そう啖呵を切ったメイリさんが一瞬頼もしく見えて株価が急上昇したものの、直後に没収と称してその衣装をしっかりと回収してインベントリにしまいこんでいたのを目撃したので現在はストップ安となっている。僕にできることはただあれが差し出される日が来ないことを心の底から祈るくらいだろう。


 あるいはほわほわした笑顔でキングコブラ並の猛毒を吐きかけているミィがストッパーになってくれることを願うだけか。




「みんなの持って来た衣装も一通り着てもらったし、そろそろ真打ち登場といきましょうか!」


 撮影会が1時間を超えた頃、一通りの衣装を着終えた僕にメイリが近づいてきて取引ウィンドウを出してくる。大人しく従っているのは僕が挑んだ勝負で負けたからだ、敗者はその負債を支払わなくてはいけない、どんなに嫌でも恥ずかしくても勝負の結果から逃げるのは男が廃る、それが僕のポリシーだ。


 そんなポリシーが今、渡された装備品……レアドロップ系の装備らしいそれを見て音を立てて軋み始めた。蘇るのは大会の時の記憶、あの時は行動に夢中であんまり気にしていなかったが、あんな格好で飛び回っていたのかと後になって恥ずかしくて引きこもりかけたのだ。おかげでレアドロップ衣装がちょっとしたトラウマになりかけている。


 とは言え期待に満ちた眼で僕を見やる女性陣はとても逃がしてくれそうにないし、ここで逃げたら付き合いが続け辛くなってしまう。


 何というかこのまま睨み合っていても仕方ない。不安に駆られながら『☆黒猫の俊敏服』、『☆黒猫の護符』と銘打たれた装備を身に付けてみる。先程まで着ていた衣装が新しいものへと切り替わり、酒場の端に設置された鏡に僕の現在の姿が映り込んだ。


 案の定というべきか、非常に見覚えのある衣装だった。両腕にフリルのアームバンド、首には黒く細いリボンが飾りである鈴の下でチョウチョ結びにされている。肩口の大きく開いたドレスは、いわゆるゴシックロリータと呼ばれる黒と白のカラーリングとフリルだけで構成された、傍から見るだけなら可愛らしく見えるもの。脚にはふとももまである白のオーバーニー、靴は猫の足を模したきぐるみの足パーツのような靴で、両手も同様に猫のきぐるみっぽい手袋。スカート丈はいつか見たとおり恐ろしく短く、下手に動くと見えちゃいけないものが見えてしまいそうだ。


 極めつけに頭にはピンと立った三角の黒い猫耳と、お尻からすらりと伸びた黒い尻尾が生えていて、氷狼の時のように自分の意志で自由に動かせる事が判明した。きっとそういった趣味の人間にはたまらないんだろう、僕も見る側だったら素直に可愛いと思える。しかし自分が着ると考えればこれほどきついものもあるまい。


「な、なんという破壊力……」


 何やら慄いているギルマスさんは置いといて、やっぱりコレを売約していたのは僕も良く知る女性……すなわちメイリだったようだ。当の本人はだらしなく頬を緩ませてきゃーきゃー騒いでいる。


「サンちゃんサンちゃん、手をこうやって、猫っぽい感じで! 上目遣いで、にゃーって感じで!」


 興奮しているのか妙に鼻息が荒いメイリの指示に則り、顔の横に手やってポーズを取りながら、メイリを上目遣いで見上げるように口パクでにゃーと鳴いてみる。次の瞬間メイリが拳を地面に突き立てていた。あまりに突然の奇行で反射的に顔をひきつらせて後退った僕に罪はないとおもわれる。


 ギルマスをはじめとした変態どもは何かを堪えるように悶えているし、非常に気持ち悪い。


「何だかそっちは危なそうだからこっちにおいでー?」


 身の危険を感じた所にかけられた、テーブルからのんびり眺めていたはずのミィの声に反応してちょこちょことそちらに行く。辿りついた僕を同じテーブルについていた観戦メンバーが快く迎えてくれる。


 せっかくなのでテーブルの上にある一口大のボール状に固められた、有名な氷菓であるフルーツシャーベットを食べていた比較的身長の低い少年メンバーに向かい、身振り手振りで一つ寄越せと催促をした。少し戸惑った様子の少年だったが、僕の意図を知ると頬を赤くしながらフォークで一つ突き刺し、僕の口の中に放り込んでくれた。口の中に広がる冷たさとさわやかな果実の風味を楽しみながら、スカートの中が見えないように注意しながら適当な椅子に腰掛ける。


 最終的に"あーん"みたいな状態になったのは仕方ないだろう、手袋の関係で手が細かい作業に使えないのだ。


「ってちょっとミィ! まだ終わってないのに!」


「みんなちょっと夢中になりすぎだよー、

 始まってからずっとじゃない、ちょっと休憩させてあげないと可哀想だよ?」


 そうだそうだ、もっと言ってやってほしいとここぞとばかりに同調して頷く。物理的な疲労がある訳じゃないが精神的な疲労は結構大きいのだ。見た目のせいでこうなってるなら、見た目特権でもう少し甘やかされても罰は当たらないんじゃなかろうか。


「うぐぐ……ん? でもポーズを取るより、その格好で自然と動くサンちゃんというのも……」


 どうやら彼女の中で僕には到底理解できない葛藤が起こっているようで悩み始めてしまった。メイリを尻目にミィの摘まんでいた一口サイズのオレンジアイス入り大福餅を口の中に放り込んで貰いつつ、先程から妙に騒がしい背後を伺ってみると、先ほど僕にアイスを強奪された少年が他の男連中に絡まれてプロレス技をかけられているところだった。


 ダメージ判定の発生しないギリギリの絞め技をかけるという高度な真似をしているのは、先程まで盛り上がる女性に加われず離れた場所で着せ替えショーを見学していた変態どもだった。このゲームは一応PKが出来ない仕様だし、やられてる本人も適度に反撃したりして仲の良い男友達のじゃれ合いを彷彿とさせて、何だかとても懐かしい。


 思い返せば僕も栄司達とふざけて遊んでいたことがあった……最も今となっては完全な思い出の中の出来事だ。今の体格差でやられると間違っても抵抗出来ないし怪我をする可能性すらある。それに万が一変な場所に手が触れたり、あまつさえその場面を何も知らない人間に見られた日にはあいつらの人生が終わってしまうだろう。


 別に身体を触られるとか裸を見られるくらいなら平気なんだけど、何より僕だってやらせたら世間体が悪いと解るくらいの分別はある。


 とりとめのないことを考えながら男達のじゃれ合いを見て懐かしんでいると、すあまさんがジュース片手に隣に座ってきた。


「男ってほんと馬鹿よねぇ」


 そう言いながらも口調には本気で馬鹿にしているようなニュアンスはなく、微笑ましいものを見守るような感じが見受けられる。確かに男は馬鹿な生き物だ、思えば僕達もよく分からない馬鹿やったりやられたり、神社の裏で見付けた人様に言えないような本を見付けてドキドキしたりした事もある。



『うん』


 栄司はスケベって程じゃないけど結構興味はある素振りを見せていたし、伊吹だってあんな顔して結構ムッツリだし。僕だって人並み程度には女性に興味があった……過去形なのは現在は触れ放題というか、むしろ触られ放題な現状で悟りを開けそうになっているからだけど、今でもどちらが好きかと聞かれたら女性だと答えるだろう。


『前は栄司達ともよくふざけあったりしたなぁ』


「へー、そういえばサンちゃんって結構男の子っぽいところあるもんね」


「だねー」


 思い出してしまったせいか自分でも驚くほど口が軽くなっているのが分かる、テーブルの上にあった手付かずのミルクを両手でしっかりと挟みこむと、落とさないように注意しながらちびちびと飲んで行く。今までしたことのない彼等との思い出話に華を咲かせる僕と、笑顔で聞いているミィとすあまさん、ついでに椅子を引きずって無理矢理席を作ったメイリも興味津々な様子だ。


 泳ぐのが苦手で特訓に付き合って貰った話から、家族ぐるみでいったレジャーランドのアスレチックで繰り広げた激戦。家に押しかけて勉強していたのがいつの間にかゲーム大会になったり、三家族合同で行った温泉旅行やそこでやった渓流釣り、何も考えずに済む子供の頃は本当に楽しかった思い出ばかりだ。


『それで、栄司が魚捕まえようと気を取られてすっ転んだんだよね』


「あはは」


「あー、なんか目に浮かぶわ」


 途中でふと僕の昔話なんて聞いて楽しいのかなと疑問に思ったりもしたけれど、聞いてる三人は楽しそうなので取り敢えず良しとして、今日は声は出ないけど少しばかり饒舌になろうと決めた。


『それでおなか抱えて笑ってたら、あいつ結構根に持ってたみたいでさ』


「そうそう、変な風には引きずらないけど後でキッチリ仕返しされたりするんだよねー」


 怖いよねーなんて笑うミィは何か覚えがあるのが苦笑している。やっぱり変わっていないのかと苦笑しながらそれに頷く。


『でしょ? 僕の時もすっかり忘れて旅館に戻ってお風呂入ってたらさ、

 温泉ではこうするものだー! って恥ずかしくて前隠してたタオル剥がされるし』


 小さい頃からあまり裸を晒すのが好きではなかったので、銭湯とかでも腰にタオルを巻いた状態がデフォルトになっていた。もちろん湯船に入るときはちゃんと外していたのだが、それが彼の反撃の的となってしまったようだった。タオルを取り上げられてから浴場で追いかけ回すはめになった。幸いにも他のお客が居ない時間帯だったから良かったけど、人が多い時間だったらさぞ迷惑なガキんちょだっただろう。


『恥ずかしいから返せって言っても、運動能力違いすぎて捕まえられないし』


「ひな……サン、ちょっと話を中断してくれ、後生だからそこで止まってくれ」


『それで騒いでたら後からきた父さんたちに え?』


 続きを打っていると、何故か震えた声で栄司が目の前に来て肩を掴んでいた、我関せずを貫いていたこいつが何故目の前にいるのだろうか。ふと冷静になってみると周囲の空気が……そう、凍り付いていると言うのが正しいだろうか、そんな感じに変化していた。ミィやすあまさんは笑顔のままで固まっているし、メイリに至っては真顔で栄司を睨んでいて少し怖い。


『え、何?』


「サンちゃん、こっちきて!!」


 状況を把握しそこねて呆然としているとメイリが悲鳴に近い声をあげながら僕を背後から抱き上げて、栄司から離れた位置まで下がって膝抱きにする。気づけば他の女性メンバーも何故か僕を栄司から庇うような位置取りをとっていた。同時に僕へ向かって妙に優しい視線が注がれているかと思えば、栄司に対しては男女問わずあらゆるメンバーから冷たい視線が集中していた。


「いや、待て誤解だ、誤解なんだ」


 栄司が弁解の言葉を口にすればするほど、視線の温度が氷点下から絶対零度に向けて着実に下がって行く。いまいち良く解っていない僕の耳に「サイッテー」「変態」といった単語が届いた、さっきの話から何故そんな発想に繋がるのかと首を傾げていると、部屋の隅に置かれた鏡に写った自分と目があった。


 反転した世界の中で幼い女の子の姿となった僕が猫耳を寝かせて首を傾げている。……ん?


「お前、これはさすがの俺でもドン引きだぞ?」


「通報したほうがいいのかなー?」


「だから誤解なんだって!」


 ギルマスさんやミィですら引きまくった表情を浮かべて、栄司を見る目はどこまでも冷たい。


 ここに至って、そういうことかとやっと納得がいった。栄司と伊吹以外は僕が男だったことなんて知る由もないし、ややこしくなるだけだと説明は避けているので、彼等以外の人間から見た僕は高く見積もっても10歳くらいの女の子でしかない。以上を踏まえて考えれば栄司のやった事は、仕方なく男湯に一緒に入ってきた小さな女の子から身体を隠すタオルを剥ぎとったという、それはもしも今の年齢でやったならば逮捕されなくとも社会的に致命傷を負いかねない行為な訳で。


『うん、ごめん』


「状況把握したなら誤解を解いてくれ!?」


 僕の一言で全てを察した栄司が悲痛な叫びをあげる。が、僕がこんな格好でにゃんにゃん言わされているのに貴方スルーしましたよね? 僕の事助けることなく見捨てましたよね? するりとメイリの手の中から抜けて静止の声を振りきって栄司の隣に向かう、こういう時の対処法は何となくわかっている。


 任せろと視線で合図すると、大分テンパっている様子の栄司は藁にも縋りたさそうな顔をしながら頷いた。僕は彼のために藁になるべくそっと栄司の腕に自分の手を絡ませると、用意しておいた文章を解き放つ。


『栄司お兄ちゃんなら、僕は別にいいから』


 こういうセリフはちょっと頬を染めてもじもじしながら言うのがコツらしい、姉の指導によって女の子らしい所作にもある程度は対応できるのだ。心でドヤ顔をしながら放った僕の発言で絶対零度の視線の一部が生ぬるい人肌の温度へ、極々一部は焼き焦がす灼熱の温度へと変化する。目論見通り冷たい眼を向ける人間は誰一人としていなくなった。


「お、ぉぉ、お前何やらかしてんの!!? プライドはどこへやった!?」


 おいおい、溺れる者が一束の藁を掴んだくらいで助かると思うのかい?


 プライド、プライドねぇ。男の尊厳に至ってはこの1時間で踏み躙られて土と混ざり合った溶けかけの雪みたいな状態になっている訳で。まぁそんな事を言いつつもかなりの反動はあったりするがそこはそれ、ここまで動揺している栄司もかなり珍しいので良しとしたい。因みに伊吹は端の方へと移動して完全に空気と同化している、一言も話さず目を合わせないところから見るに、どうやら本気で巻き込まれたくないらしい。


『死なば諸共って言葉知ってる?』


「知りたくなかったわそんな言葉……」


 一緒に地獄に堕ちようぜ……?





「エースくん、ちゃんとあの子が大人になるまで待ちなさいよ?」


「だから違うんだって……」


 疲れ果てた様子の栄司に説教を繰り出しているすあまさんというなかなか珍しい構図を見ながら、僕は猫耳ロリータドレスのままでミィにお菓子を食べさせてもらっていた。


「「いいよなぁお前は、イケメンは得だよなぁ」」


「だから違うって言ってるだろうが」


 すあまさんの説教を受ける栄司の背後では、ギルマスさんを始めとした数人の男が親の敵を見るような眼で彼の背中を穴が空くほど見つめては怨嗟の声を漏らしている、僕としてはそういう反応をされると、巨乳好きであることが判明してる栄司より彼等の方こそ身の危険を感じる訳だけど、それに気づいているのだろうか。


 見た目だけなら犯罪だと思うのだけど、そういう発想が出てこないのは栄司から見た僕の認識が見た目だけ変わった同い年の男だからに他ならないだろう。


 そして栄司が僕に話を振ろうとしていないのは不利を悟ったからに違いない、僕を糾弾しようと仲間に引き入れようと彼にとっては致命傷を負う結果になるのにやっと気付いたようだ。


「サンちゃん、こっちも美味しいよ!」


 彼らの漫才を眺めながらミィにチョコレートアイスが入った一口大福を食べさせて貰っていると、それに割りこむようにメイリが手に持った一口モンブランを差し出してくる、だが残念なことに僕の好みとは合致しなかった。


『ごめんそれあんまり好きじゃない』


「うぐぅ……」


 うなだれてしまったメイリを余所目にまた別の女性メンバーにチーズスフレを口に入れてもらう。先程から僕にコスプレさせて居た女性陣が集まって、しきりとお菓子をあーんされている訳だけど、これが俗にいうハーレムというやつなんだろうか? もしかして僕は勝ち組になってしまったのかもしれない。


「完全な愛玩動物だな……というか振る舞いに抵抗が無くなってきてないか?」


 そんな風にお花畑な思考をしていると伊吹が余計な一言で僕を現実へと帰還させた。僕だってわかっているんだ、子猫や仔犬にエサを与えるようなノリだっていうことくらいは。


『知ってる? 辛いことってね、抵抗するよりじっと耐えて我慢してた方が意外とすぐに終わるんだよ?』


「実感を込めて言うな、悲しくなる」


 遠くを見ながら返した僕の答えに伊吹は目頭を抑えて目を逸らす。伊達に現実でも姉にお風呂に入れられたり女の子の格好で連れ回されたりしていない。前にメイリにやられた時と違い、今の僕ならある程度の壁さえ乗り越えてしまえばダメージは大したことないのだ、悲しいことに。


「何で泣きそうになってるんだ」


『泣いてねーし』


 何故か眼が霞むので袖で擦っていると周りでエサやりをしてくれていた女性たちがにわかに慌てだして、差し出されるお菓子の量が増えた、取り敢えずそんなにいらないし伊吹は何も悪く無いから睨まないであげてほしい。女性陣に追い立てられるように席を離れた伊吹を目で追って、スティック菓子を咥えながら栄司に視線を向けた。


 説教中だったはずの彼は今食べ物をどかしてヘルメットとピコピコハンマーが置かれたテーブルを挟んで、ギルマスと睨み合っていた。他の人たちも何事かと集まって囃し立てているので、よく解らないが自力で窮地を脱したようだ。まぁ心配するまでもなく、あのくらいで絆が壊れるような関係じゃなかったんだろう。


 そういう意味では、どこでもそんな関係を築けるあいつがほんの少し羨ましかった。


 

 


 地獄のファッションショーも終わり元のローブに着替えた後、拡げた食べ物を全て片付けて僕たちは酒場の外で集まっていた。目の前では先ほどまでゲームで栄司に挑んでは惨敗していた男性陣が花火の準備をしている、何をやってるのかと思えば準備する役を決めていたようだ。


「サンちゃん、はいラムネ」


 隣に居たすあまさんが、水色のガラス瓶を差し出してくる、開封済みの口からは炭酸のはじけるぷちぷちという音と共に、ラムネ独特の甘い香りがしていた。唇の動きでありがとうと伝えて受け取ると、中に入っているビー玉を凹凸に引っ掛けながら口を付けると、よく冷えたサイダーが口腔内に流れ込む。


 このへんの気温設定は恐怖を煽るためかじめじめして生暖かい感じなので、こういう冷たい飲み物はありがたい。


「サンちゃーん、ラムネもらって……ぬあああ!?」


 ちびちび飲んでいた所で背後から聞こえた奇声に驚いて振り返ると、僕の持っているラムネを泣きそうな目で見つめるメイリの姿があった。両手にラムネを持っている様子を見る限り僕に持ってきてくれたらしい。


「すぅぅあぁぁまぁぁぁ」


「ちょ、これは不可抗力でしょ!?」


 矛先は隣にいて「やばっ」という顔をしたすあまさんに向けられたらしい、僕に向けられてもとばっちりも良いところなのだけど。地獄の底から響くような声で追いかけ始めたメイリから、引きつった顔ですあまさんが逃げ出す。


「はぁ……」


 あまり関わりたくないと距離を取っていると、続々と建物から出て来るメンバーの中、何だか妙に疲れているように見える栄司が近くの岩に腰掛けているのを見付ける。


『おつかれ?』


「全く……あらぬ疑いかけられるわ、

 人に準備押し付けようと全員がかりで挑んでくるわ、

 俺の分だけ飲み物ないわで散々だっつの」


 一息で言い切ると深い深い溜息をつく、その姿に何だか妙に罪悪感を掻き立てられる。せめて飲み物くらいはと思いメイリに向かって見えるようにチャットを飛ばす。


『メイリ、持って来たラムネ一本栄司に分けてあげて』


「嫌よ! サンちゃんのために持って来たのに!」


 何だか少し前に同じやりとりした記憶がある、でも今日のメイリは何故か妙に頑なで僕ですら取り付く島もない。以前にもやった、貰ったものをそのまま栄司に渡すという行動も拒絶されるだろう。


「今日はメイリ、一度も"あーん"出来てないからね、悔しいんじゃないかな?」


 頑なになってる理由が思い浮かばず、首をひねっていると自分の分のラムネはしっかりと確保していたミィが笑いながら言う。思い返してみれば"あーん"は散々やられたけどメイリの差し出したものは一度も口にしてない気がする、別に意図的にやったわけじゃないのだけど、それで拗ねるとか正直反応に困る。


「気持ち悪いよねー」


 時々この子は本当にメイリの友達なのか疑問に思う。逆にストレートどまんなかで毒を吐けるくらい仲が良いという説もなくはないけれど。


『しょうがない、これあげる』


「いいのか? ……ありがとな」


 飲みかけで悪いけど殆ど口つけてないし男同士だ、このくらいは我慢してもらおう。差し出したラムネの瓶を栄司の手に押し付ける。


『メイリ、飲み物なくなっちゃったからそれ頂戴』


「うぐ……」


 手ぶらでメイリの近くまでいって両手を差し出して催促すると、若干バツが悪そうな顔をした彼女は冷静になったのか、頬を掻きながら小さく「ごめんね」と言って僕に瓶を渡してくれた。矛先から外れたすあまさんもほっと胸をなでおろしている。


「飲み物一つで騒ぎすぎだよー?」


「うぅ」


 苦笑いを隠せないミィに言われて、情けなさそうな顔をしたメイリが体育座りをしながらラムネを傾ける。栄司も喉を潤して少し調子を取り戻したのか、そんな彼女の様子を苦笑しながら眺めている。


「……あ」


「?」


 栄司の手元を見つめていたすあまさんが、僕の顔と栄司の顔を交互に見て僅かに口元を引き攣らせる。どうしたのだろう?


「どうしたのー?」


「あー……うん、何でもない」


 今度はメイリの顔を伺って、「何?」と眉を潜めるメイリの反応を見てからすっと目をそらしていった。僕がまた無自覚に何かやらかしてしまったのかと問いただそうとしたものの、それは準備を終えたギルマスの宣言に打ち消されてしまった


「えーお待たせしました、本日の締めである打ち上げ花火を始めます!」


 合図によって起動された花火が、火花を散らしながら夜空へと昇って行き、重低音を響かせながら大輪の花を咲かせる。予想以上に立派な花火に一瞬呆けるものの、続け様に空へと駆ける光の矢が現実へと引き戻す。連続して咲き乱れる色とりどりの花々は、役目を終えると星に混じるように消えていく。


 その瞬間すらも幻想的に見えて、すっかり目を離すことができなくなっていた。バリエーションこそ少なく、大きさも小振りではあるものの、迫力と美しさは本物に負けずとも劣らない。


「綺麗だねー」


『うん』


 10分ほど続いた打ち上げ花火の最後に、今回のためにギルマスが大枚を叩いたという高額花火が打ち上げられた。青白い光が先程までとは比べ物にならない勢いで空高く登っていったかと思えば、半月の月に重なった瞬間弾けた。青白黄色赤と小さな円が断続的に広がっていき、舞い落ちる光が流星雨のように空から降り注ぐ。


 夜空に軌跡を描きながら降りてきた光は、地上に降りる頃には大分減速して小さく光る粉雪のようにゆっくりと風に乗っている。デジタル再現された風が髪を撫でる度に、様々な色の光が舞い踊るように散らばっていく。


 それは一分にも満たない時間だったけれど、それはとても幻想的な光景だった。皆同じ感想を抱いたようで、誰かが始めた拍手に合わせて自然とみんな手を打ち鳴らしていた。「大金叩いた甲斐があったね!」と照れくさそうに笑うギルマスさんの言葉でお開きとなった。


 

 皆ある程度仲が良いメンバー同士で固まって散開していく、すあまさんは女性陣と寝る前に狩りに行った。ミィとメイリはギルマスさんに攫われて適正より少し上のダンジョンに挑みに行った。一人、また一人と集会のあった場所を後にする。


 改めて空を見上げる、このヴァーチャルの空にどれだけの星が映しだされているのか、美しい夜空が広がっている。これじゃプラネタリウムも真っ青だろうなんて馬鹿なことを考える。


「今日は来てくれてありがとな」


 いつの間にか栄司が隣に来ていた、横顔は僕と同じように空をみあげている。


「あいつらも悪気があるわけじゃないんだが、悪かったな」


 多分、僕が着せ替え人形にされていた事についてだろう。確かに嫌じゃなかったと言えば嘘になるけど、言うほど気にはしていない。別に悪意があるわけじゃなかったし、この姿でいる限り現実でもゲームも女の子扱いは免れないと解っているのだから。


『気にしてないよ、引きずり出してくれた仕返しもできたしね』


「気づいてたのか……ってそりゃ解るよな」


 わざわざ栄司が不特定多数の集まるイベントに僕を誘った理由は、たぶんあの着せ替えショーが目的だったんだろう。そのために肝試しまででっち上げるとか、ギルマスさんといいメイリといいよくやると思う。


『でも、まぁ、何というか』


 確かに最初から最後まで全部楽しかったとは言えないけれど、この気持に嘘偽りはない。開いてしまった時間で出来てしまった溝だけど、お陰でやっと少しは乗り越えられた気がする。だから、ちゃんと言おう。



『楽しかったよ、誘ってくれてありがとう』



 ぎこちなかったかもしれないけれど、僕はちゃんと笑えただろうか。


なんちゃってじかいよこく


休日も最終日を迎え、少し寂しそうにする日向を思い出作りへ連れ出す事にしたお姉ちゃん。

しかし二人が栄司と伊吹を伴い向かった先はたまたま招待券を持っていた都内にある大型スパリゾートだった。

迫るタイムリミットに生き延びる術を模索する日向だが、偶然と言う名の魔物が彼を襲う。


次回『太陽に恋をして』


※内容は開発中の物であり本編とは異なる場合があります

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