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おんらいん こみゅにけーしょん  作者: とりまる ひよこ。
Contact.04 恐怖のダンジョン
18/46

Contact.4-2 怖い話をしよう

 塾から帰った伊吹を加えた五人パーティで≪螺旋の塔≫を三周ほど回った結果、僕のレベルは無事二二に上がり、適正レベルが二二から三〇である≪背徳の古城≫でも何とか戦えるレベルになっていた。といっても僕がモンスターと直接戦闘する状態なら既に全滅間近な訳だが。


 残念ながらレアが出たのは最初の一回だけだったものの、素材だけでもそれなりの額になり懐も再び潤っている……流石に狼を独占していた時のような派手な稼ぎにはならなかったが、殆ど苦労せず手に入れたお金と考えれば十分過ぎる。


 他のメンバーは出来れば適正フィールドでもう少しレベルを上げたかったようだが、僕の方が先に眠気でダウンしてしまった。


 まぁ私生活の方が大分落ち着いてきたのでこれからはもうちょっと腰を据えてプレイ出来るだろうし、ギルド的にもある程度足並みを揃えて上げる予定のようだから、そう遠くない内に追いつくことも出来るだろう。


 母ともぎこちないながら普通に家の中で会話するようにはなったし、少しずつだが家族との溝も埋まっている。戸籍を筆頭にまだまだ頭を抱えなければいけない問題も多いが、『今は自分のことだけを考えて、難しい事はお父さん達に任せておきなさい』という父の言葉に甘える事にしている。


 無事に男に戻る事が出来るならそれが一番なのだけど、戻れる事を信じる気持ちと諦めの気持ちが同居している。冷静になって考えてみれば、男だったときの最後の記憶は確実に死んでいたはずの状況、それなのに姿かたちが変わったものの僕は生きてここに居る。


 頭の中の冷静な部分が『それが答えだ』と告げてはいても、僕としての感情がそれを信じない。何もかも受け入れていっそ「可愛い女の子になれて得したね!」と言える度量があるならばこんな風に悩む事もなかったかもしれない。まぁ自分に無い物をねだったところでどうしようもないのだが。


 はぁ……どうしてこうも思考は憂鬱の種となるのだろう。




   おんらいん☆こみゅにけーしょん

        Contact.04-2 『怖い話をしよう』




 時刻はギルドイベント当日の十七時。


 水平線の向こうに落ちる太陽が、もう人の住んでいない廃墟の村を赤く染め上げている。僕は≪ユーベル≫から船で南へ向かう事十五分、≪背徳の古城≫が存在する≪幽鬼の谷≫の入り口にあたる村の入り口に立っていた。


 クエストリストから得た情報によると、背徳の古城には元々心優しい領主が住んでいたそうだ。領主はこの小さな島を平和に治めていたのだが、ある年に酷い飢饉が起きてしまった。


 領主を信じて耐えていた民だったが、飢えは彼等の正気を削ぎ落とすように奪っていく。


 やがて限界を超えて狂気に奔った領民たちは、この苦しみは領主のせいだと城へと押し入った。武器を持った民は怯える領主の妻と娘を惨殺してしまう。


 領主はというとその間も村人たちを救うため、寝る間も惜しんであちこち飛び回っていた。何とか食料を確保して戻ってきた領主を待ち受けていたのは、城門に掲げられた愛しい妻と娘の首。


 絶望の中、愛する妻子が守るべき領民によって無残に殺された事を知った領主は発狂。怒りと憎しみを糧に黒魔術に傾倒し、死者を冒涜する禁呪を使い、領民たちに呪いと死を振り撒いた。それからというもの、この地に住む者は死ぬか逃げるかしてどんどんといなくなってしまった。


 呪われた島では未だ憎しみから抜け出せない領主や、禁呪により命を奪われたせいで成仏できない領民たちの屍が城と言う牢獄の中を徘徊しているのだという。


 ――以上、中々に雰囲気を感じさせてくれる裏設定だと思う。


 というか今までシナリオ全スルーだった事に気付いて、どれだけ余裕が無かったのか苦笑いを浮かべる事になってしまった。攻略サイトにシナリオテキストも書かれているはずだし、あとで落ち着いて読んでみるのも面白いかもしれない。


 さて、待ち合わせ場所である宿屋跡にたどり着いた。暗い室内には灯された蝋燭の明りと、それを囲むかなりの人数の人影が見える。正直言って雰囲気出しすぎていて怖い。僕の気配を察知したのか、談笑していた彼等の視線が集まる。


 醸しだされている不気味な雰囲気に頬が引き攣る。


『遅れちゃった?』


「いや、俺らが早く着てただけだ」


 一応時間は守ったつもりだったのだけど、見渡す限りほぼ全員揃っているようだった。


 まさか時間を間違えたかと確認を取ると、立ち上がった栄司が答えながら手招きをする。この場に居る大半の人間と面識があると言っても親しい訳じゃない。こういう時にさりげなくフォローしてくれるので本当に助かる。


「えーそれでは全員揃いましたかね」


 座る場所を探したものの、ラウンジに存在する損傷が軽く原型を留めているソファーは、女性陣が独占しているようだ。


 仕方ないので適当な床に座ろうとして、いつの間にか近付いていたメイリに引き寄せられた。当たり前のようにソファーの空きスペースに座らせられる。こちらを確認したギルマスさんが立ち上がると、参加者を一通り眺めて力強く宣言した。


「それでは、グングニル主催肝試し大会、始めたいと思います!



 最終的な参加メンバーは僕を含めて十八人。ちょうど三パーティで割り切れるとは言えかなりの大所帯だ。


 流石にこれだけ人数が居ると、不気味ではあっても恐怖は薄れてしまう。ゲームという共通認識もあるから尚更だろう。相乗効果によって生まれる恐怖の緩和を避けるため、幹部陣が考えた対策は単純明快だった。


 より恐怖を煽り盛り上げるための演出効果、すなわち『怪談話』。怖い話をして少しでも雰囲気を高めて肝試しを行いたいらしい。そんな訳ですっかり日も落ちた廃村の宿屋跡にて、有志による怖い話が繰り広げられている。


「あぁ、夢だったのか……安心した彼は自分の腕に目を降ろすと……

 ヒッ、と引き攣った悲鳴を漏らしてしまったそうです、

 なぜなら彼の腕には、夢と同じ場所にくっきりとした手形が……」


 我こそはと名乗りを挙げた五人の語り部の三番目、女性メンバーの怪談がクライマックスに差し掛かっていた。中々に真に迫る演技で何人かが息を飲み、明らかに顔を青褪めさせて震えている人も居る。


 僕も怖いとは思うが、右手をかなり強い力で握られているのが気になる。怪談どころじゃない。


 ちらりと目線だけで横を見ると、若干強張っているメイリの横顔が見えた。


 どうやら彼女は思ったより怖い話が苦手だったらしい。僕の方は実のところそこまで怖いものが苦手ではないので、怪談話くらいならスパイス程度には楽しめる。


 そうこうしている間にも三番手の話が終わり、四人目の語り部が蝋燭を手に取った。髪の毛を短く切った、ギルドのムードメーカー的な立ち位置にいる青年だ。直接話した事は殆ど無いので人となりまでは解らない。


「これは高校の先輩から聞いた話……、

 うちの高校は野球部が強くて、毎年色んな学校から推薦や特待で生徒が入って来るんだ。

 勿論それで活躍できる奴もいれば、周りに埋もれてしまう奴も居る、

 芽が出ずに挫折した連中も多いそうだ、今までの自負と自信があるんだから当然だよな。


 先輩のクラスメイトだった野球部のでこぼこコンビと呼ばれている連中も、そんな挫折組だったらしい。

 まぁ、元々素行はあまり宜しくなかったそうなんだが、三年間一度も試合に出れなかった事で目に見えて悪化しはじめた。

 最近だと授業をさぼっては街を歩いて、大人に隠れてカツアゲまがいの事までしていたんだそうだ。


 すっかりやさぐれた連中は、クラスメイトの注意なんて聞きやしなかった。

 ところが今年の夏休みを直前にして、急にそいつらの様子がおかしくなった。


 目の下に隈が出来て明らかに顔色も悪い、別に仲が良いわけじゃなかったが、

 クラス委員をやっていた先輩は一応心配して話を聞いてみたんだそうだ。


 話を聞いた先輩にそいつらはこう言った。


 『猫の鳴き声がうるさくて眠れないんだ……』


 忙しなく周囲を見回す彼に釣られて、先輩も視線を泳がせた。けど、当然何も聞こえ無い。

 近所の猫が発情でもしてるんだろうと慰めた先輩だったが、やっぱり様子がおかしい。


 『今も鳴き声が耳にこびり付いて離れないんだ』


 そういって項垂れる彼は、どうにも尋常ではなく憔悴していた。


 先輩はその時は曖昧に笑って離れたんだが、それは大きな間違いだったんだ」



 彼はそこで一旦話を切る、周囲の人間が息を飲む音がやけに響いた。語り方と言うより雰囲気を出すのが上手いのか、周囲には恐怖と緊張の空気が伝播しはじめている。


 反応を確認した後、彼は満足そうに口元をゆがめて話を再開する。



「先輩にはクラスメイトの他に野球部の友人も居たんだ、

 夏休みに入って数日した頃、その友人から突然電話が来た。


 『あの二人お前のクラスだったよな?

  夏休みの練習にも来てないし電話しても出ないんだが、何か知らないか?』


 話を聞いてどうせサボリだろうと、先輩は思ったんだが、どうにも夏休み前に見た彼等の様子が心に引っかかる。


 どうしても気になった先輩とその友人は次の日、一緒に彼等のうちの一人の家に行ってみる事にした。

 彼の家に着いてチャイムを鳴らすと、何だか酷く困ったような憔悴したような顔をした、彼の母親が出迎えたそうだ。


 なにやら胸騒ぎを感じた二人は、彼の母親に何があったのか聞いてみたんだ。

 『夏休みに入るくらいからずっと、猫の鳴き声がうるさいって……部屋から出てこないのよ』


 見舞いたいという先輩の言葉を母親は承諾した、二人は部屋に入って……絶句したらしい。


 見る影も無くなった彼がカーテンを締め切り、布団を被って震えていたんだ。

 もう何日も風呂に入ってないのか汗の匂いが酷くて、一瞬顔を顰めてしまうほどだった。

 だけど、彼の顔を見た瞬間、そんな小さな嫌悪感は吹っ飛んだらしい。


 彼は頬がげっそりとこけて、明らかに正気を失っている様子だったそうだ。


 目の下にはクッキリと大きな隈が出来て居て、真夏だって言うのにガタガタと震えていた。


 どう見ても普通じゃない!


 慄きながらも先輩は何があったのか聞きだそうとした。

 心配もあったが、何よりも目の前で起こっている異常事態を、原因も知らずに居る恐怖に耐えられなかったんだそうだ。


 理由も解らないまま、もしも自分の身に降りかかったらと思うと……俺だってきっと怖くて眠れない。


 何はともあれ、その時点でもう限界を迎えていた彼は堰を切ったように話し出した。


 彼は七月に入った頃から、神社で見つけた子猫をいじめていたらしい。

 最初の頃は声をあげたり、足元に石を投げて脅かすだけだったそうなんだが、

 次第に物足りなくなったのか行為はどんどんエスカレート、最後にはエアガンの的にしたりもしていたらしい。

 まぁ、最低だよな。


 そんなある日……子猫を苛めていると突然ジャージ姿の男が割って入って、子猫を攫っていった。

 彼等は当時制服を着ていたそうで、しかも相手は同い年が少し下くらい。


 真っ先に考えたのは『学校に知られたら不味い!』


 お世辞にも体格が良いとは言えない、自分たちは武器も持っている、慌てて口止めしようと脅しをかけてみたんだと。


 でも、そいつは何を言ってもウンともスンとも言わず睨み返すだけ。

 段々イライラしたきた彼等が、ついに暴力に訴えようとした瞬間、そのジャージ男は凄い速さで逃げ出したんだ。

 今までと違って思い通りに行かない事に、彼等は焦りを覚えて罵声をあげながらそのジャージ男を追いかけた!


 彼等だって腐っても運動部だ、なのにそいつは動き辛い林の中ですいすいと木々を避けて逃げていって追いつけない。

 結局見失ってしまった彼等だったが、イラつきながら境内に出て、逃げて行ったそいつの背中を見付けてしまった。

 上手く行かないことへのイライラが溜まりに溜まっていた彼はついに爆発、

 怒りに任せて無防備なジャージ男の背中を蹴り飛ばしてしまった……相手は階段の目の前に居たのにだ」


 …………ん? 段々恐怖とは別の感情が芽生えてくる。具体的に言えば疑問、反対側の男性グループに居た栄司と伊吹も何だか歯に物が挟まったような表情で僕を見ている。


「ハッとして自分のやってしまった事に気付いたときにはもう遅かった。

 そいつは人形のようにあちこちぶつけながら階段の下へ落ちてしまう。


 青褪めた彼等は慌てて階段を降りた。

 近くに行って彼等は息を飲む、その男は真っ赤な池に沈んでピクりとも動かない。


 焦った彼等は、そのまま救急車を呼びもせず逃げ出してしまった。

 家に帰ってから自分のした事の重大さに気付き、その日は家のチャイムや電話の音にすら怯えていたらしい。

 だがおかしい、一日経ち、二日経っても警察は来ず、人が死んだという話すら聞かない。


 三日経ち、恐る恐る神社に行ったが、階段の下にはあれほど大きく広がっていた血の跡も無い。

 意を決して掃除をしていた神主さんに二人は聞いたんだ、『ちょっと前に近くで何かありませんでしたか』ってな。

 だけど返って来たのはまったく予想していない答えだった。


 『いえ、特に何もありませんでしたけど……』


 彼等の記憶が確かならまず助からないような状態だった、

 それにしたって階段で人が転落したんだ、事件になるのが普通なのに。


 神主は隠すでもなく、本当に解らないみたいだった。


 『に゛ゃ゛ぁ゛ー』


 あれは夢だったのだろうか、狐に摘まれたような気持ちで階段を降りる二人の耳に猫の声が聞こえた。

 酷くガラガラで、まるで喉に痰が絡んでいるかのような鳴き声。

 背筋に冷たい物が走る。彼等が恐る恐る振り向いた。


 視線の先、階段の上に猫が座っていた。


 白い毛は乾いたドス黒い血で斑に染まり、手足は曲がって、頭が半分潰れた猫が。


 彼等のほうを見て、まるで見つけたと言わんばかりに口を開いて鳴いたんだ。


 『に゛ゃ゛ぁ゛ー』


 悲鳴を上げてそれぞれの家に戻った彼等は、夢でも見たんだろうと自分に言い聞かせた。

 だけどその時の鳴き声が風に乗って時おり聞こえて来るんだ……、そう、恐怖に引き攣った顔でそのクラスメイトが語り終えた。


 まるで自分を探すかのように、時おり近付いて離れてを繰り返して、少しずつ少しずつ近くなってくる。


 『きっと罪悪感から来る幻でも見たんだろう』と先輩は結論付けて、慰めようと彼の肩に手を伸ばした。


 『に゛ゃ゛ぁ゛ー』


 突然、窓の外から猫の声が聞こえた。彼は悲鳴を上げながら布団に包まって震え始める。

 先輩と友人は怖気を感じながらも顔を見合わせて、正体を確かめようと窓に近付いていく。


 『やめろ! やめてくれ!!』


 叫ぶ彼に、先輩達は『大丈夫、ただの野良猫だよ』と声をかけながら、それでも恐る恐るカーテンに手を掛ける。

 『に゛ゃ゛ぁ゛ー』窓の外から聞こえる声は段々近付いてくる、すぐ傍に居るのかもしれない。


 最後に真剣な顔で先輩達は頷きあって、一気にカーテンを開いた。




 窓ガラスには頭の半分が潰れ、片目の飛び出した血塗れの猫の顔が張り付いていた。

 その猫は残った片方の目を布団に包まったままの"彼"へと向けると、血の泡を吹きながら口を開いた。


 『に゛ゃ゛ぁ゛ー』」


 その鳴き真似を最後に、語り部である彼は蝋燭をフッと吹き消した。同時に僕の周囲から小さな悲鳴が上がって、誰かにいきなり抱きしめられた。間もおかず、周囲が見える程度に薄暗い照明が灯る。


「けけけけ、結構怖いじゃない!」


 抱きしめてきた犯人……メイリには効果抜群だったようだ。


 流石にこういう時くらいは好きにさせてあげよう。とはいえ他の女性陣も微妙に震えていたり、涙目になっている。彼は確かに怪談が上手かったのだが、僕としてはそれ以上に気になる部分がありすぎて素直に怖がる事が出来ないで居た。


「…………」


 今の話って……と言いたげな視線を親友二人から感じるのは気のせいではないだろう。僕としても非常にデジャビュというか、つい最近身近に起こった出来事を連想させるようなお話だった。実に興味深い。


「以上で終わりッス、まぁ色々アレンジしたけどな!

 うちの学校の野球部から二人ほど"病院"に入っちゃったのが出たのはマジな話、

 みんなも生き物は大事にしないとダメだぞ!」


 最後に明るい笑顔でフォローを入れてくる彼は、どこまで事実を語ってどこまで脚色を加えているのか。知りたいような知りたくないような微妙な気持ちだ。


 あとメイリは力を入れすぎて、そろそろダメージ判定が出そうなので加減して頂きたい。結局あまりにも悩む事というか気になる所が多すぎて、五人目の語り部の話も殆ど頭に入ってなかった。





「さて、暖まって来た所でメインイベント行ってみようか!」


 むしろ冷えてきたの間違いじゃなかろうか。


 はしゃぐギルマスさんを尻目に、やや青褪めているメンバーの顔を見渡して溜息を吐く。


 それにしてもこのゲームはアバターの表情がほんと繊細で感心する。思考や精神状態にあわせて微妙な変化までバッチリ表現するんだから驚きだ。このアルゴリズムを組むだけで、様々な企業から大金を積んでオファーを受けるような技術者が十人ほど過労で入院したという話なんだけど……信憑性が生まれてきちゃうなぁ。


 こういった催しにおいて、他人の表情と言うのはとても重要だ。どんな恐ろしい状況でも余裕綽々な顔の奴が一人居れば、何となく心に余裕が生まれてくるもの。逆に全員が怯えていたら、自分まで怖くなってきてしまう。


 そんな大事な要素をこのヴァーチャル空間で、リアルに表現する事を可能にした技術は凄まじい。


「ね、ねぇやっぱ止めようよ、ちっちゃい子もいるんだし」

「そうだよ! 見てよサンちゃんのこの顔!」


 一部の怖い物が苦手なメンバーは、先の怪談話で大分持っていかれたようだった。完全に及び腰になっている。


 周囲の空気自体がそうなってしまった場合、自力で持ち直すのは少々どころではなく難しいだろう。苦手な物なら尚更だ。


「いや、どう見ても余裕綽々に見えるんだが、無表情幼女萌え!」


 概ね正鵠を射ているのが何ともはや、ただし余計な一言がギルマスさんの残念さを浮き彫りにしている。


「どう見ても怖さのあまり表情がなくなってるだけじゃない!」


 どう見ても怖さのあまり腰が引けてるメイリが、僕を抱きしめながら庇おうとしてくる。しかし生憎とギルマスさんの方が正解である。


 栄司やミィがメイリへと生温かい目を向けている。伊吹は我関せずとばかりに、他のギルドメンバーと話していた。最近、あやつのマイペース度が加速的に上がっている気がするのだが。


 いや、意図的なのかもしれない。前に空気化している事に関して弄ろうとしたら、『ペド野郎呼ばわりはちょっとな』と本気で哀れみを込めた目線で栄司を見ていたのを思い出す。


 僕にはわからない、集団社会で暮らす人間の柵というものがあるのだろう。


『あんまり遅くなると寝られなくなる人がいそうだから、さっさと行こうよ』


 言外に震えながら僕に抱きついている、約一名の事を匂わせながら提案する。


 一部の人は楽しそうに、一部は渋々と言った様子で頷いた。所詮遊園地なんかのお化け屋敷みたいなものだろうに。このやたら薄暗い場所は流石にちょっと怖く感じるけど、それだけだ。


「う……そ、そうね、早く終わらせて楽しいイベントに移りましょ……」


 何故か、一瞬背筋に寒気みたいなものが走ったのだけど。


 ううん、バッドステータスでも受けたのだろうか?


 亡霊系は魔法スキルが中心だという話だし、気をつけないといけないかもしれない。取り合えず、震える女の子を引き剥がすほど鬼畜にはなれない。しがみ付くメイリを引き摺ったまま、何やら箱らしきものを準備してきた男性のギルドメンバーに視線を向ける。



「それじゃあ組み合わせの抽選と行こうか!」


 ドンっと音を立てて机に置かれたそれが、組み合わせを決めるくじ箱なんだろう。


 このゲームは妙な所で現実に則していて、小物や素材を加工してこういうアイテムを作製する事が出来る。生産スキルがないとただのパーティグッズというか、分類が雑貨になって特別な効果は何も持たないのだけどね。


 それでもインテリアやこういう小道具を作れるのは、ユーザイベントなどで遊ぶ余地を大きく拡張している。


 これから職人やエンチャンターが育てば、武器や防具のオリジナルデザイン販売やオーダメイドだって活発になるだろう。一部のレア以外はプレイヤーメイドが主流になるだろうと、いわゆるガチ勢……攻略先進組は予想していて、今も色々動き回っているようだ。


「おっと、サンちゃんはこっちだ!」


 それはさておき、くじを引いてしまおうと近付いた僕を制止する声がかかる。ギルマスが手招きをする先には綺麗な布が張られた椅子があった。布の下から覗く椅子の脚は大分古ぼけている事から、この廃屋にある家具を勝手に弄ったのだろう。


 どうせメンテナンス時に元に戻されるからいいのだろうが……ここで僕を呼んだ理由はなんだろうか。


「えー集まったメンバーは十七人、これを四パーティに分けて攻略を行いたいと思います!

 具体的には四人パーティが四つで、箱に入った色分けされたくじの数も四種類が四つずつ」


 ……何だか計算が合わない気がするのだけど、この場合はぶられるのはひょっとして僕?


「なおサンちゃんには特別枠として白色チームに入ってもらいます、いわば当たりです!」


 ギルマスさんの言葉から判断するに、僕はいわゆる景品という奴なのだろうか。


 一体メイリとギルマス以外の誰が喜ぶんだと、腑に落ちない気持ちを閉じ込める。


 用意された席に大人しく腰掛けていると、何故か一部を除いた男性陣だけでなく女性陣までもがにわかに盛り上がり始めた。


「ふふ、サンちゃんってちっちゃくて可愛いから、女性メンバーにも結構人気なんだよ?

 ギルドだけじゃなく周りでもすっかりアイドル扱いなんだから」


 首を傾げる僕に近づいてきたすあまさんが、心底いらない情報を教えてくれた。どうにも小さな犬猫みたいな扱いを受けている気がする。


 ミィも同意するかのように頷いていて、メイリは何故か誇らしげに胸を張っている。というか"周りでも"ってどういう意味なのか、知りたいような知りたくないような。


「それじゃあ抽選を開始する! 誰が当たっても恨みっこなしだ!!」


 かくして、ついていけない僕を尻目に妙な熱気の中でくじ引きがはじまった。





『まぁ、こうなるよね』


「はは……」


 僕たちは荷物を手に、聳え立つ朽ちた古城を前に簡易キャンプを設置していた。タイミングを同じとする他の待機組と一緒に先端に火を灯した小型の杖、地面に差された休息の火を囲んで軽食を取る。これは一定時間モンスターを避けて休む空間を作ってくれる道具で、近くに居るとライフやマナ、スタミナの回復速度が早くなる。効果時間は三〇分ほどだがフィールド狩りだとおちおち休んでもいられないため、嵩張る物でもないし誰もが一つか二つは持ち歩いている。


 薄暗い夕闇を切り裂くように炎が照らすのは、苦笑いを浮かべる栄司と伊吹、すあまさんとミィの四人。反対側にはまるで親の敵を見るような目で栄司とすあまさんを交互に睨み付けるメイリが居た。


 ……顛末はこうだ、まず伊吹が最初の白を引き当てブーイングを受けた。続いて三人ほど空けてミィが白を引き――この時は何故かブーイングは起きなかった……――更に二人空けてすあまさんが三つ目を引いた。この時点で残りはメイリと栄司、白は二者択一。じゃんけんで決まった順番に倣って栄司が抽選箱に手を突っ込み、外れろ外れろと怨嗟に近い男達とメイリの声を受けながら引き出した玉の色は見事なまでの白。


 この時点で別チーム入りが確定したメイリは崩れ落ち、他の男達からは『ペド野郎!!』の大合唱だった。因みに女性陣はあらあらまあまあと言いたげな眼で僕を見ていた、そこにどんな意味があるのかは色んな意味で怖くて聞けなかった。


「ほら、メイリ行くよー」

「うぅぅ……エース! 昨日みたいにサンちゃんに怖い思いさせたら潰すわよ!!」


 そうこうしているうちに先発組が帰還したため、同じチームの女性に呼ばれて不承不承といった表情を一切隠さずにメイリは立ち上がって、何故か栄司に良くわからない釘を刺した。


「いやお前、今回の趣旨分かった上で言ってんのか」

「当たり前よ」


 当然といえば当然な栄司のツッコミに一切動じる事もなく、胸を張ってメイリは応える。その場に居た全員の「うわぁ」という心の声が聞こえたような気がした。


「……努力はする」

「当然じゃない。 じゃあサンちゃん、行って来るね!」


 打って変わって僕に笑顔を向けるのは流石女性……と言うべきなのだろうか。この切り替えの速さは恐ろしい。小さく手を振ってダンジョンの中へ移動するメイリ一行を見送ると、隣に居た栄司と溜息のタイミングがピッタリ重なってまた他のメンバーに笑われた。


「んじゃ、俺たちもそろそろ行くか」


 程無く、三番目のパーティが青褪めた様子で戻ってきたのを確認して栄司が言う。一瞬脳裏に大口を開けた虎の顔が映りこむが、それを掻き消すように頭を振って立ち上がった。リーダーである伊吹が入り口付近で入場操作をしたのを受けて、現れたウィンドウの入場ボタンをクリックした。


 一瞬の暗転、僅かなローディング時間を経て視界に入るのは豪華とは言いがたいものの、決して質素ともいえない程度に装飾が施された城の玄関ホールらしき場所。僕達の居る場所を中心に、先に入っていた伊吹が使った照明用の灯火によって崩れかけた壁や天井が照らされてぼんやりと見える。


 軽く見渡すと左右に抜ける通路は崩れていて先へ進めず、薄く埃が積もった、ホールの奥へ円を描くように伸びた階段が奥へ行く為の通路のようだ。照明の灯が揺らめく度に影が躍り、廃墟と呼ぶに相応しい城の中に不気味な景色を作り出す。しかも出てくるモンスターは死霊系であることが確約されている。


「大丈夫だよー」


 影になって見えない闇に若干の不安を覚えていると、不意にミィが頭を撫でてきた。それだけでも大分落ち着けたのでありがたい。そのまま僕を中心に据え、左右を女性陣、前後を栄司と伊吹が囲う十字陣形を組んで階段を登って行く。


『なんで僕が真ん中?』


「お前に何かあると俺が槍玉にあげられるんだよ……何故か」


 浮かんだ疑問に疲れた声で答える栄司に、彼の苦労を垣間見た気がした。



 階段を登りきると長い長い廊下に出た、暗い道の先から掠れた悲鳴のような物が響いてくる、即座に反応したすあまさんと栄司が武器を構え、ミィと僕が全員に支援と付与魔法をかけてあっという間に準備は完了。暗闇の中から這いずるように現れたのは、血塗れの手足、長い髪を振り乱して、ワンピースを身につけたミイラのような身体と顔の女性。


 表示された名前は『悲鳴の主』、確かここに登場する雑魚敵の一種だ。顔は良く作りこまれており、本物に似た質感の顔、がらんどうの眼窩に憎悪の炎を灯して全く無関係な僕達を睨みつける。


「う……」


 両脇を固めていた女性二人が慄いている気配を感じる、ホラー映画やゲームでは良く見るクリーチャーのデザイン、だが立体映像と分かっていても実際に……というのは少し変かもしれないが、目の前にするとその迫力はかなりのものだ。


「キィヤァァァッァ!!」


 悲鳴の主が口からどす黒い血の泡を零しながら、その名に相応しい耳障りな悲鳴を上げる。咄嗟に耳を塞いだが襲ってくる衝撃に立ち眩みにも似た感覚を覚える。体が思うように動かない、不審を感じて端に表示させたステータスに目を向けると状態異常を示すアイコンが追加されていた。


 恐慌のレベル2、行動を阻害する異常の一つ。食らうと深度に応じて能動的な行動が取りづらくなるという効果を持つ、意識に反して手は震え、思わず持っていた槍を取り落としそうになる。視覚効果に実質的な効果も合わせた恐怖演出といったところだろう。ホラーが苦手な人間だとまともに動けなくなってしまうかもしれない。


「ひゃっ!? あ、や、いやぁ!?」


「落ち着け、ただの異常付与だ!」


「すぐ解除するよー」


「サン、聖属性のエンチャってあるか?」


 すあまさんもどうやら苦手組の一角だったようで、慌てて出した弓を落としてしまい見事にパニックを起こしているが、少し前に出た伊吹が庇うように動くことで落ち着かせようとしている、ミィは若干引き気味ではあるようだが割と冷静に自分と前衛の状態異常を解除していた。栄司はあまりにもいつもどおりでつまらない。


『ある』


 短く答えて栄司の武器にかけたエンチャントを変更させる。聖属性はハイ・エンチャントと呼ばれ、付与術の五段階目に位置している。武器に対する聖属性の付与はプリーストでも出来るため影が薄いが、一応エンチャンターが使うほうが強力だ。


 というのも属性には耐性などと並んで攻撃値というものがあり、一定量を武器に付与することで弱点属性に対するアドバンテージを得ることが出来る。なので付与術の強化スキルもしっかり乗る。なのに特化じゃなくても良いと言われる理由は、端的に言ってしまえば……序盤ではほとんどと言っていいくらいに差がないからだ。


 やはりエンチャンターの真価はクラスチェンジ後にしか発揮できないのだろう、若干の切なさを込めた魔法は、栄司の持つ両手剣に淡く白い光を宿らせる。


「よしっ!」


 確認した栄司は軽いフットワークで一気に詰め寄ると、大きく振りかぶって刃を悲鳴の主にたたきつける。まともに食らった細い体が壁に叩き付けられて埃が舞う、哀れな女性はまたしても耳障りな絶叫を上げながら光の粒になって消えていった。


『弱っ!』


 見るからにタフじゃなさそうだったとはいえ、まさか一撃とは思わなかった。


「見ての通り『弱体化役』だからな、単体だと雑魚だよ雑魚」


「厄介な前衛型と一緒に来られると恐ろしい相手に早変わりするがな」


 剣を背中に戻した栄司が両手をパンと叩いて肩を竦めると、伊吹が補足する。確かに前衛型モンスターとの戦闘中に恐慌状態にされたらたまったものじゃないだろう。現に一体だけの出現でも不意打ちで約一名戦闘不能に陥りかけてたし。


「あぁ、びっくりした……」


「すあまちゃんもこのダンジョン初めてだったっけ」


「うん……」


 どうやらすあまさんは初遭遇だったようで、それならこの動揺も仕方ないのかもしれない。よほど得意というわけでも無い限り女の子にはきついだろう。


「……それよりも、私は平然としてるサンちゃんが気になるんだけど」


 恐慌を解除してもらい体の調子を確かめていると、すあまさんが納得出来ませんと言いたげな顔でこちらを見ていた。そんなこと言われても困ってしまうのだが。


「そういえば、あんまり怖がってなかったね?」


『雰囲気は怖いけど、実物? は平気』


「こいつ、昔からお化け屋敷の薄暗さにびびっても、お化け役その物にはノーリアクションだったからな……」


 栄司が呆れたように笑うが、"そこに何があるか解らない"のが怖いんであって、例えお化けだろうと化け物だろうと、何が居るかさえ解っていたら別に怖いことは無いと思うんだけどなぁ。


 人が最も恐れるのは未知だと思うんだよ。だからこそ僕が今一番怖いのは現実で自分の身に起こっている異変なのだが。


 そんな話をしていたら、愕然とした顔のすあまさんがぽつりとつぶやいた。


「サンちゃんってもうちょっと普通の子だと思ってた」


 失礼な。




「ひゃああぁぁ!?」


 陣形の真ん中に、天井から突然濁った絶叫を上げながら人間の腐乱死体が降って来る。いわゆるゾンビでもこうやって急襲されると心臓がひやっとしてしまう。


 お化け屋敷をイメージでもしているのか、探索しているとこういう驚かし要素がかなり多く設置されて居た。


「やだ、やだ、やだぁぁぁぁ!!」


 取り敢えず僕が持っていた槍を突き立てて動きを封じたところに、すあまさんが矢を使わず弓そのものでバシバシと殴りつけている。道中にあった動く絵画とか、窓ガラスに貼り付けられた赤い大量の手形とかですっかり出来上がっていた結果、相当テンパっているようだ。


「お前ほんと冷静だよな……」


『驚いてはいるよ?』


 振り返りつつゾンビの首を跳ねた栄司が呆れた顔をして言った。これでも一応吃驚はしている、ただ激しくリアクションをしてしまうほどじゃないだけだ。


「うぅぅぅ、もうやだぁぁあぁ」


 そんな訳で、泣きじゃくりながら僕に縋り付くすあまさんのお陰で、僕達の攻略は地味に難航していた。顔や肩に脂肪の塊が押し付けられる。柔愛感触がなんだか微妙な気分になるのは何故だろうか、男としてはもう少し喜んでも良いと思うのに。


 少し前までは普通にドキドキしたり、ドギマギしたりしていたのに……女性化の弊害だろうか。


「しかし、本当にその状況でよく動揺しないなお前」


 変なことを言い始めた栄司はほんの少し羨ましそうな、複雑そうななんとも言いがたい顔をしていた。


「あれだけ女性陣にぬいぐるみ扱いされてたら慣れもするだろう」


 伊吹が背後を警戒しながらため息を吐く。


 言われてみれば確かにここ最近は、人が集まってる場所に顔をだす度に、ギルドの女性メンバーから抱きしめられたり、撫でられたり、お菓子をもらったりしていた気がする……。


 確かにこれだけスキンシップを図られていたら、女性に慣れてしまうのかもしれない。


 というかこれは安心していいのだろうか? しちゃダメなんだろうか。


 いくら考えても僕には判断できそうにない。しょうがないので窓の外からこちらを睨みつけている大きな半透明の骸骨を眺めながら、すあまさんが落ち着くまで少しの間その場で待つことにする。そういえば、入る前から怯えていたメイリは大丈夫だろうか。




 それから数十分ほどかけて緩やかに城を攻略していった。道中は特に何事も無く……いや、すあまさんが泣きそうになっていた事以外は何もなく、最上階である領主の間にたどり着いた。道中の雰囲気はおどろおどろしく、恐怖や不安を煽るようなもので、それに加えて脅かし系のトラップも豊富だったけど……。


「予想はしてたんだけどなぁ、ここまでリアクションが無いと寂しいな」


 どうやらミィは意外と平気な方らしく、このメンバーで絶叫をあげるのはすあまさんだけだった。戦闘で僕がやることなど殆ど無く、時間ごとに付与魔法をかけ直す程度で後はミィと雑談に興じたりしていた。


『十分すぎるほど怖がってるじゃん、すあまさんが』


「うっ、うぅ……帰りたいよぅ……」


『もうちょっとだから頑張って』


 これ以上はすあまさんが限界みたいなので休憩も程々に、巨大な扉を押し開いて領主が待ち受けているであろう部屋の中へと入る。古ぼけてボロボロになった赤い絨毯が敷かれた先に、崩れかけた玉座に腰掛けた人影がある。皮も肉も削げ落ちて骨だけとなった身体、がらんどうの眼窩に憎しみの炎だけを灯した領主の成れの果てが、僕らの姿を見止めてゆっくりと立ち上がった。


 元はさぞ高級な素材を使っていたのであろう、今は襤褸と成り果てたローブの裾から伸びた白骨の指先が虚空をなぞる。禍々しい黒いオーラをまとった白骨製の大剣が魔法陣とともに出現し、地面に突き刺さった。


『やばい攻撃ってある?』


「普通に強いだけだから気合で避けろ、行くぞ!」


 塔の時の反省を踏まえて始まる前に聞いてみたものの、帰ってきたのは限りなくそっけない返事だった。間髪入れずに打ち込んできた領主の大剣を真っ向から受け切る栄司。


 鍔競り合いを繰り広げる二人の真横から伊吹が炎属性の魔法を放つ。放たれた火球が当たる前に領主はバックステップで距離を取って回避してしまう。


『すあまさん、これ終わったら帰れるから頑張って!』


「うわぁぁん! はやくたおれろおおお!」


 すあまさんが泣きべそをかきながら弓を構えると、距離を離した領主目掛けて次々と矢を放っていく。領主の方も大したもので飛んでくる矢を的確に剣で打ち払って後衛である僕らの方に近づいてくる。


「させるか!」


 しかし素早く割って入った栄司の一撃が、距離を詰めつつあった領主を吹き飛ばす。どうやら回避能力は高くても耐久力には問題があるようで、たった一撃でもかなりの量のライフが削れている。この分なら手馴れてるアタッカーが居れば、そんなに時間がかからず終わることが出来そう……というか早く倒さないとすあまさんが持たない。


 距離が空いた所で、持ってきていた光属性の下級攻撃魔法の札を使って追撃を加えながら、残り時間を見つつエンチャントをかけ直していく。合間にちょこちょこ攻撃していると、領主が剣を振りかぶった所で攻撃を持ち手に当てるとノックバックが発生して隙が出来ることが解った。


 後は僕が隙を作りながら、栄司が大技を連続で叩き込んでボスはあっという間に倒れてしまった。




「何というか……なぁ」


 ドロップを回収しながら、皆がひどく腑に落ちない顔で僕を見つめてきている。すあまさんはすっかり怯えてミィの背後にすがりつき、頭を撫でられていた。彼女は僕に批難めいた視線を向ける余裕はないみたいだ。


「ここってアタッカーが物理だと、普通はもっと苦戦するんだぞ?」


「大会の時も思ったけど、サンちゃんって魔法の狙い撃ちとか凄い上手だよね」


『あんなハメ技通じるなら、強力な技持ちが居れば何とかなるんじゃないの?』


 実際それをやった結果、殆ど戦闘らしい戦闘もせずに封殺してしまうという悲しい結末に終わってしまったのだけど。


「切り合ってるあいつの手だけを、前衛の背後から正確に狙い撃ちできるならな」


『そんなに難しいことじゃないと思うんだけど』


「あははー……」


 ため息混じりに言う伊吹に返答しながら、同意を求めてミィを見れば何故か困った顔で乾いた笑いが帰ってきた。本当にそんな難しいことじゃないんだけどなぁ……。




「サンちゃああん、大丈夫だった!? 怖くなかった!?」


『結構怖かった』


 大した物が出なかったドロップを全て回収した後、すあまさんを引きずって領主城前のキャンプまで帰り着いた。既に帰還していたメイリが、僕の姿を見るや否や、飛びつかんばかりの勢いで抱きしめてきた。


 よほど怖かったのか憔悴した様子で微妙に震えている。しばらく好きにさせてあげようと思う。こんな姿になっても心は紳士で居たい。


「さらっと言ったなこいつ」


 背後でジト目で僕を見る栄司のことは気にしない事にする。自分でもほとんどリアクションしてなかったと思うけど怖かったのは本当だしね。他のメンバーの反応もそれぞれで、恐怖を紛らわせるように数人で集まって談笑している人もいれば、平気だったのか適当なオブジェクトに座って本を読んでいる人も居る。


 数人ほど眠ったように目を瞑って微動だにしない人が居るのは、たぶん食事にでも行っているのだろう。時間も良い感じだし、メイリを引きずって適当な場所に腰掛けると一言断って食事に向かう事にした。



 目をつむったままログオフ操作……キャラをゲーム内に残したまま目を覚ます機能を使う。視界が真っ暗になって、明確に見ていた夢から醒めた時にも似た身体の重さが襲ってくる。ヘッドセットを取り外して時計を確認していると、丁度ドアがノックされた。


「日向、起きてる? ご飯だよ」


 透き通ったやや高めの声質な、聞き慣れた姉の声がドア越しに聞こえてきて、返事の代わりに枕元の棚を三回叩く。それだけで起きてることが伝わったのか「今日はハンバーグみたいだよー」と言い残して気配がドアの前から離れていく。


 一応携帯のメールアドレスとゲームを連動させてるので、携帯の方に送ってもらえればゲーム内でもリアルタイムで確認出来る。だけど姉はなんだか寂しいという理由から、ドアをノックした後でメールを送る事にしているみたいだ。


 僕も四六時中ゲームにインしてる訳じゃないし、ノックには半分くらい反応出来てる。僕としてもこういうちょっとした交流が嬉しくあったりするので、煩わしくは思っていない。


 それにしてもハンバーグ、ちょっと久々なので地味に嬉しかったりする。子供舌と言われても嬉しいものは嬉しいからしょうがないのだ、自分に言い訳をしながら、いそいそと準備を済ませて部屋の扉を開けた。





 夕飯に出されたハンバーグを綺麗に平らげてゲームへと帰還すると、食事で一時的に落ちていたメンバーもほぼ全員戻ってきたようだった。僕が戻ったことで全員揃ったのを確認したギルマスさんが両手を叩いて鳴らす。全員の注目を浴びながら彼は咳払いをすると、大げさに手振りしながら声をあげた。


「さて、恐怖の余韻に浸りたい人も居るかと思いますが、

 時間もちょっと押し気味なのでそろそろ移動します!

 元気な人は動けない人がいたら肩を貸してあげてください」


 言われて時計を確認すればもう二十一時半を過ぎたあたり、なんだかんだで結構経っていたようで、思い思いの返事を返しながら立ち上がる。幸いにも動けない人は居ないようで数人ほどふらつきながらもしっかりと自分の脚で歩いて行った。


 そういえばどこへ向かうのか確認していなかった事を思い出した僕はメイリを背中にひっつけながら、いつも通りに栄司の背中を見ながら歩いていた。目の前を歩く随分と大きな背中を早足で追いかけていると、僕に気を使ったのか栄司の歩く速度が落ちる。


 なんだか気を使わせて申し訳ないやら、改めて実感する歩幅の差が切ないやら、なんとも言いがたい気持ちが胸に去来する。


「サンちゃん、ついたよ?」


 しばらく足元を見つめながら無言で脚だけを動かしていると、突然背後から優しく抱き寄せられるようにして動きを止められた。何事かと顔を上げれば目的地についたのかみんな足を止めていて、眼前に栄司の背中があった。もうちょっと止められるのが遅かったらこのままぶつかって居ただろう。


 どこについたのかと思えば船着場の近くにある小さな酒場、ギルマスに先導されるように入ると寂れた外見に対して中は意外と清潔に保たれていて、従業員らしきNPCがカウンターで定められたルーチンに沿った作業を繰り返している。


 先に入ったメンバーが六人掛けのテーブルを一箇所に集めると、飲み物やらお菓子やらを配置し始める。みんな色々持ってきたのか結構バリエーションが豊富なようで、デジタル的に再現された美味しそうな匂いがここまで届く。さすがにリアルで食後ということもあってか、軽めのスナックや甘いお菓子が中心となっている。


 花火の前に打ち上げをやるようで、僕の持ち込み分も栄司に渡してテーブルに乗っけてもらう――身長が足りなくて背伸びしてもテーブルの上にアイテムを解放出来なかった――と、各々好きな飲み物を手に取って乾杯待ちとなっている。僕も合間を縫って林檎ジュースを狙って手を伸ばすものの、身長と人口密度が災いして取りにくい。


「サンちゃんはジュースどれがいい?」

『林檎!』


 ミィが気を利かせて僕のリクエストを聞き、テーブルから透明な蜂蜜色の液体が注がれたコップを取り、手渡してくれる。口の動きでありがとうと言いながら零さないように両手でしっかり受け取る。……何故か先を越されたと言いたげな顔で僕とミィを見ているのが数人いるけど、彼等は一体何がやりたいのだろうか。


 飲み物が全員の手に渡ったのを確認してから、ギルマスさんがコップを掲げる。


「それでは、記念すべき第一回目のギルドイベントの成功を祝うとともに、

 これからのメンバー同士の親睦が深まることを願って……乾杯!」


「「乾杯!」」


 音頭に合わせて全員がグラスを掲げる、僕も手を伸ばしてグラスを上に挙げると、手を下ろしてそのまま口をつける。相変わらずギルド外の僕が混じっていいものか少し悩む部分はあるものの、お言葉に甘えて楽しむことにしようと思う。


 しばらく談笑しながらお菓子をつついていると、何やら一部のメンバー……主に女性陣がそわそわし始めた。何かあるのかと思って動向を眺めていると、主にメイリが主導となってなにか企んでいる空気をひしひしと感じて背筋に怖気が走った。妙に逃げたい気分に駆られてじりじりと下がって行く途中で、後頭部が柔らかい壁にぶつかって退路を塞がれたことを知る。


「サンちゃん、ごめんねー?」


 本当に申し訳ないと思っているのか問い詰めたくなるほど呑気な声が頭上から降り注ぐ。悪いと思っているなら見逃してほしいものだけど、どうやら今回ばかりはミィも敵のようで、ひどい裏切りを受けた気分だ。


「あぁ、バレてしまったならしょうがない……

 そろそろ怖い思いを打ち消すための今日のメインイベント……サンちゃんファッションショー行ってみようか!」


「おおおお!」と歓声をあげるギルマスさんをはじめとした一部の男性と、メイリを中心とした女性たち。それを困ったものを見る目で優しく見守るメンバーが半分を少し割る程度。今すぐ逃げ出したくても両肩に添えられた手がそれを許してくれそうにない。


 困った奴等だと言いたげな目線で変態どもを見守る優しさがあるのなら、僕の方にも少しばかり分けてほしいと思うのは我侭にすぎないのだろうか。


「みんな可愛い洋服好きでも、結構着るのに二の足踏んじゃうみたいで、

 特にちっちゃい子向けの服とかは無理だからねー、なんでも似合いそうなサンちゃんに着てもらって楽しみたいんだよ」


 そんな解説を聞かされても何の慰めにもならないと、肩を落とした僕の頭を撫でるミィだけどやっぱり逃がしてくれる気は皆無らしい。何故なら彼女もその着せ替え的な遊びが好きな一派だからだ。


「じゃあ一番手は私が!」


「えー、私が最初って話でしょ」


「じゃんけんで決めようよ」



 うきうきした様子の女性陣が、きゃっきゃうふふとそれぞれのオススメと思わしきふりふりのお洋服を手に順番を争っている。伊吹は目頭を抑えながら祈るように十字を切って目をそらし、栄司は意図的にこちらに目を向けず、酒場の隅っこで他の男連中と女性の胸の話で盛り上がっているみたいだ。


 今この場から連れ出してくれるなら胸を好きなだけ触らせてあげてもいいくらいの心境なのだがと、勢い余ってそんな内容のささやきを送ってみたら、一瞬動揺しかけるもののすぐに気を取り直して会話に戻った。どうやらこちらのヘルプコールは完全に無視する所存なようだ。どうやら無い袖は振れないらしい。


 人へのSOSは届かず、神に願おうと助けは来ない。


「さぁ、サンちゃん、まずはこれから着てみて!」


 何の事はなかったのだ、僕にとって恐怖のダンジョンとはまさしくこの魔窟と化した小さな酒場で。肝試しとは彼女たちが手に持つ大変かわいらしいお洋服とかコスプレ衣装の数々で、今までの怖い話やらダンジョン探索やらはただの前座に過ぎなかったということだ。


 嗚呼、やっぱり……。


「うふふ、今日のために色々かわいい衣装集めて回ってたからね、楽しみにしててね!」


 生きている人間が一番怖い。


長らくおまたせして申し訳ありませんが何とか更新再開です。

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