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Contact.2-4 暴風一過?★

《さぁ、ついにやって参りました第一回、風渡りサバイバルレース本戦!

 実況と解説は昨日に引き続き私、ゲームマスターのバニラと、同じくソルベさんでお送りしますっ!》

《よろしくお願いします》


 会場に元気の良い女性の声と、落ち着いた男性の声が響き渡る。


《さて、午前の部開催までいよいよ後三〇分! スタートラインに並び揃った各選手ともに真剣な表情です!》

《今日は激しい戦いが予想されますからね、私も楽しみです》


 僕はゲームマスターのアナウンスを聞きながら、準備を整えて転送を待つ栄司達四人に言葉をかける。


『皆頑張って』


 短い言葉に込めた僕の思いを読み取ってくれたのか、彼等は自信に満ちた顔をして力強く頷いた。


「絶対上位に入って、サンちゃんと一緒に飛んでみせるから!」

「ちょっと行ってくるわ」


 栄司は親指を立てて笑い、メイリはウィンクをしながら光と共に転送されて行く。伊吹はいつも通り冷静に頷いて、ミィは朗らかに笑いながら「行ってくるねー」と言い残してスタート地点へ旅立っていった。


 友人達を見送って手持無沙汰になった僕は、人の波に飲み込まれる前に参加選手用の観戦席へと移動する。街中の巨大モニターや、公式サイトでのライブ中継でも見れるようになっているが、やはり出来るだけ臨場感を味わいたいと思う人間が多いのか、観客席も人で溢れ返っている。


 本戦参加者の為に誂えられたスペースに座ってモニターを眺めようとしたものの、目の前に割と大柄な人が座ったせいでモニターが見えない。行儀は悪いが仕方ないと、椅子の上に両足で立ち上がってやっと見やすく視界が開けた。一息ついて高さを維持しながら背凭れに背中を預ける。


 何人かが僕の行動に興味を示していたのかこちらを見ていたが、すぐに目の前に座っている男性の背中を見て納得したのか苦笑して前へと向き直った。理解していただけるのは嬉しいが、この複雑な気持ちはどうすればいいのだろうか。


《間も無くスタートです! 選手の皆さんは準備をお願いします!》



   おんらいん☆こみゅにけーしょん

        Contact.02-4 『暴風一過』



 本戦の制限時間は一二〇分、設定されているコースは予選時に三つに分けられていたものが統合したような形になっている。基本的なルールや地形は予選と同一だが、昨日とはターゲットの配置や気流の方向や向きが変更されているそうだ。チェックポイントがある島は六つで、僕が予選で挑んだ森の島、湖の島を始め、島中で暴風が吹き荒れる風の島、穴だらけの岩山がある洞窟の島、螺旋の塔と呼ばれるダンジョンがある、ねじれた水晶が無数に突き出た螺旋の島、一面に湿地帯が広がる沼の島を巡る事になる。


 飛べる範囲の狭い森の島や洞窟の島では小回りが効く分フェアリー持ちが有利、足を付けずに飛び続ける事が出来るから沼の島でも多少のアドバンテージは確保できる。逆に鬼門といってもいい場所は風の島だろうか。昨日の予選で運悪く風の島があるコースに当たったフェアリー持ちは、簡単に人を吹き飛ばす風の壁に苦戦を強いられていたようだし。今回も風の壁は多くの妖精翅使いを蹴散らしているようだ。


《五〇七番! 物凄い猛攻! 巧みに風を乗り越えて追い上げていく!》


 前半のレースはもう中盤、モニターには剣だけを持ちターゲットを切り捨てながら強引に突破していくメイリの姿が映っている。螺旋の島は水晶の間に気流の迷路が出来ているため、風の影響を受けやすいホークウィングはやや不利なのだが、逆にそれを読み切って加速に利用する高い飛行センスを見せ付けていた。


 栄司はというと、結局本戦ではドラゴンウィングで行く事にしたようで、一瞬画面に映った時は気流の乱れを無視してゴールへ向けて直進していた。伊吹とミィはエンジェルウィングだから常に中堅をキープしているらしく、デッドヒートを繰り広げる前線をクローズアップするモニタには映っていない。


《五〇七番! ほぼ最高速度を維持しながらの華麗なローリング!

 複雑な水晶の迷路を華麗にすり抜けていきます!》

《見事に風を乗りこなしていますね》


 それにしてもメイリ、この分なら優勝も狙えるんじゃなかろうか、先行するプレイヤーはまだまだ多いが、ターゲットさえ確保出来ていれば十分に逆転を狙える。惜しむべきは遠距離攻撃手段が無い為にここまで高得点のターゲットを撃破できて居ない可能性があることだろうか。


《あぁーっと惜しい! あと一歩のところで白ターゲットが破壊されてしまった! 五〇七番これは悔しい!》

《やはりリーチの差は大きかったですね、何か一つ遠くを攻撃できる手段があれば良かったんですが》


 丁度進路の先に居た白ターゲットだったが、メイリの剣が届くより先に前方から飛んできた矢が突き刺さって破壊する。気を取り直して前進しながらも悔しげに表情を歪ませていた。続いてクローズアップされたのは現在暫定トップのアーチャー……って、よく見れば≪ユーベル≫行きの飛行船で会った緑髪の女性じゃないか。


 襲撃イベントでもかなりの撃墜数を誇っていた彼女は、案の定かなり腕の良いプレイヤーだったらしく速度を落とさずに的を射ると言う高度な技法を披露している。動きながら正確に的を射るって並大抵の難しさではないのだが。


《これは巧い四一番! 高得点のターゲットは絶対に他人に渡さない!》

《素晴らしい射撃の腕ですね、飛行しながらあの命中率はちょっと尋常ではありませんよ》

《飛んでいく! 飛んでいく! すり抜け様に放たれた矢が確実に標的を射抜く!

 その姿、さながら那須の与一かウィリアム・テルか!》


 実況のテンションが馬鹿みたいに上がっている、モニターには涼しげな顔で次々と弓を射続ける緑髪の女性の姿があった。飛行技術も凄まじいものがあり、メイリのように強引に近い動きではなく、風に踊る木の葉のように身を翻し、右へ左へ危なげなく捻じれた水晶の間をすり抜けて行く。


 緑髪の女性は暫くして島を抜けると、澄んだ面差しで髪をかき上げ再び気流に乗って次の島へ飛んでいった。綺麗でかっこいい、クールビューティーとはこの事かと、その姿に会場からは歓声が湧き起こる。僕は内心でメイリ達に声援を送りながら、彼女の動きを少しでも参考にしようとモニターを睨みつけていた。




 結局、レースは緑髪の女性がトップを維持したまま決着した。メイリはかなり善戦していたものの最後の直線でペース配分を失敗して減速、その後はタイムも伸ばせず最終順位は一〇二位という惜しい結果となっている。栄司も伊吹も一〇〇位台こそキープしているが、やはり上位百人の壁は厚かったようだ。


 前半を参考にして他に手はないか色々考えてみたが、どれだけ一〇〇点を貰える白のターゲットを破壊できるかにかかっているという結論にしか至らなかった。それは他の参加者も当然のように理解していて、ターゲットの取り合いは昨日よりも激化する事は明白だ。つまりパワーもスピードもリーチも無い今の僕では、どう頑張っても一〇〇位以内に入るのは不可能なのだ。


「……」


 やはり、どうしても"アレ"の力が必要なようだ。正直に言えば恥ずかしい、死ぬほど恥ずかしいが背に腹は変えられない。有名な歌のごとく願うだけで翼が貰えるのならば、かの偉人達も空に挑んだりはしなかっただろう。いつだって何かを得るには代償を払わなければいけないのだ。


 悩む僕の目の前に呼び出し用のウィンドウが現われた、どうやら葛藤している間にも時計の針は仕事を全うしていたようで、全くその勤勉さには頭が上がらない。見渡した観客席には人影が殆ど残っておらず、席の入り口付近から試合を終えた選手達が後半戦の見学の為に集まってきつつあった。


 いくらなんでも時間切れで敗退は残念すぎると、呼び出しを承認して待機場へと移動する。メイリ達を慰めるのは後半戦を戦い抜いてからでいいだろう。装備を整える為にウィンドウを開けば、迫り来るスタートに追いたてられて指を動かす。一覧の中から事前に用意しておいたセット項目を選んで押す。確認欄を目の前にして、何度も息を吸っては吐いて震える指を承諾の上に乗せる。


 見上げれば、待機場の中央上空に表示されているタイムカウンターがレース開始まで六分を切っている事を示していた。指を離せば装備が完了して後戻りは出来なくなる。予選で注目されている時点で不安要素しかない、本戦でも活躍すればクローズアップされることは先ほどの勝負でもハッキリしている、"あの格好"を大多数の人間に見られる事を考えれば逃げたい、このまま逃げ出したい。


 装備固定まで残り一〇秒、見られるのはやだ、でも羽根はほしい、凄く欲しい。……よし! これは所詮ゲームのアバターでしかない、僕はただのネカマでこの姿は仮初、女の子の格好をしても恥ずかしい事なんて無い、肌を見られても全然平気!


「――――!」


 二秒前、指を離した途端に体が光に包まれて装備が切り替わる。僅かに吹き付ける風のせいで、あちこちがスースーして酷く心許ない。見慣れない装備に興味を抱いたのだろう、途端に視線が集まり始めて、羞恥で顔が熱くなるのを感じる。きっと現実で眠っている僕の顔も茹蛸みたいになっているのだろう。もう変更は効かない、一刻でも速く大会が終わって欲しい。


《さぁ、スタートまで五分を切りました、各選手も準備を終えたようです》


 僕の心境を無視して暢気な実況の声が聞こえてきた、そういえば前半戦の時も似たようなノリで注目選手の紹介なんかをしていたっけ。……何だろう、急に嫌な予感がしてきた。


《さぁやってきました後半戦、

 今回もスタートまでの時間を使って個人的に注目選手の紹介を行って行きたいと思います》


 まさか僕にスポットが当たる何て無いよな、戦々恐々としながら眺めるモニタに竜の翼をつけた筋肉の塊みたいなおじさんの姿が映った。


《まずは四〇番、予選では総合六位だった選手ですね》

《とてもパワフルながら的確な飛行技術で確実にタイムを縮め、

 クリアタイムも総合二位でした、今回も期待が持てますね》


 配慮の為か人が多すぎて把握出来ないのか名前は出されていない。その後も一言コメント付きで紹介されていった人達は、モニタに気付いてアピールするもの、クールにスルーするものと反応は様々だった。残り時間も少なくなり矛先が向いてこない事を安堵していたのだが、どうやら判断するにはあまりにも速すぎたようだ。


《残り時間も少なくなってまいりました、続いて最後は六〇八番!

 参加者の中で最も小柄な女の子ながら、素晴らしい動きと判断力で予選では総合九八位という好成績を残しました》


 聞こえた声に身体が強張るのを自覚しつつ、恐る恐るモニタを眺めるとそこにはピンと立った白色の狼耳を横に伏せ、後ろ髪を赤いリボンで両脇に小さく結んでいる碧眼の少女が映っていた。ビキニトップのような形状の白い胴衣からは胸元や肩が大胆に露出していて、分離された袖部分が申し訳程度にこれが着物である事を主張している。


 臍の少し下で帯を蝶々結びにした朱袴は前面だけが大きく開いてフレアスカートのようになっていて、白のフリルの中心に朱色の飾り線が入ったキャットガーターが太ももを飾る。その少し上、本来は最も隠されてなければいけない下腹部にはローライズの白いビキニパンツがむき出しになっていた。


 うん、客観的に見るとどう考えても露出魔か痴女の類だ。すあまさんのように肉体能力に秀でた女性が身につけたのならば男達の純粋な視線を独り占めにしただろうけど、今の僕が着た所で、背伸びしたちびっこが何かのゲームキャラのコスプレをしてるようにしか見えない。つまり僕は周囲からそういう眼で見られているのだろう。


挿絵(By みてみん)


《今回はまた随分と際どい装備での参加ですね、流行のエロかわチャイドルって奴でしょうか!》

《あれって確かいちごぷりんさんがネタで実装してた奴じゃ、

 かなり条件厳しかったはずですが手に入れたプレイヤーが居たんですねぇ》


 いちごぷりんは公表されているゲームマスターの一人だったはず、っていうかこれネタで実装してた奴だったんかい。確かに手に入れる状況あれ一つしかないとしたら恐ろしい確率だけど。


《今回は本気って事でしょうか、本戦でどんな活躍が見られるのか非常に楽しみです!》

《あの年頃の子達の中では唯一の本戦参加者ですからね、是非頑張って頂きたいです》


 早く終われと願いながら俯いていると他参加者の視線が一斉に集まってきたので、袖を使って身体を隠しながら出来るだけ人気の少ない位置へと移動する。それでもいくつかの視線は追いかけてくる、微笑ましく見詰めるようなものも、脚や胸元に向けられるへばりつくような視線もどちらも苦痛だ。まだ開始前だというのに僕は早くも後悔しはじめていた。



《さぁ各選手一斉にスタートしました!》


 目前に浮かんだカウントダウンがゼロを示し、並んでいた参加者が一斉に飛び出していく。僕もそれに続くようにして空へと飛び出す。どうせ見られるなら視線を意識しなくて良い分カメラ越しの方がマシだ。


 コ-スは湖、森、沼、洞窟、風、水晶の順、得意分野が前半に固まっているので正確かつ確実に前半を回す事が勝利の鍵だ。チェックポイントは順に回らないと通ったと認識されないので遠回りは出来ず、必然的に最初のコースは混戦の様相を見せ始める事となった。


 遠距離スキルが飛び交いコース上に設置されたターゲットが次々と破壊されていく、飛行速度を維持したまま片手を伸ばしてスキルの発動を意識すると、身体の周りにいつか見たのと同じ蒼い炎が浮かび上がるのが見える。短剣の形をイメージしながら手首を振れば、ダガー状の炎が思い通りの軌道を描いて遠く離れたターゲットを破壊した。


 耳の効果かいつもよりも遠くが見えるし、形状が自由な為かコントロール性も抜群で、この程度の規模ならマナの消費も軽い。流石はレア装備の効果と言うべきか、マナの残量に気を使いながら炎の短剣を投げて確実にターゲットを破壊していく。


「――!?」


 赤いターゲットに向かって飛んでいた炎が、別の方向から飛来した三日月状の緑のエフェクトによって弾き飛ばされた、あれは確か剣用の遠距離スキルだったか、斬撃は相殺によって威力を落としながらも赤いターゲットを破壊して霧散する。飛んできた方向に目を向ければ、両手に一本ずつ刀を持った銀髪のイケメンさんが次々と斬撃を飛ばしながら飛行していた。


 そうか、ルール的に相手への攻撃は不可能だが、相手を妨害しつつターゲットを奪うのは有りなのか。威力を抑えていると相殺でこちらが負けるし、かといって下手に技を使えばスタミナ切れやマナ切れで飛行が覚束なくなる……流石は本戦、厳しい戦いになりそうだ。


 空中コースは何も無ければ平均七分で移動できるようになっている、僕が少し飛ばして五分ほど使い辿り着いたのは昨日もコースにあった湖の島だ、先行して辿りついたグループはターゲットを破壊するついでに徒歩で内部から探索するもの、タイム短縮を狙い外から探す組に分かれている。


 速度を落とさず最上階である十階の窓から内部に入り込むと、炎を待機状態にしながら廊下に転がり出る。幸いにも他のプレイヤーの姿は無く、居るのは青が二体、赤が一体、手首のスナップを利かせて合計三本の炎を投げながら廊下に足をつき、駆け抜けるついでに部屋の中を確認して回る。


 最上階から降りていけば省エネ出来つつターゲットを見落としせずに済む、横目で炎が標的を捉えるのを眺めながら、コの字になっている階段の奥の壁を目掛けて勢い良く飛び降りる。壁を蹴る事で更に加速しながら階下へ転がり出ると、再び同じ事の繰り返しだ。


 途中何人か部屋を回っているプレイヤーを追い越したものの、大分狩られているのかターゲットの数が少なかった。六階に辿り着くまでに壊せたターゲットは二〇数体、その中で最も得点が高い黄色ですら二体しか壊せていない。


 六階も同じように流して五階へ降りると、ちょうど廊下の真ん中に二体の白いターゲットが見えた。同時に標的を挟んで反対側の階段から登って来た、銀髪のイケメンさんの姿も。少し威力を高めた炎の槍を二本投げつつ、飛行状態での壁蹴り加速を利用して一気に距離を詰める、最低でも一体は貰って行く!


 イケメンさんも恐らく加速スキルを使ったんだろう、踏み込みの跡に緑の波紋を遺しながら凄まじい速度で迫ってきている。水晶の槍を構えながら炎の槍をもう一本、彼とターゲットの予想移動地点の中間に向かって投げる、僕が標的まで歩数にして後三歩に迫った時、彼は既にターゲットを捉えていた。


「っ!?」


 僕の炎から逃げた白いターゲットをしっかりと狙って放たれた剣は、追加で放たれた炎の槍にぶつかって動きを止める。驚いた彼が足を止めた一瞬を狙い、より彼に近いほうのターゲットへと全力で踏み込んで槍を突き出す。そのまま背中でイケメンさんを妨害しながら出来るだけマナを込めた炎の槍を一本、残った一体へと投げ付けた。


「させるか!」


 背後から聞こえた叫び声と共に、彼の持っていた刀が僕をかすめて飛んでいくと、炎の槍とぶつかって廊下へと弾かれ飛ばされていく。炎槍も同時に破壊されて火の粉となって消えた。このくらいは予想済みで炎槍の威力を高めておいたのだ。再び炎を作りながら残りの一体も貰おうと距離を詰める。彼は僕が邪魔で斬撃も投擲も出来ないし、リーチ的にも届くのはギリギリ僕の方が速い。フェイントで白を反応させつつ、軌道をずらして移動予測地点へと槍を突き出す。


「甘い!」

「!?」


 僕の短槍がターゲットに届く直前、二本目の刀が飛んで来た。当然ながらターゲットは余裕で回避するものの、僕もこれ以上の軌道変更は不可能で空を切った穂先がホテルの壁へと突き刺さる。これが僕の致命的な隙になった。素早く槍を引き抜いて炎槍を形作るものの、まだアイテムスキルのクールタイムは終わっていない。その隙に彼は刀を拾いつつ僕とターゲットの間へと滑りこもうとする。


「――!」


 槍から手を離し、身体一つで前へ出る、イケメンさんと身体ごとぶつかって、お互い牽制しながらターゲットへと向かう。クールタイムが終わり僕の手から炎槍が放たれるのと、イケメンさんが刀を突き出すのは殆ど同時だった。


「~~~~」

「中々やるな」


 ――結局、ターゲットを仕留めていたのはイケメンさんの刀だった、悔しくて唇を噛み締めている僕を見て、彼は楽しそうに笑い、刀を拾うとそれだけ言い残してすぐ傍にあった部屋に入ってすぐに上の階へと移動して行った。僕が槍を拾って部屋の中を覗いて見ると、チェックポイントクリスタルが淡い光を放っていた。



 湖の島では悔しい思いをしたが、一つは取れたのだから良しと開き直って現在は森の島。どうやら優秀な射手が居るようで、確立させた忍者走法で移動しながらターゲットを狙い打っているものの、どこからか飛んできた矢によって三割以上が奪われてしまっている。


 森では未だ白ターゲットを発見していないのだけが幸いか。得意フィールドであるここで稼げないと勝率はがくんと落ちると思い、僕は必死で白いターゲットを探し森の中を飛び回っていた。


 森の中で剣戟の音が聞こえる、いや、どちらかといえば何か大きな物で地面を抉るような音だ。飛び出さないように気をつけながら様子を見てみると、白ターゲットを奪い合って最初に注目選手として紹介されていた、巨大な戦斧を持ったごついお兄さんと、ハンマーを手にした片目を隠す髪型の青年が戦っているようだ。


 実際に武器を交えている訳ではないが、お互いに牽制しながらターゲットを狙っているらしく、幸い僕には気付いていないよう、ここは遠慮なく狙わせて貰おう。速度を重視した短剣型の炎を二つ、すり抜け様に放つ。


「おぉ!?」

「何!」


 一発目で軌道をずらし、予測した位置に移動した相手に二発目に当たってターゲットが壊れる。彼等は互いに牽制しあっていたために初動が遅れたのだ、漁夫の利で申し訳ないが勝利の為に頂いて行こう、振り向かずに樹の幹を蹴って森の奥へ移動する。


――ドンッ! ドンッ!


 ……背後から、なにやら重量級の音が聞こえてきた。恐る恐る振り返ってみると、先ほどの巨漢が竜の翼をはためかせ、僕と同じく樹の幹を蹴りながら高速で移動してきていた。途中にある枝は力尽くで突破しているようだ、力技過ぎるだろう。


「やってくれるじゃねぇかガキんちょ! 油断してたぜ!」


 唖然とする僕に対して、筋肉さんは豪快な笑みを浮かべると突然手に持っていた斧を大きく振り被る。まさかと思って前を見ると浮かぶ白いターゲット、背後を気にする余り見落としていたようだ、斧を投げ付ける彼に続いて、慌てて僕も炎の槍を投げるが練りが甘く、回転する斧に弾かれ消されてしまう。


「これでお相子だ、じゃあな!」


 豪快に標的をしとめた後、弾丸のように飛び出した筋肉さんは斧を回収して、再び枝を蹴散らしながら森の奥へと進んで行った。豪快というか無茶苦茶というか。って、呆気に取られている場合じゃない、気を取り直した僕はチェックポイントを探して森の中を駆け回り始める。


 結局森では白いターゲットを一つしか破壊できなかった、状況は変わらず劣勢のままだ。



 沼の島は背の高い草が生い茂り、あちこちに小さな泉や沼がある湿原地帯のようなエリアだった。下調べによると通常時はスライムや爬虫類系のモンスターが湧くようになっているらしい。尤もレース開催中はモンスターは一切沸かない仕様だから関係ないが。


 チェックポイントは草に隠れて見えないため、探し回るしかないが、下手に足を付けば、沼にはまって鈍足のバッドステータスを受けてしまう可能性があるため、最低速度で飛ぶならマナの回復速度の方が速い魔法職とフェアリーウィングの組み合わせなら、こういう地道な上空からの捜索には向いている。


 沼のバッドステータスに悪戦苦闘している他のプレイヤーを他所に、数分で発見できたチェックポイントをクリアして次の島へ向かう。これと行った妨害もなければ収穫もなかったのが残念だ。


「こなくそぉぉぉぉぉ!」

「ちょ、泥を飛ばさないでくださーい!」


 回復の為に地面に足をつけなければいけない他の翼持ちは大変なようだったが。今の僕には関係ない、ターゲットも見当たらないし先を急がせて貰おう。



 洞窟の島、迷路のように入り組んだ洞窟のどこかにチェックポイントがあるという、螺旋の島と並ぶ二大難関だと囁かれている。空に浮かぶ岩山といった風情の島に、いくつもの空洞が口を開けていた。勢い良く突入する先輩方に倣って僕も洞窟へと入り込む。


 内部は暗いが、光を放つ苔のおかげで見える程度に視界は確保出来ている。ついでに言うとフェアリーウィングはそれ自体が放つ粒子が光源にもなっているようで、明りには事欠かない。


「ぐえっ!?」


 何か鈍い音と共に潰れたような声が聞こえてくるあたり、暗いというのはそれだけでトラップ足りうるようだ。僕も気をつけよう……。


 途中途中でターゲットを破壊しながら飛び回るも、中々チェックポイントが見付からない。高得点のターゲットも中々見付からないし、昨日が調子良すぎたというのは解るが、焦りばかりが募って行く。


「――!?」


 急に嫌な予感がして空中で急停止すると、爆音と共に砕けた岩の飛礫が襲い掛かってきた、慌てて後退すると先ほどまで僕がいた場所を、拳大の石が通り過ぎていく。他にターゲットがいない以上、明らかに僕を狙っていたのだろう。人影の映る土煙が晴れた場所には、ハンマーを構えた、前髪で片目を隠した青年の姿。彼は嗜虐的な笑みを浮かべてこちらを睨みつけていた。


「昨日といい今日といい、調子に乗りすぎだぞクソガキ」


 低く威嚇するような声に怯みつつも、ここで怯えを見せてはダメだと睨み返す。これは明らかにやりすぎだろう、他人からの直接攻撃はシステムでブロッキングされるが、こういった地形破壊に伴う余波を受けたらダメージを受ける恐れもある、ターゲットを奪う為の牽制や威嚇ならまだ納得も理解も出来るが、ただ僕を潰す為だけに狙ってやったとすれば悪質だ。


 それにしても昨日? 今日なら心当たりはあるが、昨日は彼の姿を見た記憶はないし、積極的に妨害やターゲット強奪に動いたのは本戦からだ。


「ハッ、無視かよ、ガキの癖にお高く止まったアイドル気取りか?

 昨日はギルメンまでコケにしてくれてたしな、ここでちょっと痛い目みろや」


『ひょっとして、黒いツンツン頭の……?』


 絡みのあったプレイヤーといえばそのくらいしか心当たりがないのだが、僕がチャットで表示させると片目君は目を細めて文字を読むと、不愉快そうな顔で「そうだ」と肯定した。


「アイツはポイント的には十分クリアしてたのに、お前のせいで脱落したんだよ!

 俺のついでにギルメンの恨みも晴らさせてもらう……ぜっ!!」


 ……逆恨みってレベルじゃねーぞ!? 再びハンマーを振り上げた片目君は適当な岩を僕の方向に向かって砕く。粉砕された石飛礫が襲い掛かってくるのをステップで回避する、狭い場所で避けるのは不得意だというのに、理不尽にも程がある。狭い洞窟では逃げ場もないし、何よりトラウマが蘇ってきて怖くて手が震えてくる。


 もう、こういう理不尽を突きつけてくる奴は嫌いだ。飛礫自体は流石ランク七というべきか、この程度の飛礫なら自然回復でお釣りがくる程度のダメージしか入らないのだが、精神の方がやばい、震えが脚まで来るとレースの続行すら危うくなるかもしれない。


「――あぁ!? 待てこの野郎!」


 片目君が武器を振り被る一瞬の隙をついて急加速し奥へ逃れる。でも僅かに飛行が乱れて速度が出なくて、すぐにアイツが追いついてくる、振り翳されたハンマーが僕の身体を打つと、防御エフェクトが出て弾かれた。ダメージも衝撃もないが思わず滞空を失敗し地面に尻餅をついてしまう。


「チッ……」

「――!」


 何て敵意に満ちた眼をするのだろう、何が彼をここまで駆り立てるのか。ダメージを受けないと解っていても、悪意を持って武器を向けられるのは怖くて堪らない。この身体になってから恐怖への耐性が下がっているのも手伝って、震えが止まらない。片目君は武器じゃ埒が明かないと思っただろうか、顔を歪ませながら右手を伸ばしてきた、逃げなきゃいけないと解っていても、身体が動いてくれない。


「この……」


「何をしてる!」


 鋭い声が響くとほぼ同時に、湖の島で出会った銀髪のイケメンさんが凄まじい速度で僕を庇うように片目君との間に立った。何となくだが助けに入ってくれた事だけは解る。


「な、何だよてめぇ、邪魔するな」


「プレイヤーへの直接攻撃はルール違反、悪質な妨害も立派なハラスメント行為だ」


「そのガキだって人のターゲット掠め取ったりしてるだろうが、あれはどうなんだよ!」


「ターゲットの取り合いは公式でも認められている、彼女はそれに則って行動していただけだろう

 君の行動はターゲットを撃破するための行動には見えなかったが?」


「屁理屈言いやがって……!」


 彼等の口論が激化するのをただ眺めているしか出来ない自分が腹立たしい、かと言って僕が口を挟むとまたややこしくなってしまいそうだし……。


《はーい、三〇二番! ハンマーの君! 警告一回目よ!

 男の子なんだから、小さい子には優しくしなきゃだめよ、ルールを守って楽しく遊びましょうね》


 にらみ合いが続くこの状況に差し伸べられた救いの手は、女性口調でやたら野太い声のGM(じーえむ)アナウンスだった。何でオカマキャラなのかは解らないが、とにかく助かった事は確かだ。


「チッ……クソが! 覚えてろよてめぇら」

「やれやれ……大丈夫か?」


 舌打ち一つ、吐き捨てて洞窟の奥へと消えていく片目君を呆然と見送っていると、イケメンさんが手を差し伸べてくれていた。有り難くと手を借りて起き上がると、お尻の部分を軽く叩いて頭を下げる。


『ありがとうございました』


「気にしなくていい、ああいうのは見過ごせない性分なんだ

 さて……ここからはライバルだが、手加減はしないぞ」


 イケメンさんは、少しおどけたようにニヒルな笑みを浮かべるのが妙に様になっていた。頷いて翅の調子を確かめる、まだ少し震えているが、飛ぶのに支障はなさそうだ。


『僕も負けませんから』

「ああ、じゃあな」


 簡単な別れの挨拶を済ませると、イケメンさんは急加速で奥へと進んで行った。僕もそれを追うように奥へと進んでいく。それにしても、心に引っかかるものがある。少し考えて、この状況はアニメとかライトノベルで見た覚えがある事に気付いた。そう、主にヒロインの登場シーンなどで使われるようなシチュエーションだ。


 ……まさかとは思うが、僕がヒロインポジションだとでも言うのだろうか。いやいや、そんなまさか。頭に浮かぶ嫌な想像を掻き消すために、とにかく先を急ぐのだった。



 洞窟を無事に抜けた頃にはもう残り時間は半分を切っていた、白ターゲットは一つも壊せず、総合ポイントを考えてもかなり厳しい。焦りを隠すように風の島へ辿り着く、中央に遺跡のようなものある森の中の島で、気流が複雑に入り組んで迷路のようになっている場所。


「うひょぉぉぉぉぉぉ!?」


 島に近付いた時点で既に風の迷路が発生してるため、迂闊に突っ込むと、いま回転しながら飛ばされていった痩せぎすのおじさんのような目に合うのが関の山だ。ドラゴンウィングやエンジェルウィング持ち以外は入り口を探して右往左往している。


「どけどけぇぇ!」


 風の壁をぶち抜いて直進していく筋肉さんを見ると、やはり焦燥感が募ってくる。現時点の順位は恐らくだが三〇〇位以内なら上出来と行ったところだろう、一〇〇位以内はとてもじゃないが厳しい、ある程度のタイムをキープしながら残り二つの島で白ターゲットを数体倒す必要がある。こんな所で足止めされてはいられない……。


 他のプレイヤーの動きを慎重に見極めて、スムーズに中に入り込んだホークウィング持ちの背中を追いかける。ジェットコースターのような風の流れに揉まれながら、眼をしっかりと開けて迷路の中に存在するターゲットに的を絞る。最小のマナで、最小の威力で、確実に、素早く!


 風に身を任せるように身体をひねり、擦れ違い様にターゲットを破壊しながら迷路を抜ける。目の前にある遺跡の頂上に設置されたチェックポイントに素早く触れると、そのまま出口側の迷路へと飛び込む。遺跡周辺のターゲットは既に狩りつくされている。


 迷路の中にぽつりぽつりと見えているターゲットに片っ端から炎を撃つ。いくつかは風の壁で掻き消されたが、何とか黄色を四つ、白を一つ撃破できた、またしても遠くから飛んできた弓矢や、再び出会った銀髪のイケメンさんに高得点を奪われたりもしたが、着実に前進はしている。


 いよいよレースも終盤、このまま気流に乗っていれば自然と螺旋水晶の迷路へと入り込める設計になっているはずだ。最もターゲットが多く設置されている螺旋の島が、僕が最後の勝負をするべき場所、最終決戦の時はすぐそこまで迫っている。



 何本もの捻じれた螺旋水晶で壁が作られ、自然の迷路を作り出しているのが螺旋の島だ、前半戦の映像を見る限りでは、ここは最も多くターゲットを配置してあるボーナスステージであると共に、壁への激突による死者(リタイア)も多い危険地帯でもある。


 迷路内では壁に激突し眼を回している人の姿もちらほらと見受けられる、中は緩やかな場所と信じられないような加速がつく場所に分かれているようで、僕も何度か壁にぶつかりそうになった、小回りのきくフェアリーウィングでなければ確実にたたきつけられていた事だろう。


 アーチ状の水晶を潜り、ジグザグの通路を加速に怯えながら切り抜けて、中間地点のチェックポイントをクリアして更に奥へと滑りこむ。


 所々の切り替え地点で気流を乗り換えて、次々と炎を打ち出しながら駆け抜けていく。曲がりきれないカーブは槍と己の脚を駆使して無理矢理曲がる、風なんて気にせずに突っ切れるドラゴン持ちを羨ましく眺めつつ、ラストスパートに使う分のマナを計算しながら、少しでも多くをターゲット破壊に注ぎ込む。


 途中で見つけた白ターゲットは四つ、一つはしとめたものの一つは突っ込んできたドラゴン持ちに、残る二つはまたしても飛来した矢にもって行かれた。点数は思うように伸びず、もうすぐ迷路を抜けてしまう。


 出口付近でまたしても白のターゲットが目に入った。反射的に打ち出した炎の槍は標的に届く事無く、割って入った片目君のハンマーによって打ち消された。歯を食いしばる僕を嘲笑うような顔をしたそいつが、白ターゲットを破壊するのを横目に螺旋の迷路を抜けてしまった。


 後はもう、少しでも早くゴールへ向かうだけだ。限界まで加速して最後のコースを飛んで行く。残された僅かな距離が、何だかとても遠く感じた。




「サンちゃん、今日もすっごく可愛かったよ」

「……」


 大会が終了し順位が発表された後、選手用の休憩場でモニタに表示された上位一〇〇人の名前を眺めていた僕に、メイリが声をかけてきた。最終的に僕は一一四位、惜しいというには少しばかり足りない結果に終わっていた。参加証は既に回収され、僕が空を飛ぶ手段はもう残されていない。口を開けば溜息が出てくる。


「え、えーっと、残念だったけど、また次の大会で頑張ろうよ、ね?」


 その通りなんだけど、あれだけ恥ずかしい思いをしたのに結果がついてこないのが悔しいというか何と言うか。とは言えいつまでも落ち込んでいても仕方ないか。


『ありがとう。メイリも敢闘賞おめでとう』


 今回は特別賞として一〇一位から一一〇位までの全員に、プチエンジェルウィングという外装アバター装備が配られていた。メイリも当然ながら獲得しており、それがほんの少し羨ましかったりもする。


「うん、ありがと」


 笑顔でお礼を言うメイリは本当に美少女なんだけど、どうして彼女はこうアレな感じなのだろうか、正しい意味で残念で仕方ない。そんな事を思って苦笑いしていると、話している間に近くまで来ていたらしい栄司を含めたいつもの面々と、ギルド『グングニル』のギルドメンバー達と目が合った。と思ったら何人かが気まずそうに顔を逸らす、ギルマスさんは酷く真剣な表情で僕を見詰めていて、すあまさんにハリセンでどつかれていた。


 ……何だ、この反応?


「おつかれ」


『そっちもおつかれ』


 首をかしげていると、栄司が僕の格好をしたから上まで眺めて苦笑いをする。おかしいな、そんなに変な格好……し……て……。恐る恐る自分の身体を見下ろす、装備を変えるのを忘れたまま、あの恥ずかしい格好が目に入った。


「それにしても、実際着てるのを見ると恐ろしい犯罪臭がするな、それ」


「~~~~!!?」


 反射的に脚を閉じて胸元を隠す、顔が熱いからきっと真っ赤に染まっているのだろう。大慌てでアイテム欄を開き、身体装備をレース開始前に使っていたアクティブローブへと戻す。知り合いにぱんつ丸出しみたいな姿を見られるのも恥ずかしいが、僕のリアルを知っている伊吹の憐れむような視線と、栄司の生暖かい視線が一番辛い。


 やめろ、そんな目でみるな、僕には女装癖もコスプレ癖もない!!


「エースなんて事をするんだ! 折角サン君がエロ可愛い格好でへぶっ!?」

「ギルマス、セクハラも幼女趣味も犯罪だから、ダブルアウトだからね?」


 セクハラ発言にギルドメンバーからの底冷えするような視線を集めたギルマスさんが、再びすあまさんにどつき倒されている。彼に見られたと思うととたんに穢されたような気がするのは何故だろうか。


「メイリ! お前からも何とか言ってやれ! さっきのサン君は永久保存版だろう!?」

「いや、落ち込んでる女の子を邪な眼で見るのは私からしてもドン引きだけど?」


 そういえばあの格好を見たにしては随分と大人しいなと思っていたら、どうやら僕に気を使ってくれていたらしい。こういう所でちゃんと気を使ってくれるあたり、どんなに変態でも優しい女の子だなと思うので、普段セクハラされても嫌いになれなかったりする。


「ぐぐ、お前も俺も同じ天使派だろう! 一体どっちの味方なんだ!」

「サンちゃんの味方に決まってるでしょうが! あとこんな所でその言葉使うな馬鹿!」


 またしても気になるワードが出てきたが、何だか知ったら後悔しそうな気がするので敢えてスルーしておこう。こいつらは一体何の派閥争いをしているのか、理解に苦しむ。取り合えず一つだけハッキリしている事を済ませよう、僕はメイリにこれだけは言っておかなければいけない。


『メイリ、スクショちゃんと削除しといてね』

「そ、そんな殺生な!?」


 やっぱり撮ってやがったか、念のため言っておいて正解だった。



 その後、≪ユーベル≫の酒場で『グングニル』主催の打ち上げに参加させてもらう事になった。二〇人を越えるメンバーが勢ぞろいすると、僕の知らないメンバーも結構な数が混ざっていてちょっと萎縮してしまう。


「サンちゃん、こっちおいでー」


 基本的にはメンバー内でも仲の良いグループで集まっているようで、どこにも入れずに右往左往していた僕を、座敷席に座っていたミィが手招きで誘ってくれた、安堵の溜息を吐きながらその一角へ行って見るとなぜかメイリと栄司が腕相撲をしているのが目に入る。何をしているのかと若干呆れながら靴を脱いで畳に腰掛けると、大皿からから揚げを一つ手にとって齧り付く。


『何してるの?』

「肉を賭けて腕相撲してるんだよ」


 僕の疑問に答えたのは呆れた様子の伊吹、そういえば栄司は昔からこういう遊び好きだったなぁ。現状では栄司がやや優勢と行ったところか。元々普通に強いし、ステータスの差もあってこの辺は仕方ないだろう。僕も何度痛い目に合わされた事か。


『……なんか、エースにおやつ全部巻き上げられて涙目になってた事を思い出した』

「また、懐かしい、事を!」


 忘れもしない小学生の頃、持ち寄ったおやつを賭けて腕相撲をした僕は見事に全敗し、楽しみにしていたおやつを全て取られてしまった事があったのだ。次の勝負では得意の的当てゲームで当然のようにボコボコにさせて頂いたが。それを思い出したのか栄司の奴も苦笑いを浮かべる。


「……なん、だと」

「ぐお!?」


 僕的には自然に話題に溶け込むつもりだったのに、突然メイリ側に優勢に傾いた、背後に何か黒いオーラのような物が見えるのは気のせいだろうか、そして心なしかすあまさんやミィも含め、周囲の栄司を見る目が冷たくなったのは勘違いだろうか。


「小さい、女の子から、おやつを、巻き上げて、いた、ですって!?」

「ちょ、ま、何だその力!?」


 怒りを滲ませた口調のメイリが少しずつ、勝利に向かって栄司の腕を倒していく。何か酷い誤解を産んでしまったようだ。



『いや、もう何年も前の話だし僕も気にしてないから』

「そ、そうだ、昔の話……」


 何だろう、また周囲の気温が下がった気がする。ちょっとこうなった原因を考えてみよう、今の僕が小さな女の子に見える為、栄司は小さい子からおやつを奪ったと勘違いされて軽蔑されているのだ。そして言い訳に使った昔の事という言葉、現時点で小さな子に見える僕の"何年も前"というのは、果たして彼の免罪符足りうるか。答えは一つだ。


 まじでごめん。


 遠い眼をする僕の瞳には、根こそぎ肉を奪われる栄司の哀愁に満ちた背中が映っていた。あまりにも可哀想だったので自分の皿から肉を半分分けてあげた、そのせいで周囲の僕を見る眼が優しくなり、同時に栄司へ「ペド野郎」「このロリコン」等の僕にとっても不名誉な罵声が飛んだ事は横に置いておこう。



 宴会の食事も適当に終わらせて、何人かはリアルごはんや塾という名目でログアウトして行った。中々に複雑な状況だが電子データでお腹は膨れないのでしょうがないだろう。僕はまだ少し時間があったのでその場に残り、テーブルを囲んでババ抜きに興じていた。


 相対するのは僕から順に栄司、メイリ、すあまさん、ギルマスさん、僕の残りカードは四枚、既にすあまさんと栄司は上がっている。隣にいた栄司からは何故かジョーカーだけを綺麗に避けて抜き取られているため、鬼札はずっと僕の手から離れていかない。


 意識してポーカーフェイスを崩さないようにしながらギルマスさんからカードを抜き、揃った柄を場に捨てる。栄司が抜けているため、メイリに向かってカードを差し出す。指がジョーカーに触れる度に無表情でそれを引け、それを引けと念じる。


「…………くっ」


 反応が変なんだが、どれを引くか悩んでいるというよりは、引くべきか引かざるべきか葛藤しているかのような。因みに負けたら"勝者四人で相談したお願いを実行しなければいけない"という罰ゲームが待っている、栄司(ばか)が言い出した事だが、昔から無表情を作るのには自信があったから乗ったのだが、ここまで追い詰められるのは大誤算だ。


「……ごめんね」


 覚悟を決めた顔で呟いた彼女の指が、ジョーカーを避けてカードを引き抜いた、何故だ……。順は巡り僕の番が来る、しかし揃わない。ジョーカーが残っている以上どうしようもない次で何とかして引いて貰わないと。今度は意識してジョーカーともう一枚で少し表情に出し、残る一枚で無表情を貫く事にしてみる。しかし顔を逸らしたメイリは正確に鬼札を避けていく。


「これであがり……」

「俺も上がりだ」


 結局、ジョーカーは図々しくも最後まで僕の手元に残り続けた、恥ずかしい思いをして挑んだレースでは変な奴に眼を付けられるし、しかも敢闘賞にすら届かなかったし、宴会で遊んだゲームでは罰ゲームをやらされるはめに、今日は厄日なのだろうか。


「く、くくく……」


 項垂れる僕を見るのがそんなに楽しいのだろうか、肉を分けてやったというのに栄司(こいつ)は恩を忘れやがって……!


「いや、お前、尻のそれで丸解りなんだよ」

「?」


 奇妙な物言いに自分のお尻に手を差し伸べると、指先に豊かな毛の感触が伝わった。まさかと思って頭に手をやるとぺたりと伏せられているらしい三角の耳の感触。そういえば、変えたのは服だけで護符を外すのを忘れていた。つまりアレか、尻尾の動きで丸解りだったと、無意識にハンディキャップを文字通り背負って戦っていたと。


「ごめんねサンちゃん……」

「さて、それじゃあ罰ゲームを決めようか」


 あれをさせたい、これをやって欲しい盛り上がる連中を他所に、僕は暫く立ち直れないでいた。聞こえてくる「露店で可愛い服が」とか「いっそ撮影会」という不穏な言葉に怯える僕に、終ぞ救いの手が差し伸べられる事はなかった。ていうか、何で男連中を全員はじき出してゲームに無関係な女性陣まで集まってるんだ。


 幼い頃の姉との付き合いで学んだ事は、ファッションの話題になると女性というものは容赦が無いという事。執行を待つ死刑囚の気持ちが、なんとなくだけど解ったような気がした。



 何故かギルドの女性陣が大半参加した会議によって、恐怖の罰ゲームについては後日という事になり、僕は現実へと帰還していた。今日は早起きして家事を一通り終わらせているから、あとは母が帰宅する前に夕食を取って寝るだけだ。


 親が帰るまであまり間が無いので、手早く済ませてしまおうと階段を降りると、階段脇に設置された電話機のライトが点滅しているのに気付く、少し背伸びして確かめてみると留守電が入っていたようだ。僕が電話を取る事が出来ないので、普段から留守電待機させてある。


 再生ボタンを押すと、機会音声のアナウンスが留守電が一件ある事を伝えてから、録音されたメッセージを流し始めた。


《あ、もしもし? 大和(やまと)だけど》


 流れてきたのは久し振りに聞く姉、『木崎(きざき) 大和(やまと)』の声だった、普段はメールでやりとりをしているので酷く懐かしく感じる。仕事で忙しかったはずなのに、突然電話してきてどうしたんだろうと、姉の声に耳を傾ける。


《久し振りに一週間くらい休みが取れそうだから、明後日から暫く家に居るつもり、よろしく

 日向にはお土産もあるからね、また明後日に!》


 硬直した僕は、恐る恐るポケットに入れていた携帯を取り出す、新着を示すアイコンには、姉からのメールが届いている事を知らせる文章が書き込まれていた。恐る恐るメールを開くとほぼ電話と同じ内容。


『明後日から一週間くらい家に帰るつもり、一応留守電にも残しといたけど、日向からも母さんに伝えといて』


 足場が崩れるような錯覚を覚えて、フローリングに尻もちをついてしまった。座ったままもう一度携帯を確認しても、表示される文面は変わらない。休みという事は一週間近く、食事を取ったり家事を分担している手前、全く顔を合わさずに過ごすなんて出来ない。


 そもそも、僕が日向である事を信じて貰えるかどうか……万が一追い出されたり警察に突き出されたりしたら、恐ろしくややこしい事になる。


 ど、どうしよう……。


次回から第三章『お姉ちゃんといっしょ』に入ります


ちょっと急ぎすぎて色々荒いので、

二章は落ち着いた頃に誤字脱字の修正や改訂、

2-4については後ほど正式版の挿絵と差し替えを行う予定です(´・ω・`)


慌しくて申し訳ない……来週半ばさえ、半ばさえすぎれば

※2012/12/22

誤字の修正と正式版挿絵への差し替えを行いました。

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― 新着の感想 ―
ガチすぎて引くわ、このレース。 周囲からそういう年齢と思われてるはずなのに、みんなガチ! ちょっとおかしくない? 参加者の、主に頭。 大和で女性って、珍しいよね?
[良い点] 最近読み始めました!楽しく読ませてもらってます!! [一言] とりあえず一言、予想の3倍くらい痴女っぼい衣装だった!?
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