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Contact.2-3 予選、はじまる

今回ちょっと短めです


 楽しい時間はあっという間で辺りはすっかり夜の帳が降りていた。一面を覆う暗幕のような空にはちりばめられた星々が瞬き、僕はその合間を縫うように風に舞う。夜間飛行というのも中々に乙な物で、少しばかり肌に冷たい風が興奮でほてる肌に心地好い。難点をあげるとすれば、練習場みたく遮蔽物が何も無いという事が楽しみの大前提な所だろうか、暗視能力なしで夜の空を飛ぶのは想像するだけでも恐ろしいものがある。


 時刻は既に二十三時を回っている、普段ならそろそろ眠気が勝ってくる良い子体質な僕も、飛行によるテンションアップでアドレナリンが増し増し、完全に眠気が吹き飛んでいる。この後でちゃんと眠れるのか心配になってくるレベルだ。


「はぁ、可愛いなぁ」


 一頻り飛び回った後、地上に戻ると何故か待機していたメイリがボケた顔をしていたのを敢えてスルーしながら僕は羽根の装備を解除した。そろそろ落ちないといけない、ただでさえ睡眠時間がシビアになっているんだ、あまり夢中になっていると完全に寝過ごしてしまう。名残惜しい気持ちはあるが、今後も空を飛ぶためには今回のレースで勝たなくてはならないのだ、ただでさえハンデを抱えているのだから万全な体調で挑むべきだろう。

 

「サンちゃんはもうおしまい?」


『うん、そろそろ寝ないと、寝過ごしちゃいそうだから』


「もう十一時だもんね、おつかれさま」


 冷静に考えれば今は興奮のせいで目が冴えているだけ、落ち着けばすぐ眠気が襲ってくるだろう。地面に足をつくと疲労感が襲ってくる、精神的な要素が大部分を占めているものだろうけど、眠りに就く為には丁度良い。ギリギリまで訓練を続けるというメイリ達を残してログアウトすると、パソコンと部屋の電気を落としてベッドに潜り込んだ。



   おんらいん☆こみゅにけーしょん

        Contact.02-3 『予選、はじまる』



 天気は快晴。雲が殆ど見受けられない空の下、≪ユーベル≫の町外れに設置された巨大な予選会場には人々が所狭しと詰め込まれている。


「人がゴミの……」


「やかましい」


 栄司が毎年夏頃になると再放送されているアニメ映画の名台詞を真似ようとして伊吹にどつかれていた。もう半世紀以上も前の作品だというのに、未だ色あせずひしめき合う人ごみを見付けると誰もが口走るのは何故なんだろうか。


 予選は本戦で使うコースを三つに分けられて行われる。内容はここから出発して制限時間四〇分以内に設定された二つの小島を巡り、スタートまで戻ってくる本戦の簡易版。参加者は大体五百人ごとに二十四グループに分けられて、それぞれ二〇分のインターバルを挟んでレースが行われる予定になっている。スケジュールでは九時から始まり、全部含めて一九時には終了するそうだ。


 振り分けの結果、僕の順番はかなり後の方で知り合いの居ないグループになった。とはいえレース単位で競うのではなく、最終的な成績上位者二千人が本戦へ出場する権利を得る。本戦は午前の部と午後の部で行われ、それぞれの上位百人ずつがレース時に使用していた羽根装備を、そのまま報酬として貰う事が出来る。


 つまり、ここに集まった一万二千人以上もの人間を出し抜いて、本戦でも上から一〇〇番目以内に入らないといけないのだ。


「サンちゃん、もし他の参加者にいじめられたら言うんだよ、

 あたしが行ってそいつら再起不能にしてあげるから」


『うん、そこまではしなくていいかな』


 相変らず過保護なメイリを適当に受け流して、会場に設置された中継モニタを眺める。レース中は設置されたカメラにより実況解説付きで中継されてしまうらしい。何を言われてるか本人に伝わらないのが唯一の良心といった所だろうか。


「サンはかなり後の方だっけか」


『うん、正直暇で仕方ない……』


 正直言って眠いし、いつものメンバーと合流したものの全員がお昼過ぎからの参加になる為、手持無沙汰も甚だしい。冷静に考えれば見ながら傾向と対策を練れるから、有り難いといえば有り難いのだけど、流石に今から昼過ぎまでは長過ぎだ。始まる前に体力が尽きてしまう。


「お昼寝するなら膝枕してあげるよ!」


『うん、そこまではしなくてもいいかな』


 何だか今日は妙に鼻息が荒いメイリを再び受け流して、澄み渡る空へと目を向けた。……僕は無事に勝ち残る事が出来るのだろうか。




 時刻は十四時、途中で昼の休憩を挟み現在レースは四戦目。制限時間四〇分からゴールタイムを抜き、残ったタイムの秒数がそのままポイントとして得られる。ターゲットはただ浮遊する青い玉が一点、ふらふらと決まった軌道で動く赤い玉が五点、ランダムでプレイヤーから逃げ回るように動く黄色い玉が十点、滅多に見付からない相当な速度で逃げ回る白い玉が百点。


 黄色と白はチェックポイント周辺の森の中にだけ出現するらしい。現在のトップは一〇二〇点、三戦目で大手ギルドの一員らしいアーチャーが出した記録だ。案の定というべきか遠距離攻撃が出来て身軽なキャラクター設計ほど強いらしく、上位はアーチャーやウィザードなど遠距離に強いキャラクターが占めている。


 栄司とメイリはコースとの相性もあるが遠距離のハンデを物ともせず、圧倒的な速度で途中のターゲットを撃破しながら好記録を出し現時点での上位百人に食い込んでいる。ミィと伊吹は善戦しているものの二人には少し及んで居ない。話を又聞きする限りではギルド員の半分が恐らく本戦へ進めるであろう記録を出せているそうだ。


 モニターでは空中で大きな竜の翼を羽ばたかせ、挑む参加者を受け流している風の壁を平然と突っ切る大柄な斧使いの姿が映っている。チェックポイント付近ではこういった気流の迷路や、複雑に配置された森の木々などのトラップがあるようだ。見る限りでは島と島の間を渡る直線コースではドラゴンウィングが最も有利、気流を掴む事ができるならホークウィングが有利。


 逆に島中のチェックポイントを探して飛び回る時はフェアリーウィングが最も有利なようだ。つまり勝負所はチェックポイント周辺の森の中に配置されている高得点のターゲット、僕に勝利の目があるとすればそこだけだろう。


 だが今の装備は短槍のみ、小回りが効くと言っても直線の速度で劣る以上、そういった速射性というのは非常に重要だ。現にスタミナに任せた突進力を発揮するタイプか、遠距離攻撃で確実にターゲットを破壊していくタイプが上位を占めている。


 ろくな遠距離攻撃を持たない僕には少しばかりハンデが大きい、かといって方法は――――あった。一つだけ、速射性と操作性に優れる遠距離攻撃手段を確保する方法が。性能だけが気になって、徹底的に人目を避けて一度だけ実験した事がある。結果はいつか見たものと同じ、高い連射性能と弾速を維持したまま自由に操作できる冷気系統の魔法。威力を抑えればマナの消費も少なく出来るし、この大会ではさぞかし猛威を揮えるに違いない。


 頭の中で、羞恥心と空を飛ぶアイテムを天秤に掛ける。モニターで中継される以上はレア装備を身につけた子供が注目の的になるのは必然、想像するだけで顔から火が出そうだ。飛行アイテムは今回を逃せば手に入れる機会はそうそう訪れないだろう。次を狙うにしても最短で再来月で、対策を立てなければ同じ事の繰り返しだ。


《おっと! ここで先頭の四〇四二番が失速! ここぞとばかりに後続が追い上げていく!》

《帰島時の直線はかなり長いですからね、スタミナが持たなかったようです》


 歓声に混じってゲームマスターのノリの良い実況と解説が聞こえてくる。コースは別々でも帰り道は一つ、距離自体は完全に同じに調整されている為、帰り道は先頭グループが合流してゴールまでの直線で競う事になる。周囲との順位を意識するあまりペース配分を間違えてしまう人もいるようだ。


《続々と失速する選手が出始めたぁ! 墜落による失格者も出始めて! 今回のレースも荒れ模様です!》

《最初と比べても大分減ってはいるのですが、やはり周囲を意識してしまうのでしょうね》


 順調に走っていたドラゴン持ちが失速すると、ここぞとばかりにホークやエンジェル持ちが追い抜いていく。フェアリー持ちは先頭グループからかなり遅れているものの、チェックポイント周辺でしっかりとターゲットを破壊している層が多いのか、慌てて順位を詰めようとはしている人は少ない。


 眺めている間にも先頭組がゴールに飛び込み、チェッカーフラッグが振られた。全力で飛び込んできた選手たちが半透明な青いクッションで勢いを殺しながら跳ね上がり、草原の上に転がって息を荒げている。スタミナは消費しても別に息切れする訳じゃないけど、結構ハッキリとした疲労感が襲ってくるし、何よりも精神的な緊張があるんだろう。


《いやぁソルベさん今回も白熱した試合でしたね》

《みなさん準備期間が短いとは思えないほど良い動きでした、残念だった方々も是非またご参加頂きたいですね》


 参加者の全てのゴールを待って、次の準備が始まる。僕の持っているバッジが小さくアラームを立てて転送許可を求めるウィンドウが視界の中に出現した。インターバルは二〇分、開始五分前までに承諾してスタート地点に転送されないと失格になってしまう。同時にスタート五分前からゴールするまでは装備の変更やアイテム使用が出来なくなってしまうので、それまでが最終調整をする最後の猶予となる。


 許諾ボタンを押すと周囲の景色が切り替わり、スタート地点に転送される。僕は第三コースで森の小島と湖の小島を通過するコース。幸いにもフェアリー持ちの得意分野があるようだった。周囲を見ると他の参加者が装備の最終確認を行っていたり、仲間達と打ち合わせをしたりしているのが見えた。


 誰もが一瞬だけこちらに物珍しそうな視線を向けるものの、すぐに時間が無い事を思い出したのか自分の準備に戻る。微妙に人見知りを発揮しながら人目を避けるように隅っこの方へと移動すると、僕も装備のチェックを始めた。



《さぁ第五レース、まもなくスタートです!》

《今までの勝負を参考にして、是非新記録を目指して頂きたいですね》


 暢気な実況を聞きながら、スタート地点で翅をピンと延ばして開始の合図を待つ。周囲に居るプレイヤー達も真剣な表情でスタートを待っている。結局僕は例の装備を使わない事にした、もしかしたら無くても何とかなるかもしれないし様子見する事にしたのだ。通常装備で上位に記録が届かないようなら、使ったところで本戦ではとても勝てないだろうし、ただ恥ずかしい思いをするだけになってしまう。


《五、四、三、二、一……スタート!!》


 ホイッスルの音を聞きながら、一歩、二歩と大きく踏み込んで翅をはためかせる。横をすり抜けて飛び出していくパワータイプを尻目に、一歩下がった位置をキープしながら追従していく。


《さぁ各選手! 一斉に飛び出しました!》

《パワータイプはチェックポイントまでに少しでも距離を稼いで置くという戦法が確立されつつあるようですね》


 遠ざかっていく実況を他所に次々とスキルの光が走り、ともすれば背景に紛れて見えなくなりそうな青いターゲットが破壊されていく。流石に空中でターゲットを破壊するのは無理がありそうだ、下を見ると一面に広がった海が太陽の光を反射して煌いていた、それはまるで宝石のようで、試合中だというのも忘れて見惚れそうになってしまう。


 平原と空こそ模していても、閉鎖されている練習場とは違う大きな空。手を伸ばしても届かない距離に霞む浮遊大陸群、もしも翼を手に入れれば、鳥のようにあそこまで飛んで行く事ができるのだろうか。練習では得られなかった開放感は、心の奥にある何かを激しく刺激する。


 先頭グループが上昇するホーク持ちと、直進するドラゴン持ちに分かれる。目には見えないが上昇気流があるようで、ホーク持ちはそれに乗ってより高く上って行く。僕も上へ行くグループに混じって風に身を任せると、身体全体に強い風圧を感じながら空高く昇って行く。


 真っ直ぐ行けるドラゴンやエンジェル持ちはかまわず直進しているため、距離自体は稼がれてしまったが、すぐに急降下によってホーク持ちが距離を詰めていく、僕たちフェアリー持ちも彼等に倣って滑空するものの、やはり速度では遠く及ばない。


 全力で飛ばしても全然余裕があるのがフェアリーウィングの良いところ、流石にスタミナを温存しているのか、島が近くなった所で先頭が速度を抑えた為、それ以上距離を離される事がなくなった。


 先頭組はスタミナ回復のため、森に付くとすぐに地面に足を付いて消費しない程度の駆け足で移動しはじめる。レース毎にチェックポイントの位置は変更される為、探し回る時に飛行して移動するのは不利でしかないのは今までのレースで証明済みだ。


 彼等を尻目に僕は速度を落とさず森の中へと突っ込んで行き、ジグザグ飛行で木々を避けて奥へ奥へと進んでいく。槍を振るい、途中で見つけた黄色ターゲットを抜けると共に破壊していくのも忘れない。数の少ない高配点のターゲットを奪われたら上位は狙えない。


「!」


「どけやガキぃ! そいつは俺の――どわぁ!?」


 白いターゲットを見つけて加速しながら追い詰めようとした僕の真ん前を、ツンツン頭の剣士らしい男性がすごい速度で通り過ぎたと思えば今度は枝にぶつかって墜落した。ドラゴンウィングで無茶するからだ。衝撃で目を回している彼を無視して複雑な軌道を描いて逃げようとする白いターゲットを串刺しにすると、近くの幹を蹴って勢いをつけながらチェックポイントを探して飛び回る。


 連続して出会った白いターゲットを倒していると、チェックポイントはすぐに見付かった。森の真ん中にある菱型のクリスタルを右手で軽くタッチして、幹を蹴りながら三角飛びの容量で森を駆け抜けていく。大分閉鎖空間での軌道制御にもなれてきた、漫画やアニメで見る忍者の動きを参考に足を利用してより的確に、より鋭く踏み込んで体力の温存と高速移動を測る。


 小さい頃に漫画に憧れてやった多種多様な特訓がこんな形で役に立つとは思わなかった、現実ではとても出来ない動きでも、翅による飛行能力とこのゲームに実装されている運動補助機能を駆使すれば再現できる、僕はもっと速く飛べる!


 視界がぐるぐる回るせいで少し気持ち悪くなってしまうのが最大の難点だが、編み出した飛行法のおかげで多くのプレイヤーを出し抜く事ができた、何よりも白いターゲットを五つも壊せた事が大きい。


 しかし優位もここまでで、次の小島への道では広い通常の空ではフェアリーは最も不利で、更に気流の壁に阻まれて大きく距離を離されてしまった、何とか風の抜け道を探して次の島に辿り着いた時には既に後続グループの中、湖の島には廃墟となっている設定の十階建てのホテルがあり、事前情報では客室のどこかにチェックポイントがあるという事だ。


 外から窓を覗き込んで探す連中に混じって探していると、五階の右端に隠されるように配置してあるのを発見した。気取られないようにそっと距離を離した後、視線を避けながら適当な窓から中に入って目的の部屋へ向かう、道中でターゲットを破壊しながら、外から見えないように隠れてクリスタルにタッチ、カモフラージュの為に階を移動すると別の部屋から勢い良く飛び出して、そのまま加速しながら島を出る。


 背後をちらりと見てみるとまだ見つけていなかったプレイヤーが僕の飛び出した部屋を覗き込んでいるのが見えた、これで大分時間が稼げるはずだ。それにこういう形で妨害もしておけば、少しくらいは他人の加点を妨げる事が出来るだろう。それでも視線が集まったのをチャンスとばかりに、隠れて建物に侵入する人間の後姿もあったことから油断は出来ない。


 現に先頭グループはとっくに島を出て帰路についてしまっているようだった。残りのマナから逆算すると全力を出し続けても何とかゴールまでは持つだろう。ありったけの力を込め翅を動かすと彼等を追い掛ける。


 先を行く背中を追って、追って、追いかけて、ラストスパートに向けて速度を抑える彼等を何とか追い抜く事が出来た。ちらりと背後を振り返っても僕を追いかけて加速するような連中はそう居ない、簡単に引っかかってはくれないようだ。このまま追い越された事に焦って加速するような連中ばっかりならこんな楽は事はないのに。


「このガキ! さっきはよくもやってくれたなぁ! なめんなよぉぉぉぉぉ……ぁぁぁああああ!?」


 本当に、こんな連中ばかりなら僕でも優勝が狙えるのだけど。よりにもよって燃費の悪いドラゴンウィングで超加速して、一瞬で先頭グループをごぼう抜きにした直後に失速して海へ落下していくツンツン頭の青年を眺めながら溜息を吐いた。



 第六レースに旅立って行くプレイヤーを見送りながら、参加証から開ける大会専用ウィンドウに表示されていた僕の順位を確認する。ポイントは九二〇点で全体で一七〇位、白ターゲットを多く破壊できたのが大きく、何とか予選通過の安全圏に入る事が出来たようだ。


「サンちゃーん! どうだった?」


『920ポイント』


「おぉー、私たちの中でも一番だよ! 凄いねー」


 人のひしめく休憩所にて、相変らず抱きついてこようとするメイリを華麗なフットワークで回避しながら答えると、一緒に来ていたミィが僕の発言を確認してから拍手を贈って来る。どうやら図らずも身内の中で最高記録を出してしまったようだ。今回は運が良かった。


「ていうか何だよ森の中のあの動き、お前は忍者か」


「!?」


 気を抜いているといきなり頬を摘まれて引っ張り上げられた、この気配のなさと声は栄司か! 両手で頬を捏ね回す腕を叩いてみるも離れない、ダメージが無いように力加減を調節しているのか、システムブロックも発動して居ないとは無駄に器用な真似を……。


「おぉ、柔らかいなぶっ!?」


 逃れようともがいていると、救いの手は割と近くから差し伸べられた。鋭いハリセンの一撃が栄司の顔面を打ち、大きく仰け反った拍子に手が離れる、逃げようと前に歩いた所でハリセンを手にしたメイリに抱きしめられた。またしても油断していた。


「ええい、気安く触るな馬鹿エース! サンちゃんの頬っぺたはあたしのものだ!!」


 いや僕の物だから、勝手に所有権を主張するのは止めて頂きたい。ついでにどさくさに紛れて頬擦りしようとするのも止めて頂きたい。両手でメイリの顔を掴んで引き剥がした後、気になる事を聞いてみる。


『森の中のあれ、見てたの?』


 予選だと個人レベルにカメラが寄るのは滅多に無かった筈だ、その条件にしたって先行グループとか華麗なマニューバで観客を魅せたとかそういった類の物で、僕からすればそんな要素は一つもなかったはずなんだが。あの忍者っぽい動きにしても、狭いんだから他に誰かやっていても良さそうなのに。


「バッチリ実況付きでな、実況で色々言われてたぞ、愛くるしいのに動きは凄いとか……」


『ごめん、やっぱ聞きたくない』


 嫌な予感がしてきたので楽しそうに笑っている栄司の言葉を遮る、乾いた笑いを浮かべる伊吹の顔を見るにきっとろくでもない事を言われていたのだろう、悪口でなくとも僕からすれば複雑な心持だ。そんな事より栄司の僕弄りが加速している事が気が気でない、やはり一度思い知らせておくべき何だろうか。


「大丈夫だよサンちゃん、可愛い可愛いって評判だったよ」


『うん、やっぱり聞きたくなかった』


「えぇ!?」


 回避したと思ったのに、まさかメイリから追撃を受けるとは不覚だった。残念ながら可愛いと言われても嬉しくも何とも無い。予選を突破したというのに早くも憂鬱な気分になってしまった。


「こいつ男子と遊んでばっかりだったから、女の子扱い慣れてないんだよ」


 何か失敗したのかと焦っているメイリに、栄司が横から声をかけた。


「そういえば、聞いたことあるかも」


「りばー君もそんな事言ってたねー」


 それを聞いて思案するような様子を見せたメイリが思い出したと両手を叩くと、ミィも同調して頷いた。どうやらあちら側の僕の扱いは"そういう事"になっているらしい。


『あぁうん、そんな感じ』


 フォローありがとうと二人を睨み付ける。伊吹から「他に良い言い訳が思いつかなくてな」というメッセージが送られてくる。確かにその辺が妥当なんだろうけど、複雑な心境には何一つ変わりがない。栄司の方はからかう為に使っている節がある、そんなに僕が約束していたスタートダッシュに遅れたり、譲ったレア装備を破棄しようとしたり、僕のせいでギルド内で密かにロリコン呼ばわりされてるのが気に入らないのか!


 ……うん、ちょっと申し訳ないと思ってる。最後のは僕も被害者なので如何ともしがたいのだが。


「しっかし、やってみた感じ上位入賞は厳しそうだなぁ」


 僕の恨みがましい視線は何のその、栄司はレースが中継されているモニターを眺めて唸っていた。


「確かに、すあまとかアーチャー系は結構良い記録出してたみたいだけど、前衛はターゲットで稼げないからね」


 じりじりと、僕を抱っこする隙を伺いながら顎に手を当てて考え込むメイリから距離を取りつつ、伊吹とミィを見る。この中では遠距離攻撃が出来るのはこの二人だけ、どんな感想だったのだろうか。


「ん? 俺達は確かに魔法で遠距離攻撃できるが、一番のネックは視界だったな」


「うん、離れてると見えにくいから当てにくいし、かといって何発も打つと飛行用のマナがねー」


 どうやら感覚のステータス差でアーチャーのように、遠くからターゲットを狙撃で狩りながらというのは魔法系には難しいようだ。僕の方も今回は単純に白ターゲットを多く倒せただけ、言ってしまえば運が良かっただけなのだ。あれほど急いでもタイムは平均的だったし、少しでも多く的を破壊して点数を稼ぐしか勝利を掴む方法はないだろう。


 勝利が見えると妙な欲が出てくる、今回のように運さえ伴えば装備次第でもっと稼げるだろう。何しろネックである遠距離攻撃と視界を確保する手段が羞恥心と引き換えに手に入るのだから。それに今回の参加でこの世界の空を思う存分飛んでみたくなってしまったのだ。


 ――手放したくない、そんな思いを込めて参加証を握り締める。


「やる気は満々って感じだな、何か策でもあるのか?」


『まぁ、ちょっとはね』


 不意に大きな手が頭へと乗せられた、上を見るといつも通りの微笑を湛えた栄司の顔。真面目に言うとからかわれそうだったので曖昧に答えておく。実行するには色々な覚悟が必要だ。僕は改めてモニターに目を向けると、空を舞う他の参加者の姿を見つめて思いを巡らせるのだった。



 予選が終わって数時間、少しばかり飛行訓練をしてから明日の長丁場に備えて休もうと身支度を済ませ、ベッドに潜り込んでいた。本戦の制限時間は三時間となり、午前と午後に分けて行われる。振り分けはメイリ達は午前で僕は午後に振り分けられている。


 暗闇の中で思い返すのは予選のこと。あの世界の空を思う存分、何の制限もなく飛びまわる事が出来るならどれほど楽しいのだろう。感じる風も、移り変わる景色も本物みたいで、昨日まで感動していた練習場の空がちっぽけに思えてくるような完成度だった。


 他の参加者もきっと似たような想いだったんだろう、帰り際の本戦参加者の顔は絶対に勝ってやるという決意に満ち溢れていた。栄司達も同様できっと楽しかったに違いない、でもその翼を手に入れられるのはたった二百人、参加者の十分の一だけ。


 割合で言えば多い方だとしても、全体で言えば物凄く少ない。ここを逃せば手に入る機会を失うと思えば、みんな死に物狂いになる。僕だって次も運良く高得点のターゲットを破壊できるとは限らないし、他のプレイヤーだって馬鹿じゃないんだ、明日は予選を参考に更なる対策を練って挑んでくるだろう。


 かといってあれを着るのには堪えきれない葛藤がある、もしも僕がただの"ネカマ"であったのなら、前にミィの言っていた通りゲーム内の事だと割り切れただろう。しかしアレはただのアバターではなく、今の僕自身の姿でもあるのだ。それで際どい格好をするのには抵抗感しかない。


「…………」


 ふと、僕の羞恥心はどこから来ているのだろうかと考えた。男なのに幼い女の子の姿で際どい格好をするのが恥ずかしいのだろうか、それとも女の子として露出の多い姿で肌を曝す事に抵抗があるのだろうか。手を伸ばして拡げた手のひらを見る。静寂の支配する暗い部屋の中で、衣擦れの音だけが耳につく。


 そうだ、単に一時的に変わっているだけの姿じゃないか。僕の心は今だって男だった時のまま、アバターが際どい格好をしているから何だというのだ、ただゲームの中で使うキャラクターが少しばかり露出の激しい格好をしているってだけの話じゃないか。


 自分に何度も言い聞かせ、心に沸き起こりそうになる疑問と羞恥心をねじ伏せる。空を自由に飛ぶために、僕自身が男であり続ける証明のために、胸の中で明日は名実共に"本気"で挑む覚悟を決めた。


 でもやっぱり、恥ずかしい。


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― 新着の感想 ―
このルール、アーチャーに有利過ぎじゃない? 前衛やシーフ系は接近しなくちゃいけないし、投げナイフの様な武器はあまり数を用意出来ないだろう。メイジ系は飛行でマナを使いたくないなら選べる翼が限定される。 …
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