Contact.2-2 予選に向けて★
お待たせしました、二章の二話目です
≪ユーベル≫は初期地点として設定された、始まりの街≪エスカ≫の南東付近に存在する、大小七つの島々からなる地域にある街だ。街並みは白煉瓦で組み上げられた家屋と、町の至る所に設けられた風車が特徴的。広さにして≪エスカ≫の実に倍ほどもあり、歩きだと端から端まで一時間は掛かると言われている。
最近ではレベルが二十を越えて、≪エスカ≫周辺では効率が悪くなってきたプレイヤーが次々と移住して、町の中も賑わいを見せているという話だった。
おんらいん☆こみゅにけーしょん
Contact.02-2 『予選に向けて』
ターミナルタワーからキャラベル船型の飛行船に乗り込み一路≪ユーベル≫を目指す。魔法の影響か風の抵抗は少なく、速度も速いが予定では到着まで約三〇分かかる計算になっている。こちらからは複数の船が周回運行しているため、日や時間によってどんなタイプの船で移動するかが変わるようだ。何度か見た事があるガレオン船型にも乗ってみたいが、あれは遊覧も兼ねているため、チケットが高いし到着まで時間もかかるのだという。対してこちらのキャラベル船は移動専用で、乗客も目に付く範囲で二十人程しかいない。
航行中に暇を持て余し、船の縁にぶら下がって外を覗けば、眼下には広がるのは太陽の光を反射してきらめく蒼い海と、海面に影を落とす白い雲が浮かんでいる。顔を上げた先の遥か遠くには、火を噴く山のある小さな岩島や、大量の水が零れ落ちて大きな瀑布を形成している大陸、無数の突き出た水晶の塔が太陽の光を反射し輝いている島などが薄っすらと見えている。これぞファンタジーという光景だ、興奮しながら地に着かない足をばたつかせて甲板に降りると、休憩のために設置されているベンチに腰掛ける。
わずかな揺れに身体を任せて、マストの合間に覗く空を見上げながら目を閉じる。深く呼吸をしてから大きな欠伸を一つ。何だか変な夢をみたせいか、今日は寝不足気味だ。内容は殆ど覚えて居ないのだが、起きた時は何故か涙で頬が濡れていた。起き抜けにそんな状態でびっくりした。
時計を確認すると出発してからまだ一〇分少々しか経っていない、この移動時間の長さだけは如何ともしがたい。のんびり船旅を楽しむ余裕がある人はいいが、時間が限られている社会人などは大変なようで、現実との時間連動も合わせて不便だとユーザーから不満が寄せられているそうだ。最近公開された開発側へのインタビュー記事によると、落ち着いた頃に転送ポータルや時間サイクルの変更も検討されているとか何とか。
ダンジョンに潜れば昼夜は関係ないが、それでも昼間は外で狩りをして、夜はダンジョンに潜るスタイルを維持している人が多いのは、やはり人は太陽の光を求めているに違いない。個人的には夜の冒険も乙だと思うのだけど、きっと今こうして昼間を十分に楽しんでいるからこそ言える台詞だろう。
不意に風の音に混じって聞こえてきたのはわずかな羽音。薄い羽を激しく動かすような耳障りな音が、左舷から近付いてきている。甲板に居た冒険者のうち何人かがざわつているので僕にだけ聞こえる幻聴という訳ではないらしい。
緑髪の女性、若草色の軽装を纏って弓を携えている姿から恐らくアーチャーであろう、彼女が縁に手をついて遠くを睨んでいる。感覚のステータスが高くなりやすいレンジャー、アーチャーは通常よりも視力や聴力が良いから、こういった時の哨戒に長けている。
僕も氷狼の護符をつければちょっとは遠くが見えるんだろうが、色々な意味でつけたくない。プレイヤーメイドはある程度まで自由に外観を作れるので猫の耳や兎の耳を模したアバター装備、いわゆる外観だけ変更する装備は多い。アバター装備の特徴はあくまでも飾りなので装備枠を消費せず、いくらでもつけれる代わりに動かす事や能力を付けることが出来ない。それに対して一部の装飾によって発生する耳や尻尾は感覚器官が通っていて、慣れれば自由に動かす事ができる。
装備枠を消費しないアバター装備と違い、両手、腕、身体、靴、外套、装飾の六枠しかない装備枠のうち一つを占有するが、大体がボスレアである為か能力自体も高く、市場でもかなりの高値がついているようだ。同じ系統では今は僕の持っている狼の耳と虎の耳、猫の耳なんかが生える装備が確認されているが、安くても三百万リルは下らないとか。
用途としては純粋な性能に惹かれてとか、彼女に付けてもらうためとか、自分でコスプレする為とか様々だが、僕には良く解らない需要があるようだった。そんな訳で動く耳尻尾はかなり目に付く、乗客はそう多くないと言っても、無闇やたらに目立ちたくはない。何よりもレンジャー職が居る状況で耳をつけて探索する意味がない。
「……襲撃イベント! ジャイアントワスプが二十以上!」
どうやら迫って来るモンスターを発見したらしく、緑髪の女性の鋭い声を聞いたプレイヤーのざわつきが大きくなる。そういえば、飛行船で移動中、低確率で魔物の群れと遭遇するイベントが発生すると聞いた事はある。たまに通常では遭遇できないレアモンスターも混じっているとかで、船旅にスリルを追加する要素なのだそうだが、まさか初めて≪ユーベル≫へ向かう旅で遭遇するとは思っていなかった。
プレイヤーが次々と武器を構えて甲板の左側に集まると同時に、僕でも船へ向かって物凄い速さで飛んでくる直系五十センチ近い蜂の姿が見えはじめた。昆虫型はゲーム内で初めて見るが、多少デフォルメされていてもここまで大きいと気持ち悪い。
確認した所レアモンスターは混じっていないようなので、手っ取り早く終わらせるべきだと思い、弓を構えている人達に向かって順々に≪フレイム・エンチャント≫をかけて行く。ワスプの弱点は確か火だったはず。武器に付与がかかるエフェクトが発生すると、一瞬驚いたような顔をした彼等がこちらを向き、手を挙げて挨拶をしてくる。僕も軽く手を振り返して一歩下がった。
今回は攻撃力的に無理に混じる旨みもないし、適当に辻支援する腹積もりだ。眺めているとワスプ達は弓使いの人達が放つ火矢で着実に数を減らし、甲板まで辿り着いたワスプは剣や斧でなぎ払われていく。低レベルモンスターの襲撃だとこんなものなんだろう、あっという間に一掃されるワスプ達に同情の念を禁じえなかった。
◆
襲撃自体はものの数分で終了し、哀愁にも似た微妙な感情を残したまま船は≪ユーベル≫に辿り着いた。船の上から眺める街は、話通り西欧の田舎を連想させる景色のようで、いくつもの巨大な風車が回っている。公式サイトの街紹介によると風の魔法を動力にして町の機能を動かしているという設定だそうだ。
続々と船を降りるプレイヤーに混じり、甲板からホームに向かって掛けられた橋を渡る。船にかけられた防風結界から出ると同時に爽やかな風が髪を撫でた、ここらへん一帯は風が強いようで、さらさらと風に遊ぶ髪を押さえて出口へと向かう。
「こんにちは、さっきは支援ありがとうね」
駅を出たところで背後から声をかけられた、振り返ってみると、そこに居たのは先ほど先頭に立って矢を射っていたアーチャーの女性。緑色の髪を背中まで伸ばした、切れ長な緑眼の美人のお姉さんだ。軽く会釈しならチャットウィンドウを呼び出す。
『こんにちわ』
支援というならプリーストの方がよっぽど活躍していたと思うのだが、どうしてわざわざ僕に声をかけてきたのだろうか。そんな事を考えていると、僕が警戒しているのを察したのか女性は慌てた様子で小さく上げた手を左右に振った。
「あぁ、違う違う、変なお誘いとかそんなんじゃないの、
あんまり可愛い子だったものだからついお礼を言いたくなっちゃって、それだけだから」
苦笑いする女性がやや早口で喋る。どうやら僕が女性の事をギルドの勧誘か何かだと考えていると判断したようだった。基本的にソロ時は人目を避けるように行動しているし、街中でいつもの面子と歩く時はメイリとミィが左右をがっちり固めている為、今までは直接勧誘された事はなかったのだが、掲示板の職別スレッドで見た『大手ギルドの付与師確保の動きが活発になっていて、中にはしつこく勧誘しようとする連中も居る』という話は本当だったようだ。
『そうですか、お力になれたなら幸いです、それでは失礼します』
「あ、うん、引きとめちゃってごめんね? ばいばい」
自分でもちょっとそっけなさ過ぎたかなと思うが、立ち止まっていると他のプレイヤーにも目を付けられそうなので、さっさと話を切り上げてその場を後にする。女性の方も引きとめるつもりはなかったのか、手を振って別方向へと歩いて行った。
実感はしていなかったが、そう考えると辻支援は迂闊だったかもしれない。殆ど『グングニル』に所属しているような状態といっても正式なメンバーという訳でもない、まだ低レベル帯なのでそこまで需要は高くないだろうが、未所属である事が判明すると少し面倒な事になりそうだ。
こうなると安全の為にも『グングニル』への参加が現実味を帯びてくる。例のアルバイトで大分慣れたし、悪い人達じゃなさそうなので参加してもいいとは思うのだが一度タイミングを外すと中々切り出しにくくなってしまう。後で栄司達に話をしてみるのもいいかもしれない。
まだこっちを見ている幾人かのプレイヤーの視線を背中に受けながら、僕は足早に大会の参加受付をしている会場へ向かった。
◆
≪ユーベル≫の中央に位置する大きな商館で受付は行われていた。流石は受付最終日だけあってカウンターには黒山の人だかりが出来ている。百人は収容出来そうなカウンター前のフロアには人でぎっしりと埋まっており、出るのも入るのも一苦労という有様だ。
僕はというと入り口でひしめき合う人の群れを見て、入った瞬間転んで踏みつけられてボロ雑巾になってしまいそうで入るのを躊躇していた。街中だしダメージを受けそうな事はブロックされるだろうけど、大勢の人間に踏みつけられるのは決して気分が良いものじゃない。時計を見ると今は九時半、参加自体は十七時まで受け付けているみたいだし、人がはけるのを待って出直す事にしようと踵を返す。
と言ってもこの街に来るのが初めてだから時間を潰せるような場所もわかってないし、フィールドに出てまともに戦えるとも思えない。街中を軽く散策していると良さげなオープンカフェを見つけたので、席を取ってアイスティーを注文する。
NPCの店員が運んできた蜂蜜色の液体が注がれたグラスにストローを沈め、仄かにレモンの香りがする紅茶を音を立てないように口へと吸い込む。僕以外にもかなりの数の客が黄金色のイチゴみたいな果物が乗ったタルトを食べていたり、コーヒーやお茶で喉を潤おしているのが見て取れる。
平均レベルが上がった為にこっちに移住する人も多いんだろう、忙しなく動き回る人々は風車の街にはいまいち合っていないので少し残念だった。お茶を飲みながら忙しなく行き交うプレイヤーの姿を眺めていると、見知った姿が目に入った。
赤い短髪と黒いコートを風に靡かせ、僕の身長くらいはある両手剣を背負った長身の剣士が、緑色の布マフラーをマントのように肩に流し、和装の黒い忍者服を身に纏い、胸らへんがやたらと重装甲な金髪ポニーテールの女の子とカフェの前を通り過ぎていく。
女の子の方に見覚えはないが、仲がよさそうに談笑しているところを見ると昨日今日知り合ったと言う訳でもなさそうだ。人が意味不明な理由でこんな身体にされて苦しんでいるというのに、アイツは風車の街で巨乳美少女とデートしてるというのか、何だか無性にイライラしてきた。これは悪戯をしても許されるだろう。
うん、完全な八つ当たりだ、でも敢えて感情のままに動く事にする。お金を払って店を出ると、暢気に歩く栄司の背後に近付きながらインベントリから昨日の露店巡りで買っておいたツッコミ用武器を取りだす。
慎重に気配を隠しながら飛びかかれる間合いまで近付き、一歩、二歩と勢いをつけて飛び上がり、隙だらけの後頭部へとリボンのついたピコピコハンマーを振り下ろし――――
「――はい、残念」
たところで横に身体をずらした栄司に回避され、空振りしたせいで宙に浮いた僕の腰を、伸びて来た腕がしっかりと抱え込んだ。人を鞄みたいに持つのは止めて頂きたいのだが。
「へ? え、何この子!?」
じたばたと暴れてみても、腕力差も体格差も絶望的でビクともしない。栄司は獲物を捕まえた狼のごとく楽しげに口角を吊り上げて、罠にかかった兎を見るかのように憐れみの目線を向けてきている。く、これが子供っぽい理由で八つ当たりした人間の末路なのか……。大人しくなった僕をちらりと見たポニーテールの少女は、戸惑った様子で栄司に視線で説明を求めているようだ。
「あぁ、俺の親友だよ、メイリがいつも話してるだろ?」
「……あぁ、噂の天使ちゃん?」
……メイリはいつも僕の事をどんな風に話しているのだろうか。というか噂って何だ噂って。
「……知らないほうが幸せだぞ、きっと」
彼女に習って説明を求めるためにじっと顔を見上げていると、栄司はすっと目を逸らした。君まで読心術を習得しないでほしい。
「え、ええっと……初めましてだよね、噂は色々聞いてるよ、
私は"すあま"、エース君たちと同じギルドに入ってるの」
「すあまは例のボス狩りのときはちょうど家族旅行だったらしくて、ログイン出来てなかったんだよ」
『sunです、読み方はサン、よろしくお願いします』
すあまさんは中腰で僕に視線を合わせると、穏かな笑顔を浮かべて手を差し伸べてくる。僕も軽く頭を下げて、抱えられたままチャットを打つと、手を差し出して軽く握手した。
「――所で、サンちゃんは何してたの?」
『エースが可愛い女の子とデートしてたようにみえたから、ついイラっとして』
最もといえば最もな質問に少し悩んで正直に答える。地味な非モテの嫉妬と哂うがいい、しかしながら彼女は何故か合点が言った顔で口元に手を当てて笑う。……何故だろう、致命的なミスを犯した気がするのは。
「そんな理由で通り魔紛いかい、近接戦で挑んだのは失敗だったな」
僕の嫌な予感を何処吹く風と、勝ち誇った顔で頭をくしゃくしゃに撫で回してくる栄司に危機感を感じてやめさせようと暴れる。このまま好き放題させて居たら手遅れになってしまう、そう本能が警鐘を鳴らしている。
「なるほどねー、メイリが嫉妬する訳だ、エース君も隅に置けないねぇ」
「お?」
ほら見ろ、また変な勘違いされた!
◆
などと再び完全な八つ当たりを内心で繰り広げつつ、僕は栄司達と一緒に受付へと向かう。どうやらすあまさんも今日戻ってきたばかりのようで、参加登録する為に栄司と共に向かっていたのだそうな。彼女の提案によって折角だから一緒に行こうと誘われたのだ。
因みに並び順は真ん中に僕、右手に栄司で左手にすあまさん。この並びになる時に「お兄ちゃんを取ったりしないから安心してね」と耳元でこっそりと囁かれた。強行に訂正しようとしても墓穴を掘るだけになりそうだったので、『だから違います』とだけ返しつつ溜息を吐くのみに留めておいた。
道すがら聞いた話によると、大会への参加登録を済ませると専用の練習場に出入りできるようになるらしく、そこで飛行訓練が出来るのだとか。今日は他のギルドメンバーも狩りを休んで大会の練習に専念しているそうだ。ぶっつけ本番で飛ぶ事になるのかと不安に思っていたのだけど、ちゃんと練習は出来ると聞いて少し安心した。
「っと……凄い人だなこりゃ」
色々聞いているうちに辿り着いた商館は、先ほどと変わらぬ人の山だった。
「うひゃぁ……サンちゃんの言う通り凄いね」
「俺達が登録した時はここまでじゃなかったんだけどなぁ」
すあまさんも唖然とした声を出している、コレを見たら誰でもきっとそう思うだろう。どうやら混雑具合が予想以上だったらしく、先ほどは居なかったGMらしき人が列誘導をしている程だ。八列なのに結構大きな商館をぐるりと一周する程度の長さになっている、栄司の話によると登録自体は一分もかからないので列の進みが速い事だけが幸いだろうか。
「取り合えず、早めに並んじゃおうよ」
すあまさんと共に列の最後尾に並ぶと、あッという間に後ろにも列が長く伸びていく。それを見ているとどれだけ参加者が居るのだと考えてしまい、早くも気が滅入ってきた。参加、辞めようかなぁ……。
◆
「…………」
「おつかれさん」
ふらふらになって先ほどのオープンカフェまで辿り着くと、テーブルの上に突っ伏した僕を見た栄司が苦笑いを浮かべる。登録自体は受付の担当さんの出した簡単な注意事項が書かれた書類を読んで、手をかざして出てきた参加確認ウィンドウの同意ボタンを押すだけ。注意事項もフロアにて大きなディスプレイを使い繰り返し表示されてたため、最終確認の意味合いが強い。
そんな訳で無事に参加登録証の代わりになる翼の形をしたバッジを手に入れる事は出来たのだけど、人ごみが苦手な僕はあまりの人の多さに既に燃え尽きているというわけだ。
「うひゃぁ、予選の参加者一万人を越えてるって」
隣でブラウザを見ていたすあまさんからは恐ろしい言葉が聞こえてくるし。練習場も満杯ですみたいな事にならないといいのだけど。栄司も先ほどから空中でキーボードを叩くような動作をしているところから誰かとチャットしているようだ。本日二杯目のアイスティーで喉を潤おして、少しばかり精神力が回復する。
「……今ギルドチャットで話してたんだが、メイリとミィもこっちに合流するってよ」
『ギルドで上位狙ってるんじゃなかったっけ、僕に構ってて大丈夫なの?』
先ほどから何かやっていたのは、どうやらギルドメンバーと話していたようだ。どうでもいいが『グングニル』は結構本気で上位を狙っているという話を聞いた気がしないでもないのだけど、半分以上部外者の僕を主力級らしいメイリが構いっぱなしで問題ないのだろうか。なんだかギルドの和を乱してるみたいで心苦しいのだけど。
「あぁ、それなら全然気にしないでいいぞ
ぶっちゃけギルマスから何としても友好関係築いて交流を確保しとけって言われてるんだよ、俺ら」
どういう事だろうか、あそこに付与師は居ないから協力関係は持っておきたいという理屈も解る、でも僕はどっちかというとまったり派、誰もが喉から手が出るほどほしい前線級の付与師には全然及んでない。それなりの規模のギルドが主力級を寄越してまで確保したがる魅力はないと思うんだけど。
「あぁ、そういえば、旅行先からギルド会議に参加したとき、ギルマスが天使キター! って騒いでたね」
「……そういう訳だ」
なるほど、類は友を呼ぶという事か。即座に『グングニル』への参加計画を白紙に戻す、危うく進んで飢えた猛獣の檻に入り込む所だった。男の子としては、中身は酷く残念でも美少女には変わりないメイリにベタベタされるならまだ耐えられるが、ギルマスは歴とした男の人だ。僕は男同士でベタベタする趣味を持ち合わせていないので、流石にそれは許容しかねる。
栄司の苦笑と呆れの混じった顔を見れば、強く誘ってこないのはきっとギルマスとメイリが同類な事が判明したからなんだろう。親友たちの粋な計らいに心からの感謝を捧げたい。
世話になった事実は変わらないので、今まで通り一定の距離を保ちながら良いお付き合いをさせて頂きたいものだ。そして石畳を蹴って近付いてくる軽快な足音が背後に迫ったのを確認し、椅子から転げるように横に飛び退く。
「サンちゃぁぁぁぁ……ん!?」
背後から抱きしめようとしたメイリが誰も居ない空間で腕を交差させるのを見ながら、僕は何事も無かったかのように別の椅子を引いて座りなおす。メイリは悔しそうに顔をゆがめ、ミィは離れた場所から拍手しながらゆっくりと近付いてきている。
「サンちゃんってば、どんどん回避能力上がってるねー」
毎日のようにメイリに抱きつかれそうになってたらそれはね、思い出したくも無いお仕置きの日以降、メイリは枷が外れたかのように積極的にスキンシップを狙ってくるので対処しているうちに不意打ちにも大分対応できるようになってきた。まだまだ栄司には遠く及ばないのだが。
「うぅ、後ちょっとだったのにぃ!」
「いや、ちっとは自重しろよお前……」
そうほいほいと抱っこされてたまるものか。……因みにさっき栄司にやられたのは抱っこに含まれない。殆ど荷物扱いだったし、ノーカウント、セーフだ。
「もう……って、サンちゃんのローブっておニューのだよね、買い換えたの?」
流石は女の子と言うべきか、落ち着いたメイリは真っ先に僕の服装に気付いて聞いてくる。
『うん、昨日ミィと一緒に露店通りで見立ててもらって』
別に隠す事でもないので素直に頷いて話を進める。ちょっと露出は多いが僕の意を汲んで動き易くボーイッシュな物を選んでくれたのでそれなりに気に入っていたりする。
「そっかぁ、すっごく可愛いけど、折角いい防具があるのに勿体ない気も……」
『あれを人前で着るのは厳しいって……』
昨日も同じやり取りをしたなと苦笑していると、突然メイリが眉間に皺を寄せてぶつぶつと何か言い始めた。何か引っかかる部分があっただろうか?
「ん? 昨日? "ミィ"と一緒に?」
「そうだよー、サンちゃんに誘われてデートしちゃった、
前に言ってたパスタのお店にも一緒にいったんだよねー?」
いつの間にか僕の背後に移動して来ていたミィが、眉間に皺を寄せるメイリを見てにこにこと笑いながら告げる。あれはデートだったのか、別に否定する要素もないので頷きながらチャットを使って同意を示す。
『うん、スパゲティ美味しかった』
「あ、ミィってばもうレストラン街いったの? いいなぁ」
「あぁ、そういやそんな事言ってたな、今度俺も連れてってくれよ」
食べ物の話に釣られて、傍観する構えだった栄司とすあまさんも話に参戦してくる。食べ物の力は偉大である。どこそこの店が美味しそうだった、あそこに行って見たいなどと盛り上がっている僕達に向かって、メイリは納得いってないという気持ちを顔に貼り付けながら抗議してきた。
「ちょ、ちょっと! 聞いてないわよ!? いつの間にかミィのこと呼び捨てになってるし!
私もサンちゃんと一緒にご飯食べに行きたかったのにぃ!!」
不思議な事を言い始めた。ミィが誘ったときは狩りで忙しいと断られたって聞いてたのだけど、どういう事なんだろうか?
『誘おうと思ったんだけど、ミィが連絡したら追い込みで忙しいって言われたって』
僕が昨日の会話を思い出しながらチャットを送信すると、フキダシに書かれた文字を読んだメイリが口元に手を当てて数秒ほど考え込んだ後、ハッとした表情で叫んだ。
「……あれか!! ちょっとミィ! 何でサンちゃんも一緒だって言ってくれなかったのよ!
知ってたら絶対そっちに行ってたし! ギルドの狩りなんかよりサンちゃんの方が優先だし!」
いや、それはどうかと思う……。
「そう言うと思ったからサンちゃんも一緒だよって言わなかったんだよー」
いや、それもどうかと思う……。
意外と良い性格をしているミィと、怒りに任せて吼えているメイリを尻目に何とかしろと栄司を見るが、「俺にどうしろと」と首を横に振られた。すあまさんも苦笑しっぱなしで頼りになりそうもない。
「メイリってば最近サンちゃんに構ってばっかりだし、
ギルド狩り抜け出してきたら、サンちゃんがうちのギルドに迷惑かけてないかなって気を使っちゃうでしょー?」
「それでもサンちゃんと遊びたかったの! 騙し討ちは絶対に許さないからね!」
しょうがない、原因は僕なんだし仲裁するしかないか。ミィもミィでほわほわした雰囲気と裏腹に気が回る人なので、僕に気を使ってくれたが為の行動らしいし。
『また今度、一緒に遊びに行くから許してあげて』
「超許す! 全て許す!」
どんだけだよ。ほぼ即答で胸を張って宣言したメイリに今度は全員で苦笑いする事になった。
「あはは、ありがとねー」
恐らく僕とメイリ両方に言っているのだろうミィにどういたしましてと手振りだけで伝え、逸れまくっていた話の軌道を元に戻す事にする。
『それで、練習場ってどうやっていくの?』
「「え?」」
全員の声がハモる、食べ物の話に夢中になって本気で忘れていたようだ。合流したのは一緒に練習するためじゃなかったのかと問い詰めたいが、一々文章で打ち出す面倒さと天秤にかけるとあまりやりたくはない、面倒すぎる。時間もない事だしさっさと移動したい。
『食べ物の話は歩きながらでも出来るでしょ』
美味しい物の魔力と言うのは凄まじい、栄司達の先導で練習場へ向かう道すがら、彼等の間でグルメツアーの計画が着々と出来上がって行ったのだった。因みに僕は強制参加らしい。
◆
練習は≪ユーベル≫の町外れ、巨大な四基の風車が付けられた塔のような建物から転送で行ける専用フィールドで行われているらしい。ちょっとしたフィールドマップ並の広さを持つ練習エリアが、現在は百部屋開放されているとか。一部屋につき百人収容できると言っても、アクティブユーザーの数を考えれば少しばかり足りないようで、特に大会が迫った今は遅く行くと順番待ちを覚悟する必要もあったそうだ。
教えられた手順とおりに、アイテムリストからイベント欄を呼び出してバッジを使用する。これがキーアイテムになっているようで、部屋に入室する為のコンソールが表示される。丁度『グングニル』のメンバーが居る部屋が人が少なかったようで、示し合わせて同じ部屋に入る。
転送特有の浮遊感を伴って周囲の景色が切り替わる、足場は見渡す限りの草原で周囲に遮蔽物は無く、見上げる空は青く風も感じる。
「……ええと、あいつらは?」
栄司が手で日除けを作って空を眺めるのに釣られて、僕も見上げてみるといくつか空を飛んでいるらしき人影が見えた。おぉ、本当に飛べるのだと柄にもなくテンションが上がってしまう。
この中に限っては外套装備枠の扱いで好きな羽根を装備できるようで、装備できる種類は四つでそれぞれ『ドラゴンウィング』『ホークウィング』『エンジェルウィング』『フェアリーウィング』と名付けられている。
マニュアルによると飛行中は常にマナやスタミナを消費する事となり、あまり長時間飛び続けることは出来ないようだ。羽根の特長としては、『ドラゴンウィング』はパワーに優れて速度もあり、風の影響をある程度無視して安定した飛行が出来るがスタミナの消費が激しい。『ホークウィング』はパワーは強いが風の影響を受け易くコントロールが難しい、その代わり滑空や風の流れを掴めばスタミナの消費を抑えながら空を飛ぶ事ができる玄人向け。
『エンジェルウィング』は速度もパワーも平均的だがドラゴンと同じく風の影響をある程度無視でき、飛ぶための燃料をマナで代用できるため低燃費、長距離飛行に向いている。『フェアリーウィング』はマナを使用して飛ぶタイプで、四つの中で速度パワー共に最低クラスだが最も低燃費かつ、他とは比較にならないほど小回りに優れている。
大会の内容は≪ユーベル≫から飛び立ち、六つの島にあるチェックポイントを経由して、制限時間内に再びゴールに辿り着くのを目指すというもの。単純なゴールタイムの他に、道中に出現するポイントバルーンを破壊して得たポイントを加えて勝敗を決めるそうだ。
早くゴールするのはいいが、全て無視しているとポイントバルーンで逆転される恐れもあるし、バルーンを壊すのに夢中になっていると得点としては大きいタイムレコードが伸びず、場合によっては制限時間を越えてしまう恐れもある。
注目する所は島から島へ渡る時の直線軌道。島の中でチェックポイントを探したり、バルーンを壊す時の小回り。地味に長い移動距離を維持する為の燃費と行ったところだろうか。
最速を狙うならドラゴンかホーク、バルーンによるポイント加算を狙うならエンジェルかフェアリー……。魔法職は前衛と比べても遥かにスタミナが少ないから、僕はエンジェルかフェアリーのどちらかになる、悩ましいところだ。
「……おい、サン、聞いてるか?」
マニュアルとにらめっこしながら考えに没頭していると背後から声がかかった、振り向くと大きな茶色の、鳥のような翼を背中に貼り付けた栄司の姿が目に入った。どうやらホークウィングを使うようだ。
『ごめん、聞いてなかった』
「いや、取り合えず適当に羽根選んでテスト飛行しようって言ってたんだよ、
練習場ならいつでも自由に付け替えられるし」
なるほど、流石に最初に選んだ一つだけって訳ではないようだ。大会のルールで選んだ羽根は変更不可って書いてあったのを見て練習でもそうだと勘違いしてしまっていた。いくらなんでもそこまで厳しくはないはずだ。
「サンちゃんはどれにするの?」
メイリも鷹の翼にしているのを見ると、前衛組はホークウィングを好んで使っているのだろうか。
『んー、取り合えずこっちかな』
練習用フェアリーウィングを選択して装備すると、背中に何か奇妙な感覚を覚える。振り返って背後を見てみると、半透明で光を反射し七色に輝く、四枚の薄い翅が現われていた。意識を向けてみると耳や尻尾と同じく動かせるようで、ぴくぴくと反応している。
これは慣れるまで結構かかりそうだ。
「リアル妖精がいるよ……」
いや、ここはバーチャル世界なんだけど。僕のジト目に気付いたメイリが、ぽかんと開けていた口を閉じて顔を逸らした。
「流石サンちゃん、妖精さんの羽が似合ってるねー」
背中に純白の羽根を生やしたミィが手をたたきながら褒めてくるが、正直言ってそこを褒められても全然嬉しくないので曖昧に笑って流す。取り合えず集中して羽ばたかせようとしてみると、最初は微妙に動いていた翅は段々と素早く動かせるようになり、ふわりと身体が空中に浮かぶ。
「お、じゃあ軽く慣らしてみるか」
一方で栄司は力強く背中の羽根を羽ばたかせると。あっという間に見えない位置まで昇って行く。何あれ反則だろ。悔しくて羽ばたきの速度を更に上げて、ふらふらと後を追いかけるが全然追いつける気がしない。メイリとミィも簡単に僕を追い越して空へと飛び上がる。何だろう、フェアリーは失敗だったんだろうか。
『あれ、そういえばすあまさんは?』
「……えーっと? あぁすあまか、お前が考え事してる間にギルマス達と合流して先に行ったよ」
そういえばさっきから姿見えないと不思議に思い、フキダシを表示させてから少しの間を置いて上空から栄司の返答が降ってくる。僕的には数分くらいしか経っていないつもりだったのに、意外と没頭してしまっていたのだろうか。
「サンちゃん、手貸して? 羽を動かして飛ぶんじゃ無くて、風に乗る感じで動くの」
泳ぐように手足を動かしても思うように飛べない、戻ってきたメイリが差し伸べた手を掴むと、泳ぎの補助をするように引っ張ってくれるつもりのようだ。有り難いので最初のうちは甘える事にして飛び回るミィと栄司の姿を参考にしながら翅を動かす。
「そうそう、上手だよ」
何だろうこの屈辱感。なんだか無性に悔しいので一刻も早く上達してやろうと気合を入れなおし、翅をピンと伸ばす。鳥はどうやって飛ぶのだろうか、頭の中で風に乗って飛ぶ鳥類の姿を思い描きながら身体を風に預けて、風を受けるように翅の角度を調整する。
「そう、そのまま!」
どうやら挑戦は成功したようで、メイリに手を離されても姿勢は保たれたまま、風に乗って水平に飛ぶ事が出来ていた。ここまでやって気付いたのだが、果たして妖精の翅は鳥類と同じ働きをしているのだろうか……? まぁ、上手く行ったのだからいいか。
「――――!」
見下ろした地面では、風を受けて緑の絨毯が細波のように揺れている。その光景と共に身体中で受ける風が、今空を飛んでいる事を実感させてくれる。背中の翅を動かせば身体は行きたい方向へ進んでくれる。重力から解放されてこのままどこまでも飛んでいけそうな気さえしてくる。
楽しい、興味はあったが空を飛ぶのがこんなに楽しいなんて思って居なかった。できればずっと飛んでいたいくらいだ。それを実現する為には何とかして大会を勝ち抜かねばいけない……厳しい戦いになりそうだけど、おかげで久し振りに本気になれそうな気分だ。
「サンちゃんもやる気だねぇ、でも負けないよ!」
メイリのお陰でコツはつかめた、大きく羽ばたかせて速度と高度を上げるとあっさりメイリが追い抜いて空高く上っていく。やっぱり単純な速度では勝てないか、これは作戦を考える必要がありそうだ。
さぁ、明日の予選に向けて残された時間はあとわずか、頑張ろう。




