Are you ready?
予告通り、真奈美と姫幸のガチバトルを書いていますが、その前にワンクッション、ちょっと良い?話を入れました。
早くバトルを読みたい!という方には申し訳ありませんが、後々重要になってくるので、少しお付き合い頂ければ幸いです。
さて、かつてない規模の大捜索から一夜明け、翌朝。
私はとても眠かった。ちょっと油断したら、そのまま夕方くらいまで二度寝できそうだ。
なぜ、これほど眠いのか。理由は単純。昨夜は徹夜で反省文を書かされていたからだ(私は〆切りに追われる作家の気分を思い知ったわよ!)
結局、布団に潜り込んだのは、もう早朝といってもいいくらいの時間だった。
睡眠時間がとてつもなく短いと、私はかなり不機嫌になる。鏡を見たとき、それが自分の姿だと一瞬認めたくなかったと言えば、分かってもらえるだろうか(詳しいことは敢えて書かないけど、まるでゾンビが墓の底から起き上がって来たような、虚ろな表情をしていた。睡眠不足はお肌の天敵ね!)
で、気分転換に顔を洗ったり、化粧水をつけたり、寝癖を直しているうちに七時になった。
「いってきまーす」
私は、お気に入りの自転車に飛び乗ると、霜が輝く朝の街を、学校へと走り出した。
あまりの眠さに、登校途中、ガードレールにぶつかったり、おばあちゃんを轢きそうになったり、川に落ちそうになったりしたけど、なんとか無事に学校に辿り着くことができた。時計を確認してみると、いつもの1.3倍くらい時間がかかっていた。まあ、そんなもんよね。
教室にはすでに数人のクラスメイトがいた。
「おはよう、真奈美。今日は遅かったのね。なにかあったの?」
そう訊いてくるクラスメイトに、私は曖昧に微笑むしかない。
「もしかして、希ちゃん関係?」
……ひょっとしてバレてる?
関係ないけど、噂の伝達速度でうちの学校に敵うところはないんじゃないかな。
「いや、真奈美って希ちゃんにべったりだから、だれにでも分かるわよ」
……そうか。もうちょっと自重しないといけないのかな、私って。
そんなことを考えていたら、
「真奈美ちゃん、おはよー!」
弾んだソプラノボイスが背後から響いた。昨日の一件もあり、私の心臓は、どきん!と見事な後方二回宙返りを決める。もし私が審査員なら10点を与えているところだ。
振り返った私の目に、希ちゃんの天使の微笑みが映る。
───幻じゃない。私の希ちゃんだ……。
「希ちゃん! 良かったあ、また会えて!」
思わず抱きしめようと飛びかかった私を、希ちゃんは華麗にさっと避ける。おかげで、私は教室のドアに顔面を強かに打ちつけた。
「昨日一日会えなかっただけじゃない。それに、直接話しはしなかったけど、あたしのマジックは見に来てくれていたでしょ。舞台から真奈美ちゃんたちの姿、確認できたもん」
希ちゃんは私の奇行を完全にスルーしつつ、鼻血を出している私にティッシュを渡してくれた。
「潤君たちも一緒だったよね! それから……あのごつい人たちも真奈美ちゃんの友達?」
ごつい人たちというのは、ロリコン同好会のメンバーのことだろう。
なんて答えたらいいものか、少し迷った私は、
「ううん。全然知らない人よ!」
と、柴田君が聞いたら、間違いなく私はただじゃ済まないだろうな、という解答を口にした。
柴田君、並びにロリコン同好会の皆さん。こんなどうしようもない性格でごめんなさい……。
と、一応心の中でみんなに謝っておく。
そうこうするうちに予鈴が鳴り響き、私たちは自分の席に着いた。周りを見ると、私と同じように眠そうな顔をしている男子が数名。
……ほんとに昨日はお疲れ様でした。
担任の沙尾鳥先生のてきぱきした口調で、今日も気だるいHRが始まった。
うつらうつらしつつも、なんとか午前の授業を終え、待ちに待ったお昼休みになった(午前中に、神道先生の授業がなくて本当によかった……)
今まで昼休みのことを書いていなかったから、ちょっとここで説明するわね。
まず、時間は十二時十五分から十三時までの四十五分間。特に用事のない生徒は、ここで栄養補給を行う。高校では数人単位でお弁当を食べたり、購買でパンや飲み物を買ってくることが多い(私は中学までの学校給食、好きだったけどなあ……。ちなみに、給食でのデザート争奪戦は、そのまま購買に受け継がれている)
それから、昼放課を利用して、ちょっとした委員会活動や、部活ごとの集会が開かれることもある(このときだけは、各活動場所での飲食が許可される)
文化祭や遠足の前後は、企画の運営に当たる関係者らの集会が頻繁に行われたため、かなりばたばたしていたけど、いまの時期はみんな教室でのんびりしている。
私もいつものように、希ちゃんや穂花と一緒に、机を囲んでお弁当にありつこうとしていた───が、そのとき。
「希ちゃんはいるかしら?」
鈴の鳴るような愛らしい声が教室の空気を揺るがした。
その変化を肌で感じたみんなは、一斉にドアの方を振り向いた。
研究者の呼称がしっくりくるような白衣姿と、胸に光輝くブローチ。小柄な身体に似合わない、他者を威圧する圧倒的なカリスマオーラを纏って、その少女は静かに登場した。
「姫幸副部長……」
穂花が、畏怖の念を込めて少女の名を呟いた。
そう。その少女は昨日の大捜索でも活躍してくれた、廣野姫幸先輩だった(ついでに書くと、つい先週もうちのクラスに道場破りをしかけてきた困った先輩でもある)
また、希ちゃんに決闘を申し込みに来たのかしら。前回は、あまりに突然の出来事で咄嗟には動けなかったけど、今度からはこの私を通してからに……。
「待って、真奈美ちゃん。ここはあたしに任せて」
立ち上がろうとした私を止め、希ちゃんは一人で廣野先輩と対峙した。
「あたしに何か用ですか、姫幸先輩。勝負なら、この前決着をつけたばかりですけど」
そう言って、廣野先輩を挑発するように、フッと鼻で笑う希ちゃん。
廣野先輩の表情に変化はない。でも、その手が一瞬白衣の内側に滑り込んだのを私は見逃さなかった。
頬をひきつらせながら、廣野先輩が口を開く。
「生意気さは相変わらずのようね。まあ、いいわ。確かに前回の勝負には負けたけど、聞いたところによると、あんた魔術師だそうじゃない。そこで今回は、あんた自身のプライドを賭けた勝負───マジックによる決闘を申し込むわ! 自分の土俵で闘えるんだから、まさか逃げないわよね~、の・ぞ・みちゃん?」
言葉の端々にどす黒いオーラを滲ませながら、希ちゃんを睨みつける廣野先輩。
そのまま、バチバチ!という音が聞こえてきそうな、激しい睨みあいを続ける二人。
一触即発の空気に、教室にいるだれもが自主避難しようと腰を浮かしたとき、私は二人の間に割って入った。
「ま、待ってください! 希ちゃんに近づくなら、彼女の保護者である私を通してからにしてもらえませんか?」
希ちゃんが、“彼女の保護者である”という部分で首をひねる。
「貴女は……昨日、廊下で会った人よね? 佐倉真奈美さん、だったかしら」
「ええ、そうです。昨日は希ちゃんの捜索に協力してくださって、とっても感謝しています。でも、それとこれとは話が別です。希ちゃんにちょっかいを出すというのなら、パートナーの私が黙っていません!」
それを聞いた廣野先輩の目が、すっと鋭くなる。まるで獲物を狙う肉食獣の目だ。
でも、ここで引くわけにはいかない。男には負けられない戦いがあるように、乙女にも避けられない戦があるのよ。
そう。これは私のパートナーとしての適性が試される試練でもあるんだ!
廣野先輩に逆らうという、傍から見れば自殺行為に映る愚挙に出た私を、クラスメイトたちは心配そうに見つめている。
しーん……と静まり返った教室で、私の心臓の音だけがやけに大きく聞こえる。
額に冷や汗を浮かべつつも、私は先輩から視線を逸らさなかった。
それで、先輩も私が本気だと気付いたのだろう。
廣野先輩は、張りつめていた緊張の糸を解くと、
「そこまで言うのなら、特別に貴女と勝負してあげましょう。そうねえ……明日の昼休みに視聴覚室で待ってるわ。そこで、まず“第一の”ゲームをしましょう。詳しいルールは、またそのときに説明するわ」
くるりと白衣を翻しながら、教室を出て行った。
その横顔が優しく微笑んでいたように見えたのは、私の気のせいだったのだろうか。
「まったくもう! 真奈美ったら無茶するんだから! 見てるこっちがひやひやしたよ!」
先輩が教室を出て行った途端、穂花が抱きついてきた。
「ご、ごめんなさい……。でも、これだけはどうしても譲れなかったから」
実際、今でも手が少し震えている。動悸もなかなか収まらない。
……まったく、我ながら情けないったらありゃしない。たったこれだけのことで動揺していたら、とてもじゃないけど、希ちゃんのパートナーなんて務まらない。
そう思うと、急に気分が落ち込んできた。
私、ほんとに廣野先輩に宣戦布告しても良かったのかなあ……。
「真奈美ちゃん」
そのとき、震える私の手を、ぎゅっと優しく包み込んでくれるものがあった。希ちゃんの小さな両手だ。
「ありがとね!」
その無垢な笑顔と、彼女の両手の温かさが、じんわりと心に染みわたってきて、私は思わず泣きそうになる。
「ほんと、佐倉は向こう見ずな奴だよなー。でも、かっこよかったぜ!」
「ああ、あの恐怖の女帝、姫幸先輩に真正面から立ち向かうなんて誰にでもできることじゃないぜ! なあ?」
「うんうん。なんか胸がすっとしちゃった!」
「よし! 明日はクラス全員で真奈美を応援しに行こうぜ!」
「賛成~。文化祭以降、特に面白いこともなかったし、久々に派手にやろうよ!」
「じゃあ、俺は放送部の連中に声をかけてくる。実況があったほうが楽しいだろ?」
「なら、私は───」
気付けば、私はクラスメイトたちに囲まれていた。肩を叩かれ、なぜか握手を求められる。その展開の速さに、私はついていけない。
「ちょ、ちょっと、みんな! なに勝手なことを……」
しかし、私の叫びはみんなには届かない。
「今回のメイド役はだれだー?」
意味不明な方向へ突っ走っていくクラスメイトたちを、私はただ呆然と眺めていることしかできなかった……。
「そりゃあ、ご苦労さんだな。昨日、あれだけ大騒ぎしたのに、また妙なことに巻き込まれるとは。しかも、その種はお前さん自身が蒔いたものだって言うし。まったく……お前さん、一回神社に行ってお祓いしてもらったほうがいいんじゃないか?」
放課後、私は今日の出来事を報告するため、御神木で休んでいる師匠のもとを訪れた。
学校内で恐れられている廣野先輩と勝負することになった原因を伝えると、師匠は呆れながらそう言った。
「わ、私だって、自分でも自制心が足りないのは分かっているわよ。でも、やっぱり、私は希ちゃんを守りたいから……」
私は顔を伏せたまま、師匠に訊いた。
「……ねえ、師匠。私って、希ちゃんのパートナーに相応しいと思う?」
すると師匠は、遠くを見ながら、
「おれは、お前さんが弟子であることを誇りに思うぜ」
私の質問にまったく関係ないことを言った。
どういう意味だろう……。誇りに思ってくれているのはうれしいけど……。
「お前さんは気付いていないようだが、いまの話の中に、お前さんがあの子のパートナーに相応しいという確かな証拠があったじゃないか」
「え? どこに?」
「あの子、お前さんの手を握って“ありがとう”って言ってくれたんだろ? それは、あの子とお前さんの間に確かな絆ができている証拠だ。立派なパートナーになるための第一歩は、主との間に、決して切れない強固な信頼関係を築くこと───それをお前さんはすでにクリアしていたんだ」
「そ、そっか……。良かった~」
「───それから、もう一つ」
「まだあるの?」
「ああ、これはお前さん自身が秘めている才能に近いものだがな。いざこざが終わったあと、クラスメイトはお前さんの周りに集まってきた。それも、みんな顔を輝かせて。───昨日の一件もそうだが、良くも悪くも、お前さんには人を惹きつけるなにかがある、ということだ」
「人を惹きつける力……」
「そう。だから、お前さんはもっと自分に自信を持て。まあ、胸張ってパートナーを名乗れる日はまだ遠いけどな」
師匠の言葉が、心の中に深く、深く響きわたった。
……うん。なんだか元気が湧いてきた。
「ありがとうございます、師匠! おかげで明日の勝負、全力で臨めそうです!」
「あまり力むなよ。大事なのは勝負の結果じゃなくて、お前さんがあの子を思う気持ちだからな」
「はい!」
私は鞄を持つと、師匠に頭を下げて、公園を飛び出した。
走る真奈美の背中を見守りながら、
「まったく……自分自身のこともよく分かっていない子供の世話は疲れるぜ」
名も無い黒猫は、優しく呟いた。
はい、前振りはこれで終了です。次から、二人の対決に入ります。
しかし、読み返してみると、なんか姫幸先輩が悪者のように見えてきますね(苦笑) でも、注意深く読むと、姫幸も真奈美の決意を認めていることが分かる描写を入れてあります(どこかはすぐに分かるかと思いますが)
では、引き続き、真奈美の活躍を楽しみにしていてください。