キリンの正体を見破れ!!
久々に潤たちが加わり、かなりにぎやかになる第七話です。
かなり性格の濃い新キャラも登場するので必読ですよ~(笑)
───夢を見ている。
そう遠くない将来、おそらく十数年後くらいだろう。
一人の小さな女の子が屋外に作られた巨大な舞台の上に立っている。
背丈よりも長い漆黒のコートを羽織っており、かすかにだが、その細い首に紫色のネックレスが輝いているのが見える。
長いツインテールが風に煽られ、彼女の背後に付き添う満月を横切るようになびく。
瞳の色は、すべてを飲み込むような黒。その眼差しには一片の迷いもなく、己の力量を心の底から信じているような自信に満ちている。
数多の場数を踏み、己を一心に磨いてきた彼女にとって、もはや恐れるものは何もない。
少女はペンダントを一度強く握りしめると、観客に向かって優雅に一礼した。
途端に湧き上がる大歓声。国籍も年齢もばらばらだけど、どの客も彼女の魔術に対する期待から、まるで子供のように顔を輝かせている。
拍手と歓声が収まると、少女は片方の腕を頭上に上げ……パチンッと指を鳴らした。
───それが引き金となり、辺りは一瞬にして彼らが信じている現実から切り離された。
彼女の周りに炎が渦巻き、夜空を紅蓮に染め上げる。それだけではない。彼女が腕を振るたびに、炎は青白い軌跡を描いて宙を舞い、漆黒の夜空にそれはもう見事な光の紋様を描きだした。
その、大胆かつ高度な、そして何より力強い魔術に、人々は息をするのも忘れ、ただただ見入ることしかできなかった。
現れたときと同様、唐突に炎が消失すると、今度は彼女自身が動いた。
空中遊泳、人体切断、瞬間移動、物質念動……目の前で繰り広げられる数々のイリュージョンは、人々を遠い世界へと誘う。
そして、すべての奇術が終わったとき、舞台のどこにも少女の姿はなかった……。
「希ちゃん!?」
自分でも信じられないくらい大声を上げて覚醒した私に、クラスの全員が注目する。
「どうした佐倉。成績優秀のお前が授業中に居眠りするとは珍しいな」
数学教師の神道先生まで、数式を書くのを一旦止め、私に怪訝そうな顔を向ける。
血も涙もない鬼教師の名で知られる神道先生の授業で居眠りなどしたらどうなるか。
それは授業のあとで職員室に強制連行された生徒が、涙目になりながら、両手で抱えきれないほどの補習プリントを持って戻って来たことからある程度は推測できるだろう。
その恐怖が全身を駆け巡り、寝ぼけていた私の意識を完全に復活させた。
「す、すみません! 今後は気を付けますので!」
とりあえず先生に謝ってから、私は改めて状況の分析を進める。
えーっと、いまは六時限目───本日ラストの授業だ。
時計の長針が半周ほど進んでいることから判断すると、私はいつのまにか意識を失ってしまったみたいね。普段はこんなこと絶対にないのに、今日は疲れが溜まっていたのかなあ……。
それにあの夢。あれは十数年後、希ちゃんが世界一の大魔術師として舞台に立ったときの様子を表していたのだろう。希ちゃんは相変わらず背が低くて、やっぱり小学生がコスプレしているような滑稽さがあったけど、他者の追随を許さない驚異的な腕前は、彼女の魔術師としての素質がついに開花したことを物語っていた。
でも……夢の最後に感じた妙な胸騒ぎはなんだろう……。
希ちゃんは舞台から姿を消した。それは演出なのだろうけど、私はなぜか、希ちゃんがどこか遠くへ行ってしまうような根拠のない不安に駆られてしまった。
「そういえば……」
私は斜め前方の空っぽの席に視線を向ける。
「希ちゃん、どうして今日学校休んだのだろう。昨日はすごく元気そうだったのに……」
もうクラスにすっかり馴染んでしまった小柄な後ろ姿が、今日は見えない。
朝から何度か希ちゃんの携帯に電話をかけてみても、電源が切られているか、電波の届かない場所にいるみたいで繋がらなかった。
ぽっかりと空いた席に漂う、空虚な渦が私の不安を増大させる。
もしかして、希ちゃんは……。
嫌な想像が頭を支配しようとしたとき、キーン、コーン、とチャイムが鳴り響き、授業が終わった。
「どうしたの、真奈美。顔色悪いよ?」
全校清掃が終わり、帰りのHRの時間。私のすぐ前の席に座っていた女子───暁美穂花が、心配そうに尋ねてくる。
「う、うん。ちょっと、ね……」
「もしかして、希ちゃんのこと?」
言い淀む私の心境をぴたりと当てる穂花。
彼女とは小学校からの長い付き合いだけあって、お互いの心理状態を見抜くのはそう難しいことじゃない。どんなに表面上は元気に振る舞っていても、彼女は私の気持ちを透視してしまった。
「希ちゃんが休んだ理由について、なにか知らないかしら?」
とにかく少しでも情報が欲しい私は、それとなく穂花に訊いてみる。なんでも文芸部の副部長さんがかなりの情報通らしく、そのせいもあってか、部員である穂花も時々妙なことを知っているからだ。
「う~ん、そうねえ……。つい先週、うちの副部長が希ちゃんに決闘を申し込んだのは真奈美も知っているでしょ? あの勝負の行方は私も知らないけど、普段うれしいことがあると得意げに自慢する副部長が、あの日を境に精神が放心状態を彷徨っていることから判断すると、おそらく決闘に敗れたのでしょうね。副部長は人一倍プライドが高い人だし、みんな今はそっとしておいてあげているから、私も詳しいことは分からないのよ。ごめんね、役に立てなくて」
「ううん、いいの。私の方こそ、ごめんなさい。いつも穂花を便利屋のように利用しているみたいで……って、へ? その副部長さんってまさか……」
「あ、真奈美には言ってなかったっけ? いかなるときでも、頭脳明晰、冷静沈着。ときには厳しく、ときには優しく後輩を導く、才色兼備の女帝───廣野姫幸先輩よ」
「えええぇぇぇえええぇぇえええ!!?」
文芸部の副部長って廣野先輩だったの!?
───ってことは待って。少し落ち着いて整理してみよう。
私は脳内で廣野先輩のプロフィール情報を更新する。
本名:廣野姫幸。学年:3。
外見:希ちゃんと同じくらい背が低く、特定のファンも多数存在するという。
所属部もしくは委員会での地位:美化委員会委員長。文芸部副部長。化学部書記。
備考:“命が惜しければ、廣野姫幸には逆らわないこと!”という裏校則まで存在するほど、全校生徒から恐れ敬われている少女。もし逆らった場合、その人の人格が変わるとまで囁かれている。
つい先週、うちのクラスに道場破りのように侵入してきては、清々しいほどの大声で希ちゃんに決闘を申し込んでいた。案外、小細工なしで正々堂々勝負する人なのかもしれない。でも、なんで希ちゃんを敵視(というかライバル視?)しているんだろう……。
いずれにせよ、私の希ちゃんにちょっかい出してきた以上、廣野先輩とは近いうちに雌雄を決する必要がありそうね。
私は廣野先輩のプロフィールデータを閉じる。
しかし、ほんとに困ったなあ……。せめて、希ちゃんから連絡の一つでもあればいいのだけど……。
そんな私の気持ちが通じたのか、鞄の奥にしまっていた携帯電話がぶるぶると振動した。
私は弾かれたように、急いで携帯電話を取り出し、受信メールを確認する。
「希ちゃんからだ!」
「良かったじゃない、真奈美。希ちゃんの安否が確認できて。まったく、真奈美はパートナーが一日休んだだけで大げさなんだから。ま、気持ちは分からないでもないけど。───それで、なんて書いてあるの?」
「………………」
「……真奈美?」
私は答えられない。なぜなら、メールには次のように書かれていたからだ。
真奈美ちゃん、早く来て!
今夜はついにあたしの番なの! 場所は、えっと……あ、窓から大きなキリンさんがたくさん見える所だよ。
とにかく急いで! 希
真っ青になっている私の横から携帯を覗き込むようにしてメールを読んだ穂花も顔色を変える。
「これって……ひょっとしてSOSメール?」
そう呟く声が震えている。
私は、あのとき脳裏をよぎった不吉な予感が的中したことを悟った。
大変だ……。希ちゃんがだれかに誘拐されちゃった……。
おそらくこのメールは、監禁場所で犯人の目をうまく盗んで素早く打ったものなのだろう。文章からびしばし伝わってくる切羽詰まった空気を感じ、私の胸まで苦しくなる。
「と、とにかく早く希ちゃんを助けに行かないと……!」
「ま、待って、真奈美。助けに行くって言っても場所が分からないんじゃ……」
鞄を引っ掴んで教室を飛び出そうとする私の背後から、穂花の冷静な声が追いかけてくる。完璧な正論に、私は逸る気持ちをぐっと堪えて立ち止まった。
「そ、そうよね。まずは監禁場所の目星をつけないと……」
私は改めてメールを見る。
“窓から大きなキリンさんが見える”というからには、真っ先に考えられる場所としては市内の動物園が候補に挙げられるけど……。
「ねえ、穂花。この近辺の動物園すべてを捜索するのにどれくらい時間がかかる?」
「うーん……市内だけでも大きい所が二か所、ふれあい広場みたいな小さなものも合わせると三か所あるから、間違いなく今日中にすべての動物園を回るのは無理ね。それなりの人手があれば別だけど」
「そう……だよね」
でも、それじゃあ駄目なの!
私の目に、“今夜はついにあたしの番なの!”という叫びが、希ちゃんの死刑宣告のように映る。今日中に助け出さないと、希ちゃんの命は……。
「───って、ちょっと待って、穂花。いま“人手があれば別だ”って言った?」
「う、うん。大人数でそれぞれの場所を分担して探せば、それほど時間はかからないと思う。動物園自体は広くても、キリンが見える建物は限られると思うし」
「───それよ!」
「へ?」
困惑した表情を浮かべる穂花を教室に残して、私は旧校舎にあるロリコン同好会(正式名称、『みんなで希ちゃんを守ろう』)の部室に駆け込んだ。
「はあ……はあ……柴田君、いる!?」
息を切らしながら部室に飛び込んだ私に、二十人以上いた会員全員(そのほとんどは男子で構成されている)が注目する。
「どうした真奈美。そんなに慌てて」
部室の一番奥───豪華なソファー(ちなみにこれは、今は使われていない空き教室にあったのを勝手に持ってきたものだ)に腰を沈めた、がっしりした体格の男子が渋い声を響かせた。
柴田陽炎。一応私と同じ一年生なんだけど、背がかなり高くて、部室にいるときは常に特攻服のようなものを着ているからか、暴走族の頭のようなアブナイ印象を受ける(でも、グラサンではなくインテリ眼鏡をかけているあたりが、なんともミスマッチでキュートだ)
そして信じられないことに、このロリコン同好会の会長でもある。
「じ、実は……希ちゃんが誘拐されちゃったのよ!」
「なにぃ!? それは一大事じゃねえか!!」
大柄の体躯に似合う咆哮を上げ、ソファーの前にあるテーブルを、どんっ!と拳で叩く柴田君。その衝撃でテーブルの上に置いてあった、ありとあらゆる物が十センチほど跳ね上がった。
「おい、真奈美。その話、詳しく聞かせろ」
私は彼に例のメールを見せ、ついでに自分の推理を三十秒ダイジェストで説明した。
「なるほど。要するに、近辺の動物園を片っ端から当たって、希ちゃんを誘拐した野郎を口もきけねえくらいにシバけばいい訳か」
柴田君の手の中で、まだ中身が入っているオレンジジュースの缶が、ぐしゃ!っと握りつぶされた(ちなみに彼は自分がまだ未成年であることを自覚しているのか、お酒は飲まない。なんとも中途半端な几帳面さを持つ性格だ)
「おい、野郎ども! 会員総出で希ちゃんを捜せ! いいか、お前らの命に代えても絶対に見つけろ! 今こそ───お前らの希ちゃんへの愛が試されるんじゃねえのか!!」
『うぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!』
力強い鬨の声が、部室の空気をびりびり震わせた。
「真奈美、これを持っていけ」
自分が汚したテーブルを律義に拭き終えた柴田君は、小型の携帯用無線機が入ったビニール袋を私に放ってよこした。捜索範囲がかなり広範囲にわたるため、なにかあったらこれで連絡しろ、ということらしい。
「いいか。もし犯人を見つけても、お前一人で突っ走るんじゃねえぞ。必ず、俺に連絡を入れろ。いいな?」
「分かった。ありがとう、柴田君」
「ふん。礼なら無事に希ちゃんを救い出してから言いな」
仲間を気遣う優しさを持つ彼にもう一度頭を下げてから、私は部室を飛び出した。
一年棟の校舎に戻る途中、渡り廊下をこちらに向かってふらふら歩いてくる小さな影を見つけた。裾の長い白衣姿と、その胸に光輝くブローチが、遥か高みに立つ者特有のオーラを醸し出している。
あれは……、
「廣野先輩!」
気が付けば、私は先輩に近づいて、その手を取っていた。
「な、何なの、あなた?」
困惑した声を上げる廣野先輩の手をより一層強く握りしめ、私は涙ながらに訴える。
「私は一年五組の学級委員長を務めている、佐倉真奈美と言います。実は今日、私の親友の希ちゃんが誘拐されてしまって……彼女を救い出すために、どうしても先輩の力をお借りしたいんです。お願いします! 私たちを助けてください!」
「ちょっと、まずは落ち着きなさい。話が見えないわ。ええと、あの小娘が誘拐されたって本当なの?」
私は頷き、事のあらましを手短に説明した。
「先輩の情報網なら、希ちゃんの監禁場所をすぐに特定できるのではないかと……」
幾ばくかの希望を込めて言った私の台詞は、
「ふん。どうして私があんな小娘のために一肌脱がなきゃいけないの?」
という冷たい言葉で返されてしまった。
「そ、そんな……」
今にも泣きそうな私を廣野先輩はしばらく見つめていたが、やがてフッと微笑むと、
「───しょうがないわね。今回は特別よ」
ポケットからハンカチを出して、「ほら、涙拭きなさい」と私に渡してくれた。
「ほ、ほんとにいいんですか!? ありがとうございます!」
※真奈美は知らなかったが、姫幸だって人の子。普段は冷たく装っていても、後輩を思いやる心はちゃんと持っている。たとえそれが、自分と本気で勝負したライバルであったとしても。
「言っておくけど、私が協力してあげるのは、その……希ちゃんがいなくなると、こっちとしても張り合いがなくなるからであって。決して、あの小娘のためなんかじゃないんだからねっ!」
やや赤面しつつ、ぷいっとそっぽを向きながら言う廣野先輩は、校内に広がっている恐ろしいイメージとは違って、とても可愛らしかった。
私は先輩のプロフィール情報をさらに更新する。
───廣野先輩は、後輩思いの優しい人である(でも、ちょこっとだけツンデレ要素も入っているのかな?)
「さて、そうと決まれば、私は早速すべてのネットワークを駆使して小娘のいそうな場所を洗い出してみるわ。ええと、真奈美さん、だったかしら? あなたは戸川先生のクラスにいる潤ちゃんにも協力を求めてきなさい」
「潤ちゃん……って、参道潤君のことですか?」
「そうよ~。潤ちゃんはああ見えてやるときはやる子だから、きっと役に立つはずよ」
「ええぇぇえええ!! 希ちゃんが誘拐されたああ!!?」
廣野先輩の助言通り、三組の教室に残っていた参道君にも事件の荒筋を伝えると、彼はクラス中に響くような大声で絶叫した。
「おいおい、マジかよ?」
「ちょっと佐倉さん。それって本当なの?」
たちまち、悲鳴に反応した数人の生徒が急ぎ足で私たちのほうに近づいてくる。その顔触れに私は心当たりがあった。あまり話したことはないけど、以前希ちゃんに紹介してもらった人たちだ。なんでも、希ちゃんがこの学校に転校してくる前に、彼女の歓迎パーティーを企画してくれたんだとか。
彼らを信用に足る人物だと判断した私は、本日四度目となる説明を繰り返した。
「うーん、確かに動物園は妥当な線をいっているとは思うけど、この文だけだと確証はないわね」
メールを覗き込んでいた穂村さんが、難しい顔をして言う。
「そうねえ、穂村の言うとおりだわ。大体冷静に考えて、希ちゃんを誘拐するような人が、わざわざ人が大勢集まる動物園なんかを監禁場所にするかしら? もし私が犯人なら、もっと人目につかない、寂れた場所を選ぶわ」
的確な推理を口にするのは、三組の学級委員長でもある絵桐時葉さんだ。
絵桐さんとは、時々委員会で一緒に活動することがあるけど、いつも、その頭の切れの良さに私は舌を巻くしかなかった。
「だよなあ。俺も委員長の意見に賛成……ん? いや、待てよ。いま思いついたんだけど、希ちゃんって子供っぽいから、一緒に動物園を歩いても親子のように見られて逆に怪しまれないんじゃ……」
得意げに自分の推理を語っていた鈴笠君の言葉が途中で途切れる。絵桐さんが、泣く子も黙るほどの鋭い眼光で彼を睨みつけたからだ。
“あなたは黙っていなさい”と、優しく微笑みながら目で訴える絵桐さんの迫力に押され、鈴笠君はがくがくと頷いた。
「それに、この“今夜はついにあたしの番なの!”って下りも気になるしね。これを誘拐事件として見るなら、“今夜、命を狙われるのは希ちゃんの番”というふうに捉えられるけど、僕はなんか違うような気がするんだよね。これは単純に、希ちゃんの“出番”という意味だと思う。なんたって、彼女は魔術師でもあるからね。奇術を披露するためのステージが用意されていたって別に不思議じゃない」
「で、でも、朝から希ちゃんの携帯は繋がらなかったし、万が一ってことも……」
「うん。もちろん、誘拐事件である可能性も否定はできないから、僕たちも捜索に協力するよ。鈴笠は姫幸先輩の手伝いを、穂村と委員長は町外れの動物ふれあい広場を、僕は太谷さん、宝生と合流して中央動物園を当たってみるから」
『了解!』
───こうして、多くの人員を投入した、かつてない規模の大捜索が始まった。
「おい、お前ら! それぞれの状況を伝えろ!」
「こちら、中央動物園B-3区域。今のところ、不審者は見当たりません!」
「キリンは現在、えさを食べている模様です!」
「馬鹿野郎!! だれがキリンを観察しろ、って言った! 希ちゃんを捜せ!」
「暗号名前γです。現在、動物ふれあい広場を捜索中でしたが、係員の方に不審者と間違われて事務所のほうに……」
「どんな格好で捜索してたんだ、てめえは!? ちっ、使えねえ野郎だ」
「柴田会長、こちらεです! 東動物園にて、とっても可愛い幼女を発見しました!」
「“希ちゃんを捜せ“って言ってんだろうがっ!!」
「え、ほんと!?」
「真奈美! てめえも反応するんじゃねえ、このロリコンが!」
「ご、ごめんなさい。つい……」
「伊紀、ずっと愛してるよ」
「やだ、知景ったら。こんな時に……」
「……ねえ、委員長。このトランシーバーの電源切っていいかな?」
「……奇遇ね、参道君。私もちょうど同じことを考えていたわ。穂村、そっちはどう?」
「うーん……希ちゃんらしい子は見当たらないなあ……。と言うか、もうすぐ仔犬のショーが始まるみたいで、人が大勢集まってきて身動きが取れない……」
「潤。聞こえるか?」
「鈴笠!? うん、聞こえるよ」
「いま、姫幸先輩と、中央動物園、東動物園、動物ふれあい広場に設置されてある監視カメラの映像をチェックしているんだが、どこにも希ちゃんは映っていない。どうやら、入園してもいないみたいだな」
「……どうやって、そんな映像を……」
「世の中には、知らない方が身のためになることがたくさんあるんだ」
「とにかく分かった。すると、やっぱりこれは誘拐事件なんかじゃなくて……。鈴笠、姫幸先輩に頼んで、この近辺で今夜行われるマジックショーを片っ端から調べてみてくれ!」
「了解! 少し時間かかるだろうけど、やってみる!」
手に持ったトランシーバーから、カオスな情報がひっきりなしに雪崩れ込んでくる。
その中から必要な情報だけを取捨選択し、児童公園の中にある御神木───黒猫師匠のもとへと急いだ。
「───というわけなの……。私、どうしたら……」
「ぐだぐだと泣きごと言うんじゃねえ。パートナーがしっかりしないでどうするんだ」
「でも、希ちゃんの居場所が……」
「ふん。お前さん、おれを誰だと思ってる。おれに分からないことは何もない」
「!? 師匠には場所の見当がついているのですか!?」
「ああ。動物園じゃないとしたら、考えられる場所はあそこしかねえ」
“ついてきな”と語る黒猫師匠の背中を追って、私は再び街中を走りだした。
向かった先は、造船工場の近くに建てられた臨海体育館だった。
よく、この地区の大会が行われる場所で、私も夏に運動部の応援で来たことがある。大きな正面玄関には“脅威の大マジック!? あの天才魔術師が、親子で新しいイリュージョンに挑戦!!”と書かれた巨大なポスターがはためいていて、見に来たお客さんが長蛇の列を作っていた。
「ほら。あのメールに書かれていた“キリン”の正体はあれだ」
師匠が顎で示した先には、
「あ……」
淡いライトの光で照らされた、造船工場のクレーンがいくつも立ち並んでいた。その輪郭がまさにキリンそっくりだったのだ。
「やっぱり、僕の予想通りだったね」
背後から投げかけられた声に振り向くと、今回の大捜索に参加してくれたみんなが集結していた。その輪の中から、柴田君がのっそり進み出ると、ドスの利いた低い声で、
「ま・な・み。───今回はつまり、てめえの壮大な勘違いだったというわけだな」
「え? あ、あはは……。ま、まあ、そういうこともあるわよね。そ、それに、ほら、近頃みんな運動してなかったから、気分転換になってちょうど良かったかなあ、なんて……」
冷や汗を垂らしながら、必死に弁解する私。師匠のほうをちらっと見ると、“あとはお前さんがなんとかしな。おれは知らん”と、すたすた歩いていってしまった。
ば、万事休す……。
「帰ったら、たっぷり反省文書きやがれ!!」
「ご、ごめんなさいぃぃいい!」
───この日、私は誓った。もっと冷静な思考を心がけるように努力しよう、と。
あ、希ちゃんのマジックは大成功を収めましたとさ。
さて、今回は非常に多くのキャラに走り回ってもらいました。
それぞれの出番は少なかったですが、やっぱりみんな揃うとテンション上がりますねー。
次回は、真奈美 vs. 姫幸先輩のガチバトルになる予定です。そちらもどうぞお楽しみに!
では。