第2の暗号
前話投稿から2年も空いてしまってすみません(土下座
ようやく執筆再開できそうなので、また真奈美たちの物語にお付き合いいただけたら幸いです。一応最初に真奈美の独白を入れましたが、本編の内容覚えている方は飛ばしても構わないです←
みなさん、こんにちは。佐倉真奈美です。
お久しぶりの人には、お久しぶりです!……って書きたいんだけど、もう登場人物の大半を忘れている人もいるじゃないかな。
だって、2年よ、2年! 作者がなにに現を抜かしていたのかは知らないけど、これってヒドイと思わない? もしアラカルト内でも時が流れていたとしたら、私たちはもう高校を卒業してしまっているのよ。青春まっさかりの時期を空白で過ごすなんて、考えただけで末恐ろしいわ。あ、でも待って。高校卒業ってことは、めでたく18歳になってるってことよね。つまり、私と希ちゃんがいくつものデートの末、ようやく結ばれて……きゃっ、やだやだ、私ったらなに考えてるの。
え、お前のその濃いキャラだけは覚えているから安心しろ? むしろ、アラカルトって希ちゃんを愛でるロリコンストーリーだろ、ですって?
し、失礼ね! 後半は間違ってないけど、私をいつまでも変人扱いしてもらっちゃ困るわ!
これでも黒猫師匠の指導のもと、今までいっぱい謎を解決してきて、推理力もずいぶんついたんだからね。“超天才女子高生探偵、佐倉真奈美”として新聞の一面を飾る日も近いわ! ……なんか白い目で見られてる気がするけど無視!
さて、そろそろ本編に話を戻すわね。
前回(2年前……ため息……)までの内容を軽くまとめると――。
「鍵のかかってない密室事件」の謎を解いた私、希ちゃん、鈴笠君の三人は黒猫師匠の提案で、“黒猫部”の設立を決心する。活動内容はまだ具体的に決まってないけど、生徒が抱えている悩み、謎なんかを下駄箱で募集。それらを鮮やかな推理で次々と解決していく部みたい(いまどき下駄箱なんて古いと思うんだけど、師匠の鋭い眼光の前では黙殺するしかなかった)
あ、もちろん、新しい部の設立には生徒会の許可が下りなければならない。
活動目的とか業績の記録(体育系なら大会への参加は必須、写真部ならフォトコンテストへの応募など)、顧問の先生といったメンドクサイ事項を申請用紙に記入して提出。無事、会議で申請が通れば、“予算の出る”ちゃんとした部と認められるわけ。
ここ重要なポイントね。毎年の予算会議では、絶叫と悲鳴の渦に包まれる、と言われるほど阿鼻叫喚の地獄絵図と化すらしいわ。
ちなみに、予算の出ない――非公式な団体も時修舘高校にはたくさん存在する。主に個人や数人規模の同好会が多いけれど、私が所属しているロリコン同好会みたいに大人数で活動しているところも少なくない(最近は、「ロリコン同好会 vs. 生徒会」が時修舘の名物入りしているけど、否定できないトコロが悲しい……)
で、でも、幼女の魅力がわからない生徒会だって悪いのよ! 「まっとうな学生活動に反する」とか言いがかりをつけて、みんなで苦労して買った『魔法少女ノゾミちゃん 豪華特装版Blu-ray box』を押収しようとしたんだから!
今や社会現象にもなっている『ノゾミちゃん』を否定するなんて、罰当たりにも程があるわ!
――と、熱く語りすぎて脱線しちゃったわね。この戦争は後日詳しく書くからお楽しみに!
で、各部活が予算会議以上に力を入れるイベントがある。
そう。新入生歓迎会だ。
校門前は特に激戦区で、新入生からすれば、ハイエナの群れに飛び込むほうがまだマシじゃないかと思えるほど。大量の新歓チラシが花吹雪のように空を舞い、その日の清掃時間が5倍になった伝説がある。派手に騒ぐのはけっこうだけど、できれば体育館でのメインプログラムだけに留めてほしい(どさくさに紛れて、私の希ちゃんを誘拐する不届き者がいないとは限らないからね!)
まぁ、誘拐はさすがに考えすぎだったけれど、接触してきた部活は一つだけあった。
波長の合わなさそうな二人組。そして”暗号で書かれた”勧誘チラシ。
彼らが何者かはわからない。でも、普通の部じゃないことは確かだ。
その後、鈴笠君も交えて見事暗号を解読した私たちは、チラシの指示通り、3年2組の教室へ向かうことにしたのだった。
※
「佐倉さんはこの連中をどう見る?」
前を歩いていた来也が後続の二人を振り返る。
「ん~、とりあえず生徒会公認の部ではないと思う。部員が少ない、というのもあるけど、やっぱり気になるのはこの紙」
真奈美は改めて勧誘チラシに視線を落とす。
「公式部ならせめて『部の正式名称』をどこかに記入するのが普通よね。それさえも書かれていないということは、まだ設立に至ってないとも推測できる」
「こういう考え方もあるよ。部の活動内容が生徒会にバレたらまずい、あるいは面倒な場合。だから暗号にして、万が一生徒会の人が見てもわからないようにしたんじゃないかな」
「いや、その説は成り立たないよ、希ちゃん」
それ以上の推理を来也が遮る。
「暗号にはこう書いてあったよね。”3年2組の教室で待っている“と。もしこの連中がなにか悪巧みを考えているとしたら、一般生徒が利用する通常教室を指定場所にしたりしないよ。少なくとも生徒会室から遠く離れた教室か、もっと人気の無い場所を選ぶはずだ。ただ、この場合も実は難しくてね。部室棟はすでに全教室が割り当てられているし、特別教室も強盗事件の一件以来、鍵は警備会社が保管している。自由な校風がウリの時修舘でも、そろそろ部活・同好会の数が飽和状態に近づいているんだ。
さて――そうなると、申請の審査も以前と比べて厳しくなるのは明白だよね。よほど有意義な部でないと、会議で通るのは難しい。この状況で、“部員二名、活動目的不明瞭”は自分から落としてくれと言っているようなものだよ。きっと連中は、心の底から“部を作りたい”とは思ってないんじゃないかな」
「なるほど。それなら新入生の確保に積極的じゃなかったのも頷けるわね。彼らにとって新歓は二の次。本当の目的は別にあるってことね」
「うん。希ちゃんが言ったように、”この暗号が解けるか試す”っていうのはイイ線じゃないかと思うんだ。もっとも、おれの解釈は”暗号を解けた者だけに用がある”、つまり、このチラシは一次試験的な役割でしかなく、その先に真意が隠されているとみている」
「へぇ~、すごいんだね、来也君! まるで潤君みたい!」
その言葉で、名探偵のカテゴリに自分が含まれていないと悟った真奈美は、途端にイジケモードになる。
なによ、なによ。希ちゃんってば、最近参道君にべったりしすぎじゃない?
そりゃ参道君の推理力は私も認めているけど、私だって(所々)活躍はしているんだからね! 二年生編では絶対にポイントを稼いで、希ちゃんとイチャイチャ……じゃなくて、最高のコンビだってことを証明してみせるわ!
「この頃、佐倉さんの考えていることが分かるようになってきたのが悲しい……」
そう呟く来也を無視し、真奈美は威勢良く目の前のドアを開け、3年2組へと足を踏み入れた。
「ねぇ、永井先輩、そろそろ帰りませんか。今日は部長も大学の講義で来ませんし、半日であの暗号を解ける生徒がいるとは思えません」
「……相変わらず吾君は気が短いわね。出題者が初日から帰っていいわけないでしょう。せめて下校の予備鈴が鳴るまで待ちなさい」
「えぇ~、でも今日は待ちに待った『月刊超難問暗号パズル』が……」
「黙りなさい。なんなら、その鞄の中身を生徒会室でぶちまけてもいいのよ?」
「……大人しく待機します」
女生徒の暗い瞳に気圧され、男子生徒はしぶしぶ椅子に腰を戻した。
ふーん、あの二人が例の……。
声をかける前に、真奈美は仔細に二人を観察する。
外見は概ね希ちゃんの説明通り。男子生徒はひょろりと背が高く、気だるい空気を纏っている。女生徒はいかにも理屈で考える、お堅い委員長タイプ。でも絵桐さんとは違い、必要なとき以外は干渉しなさそうって感じ。今の会話も、痺れを切らしたのっぽからようやく切り出したのだろう。さっきまではお互い無言だったに違いない。
それからもう一つ――。
「ねぇ、真奈美ちゃん。あたしの推理通り、やっぱり三人目――部長さんがいたんだよ。でもその人は大学生だから、新歓のときにはいなかったんだ」
希が小声で真奈美に耳打ちする。
そう。これで謎の一つが解けた。彼らを実質まとめているのは、大学生の先輩なのだろう。時修舘では卒業してしまっても、OB・OGとして時々部に顔を出すことは認められている。もちろん、引退するときは部長の座も後輩に引き継がないといけないが、彼らが今でもその先輩のことを部長と呼んでいるのは十分ありえる話だ。
そこまで推理してから、真奈美は思いきって声をかけた。
「あの、あなたたちですよね。このチラシの暗号を作ったの」
二人は同時に真奈美らの方を振り向き、
「あら、もう解けた人がいたのね。けっこう手こずるかと思ったのにやるじゃない」
「そうですよ。僕らは正式な部ではないですけれど、一応『暗号部』として活動しています。部員は僕ら二人と、OBである先輩が一人。暗号好きが集まったユルいコミュニティみたいなものです」
二人はそれぞれ、永井美空、吾太子と名乗った。なんだか三国志に出てきそうな名前で面白いじゃない。
「どうして、吾を“いのうえ”って読むんですか?」
希の質問に、太子は悪戯っぽい笑みを浮かべて答えた。
「五十音表だよ。吾は本来“あ”と読むけれど、五十音で見た場合、“い”の上になるじゃないか」
「流石、暗号部ですね。いきなり漢字クイズとは」
来也もこれにはウケたようだ。
「この名前のおかげで暗号に夢中になったくらいだからね。小さい頃、たまたま本屋で見かけたパズル本に漢字の読み当てクイズが載っていて、そこから謎解きに興味を持ち始めたのがきっかけだったな。君たちもその手の本を読んだりするのかな?」
「うーん、おれは情報処理関係だな。セキュリティとかそういうの。でも暗号化についても勉強したからパソコンで解読するのは得意さ。チラシの暗号もコイツを使わせてもらったよ」
少し自慢げにノートパソコンを取り出す来也。その後に真奈美も続く。
「私は推理小説がメインね。いつかシャーロック・ホームズと肩を並べる名探偵になるのが夢なの。この黒猫部の設立も夢への第一歩ってわけ」
「黒猫部? 変なネーミングセンスね。不吉そうな響きだわ」
……それは師匠に言ってください!
同じ感性の人がいて嬉しい反面、なんとも複雑な気持ちになる。
「――と、いつのまにか雑談になってたわね。本題に入るわ。まず、チラシの暗号を解けたことについてはおめでとう。アレを解読したのはあなたたちが初めてよ。きっと部長も喜ぶと思うわ」
でも、と美空は人差し指を真奈美に向ける。
「チラシの暗号はほんの挨拶代わりよ。解けて当たり前のレベル。それくらいで天狗になってもらっちゃ困るわ」
な、なによ、この人。私たちしか解読できてないのに失礼しちゃうわね!
おまけにこの“超上から目線”の言い方も気にくわない。
『喧嘩上等』が口癖のおじいちゃんじゃないけど、ここはびしっと言い返してやろうじゃない。
そう思って口を開きかけたが。
「ただし、これから出す暗号を解くことができたら認めてあげてもいいわ。あなたたち、ええと……黒猫部さんの実力を。どう、挑戦する気はある?」
不敵な笑みを浮かべて挑発の視線を投げる美空。
むかっ。あの顔は絶対私たちを侮っているわね。
いいわ。その勝負受けてあげようじゃないの。
どんな暗号か知らないけれど、即座にぎゃふんと言わせてあげるんだから!(「ぎゃふんって何?」という希ちゃんの疑問は、ジェネレーションギャップを感じたので聞かなかったことにする)
「ふふ、威勢がいいわね。では早速――」
美空は鞄から1枚の紙を取り出し、真奈美に渡す。
どれどれ。希と来也にも見える位置で紙を広げて――真奈美は思わず目が点になった。
次はある小説の一部である。
では、この小説のタイトルを答えなさい。
305D306E4E0030644E003064304C305D306E524D306E63A87406306B57FA30653044306630443066
3057304B30824E0030644E003064306F53587D14306830443063305F63A8740630924E003064306A304C308A7BC9304F30533068306F、30553057306696E3305730443053306830583083306A3044
3057304B308B5F8C306B308230574E2D9593306E63A8740630923053306830543068304F6D88305753BB30633066
305F306051FA767A70B930687D508AD6306030513092793A305930683059308B3068
5B893063307D304F306F3042308B304C30683082304B304F76F8624B309230733063304F308A3055305B308B52B9679C306F534152063060
無数に並ぶ数字とアルファベットに頭がクラクラしてくる。換字式暗号だろうとは予想はつくけど、どこから手を付けていいのかさっぱりわからない。これは本当に難問だわ……。
「……これはアレじゃないかな。数字とアルファベットの組み合わせで五十音を表すタイプ。例えば、1-Aは“あ”、1-Bは“い”みたいに」
希が遠慮がちに意見を述べる。
「着眼点は悪くない……と思う。けれど、母音を今のように表すとしたら、もっと数字がバラけていないとおかしい。しかしこの暗号には1や2はほとんど出てこない。逆に30~はたくさんあるから、30XXみたいに4つで一つの文字を表現すると考えるほうがいいんじゃないか」
来也の推理に真奈美もうなずく。
「それもそうね。文(?)の頭は、3057とか3055、305Fで始まるものが多くて、終わりには、3066、306F、3060が多い。なにか規則性があるってことよね。一般的な日本語の文章で考えるなら、文末は、『~です』『~ます』の“す”、『~だ』『~である』の“だ”、“る”、あるいは“た”あたりが当てはまるかしら」
「なにも区切りが文末とは限らないんじゃないか。読点で分けている可能性もあるから、接続詞も疑ったほうがいいと思う」
「う~ん、あたしこんがらがってきちゃったよ……。なにかヒントないのかなぁ」
「あら、ヒントならもう持ってるじゃない」
「「「えっ!?」」」
三人の声がハモる。
美空は不敵な笑みを崩さす、“ある物”を指さした。
「新歓チラシ……?」
「そう、それがヒント。っていうか、ある意味答えなんだけどねー」
答え? この暗号が?
解き方が同じ……ってことはないわよね。それじゃあつまらないし、美空先輩の性格からしてもっとイジワルな問題を出題しそうな気がする。
解き方じゃなかったら何……?
真奈美はもう一度、暗号をよく眺めてみる。そして、あることに気がついた。
そう、この問題の終着点は暗号を解読することじゃない。解読した上で、その小説のタイトルを答えて正解なのだ。
真奈美の頭に、数時間前交わした会話の内容がフラッシュバックする。
――なに、『黄金虫』って?
――えっと、エドガー・アラン・ポーという作家は知ってるでしょ? 彼の書いた作品の中に『黄金虫』という短編があるんだけど、そこで用いられているのがこの換字式暗号なの。
――ああ、そう言われれば、おれも先輩からちょこっと聞いたことがあるかも。もっとも知名度で言えば……。
「わかった!」
真奈美は大きな声で叫んだ。
「えっ!? 本当? 真奈美ちゃん」
「うん。おそらくこれで間違いないわ。とっても有名な“台詞”だからね」
「ふ~ん。そこまでわかっているならお聞かせ願おうかしら。あなたの謎解きを――」
射貫くような美空の視線をしっかり受け止め、真奈美は口を開いた。
「さて――」
暗号部が作った”第2の暗号”、あなたは解けましたか?
次は解読方法と、新しい謎について書く予定。
ではでは。