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オープニングはとびきり派手に!

 一台の大型バスがものすごい速さで目の前を通り過ぎた。微かに視認できた車体には「関東―近畿交通バス」と書かれていたように思う。俗に言う夜行バスだろう。しかし、あれほどの速度は少し、いや、かなり異常なのではないだろうか。いかに交通量が少ない高速道路とは言え、深夜は視界が悪く、近年増加傾向にある事故も深夜から早朝にかけて起こったものがほとんどだ。飲酒や居眠り運転、車間距離不十分による玉突き事故、スピード超過による横転や接触事故。新しい道路の開通に伴い、幾分交通の流れがスムーズにはなったが、未だに県内の死亡事故蘭の増加には歯止めがかかっていない。

 紺青鳴海はインスタントコーヒーを飲み干し、紙コップを近くのゴミ箱に捨てた。軽く伸びをして体をほぐしてから、パーキングエリアの駐車場に向かった。刑事になる前から足代わりとなっていた愛者に乗り込み、エンジンをかける。メーター機器が点滅し、エアコンの送風口から生ぬるい風が車内に吹き込まれた。新年度を迎えるこの時期、深夜はまだ肌寒い。鳴海は暖房の設定温度を少し上昇させてから、ラジオをカーナビに切り替えた。小型モニタに周辺のマップが表示される。

 まず、現在地の確認。鳴海の車を示す赤い点滅は、ここ――東名高速中井PAで光っている。ちょうど、神奈川県平塚市と小田原市の中間あたりに位置する場所だ。こっちは下り線だから、あのバスは海老名市の方から来て、これから御殿場へと向かうはずだ。その間、箱根と富士山に挟まれた山中を抜ける東名高速は、カーブも多く、夜間は特に注意しなければならないポイントの一つとなっている。大型車なら尚更だ。

 やはり変だ。そう確信した鳴海は、サイドブレーキを解除し、アクセルを踏み込んだ。本線に合流すると、スピードメーターの針がぐんと上昇する。そのまま追い越し車線に入ったメタリックシルバーの車体は、さながら光の尾を引く弾丸のように夜のハイウェイを疾走する。

「カーレースは本分じゃないが、こっちも獲物を逃すわけにはいかないのでね」

 薄く笑んだ鳴海の目に、フロントガラス上部に張られた写真が映る。今年から高校二年生になる鳴海の妹、胡桃だ。最愛の妹はいつもと変わらない無邪気な笑顔で、兄の活躍を見守っていた。思わず、頬が緩む。

「ああ、愛してるよ、胡桃! この仕事が終わったら、両親に内緒で愛の逃避行でもしようじゃないか!」

 と刑事らしからぬ妄言が口から飛び出たそのとき。

「!」

 黒い大きな影が、さっと隣の車線を駆け抜けた。鳴海の車を追い抜いたということは、相対的に考えて時速百四十キロ以上は出ているはずである。それなのに、排気音もなく、気配をまったく感じさせない運転技術が俄には信じられなかった。

「一体なんだ、あのリムジンは……」

 呆然と呟く鳴海など意に介さず、漆黒のリムジンは闇に潜む追跡者のように大型バスを追って消えていった。


「しかし驚きましたな。まさかこのご時世にバスジャックとは……」

 リムジンを運転している初老の男性が当惑を口にした。ウイングカラー、スーツ、ネクタイ、手袋と、全体的に黒を基調とした執事の正装に身を包んでいる。白髪や皺の数が彼の長い人生を物語っているが、眼光は未だ力強く、闇に浮かぶ夜行バスのテールライトをはっきり捉えていた。

「同感です。今はどの携帯電話にもGPS機能がついていますから、仮に犯人に携帯を奪われたとしても、位置を推定し、追跡することが可能です。外部との連絡を遮断するためだけに携帯を奪うというやり方はもう古いですね。やるなら徹底的に壊すか、せめてバスから投げ捨てるくらいしないと。そこまで知恵が回らないという意味では、この犯人は大した奴じゃないでしょう。もちろん、武器を所持している可能性もありますので油断はできませんが」

 後部座席でノートパソコンをいじっていた少年が答える。ディスプレイにはGPSによる位置情報とマップ、東名高速下りの各インターチェンジやパーキングエリアまでの距離と時間、渋滞情報、規制情報など、ありとあらゆるデータが混在していた。

 せめてデュアルモニターが使えればいいのに、とぶつぶつ呟きつつ、少年は必要な情報を取捨選択し、更新していく。

その様子をバックミラー越しに眺めていたツインテールの少女が、不安そうに振り返った。

「ねえ、鈴笠君。真奈美ちゃんは大丈夫なんだよね……?」

「心配はいらないよ。携帯は取られたかもしれないけど、ゴーグルと通信機は奪われてないからね。犯人の隙をついてうまくこっちに情報を送ってくれれば、作戦が立てられると思う。……お、きたきた」

 ディスプレイに新たなウインドウが追加された。そこにはゴーグルのビデオカメラ機能で撮影されたバス内部の様子がリアルタイムで映し出されている。しかし犯人らしき人物の影は見えるものの、照明が不十分で顔までは判別できない。来也は首にかけたヘッドセットを装着し、通信機のテストを兼ねて指示を飛ばす。

「佐倉さん。聞こえるかい」

『その声は鈴笠君? うん、よく聞こえるわよ』

「今、そのバスから二百メートルほど距離を置いて追走している。園宮さんが車を出してくれてね。助手席には希ちゃんも乗っている。ところで、そっちの様子はどうだ」

『硬直状態って感じね。みんな落ち着いてはいるけど、下手に動けないし、会話もできないというのが正直な所。この通信機にしてもそう。犯人に気付かれないようにするには、極力小声で話すようにしないと』

「ああ、その点なら問題ない。この間、通信機の回路ブロックに増幅器を取り付けておいたんだ。音声は自動で増幅されるから、気にせず報告を続けてくれ。――まず、犯人の特徴は?」

『えっと、人数は一人。三十代くらいの男性で、小型の拳銃を所持。今の所発砲はしてないけど、運転手が脅されている。顔はマスクで隠しているから不明。けど、このツアーに申し込んだ客の誰かだってことは間違いないと思う。恐らく関東の旅行会社を当たれば個人情報を割り出せるはずよ』

「ふぅむ。確かそのツアーは、関東・近畿で旅行客を拾ったあと、神戸港からフェリーで大分に向かう予定だったね。近畿から参加する人間は容疑者から除外するにしても、まだそれなりに数は残るぞ。申し込み用紙に書かれた内容が嘘の可能性だってあるし、近畿に仲間を潜ませていることだって考えられる」

『う、そっか……』

「だから、できればバスが次の停留所に着く前にケリをつけたいんだけど、佐倉さんの護身術でどうにかならない?」

『うーん、無理、だと思う。私の座っている席はバスのかなり後方だから、犯人までは少なくとも七、八メートルくらいの距離があるの。不意を突いて飛び出したとしても、向こうが拳銃を構える方が早いわね。……でも、まったく手段がないわけじゃないの』

「何か策でもあるのか?」

『うん。実は……』

 真奈美から作戦を聞いた来也は、ディスプレイに表示された地図に視線を落とす。バスは大井松田ICを過ぎ、御殿場線と並行するように走っている。山北駅を過ぎれば、そこから先はしばらく長いトンネルが続く。まさに打ってつけの状況だ。

「わかった。後続車が来ないように俺らがなんとかするから、そっちはタイミングを合わせてくれ」

『了解』

 来也は通信を切ると、ヘッドセットを外した。そして二人に真奈美の策を伝える。

「ははぁ。しかしそのようなことが本当に可能なのでしょうか……」

 腑に落ちないといった表情を見せる園宮とは反対に、希は笑顔で太鼓判を押した。

「それならきっと大丈夫だよ! 絶対うまくやってくれるはず!」

「はぁ……。まあ、お嬢様がそうおっしゃるのなら私は口を挟みませんが……」

 希の顔を立て、渋々反論を引っ込める園宮。そして来也に声をかける。

「私どもの仕事は後続車の排除でしたね」

「ええ」

 園宮はドアミラーにちらっと視線を投げると、

「どうやら、何者かにつけられているようです」

 淡々とした口調を崩さずに言った。来也と希もこっそり背後を振り返ってみる。確かにメタリックシルバーの車体が、一定距離を保って走っている。ヘッドライトから伸びた光は、リムジンの闇を払拭させ、全体を浮き彫りにさせていた。

「いかがいたしましょう。本気を出せば、撒くことも可能だと思いますが」

「うーん、かといってバスを追い抜いてしまったら意味がないし……。それにあの車、さっき中井PA付近ですれ違ったやつに似ている気がする。もし警察関係者が乗っているとしたら色々面倒になりそうな予感が」

「うーん……でもあたし、あの人どこかで見たことがあるような……」

「え、それほんと!? 希ちゃん」

 来也は二重の意味で叫んだ。あの運転席の男と希が知り合いだった場合、うまくいけば協力を要請できるかもしれないからだ。ただ、希と顔見知りの人は大抵ロリコンの匂いを漂わせているので、信頼できる人物かどうかはちょっと怪しいのだが。

「では、とりあえず交渉してみましょうか」

 園宮がアクセルを緩めると、リムジンはゆっくり速度を落としていった。


 バスは分岐点で左ルートに入り、トンネルの中を百二十キロオーバーで走っていた。内部はライトで照らされているため外より明るいが、間隔がまばらで目がチカチカする。カーテンを締めれば問題ないのだが、この状況ではむしろ開けていてくれた方が好都合だ。

 真奈美は犯人の男を仔細に観察する。身長は百七十弱。やや猫背な分、実際はもう少し高いのかもしれない。薬局で売っているようなマスクに、安物の黒いサングラス。一時間ほど前までは帽子も着用していたが、さすがに暑くなったのだろう、今は被っていない。右手には拳銃。真奈美は銃には詳しくないが、装填数はそれほど多くないだろうと予想していた。しかし威力の程は計り知れない。闇雲の取り押さえるのは危険だ。

 バスジャック時に拳銃を持つ手が震えていたことや、カーテンを締めたり携帯を壊すといった徹底行為を行わなかった事実を考えると、犯罪に関しては素人だろう。だからと言って楽観視はできないが、入念な計画を元に遂行する者よりはよほど与し易い。動機は不明。それを調べるのは警察の仕事だ。

 真奈美が一通りの分析を終えた頃、バスはトンネルを抜け、再び闇の中へ舞い戻った。一転して視界が黒色に塗りつぶされる。この辺りはまだ山間部で、都市の明かりは遠い。虹彩が暗闇に順応するまで数分要するだろう。だが、それだけあれば――。

『用意はいいかい、佐倉さん』

 通信機を通して、来也の緊張を帯びた声が伝わってくる。

「うん、いつでもオーケーよ」

 短く答え、真奈美は闇の奥に目を凝らした。背景とほぼ同化してしまったかのような黒い肢体が、獲物を狙う肉食獣さながらの低姿勢で静止している。

『じゃあ、カウントいくよ。五……四……三……二……一……』

「師匠! 今!」

 合図に応じて、犯人に近い座席の下から黒猫が飛び出した。

「え?」

 男は狼狽した声を上げて銃を構えるが、もう遅い。黒猫は鋭い爪を右手の甲に立てると、力任せに引っ掻いた。男の絶叫が響き渡り、銃を取り落とす。猫はそのまま空中で半回転し、運転席の隣に着地すると“叫んだ”。

「ブレーキをかけろ! 早く!」

「は、はい!」

 なぜ猫と意思疎通ができるのかという疑問はともかく、運転手はブレーキを限界まで踏み込んだ。タイヤの摩擦音が金切り声を上げる。

「おわっ」

 犯人の男は慣性の法則に耐えきれず、バランスを崩して前方に叩き付けられた。乗客の困惑と悲鳴が渦巻く中、通路を風のように駆ける少女がいた。真奈美である。長い黒髪をなびかせながら男に接近した真奈美は、得意の合気道でトドメの一撃を食らわせる。

「ぐはっ!」

 拳が眉間にヒットすると、呆気なく男は伸びてしまった。

「ふぅ。一件落着かな」

 念のため、脈に異常がないか調べてから、真奈美は猫に向き直る。

「ありがとうございます、師匠」

「ふん。これくらいお安いご用だ。弟子の危機を放っておくほど、俺も冷酷じゃない。それより、早くずらかるぞ。もうすぐ警察と小娘が来るはずだ。諸々の面倒は向こうに任せておけばいいだろう」

 真奈美と黒猫は、大勢の旅行客の視線が注がれる中、タラップを降りる。ふと我に返った運転手が声を上げた。

「き、君たちは一体……」

 しかしそこにはもう誰もいなかった。


「いやぁ、お見事だったよ。まさかあんな計画を思いつくなんてねぇ」

 無事に生還した二人、いや一人と一匹を来也が拍手で迎える。

「真奈美ちゃん! お帰りー」

 希も天使の笑顔を向けるが、

「希ちゃん!」

 早速、ロリ成分を補給しようとした真奈美が抱きつこうとすると、機敏な動作で躱した。そんな弟子に冷たい目を向けつつ、黒猫も後部座席に乗り込んだ。

「これで全員揃いましたかな。では出発しましょう」

 園宮が静かにアクセルを踏み込むと、リムジンはゆっくりと走り出した。次のインターチェンジで高速を降り、一般道を東京方面に向けて飛ばす。早々に寝入ってしまった希を起こさないよう、園宮は小声で切り出した。

「作戦は成功しましたが、私は内心不安だったのですよ。猫に命を預けるなんて、狂気の沙汰としか思えませんでした。しかし、お嬢様も信頼なさっていましたし、不承不承その策を受け入れたのですが……。一体、何者なのですか、その黒猫は」

「俺は一介の黒猫に過ぎない。訳あって、そこの娘の師を任されているがね。ただ、仮に肩書きを名乗るとするなら――」

 黒猫は爛々と光る瞳で、園宮を見据える。

「探偵だ」


 *


「いい加減起きんか、真奈美いいいいいい!」

「へ?」

 野獣の咆哮で目を覚ますと、体が宙に浮いていた。しかも世界が回転している。なにこれ、超常現象? と思ったときには、背中から床に叩き付けられていた。ダーン!と床が抜けそうなくらい派手な音が響き、一瞬息が止まる。全身を凄まじい衝撃が走ったけど、幸い骨の折れる音は聞こえなかった。

 まだ半分星が飛び交っている視界の中心には、たいそうご立腹な様子で私を見下ろしているおじいちゃんの姿がある。なんか前にもこんなことなかったっけ。

 とりあえず居住まいを正し、恐怖を表に出さないよう努めて明るく挨拶する。

「お、おはよう、おじいちゃん」

「うむ、おはよう。して真奈美。早速じゃが、始業式の日にこんな時間までぐっすり眠りこけておった理由を聞かせてもらおうかのう」

「えっ!?」

 色んな意味で脳がフリーズする。恐る恐る時計を見ると、七時半を少し過ぎていた。大変! 急いで支度しないと!

「ご、ごめんなさい! すぐ着替えて下に行くから!」

 我が家では、どんなに時間がなくても朝食は必ず食べなければならない。一日気持ちよく活動するためには、三食きっちり食べる必要があるというおじいちゃんの方針があるからだ。

「うむ。では待っているぞ」

 おじいちゃんが部屋を出て行ってから、久々に制服を取り出す。

「今日から新学期かぁ。うん、楽しみ!」

 着替えながら、さっき見たバスジャック事件の夢を思い出す。そういえば、最近師匠に会ってないなぁ。今日くらいは顔を出した方がいいかも。

 リビングで急いで朝食を食べ、軽く髪を整えてから家を出る。

 あっと、これから始まる物語の主人公として軽く自己紹介を。

 私は佐倉真奈美。今日からついに二年生になりました!


 さあ、いよいよ始まりました、2年生編!

 盛り上がる展開を書きたかったのと、メインキャラ(特に黒猫師匠)を出したかったということもあって、初っ端からバスジャック事件を書いてみました。いやぁ、夢オチって便利だよね!←

 学校が忙しい関係で更新頻度が遅くなるかもしれませんが、これからもよろしくお願いします。

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