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とある記憶のアラカルト  作者: 月夜見幾望
絶叫スペシャルランド強盗事件
28/39

謎解き、そして相対

「結論から言ってしまえば、僕たちはすでに強盗犯と一度接触しているんだよ。昼間のレストランじゃなく、テーマパークのエントランスでね」

 エントランス? ということは、私たちが入園した九時半頃ってこと?

「そう。みんな覚えているかな。僕たちが入園待ちの列に並んでいたとき、前の人たちの紙袋が異常なほど膨らんでいたのを」

 入園待ちしていたとき……。うーん、あの時は参道君に“希ちゃんとデートするときの注意点百箇条”を叩き込むのに夢中で周囲の様子は記憶に残ってないのよね……。

 一方、私以外のみんなは、うんうん、と頷いている。なに、この一人取り残された感じは……。

「ここで姫幸先輩の意見を思い出してほしい。絶叫スペシャルランドのセキュリティシステムを破るには、パソコンやデバイスの他に、物理的な道具も備えておく必要があるとのことだった。おそらく、紙袋の中にはそうした諸々の道具一式が入っていたと考えられる」

「何でそう言えるんだ、潤。普通に土産をたくさん買っていただけかもしれないだろ」

 鈴笠君の反論はもっともだ。あのときは、警備員による手荷物検査も行われていたから、不審な物はパーク内に持ち込めなかったはず。

「確かにそうだね。最近は特に強盗グループに対する世間の警戒が強くなった。入園時の手荷物検査にしても、中身の一つ一つまで入念にチェックすることが多くなった。それは、この絶叫スペシャルランドも例外ではないだろう」

 だったら、なおのこと道具を持ち込むなんて無理じゃない。

「と思うよね? ――でも、警備員が強盗犯とグルだったとしたら、どう?」

 警備員と強盗犯が仲間……?

「そうか! 入園ゲートの警備は一般の人から選ばれているんだったな。オープン数日前の朝刊に警備バイトのチラシが混ざっていたが、あれを利用したのか!」

 柴田君が、得心のいったように頷く。

 そういえば、新聞から広告がはみ出ていたっけ。なるほど、強盗犯にしてみれば、まさに絶好の好機だったわけね。

「そう。強盗犯は男性二人、女性一人の三人だと報じられていたが、あのとき警備を務めていたのは――」

 女性! つまり、あの人も犯人の一人だったのね!

「でも潤君。入園してからすぐ行動に移らなかったのはどうしてなの? わざわざこの時間まで犯行を引き延ばす意味なんて無いじゃない」

 希ちゃんの疑問に、参道君は軽く頷いて答えた。

「それはテーマパークの性質を考えれば、いくつか理由が見えてくる。まず、そもそもの前提として犯行はスムーズかつ迅速に行わなければならないことはわかるよね?」

「うん。もたもたしていたら、警察の人が来ちゃうもんね」

「その通り。じゃあ、迅速に犯行を成し遂げるためにはどうすればいいか? これは姫幸先輩なら簡単に答えられると思いますが――」

 解答を求められた廣野先輩は、腕を組んで目を閉じた。

「侵入経路と逃走経路の確保、およびシミュレーションって所かしら。実行の妨げになるような障害があれば、それを最小限に抑えるように工夫する。私たちの世界で言えば、“最適化する”ことになるわね」

 え、えーっと、つまりどういうことなのでしょうか……。

 情報分野についていけない私たちを一瞥し、軽くため息をつく廣野先輩。

「つまりこの場合、あらかじめテーマパークのセキュリティについて調査し、その破壊プログラムを作成しておく必要があるってこと。逃走経路についても同様。最も効率よく逃げられるルートを最初から決めておくの。そのためには地図上では確認できない人の流れや密度、パレードの時間帯など、様々な要因について考えなければならない。もちろん、追っての存在も無視できない障害になるわね。それらを総合的に考えた場合、一番逃げ切れると判断した時間が夕方だったのよ。――そうでしょ、潤ちゃん?」

「正解です。開園時間後しばらくは、まだエントランス付近に人が大勢いるから無理と判断したでしょう。それに一人が警備バイトの関係で動けない以上、残る二人だけでセキュリティを突破しなければなりません。いくら姫幸先輩と同じ実力のハッカーがいたとしても、慎重に行動せざるを得ないでしょう。最終的に夕方という時間帯を選んだのは、おそらくパレードと被せるため。そうすると、パレードルート付近の人口は密になりますが、その他のエリアは逆に疎になります。買い物目当ての客が再びエントランス近辺まで戻ってくるのにもまだ余裕があるし、もちろんゲートもがらがらです。この状態は犯人にとってまさにうってつけ。最短距離で一気に逃げられるというわけです」

 ちょ、ちょっと! それじゃあ早く追いかけないと逃げられちゃうじゃない!

「いや、心配はいらないよ、佐倉さん。実は昼にみんなと別れたから、こっそり成田探偵事務所に電話したんだ。絶叫スペシャルランドで強盗犯が動く可能性があるかもしれない、ってね。実際にコーヒーカップの一件もあったし、真帆さんはすぐに信じてくれたよ」

“明確な証拠がない内は下手に動けないけど、とりあえず覆面パトカーをパーク周辺に配置させてもらえるよう、警察に頼んでみるわ。でも私個人の力にも限界があるから、あくまで保険として考えてほしい”。

「いくら警察でも、およそ六万人の中から犯人を特定するのは容易なことじゃない。実際は客を少しの間足止めするだけで精一杯になると思う。けど、ほんの少し時間稼ぎしてもらえれば充分だ。ここで一気にケリをつける!」


『潤の推理通りだ。犯人は比較的人の少ない場所を通ってエントランス方向へ向かっている。逃走距離を時間で割った速さは、およそ時速6.78km。軽いジョギング程度だ。おそらく現金の入った袋のせいであまりスピードを出せないのだろう。まだ追いつくチャンスは充分あるぞ!』

 耳に付けた通信機から鈴笠君のナビが聞こえてくる。彼は廣野先輩と共に、監視カメラの映像をチェックしながらリアルタイムで指示を飛ばしてくれている。それと同時に、ゴーグルのレンズに表示された情報も随時更新されていく。

『入園ゲートは警察が押さえているから、上手くいけばエントランスバザールで挟み撃ちにできるかもしれない。潤と柴田はC-5ポイントの土産物屋の中を突っ切ってくれ。レンズに示された赤いルートだ』

「「了解!」」

 二人は私たちと別れ、南東方向へ走っていく。

 その背中に一瞬不吉な影が見えたのは何故だろう。どうして“二人が血まみれになって倒れている姿”が瞼の裏に浮かび上がってきたのだろう。

 白昼夢? まさか、そんなわけないよね……。

 これまでだって殺人は起きていないし、参道君なら犯人を捕まえる良い方法を思いつくはずだもの。

 でも……。でも、この妙に胸がちくちくする感じは何なの……?

 自分でもわからない不安の渦に飲み込まれ、気付けば私は大声で叫んでいた。

「二人とも無理しないでねー! 絶対また後で会おうねー!」

 その声にただならぬ響きを感じ取ったのか、周りの人が何事かと私に注目する。

 あう……。は、恥ずかしい……。

 冷静に考えれば、通信機でいつでも連絡を取り合えるのにどうして大声で叫んじゃったりしたのよ、私の馬鹿―!

 案の定、即座に通信機からクレームが返ってくる。

『そんなに怒鳴られると鼓膜が破れるだろ、馬鹿野郎!』

 ひどっ! せっかく心配してあげたのに、馬鹿野郎はひどくない?

『佐倉さん。気持ちはわかるけど、少し落ち着きなさいな。それは“死亡フラグ”と言って、逆効果にしかならないわ』

 意外だ! 廣野先輩、“死亡フラグ”って言葉知ってたんだ!

「あはは。でも真奈美ちゃんらしかったよ。そういう優しいところ」

 隣を走っていた希ちゃんが笑いながら言った。

 その笑顔に、別の意味でドキドキと胸が高まる。

 の、希ちゃん……! ついに私のこと――

『そんなこと絶対にならないから安心しろ』

 柴田君が、さも自明の理であるかのような口調で言う。

 な、何よ、もう! 勝手に人の心読まないでよね!

 でも、ここまで緊張感のないやり取りも案外私たちらしいのかもね。うん、ちょっと力抜けたかも。

「あたしたちも頑張ろうね!」

 希ちゃんの台詞に、私は大きく頷いた。


『じゃ、改めて佐倉さんと希ちゃんの行動ルートを説明するよ。まずはエントランスバザールの地図を見てくれ』

 ピコン、と左目のレンズが切り替わる。

 映し出されたパークマップを見ると、至る所に×印や赤い線が書き込まれていた。

 ほら、よくペンで加工された画像ってあるじゃない? あんな感じ。

『見ての通り、エントランスバザールには大きく分けて四つの通路が存在する。一つは入園ゲートに続くサウスウェイ。強盗犯が通るだろうと予想される最も有力な道だ。が、実際はゲートを警察が封鎖しているから、犯人は別の出口を模索すると思われる』

 うんうん。これは犯人にとっては想定外よね。

 まさかこんなに速く警察が駆けつけるなんて思ってもなかったでしょう。

 昼間のメッセージを見て、あらかじめ手を打っておいた参道君に感謝しないとね。

『さて、その別の出口についてだが。どの遊園地にも一般のお客さんが並ぶ入園ゲートとは別に、スタッフ用の出入り口があるのは知ってるよね。絶叫スペシャルランドの場合は南東に位置する『リバース・ラビリンス』の裏手と、南西にあるショーアーケードの舞台裏の二カ所に存在する。地図で言うと、丸で囲ってある部分がそれだ』

 なるほど。つまりここが、最終的に強盗犯が利用すると考えられる出口というわけね。

『そう。でもどっちを利用するかはまだわからない。そこで、四人を二組に分けてそれぞれの場所に向かってもらおうと思ったんだ。もちろん、エントランスバザールで挟み撃ちにできればそれが一番良いんだけど、潤と柴田が先回りできるか微妙な所だったから作戦変更したんだ』

 ふむ。参道君たちが南東に向かっているってことは、私たちは南西――ショーアーケードの方を守ればいいと言うことね。

『まとめると、そういうことになる。補足するなら、×印は警察やパレードの人混みで犯人が通れない、または通らないだろうと予想されるポイント。赤いラインはそれらを考慮した犯人の逃走経路の予測。ほかにもいくつかパターンは考えられるけど、とりあえず最も可能性の高い一本に絞って表示してある。だけど、相手の動き次第でこれも随時更新するかもしれないから引き続き注意しておいてくれ』

「了解!」

 よーし、こうなったら絶対に捕まえてやるんだから! 覚悟しておきなさいよ、強盗犯!

『くれぐれも無理は禁物よ。犯人の中には少なくとも一人、相当腕っ節の強いやつがいることは確か。空手の元インターハイ準優勝者を退けるくらいだもの。いくら佐倉さんでも、逆に倒される危険が高いわ』

 意気込む私とは対照的に、廣野先輩はどこまでも現実的だ。

 でも、心配ご無用。ここ数日、黒猫師匠と猛特訓したからね。ある程度の素早さにはついていけるし、死角を突いた攻撃への対処も完璧だ。あのおじいちゃんですら、私の成長に目を丸くしていたくらいだし。

『それを聞いて安心したわ。でも、これだけは覚えておいてちょうだい。――手に負えないと思ったら、パートナーの力も頼ること。いい?』

 パートナーって、希ちゃん?

『佐倉さんが護身術の特訓をしていたように、希ちゃんも魔術の腕を磨いていたみたいよ。まだ父親には及ばないようだけど、奇想天外なカラクリで相手の度肝を抜くくらいはできるはず。どうせなら、二人で暴れてらっしゃいな』

「そうだよ、真奈美ちゃん。あたしたち、パートナーでしょ!」

 今にも飲まれそうな、漆黒の瞳が私を見据える。

 希ちゃんのお父さんと同じ瞳。人々を魅了し、数々の不可能を容易く実現させる魔術師の目。

「いつまでも守られてばっかりは嫌なの。今度はあたしが真奈美ちゃんを守ってあげる」

 以前と変わらない純真さで、でも以前より遙かに力強く、希ちゃんは確固たる意志を口にした。

 まったく……いつの間に逞しくなっちゃったのかしらね、この未熟な魔術師さんは。

 嬉しいような悲しいような複雑な心境だけど、まずは希ちゃんの気持ちを素直に受け取ろうじゃないの。

「ありがとう、希ちゃん。そうよね、助け合ってこそのパートナーだもんね」

 鈴笠君と廣野先輩のように。

 二人が協力すれば、あんなにすごいことだってできるんだから。

『――っと、犯人が動いた! 思惑通り、ゲートは抜けられないと踏んでスタッフ用の出入り口から逃げるつもりだ!』

 私たちがショーアーケードに着いたのと同時に、通信機から鈴笠君の興奮した声が聞こえてきた。

 ビンゴ! 鈴笠君の予想は見事的中したってわけね。なかなかやるじゃない。

『本当か、鈴笠!? それで、犯人はどっちの出口に向かったんだ!?』

『それは……』

 答えに一瞬詰まる鈴笠君。その間に、廣野先輩が代わって返答した。

『両方よ』

『両方!?』

 え、何それ、どういうこと?

『どういう狙いがあるのか知らないが、ゲートが無理だとわかった途端二手に分かれたんだ。一方を囮にする気かとも思ったが、二人とも紙袋は持ったままだし、交換するような素振りも見せなかった。まるで、そう――最初から打ち合わせしていたかのように、なにひとつ表情を変えなかったんだよ!』

 それって……私たちの作戦が読まれていたってこと?

 私たちがここを守っているのを知っていて、それでも敢えて向かってくるのだとしたら……。

『潤ちゃんたち、くれぐれも気をつけて! おそらく、犯人は何か仕掛けてくると思う。でなきゃ、わざわざ私たちを錯乱させるような行動を取る理由がないもの』

 廣野先輩の余裕を欠いた声色が、逆に私の心に火を付けた。

 向こうも相対上等ってこと、か……。

 ふーん、なかなか面白くなってきたじゃない。

 相手がその気なら、こっちも全力で迎え撃ってあげなきゃ。でしょ、希ちゃん。

「うん。今夜は満月。魔術を披露するのに相応しい舞台も整っているし、久々にあたしの“魔術師の美学”を見せてあげられそうだよ」

 神秘的に照らされたステージの上で、希ちゃんは楽しそうに、くるり、と回った。

 いつの間にか、その手には数種類のカードが握られている。

 それにしても“魔術師の美学”って、とっても久しぶりに聞いた気がする。

 思わず、くすり、と笑ってしまった私に構わず、小さな魔術師さんは舞台の中央で恭しく一礼した。

「お客様には、最高の手品をお見せしてあげないとね」

 その漆黒の瞳が、私の後方をひたと見据える。

「お嬢ちゃんたちが、こっちを守る可愛い門番かい?」

 振り返ると、監視カメラに映っていた強盗犯の一人、背の高い男の人が自然体で立っていた。――ぞっとするほど冷たい笑みをその顔に浮かべて。

 こいつだ、と私は直感的に感じた。こいつが空手の元インターハイ準優勝者を倒したやつに違いない。

 私は自然と腰を落として身構える。しかし男の方は、飄飄とした表情を崩さず続けた。

「ったく、そう怖い顔で睨まれちゃ敵わないぜ。俺たちも好きで盗人なんかやってるわけじゃないんだからさ。言うなれば、ただの請負人ってやつだよ」

 請負人……? こいつらより上の人間がまだいるってこと?

「さあ、そこまで答える義理はねぇな。だが一つヒントをやるとすれば、この絶叫スペシャルランドに関係のある人物とだけ教えておこう。後は自分で調べてみることだな」

 さて、と呟くと、男も数回パキポキと指を鳴らして身構えた。

「最後に聞いといてやるが、おとなしく退く気はないんだな?」

 そんなの――

「当たり前よ!」

 男の威圧に負けないように、怒鳴り返す。

 ――希ちゃん、私の後ろは任せたからね。

 希ちゃんに軽くアイコンタクトを送ってから、私はすべての神経を男の動きに集中させる。

「互いに信頼のおけるパートナーってか。いいねぇ。せいぜい俺を熱くさせてくれよ。じゃあ、行くぜ!」

 ――言い終わるや否や、男の体が一瞬で消え失せた。


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