来也と姫幸の探偵グッズ
現場はテーマパークの北西。ちょうど、パレードルート開始地点からほど近い場所にあった。ここは所謂「関係者以外立ち入り禁止区域」となっていて、STAFF ONLY と書かれた扉の向こう側には、セキュリティシステムを管理する制御室や、フロートや小道具を保管するための倉庫があるに違いない。
え、どうしてここが現場だとわかったかって?
実は、プラザを走っている最中に園内放送が流れたのよ。
『本日は当テーマパークにご来園頂き、誠にありがとうございます。お客様のお呼び出しを申し上げます。浜下町からお越しの並河様。いらっしゃいましたら、至急パラドックスエリアの『タイムトリック』スタンバイエントランス付近までお越しください。繰り返します。浜下町から――』
普通の人にはただの呼び出し放送にしか聞こえないけど、これはスタッフの間で決められた秘密の連絡網になっている。例えば、今みたいに強盗事件が発生したとして、それをそのまま放送したらどうなるか。間違いなくゲストはパニックを起こし、園内は大混乱に陥るだろう。そうなってしまっては、安全な避難誘導や冷静な対応は期待できない。
そこで考えられたのが、スタッフの間でのみ通用する暗号を流す方法だ。
さっきの園内放送を例に挙げると、「浜下町」と「並河」という名前の組み合わせで、事件の種類(この場合だと、「強盗事件発生」って所かしら)を表す、といった具合だ。これはただの一例に過ぎないけど、ほかにも「日塔町」と「佐伯」で「爆発物発見」みたいな感じで、各遊園地・デパートごとに対応する表またはコードが作られていると、なにかの本で読んだことがある。
そして後半の「パラドックスエリア~エントランス付近」が、事件の起きた場所を示しているというわけ。
で、異変が起きたらまずはスタッフだけで調査し、何も異常がなければ、「浜下町からお越しの並河様。××までお戻りください」というように再度放送を流すらしい。
「へぇ、詳しいんだな、真奈美。流石、多くの推理小説を読んでいるだけのことはある」
「まあね。――って実はこれ、黒猫師匠から教えてもらったの。遊園地に行くなら、そのシステムや背景を詳しく知っておいた方が、いざという時に役に立つかもしれないからって」
「黒猫師匠? あぁ、雪合戦の時に加勢してくれた猫か」
「うん。そんじょそこらの名探偵に負けないくらい賢くて、本当にすごいんだから。私なんて全然足下にも及ばないし……」
「そう落ち込むな。だったら見返してやればいいだろう。この事件解決してさ」
うん、そうよね。しょげてる場合じゃないよね!
私はぐっと気合いを入れ直し、地面を蹴る足に力を込めた。
「――と言うことは、犯人はすでに逃走してしまった可能性が高い、か。くそっ」
現場に着いたときには、もうスタッフによる誘導が始まっていたことを伝えると、参道君にしては珍しく、苛立たしげに地面を蹴った。
「でも、この人混みだ。まだ園外には出ていないだろう。ここ一帯、非常線も張られるらしいし、まだチャンスが消えたわけじゃない」
「わかってる。姫幸先輩、鈴笠、頼めるか?」
「おう!」
「任せといて、潤ちゃん」
二人は小型なタブレットPCを取り出すと、ものすごいスピードでキーを叩き出した。
「わぁ、は、速い……っ!」
カタカタカタカタカタカタカタ……、と、もはや目で追うことすら難しい速度でキーボードを踊る指に、希ちゃんが目を丸くする。
噂には聞いていたけれど、これほど高速かつ正確無比なブラインドタッチは今まで見たことがない。二人の表情を見ても、完全に住む世界が違うと言うか、近づくことすら許されないような冷たい空気を纏っている。
これが、プロの顔……。
「さぁて、ちょっと失礼させてもらうわよ」
廣野先輩が、にたぁ、と不気味に微笑む。
うぅ……、強盗犯より廣野先輩のほうが怖いかも……。
「はい、作業終了~♪ ん~っと、起動してから一分二十二秒か。この頃ちょっと離れていたけど、まだ腕は落ちてないようね」
「こっちも同期完了しました。GPS、ビデオカメラ共に正常に機能しています。通信機についても異常なしです。絶叫スペシャルランドの詳細なマップと、各アトラクション内部の設計図も入手しておきましたので、先輩がハッキングして手に入れた監視カメラの映像と合わせれば、強盗犯の特徴、現在位置、逃走経路の予測などが割り出せるかと」
ちょ、ちょっと待って! そんなすごいことをこんな短時間でやっちゃったの!?
「うふふ。やっぱり来也君は頼もしいパートナーだわ」
「お役に立てて光栄です。――さて、潤。こっからはお前の出番だぞ」
首にかけていたUSBヘッドセットを装着しながら、鈴笠君は参道君を見据えた。
恐怖も焦りも見当たらない。純粋に命令を遂行する者の目。
――サポートとナビは俺と先輩に任せておけ。
力強い意志に無言で首肯を返し、参道君は、くるり、と私たちの方へ向き直った。
「実際に強盗犯を追いかけるのはこの四人だ。三人相手にはだいぶ厳しいけれど、鈴笠たちには通信的な制限がある以上、この場所を離れられない。かと言って、ただ闇雲に立ち向かった所で僕たちの負けは見えている。前にも言ったけど、犯人を捕まえるには、みんなが一つに繋がっていることが絶対条件なんだ」
「だが、それができないんだろう。何か策でもあるのか?」
「うん。詳しい説明は作った本人たちからしてもらうのが手っ取り早いだろう。とりあえず、みんなこれを付けてくれ」
そう言って、手渡された物は――
「これは、通信機と……ゴーグル?」
通信機の方はドラマでよく登場するから、知っている人も多いんじゃないかな。ほら、集団捜査をする時とか、耳に付けた小型無線機で会話のやり取りをしているシーンあるじゃない? あれよ、あれ。
鈴笠君たちが制作したやつはそれをさらに改良した試作品で、内部の回路ブロックに雑音をほぼ完全に遮断するための工夫がされていて、雑踏や騒音の中でも非常にクリアな音声を受信できる優れ物だそうだ。また、周波数帯の切り替えにも対応しているとのこと。
一方のゴーグルについては、水泳で使われるスポーツタイプの物と似ているけど、アイカップ部分はかなり薄く設計されている。レンズとフレームには柔軟性と剛性を重視した特殊な樹脂を使用しており、外部の衝撃から目を保護するシールドの役目を果たすほか、内蔵された超小型GPSチップと、デジタルビデオカメラ機能によって、位置情報と動画をリアルタイムで鈴笠君のパソコンに転送できるらしい。
「要するに、みんなが見ている景色をこっちのパソコンでも共有できるんだ。そうだな、口で説明するより実演したほうが早いか。四人とも、ゴーグルを装着してくれ」
言われるままに、ゴーグルをつけてみる(あっと、参道君だけは視力矯正用に加工された特殊レンズが使われているみたいだけど)。
すると――
「わっ! すごぉい!」
パソコンのディスプレイが四分割され、それぞれに私、希ちゃん、柴田君、参道君の見ている風景が映し出された。またウインドウを切り替えると、絶叫スペシャルランドの地図が表示され、その中に赤い点が四つ光っていた。これがGPS機能による位置情報なのだろう。
「いやはや驚いたな。これほど多機能な製品を二人だけで作ってしまうとは……」
柴田君の口から感嘆のため息が漏れる。
ほんと、普段どういう生活を送っているのか、考えるだけでも末恐ろしいわ……。
「あら、二人とも私たちの専門を忘れたわけじゃないでしょ。使えるプログラムは企業から拝借させてもらったのよん♪」
さも当然のように廣野先輩はVサインを出した。
なんか、もう言葉も出ないです、はい……。
「ちなみに来也君のパソコンからみんなの端末にデータを送ることもできるのよ。例えば――」
廣野先輩がカタカタとキーを数回叩くと、レンズに今日の絶叫スペシャルランドのスケジュール、各アトラクションの混雑具合から詳細なコースレイアウト、人口密度を色別に示したマップまで、実に様々な情報が表示された。
「姫幸ちゃん、すごい! まるでマンガに出てくる探偵グッズみたい!」
希ちゃんはすっかり大はしゃぎだ。
でもね、希ちゃん。私はこんな情報より、希ちゃんが何よりも目の保養になるのよ。
流石にこの状況じゃ、ふざけたこと言えないけど。
「どう、潤ちゃん。惚れちゃった?」
――とか言いつつ、ふざけている人もいますけどね!
廣野先輩が抱きつこうとするのをバックステップで躱し、参道君は冷静にコメントする。
「ゴーグルと通信機については満足しているし、感謝もしています。でも今は一刻を争うんです。姫幸先輩が入手した監視カメラの映像の解析をお願いします」
「もう。相変わらずつれないわねぇ」
ぶつくさ文句を言いながらも、廣野先輩は再びキーボードを操る。横から画面を覗き込むと、十六分割されたモニタがそれぞれ異なる風景を映していた。左上には順番に通し番号が振ってあり、右下には時間がデジタル表記で記されている。このモニタ一つ一つが、園内に設置された監視カメラの映像なのだろう。私たちが今いる地点もばっちり映っている。ということは……。
「事件発生時まで時間を巻き戻せば、犯人の特徴を知ることができるということか」
柴田君の言う通り。間接的ではあるけれど、私たちはいよいよ強盗犯と対面するんだ……!
今更ながら、心臓がばくばくと高鳴る。全身を武者震いが駆け巡った。
「じゃ、いくわよ」
廣野先輩の合図と同時に、No.12のモニタが逆再生される。
廣野先輩が参道君に抱きつこうとした。
私たちがゴーグルを装着した。
鈴笠君と廣野先輩が二人そろって作業を終えた。
参道君が苛立たしげに地面を蹴った。
私と柴田君が現場に到着した。
スタッフの誘導が開始された。
園内放送を受け、スタッフと私服警備員が集まり始めた。
そして――
「いた! こいつらだ!」
STAFF ONLY と書かれた例の扉から、マスクで顔を隠した二人組の男が出てきたのだ!
……あれ、二人組? 強盗グループは確か女の人を含めた三人じゃなかったっけ。
「妙だな……。考えられるとしたら、仲間の一人は遊園地の外で待機させておいて、いつでも逃げられるように準備を整えているって所だけど……。ん? 姫幸先輩、この二人が持ち運んでいる袋、拡大できますか」
「もち、よ」
キーの動きに合わせ、徐々に解像度の範囲が絞られていく。ドラマではお馴染みの操作だけど、近くで見るとやっぱり興奮するわね。
タン、と最後に指定したブロック内のノイズを除去して完了。
「あ、これ、あたしたちが待ち合わせ場所に使ったお土産屋さんの袋じゃないかな」
希ちゃんがモニタを指さして声を上げる。
うーんと、どれどれ。
袋には絶叫スペシャルランドを代表するいくつかのアトラクションと、マスコットキャラのイラストが大きく描かれていた。さらにイラストの下には、「グランドオープンセレブレーション!」と派手な色で文字が書かれている。
ああ、確かに外の土産物屋の袋がこんな感じだった気がする。希ちゃん、よく覚えているわね。
一方、参道君は袋を凝視したまま、なにやら考え込んでいる様子。
何か特定できることでもあるのかな。
「……ねぇ、姫幸先輩。このテーマパークから金品を盗もうと思ったら、今みたいにパソコンやデバイスを持ち込む必要があったりします?」
ややあってポツリと呟かれた質問に、廣野先輩は思案顔で答える。
「そうねぇ。外部からの助けがあれば、必ずしも持ち込む必要はないと思うけど、それはあくまでネットワークやセキュリティ的なことだしねぇ。万が一を想定して、物理的な道具も持ち込んでおくのが一般的なんじゃないかな。でも、それが袋にどう関係するの、潤ちゃん」
逆に問われても参道君は答えない。代わりに大きく目を見開くと、
「そうか……。そうだったんだ!」
謎はすべて解けた! といった表情で大声を上げた。
「わかったよ。強盗犯が誰なのか。そして三人目がどこにいるのか」
ええええぇぇぇええ!? 嘘でしょ!?
どうして袋を見ただけで犯人がわかっちゃうのよ!?
「聞かせてくれないか、潤。――名探偵の謎解きってやつを」
鈴笠君の視線を受け、参道君は静かに語り出した。
「さて――」