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とある記憶のアラカルト  作者: 月夜見幾望
絶叫スペシャルランド強盗事件
25/39

楽しみましょ♪ 3 ―来也と姫幸―

 さて、潤・希ちゃんペア、柴田・真奈美ペアがそれぞれの時間を満喫している一方、来也・姫幸ペアは――。


「あ、見て見て、来也君。ミルクティー味のポップコーンだって。次はアレにしましょう!」

「……先輩。ついさっき、イチゴミルク味とカレー味とクリームソーダ味とキャラメル味とのりわさび味を食べたばかりじゃありませんでした?」

「なに固いこと言ってるの。テーマパークに来たら、まずはワゴンを制覇する。常識でしょ」

 いえ、そんな常識ありませんから!

 ビシリ!とツッコもうとした右手が、宙をむなしく空振る。付き合わされるままに、ポップコーンを口に運んでいたら、途中で味同士が喧嘩を始め、最後にのりわさびでトドメをさされたからだ。似たような経験をしたことがある人ならわかってもらえると思うが、これはなかなか“クる”ものがある。

 吐き気を覚え、一直線にトイレへ駆け込んだ俺とは対照的に、先輩は大量のポップコーンを口に含んで頬を膨らませていた。まるでヒマワリのタネをいっぱい与えたハムスターのようで可愛らしかったが、生憎その時は冷静に観察している暇などなかった。しかし、手元にカメラがあったら、何が何でも写真に収めていただろう。それくらい価値ある光景だったことは覚えている。

 俺は、隣でちょこちょこ歩く先輩を見下ろす。

 見慣れた白衣ではなく、新鮮な私服姿。胸に輝くブローチ。

 金髪に金色の瞳は人混みの中でかなり目立つが、本人は特に気にしてないようだ。

 ふと。

 こうして横に並んで歩くまでに、何回奇跡が起きたのだろう――と、そんなことを考えた。

 始めは、偶然ネットで見つけた先輩の小説だった。もっとも、当時は広矢光というHハンドルNネームを名乗っていたけれど。

 広矢光。学校でいじめられ、死さえも考えていた自分を救ってくれた存在。

 その温かい物語に魅せられ、彼女のファンとして、その活動を追いかけ続けた。

 毎日、毎日。

 画面の向こうにいる誰かを。

 俺に希望を与えてくれた誰かを。

 今思い返せば、俺は広矢光に人生のほとんどを捧げていた。誇張ではなく、ただ一途に、彼女に夢中になっていたのだ。

 我ながらどうかしていると思う。ついにはネットの裏世界にまで足を踏み入れ、彼女が描くヒーローになろうとしたのだから。

「ほんと、佐倉さんのこと笑えねぇよ」

 俺は自嘲気味にぽつりと呟く。

 まあ、流石に佐倉さんと比べるのはどうかと思うが、誰かに惹かれる気持ちというものは多少理解できるつもりだ。

 結果から言って、そんな似たもの同士の二人だったからこそ、今こうして一緒に歩んでいるのだと思う。俺が広矢光に惹かれたように、広矢光も俺のことを気にかけてくれていたから。

 中学卒業間際のチャットで、彼女は自分の高校に進学するよう勧めてきた。もちろん、そんなストレートな言い方ではなかったが、俺に何かを期待していることは暗に感じられた。特に行き先を決めてなかった俺は、二つ返事で承諾。彼女の高校を受験し、その距離を縮めた。

 と言っても、すぐに進展があったわけではない。それからしばらくは相変わらずネットでの交流がメインだったし、俺自身、広矢光の正体が依然不明のままでもやもやしていたのは事実だが、リアルで接触しないのは彼女なりの考えがあってのことだろうと思っていた。

 しかし、去年の九月。この関係を大きく動かす事件が起こった。

 一般生徒なら、平和で楽しい時間を気兼ねなく過ごせる文化祭。しかし、裏世界に足を踏み込んだ者にとっては、同時に最も警戒しなければならない時期でもあった。

 だが、それまで完璧にクラウンを演じていた俺は、少し高を括っていたのかもしれない。

 今でも脳裏に焼き付いている黒光りの拳銃。紛れもない、本物の銃声。

 貴方のしていることは、命の危険にも繋がるのだと――先輩は、いや広矢光は教えてくれた。そう、この時初めて、俺は広矢光の正体が廣野姫幸先輩だと知ったんだ。

「ほんとは何度も顔を合わせていたのに、来也君ったらちっとも気がつかないんだもん」

 事件から数日後。あの時の緊迫感をまったく感じさせない笑顔で、先輩はころころと笑った。

「そりゃ、気付きませんよ。同じ部活の先輩が憧れのクリエイターだったなんて、どこの小説ですか」

「ふふ。“現実は小説よりも奇なり”と言うじゃない。ま、あのタイミングでいきなり告白されるとは私も予想外だったけど」

「わああああああ! それは忘れてくださいいぃいいい!」

 広矢光に心酔していたのとは別に、俺は廣野姫幸という少女が好きだった。

 常に毅然とした振る舞い。堂々と胸を張り、誰に対しても物怖じしない態度に、俺は無意識に広矢光を重ねていたのかもしれない(決して、先輩って小さくて可愛いなぁ~、と余計な邪念に囚われたわけではないことを強調して書いておく)。

「それで、どうするの?」

「どうする……って、何がですか?」

「あんな目に遭って、今後もクラウンを続けるのかって聞いてるの。さっき、“現実は小説よりも奇なり”って言ったけど、あれ揶揄じゃなくてね。この道を進むなら、それ相応の覚悟をしてもらわないと、今回みたいなケースがまた起きないとも限らない。だから、無理して私についてこなくてもいいのよ? 来也君には来也君の道があるんだし、引き際も肝心――」

「先輩。そんな説得で俺が引き下がるとでも思ってるんですか」

 先輩、いや、広矢光の目をまっすぐ見返して、俺は挑戦的な台詞を投げかけた。

 彼女が俺を試しているのではなく、本心から心配してくれているのはわかってる。そして、今日まで無事にクラウンとして活躍してこられたのも、彼女が裏で密かに助けてくれていたからだってこともわかってる。

 だけど。

 そうであったとしても。


「俺は先輩のパートナーを辞めるつもりはありません」


 これからも広矢光せんぱいと歩み続けたい――それが、鈴笠来也という男の答えだった。矜恃も何もない。我儘でもいい。ただ、この答え(想い)だけはいつまでも大切にしていたい。

 それを先輩はどう受け取ったのか。

「まったく……聞き分けの良い所が、来也君の取り柄だと思っていたのに」

 ふぅー、と息を吐くと、まっすぐ俺に手を差し出して、

「でも嬉しかった。これからもよろしくね、来也君」

 優しく微笑んだ。

「はい。なるべく足手まといにならないよう、俺もこれまで以上に勉強に励みます」

 俺もしっかりと先輩の手を握り返した。


「さ、お腹も膨れたし、アトラクション巡りに移りましょうか」

 俺が回想に浸っている間に、先輩はポップコーン(ミルクティー味)を食べ終えてしまったらしい。空になった容器を近くのゴミ箱に捨てると、うーん、と伸びをしながら立ち上がった。

「そうですね。どこ見て回りましょうか」

 先輩にも見えるようにパンフレットを広げる。通常のテーマパークでは、アトラクション・レストラン・土産物屋が満遍なく揃っているはずだが、絶叫スペシャルランドではアトラクションが全施設の八割を占めている。その紹介だけで数ページ費やされていて、まるで文化祭の企画案内そっくりだ。

「うーん、この『リバース・ラビリンス』って面白そうじゃない。“逆さまの世界が、貴方の感覚を狂わせます”なんて、ちょっと体験してみたいし」

「ええと、“客は逆さ眼鏡を着用したまま、世界最大級の迷宮へ挑んでもらいます”か。確かにワクワクしますね」

 逆さ眼鏡。以前、少しネットで調べたことがあるが、確か心理学で取り上げられる題材の一つだったはずだ。

 Is Seeing Believing?――見えの世界を信じられるか?

 これの意味する所はすなわち、人が目にする世界は外界のコピーではない、ということだ。言い換えるなら、人は“脳でものを見る”のである。そこには経験や感情、集団の圧力など、見えの世界を規定する様々な要因が存在する。

 逆さ眼鏡は、その内の経験を壊す代物だ。

 通常、網膜は倒立像であり、脳はそれを正立像と解釈している。

 しかし逆さ眼鏡は網膜に正立像を結ぶ。そして脳はこれを倒立像と解釈してしまうため、世界が逆転したように見えるのだ。

 地面が上で、空が下。

 物を掴もうと上に手を伸ばしても、実際には下にあるので触れることができない。

 自転車に乗ることも、食事をすることも、何一つ思い通りにはいかなくなるだろう。

 今まで信じていた世界が崩れてしまう恐怖。それを疑似体験できるのが逆さ眼鏡だ。

 ――とは言え、人間は“慣れ”という性質も持っている。

 とある実験では、逆さ眼鏡を一週間以上着用すると、脳は網膜の正立像を正立像として解釈するようになるらしい。

 一週間の経験が、“逆さまの世界が当たり前である”と認識させてしまうのだ。

 人は以前と変わらない生活を送れるレベルになり、不自由を感じなくなる。

 ただ、そこで逆さ眼鏡を外すとどうなるか。

 そう。勘の良い人なら予想つくと思うが、“元の世界が逆さまの世界に見えてしまう”のだ。

 逆さ眼鏡を着脱すると、網膜の倒立像を脳は倒立像として解釈してしまう。もっとも、ほんの一時的のことではあるらしいが。

 ――とまぁ、このように網膜像の変化に脳が対応するまでに生まれるタイムラグを利用したアトラクションなのだろう。

「うん。私もそう思うけど、実際はもっと複雑な造りになってるみたいよ。ほら、あれをご覧なさい」

 先輩の指さす方へ目を向けると、

「って、何ですか、あれは!?」

 そこに広がっているのは“町”だった。

 それもただの町ではない。すべてが“傾いている”。

 街路樹も。民家も。石段も。信号も。

 地盤全体が斜めに傾いでいるせいで、平衡感覚を掴むのが難しくなっている。

 ただでさえ、逆さ眼鏡の効果で世界が反転して見えると言うのに、さらに平行バランスまで奪うとは……。

 俺の頬を汗が一筋流れた。

「あそこまで徹底的に常識を狂わされちゃ、確かに怖くて声上げちゃうかもしれないわね。流石、絶叫スペシャルランド。ジェットコースターとは違った趣も用意してくれて、嬉しい限りだわ」

 異形な町並みを目の前にしても、先輩は動じない。むしろ、瞳の輝きが二十カラットほど増している。やれやれ、完全に子供じゃないk――。

「来也く~ん? それ以上余計なこと考えたら、どうなるか、わ・か・る・わ・よ・ね?」

 先輩の細い矮躯から、もくもくと黒い殺意がわき上がる。

「って、勝手に人の心を読まないでください!」

 読心術でも持ってるんですか、貴女は!?

「ふふ。長い付き合いだもの。来也君パートナーの思考なんてお見通しなのよん♪」

「じゃあ、お姫様抱っこさせてください」

「そんなこと考えてたの!?」

「ほら、やっぱり思考が読めるなんて嘘じゃないですか」

「うぐっ……う、うるさい、うるさい! 今のはちょっと口が滑っただけよ。本当はちゃんと読めてたわ」

「なら、お姫様抱っこしても構わないですよね? 嫌なら、前以て断わっているはずですから」

「うっ……」

 逃げ道を探し、辺りをキョロキョロし出す先輩。

 まるでリスが森で迷子になったような愛らしさだ。威厳の欠片もない。

 もうちょっと見ていたい気もするが、俺も大勢の前で先輩に恥をかかすほど常識知らずでもないので、

「冗談ですよ、冗談。そんな困った顔しないでください」

 せめて、頭を撫でるだけに留めておいた。

「こ、子供扱いするなぁ!」

 思いっきり殴られたが。


「うわっ! これは相当怖いですね……。何が何だかわけがわかりません」

 入口で配られた逆さ眼鏡を着用し、斜めの町に恐る恐る一歩踏み出す。や、目の前に見える景色は空が下にあるので、感覚的には空中を歩いているような気分になる。

 おまけにこの傾斜。道路へ足を踏み出したと思ったら、いつの間にか民家の壁を歩いていることもあり、とりあえず街路樹に掴まって体勢を立て直そうにも、実際の方向とは逆サイドにあったりして、もうパニック状態だ。

 さすがの先輩も、あっちへふらふら、こっちへふらふらして、見ていて危なっかしいので、一緒に手を繋いで進むことにした。

 それにしても――。

「監視カメラ多いですねぇ。途中でリタイヤする人が続出するためかもしれませんが、気になってしょうがないですよ」

「あら、来也君も鋭くなってきたわね。ま、裏で活動していれば敏感になるのはわからないでもないけど」

「ここだけじゃありません。入園ゲートの警備システムについても、少し脆弱な印象を受けました。俺でもセキュリティを突破するのにそれほど時間はかからないと思います」

「……驚いたわ。もう他人が開発したセキュリティシステムのレベルを見抜けるなんて」

「この半年でさらに猛勉強しましたから。少しでも先輩に近づけるように」

「……そうね。私に追随できる人物は、今となってはごくわずか。来也君もその一人だけど、他にも――」

「……誰かいるんですか?」

 俺の問いに、先輩は少し躊躇う素振りを見せた。

 恐らく、また後輩おれを巻き込んでいいものか、決めかねているのだろう。そんなこと、とっくの昔に覚悟しているのに。

「教えてください」

 ややキツい口調で問い質すと、先輩は根負けしたような表情で、

「今、世間を騒がせている強盗グループ」

 予想もしない回答を口にした。

「……どういうこと、ですか?」

「来也君は新聞を読んだかしら? これまでに四つの事件が起こっているわけだけど、その中にとある大企業を狙った犯行があったわ。セキュリティシステムの精度ではトップレベルと言われた会社を、ね」

 そう言われて思い出した。

 狙われた企業は、最先端のセキュリティ技術の結晶――まさに、難攻不落のIT要塞である、と。

「私も気になったから個人的に調べてみたんだけど、あそこのシステムはそうね。例えるなら、“罠”という単語が一番しっくりくるかしら。強固な要塞の壁に一カ所だけわざと隙間を空けておいてね。飛び込んできた兎を雁字搦めに閉じ込めて、毛皮を剥ぐってわけ。悪趣味だけど、他に類を見ない優秀な獲物取りよ」

「…………」

 先輩は、相手の力量を誇張したりはしない。

 調べ尽くした上で、自分と同等の実力を持ったプログラマーであると認めたんだ。そして、強盗グループの中に優秀なハッカーがいることも……。

「私の嫌な予感ってね、よく的中するのよ。文化祭の一件についてもそう。予め知り合いの男に警邏を頼んでいたから良かったけど、今回は特に対策は立てていない。来也君の身に何かあっても、絶対に守れる自信はないわ。だから、その――」

「まったく、先輩は何でも一人で背負い込み過ぎですよ」

「へ?」

 一瞬、ポカンとした表情になる先輩。

 なまじ力があるため、一人で解決できる事柄が多いため、ついつい忘れてしまいがちになる大切なこと――。

 俺はそれを教えてあげる。

「先輩には頼もしい仲間がたくさんいるじゃないですか。俺だけじゃない。佐倉さんもいる。希ちゃんもいる。柴田もいる。そして何より――」

 俺は、一番の親友の顔を思い浮かべて続ける。

「潤がいる」

 冷静な観察力と洞察力を有した少年。状況確認と客観的判断に優れた存在。

 成田探偵事務所に通い修行を積み重ねる、探偵の卵。

 あいつにスポットが当たれば、俺らは影に隠れてしまう。けれど、俺らがいるから潤は全力を出せるし、潤がいるから俺らもこの能力を遺憾なく発揮できるんだと思う。

「だから、大丈夫ですよ。力を抜いてください。それよりも、デートを楽しみましょう」

 先輩を優しく抱き寄せながら、軽く頭を撫でる。

「……まったく、子供扱いしないでって言ってるのに」

 ぶちぶち言いながらも、今度は殴りかかってはこない。

 それがとても嬉しくて。

 この奇妙な空間が気にならなくなるほど、俺は幸せだった。


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