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とある記憶のアラカルト  作者: 月夜見幾望
絶叫スペシャルランド強盗事件
24/39

楽しみましょ♪ 2 ―真奈美と柴田―

「……ったく、あいつどこ行きやがったんだ……」

 入園時間から二時間あまりが経ち、人混みもますます混沌としてきた絶叫スペシャルランド。

 俺は、一人の少女を探して当て所なくパーク内を彷徨っていた。

 これですでに五回目。

 一体何が悲しくて“ヒロインを必死に探す主人公”を演じなきゃならんのだ、といい加減愚痴りたくなってくる。

 大体、いくら人が多いとは言っても、二人で普通に歩いていてはぐれるなんてことは滅多にないはずである。注意力散漫な子供と行動しているならまだしも、高校生が迷子センターに呼び出される例は聞いた試しがない。それに万が一はぐれたとしても、事前に待ち合わせ場所を決めておくなり、連絡先を交換するなりしていれば回避できる事態なのだが――。

「……電話が繋がらないってことは、また希ちゃんを追いかけることに夢中になってやがるな……」

 今日何度目かわからないため息をつきながら、俺は携帯電話をポケットにしまった。

 ――さて、ここまで書けば、勘の良い読者なら状況をお察しできるだろう。

 そう。天の采配で偶然同じペアになれたにも関わらず、違う組の希ちゃんが心配で二十分おきに姿を消してしまう、どっかのバカを探している最中だ。

 正直、真奈美と二人きりでデートできるかも、と心躍らせていた三月上旬の気持ちを返してほしい。よく期待すればするほど、裏切られたときのショックは大きいと言うけれど、俺はむしろ諦観にも似た境地に至っていた。

 例えるなら、メタンガスの入った風船が空へと上っていく途中、中身が急に二酸化炭素に変わり、地へゆっくり下降していく感じだろうか。わかんねぇよ!と叫ぶ読者の声が聞こえるような気がするが、それでも結構。男心というものは、それくらい複雑なのだよ、ワトソン君。

 ……ダメだ。あまりにショックがでかすぎてキャラ崩壊しかかっている。

 よし、ここは一度整理しよう。まずは現状確認。

 俺が好きなのは佐倉真奈美。この気持ちは変わらない自信がある。絶対と言ってもいい。

 時々、「何で佐倉さんが好きなの?」とハテナマーク百個分の視線で見られることもあるが、好きになってしまったものは仕方ないとしか答えようがない。

 容姿が良い、というだけでは俺の気持ちは動かない。あいつの内側に惹かれるものがあったからこそ、俺は真奈美を気にかけるようになったのだ。

 だが、天はことごとく人の恋路を邪魔するのが好きらしい。

 単に、相手に気持ちを伝えるのが怖い、というだけならまだわかる。そういうカップルは世の中にごろごろいるだろうし、最悪、玉砕覚悟で告白してみればいいだけの話だ。ま、実際はそんな簡単なものじゃないだろうが、勇気さえあれば乗り越えられる障害ではあるだろう。

 しかし真奈美の気持ちを振り向かせるのは、発達した熱帯低気圧の進路を人工的に変えるくらい難しい。現状では不可能と言ってもいい。

 何故か。本編をここまで追ってくれた心優しい読者なら今更説明するまでもないだろうが、更新が五ヶ月も空いてしまったので、忘れた人のために一応書いておく。


 それは真奈美がロリコンだからだ。


 本当なら太字で書きたい所だが、生憎書いても反映されないため、せめて行間を空けることで強調したい。どれくらい重要かと言うと、アラカルト抜き打ちテストがあったら、間違いなく傍線付きで出題されるレベルと言えばわかって頂けるだろうか。いやむしろ、あいつからロリコンを除いたら何も残らない、と書けばより悲惨さが伝わるだろうか……。

 では、改めてその重症の度合いを説明しよう。

 事の始めは去年の十一月上旬。俺たちの学校に一人の女の子が転校してきた瞬間、眠っていた歯車は動き出した(狂い出した?)。

 女の子の名前は、朧月希。あだ名は、希ちゃん。

 身長、百四十五センチ未満。天使のような微笑みに、可愛らしいソプラノボイス。特徴的な長いツインテールと、チワワを連想させるつぶらな瞳。

 お菓子とオレンジジュースが大好きな、ちょっとドジな所もあるロリっ娘である。

 で、この子が真奈美のクラスに転校してきたわけだが、そこであいつは何かに目覚めてしまったらしい。

 熱烈なラブコールなど日常茶飯事。希ちゃんを見つけては、他の生徒を轢き殺さんばかりの勢いで突進していく(一部の生徒からは、“小学生探査機まなみ”と呼ばれ、恐れられている。おそらく“小惑星探査機”と掛けたあだ名だろうが、否定できない所が悲しい……)。

 それにしても、辺り構わず希ちゃんに抱きつく癖はどうにかならないものだろうか。あいつに言わせると「ちょっとした愛情表現よ、愛情表現」らしいが、周りが五歩くらい引いている現実に早く気付いてほしい。もっとも、今更気付いた所でもう手遅れなのだが……(想像してみてほしい。「ねぇ。希ちゃんのお父様とお会いできたら、なんて切り出せばいいかな?」と真顔で問われた時の俺の心情を)。

 ちなみに今の所は、我がロリコン同好会メンバーが交代で真奈美を監視しているため、取り返しの付かない事態は起きていない。だが油断は禁物だ。早く探し出して、希ちゃんの安全を確保せねば。

「さて、どこを探せばいいものか」

 俺は、脳をフル回転させて考える。

 希ちゃんを探すのは簡単だ。ポップコーンやアイスを売っているワゴン周辺か、あるいは可愛いキャラクターに夢中になっていると見てほぼ間違いない。

そして真奈美は、希ちゃんを尾行ストーキングしているわけだから……。

「――って、そんな面倒くさい考え方しなくても、参道に電話すればいいだけじゃないか」

 俺は再び携帯を取り出し、参道の番号にかける。

「――はい、もしもし」

「参道か。今お前らどこにいる?」

「ええと……『ダイナミック・シュート』というアトラクションがすぐ近くに見える。エリアで言うと、北東の方かな」

 急いでパンフレットを確認すると、比較的ここから近い場所にいるらしい。なんだか非常に嫌な予感がする。

「……柴田?」

「あ、ああ……、ちなみに希ちゃんは元気か?」

「え、うん。ベンチでペロペロキャンディを舐めているけど」

「そうか。もしかしたら、真奈美が近辺を彷徨いている可能性があるから、背後にだけは充分注意しておいてくれ」

「はいぃ!? 佐倉さんって柴田と行動してるんじゃなかったの!?」

「そう叫びたいのは俺のほうだ! 少し目を離した隙にいなくなってたんだよ」

「じゃあ、トイレに行ってるだけとか」

「それならそれで、俺に一言断わってから行くはずだ。突然ふらりと消えるなんて、希ちゃん目当てとしか考えられん」

「…………あの、僕はどうしたら?」

「今から俺もそっちに向かう。それまで襲われないように全力を尽くせ」

「ちょ、まっ……」

 参道からの返事を待たず、通話を切る。

 目指すべき方角には、大きな滝が轟音を伴いながら流れ落ちていた。


 結果から言って、俺は無事に真奈美の隠謀を阻止することに成功した。

 参道から聞き出したポジションに到着すると、橋の上で双眼鏡を覗いている、いかにも怪しい人物を発見した。帽子で長い黒髪を隠してはいるが、はっきり言って目立ちまくっている。

「何よ何よ、参道君ったら私の希ちゃんと気安く手なんか繋いじゃって……(ギリリ ふ、ふふふ……、そうやって希ちゃんの好感度アップを狙っているんだろうけど、無駄よ。私の目が黒いうちは必ず邪魔してみせるわ……。そう、必ず、ね」

「なにアホなことやってんだ、お前は」

 手にしたパンフレットで、真奈美の頭をパカンと叩く。

「きゃっ!」

 その衝撃で、どす黒いオーラが拡散していく。

 夢から醒めたような表情で、こちらを振り返る真奈美。そして目を見開く。

「し、柴田君! どうしてここに?」

「それはこっちの台詞だ、馬鹿野郎。急にいなくなりやがって。(希ちゃんに)何かあったらどうするんだ」

「ご、ごめんなさい……。でも希ちゃんに何かあったらと思うと、いても立ってもいられなくなって」

 思考の行き先は同じみたいだが、こいつは根本的にはき違えている。

 しかし、ブレーキのかけ方を知らない真奈美は止まらない。

「手を繋ぐだけならまだ許せるわ。でも、希ちゃんとのツーショットは見過ごせない。私でさえも実現したことないのに……っ」

 胸を押さえて、心底辛そうに言う。

 そういや、希ちゃんの写真は見飽きるほど所持しているが、真奈美が一緒に写っているのは見たことがない(アリスやサンタやメイドのコスプレをした写真なら、山のようにあるのだが……)。

 呪詛がヒートアップするにつれ、拡散した瘴気が再び集まってくる。異変を察知した観光客が、真奈美から数歩距離を取った。

 そして、

「このままだと、希ちゃんが参道君に取られちゃうわ!」

 魂の叫びと共に、拳を橋の欄干に振り下ろした瞬間――。

 だっぱーんっ!

 天まで届くような、巨大な水柱が吹き上がった。視界が一瞬水で覆われる。

 何が起きたのか理解する暇もなく、大津波は橋上を蹂躙して去って行った。

「…………」

「…………」

 橋の下からは楽しそうな笑い声。目の前には、全身ずぶ濡れになった真奈美。

 さっきまでの毒気はなく、ポタ、ポタ、と髪から垂れる水滴が寒々しい。

 俺はハンカチとコートを渡しながら、

「寒くないか?」

 優しく聞いた。

「あ、うん。ありがとう……」

 受け取って、顔を伏せる真奈美。

 ……こういう所が可愛いんだよな、こいつは。

 ちょっと、いや、かなり変な奴ではあるけれど、自分の気持ちに嘘はつかないし、下手に自分を隠そうともしない。だからこそ一緒にいて楽しいんだと思う。

 俺は、橋の下を流れる水路に視線を落とし、

「せっかくだから、これ乗ってみるか」

 と提案した。

「うん。柴田君に任せる」

「そっか。じゃあ、空いている内に並ぼうぜ」

 こくん、と頷く真奈美の手を取り、俺はスタンバイ列へと急いだ。

 数分前が嘘のように、足取りはすっかり軽かった。


「さて、乗ると決めたものの、この角度は異常だろ……」

 轟々と流れ落ちる大滝。まるで昔の人が思い描いていた地球の果てを想起させるようだ。

『ダイナミック・シュート』――その名に恥じぬ、豪快な急流すべりである。

 日本でよく見かけるウォーターシュートは、せいぜい傾斜が四十五度程度のものが一般的だが、このパンフレットには“約七十度の斜面を滑り落ちるスリリングなアトラクションです”と書かれている。設計した奴、頭おかしいんじゃないのか。

 高さは目測で三十メートルほど。ユニバーサル・スタジオの『ジュラシック・パーク・ザ・ライド』とさほど変わらない。だが特筆すべきは、水がコースを離れてほとんど自由落下している点だ。

 それ故、乗客を乗せたライドは、文字通り“叩き付けられる”ように人工池へ落下する。それがあの巨大な水柱を生むというわけだ。

「あれはちょっと怖いかも……」

 絶叫系が苦手でない真奈美も、流石に尻込みしている。

 しかしここに来てようやくデートっぽくなってきたのだ。引き下がるわけにはいかない。

 意を決して乗り場へ向かうと、合羽の貸し出しが行われていた。あの豪快な水しぶきを全身に浴びるとなれば、当然の措置だろう。さらに手荷物を預けるロッカーも設けられている。

 案内に従って八人乗りのライドに乗り込むと、踝まで水に浸かった。

 排水がきちんと行われているのか、非常に心配である。今はまだいいが、夕方頃には水の重さでボートが沈むのではないだろうか。

 そんな懸念を余所に、

「では、皆様。冒険的な旅へ行ってらっしゃーい!」

 スタッフの笑顔に見送られ、ボートは、ドブン…と水路に沿って進み出した。

 ジェットコースターと違い、一瞬のスリルを味わうウォーターシュートは、落ちるまでに様々な演出や装飾が用意されているものである。しかし、ここは絶叫スペシャルランド。絶叫のみを追究した場所であり、周囲は異質な空間に支配されている。

 上空から降り注ぐ悲鳴。すぐ真横をハイスピードで駆け抜けるコースター。

 隣に真奈美がいなかったら、今すぐにでも帰りたいくらいだ。

「あの、柴田君。……本当は今日、私と二人で来たかったんだよね?」

 唐突に。

 ポツリと呟くように。

 真奈美はそんな問いを口にした。

「……え?」

 瞬間、すべての音が消え失せた。

 落下口の轟音も。乗客の話し声も。橋上に集まった人たちの歓声も。

 今、こいつ、何て……。

 すぐ近くにある真奈美の横顔。その頬がほんのり染まっているようで。

 ――って、えええぇぇえええぇええ!?

 いや、待て待て、おかしいだろ! あの、真奈美だぞ? 希ちゃんに人生の九割捧げているような奴だぞ?

 嬉しくもあり、同時に不気味でもあり、俺の脳はパニック状態に陥っていた。

 何だ、何だ? さっきの水しぶきで脳が壊れちまったか? いや、むしろ浄化されたと言うべきか?

 ……って、んなことは、どうでもいい! さっきの言葉の真意を考えるほうが重要だ。

 えっと、えっと……落ち着け。あいつは何て言った?

 そう。“本当は今日、私と二人で来たかったんだよね?”と聞いたんだ。

 そりゃあ、もちろんその通りだが、あいつが男心を理解しているとは思えんし……。

 ぐるぐる思考のループに嵌まっていると、真奈美は再度確認してきた。

「えっと、ひょっとして、違った……かな?」

「……いや、お前とデートするのが楽しみだったよ」

 ぶっきらぼうに言い終わってから、なにストレートに答えてるんだ、俺の馬鹿ああああああ!と自分をぶん殴りたくなった。これじゃあ、告白してるも同然じゃないか! と言うか、質問の仕方が卑怯だろう。“違ったかな?”なんて聞かれると“いや、楽しみにしてたよ”と答えるしかないじゃないか! や、実際、楽しみで楽しみで仕方なかったから別にいいけどさ。それにしたって、なんで間にデートなんて余計な単語挟んでんだ、こらぁあ!

 セルフツッコミと言うか、悔恨の情にかられている俺を見てどう思ったのか。

 真奈美は面白そうに、くすっと笑うと、

「じゃあさ。今度は二人で出かけない?」

 さらに嬉しい提案をしてくれた。

 ……えーっと、つまりそれは――。

「……デートのお誘いってことでいいのか?」

「うん。今度の日曜日、予定空けておくからね」

 とびきりの笑顔を浮かべて。心から楽しそうなあいつがそこにいて。

 気がつけば、俺も自然に微笑み返していた。

「おおぉぉぉおおお!」

 周囲のBGMが戻ってくる。

 目の前には七十度の急斜面。乗客の盛り上がりは最高潮。

 不思議なものだ。乗る前はあんなに怖かったのに、今は心の内側から笑いが込み上げてくる。

 迫る落下口。その直前で。

 ぎゅっ、と真奈美が手を繋いできた。

 そしてそのまま――。


「お前、髪が乱れてどこぞのホラー映画に出てくる幽霊みたいになってるぞ」

「し、仕方ないでしょ! まさかあんなに水を被るなんて思わなかったし」

 俺の感想に、真奈美は、ぷぅー、と頬を膨らませた。


『ダイナミック・シュート』では、落下の瞬間を自動撮影してくれるカメラがあり、出口からほど近い場所で記念写真を購入することができる。俺たちも早速手に入れたわけだが、いやはや真奈美が面白すぎて、つい爆笑してしまったのだった。

「もうそれくらいでいいでしょ。早く次のアトラクションに行くわよ」

「おい、待てって」

 俺はバッグに仕舞う前に、もう一度写真を見返した。

 ほかに乗客がいなければ初めてのツーショットだったのになぁ、とそんなことを思いながら。

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