絶叫スペシャルランド入園!
さあ、いよいよ全員集合!
本格的に『絶叫スペシャルランド編』の始まり始まり~。
カオスだ、と僕は思った。
緑や田園地帯が延々と広がっているほど田舎でもなく、かといって高層ビルが無数に立ち並ぶほど大都会でもない、この中途半端な名須川市。おそらく浜下町で最も地域性が感じられる浜下商店街も近年は不況の風に晒され、かつての活気も急速に衰えつつある。そんな中、浜下町の隣、日塔町に赴くと、そこには不況?なにそれ美味しいの?とでも言いたげなお城がデデーンと自己主張激しく建っているのだ。東京ドーム何十個分というくらい広大な敷地。その周りを囲む宿泊ホテルと土産物屋の数々。それもただのホテルではなく、庭には観葉植物や豪奢な噴水が中世ヨーロッパ風の華やかな景色を演出している。そして、その庭の上空を掠めるように“レールが走っている”。
これは一体どういうことだろうか。と思って、そのレールの先を目で追っていくと、あろうことか立体駐車場の中を突っ切った挙げ句、モノレールの空中線路を回るように一回転し、その上最寄り駅の改札口から出てきた人を脅かしてお城へと戻っていく。
で、そのお城。なんか知らないけど、スチール製や木製の塔がこれでもかというほど林立している。いや、ただ建っているだけではない。よくよく目を凝らしてみると、塔の天辺に向かってカンカンカンと小さな乗り物が上っている最中だ。
俗にジェットコースターという絶叫アトラクション。なるほど、『絶叫スペシャルランド』というだけあってコースターのバリエーションは半端ではないらしい。しかし……。
問題は塔の高さと、そこからファーストドロップに入る角度だ。周りに比較するものがないので目測で測るしかないけれど、高度は100m近くあるだろう。ナガシマスパーランドの『スチールドラゴン2000』が97mだから、それにほぼ匹敵する高さだ。けれど、『スチールドラゴン』の傾斜が68度なのに対して、こちらはほぼ垂直……。奈落の底に向かうようにレールがストンと真下に落ちている。コースターに乗っている人から見れば、塔の天辺でレールが途切れているように見えるだろう。
あんな危ないマシン誰が設計したんだと訊かれたら、答えは『絶叫スペシャルランド』の最高管理責任者である松本武信氏だ。オープン一週間前に発売された雑誌に松本氏へのインタビュー記事が載っていたが、レポーターが最初の質問に入る前に松本氏は、
「現代の荒廃した社会に必要なものはジェットコースターである」
と神妙な表情で語り出したそうだ。
いきなり何言ってるんだこのオッサンは、というのは僕に限らず大抵の読者が感じた疑問だろうけど、インタビューによると次の通りである。
レポーター:はあ、ジェットコースターですか……。それはまた何故?
松本:それは適度なストレスと興奮を感じられるからだよ、キミ。人間の生産性向上には適度な緊張が欠かせない。過剰なストレスが身体に付加されている状態で生産性が伸びないのは当然だが、逆にストレスがまったくない状態においても同様にやる気が起こらないという心理学的データが出ている。ジェットコースターでは待ち時間中の緊張感、ドロップ前の緊張感、ドロップ後の連続するGにより、絶えず体に適切な負荷をかけることが可能だ。
そしてなんと言っても、猛スピードで疾走するコースターは体内に溜まった嫌なことを発散してくれる爽快感がある。風を切って走ると自然と笑顔が溢れてくる。キミはウォーターシュートに乗ったことはあるかね? ここで絶叫系が苦手な人の表情に着目してほしい。ドロップ前はまるでこの世の終わりのような顔をしていた人も、ドロップ後はスカッとした晴れやかな笑顔をしているのだ。これはほとんどの人間に共通している性質だと私は思っている。人間は危機的状況、あるいはそれを乗り越えたとき、笑うしかないのだ。そしてそれこそが緊張をほぐし、心身を良好な状態に調整してくれると信じている。笑うと元気になれるという科学的根拠に基づいた考え方だがね。
レポーター:なるほど。それで、現代の社会に必要なものはジェットコースターだとおっしゃったわけですか。
松本:実は他にも理由がある。中学生や高校生など、最近の若者はストレス発散としてよくカラオケに出かけるだろう。
レポーター:そうですね。私も会社の同僚と行くことがあります。
松本:我が『絶叫スペシャルランド』には、文字通り絶叫系と呼ばれるマシン、お化け屋敷などのアトラクションを数多く取り揃えている。そのどれか一つに乗るだけでもカラオケ50曲分の効果があると私はみている。是非とも皆様には我がテーマパークをお越し頂き、そして思う存分叫んでいただきたいと思っている。
などとワケの分からない理論をひたすら語ったあと、
「ジェットコースター界の未来に栄光あれ!」
とインタビューを締めくくっている。全体的にもっともらしいことを述べているが、ここまで来るとただの絶叫マニアなだけではないだろうか。まあ、そのくらいでなきゃ、こんな奇抜なテーマパークを作ろうなんて思わないだろうけど、面白さのみを追求しすぎて安全性を確かめるのを怠っていないか非常に不安だ。
僕は改めて先ほどのコースターを見上げる。ファーストドロップからのコークスクリュー。傾斜ループにバッドウィング。トンネルを抜けたあとのゼロGフォール……。それら多種のエレメントを、ファーストドロップ後の速度をほぼ維持したまま超高速で駆け抜けていく。最初は悲鳴が響き渡っていたマシンも、後半は沈黙の海に沈んでいる。これはすなわち、乗客のほとんどが気を失っているか、声を上げる余裕すらないかのどちらかであり、どちらにせよヤバイことには変わりない。
これ、その内死人が出るんじゃないだろうか……。
そんな摩訶不思議な四次元コースターが縦横無尽に跋扈している『絶叫スペシャルランド』。園内から断続的に聞こえてくる阿鼻叫喚の叫びに背中を押されるようにして、僕はみんなとの待ち合わせ場所に急いだ。
「おーい、潤! こっち、こっち!」
エントランスから少し離れた土産物屋。すでに長い行列ができているチケット売り場と違って、こちら側は人が少ない。土産物やグッズは帰りに買う人がほとんどだからだ。それでもまだ肌寒い時期であるため、店内に効いている暖房を求めてやってくる観光客もしれなりにいた。
そんな観光客に混じって、店の入り口で手を振っているのは鈴笠だ。昨日電話で待ち合わせ場所と時間を確認したときは落ち着いている様子だったけど、廣野先輩の隣に並ぶとやっぱり気分が高揚するのか、妙にそわそわしている。先輩はというと、こちらは楽しそうに希ちゃんの髪をお団子状に結ってあげている最中だ。
「せっかく綺麗な髪なんだから、もっとオシャレしなさいよ」
「わぁ、ありがとう、姫幸ちゃん!」
「ちゃん……って、私、あなたより二つ年上なんだけど……」
「うん、知ってるよ。でもあたしと背丈同じくらいだし、優しくて親しみやすいんだもん」
「さらっと言ったつもりだろうけど、前半は聞き捨てならないわね。私のほうが一センチくらい高いわ」
「ふふん、それはどうかしら。あたし、この頃毎日オレンジジュースの代わりに牛乳飲んでいるんだよ」
「そう。だったらまた今度早飲み勝負でもしてみる?」
「うん! 前回はイカサマしちゃったけど、今度は負けないんだから!」
「ふふ、楽しみにしているわ」
一時期対立していたはずなのに(ちなみに、そのときの三本勝負はなぜか僕が理不尽に審判をやらされることになった)、今では仲が良さそうだ。
逆に面白くなさそうなのは佐倉さん。廣野先輩を射殺さんばかりに睨み付けている。現在は柴田が体を張ってディフェンスに徹しているため、惨事はかろうじて免れているが果たしてあと何分持つか……。これは一刻も早く緩衝地帯を設けたほうがよさそうだ。
「遅くなってごめん! バスが渋滞に巻き込まれちゃって」
「へえ、珍しいな。普段の潤なら渋滞も予想して早めに行動するのに」
「あ、いや、家は早めに出たんだけどね。途中で成田探偵事務所に寄ったら思いのほか長居しちゃって、バスを一本逃してしまったんだ」
「ふーん、潤も大変だなあ。でもまあ、俺たちはあの長い列に並ばなくても入れるみたいだし、そんなに気にすることもないと思うぜ」
鈴笠はそれで納得したのか、僕から離れ柴田の応援に加わりに行った。
ふぅ、危なかった……。咄嗟に嘘をついてしまったけれど、なんとか誤魔化せたみたいだ。
鈴笠の言う通り、僕はいつも早めの行動を心がけている。今日もいくらか余裕を持たせて家を出発し、予定していたバスにも乗れた。この待ち合わせ場所にも二十分前に一度来ていたのだ。もちろん、そのときはまだ誰もいなかったが。
そのまま店の前でみんなを待っているつもりだったけれど、思いがけない人物が視界の隅を横切ったことで僕は行動を変更せざるを得なかった。冷徹な瞳に、彫像のように整った顔立ち。誰ひとり寄せ付けないオーラを醸し出しているその女性は、クイズ大会決勝で忽然と姿を消した佐々波清花先輩に間違いなかったからだ。
「どうして、佐々波先輩がこんな所に……」
そういえば柴田も疑問を呈していた。基本的に大勢の人間が集まる場所を嫌う佐々波先輩がクイズ大会に参加していること自体おかしい、と。あのときは柴田の思い込みだろうと思ったけど、なるほどこれは確かに何かありそうだ。
僕は先輩を尾行することに決め、一旦その場を離れた。しかし、これほどの人波を掻き分けながら彼女のあとを追うのは容易くなかった。独特のオーラ所以か、相手が勝手に避けてくれる先輩とは対照的に、ほとんど割り込むような形で追いかける僕。その差はどんどん広がる一方で、ついには見失ってしまったのだった。そしてさらに困ったことに、僕は自分自身の現在地をも見失っていたのだった……。
それでも紆余曲折を経てなんとか土産物屋まで戻って来られたから良かったものの、もし、あのまま彷徨っていたらジェットコースター評論家になっていたかもしれない。安全性問題も含め、それくらい『絶叫スペシャルランド』のコースターにはツッコミ所満載なのだ。よく他人から「潤はツッコミ役としては一流だよね!」という評価をもらうけど、ここほどその才能を遺憾なく発揮できる場所はないだろう。是非、期待していてほしい。
さて、話をもとに戻そう。当面の問題は、依然激化の一途を辿っている佐倉さんと廣野先輩の希ちゃん争奪戦だ。
「いくら廣野先輩と言えど、私の希ちゃんに気安く触らないで!」
「あら、佐倉さん。この髪型気に入らなかったかしら? 私はとても可愛いと思うけど」
「ば、馬鹿言わないで! 希ちゃんはどんな髪型でも可愛いのよ! 先輩は知らないだろうけど、バレンタインチョコを作るときなんかポニーテールにしていたんだから」
「そう。じゃあ、ポニーテールに変えましょうか?」
「うぅ~……。いいえ、別にそのままでいいです」
「で、真奈美。お前はなぜカメラのレンズを拭き始めるんだ」
「それはもちろん、希ちゃんのベストショットを撮るために決まっているじゃない!」
「はあ……。もういいからお前はこっち来い」
「あぁ! まだ撮影が! 希ちゃん! 希ちゃ~~ん……」
柴田に引きずられ、滂沱の涙を流す佐倉さん。彼女の愛が希ちゃんに届く日は果たしてくるのだろうか。いや、届いたら届いたで、それは非常にマズイのだけれど。
ともあれ、ぐったりしている柴田と鈴笠には一応労いの言葉をかけておいたほうがいいだろう。
「二人ともお疲れ様。ここからは僕に任せてくれ」
「ああ、頼んだ。正直、真奈美の暴走は手に負えないからな。ペアを組んで行動するんだったら、あいつは絶対希ちゃんから引き離した方がいいぞ」
「分かってるよ。そのための工夫もしてきたからね」
僕は柴田にウインクして、デイパックの中からシンプルな小箱を取りだした。縦横二十センチ、高さは十センチくらいで、箱の上面には手が入るくらいの円形の穴が空いている。簡単な抽選ボックスだ。
「じゃあ、みんな。テーマパーク内でのペアを決めるから、一人ずつ箱の中に入っている紙切れを一枚取り出してくれ。紙に書かれた番号が自分と同じ人が相方だよ」
「え~、クジで決めるなんて運任せじゃない。私は潤ちゃんと一緒に回りたいのに~」
さりげなく僕に抱きついてこようとする廣野先輩。しかし、僕は笑顔のまま回避する。これは鈴笠の頼みでもあるんだ。あくまで公平にペアが決まったように“見せかけなければならない”。
「廣野先輩の言う通りだわ。私は希ちゃんと見て回るのをすごく楽しみにしていたのよ。それに、私以外に希ちゃんの子守をできる人がいるとは思えないわ」
……佐倉さんの言うことは無視して構わないだろう。と言うか、子守という表現を使っている時点で色々アウトなような気がする。
「あたしは別に誰とでもいいよ。でも、できるなら潤君と一緒に歩きたいな!」
希ちゃんが天使の笑顔で僕を見る。可愛い……。可愛いけど、僕は断じてロリコンではない。もちろん、気持ちはうれしいけどね。そして佐倉さん、こちらに殺気を向けるのは止めてもらえないでしょうか。
「参道。本当に俺と真奈美をくっつけることができるのか? なんの変哲もない箱にしか見えないが……」
「それは俺も気になっていたんだ。一人が一枚ずつランダムで紙を取り出していくスタンダード方式じゃ、先輩と上手くペアになれる確率は1/5だぞ」
不安そうな顔をする二人に、僕は余裕の笑みを見せる。
「心配はいらないよ。僕だって探偵の端くれだからね。不可能を可能にするくらい造作もないさ。まあ、見ててよ」
意見がまとまった所で、僕は箱を軽く振って中身をシャッフルする。よし、これでどう見ても公平なクジ引きにしか見えないだろう。実際は箱の中に一工夫仕掛けてあって、シャッフルされていないのだが。あとは、クジを引く順番を不自然に見えないように操ればOKだ。
「じゃあ、まずは廣野先輩からどうぞ――」
その後は、柴田→佐倉さん→希ちゃん→鈴笠→僕の順で引き、いよいよ結果発表だ。
「希ちゃん、希ちゃん……」
「クジ運は強いのよね~、私」
「先輩と一緒になれますように……」
「潤君だったらいいなあ♪」
「もし真奈美とペアになれたとしても、あの様子じゃどうなることやら……」
数人ほど背景に炎を纏って、まるで念仏でも唱えるようにぶつぶつ呟いているけど無視。結果はすでに確定しているのだから。
「はい。では、いっせーの……」
全員が一斉に紙を開く。
佐倉さん――②
廣野先輩――①
鈴笠 ――①
希ちゃん――③
柴田 ――②
僕 ――③
「これでペアが決まったね」
各々の希望通り、鈴笠は廣野先輩と、柴田は佐倉さんと、希ちゃんは僕と組むことになった。うん、めでたしめでたしだ。
「ちょっと待ちなさいよ! どうして私が希ちゃんと一緒じゃないの!? せっかく、こうしてビデオカメラまで用意してきたのに」
と穏便に済むはずもなく、どうやらまた一悶着ありそうだった。やれやれ……。