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とある記憶のアラカルト  作者: 月夜見幾望
絶叫スペシャルランド強盗事件
20/39

クイズ大会:午後の部

 クイズ大会後半戦。ですが、強盗事件の本筋にも若干関係する構成となっております。

 実質的に予選という形になった前半戦(午前の部)を乗り越え、いよいよ本戦を十分後に控えた午後十二時五十分。人の数は減ったものの、その熱気たるや東ホールの隅々まで覆い尽くしていて暑苦しいほどだった。いま一度確認しておくと、未だ脱落していない参加者は683人。僕と柴田を除けば681人。奇数ということは全員がチームで出場しているわけではなく、個人参加者もいるということだ。

 ふぅん、あの20問を自力で解けた人がいるとは、このクイズ大会なかなか侮れない。まあ、自分が解けなくても相方が解ければ、みたいな他人任せの思考が働いてしまうチーム戦に比べれば、自分が解けなかったら終わりだという暗示めいた集中力を発揮できる個人戦のほうが幾分か勝率は高いのかもしれない。それを証明するデータはどこにもないけどね。

 僕は、駅の近くのコンビニで買ったおにぎりを頬張りながら、ほかの参加者の分析を柴田に伝える。昼休憩の間だけ返してもらったパズル本を、眉根にしわを寄せて眺めていた柴田は顔を上げもせずに答えた。

「例えばの話だが、このパズル本を書いた著者はここに載っているすべての問題を解くことができると思うか?」

「……は?」

 僕は一瞬なにを聞かれたのか理解できなかった。

 自分で書いた本なのだから、その中で紹介されているパズルは全部解けて当たり前じゃないか。そりゃ、数年くらい経てば一つや二つ解法を忘れることがあるかもしれないけど。

 柴田は重々しく頷き、周りを気にするように声を低くして続けた。

「さっきトイレに行く途中で偶然見かけたんだが、俺たちの一つ上の佐々さざなみ清花さやか先輩――ネット上ではMマッドFファルコンというハンドルネームで活動しているが――彼女が大会のスタッフとなにやら小声で会話していたんだ。まるで、いかにも内密にしなければならない事情があります、と言わんばかりの怪しさを漂わせてな」

 怪しく見えたかどうかは柴田の主観によるところが大きいけれど、その前にひとつ確認しておきたいことがある。

「佐々波先輩って、確か元パソコン部のデータベースと謳われていた伝説上の人物だよね?」

 まあ、データ管理を含めた幅広いパソコン技術は廣野先輩と鈴笠も得意とするところだけど、佐々波先輩の場合はほかにも様々なステータスがあるそうだ。僕も詳しくは知らないけど、“かのHDDはパンドラの箱である。迂闊に手を出せばその身に災いが降りかかるであろう”あたりが有名だったかな。一体どこのギリシャ神話だ、とツッコミを入れたくなるほど胡散臭い噂だ。

「伝説って……。別にそこまで大げさなやつじゃないが、まあそれはともかく。気にならないか参道。佐々波清花はこう言っちゃ悪いが、無口、無愛想、唯我独尊を絵に描いたような女だ。他人にとことん無関心とまではいかないにしても、非協力的な姿勢を崩すことはまずない。その彼女がこんなクイズ大会に参加していて、なおかつスタッフと繋がりがあるなんて俺はどうも怪しいと思う。裏で手を回しているのかどうかは分からんが、何かしら良からぬことを企んでいそうで怖いな。

 参道が指摘したように、この大会で個人参加者がいるとすれば間違いなく佐々波清花だろう。彼女が“スタッフを通してあらかじめ問題の答えを知っていた”としたら、ここまで脱落していない理由の説明もつく。もちろん、証拠は何もないが……」

 柴田はかぶりを振って嘆息する。吐き出された空気と一緒に覇気までもが虚空へと消えていった。柴田のやる気の低下はパートナーとしても防ぎたい事態だが、はてさてどう説得すればいいだろうか。なにしろ、もう後半戦開始まであまり時間がない。今から、この広い東ホールのどこかにいる佐々波先輩を見つけ、事の真意を問い質すわけにもいかない。

 僕としては単に柴田の考えすぎだと思うけど、要するに――

「僕らがどんなに頑張っても、全ての答えを知っている佐々波先輩には勝てない、と?」

 裏工作云々よりも優勝できるかどうかを懸念しているのだろう。言い換えれば、知識豊富な佐々波先輩を目の前にして自信がぐらつき、疑心暗鬼に陥ってしまったとも取れる。

 図星を指摘してやると、柴田は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「ば、馬鹿言うな! 優勝に執着していたことは認めるが、佐々波清花の奇怪な行動の意味を判じかねていたのもまた事実だ。参道ならあれに論理的な説明を加えてくれると期待していたが、ふん、よりによって疑心暗鬼で片付けられるとはな。俺もなめられたものだ」

 ありゃま、拗ねちゃった。しかし実際の所、会話の内容を少しでも聞いたならともかく、ただ小声で話し合っていたという目撃情報だけじゃ圧倒的にデータが足りない。いくつかそれっぽい説を語ってもいいけど、すべて憶測に過ぎない仮説ばかりだ。それで柴田を納得させられることはできないだろう。だから、現時点で僕に言えるのは、

「ひとまず佐々波先輩のことは忘れて後半戦に集中しよう。仮に先輩がスタッフと手を組んでいたとしても、今僕らにはそれを証明できる手段がない。でも問題を解き続ければ、なかなか勝敗がつかないことに痺れを切らしてまたアクションを起こすかもしれない。それに賭けてみよう」

「……ん、まあ脱落はしたくないしな。このまま行ける所まで突き進むしかないか」

 柴田がパズル本をとじた直後、大会再開のアナウンスが響き渡った。


 本戦に入ってから、問題はいよいよ複雑で捻りを増してきた。

 例えば――


 第24問:ジョーカーを除いた五十二枚の一組のトランプがある。この五十二枚をよく切ってから、二十六枚ずつ二つの山A、Bに分ける。このとき、Aの中の黒いカードの枚数と、Bの中の赤いカードの枚数が等しくなるのは、千回のうち何回くらい起こりうるか。(制限時間:10分)






「これは確率の問題――」

「に見せかけた引っかけだね。冷静に考えればなんてことはない。柴田、五十二枚のトランプの中に赤いカードと黒いカードはそれぞれ何枚ずつある?」

「そりゃ、もちろん二十六枚ずつだろ」

「そう。そしてAの中の赤いカードは、Aの中に入っている黒いカードの枚数だけ、二十六枚に足りない。この足りない分は、もちろんBの山へ入っているはずだ。とすれば、何回試行を重ねようが、Aの中の黒いカードの枚数と、Bの中の赤いカードの枚数は常に等しいということになる。したがって、正解は千回中千回さ」

 第24問終了。脱落者:67人。残り212人。




 第27問:川の一方の岸に三組の夫婦がいる。向こう岸へ渡りたいが、困ったことに、そばには二人乗りのボートが一隻しかない。しかも、三人の夫は大変なやきもちやきで、彼らの妻が、自分のいないところで、ほかの男と一緒にいるのは一瞬たりとも許せないという。無論、ボートは毎回誰かが漕がなければならない。この三組の夫婦が、全員納得する形で向こう岸へ渡るにはどうすればいいか。(制限時間:15分)






 問題を見た瞬間、僕は、やはり来たか、という気持ちだった。

 川渡りパズル。渡し舟の問題と呼ばれることもあるが、古今東西数多あるパズル・クイズの中でも、汽車の入れ替え(またはボートのすれ違い)と並ぶ世界的に有名な傑作だ。バリエーションが非常に豊富で、出題者次第でかなり高度な難問に化けることもある。

 例えば、イギリスの神学者アルクインが考案した“オオカミとヤギとキャベツ”は最も易しい川渡りパズルだが、往路と復路を一手ずつと考えた場合、計七手で渡れるのに対して、H形の車庫(実際は横棒の間にすれ違うためのスペースが一マス設けられているが)を想定した汽車の入れ替えでは、確か四十三手順も必要になる問題があったはずだ。この問題は見たところ、そこまで複雑ではなさそうだが、かといって気を抜いていては足下をすくわれる。

 柴田は早速、用紙の余白に川の図を描いて、三組の夫婦に見立てた数個の消しゴムとシャーペンをその上で動かしているが、僕の場合、頭の中に情景を描いたほうが楽だ。もしくは探偵修行として自分に枷を課しているのかもしれない。困難に直面したとき、常に紙とペンが傍にあるとは限らないからね。

「柴田、川渡りパズルを解くための鍵、というか盲点を知っているかい?」

 一心不乱にああでもないこうでもないと消しゴムを動かしていた柴田の動きがぴたりと止まる。

「まあ、それくらいはな。一度向こう岸へ渡したものを、もう一度こちら岸に戻すことだろう」

 僕は頷いた。

「そう。そしてもう一つ。条件による“縛り”は、確かに問題を複雑にするけれど、同時に解法も縛る。よく考えれば、動かせる手順はかなり絞られることが分かるはずだ」

「そう断言するってことは、参道にはすでに答えが見えていると?」

「うん。おそらく次の手順で正解だろう。分かりやすいように、三組の夫婦のうち、夫をABC、妻をabcとしようか。まず――」

 ① aとbが渡る。(こちら岸:ABCc、向こう岸:ab)

 ② aだけが戻る。

 ③ aとcが渡る。(こちら岸:ABC、向こう岸:abc)

 ④ aだけが戻る。

 ⑤ BとCが渡る。(こちら岸:Aa、向こう岸:BbCc)

 ⑥ Bとbが戻る。

 ⑦ AとBが渡る。(こちら岸:ab、向こう岸:ABCc)

 ⑧ cだけが戻る。

 ⑨ aとbが渡る。(こちら岸:c、向こう岸:AaBbC)

 ⑩ Cだけが戻る。

 ⑪ Cとcが渡る。終了。

 第27問終了。脱落者:56人。残り99人。


 そして30問が過ぎた頃には、東ホールに残っている参加者はほんのわずかだけになった。もう目だけで正確に数えられるほどだ。ここまで減ると、なんだか放課後の居残り学習を思い出すようであまり気分の良いものではないが、優勝までの距離が確実に縮まっていることと考えれば、逆に闘志が沸々を湧いてくる。あとほんの少し手を伸ばせば届くのだ。

 もちろん、それを阻もうとする実力者たちもあと数人残っている。遠くに見える、すらりとした後ろ姿が多分佐々波先輩だろう。柴田が警戒していた通り、淡々とここまで勝ち進んできている。しかし……。気のせいだろうか、ほかにも見覚えのある人がちらちらいるような……。

 そしてその違和感は、ホール内に反響したアナウンスによって、割とあっさり霧消した。

「――ではここで、数々の難問を解いてきたパズリストたちに各々自己紹介をしてもらいましょう! まだ脱落されていない参加者の方は東1ホール中央に設けられた壇上の周りにお集まりください。繰り返します――」


「やあ、参道君! こんな所で会うなんて奇遇だね!」

 マイマイクを握りしめて極上の笑顔を周囲に振りまいているのは、我が時修舘高校放送部部長、千利清永先輩だ。いかなる状況下に置いても常にハイテンションで実況することを己のモットーとしているこの先輩は、スタッフの人たちが困り顔でおろおろしていることに少しも頓着していない。大方、「新しくオープンした絶叫スペシャルランドの情報を、地域の皆様にいち早く正確に、そして楽しくお届けするのが僕の使命だ!」とかなんとか凡人には理解できない理由をぶら下げて興味本位で首を突っ込んできたのだろう。にも関わらずここまで勝ち進んでこられたのは、ひょっとしたら脳内アドレナリンが過剰分泌しているせいなのかもしれない。

 僕は普段通りの先輩を、普段通りに「どうも」と軽く頭を下げてやり過ごす。清永先輩の実況は面白くないこともないけど、いちいち付き合っていたら身が持たない。そして清永先輩の隣で、女性スタッフを口説こうとして見事に空振っている長身の男に目をやる。

「なぜだ!? キミと僕はあの異世界ホライファーゲンで大魔王ケビンを一緒に打ち破った仲じゃないか! そのとき誓い合った絆をもう忘れてしまったのかい……?」

 なんのミュージカルですか、と問いたくなるくらい、台詞に情熱と嘆きと憐憫とその他諸々のファンタジー設定をぶち込んで朗々と語る、水野白夜先輩。非常に残念なことに、彼もまた時修舘高校の生徒だ(ちなみにオタク文化研究部部長でもある)。

 校内では常に二丁の拳銃モデルガンを携帯している問題児で、生徒指導部からたびたび注意を受けているはずなのだが、まったく効力を成していない。そしてさらに困った悪癖として、所構わず女性を口説こうとすることが挙げられる。本人は至って真面目に、甘い言葉で誘っているつもりらしいが、台詞の随所に入り交じる中二設定とキザな言動が徹底的なマイナス評価を叩き出し、現在も失恋記録を伸ばし続けているという。それでもなお諦めないのは見上げた根性だけど、参考にする気はさらさらない。

「水野もよくやるよねー。ま、あいつはあいつで見ていて面白いし、良いネタの提供者としても貴重だから、僕としては助けられている面があることも事実だけど。このクイズ大会にしたって、水野がいなかったらとっくに脱落していただろうしね」

「え?」

 僕は、背後から口を挟んできた清永先輩を振り返る。

「清永先輩と白夜先輩って、チームで出場されているんですか?」

「うん。最初は僕一人で参加するつもりだったんだけど、どこで聞きつけたのか、水野と会場の入り口でばったり会ってね。そのまま成り行きに任せていたらこの通りさ」

 まさか本戦終盤まで勝ち残れるとは思ってなかったよ、と清永先輩は屈託なく笑う。確かに聞いてるこちらが耳を疑うほどの運の良さだ。よく「百の必然は、一の偶然に劣る」とか「本当に強いのは、運の良い人だ」とか言ったりするけど、清永先輩と白夜先輩のチームはまさにそういう類いの敵だろう。ある意味、佐々波先輩よりも警戒しなければならない相手になりそうだ。

「なに言ってんのよ。あんたたちが優勝するなんてあり得ないんだから。こっちにはサバイバルの天才、既望がいるもん。ねー!」

 ねー、の部分で背後の少年を振り返る、赤みがかったショートヘアの女の子。目鼻のすっきりとした顔立ちと、強い意志を宿した瞳。でもどこか幼く見えるのは、全国の高校生に共通する、ある種の悩みや倦怠感といったものをまったく感じさせないからだろうか。活力に満ちた、生き生きとした笑顔は実に魅力的だが、それを向けられた少年の方は顔に暗い縦線が入っている。あの表情は僕も数回経験があるので分かる。きっと、柳菜美里先輩に無理矢理連れてこられたのだろう。美里先輩と既望先輩が幼馴染みだとは聞いていたけど、そのパワーバランスが必ずしも対等ではないことを二人は教えてくれた。

 既望先輩と腕を組んで(ちょっと羨ましい)にっこり微笑んでいた美里先輩は、やがて僕たちの前に進み出ると、両手を腰に当て、むん!と無い胸を張って宣言した。

「優勝はあたしたちが頂くんだから、あんたらもせいぜい頑張りなさい!」

「…………」

 や、別にそれほど迫力があるわけじゃないんだけど、なんとなく頷いてしまう。廣野先輩と佐倉さんの三本勝負で司会を務めていたときも割と弾んでいるように見えたけど、それにしたってえらいキャラの変わり様だ。きっと、美里先輩にとっては、こちらが素なんだろう。その後ろで既望先輩が「いつものことだ」と盛大なため息をついている。……ゲーム研究部もお疲れ様です。

 まあ、美里先輩と既望先輩のチームが勝ち進んでこれたのは、純粋にお互いの息が合っていたからだろう。ゲーム研究部は、クイズ・パズルにもそれなりに通じている。多少複雑な問題が出されても、二人で協力すれば案外あっさり解けたに違いない。小細工なしの堅実派チーム。なるほど、優勝は頂くと強気で宣言したのも頷けるわけだ。

 しかし、残った九人の内、七人が時修生というのは何か作為的なものを感じずにはいられない。これもまた佐々波先輩の奇妙な行動と関連しているのか、それともただの偶然か……。

「参道、どう思う?」

 柴田も疑問に思ったのだろう。表面上は愛想よく振る舞いながらも、警戒を緩める素振りは見せない。耳元でほとんど囁くようにして訊いてくる柴田に、こちらも最小限の口の動きで答える。

「怪しくないと言ったら嘘になる。けど、佐々波先輩を除く四人はスタッフと繋がっているようには思えない。もし裏工作が働いていたとしても、キーパーソンは佐々波先輩一人だけだろう」

 証拠もない内から疑ってかかるのは少々気が引けるが、佐々波先輩の動向には充分注意を払う必要がある。もっとも今はスタッフの誰とも接触していないようだけど。

 無口で無愛想と柴田が評したように、冷淡な眼差しを虚空へ走らせている佐々波先輩の傍では、二人の男女が壇上に視線を注ぎながら、なにやら話し合っていた。顔立ちや髪の色に共通した特徴があるから、おそらく兄妹で参加しているのだろう。年齢的な差はそれほどないと思うけど、男性のほうがやたら少女にべったりなのが気にかかる。もしかして恋人同士なのだろうか。

「あの二人が残りの一チームか。他人様の前でイチャイチャするのは感心せんが、まあ、あの様子じゃ、ただの一般参加者だろう。やはり怪しいのは佐々波清花だけ、か」

「清花がどうかしたの?」

 地獄耳を持つ美里先輩が怪訝な表情で訊ねてきたけど、僕たちは「何でもありません」と両手を振って曖昧に流した。


 大会責任者の激励のお言葉をいただき、各々の自己紹介が終わった。

 あの男女はやはり兄妹だったようで、男性のほうは紺青鳴海、少女のほうは胡桃と名乗っていた。だがそうなると、軽いスキンシップのつもりでも、辺り構わず妹に抱きつくのはさすがにマズイのではないだろうか……。妹想いの良き兄、と言えば聞こえはいいが、あれはただのシスコンにしか見えない。……まあ、少女のほうも特に嫌そうな顔はしていなかったから、彼らにとっては日常茶飯事なのかもしれないけど、僕はなんだか世の中の広さを改めて思い知らされた気分だった。

 そのほかに特筆すべきことはあまりない。佐々波先輩はマイクを使ってもよく聞こえないほど、ぼそぼそとしゃべっていたので、手掛かりになるような情報は入手できなかった。

 マイマイクを握りしめ暴走実況を始めようとする清永先輩を美里先輩がやんわり阻止したり、白夜先輩が胡桃さんを口説こうとしてお兄さんに殴られているのも見慣れた光景だった。

 最後に、お互い握手を交わしてから解答席に戻る。

 さあ、いよいよ最終戦だ!


 第32問:次の式を、同じ文字は同じ数字に、異なる文字は異なる数字に置き換えて、完全な計算にしてください。(制限時間:20分)

 SEND + MORE = MONEY






「これはあれか。虫食い算の類いか?」

「厳密に言うと少し違う。虫食い算は欠けた数字を復元するパズルだけど、これは文字の仮面をはいで、正体の数字を見破る問題だから覆面算だね。いずれにしても筆算の形に書き直すと解きやすくなるよ」

 もっとも、この問題は割と有名で、確か欧文電報の“カネモットオクレ”の文句が元ネタだったはず。そして通常、この手の問題はOの文字に0を当てることが多いんだけど、そんな暗黙の法則性に頼らなくても、ちゃんと論理で解けるようになっている。ここは正攻法でいきますか。

「まず、SとMの合計が20に達するわけはないから、右辺のMは1であることがわかる。同時に左辺のMも1となる。そうすると、S+1は10、もしくは下位から繰り上がってくる場合、9であることも考えられる。したがって、Sは9か8のどちらかで、右辺のOは0または1のはず。しかし、M=1が決定していることから、Oは0しかありえない。そこで、E+Oは10以上にはならず、S+Mの行に繰り上がらないから、S=9と決まる。

 ここでちょっと整理すると、E+O=N(O=0)より、NはEより1だけ大きく、N+Rは10以上になることがわかる。これを等式で表すと、

 N=E+1……(1)

 N+R(+1)=E+10……(2)

 式(2)で(+1)としたのは、D+Eの行から1が繰り上がってくる可能性があるから。

 さて、式(2)-式(1)を計算すると、R(+1)=9になるけど、9はすでにSと決定しているから、R=8となり、D+Eの行から1繰り上がることがわかる。次に、Yは1や0でないから、D+Eの最小値は12だ。ところが、残る大きな数字は7と6か、7と5だけ。しかもこの中には、Eと、Eより1だけ大きいNが含まれている。よって、E=5、N=6、D=7、Y=2と決まり、覆面はすべてはがされたことになる」

 9567 + 1085 = 10652

 第32問終了。清永×白夜チーム、紺青兄妹脱落。残り5人。




 第33問:次の暗号文を解読し、その問いに答えてください。(制限時間:15分)

 せのすうせれてぺんは、かついよつわいんのえ、いはりしといるたなま






 来た! 暗号解読!

 ミステリマニアとしては、これは他のすべての問題を捨てたとしても解かなければならない一問だろう。そして暗号と言っても、その解き方・作り方は大きく分けて二種類しかない。原文の文字をすべて別の文字に割り当てる換字式か、原文はそのままにして文字の並べ方だけを変える転置式のどちらかだ。この暗号がどちらのタイプなのかを見極めるだけでも、正解にぐっと近づける。

「なあ参道。かなりオーソドックスな解き方だが、これは五十音表かイロハ歌を数文字ずつずらして作られているんじゃないか?」

「典型的な換字式だね。でもこの場合は違うと思うよ」

「なんで分かる? 俺はてっきり暗号文が十文字ずつ読点で区切られているから、10を基準に前か後にずらすのだと思っていたのだが……」

「悪くないよ。“十文字ずつ読点で区切られている”って着眼点はね。でもそこから換字式はどうやっても成り立たないんだ。ほら、暗号文をよく見てみると、始めのほうに『ぺ』があるだろ。五十音の中で半濁音があるのはハ行だけ。それをずらしてしまったら半濁点の処理はどうするんだい?」

「そ、そうか。それは盲点だったな。とすると、この暗号は――」

「うん。転置式と見て間違いない」

 そして十文字を一行と考えて、暗号文を三行に分けて書くと……。


 せのすうせれてぺんは

 かついよつわいんのえ

 いはりしといるたなま


 これを上列左隅から、縦にジグザグにたどって読むと……。


 せかいはつのすいりしようせつといわれているたんぺんのなまえは

 →世界初の推理小説といわれている短編の名前は?


 これだ!

 僕は内心でガッツポーズをする。柴田にも解読方法を教えてあげると、柴田は乱暴に僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「よくやった、参道! ほんと、お前が味方になると心強いな!」

「お褒めいただきどうも。でもまだ終わったわけじゃない。世界中の推理小説の出発点、その発端となった短編小説が何か、柴田は知っているか?」

「ああ。確かエドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』だな。他にも諸説はたくさんあるが、一般的にはこいつで決まりだ」

 第33問終了。既望×美里チーム脱落。残り3人。


「もう! 世界初の推理小説の名前なんて知ってるわけないじゃない! どうして既望も出てこないのよ!」

「おれに八つ当たるな! 準決勝までこれたんだから充分だろ?」

「優勝しなきゃ意味ないのよ!」

 がるるぅう!と吠える美里先輩を後ろから抱きかかえ、潔く撤収する既望先輩。その手慣れた様子から普段の気苦労を読み取った僕は、既望先輩に深く敬礼した。そうか、一人前の男になるためには、女性の無茶な注文も笑顔で受け入れるだけの度量が必要なんですね。……ただ、うっかり手を滑らせて、「どこ触ってんのよ!」と殴られることだけはないように注意しよう。

「さあ、残りは佐々波清花さんと、参道潤君・柴田陽炎君のチームのみ! このどちらかが優勝し、無料パスポートを手に入れることができます! 果たして、次のクイズが最終問題となるのか!? それでは、サドンデスバトルスタート!」

 いよいよ、佐々波先輩との一騎打ち。さあ、なにが来る!?


 第34問:ある日、東山、西川、南原、北村、町田、上野の六夫人が、一緒にデパートへ買い物に出かけました。めいめい自分の求める品物の売り場に直行し、一品ずつ買いましたが、それは、帽子、指輪、本、ブーツ、ハンカチ、洋服の六品でした。

 まず店に入って、町田夫人を除く五人はエレベータに乗りましたが、その中にはすでに二人の青年が乗っていました。二階に着くと、上野夫人のほかに、帽子を買う夫人が降りました。本の売り場は三階です。二人の青年は四階で降りました。ブーツを買う夫人は五階で降り、エレベータに残ったのは、六階で降りる東山夫人だけでした。

 その翌日、南原夫人は、昨日二階で降りた夫人から洋服をプレゼントされましたが、南原氏もまた、昨日ほかの夫人が買った帽子をもらい、夫婦とも大喜びでした。

 では、もし指輪の売り場が一階で、北村夫人がエレベータを出た六番目の人だとすれば、六人の夫人の買い物はそれぞれ何だったのでしょうか。(制限時間:20分)






 文章推理。米書では“推論と判断のパズル”と紹介されているが、解き方は至ってシンプル。問題文に沿って正確な図または表を作り、そこから論理的に推理していけばいい。 この場合、デパートの各階ごとに人名と品名を表に起こせばいいから――。


 一階……町田→指輪

 二階……上野→洋服、?→帽子

 三階……?→本

 四階……二人の青年

 五階……北村→ブーツ

 六階……東山→?


 この表では、帽子と本の買い手が不明だが、帽子は南原氏がもらっているから、南原夫人の買い物は本に決定される。したがって、帽子を買ったのは西川夫人ということになり、残ったハンカチが東山夫人の買い物だ。以上をまとめると、

 東山→ハンカチ、西川→帽子、南原→本、北村→ブーツ、山田→指輪、上野→洋服


「さあ、果たして勝敗の行方は――」

 アナウンスの緊迫した声がホールを支配する。そんな重苦しい状況下でも、佐々波先輩は顔色ひとつ変えない。ポーカーフェイス、能面、無表情。ここまで感情に何一つ波の立たない人も希有だが、動揺を見せないというのは、それだけで強力な武器となる。本心を隠す技術に長けた人は、僕がかなり苦手とする相手だ。

 やがて、巨大掲示板に結果が映し出された。

 第34問終了。佐々波清花脱落。優勝:参道・柴田チーム。

「おめでとうございます! 見事優勝された参道・柴田チームには、一人に一枚ずつ無料パスポートが進呈されます! つきましては――」

 清永先輩に負けず劣らずテンションの高いアナウンスがホールを揺るがすが、僕は並び立てられる賛辞にも無料パスポートにも興味はなかった。無料パスポートのほうは柴田に譲ってやることにして、問題の佐々波先輩は……。

「ん? どうした、参道。急に固まって」

「……柴田。ついさっきまで、佐々波先輩そこにいたよね?」

「ああ。掲示板に数十秒意識を取られていたから、ずっと見ていたわけじゃないが、結果が発表される直前までは確かにいたな」

 じゃあ一体。

 佐々波先輩はどこへ消えたのだろう……。


<参考文献>

・「パズル・クイズル」小城栄著(光文社知恵の森文庫)

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