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vs. 魔術師トワイライト

 今回、魔術師トワイライトの正体が明らかにされます。

「穂村は『ゼロ和二人ゲーム』って知ってる?」

「ゼロワフタリゲーム?」

 ……発音があやしい。どうやら上手く漢字に変換されなかったようだ。

「一般にゼロ和、ゼロサムゲームと呼ばれるアレだろ。複数の人が相互に影響しあう状況の中で、全員の利得の総和が常にゼロになるという」

 おお! 珍しく我が担任が教師らしく見える!(でも、僕たちの担任って美術教師だったような気が……。何で数学の知識まで持っているんだろう……)

「で、参道。それが暗号の解き方に関わってくるのかい?」

「ええ。あの文章は二人の最適戦略を求めろ、という意味だったんです」

「ええと……つまり、どういうこと?」

「あの九つの数字は利得行列を表していたのさ。そこから最適戦略を求めるには、マクスミン戦略とミニマクス戦略の考え方を利用してね……って」

 あ、まずい。穂村の頭から変な煙が出始めている。

「えと、簡単に言うと、それぞれの行ごとの最低点と、列ごとの最大点が重なる部分を求めればいいんだよ」

「ふーん。じゃあ、この行列の場合は、行ごとの最低点が2、3、1。列ごとの最大点が5、8、3だから……答えは3ってこと?」

「正解。ちなみにその点はナッシュ均衡点と呼ばれているんだ」

「ほお。なかなか勤勉家だな、参道は。先生はお前のことちょっと見直したぞ」

 そう言って、“運転中にも関わらず”くるっとこっちを振り返る我が担任。

「先生!! 前見て運転してください!!」

 命の危機を感じた僕と穂村は、おそらく生涯で最も大きな叫び声を上げた。


 『ストア・ヒル』に到着したのはそれから一時間後───すでに日は沈み、夜の闇が広がり始めた頃だった。穂村の言ったように一時間半はかかるだろうと予想していたが、我が担任はかなりのスピードマニアだったらしく、どんどんほかの車を追い抜きながら国道をすっ飛ばしたため、所要時間が短縮されたというわけだ。

「こう見えて、昔は『銀色の弾丸』と呼ばれていたんだよ」

 ニヒルな笑みを浮かべながら我が担任は自慢するが、僕には大雑把なハンドリングとドライブテクで道路を蹂躙する姿と、繊細なセンスが要求される美術教師のイメージがイコールで結びつかない。う~ん、これは学校の七不思議に登録されてもいいんじゃないだろうか(ちなみに、なぜ銀色かと言うと、車体の色が光り輝くシルバーだからだ。ミステリマニアの人は違う意味を想像したかもしれないけどね)

 と、そうだ。穂村は……。

「うっ……気持ち悪い……」

 まだ車内でぐったりしている。まあ、あんな生きた心地のしない空間に一時間も閉じ込められていたら当然だろう。僕だって、乗り物酔いに強い性格じゃなかったら、いまの穂村みたいになっていたに違いない。

「穂村、大丈夫?」

「なんとか……でも、あんまり動きたくないかも……」

「それなら少し車の中でゆっくりするといい。倉庫へは先生と参道で行ってくるから」

「いえ。先生は穂村に付き添ってあげてください。一人残しておくのは危険ですし、委員長に次いで穂村まで誘拐されたりしたら……」

「それはそうだが……。ひょっとして、参道は一人で魔術師トワイライトと対決する気か?」

 僕は黙って頷く。

 なんとなくだけど、最初からそんな予感はしていたんだ。

 ───最後は僕とトワイライトの一騎打ちになるってことに。

「……そうか。頑張ってこいよ。この事件を解決したら……みんなで焼き肉パーティーでもしような」

「先生。それ死亡フラグって言うんですよ」

 そう我が担任に耳打ちして、穂村は青白い顔で微かに笑った。

『参道君。絶対、時葉を助け出してきてね』と目で訴える穂村にアイコンタクトを返し、僕は魔術師の待つ3番倉庫へと向かった。


 3番倉庫───。

 それは『ストア・ヒル』の中でも最も目立たない場所にひっそりと佇んでいた。辺りを支配するのは、完全な静寂と不気味な暗闇。周りの木々は倉庫よりもはるかに高く、森に呑み込まれてしまいそうな感覚になる。なるほど、心霊スポットにはぴったりだ。

 僕は躊躇うことなく倉庫の扉を開け放った。

 ガラガラ……という音が、倉庫の壁や天井に反射してどこまでも響き渡る。

 僕は注意深く、暗闇に目を凝らす。使途不明の大型機械が黒い影を伴ってのっそりと聳え、天井には雨樋のような太いパイプがいくつも走っている。蓄積された埃のにおいが、長い年月の経過を示していた。

 そして───。

 倉庫の最も奥にその場所はあった。モニターの中で委員長が寝かされていた場所。あのとき、儀式的な雰囲気を感じたように、そこは倉庫の中でも最も広い空間だった。かなり高い位置に設置された窓から、青白い月光が射し込んできていた。後になって分かったことだが、3番倉庫の裏手は崖になっているため、光が木々に遮られることなく届くのだそうだ。

 しかし、そこに委員長の姿はなく、代わりに一人の小柄な少女が屹立していた。

 身長は145cmあるかないかといったところだろうか。

 華奢な身体に不釣り合いなほどサイズの大きいライトグレーのコート。頭には可愛らしいピンクのソフト帽を被り、その手には虫眼鏡ルーペが握られている。大きく開いたコートの隙間からはブルーのスカートと、すらりとした健康的な足が覗いていた。

 探偵らしい格好を思い描いてくださいと言われて、おそらく十人中九人がこんな姿を最初に想像するだろう。これでパイプをくゆらせていれば、まさに理想の探偵像といった風情になるに違いない。

 その少女が僕を見て口を開く。

「待ちくたびれたわ。あなたならもう少し早くあの暗号を解読できると思っていたんだけどね、”参道潤君”」

 よく響く、ソプラノの声。けど、それは同時に探偵特有の詰問の色をも伴っているように感じられた。

 僕は警戒を緩めることなく、素性が知れない少女に問う。

「……君は一体何者なんだ? どうして僕の名前を知っている?」

 すると少女は、やれやれと肩をすくめた。

「あなたも探偵の端くれなら、それくらい自分で推理してみてはどうかしら。犯人であるあたしに答えを聞くのはいくらなんでも失格アウトよ」

 !?

 この子、いま何て……。

「ようやく分かったみたいね。そう、あたしが魔術師トワイライト。絵桐時葉を消し、あなたをここにおびき出した主犯よ」

 えええぇぇぇえええぇええ!!?

 トワイライトって、こんなちっちゃな女の子だったの!?

 委員長が消えたときよりも数倍大きな衝撃が全身を駆け巡った。頭の中が混乱して、思考が上手くまとまらない。

「え!? だって、視聴覚室でスピーカーを通して話していたトワイライトと、いまの君とでは口調がまったく違うじゃないか」

 すると、少女はフッと鼻で笑った。まるで『そんなことも分からないのかね、ワトソン君』とでも言いたげな表情だ。自分よりも小さい子に思いっきり見下された僕は、少しカチンときた。

「どうやら、あなたは『魔術師の美学』を理解していないようね。魔術師の口調は昔からああいうものだって決まっているのよ」

「…………」

 そこで、『へえ、そうなんだー』と素直に納得できるほど、僕は非常識な人間じゃない。大体、”魔術師の美学”ってなんだ……(そういえば、昔読んだ本の中に、怪盗は独自の犯罪哲学と信念を持っていると書かれていたけど、それと似たようなものなんだ……ろうな、多分)

 僕の無理やり納得したような笑顔を見た少女は、うんうんと頷いてさらに言葉を続ける。

「だけど、いまのあたしは服装からも分かるようにトワイライトじゃない。裏の顔を演じるのもけっこう楽しいんだけどね。やっぱり、あなたに宣戦布告するときは”こっち”じゃないと」

 少女は言葉を切ると、人差し指を拳銃のように、びしっ!とこちらに向けて、

「いまのあたしは、表の顔。超天才美少女探偵、朧月希おぼろづきのぞみよ!!」

 そして、見事なウインク。もし、これが少女漫画なら、彼女の背景に花がたくさん咲き乱れていることだろう。

 完璧にキマった! そんなオーラを醸し出している彼女には悪いが、僕は一刻も早くこの場を立ち去りたくて仕方なかった。

 一体どこの世界に、自分のことを“超天才美少女探偵”と名乗る子供がいるのだろうか……。

「えーと、希ちゃん? もう暗いし、早く家に帰ったほうがいいと思うよ。家族も心配しているだろうし」

 あくまで、大人の余裕を崩さず、優しく話しかける僕。しかし、彼女は何が気に入らなかったのか、天使の微笑みを一瞬で般若の形相に変えると吠えた。

「子供扱いするなー! これでも高一なんだからね!」

 うそぉぉぉおお!?

 僕はまじまじと彼女を観察する。……うん、どう見ても小学校高学年くらいにしか見えない。潤は知らなかったが、とある業界ではこういうのをロリ属性と呼ぶ。

 しかし、子供ならまだしも、高一で美少女探偵を自称するのは傍から見てイタイことこの上ない。

 この子、どっか悪いんじゃないのだろうか……。そう思っていた潤は後日、警視庁捜査一課の紺青鳴海という刑事との出会いを通じて世界の広さを痛感することになるのだが、それはまた別の物語である。

「とにかく、同じ探偵として、あなたに頭脳勝負を挑ませてもらうわ。それに勝てたら絵桐時葉の居場所を教えてあげる。どう?」

 そこまで言われたら、後には引けない。僕は無言で頷いた。

「それじゃあ、ついて来て」

 希ちゃん(自分と同い年だと分かってはいても、容姿的にどうしても“ちゃん”付けしてしまう)は倉庫のさらに奥へと歩き出す。よく見ると、隅の暗がりに小さなテーブルが置かれていた。彼女はそれを月光の輪の中に運ぶと、コートの内側からお菓子の缶を取り出した。そしてフタを外すと、缶を僕に寄越す。何も仕掛けがないことを確かめろ、という意味だろう。

 缶の中身は空っぽ。側面や底に穴や仕掛けはなく、二重底にもなってはいない。ごくごく普通のありふれた缶だった。

「潤君、百円玉持ってる?」

「え? うん、持ってるけど……」

 突然、無邪気な笑顔で潤君と呼ばれてドキッとする。希ちゃんは、性格はともかく、容姿はかなり可愛い。もし、敵じゃなかったら絶賛失恋中の鈴笠あたりに紹介してやっていたかもしれない。

「じゃあ、百円玉貸してくれる? あ、そのままだと面白みに欠けるから、裏側に適当な文字でも書いてよ」

「文字はなんでもいいの?」

 希ちゃんが頷いたのを確認して、僕は筆箱からマジックを取り出し、百円玉の裏側(どっちが裏なのか忘れたけど)に小さく『潤』と書いて、彼女に渡した。

 彼女は受け取った百円玉を缶の中に入れるとフタを閉めた。その状態で缶を振ると、確かにカン、コンと中で音がする。

「じゃあ、これをテーブルの上に置いて……っと」

「待った。一応、そのテーブルも調べさせてもらってもいいかな?」

「ふふ、さすが探偵ね。どうぞご自由に」

 テーブルもだいぶ使われていなかったのか、表面にかなり埃が積もっていた。けど、それだけだ。少し脚の部分がぐらついている以外、何もおかしな所は見当たらなかった。

 もちろん、テーブルを調べている間も、視界の隅で彼女の様子を捉えていたが、ただ黙って僕を見つめていただけで妙な動作は一切していない。

「もういいかしら」

 僕が頷くと、彼女は缶をテーブルの上に置き、自身はそこから三メートルほど離れた所に移動した。そして、僕に向かって優雅に一礼する。その仕草は超一流の魔術師マジシャンのようだった。

「今宵は私のステージにお集まりいただき、心から感謝している。今からお見せするのは次元を超えた空間移動。物質を三次元のある座標から目標地点の座標まで一瞬で移動させてご覧にいれましょう。もちろん、途中で経由するのは多次元空間ですから、二点間のあらゆる障害物や距離は無視されます。……そう、ちょうど私が君の学校からここまで一瞬で移動したように、ね」

 ニコっと無邪気に微笑む希ちゃん。でもその笑顔は……なんだか怖かった。

「さて、では早速マジックに移りましょう。今回は缶の中にある百円玉を私の手に一瞬で移動させます。もちろん、タネを見破りたい方はそれでも結構。ただし、“できるものならね”」

 希ちゃんが感情の籠っていない瞳で僕を見る。先ほどの子供っぽさが嘘のように消え、まるで別人のような圧力が僕にのしかかる。それに負けまいと僕は彼女を睨み返した。

「では……1(アン)、2(ドゥ)、3(トロワ)!」

 彼女が右手の指をパチンと鳴らすと、指先に百円玉が現れた。それも、ちゃんと『潤』と書かれている僕の百円玉が……。

「そんな……馬鹿な!」

 希ちゃんは缶のフタを外して中身を見せてくれるが、そこにあったはずの百円玉は影も形もなく消えていた……。


 ある物を一瞬で移動させたように見せる手品については、僕も少しくらいは知っている。

タネは至って簡単で、“あらかじめ、同じ物を二つ用意しておく”というものだ。

 手の中に隠し持っていたもう一つのコインを、指を鳴らすと同時に取り出し、観客がそれに驚いている隙に缶の中にあるほうのコインを素早く消す───マジックではよくあるカラクリだ。

そして、場合によってはそこに面白みを加えるために、観客にコインの裏側に適当な文字を書いてもらうことがある。例えば、A~Zの中であなたの好きなアルファベットを一文字書いてください、というように。

 観客がどの文字を書くのかは予想できないのだから、事前に同じコインを用意できるはずがない───客はそう思い込むだろうが、実はそんなことはない。まだまだカラクリの余地は充分にある。

 その一つが、文字を書き込んだ客とマジシャンが仲間グルだった場合だ。マジックの前に、どの文字を書くか打ち合わせしておけば、この問題は楽に回避できる。けど、僕と希ちゃんは初対面だし、敵同士だ。この可能性は万に一つもない。

 そしてもう一つが……“A~Zまでのアルファベットを一文字ずつ書き込んだ、合計26枚のコインを用意しておく”という仕掛けである。これなら観客がどの文字を書き込もうが関係ない。予想され得る答えをすべて用意してあるのだから。

 彼女が『裏側に適当な文字でも書いてよ』と要求したとき、僕は真っ先にこのトリックを思いついた。だから、僕は『文字はなんでもいいの?』と確認したんだ。予想される有限の集合の全要素を彼女はすでに用意しているんじゃないかと疑ってかかった。

 しかし……彼女は僕の問いに“頷いた”。

 無限とも思える集合の中から好きな文字を決めていい、と彼女は笑った。

 だから……この可能性もない……。彼女の手の中に現れた百円玉は、正真正銘僕のものだ。

 じゃあ、一体どうやって……。


 次回はいよいよ謎解き編になります。この事件の黒幕とは一体誰なのか。そして事件を起こした動機とは?

 すべては一本の線で繋がり、一つの結末へと収束する。

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