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バレンタインチョコ争奪戦!!

 さあ、待ちに待ったバレンタイン!

 果たしてロリコン同好会メンバーは希ちゃんの手作りチョコをゲットすることができるのか!?

「明後日だ……」

 大柄の体躯から発せられる低い響きが部屋の空気を不気味に震わせる。その鋭い眼差しはまるで獲物を狙う鷹のように鋭利で、これまでに幾たびの死線を超えてきたことを物語っていた。

 オレンジジュースの空き缶やアルコールランプ、可愛らしいイルカのぬいぐるみなど、雑多なもので埋め尽くされた小さな部屋。

 その狭い室内にそぐわない豪華なソファに深く腰掛けている件の人物。

 彼の目には、閉め切ったカーテンの隙間からわずかに差し込む光に浮かび上がる、自分と同じ屈強な男たちの姿を捉えていた。が、今日まで共に喜びと苦しみを分かち合ってきたはずの仲間たちの目は虚ろだった。光の感じれらない、そう、まさに数々の絶望を味わってきた者特有の生気のない瞳……。

「お前ら……」

 同じ有志で集った仲間たち。そのリーダーとして輪の中心にいる彼だけに、皆の気持ちが痛いほどよく分かった。普段ならここで励ましや慰めの言葉をかける彼だが、今回だけはその言葉が浮かんでこなかった。

 生きる屍と化した彼らの心に、再び息吹をよみがえらせるのは自分ではない。言葉でもない。

 彼は首を振り、カーテンの隙間から外の景色へと視線を走らせる。

 ちらちらと、音もなく降り続ける雪。白く染まった校舎群。

 この季節はひどく不安定だ。期末、冬休み、クリスマス、大晦日、正月……と立て続けに行われる様々なビッグイベント。人々の心は浮かれ、この時期はどの番組を見てもそれなりの盛り上がりをみせている。景気の悪さはひとまず棚に上げておこう、というつもりなのかどうか知らないが。

 だが、俺たちにとってそれらはただの前座でしかない。いや、むしろ学校中が狂気に染まるXデーへのカウントダウンといったほうが正しいか……。

 肯定するでも否定するでもなく、ただ静かに降り続ける外の雪から視線を室内へと戻した彼はまるで自分自身に語りかけるように言う。

「明後日、この時習館高校を揺るがす大事件が起こる。生徒は狂気に染まり、クラスは混沌と化し、もしかしたら血が流れるかもしれん……」

 その不気味な低い響きに集まった男たちはごくり、と唾を飲んだ。みな、知っているのだ。彼の言ったことが誇張でも虚言でもなく、紛れもない真実だということを。今年こそはと、胸に秘めた悲願を叶えるため、他人を力尽くで押しのけてでも一塁の希望に執着する。

 その様子はまさに戦争と表現しても差し支えないだろう。

 一日限りの争奪戦。力ある者が勝ち残り、意志の弱い者は早々に狂気の波に飲み込まれ、そのまま溺れ死ぬ。

 ここに集ったメンバーは、残念ながら後者だ。熱意だけは人一倍どころか百万倍はありながらも、イケメンというたった一つのアドバンテージを持った奴らにことごとく阻まれてきたのだった。男は顔ではないとは思うものの、現実の厳しさはそう容易く覆らないらしい。

 その事実を嫌というほど思い知った男たちから、ため息ともつかぬ吐息が漏れる。だが、むさ苦しい野郎の吐息なんか眺めてもなにもときめくものがない。

 ――つまりはそういうことなのだろう。

 なぜか妙に納得してしまった自分を末恐ろしく思いながらも彼は続ける。

「だが案ずることはない。俺たちはこの半年間、誰よりも心と体を鍛えてきた。思い出せ、あの辛かった地獄のような筋トレの日々を。朝は野球部よりも早く集合して早朝ランニング、放課後は周囲に変な目で見られながらも腹筋、腕立て伏せ、スクワット、発声練習諸々を頑張ってきたんだ。それこそ全米が涙するほどに!」

 彼の演説に、ある者は遠い目をし、ある者はうんうんと実際に涙を流してうなずいた。

 真奈美には"それ努力の方向音痴だと思うんだけど……"とかなんとか言われたが、女のあいつに俺たちの痛みが分かるはずもないだろう。と言うか、そもそも根本的に道を踏み間違えている真奈美にだけは言われたくない台詞だ。

 その流れでしばし女性の本質について考えを巡らせていると、メンバーの中から手が上がった。

「しかし柴田隊長。今年の倍率は昨年の比ではないくらい厳しくなると予想されますが、なにか手はあるのですか?」

 倍率。

 普通は高校や大学入試などで定員数と志願者数の比を表すのに使われるが、ここでは違った意味合いを持つ。すなわち、一人の女子に対し何人の男がチョコを求めて群がるか、という意味である。どことなく男の悲しさを漂わす表現であるが、これ以上わかりやすい説明はないので勘弁してもらいたい。

 ちなみに、ある特定の女子の倍率を予想する賭けも一部の男子の間では浸透しているが、その道のプロによると今年の目玉は希ちゃんの手作りチョコらしい。

 彼――柴田陽炎は部室の壁を見回す。そこには件の少女、希ちゃんの隠し撮りブロマイドがざっと三十枚以上展示されている("貼る"ではなく"展示"だ。そこんとこ間違えないようにしてもらいたい)

 どれも写真部に頭を下げて依頼したものだが、あそこの部長は割と俺たちに理解を示してくれているようで、本来なら高値で取引されるところを格安で譲ってくれた。

 しかし、黒猫の頭を撫でている写真や、長い髪をツインテールにまとめている最中の写真はともかく、見えるか見えないかのぎりぎりを狙った超ローアングルの写真とかは一体どのようにして撮影したのだろうか……。是非ともその技術を聞いてみたいが、下手に真似したら十中八九職質にかけられるのがオチだろう。

 なにより、そんな姑息な手段は俺の性に合わない。我がロリコン同好会は"堂々と"がポリシーなのだ。……いや、それもどうかと時々思うことはあるが。

 とにもかくにも、これらのブロマイドが真奈美をロリコン同好会に引きずり込んだことは間違いない。実際、あいつは今でも時々部室に顔を出しては、まるでキスでもしそうなほど至近距離で希ちゃんの写真をうっとりと眺めている。……ほんとに頭大丈夫なのかとこっちが心配になるくらいアブないやつだ。

 そんな危険人物にして我が同好会の紅一点でもある真奈美は、今ここにはいない。放課後に希ちゃんとバレンタインチョコを作るらしく、今頃は浜下商店街で材料を購入していることだろう。

 そう、何気にさらっと流したが、ここが重要なポイントだ。良くも悪くも真奈美は希ちゃんと強い繋がりを持っている。そしてこの強力なコネクトが俺たちのアドバンテージとなる。

 柴田は問われた質問に薄く笑んで答えた。

「もちろん手は打ってある。今、γとδ、それにεの三人に真奈美と希ちゃんをこっそり尾行してもらっている。隠密スキルにおいて、あいつらに敵うやつはいないから追跡がバレる心配はないだろう。そして今回のミッションにはもう一人、パソコン部から期間限定でスカウトしたスペシャリストを投入している。ぬかりはない」

「隊長。まさかそのスペシャリストって……」

 メンバー全員が息をのむ。その名を口にするだけでも恐ろしい、といった表情だ。

 無理もないだろう。まさか真奈美のさらに上をいく"ロリコン女帝"が存在していようとは一体だれが想像できようか。

 パソコン部自体は文化系の部活の中では割とメジャーな方だろう。公立と私立で、空調設備が整っていたりいなかったり、最新のパソコンを導入していたりいなかったりという程度の違いはあるだろうが、どこの高校にもパソコン教室くらいはあるはずだ。

 時修舘高校のパソコン教室は授業内の実践で使用されることがあるため、旧校舎ではなく実験棟の二階に設けられている。公立高校でもあるにも関わらず、それなりにスペックの高いパソコンを導入していることで有名らしいが、その辺の詳しいことはよく分からない。

 ただ、オタクが集まりやすい性質上、古くから生徒会役員と対立している部のひとつであることは耳にしていた(我がロリコン同好会も対抗組織の右翼を担っているだけあって、彼らの姿勢には好感が持てる)

 その形成図に変化が生じたのが二年前の春。一人の女生徒がパソコン部に入部してきたことから始まる。

 彼女はまさに有言実行ならぬ無言実行を絵に描いたような人物で、入部当時から周りの部員とは一線を画した近寄りがたいオーラを出していたという。

 事実、彼女はだれの力も借りず、プログラミングや新しいアプリの開発、ホームページ制作に画像処理と、あらゆることをひとりでやってのけた。部員の中には、彼女の言語能力がすべてパソコンスキルに吸収されてしまったのではないかと疑いを抱く者もいたそうだ。

 そんな彼女の存在は生徒会の中でも話題になった。

 本年度の予算配分や各部活・同好会のスケジュールをパソコンで管理していた生徒会は、その仕事の一部を彼女に任せるかわりに、パソコン部への監視を和らげることを当時の部長に約束した。

 そういう経緯もあって、現在のパソコン部はオタク濃度120%増しのカオス空間と化しているわけだが、驚いたことに彼女もその例外ではなかったのだ。


 ――これは、とある日の放課後のこと。

 彼女がトイレに立ったタイミングを狙って、彼女専用のパソコンにUSBケーブルで接続されているポータブルHDDの中身をちょこっと拝見しようとした勇者がいたのだが、彼はそこに映し出されたあまりにも信じがたい光景に思わず、

「なんだ、これは……」

 と、絶句した。

「おい、どうしたんだ?」

 ディスプレイを眺めたままフリーズしている彼の様子がおかしいことに気付いたのか、部員たちは怪訝そうに声をかけながら彼の周りに集まった。そして彼らが目にしたものとは――

「『ロリっ娘秘蔵コレクション No.45 ~スク水編~』……?」

 そう、明らかに小学生(スク水姿)を盗撮したとしか思えない画像(しかもノイズを除去した超高画質)が、ずら~っと百枚以上並んでいたのだ。

「………………」

 いかに二次元で鍛え抜かれた猛者たちであろうと、これにはドン引きである。

 彼女が隠れロリコンであったことは、さして驚くべきことではない。女性であれば、そういうオタク趣味を隠したくなるのも無理はないだろう(佐倉真奈美という女生徒は別として)

 問題なのはそれを三次元リアルに求め、あまつさえ小学生の画像を大量収集している点だ。

 佐倉真奈美は前者でかろうじてストップしているようだが、ロリコン同好会へ頻繁に足を運んでいることから推測するに、後者へ走り出すのも時間の問題なのかもしれない。いや、それは今はどうでもいいことではあるが。

 しかし、弾けるほどのエネルギーと笑顔を振りまいてポージングを決めている目の前の小学生たちを看過するわけにはいかない。これは歴とした犯罪なのだ。

 部員たちはお互いに顔を見合わせて、力強くうなずき合う。

 そして先ほどの勇者が己の正義感に基づいて画像をすべて削除しようとした……のだが、

『削除するためのパスワードを入力してください』

 ピコン、という軽いエラー音と共に浮かび上がる文字列。彼らの目には『パスワード』の五文字が一瞬にやりと笑ったように見えた。

「手強い……」

 全員の頬を冷たい汗が流れる。それらしい文字列を試してみてもいいが、もし失敗したらと考えると肝が冷える。今度ばかりは、さすがの勇者も沈黙せざるを得なかった。

 結局、"何も見なかったことにしたほうが良さそうだ"という結論に達した彼らは、ウインドウを閉じようと×ボタンをクリックした。途端――

「お兄ちゃん、もう行っちゃうの……? あと少しだけでいいから美優みゆと遊んでくれると嬉しいな♪」

 超ロリロリの電子ボイスがパソコン教室に響き渡った。そしてその直後、教室のドアがバーンッ!!と派手に開いたかと思うと、

「ちょっとあんたら!! あたしの美優ちゃんになにしてんのよっ!!」

 トイレから戻った彼女が、その辺の机と椅子(+運悪く座っていて巻き添えを食らった可哀想な奴ら)を吹っ飛ばしながら突進してきた。その鬼のような形相に全員がひるむ。

 彼女は相棒に駆け寄ると、

「大丈夫、美優ちゃん? ごめんね、怖い思いさせちゃって。でも安心しなさい。こいつらには容赦なく制裁を加えておくから」

 死刑宣告を口走りながらも素早くパソコンをシャットダウンして、部員たちに向き直る。そして舌でぺろりと唇を舐めながら、妖艶さが漂う笑顔で訊ねた。

「さぁて、聞かせてもらおうかしら? 一体だれがこんな勝手な真似しようなんて言い出したのか」

 獰猛な肉食獣でさえ裸足で逃げ出すような鋭い瞳で睨まれ、命の危機を感じた彼らの頭に浮かんだのは"連帯責任"ではなく"責任転嫁"だった。

 全員の視線が勇者に集中する。その視線には、"お前の死は無駄にはしない!"という声なき意志が込められていた。

「このあたしを怒らせたらどうなるか、たっぷりその身に刻み込みな!」

 それからの彼女はまさに台風だった。描写するのも躊躇われるくらい暴れに暴れたあと、

「今日限りでこの部活辞めさせてもらいます!」

 と宣言し、教室を出て行った。

 そのあとに残されていたのは、大量の怪我人と『MF』と書かれた名刺らしきものだけだったという……。


 柴田が彼女――MFから声をかけられたのは三学期に入ってからだった。

 希ちゃんの手作りチョコを手に入れるため、バレンタインの期間だけ共闘しないか、と。

 どうやらあの一件以来、自分と同類の人間にはロリコン趣味を隠し通すのは止めたらしい。柴田にとっては、真奈美が二人に増えたようで正直気が滅入ったが、彼女の参戦が勝敗に大きく左右することは確実なので不承不承うなずいた。

 どうせなら、ということでこの機会にロリコン同好会に入らないかとそれとなく誘ってみたが、「むさい男どもと馴れ合う気はないわ!」と、にべもなく断られた。まさに唯我独尊の塊みたいな女である。

 しかしその直後、ふっと表情を柔らかくして「それに、希ちゃんとあの女の子の仲を邪魔しちゃ悪いしね」と付け加えたのを覚えている。彼女も真奈美と廣野姫幸の三本勝負に立ち会った観客のひとりで、そのとき何か思うことがあったらしい。

 そんなわけで、彼女とはこれが最初で最後のミッションだ。そう思うと、自然と声にも力がこもる。

「MF。そっちの様子をこちらのパソコンに流せるか?」

 柴田は毎度お世話になっているトランシーバーを通して確認する。

「あたしを誰だと思ってんの。そんなの赤児の腕をひねるよりも簡単よ。そっちのパソコン立ち上げて準備しといて」

 すぐさま自信満々の声が返ってくる。実に頼もしいことこの上ない。

 柴田は指示通りパソコンの電源を入れ、デスクトップ上に並んだアイコンの中から、"MF"と名前のついたものをダブルクリックする。詳しい仕組みは分からないが、向こうが見ている映像をリアルタイムで視聴できるソフトらしい。つまり、このパソコンで真奈美と希ちゃんの動向を知ることができるというわけだ。

 しばらく真っ暗な画面が続いていたが、二十秒ほど経過したころ――

『うわぁ~、バレンタインシーズンなだけにどこのお店もチョコレートの宣伝が目立つわね』

『チョコレート~♪ お菓子~♪ るんるんらん♪』

『あぁ……、希ちゃんマジ天使……』

 真奈美と希ちゃんの姿が映し出された。予想通り、浜下商店街を二人でぶらついている。

「うぉおおおおおおおおおおお!!!!! 希ちゃあああああああああああああああんっ!!!!」

 映像が表示された途端、メンバーたちの最高に熱い愛の叫びが轟き渡った。さっきまで死んだ魚のような目をしていたのに、今や"俺のロリコン魂が火を噴くぜ! ヒャッハー!!"状態になっている。

 はっきり言ってむさ苦しい。

「黙れ、お前ら!! 気持ちは分かるが、俺たちに向けられている生徒会役員サツの目を忘れるんじゃねえ! 大声でみだりに騒いだら、奴らがすっ飛んでくるだろうがっ!」

「す、すみません……」

 できればメンバーの気勢をそぐようなことはしたくないのだが、これは戦争なのだ。数多の男どもを相手にするだけでも大変なのに、そこに生徒会役員まで介入されたらたまったものではない。なにより真奈美と希ちゃんの会話が聞こえなくなるのが一番困る。

 メンバー全員が沈黙したのを確認してから、柴田はもう一度釘を刺す。

「いいか野郎ども。希ちゃんのチョコをゲットしたかったら、我慢するところは我慢しろ。なにも終始無言を徹底しろとは言わん。だが、しゃべるにしても小声で、だ。それを肝に銘じておけ」

 柴田はパソコンに視線を戻すと、モニターを凝視する。

『よし! これだけ買い込めば多分足りるでしょう。あとは希ちゃんの台所を借りて作るだけね』

『真奈美ちゃんは誰にチョコあげるの?』

『私? ええと……どうしても言わなきゃだめ?』

『ううん、別にいいよ。その反応だけでなんとなく分かったから』

『の、希ちゃん! そのことは誰にも言わないで。お願い!』

 うーむ。真奈美の慌てようから察するに誰か片想いの相手でもいるのだろうか。その相手が気にならないといえば嘘になるが、しかし意外だ。あいつも一応女子だったんだな。

 ほっとするのと同時に、なんだか他人の心をのぞき見しているみたいで居たたまれない気分だった。いくらチョコが欲しいとは言え、これは男子が聞いてはいけない会話ではないだろうか……。

 そもそも誰にチョコを渡すかは、あの二人が決めることだ。そしてそこには、俺たちが立ち入ってはいけない大切な想いが込められているに違いない。

 ここ数年、嫉妬や劣等感で盲目になっていたが、バレンタインとは本来そうあるべきものなのだから。

 柴田がミッションの続行を取り消そうか悩んでいると、

『うーん、でもそうね。私がお世話になっている同好会のみんなには、とびきり美味しいチョコをプレゼントしてあげたいな』

 そんな真奈美の声が聞こえてきた。

 メンバー全員、これには驚いたようだ。誰もが閉口し、次の台詞に耳をそばだてている。

『同好会のみんな?』

『えっと、ほら児童公園で雪合戦したときに協力してくれた人たちよ。みんな大柄で強面だから、希ちゃんには怖そうな人たちに見えちゃったかもしれないけど』

 えらい言われようだ。

『でも本当はみんな優しいって知ってる。こんな私でも仲間として迎え入れてくれた。私の趣味を笑わずに受け入れてくれた』

 そりゃそうだ。ここにいる奴らは全員お前と同じ趣味を持っているんだから。

『もちろん、クラスの空気が肌に合わないとかそういうんじゃないけど、あそこは私にとって特別居心地がいい場所なの。ときどき親身になって話を聞いてくれたりもするし、私のことを本気で心配してくれているんだなぁって感じるの。だから、日頃の感謝の気持ちも込めてお返しできたらいいなぁ、と思って』

 真奈美は少しはにかみながらそう言った。

「真奈美……」

 そのしおらしい様子に、柴田は柄にもなく見惚れてしまった。

 ――いや、そうではない。柴田はずっと前から真奈美に憧れていた。

 毅然とした立ち振る舞いの合間に、時折見せる少女らしい仕草。子供が大好きでたまらないのに、それでも妙な趣味を必死に隠そうとする健気さ。そして相手の気持ちを思いやる優しさ。

 そのすべてが柴田には愛おしかった。ロリコン同好会を設立する前からずっと。

 そもそも、ここにいるメンバーの約半数近くは真奈美に一度告白してフラれた奴らなのだ。

 少し言い方が大げさになってしまうが、それくらい真奈美は周囲から好かれていた。あいつが学級委員長に選ばれたのも、その証拠のひとつだろう。もちろん、真奈美本人がそれに気付いていたかどうかまでは分からないが。

 希ちゃんが転入して以来、男子の大部分はそちらに目移りしてしまったが、柴田が今でもほかのメンバーと比べて熱が薄いのは、真奈美に対する気持ちを忘れられないでいるせいなのかもしれなかった。

 柴田は、希ちゃんと楽しそうに話している真奈美の横顔をじっと見つめる。

 ――今までで一番輝いているその笑顔を。

『じゃあ逆に訊くけど、希ちゃんは誰にチョコ渡すつもりなの?』

『あたし? あたしはね――』

 プツッとそこで映像が途絶える。柴田が強制的にソフトを終了させたからだ。

 予想外の行動に戸惑いを隠しきれないメンバーを見回し、柴田は静かに重く呟いた。

「ミッションは中止だ」

 真奈美の本心を聞いてしまったからには。心の底からの笑顔を見てしまったからには。

 ――あいつの心にこれ以上俺たちが踏み込んでいいはずがない。

 ほかのメンバーたちも、自分たちのやろうとしていることが間違っていると薄々感じていたのだろう。柴田の意見に異議をとなえる者はなく、みな気まずそうにうなずいただけだった。


 二日後のバレンタイン当日。

 校内では血で血を洗う壮絶なチョコ争奪戦が行われたそうだが、柴田を始めロリコン同好会メンバーは希ちゃんを外敵から守ることだけに集中し、取り立てて問題を起こすような行動はしなかった。

 希ちゃんのチョコをもらったのがクラスメイトの女子だけだった、というのも大きな要因のひとつだろう。もし特定の男子にあげていたら、そいつの変死体が数日後に校庭から発見されていたかもしれない。

 期待に胸躍らせていた男子連中にとっては、安堵半分がっかり半分という複雑な結果に終わったわけだが、まあバレンタインなんてそんなもんだ。

 ――ただ一つだけ例年と違ったのは……

「えっと、みんないつもありがとう! 美味しくできたかちょっと自信ないんだけど、私なりに一生懸命バレンタインチョコ作ってみたから、良かったらみんなで食べてもらえるとうれしいな」

 放課後の部室。普段とは違い静々と入ってきた真奈美は、鞄からチョコを取り出しながらそう言った。

 その何気ない仕草が可愛らしくて。

「真奈美」

 柴田は真奈美の顔を正面から見据え、ここにいるすべてのメンバーを代表してお礼を言った。

「――ありがとな」


 はい、結果的に希ちゃんのチョコはゲットできませんでしたが、これはこれでめでたしめでたしなんじゃないでしょうか。

 ちなみに、今回書かなかった部分(浜下商店街での詳しいやりとり、真奈美と希ちゃんが実際にチョコを作るシーン、真奈美と翼君の恋の行方など)は次回17話で明かす予定です。

 どうぞお楽しみに。

 では。

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