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約束のブレスレット

 今回ちょっと短いですが、真奈美の過去に関する出来事を詰め込んであります。まあ、そんなに深くはありませんけどね(笑)

 では14話お楽しみください。

 浜下商店街。

 私たちの通う時修舘高校からほど近い場所にある歴史の古い商店街で、昔ながらのお店と最近の流行ショップが共存するメインストリートが、幹線道路に平行する形で長く延びているのが特徴的だ。

 メインストリートに入った途端に膨らむ雑踏。駅前の物寂しい広場に比べて、ここは人の気配が一番感じられる私のお気に入りの場所だ。

 携帯電話を片手に慌ただしそうに歩くサラリーマン、重そうな通学鞄を提げながらファーストフード店に入っていく高校生のグループ、クリスマスセールの広告を配っているお姉さん、ちょっと変わったところでは恋占いをしてくれるおばあさんまで、実に多くの人が集まって一つの商店街を築いている。それはまるで小さな文化祭のようで、ここに来ると私まで気分が高揚してくる。

 本屋、中古ゲームショップ、カラオケボックス、牛丼チェーン店、ラーメン屋、うどん屋、なめし田楽が評判のお店(あれ、なんか後半のほう飲食店ばかり紹介してない?)

 もちろんオフィス関係の建物も少しはあるんだけど、私は利用することがない(まあ、学生なんだし当たり前よね) 

 ちなみに初めて浜下商店街を訪れたのは幼稚園のとき。翼お兄ちゃんの陰に隠れてびくびくしながら歩いていたっけ。

 昔は自分でも信じられないほど引っ込み思案だったから、楽しさよりも先に怖いという感情が心を支配していたと思う。知らない人に囲まれるのが怖くって、何度翼お兄ちゃんの手を振りほどいて家に帰ろうと思ったか分からない。でもそのたびに翼お兄ちゃんは、

「大丈夫だよ。真奈美はちゃんと俺が守ってあげるから」

 そう言って、私の手をより強く握ってくれたのを覚えている。

 それがとてもうれしくて、でもちょっぴり恥ずかしくもあって。感謝したい気持ちとは反対に、より俯いてしまって翼お兄ちゃんには心配かけちゃったなぁ。

 だけど回数を重ねるごとに少しずつこの空気にも慣れてきて、しまいには私のほうが翼お兄ちゃんの手を引っ張って、あちこち走り回る始末だった。

 中でも『ハッピーライフ!』という駄菓子屋さんは私のお気に入り! 

 現代にしては珍しい手動のドア、レトロな雰囲気が漂う店内には所狭しと駄菓子が並べられている。活気あふれる浜下商店街では決して目立つほうではないんだけど、子供たちには大人気で、安くて豊富な種類の駄菓子はまさに宝の山だった。

「こんばんは、文子ふみこおばあちゃん」

 がらがらとドアを開けて店内に入る。夜十時ごろまで営業しているお店と違って、『ハッピーライフ!』は八時に閉まる。さすがに閉店間際のこの時間は、レジで編み物をしている文子おばあちゃん以外だれもいなかった。

 文子おばあちゃんは顔を上げて私を確認すると、にっこりと微笑んだ。

「おや、真奈美ちゃんかい。こんばんは。久しぶりだねぇ、最後に来たの高校受験終わった直後だったでしょ」

「あ、うん。そうだけど……おばあちゃん、よく私だって分かったね。目が見えないのに」

 文子おばあちゃんが今年の夏に突然両目の視力を失ったらしいということは、中学時代の友達を経由して耳にしていた。網膜動脈閉塞症が原因だと聞いているけど、詳しいことはよく分からない。ただ、文子おばあちゃんが私のことをもう認識できないのだと思うとなんだか寂しくなって、自然と『ハッピーライフ!』から足が遠ざかっていた。

 だから、失明をまったく感じさせない今の受け答えには正直驚いた。もしかして、もう視力が回復したんだろうか……。

 そんな私の疑問を読み取ったかのように、文子おばあちゃんは昔と変わらない笑顔で語り出した。

「年寄りをなめちゃいけないよ。あたしはこれまでに色んな人を見てきた。たくさんの人と接してきた。だけど、その中の誰ひとりとして同じ人はいなかった。当たり前のことだけどね。似たタイプはいれど、人にはその人特有の匂い――個性が備わっている。もちろん真奈美ちゃんにも、ね。あたしはその匂いを感じ取っただけさ」

 なるほどね。普通はなかなか信じられないけど、文子おばあちゃんならできそうな気がするから不思議だ。

「ねえ、文子おばあちゃん。ちなみに私の匂いってどんな感じ?」

「そうだねぇ。一言でまとめると"優しい匂い"だよ」

「優しい?」

「そう、心の優しさ。相手を気遣う思いやり。それが真奈美ちゃんの個性さ」

 そうかなぁ。自分ではあんまり実感がわかないけど。

「真奈美ちゃんは子供が大好きでしょ?」

「う、うん」

 一瞬ロリコンであることがバレたのかと思って声が上ずってしまった。けど、どうやらそれは私の思い違いだったらしい。文子おばあちゃんは一度大きくうなずくと話を続けた。

「覚えているかい。真奈美ちゃんが中学一年生だった頃、地元の大学生に虐められていた小学生の女の子を助けたときのことを」

「――あ」

 文子おばあちゃんに言われて思い出した。


 あれはもう三年も昔のことになる。学校に置き忘れてしまった授業用具を取りに戻ろうとした途中、小学生の女の子が、大学生くらいの男の人たちに囲まれて怯えているのを見かけた。偶然通りかかっただけの私にはどういう状況かよく分からなかったし、携帯で大人を呼んだほうが賢明だったのかもしれない。

 けど、当時の私はそんなこと考えもつかなかった。女の子の目から溢れる涙――それだけで私の感情は爆発した。

「止めなさいよッ!!」

 体の内側で暴れ回る怒りを押し止めることができず、私は男たちと女の子の間に割って入った。「だれ、コイツ?」と訝しむ男たちを下から睨み付け、そのまま激情に任せて怒鳴りつけた。

「どういうつもりか知らないけど、こんな小さな女の子を泣かせるなんてほんと最っ低ッ! あんたら自分が恥ずかしいと思わないの?」

 突然現れた見ず知らずの女子中学生にここまで言われて、彼らも黙ってはいなかった。

「んだと、テメェ!」

 罵詈雑言と同時に飛んでくる拳の数々。

 予想通り暴力に訴えるという手段に出た彼らに、もはや情けをかける余地はなかった。

 "最初の一発で相手の力量を見極めろ"、"複数を相手にする場合、もっとも弱いやつから順に仕留めろ"、"反撃は疾く正確に"というおじいちゃんの指導方針に基づいて私も応戦に出た。

 男たちは口で言うほど喧嘩慣れしていなかったのか、あっけないほど簡単に全員倒れた。RPGで言えば、間違いなく雑魚に分類されるだろう。

「くそっ、覚えてろよ!」

 と、しっかりお決まりの文句を言い捨てて逃げる彼らの背中に、私はベーっと舌を出した。それから女の子のほうに向き直る。

「大丈夫? 怪我とかない?」

「は、はい。大丈夫です……あの、お姉ちゃんは?」

「私も全然平気。普段からもっと厳しい修羅場をいっぱい経験しているからね」

 思わず遠い目をして語ってしまう私を正義のヒーローかなにかと勘違いしたのか、女の子は目を輝かせて「うわ~、すごい!」とはしゃぎ声を上げた。女の子に笑顔が戻って、私もうれしくなる。

「あのね。あたし、中村詠梨なかむらえりっていうの。浜下小学校の四年生なんだ。お姉ちゃんの名前は?」

「私は佐倉真奈美。浜下中学一年生だから、詠梨ちゃんとは三つ年が違うことになるわね」

「そっかぁ。じゃあ、お姉ちゃんは詠梨のセンパイなんだね」

 先輩……。今までそう呼ばれたことがなかった私には、ちょっとくすぐったい響きだった。

「そうだね。でも詠梨ちゃんが中学に上がってきたときには、私はもう卒業しちゃっているから、一緒に学校生活が送れないのが残念だけど……」

「なーんだ、つまんない……」

 詠梨ちゃんは不満そうにほっぺをぷくっと膨らませたが、やがて何かを思いついたような表情でランドセルの中を漁り始めた。

「何してるの?」

 私が訊ねると、詠梨ちゃんは真新しいブレスレットをずいっと私のほうに差し出しながら答えた。

「これ、今日助けてくれたお礼にあげるね!」

 淡い紫色のガラス玉が連なったシンプルなデザイン。だけど透き通った透明感が少しオシャレを感じさせる代物だった。アクセサリはあんまり好きじゃない私でも、これくらいなら抵抗感なく身につけられそうだ。

「ありがとう。でも、本当にこれもらっちゃっていいの?」

「うん。ただ、ジョーケンを一つ付けてもいい?」

「条件? 私にできる範囲でならなんでもいいわよ」

「じゃあね。詠梨が困ったときはまた助けにきてほしいの。このブレスレットはその約束の印!」

「それくらいお安いご用よ。詠梨ちゃんが困ったらすぐに駆けつけるって約束する。――っと、そうだ。忘れないように今から手首につけておくね」

 

 ――それは、高校生になった今も身につけている私の大事なお守りだ。

 ブレスレットに視線を落とした私を、文子おばあちゃんは満足そうな表情で眺めていた。

「真奈美ちゃんは子供の幸せを一番に考えられる優しい子だよ。だから、これからも自信持って胸張って生きな。あたしも真奈美ちゃんのこと精一杯応援しているからね」

「文子おばあちゃん……。うん! 私は私らしく、自分の信じた道を進むよ!」

「その意気さね。さて、立ち直ってすぐのところ悪いけど、早速三年前の約束を果たすときがきたようだよ」

「え、どういうこと?」

「つい先日、詠梨ちゃんが店にきてね。なにやら落ち込んでいる様子だったんで理由を訊いたら、可愛がっていた愛犬が一週間前に突然家からいなくなってしまったらしくてね。一応、商店街や駅前に連絡先を書いた張り紙を掲示したと言ってたけど、まだ見つかっていないそうだ。――探偵を目指す真奈美ちゃんなら何か力になってあげられるんじゃないかい?」

 事件と聞いては、探偵の血が黙っているはずがない。

「情報提供ありがとう、おばあちゃん! 明日の冬期講習が終わったらすぐに話を聞きに行ってみる!」

「それがええ。詠梨ちゃんもきっと喜ぶだろうよ」


 それからしばらく高校生活(と、希ちゃんの可愛さ)について語ってから帰ろうとしたとき、おばあちゃんはふと思い出したように言った。

「そうそう。あたしがなぜ真奈美ちゃんだと分かったかというとね。匂いもあるけど、実はもっとちゃんとした確証があったのさ。あたしのこと"文子おばあちゃん"と下の名前で呼ぶのは真奈美ちゃんしかいないからね。それで気付いたんだ」

 ……まったく、文子おばあちゃんには敵わないなぁ。

 そんな単純なことに気付けなかった自分に苦笑しつつ、私は帰路についた。


 真奈美のキャラが初登場時と比べてだいぶ変わっているような気がしないでもない今日この頃。ま、でも希ちゃんが近くにいないときは、これが彼女の素顔なんでしょうね。

 次回がちょっとした事件、その次がバレンタインの予定です。

 チョコ欲しいなぁ……。

 ではでは。

 

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