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初恋

 初恋というよりは家族紹介といった感じに近いです。佐倉家と朧月家に関わるみなさんが今回の主役です。

 ず───ん……。

 と質量を伴った重い空気が私にまとわりついている。所謂、重圧とか瘴気とかいう類のものだ。心なしか、さっきから両肩のあたりがすごく重い……。自転車のペダルがなかなか前に進まないような錯覚さえ感じる。いつもは肌を突き刺すような冷たい寒風も、今日ばかりは私の放つ瘴気に触れた途端、屈折しているようだ。もしこれが漫画なら、その内電柱か自動車にぶつかって吹っ飛ばされてもおかしくない。いや、ある意味お決まりの展開とも言えるんだけど……。

 どうも。佐倉真奈美です。ここまでの描写から分かってもらえるだろうけど、只今私は絶賛憂鬱中です(あ、あくまで私が鬱なだけあって作者は通常通りハイテンションだから、そこんとこ勘違いしないでね。と言うか、鬱を経験したことのない作者が羨ましいわ……)

 で、どうして落ち込んでいるのかと言うと……うーん、そうね、たまには読者のみなさんに推理してもらうのも面白いかもしれない。

 ということで問題です。次のワードから私が落ち込んでいる理由を推理してみてください。制限時間は十秒!


 期末テスト、冬休み前、終業式


 ま、簡単すぎるわよね。

 そう。ここ最近廣野先輩とのバトルが濃すぎてすっかり書くのを忘れていたけど、普通の授業ではどの科目も期末テスト週間に突入している。

 わ、私だって、いつもはその……ちゃんと勉強して臨んでいるのよ? だけど今回は希ちゃんのために戦ったんだもの。勉強が疎かになるのは仕方のないことよね。何事も犠牲はつきものよ。勉強よりパートナーを優先した私ってえらいと思わない?

 …………はい、分かってます。だからその“まずは学業を優先しようね”という生暖かい視線を止めてください。私だって自業自得だということは理解しているから。

 まあ、そんなわけで、今回のテストはものの見事に大失敗をやらかした。幼馴染の穂花から「どうしたの、真奈美? いつもは成績良いのに……」と本気で心配されるくらいやらかした。朝七時から始まる古文の追試に初めて参戦したってくらい(以下略

 そうそう、古文で思い出したけど、一応私の成績について教えておきましょうか。

 私は自分でも理系が向いているだろうなーって思うくらい、数学や物理が得意だ。反面、国語や英語、社会はやや低迷状態にある。まあ、この時修舘じしゅうかん高校も、この地域ではトップの進学校だから中学まではそれなりに得意だったんだけどねー(と言いつつも、中学三年のときは内申点を上げるために、先生に必死で媚を売っていたのは内緒だ)

 成績が“総合順位で”良かったのも、数学・理科で点数を稼いでいたからだった。

 高校に入ってからは、さらにグレードアップした現代文に加えて、正直解読不能の古文・漢文の出現、これ日常会話で使うの?って疑問を抱かずにはいられない英単語のトリプルアタックによって、“あの頃の輝かしい私”は急速に遠のいていった。

 それでもめげずに頑張って勉強していたから、これまで上の中くらいの位置にはつけていたのに……はあ、やっぱり高校は厳しかったのね……。

 いま私の鞄の中には、通知表という名の直視したくない現実が入っている。


 休み前 突き付けられる 通知表 思わず走る 現実逃避  

                             佐倉真奈美


 そんな短歌が勝手に浮かんでくるほど、私の精神はよく分かんない方向に突き進んでいる。

 でもおそらく、学生諸君なら一度はこういう経験あるんじゃないだろうか(ないって人は私の敵だ!)。

 さて、我が家では通知表は親に見せるのが大原則となっている。特に二学期の成績は正月にもらえるお年玉の金額に大きな影響を与える上、あまりに悪いと塾の冬期講習を受けさせられる羽目になる。つまり、貴重な冬休みがおじゃんになってしまうわけだ。

 去年までなら休みが減ってもそれほど困らなかったのだけど、今年はずいぶんと前から冬休み中の計画を立てていたから、ダメージはでかい。某、進○ゼミの勧誘漫画に登場する主人公の悩みなんかよりも遥かにでかい。理由は……ま、まあ、その内にね。

 マリアナ海溝よりも深く沈んだ気分のまま帰宅した私を迎えたのは、

「さあ、真奈美。早速、通知表を見せてもらおうかしら~?」

 地獄の底から響いてくるような、お母さんの声だった。表面上は聖母様のような笑顔なんだけど、視線の鋭さだけはおじいちゃんゆずりだけあって、有無を言わさぬ冷たい光を湛えている。はっきり言って、廣野先輩より怖い……。

「あ、えっと、あの、その……通知表は帰宅途中になくしちゃったみたいで……あはは……」

「嘘おっしゃい。徒歩ならまだしも、真奈美は自転車通学じゃない。しかも、鞄は前カゴの中に入れている。なにかの弾みで通知表が鞄から飛び出てしまったとしても気付かないわけないわよね~?」

 じりじり、と距離を詰めてくるお母さん。

 あわわわわわ。ど、ど、どうしよう。えっと、えっと……。

「そ、そう! 学校帰りに児童公園に寄ったの! だからそのときに……」

「ふ~ん。あの公園は昨日降った雪が積もっていたわよね。そんな所を歩けば靴が多少濡れるはずだけど、真奈美の靴にはそんな痕すらないじゃない。これはどう説明するの?」

 きゃあああああああ!! 一瞬で見抜かれた!!

 私のお母さん、観察力と洞察力が半端ないくらい高いのよね。私が探偵に憧れたのも、お母さんの影響が少なからず入っているし……って、いまはそんなこと考えている場合じゃなくって!

 笑顔のまま、さらに詰め寄ってくるお母さん。ほんとは今すぐ逃げ出したいのだけど、足ががくがく震えてしまって動けない。檻のない部屋でライオンと向かい合っているような気分だ。だ、だれか助けてぇぇえええええ!

 ほとんど涙目になっている私に、お母さんは諭すように言う。

「真奈美の性格から考えて、今回の成績が悪かったのにはなにか理由があるんでしょ? それを正直に話してみなさい」

「じ、実は……」

 私は一生懸命自分の武勇伝を語った。私のクラスに転校してきた友達をイジメから救うため、上級生と対決したこと。計三日にも渡る激闘の末、私が勝利を収めたこと。

 所々、都合のいいように改変しているけど、そこはご了承ください(だって、私もまだ命が惜しいから)。それに、学校で起きたことに関する嘘は、いくらお母さんでも見抜けないはずだし。

 ───と思っていた時期が私にもありました……。

「その真奈美のクラスに転校してきた子って、とっても可愛くてロリっ娘の希ちゃんのことかしら?」

「なっ! 何で知っているの!?」

 思わず大声で訊き返してから、しまった、と両手で口を覆う。

 お母さんは、“観念なさい。すでにネタは上がっているのよ”とでも言いたげに、フッと不気味に微笑んだ。あ、悪魔の笑みだ……。

「これに見覚えあるわよね?」

 と言ってお母さんが取り出したブツを見た瞬間、私は心臓を鷲掴みにされたような圧迫感を覚えた。

 私が日々希ちゃんの動向を記録している『希ちゃん観察日記(仮)』、そしてこの冬休みに、希ちゃんと秋葉原の猫耳メイド喫茶でバイトしようという裏計画を書きとめていた『オペレーション・ウィンターヘブン with 希ちゃん』───その二つのキャンパスノートが決定的な証拠として目の前に突き付けられた。おそらく、私の部屋を掃除したときに見つけたに違いない。わざわざ机の引き出しを二重底に改造してさらにダミーのノートを用意してまで隠したのに、お母さんには通用しなかったらしい。

 終わった……何もかも……。

 私は力なくその場にくずおれた。なんてことはない。廣野先輩よりも遥かに手強い相手はすぐそばにいたんだ。これが“灯台もと暗し”というやつなんだろうな……。

 お母さんの眼光は限りなく冷たい。怖くてとても顔を上げられない。

 十六年間の数々の思い出が走馬灯のように脳裏を駆け抜けて行く。あの頃は楽しかったなあ……。

 お母さんは私を見下ろしたまま、ため息交じりに呟く。

「まったく、従兄の翼君はしっかりしているのに、真奈美ときたら小さい女の子に夢中になっちゃって。母さんは心配よ」

 うっ……。痛い所を突かれて、私は神妙に頭を下げる。

 あ、翼お兄ちゃんのことを初めて聞く読者も多いだろうから、ちょっと紹介するね。

 本名、佐倉翼。私より二つ年上の従兄で、幼いころからよく遊んでもらったこともあり、私にとってはお兄ちゃん的存在だ。翼お兄ちゃんは、スポーツ万能・成績優秀、おまけにかっこよくて優しいという文句なしのナイスガイだ。それ故、女の子からもモテる(はい、今「リア充は爆発しろ!」とか思ったそこのアナタ。気持ちは分かるけど、話は最後まで聞いてほしい)。

 確かに傍から見れば、面白くないかもしれない。でもね。翼お兄ちゃんの優しさは本物なの。小さい頃はそれなりに内気な性格だった私を、なんとか外に連れ出そうとしてくれたり、夏休みの宿題を一緒に見てくれたり、公園でサッカーを教えてくれたり、刑事ごっこに付き合ってくれたり。

 それはなんでもないようなことのように思えるけど、私にとってはとても温かくて。ほんとに私のことを大切に想ってくれていたんだなって感じるの。

 今ではさすがに恥ずかしくて甘えることはできないけれど、それでも会うたびに、ちょっとドキッとしてしまう。私だって、その……年頃の女の子だからね(いま内心ツッコミを入れた人は後で覚えてなさいよ!)

 だから、お母さんの言葉は正確には間違っている。ロリコンなのは否定しないけど、私は普通に男の子が好きだから。ただ、うちのクラスにはまともな奴が一人もいないけどね。

 そのことを訂正すると、お母さんはやれやれと首を横に振った。

「ま、そのことについては深く追求しないでおいてあげるけど、あまり妙な趣味に走るんじゃないわよ。あんただって女の子なんだから、もっと慎ましくしなさい。昔みたいにとことん内気でいるのは良くないけど、それなりに周囲の目も気にしてちょうだい。じゃないと……」

 お母さんは、そこでだいぶ間を取った。なんだろう、とてつもなく嫌な予感がする……。

 冷や汗を垂れ流す私に、お母さんはニヤリと笑って宣告した。

「罰として、おじいちゃんの折檻ね☆」

「いぃぃいいぃいいやぁぁあああああああああ!!!!!」

 命の危機を感じ取った私は、家から脱兎のごとく逃げ出した。


「───で、あんな不審者と間違われるような格好をして逃げていたの?」

「あはは……」

 希ちゃんの呆れたような視線に、私は乾いた笑い声を返すしかない。

 家を飛び出した私の足は、気付けば希ちゃんの家に向かっていた。いや正確には、警官に追われている私を偶然発見した希ちゃんが家に匿ってくれた、といったほうが正しい。

 どうしてそうなった!?と聞かれても困る。とにかく、追って(おじいちゃん)が来ないかと事あるごとに後ろを振り返ったり、近くのデパートで黒サングラスとマスクと帽子を購入して変装したり、児童公園の御神木によじ登って辺りを警戒したり、小学生の集団下校の中に紛れ込んだりしている内に、いつのまにか警官に追いかけられていた、というわけだ。

 ……うん、自分でも訳分かんない行動ばかりしているわね。大学に入ったら心理学の講義でも受けてみたいものだ。

 でも、仕方ないのよ。私のおじいちゃんは合気道の有段者で、その教えはかなりスパルタだ。“体に叩きこむ”を己の信念として指導しているおじいちゃんは、孫である私にも容赦がない。五時間正座なんか当たり前。逃げようとすると問答無用で道場の隅まで吹っ飛ばされたこともある。そのおかげでたくましく育ったことも事実なんだけど、あのトラウマは一生私の中に居座り続けるだろうな……。

「へえ、面白そうなおじいさんだね。一度会ってみたいなあ」

「駄目よ!」

 なんて恐ろしいことを言うの、この子は! もし、おじいちゃんが機嫌を損ねて、希ちゃんに関節技をかけるなんてことがあったりしたら……。

 私の頭の中で、日本の宝が大きく音を立てて崩れてゆく。あまりに大きな損失に、政治や経済までもが霞んで見えるほどだ。

「と、とにかく駄目なの! おじいちゃんだって忙しいし、希ちゃんもマジックの練習とか色々あるんでしょ?」

 私は改めて部屋の中を見回す。

 ゆったりと腰かけられるふかふかのソファーに、朱色のカーペット。壁際にはマジックに関する表彰状が数え切れないほど展示されている。しかし、肝心のマジックの道具は見当たらない。魔術師の家系だっていうから、もっと大きな箱とかロープとかトランプの山とかで溢れかえっているものだと思っていたけど。

「あはは。確かに舞台袖とか楽屋はそんな感じだけど、ここはあくまでくつろぐための別荘だからね。普通のお客さんも訪れるし、できる限り快適な空間を演出しているんだよ」

 聞くところによると、希ちゃんの家族は数年前まで移動式テント(ほら、よくサーカスとかで見かけるでしょ。あれよ)で生活していたそうだが、しばらくは日本に落ち着くことに決まったらしく、各地に別荘を建設したのだという。この別荘はその中でも比較的新しく建てられたもので、外観はロンドンにでもありそうな大豪邸だ。嵐の夜に殺人事件の一つや二つ起こってもおかしくない雰囲気を醸し出している(こんな感想が真っ先に思い浮かんでしまう娘でごめんなさい……)。

 でも中に入れてもらった途端、

「おお、お嬢さん、お帰りなさいませ。おや、そちらの方は?」

「ただいま、園宮。こっちはあたしの友達の佐倉真奈美ちゃん。クラスの学級委員長なんだよ」

「なるほど、お穣さんのご学友の方ですか。私、旦那様の一番弟子である園宮と申す者です。以後、お見知りおきを」

 いきなり目の前で、しかもナチュラルにこんなやり取りをされたら、誰だってフリーズしてしまうものではないだろうか。だって執事さんよ、執事さん! 

 背筋をピンと伸ばした姿勢と、やや控えめで丁寧な口調。黒の燕尾服に蝶ネクタイというオーソドクスな執事の衣装に身を包んだ初老の紳士。まさに推理小説の中でしかお目にかかったことのない人が目の前にいるのよ!

「あ、え、えっと、佐倉真奈美です。こ、こちらこそ、いつも希ちゃんにはお世話になっています!」

 テンションメーターが振り切れてしまって、逆にパニック状態に陥ってしまう。あぁ、なんか庶民である自分が恥ずかしい……。

 しかし園宮さんは、まるで孫を見るかのように目を細めて微笑んだ。その、人を安心させるようなあったかい笑顔に、がちがちに体を縛っていた緊張が少しずつ解けていく。

「そんな緊張なさらず、どうぞごゆっくりしていってください。今夜は旦那様の帰りも遅いですし、奥の応接間も使えるでしょう。では、どうぞ中へお入りください」

「あ、応接間にはあたしが案内するよ。園宮は紅茶とスコーンの用意をお願い」

「かしこまいりました、お穣さん。では、後ほどお持ちいたします」

 そんな現代日本から一億光年ほどかけ離れた会話を経て現在に至る、というわけだ。

 壁際の表彰状を一つ一つ眺めていた私は、その中に小さな写真立てを見つけた。幼い頃の希ちゃんを間に挟むようにして、二人の男性……いや、一人はまだ小学生くらいの少年が映っている。

 とりあえず、ふりふりのワンピースを着た希ちゃんの可愛さを語り出すとページが足らなくなるので自重するとして、ほかの二人は誰だろうか。

 一人は黒無地のタキシードジャケットに同じく黒のシルクハットという、いかにも魔術師って雰囲気の男性だから、おそらく希ちゃんのお父さんで間違いないだろう。世界を股に掛けるほどの一流魔術師にしてはまだ年若く、漆黒の瞳には透明かつ力強い意志が宿っている。ずっと眺めていると、まるで私の心を見透かされているような錯覚さえ感じてしまう。けど、もう一人は……?

「ああ、それは虎季お兄様だよ」

 どこか遠い過去に想いを馳せるような表情をして、希ちゃんは熱っぽく語った。

「お兄様は、あたしがまだ幼稚園の頃、パパに弟子入りしてきたの。両親や親戚からずいぶん甘やかされて育てられたあたしは、毎日好き放題やって弟子の人たちを困らせてばかりいた。かくれんぼや鬼ごっこは日常茶飯事。時には、練習用に使うマジックの小道具に細工を施したこともあった。けど、どれだけあたしが無茶なことをしても、弟子の人たちはいつも困ったようにあたしを見るだけだった。まるで、あたしとの間に見えない境界線でもあるかのように、ある一定の距離より内側に踏み込んでくるようなことはしなかった。当時は今よりもずっとにぎやかだったけど、あたしの心は一人ぼっちで……あ、園宮だけは色々気遣ってくれていたけど……でも、とても寂しかった」

 初めて聞く、希ちゃんの過去。

“夢は世界的な魔術師になること!”と宣言したときの力強い面影の裏側に潜む、もう一人の希ちゃん。それはどこにでもいる普通の女の子だった。寂しいときは寂しい。そんな普通の感情を持ち合わせていながらも、それを素直に伝える能力に欠けていた不器用な女の子。

「でも、お兄様だけは違った。あたしを初めて“希”と呼んでくれた。初めてあたしを本気で叱ってくれた。それが何よりもうれしかったの。まるで、ぽっかりと空いた心の穴を埋めてくれるような存在で、それからはお兄様にべったりだった。まあ、お兄様は一年くらいしたある日、突然パパの下から去って行ってしまったけどね」

「へえ……素敵な話ね。じゃあ、その虎季って人は希ちゃんの初恋の相手でもあるの?」

 私としては半分冗談のつもりで訊いたのだけど、希ちゃんは、こくん、と頷いた。

「うん……そうなのかもしれない。もっとも、当時はそんな感情なんてまだ理解できない年頃だったから、はっきりとは分からないけど……」

 少し照れくさそうにしている横顔を見て、私は決心した。

 うん! 希ちゃんがそこまで想っている相手なら、その恋を全力で応援してあげようじゃないの! 具体的にどうするか、までは思いつかないけど、もし私が立派な探偵になれたら、その虎季って人の居場所を突き止めることだってできるに違いない!

 勝手に燃えている私を眺めて、希ちゃんが不思議そうに首を傾げる。それから、ふと何かを思い出したような顔をして、トンデモナイことを訊いてきた。

「そういえばさ。真奈美ちゃんの初恋の相手って、どんな人?」

「え!?」

 一瞬、私の脳裏に翼お兄ちゃんの姿が浮かび上がったが、慌ててかき消した。

 ちょ、ちょ、ちょっと待ってほしい! 初恋ってええと私にはそんな経験なくって、いやないなら何で翼お兄ちゃんを思い浮かべてしまうんだろうってことになるけど、翼お兄ちゃんはただの従兄であってだけどやっぱりちょっといいかななんて……じゃなくって!

「あはは。真奈美ちゃん、顔真っ赤だよ~」

 希ちゃんに指摘されて、私は慌てて顔を両手で覆う。や、やだ……なんでこんなに熱くなってるのかしら……ああもう、そんなんじゃないのに……。

「詳しくは訊かないけど、あたしも真奈美ちゃんの恋が叶うように応援してあげるね!」

 うぅ~、だから違うんだってば! と言いつつも否定しきれない部分が確かにあるのも事実だ。もしかして、これが“恋”ってやつなのかな……?

 考え始めたら思考がループしそうなので、私は無理やり話題を変更する。

「さ、初恋の話はこれでおしまい! 大切なのは今よ、今! つまりは───」

「真奈美ちゃんの成績だよね」

「そうだったぁぁああああぁぁああああ!!!」

 おじいちゃんの折檻のこと、すっかり忘れていた! あわわ、どうしよう……。

 と、そのとき。

 応接間のドアが音もなく開いて、園宮さんが控えめに顔を出した。

「せっかく談笑なさっているところに水を差してしまって申し訳ございません。ですが、真奈美様の祖父を名乗る方が訪ねていらっしゃったもので……」

 きゃぁぁあああぁぁああああ!!!

 おじいちゃん、なんで私がここにいると分かったの!?ってか、それよりもまだ心の準備が……!

 あたふたしている私を見て、園宮さんも大方の事情を理解したのだろう。

「お引き取り願うようにお伝えしましょうか?」

 空気を読んだ提案にすがる思いで頷こうとしたら、それよりも先に、

「いえ、そろそろ日も暮れるので帰らせていただきます。それに、孫とはこの後“積もる話”がありましてな」

 おじいちゃんが素早く遮った。口調は穏やかなんだけど、目がすっごく怒っている。その刃物のように鋭利な視線に、私の背筋が凍りつく。

「では、真奈美。帰ろうかの」

 首根っこを引っ掴まれ、成す術も無くおじいちゃんに連行される私。

 私は、生徒会役員に連れ去られるロリコンメンバーたちの気持ちがようやく理解できた。

「あ、あの、おじいちゃん。これはね……」

「ほっほっほ。真奈美、言い訳なら帰ってからた~っぷり聞いてやるからの。いやあ、久々に体が疼いておってな。ちょうど、新技を試す相手が欲しかったのじゃよ」

 そう言って、道場の鍵をチャリチャリと見せびらかす、おじいちゃん。

 だ、だれか助けてええええええぇぇえええぇええ!!!

 私の叫びは、夕暮れ色に染まる街の空気にむなしく飲み込まれていった。


 結局、おじいちゃんには事情を説明していくつかの誤解は解いたものの、たっぷり三時間は説教を喰らいました。あと、この冬休み中ずっと隣町の大手予備校まで冬期講習通いをすることになりそうです。

 ああ……私の青春が……。希ちゃんの猫耳メイド服姿が……。

 でも、なんだかんだで、これが我が佐倉家の日常です。


 うん。やっぱりまともな人はいなかったね。

 真奈美が少し変な子に育ってしまったのも頷けます(ヲイ

 次回は冬期講習のお話になる予定です。お楽しみに。

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