vs. 百戦錬磨の女帝(中篇) ~Second Game~
ゆ~きやこんこん、あられやこんこん♪
そんなわけで、第二ゲームのテーマはずばり”熱き雪上の戦い”!
総勢二十名で繰り広げられる、世にも珍しい?雪合戦にご期待ください(笑)
そうそう。第二ゲームのバトルフィールドは当初校庭の予定でしたが、物語の流れ的に、児童公園になりました。
「さあ、やってまいりました、第二回戦! 第一ゲームは真奈美選手の勝利でしたが、対する姫幸選手も“百戦錬磨の女帝”と謳われた名うての実力者! まだまだ勝負の行方は分かりません!」
視聴覚室での決闘が行われた翌日の放課後、私たちは御神木のある児童公園に集合していた。
雲一つない晴天。柔らかな陽射しが、公園に降り積もった処女雪を神秘的に照らしている。もし、決闘が目的じゃなかったら、童心に返ってはしゃぎたいくらいだ。
実際、隣にいる希ちゃんは、限りなく白い雪原を目の前にして、純真な瞳をきらきらと輝かせている。あぁ……抱きしめたい……。
「馬鹿野郎、真奈美。しっかり説明を聞け」
私が、マタタビを目の前にした猫のような顔をしていたからだろう。
柴田君は私の首を掴むと、清永先輩のほうへ強引に向きを変えた。ゴキッという変な音が首のあたりから聞こえた。
なんか、ものすごく首が痛いのだけど、折れたりしてないでしょうね(まあ、本当に折れていたら、その時点で死んでいると思うけど……)
ちなみに、昨日の放送(というか宣伝効果?)があったからか、ギャラリーの数もかなり増えている。
私、希ちゃん、柴田君、ロリコン同好会の皆さん(どうやら、無事生徒会役員の手から解放されたようね。良かった、良かった)、廣野先輩、参道君、鈴笠君、穂村さん、絵桐さん、我がクラスメイト(さすがに、こんな寒い中でメイド服を着ている人はいない)、清永先輩、美里先輩、そしてその他野次馬が多数。
ほんと、よくこれだけの生徒が集まったわね。個人的には、秘密裏に行いたかったのだけど(昨日の一件もあるしね……)、まあ仕方ない。
清永先輩が遊具の上に立って、今日も熱い実況者魂を見せている。
「では早速第二ゲームのルール説明を、水野白夜さんからしていただきたい……のですが、あいにく白夜さんは、昨日の洗礼によって当分は安静にしていなければならず、本日はお越しいただいておりません」
“昨日の洗礼”の部分で、ちらっと私と廣野先輩のほうを見る。私はさっと目を逸らす。
だ、だって、あのときは仕方なかったじゃない! 乙女の秘密を暴露しようとした白夜先輩が悪いのよ!
と正当防衛な理由をでっちあげてみるも、私にも非があることは確かなので黙っていることにした。
しかしその点、廣野先輩は容赦がない。
「ふん。あんな厨二病人間、死んで当然だわ」
こらこら、勝手に白夜先輩を殺すんじゃない。まあ、気持ちは分からないでもないけどね……。
「しかし、ご安心を! こういうことも想定して、白夜さんからルール用紙を預かっていますので、それを読み上げたいと思います」
こほん、と一つ咳払いして、清永先輩はどこからか取り出した分厚いルーズリーフの束に視線を落とす(なんで、ルールを書いただけであんなに分厚くなるのよ!)
「時は現代から三十年ほど進んだ近未来。首都、東京は2020年3月20日……そう、マヤ歴とインド歴が同時に終わる人類滅亡の日に発生した不可思議な怪奇により、一夜にうちに死都と化した……。大勢の人々が死に、人骨と腐敗した臭いだけが漂う、殺風景な景色……それはまさに地獄と称してもいいだろう。───そんな地獄に足を踏み入れた一人の男がいた。名を、蟹谷閃魔という。彼は、とある時空転移研究所に所属していた。理由は単純。彼は、“過去に戻って、人類滅亡の結末を変える”ことを望んでいたのだ。たった一人の妹……まだ10年しかその生を謳歌していないのに、あの怪奇で死ぬなんて、神はなんと残酷な運命を彼女に与えたのだろう。彼は、神を憎んだ。もし傍にいれば、躊躇うことなく殺してやるくらいに。───そして、ついに時間跳躍の能力を手に入れた閃魔は、三十年前の、とある座標にタイムトラベルした。そこは、平和な日常。二人の女生徒が、つまらない争いをしているだけの、ごくありきたりな風景だった。彼は、ひょんなことから、彼女たち───廣野姫幸と佐倉真奈美の壮絶な戦いに巻き込まれてゆく。果たして、閃魔は無事未来を変えられるのか!? それは君自身の選択に懸かっている!───」
「………………」
私は欠伸を噛み殺すのに必死だった。なに、この厨二設定のオンパレードは? しかも、何気に私たちが実名で登場しているし。
清永先輩はそんな痛い設定にも負けず、できる限り感情を込めて朗読している。なんて良い人なんだろう……(例を挙げると、主人公?の妹が死んだ時点で、ポケットからハンカチを取り出して涙を拭くフリまでしていた)
その一方で、ひたすら無表情の廣野先輩が怖い……。
“一体いつまで、この戯言に付き合わなければならないのかしら? 私にも我慢の限界というものがあるわ”という心の声が聞こえてきそうだ。
それから一分くらいして、ようやく清永先輩が一枚目のルーズリーフをめくる。
そうか……あれで、まだ一枚なのか……。この調子だと、ルール説明(という名の白夜先輩の脳内妄想観賞会)だけで日が暮れちゃいそうね……。
そしてついに、廣野先輩のこめかみから発せられた、“ぶちっ”という警告音を聞き取った私は、慌てて手を上げてそれ以上の朗読を阻止する。
「ま、待ってください! 確かに面白そうな設定ですけど、それはまた今度にして、いまは手軽にできる種目にしませんか?」
「───そこで閃魔の必殺技、『六次元の時空解』が閃く!……え? そ、そうですね。では、このルール用紙は当局が責任を持って厳重に封印しておきましょう」
ようやく白夜ワールドから解放された私たちは、ほっと安堵のため息をつく。
「しかしそうなると、代わりの種目を考えなくてはいけませんね。どうしましょうか……」
「その点はご心配なく。私が考えてあるわ」
遊具の上に、美里先輩が進み出る。
第二ゲームも美里先輩の案か……まあ、白夜先輩が考えたモノよりはマシよね。
廣野先輩も同じ意見なのだろう。私たちは、大人しく聞く態勢に入る。
「第二ゲームは、ずばり“雪合戦”をしてもらうわ!」
『雪合戦!?』
私と廣野先輩の声がハモる。
「ええ。相手の体の一部に雪玉をぶつけたほうが勝ち。とってもシンプルで手間のかからない遊びじゃない」
「それはそうだけど……二人だけで雪合戦をやるのって、なんか寂しくないかしら? それに、シェルター(玉除け用に作る、雪の壁みたいなやつね)の準備にも時間がかかるし……」
「そうね。そこで、この第二ゲームはチームプレイ戦にしたいと思います」
「チームプレイ?」
「具体的には、お互い、自分を含めて十名のチームを作ってもらいます。チームに加える人間は、好きなように選んでいただいて構いません。なるべく勝率が高くなるような構成にすると良いでしょう。チームプレイとは文字通り、そのチーム全体の団結力が試されるのですから。───ゲームの勝敗に関することですが、相手チームのリーダーに雪玉を先に当てたほうを勝者とします。このリーダーも、チーム内で話し合って自由に決めてください。ただし、ゲーム開始前に、お互い、誰が自陣のリーダーなのかを相手に教えること。試合時間は二十分。二十分経っても、両陣のリーダーが生き残っていた場合は、その時点でより多くのメンバーが生き残っている側のチームを勝ちとします。───ここまでで何か質問はありますか?」
「一つだけ。雪玉に当たった人間は、その時点で退場するのよね?」
「そうです。最初からリーダーを狙うのは難しいでしょうから、まずは周りの人間から当てていって、相手の陣営を崩すことを第一に考えるのが良いでしょう。言ってみれば、これは大規模なチェスのようなものですから」
なるほどね。ただ適当に雪玉を投げるだけじゃなく、緻密な戦略が必要になってくるということか。
うん、なかなか面白いじゃない。こういう要素を盛り込むところは、さすがゲーム研究部ね。
さて、そうなるとまずはチームのメンバー決めだけど……。
「真奈美、俺は参加するぞ。これでも腕力とコントロールには自信があるからな」
柴田君が真っ先に名乗り出る。確かに、彼がいたら心強い。
「あたしも出たい! あたし、雪の中で遊ぶのって初めてなの! ねえ、いいでしょ? 真奈美ちゃん」
希ちゃんが上目づかいで私を見る。
か、可愛い~……。あぁ、もう、できるなら妹にしたいくらい!
その時、私の現状認識能力メーターはゼロになっていた。
「もちろんよ! 希ちゃんは私が守ってあげるから、安心して」
コンマ以下で即答した私を見て、柴田君がやれやれとため息をつく。
『希ちゃんが出るなら、俺たちも参戦するぞぉおお!!』
まあ、その後は当然の流れで、残りの七枠はロリコン同好会のメンバーの中から選出された。周りからやや白い目で見られているけど、気にしないでおこう。
さて、次に決めなきゃいけないのはリーダーね。
「私は希ちゃんが良いと思う。希ちゃんを守るためなら、みんな本気になれると思うし」
美里先輩は“そのチームの団結力が試される”と言っていた。このメンバーの団結力を最大限に発揮する一番の方法は、希ちゃんを敵の雪玉から守ることだと思う。
しかし、意外にも柴田君は私の意見に異を唱えた。
「いや、俺は真奈美がリーダーを務めるのが正解じゃねぇかと思う。そもそもこれは、お前と姫幸先輩のいがみ合いから始まった戦いだ。最終的な決着は当人同士でやるのが筋ってもんだ。それに……希ちゃんは、リーダーをやりたくないだろうよ」
え? そうなの?
私は驚いて、希ちゃんを見る。私の視線に、希ちゃんは小さく頷いた。
「これが初めての雪遊びだから、あまり深く考えずに思いっきり遊びたい。リーダーとか、重たい役目を背負いながら遊ぶのは嫌なの……。ごめんね、真奈美ちゃん」
「ううん、私の方こそ勝手に決めたりしてごめんなさい……。そうね、もともとは私が始めた戦いだから、私がケリをつけるわ。リーダーは私がやる!」
「その意気だ、真奈美。だが、くれぐれも調子に乗って前線に出たりするんじゃねぇぞ。格好の餌食にされるだけだからな」
「うん、分かってる。最前線は柴田君たちにお願いするわ」
「おう、任せとけ。おい、野郎ども! 真奈美のためにも、希ちゃんのためにも、この戦絶対勝つぞ!」
『うぉぉぉぉおおおおおおおお!!!』
野太い鬨の声が、公園中を震わせた。彼らの中に混ざって、「おー!」と拳を振り上げている希ちゃんの姿が、とても微笑ましかった。
※一方、こちらは姫幸サイド。
姫幸はキョロキョロと野次馬の中に目を凝らしていたが、やがて目的の人物を見つけると、一直線にその人物のもとへと走り寄り、そのままなんの躊躇いも無く抱きついた。首を絞められる形となった少年の口から「ぐえっ!」という悲鳴が漏れる。
「あぁ、潤ちゃん! 潤ちゃんなら、あたしの応援に来てくれると信じていたわ! もちろん、あたしのチームに入りたいわよ、ねぇ?」
姫幸の言葉は疑問形だが、“もし断ったら、どうなるか分かるわよね?”という有無を言わさぬ迫力を伴っていた。彼女に逆らえるはずもない憐れな少年は、がくがくと頷くしかなかった。
「うんうん、潤ちゃんは素直でよろしい。これで一人目ゲット♪ ええと、あとは……」
「先輩。僕もお手伝いします」
自ら名乗り出た少年は、鈴笠来也だった。他ならぬ姫幸自身が書いた小説に、その言葉に救われた少年。彼女に憧れ、その物語内に登場する“クラウン”そのものになりきってしまった、黒いピエロ。
つまり、来也と姫幸は、固い信頼関係で結ばれた大切なパートナー同士なのだ。もっとも、彼らの“始まりのエピソード”を知る者はそう多くないが。
その彼の申し出を断る理由は、どこにもなかった。
姫幸は来也に笑顔を向けて言った。
「ありがとう、来也君。それじゃあ、お願いしちゃおっかな♪」
「はい! 任せてください! 必ず先輩を守り抜いてみせます!」
その真っ直ぐな台詞がくすぐったくて、姫幸は少しだけ頬が熱くなるのを感じた。
姫幸は、火照った頬を両手でぱちぱち叩いて気合を入れ直すと、改めて残りのメンバーについて考えを巡らす。
「リーダーは私がやるとして、残り七人をどうするかだけど……二人とも案はあるかしら?」
「うーん、向こうのチームは腕力の強い男子生徒が多いですし、こちらもそれなりの戦力を確保したいところですけど……」
「と言っても、彼らに見合う戦力なんて他にいるかしら……?」
姫幸は珍しく、難しそうな顔をして考え込む。そこへ、
「なんだ、つれないなぁ、姫幸。俺たちのことを忘れているなんて」
よく通る、低い声が響いた。その渋い、いっそイケメンボイスと呼んでも差し支えないほどの美声に、公園にいる誰もが振り返った。
「あ! あなたは文化祭のときの……!」
潤と来也は同時に叫んだ。
グラサンでオールバックな黒スーツの男性。“ヤのつく自由業”が真っ先に思い浮かぶような格好をしている彼を、どうして忘れることなんてできようか。しかも、文化祭のときには、来也を助けてくれた命の恩人でもあるのだ。
「よぉ、坊主たちも久しぶりだなあ。あのときは本当に迷惑かけたな。俺の部下がつまらないことしちまって。あいつらにはしっかりしつけてやっといたから、どうか許してやってくれ」
「い、いえ。こちらこそ、危ない所を助けてくださってありがとうございました」
ヤーさんは公園の中に入ってくると、ツンとそっぽを向いている姫幸に声をかけた。
「よぉ、姫幸」
「ふ、ふん。あんた、こんな所で何してるのよ」
その態度に、“なんだよ、相変わらずつれないなぁ”とヤーさんは苦笑する。
「最近この辺りで、向こうの組の連中が高校生をターゲットに暴力を働いているという情報が入ってな。もう少し詳しく調べてみると、どうやら連中は下校中のこの時間帯を狙うらしいことが分かったんで、買い物ついでにパトロールしていただけだ」
「そう。いつも思うんだけど、あんたって割と暇なのね」
「酷ぇな。まぁ、でかいヤマを抱えていないときはそうだけどよ」
「あんたの事情なんてどうでもいいわ。それよりも……」
「雪合戦のチームに入れって言うんだろ。お前を守れるなら喜んで参加させてもらうぜ」
「……っ! い、言っておくけど、あんたが暇そうにしているから仕方なく遊んであげるんだからね! 別にあんたの代わりはいくらでもいるんだから、勘違いしないでよ!」
赤面する姫幸の可愛さに、思わずヤーさんの顔がニヤける。それは傍から見れば、ただの変質者にしか映らない。
いや、ただ一人だけ。そう、パートナーの来也だけは、まるで恋敵でも見るような鋭い視線だった……。
「どうやら廣野先輩のチームもメンバーが決まったようね。ってか、廣野先輩、あんなヤクザさんたちともお知り合いだったなんて……」
がっしりした体格の強面の男たちがずらりと並んでいる様子を見て、私は怯む。
ほんとに勝てるのかなあ……。
「なに弱気になっているんだ、お前さん。体格がでかいということは、それだけ的が大きいということでもある。雪合戦は体格の差で決まるものじゃないよ」
「そ、そうよね。確かに小柄な人のほうが当たりにくいし」
……って、いま足元から声が聞こえなかった?
そう思って、ふと視線を落とすと……、
「師匠! 来て下さったんですね!」
真っ白な雪景色の中で、圧倒的な存在感を放っている黒猫師匠が、ちょこんと座っていた。師匠は私を見上げてウインクすると、しなやかな肢体をぐ~っと伸ばして、準備体操?をする。
「ひょっとして、師匠も参加してくれるんですか?」
「……ふん。弟子のために一肌脱ぐのが、師ってもんじゃねぇのか」
“おれが勝手にやりたいだけだから、お前さんは自分のことに集中しろ”と、照れ隠しに敵陣のほうを向いたまま付け加える黒猫師匠。
……まったく。廣野先輩といい、師匠といい、最近はツンデレキャラが流行っているのかしらね。ま、可愛いからいいけど。
と、そうだ。
「師匠が加わるとなると、一人メンバーを外さなくちゃいけないわね」
「正気か、真奈美? そいつは猫だぞ?」
「分かってるわよ。でも、師匠をチームに入れることが勝利につながると、私の直感が告げているの。リーダーは私なんだから、最終的な決定権は私にあるはずでしょ?」
「それはそうだけどよ……」
「あたしは賛成~! 猫さんともう一度遊べるのはうれしいもん!」
「むぅ。希ちゃんが肯定するなら、俺も信じよう」
「じゃあ、決まりね」
ロリコン同好会のメンバーの中から一人を解雇し、代わりに黒猫師匠を採用する。
「両陣営メンバーが揃ったようですので、続いて雪玉を防ぐためのシェルターを作ってください。シェルターを作る上での注意点ですが、必ず北か南に作るようにしてください。この時間、東西に向き合う形になると、東側の陣営は太陽の逆光により戦が不利になりますので。では、十分後に本試合を始めたいと思います」
美里先輩の指示通り、南北に向かい合う形でシェルターを作っていく。
公園全体の緊張感が高まると共に、私の闘志も沸々と湧いてくるのを感じる。ふと周りを見ると、希ちゃんはもちろん、あの柴田君や廣野先輩、ヤーさん方でさえも、みんな子供のように瞳を輝かせて雪玉を作っていた。
───幾つになっても、やっぱり童心は忘れられないわよね。
私はなんだかうれしくなって、ふっと微笑んだ。
そして、十分後。
「では、只今より第二ゲームを開始します。制限時間は二十分。よーい、スタート!」
美里先輩の気合の入った号令により、戦いの火蓋は切って落とされた。
『うぉおぉおおおりゃぁぁぁぁあああ!!!』
予想通りというかなんというか、第二ゲームは、ロリコン同好会メンバーとヤーさん方の壮絶な投げ合いから始まった。ごうっ!という音が聞こえそうなくらいの超剛速球が、空気を切り裂きながら敵陣目がけて飛翔する(雪玉って、あんなにスピード出るんだっけ……?)
「きゃぁぁあああ、怖いよう!」
と言いつつも、希ちゃんは楽しそうだ。
大丈夫よ、希ちゃん。いざとなったら、私がいくらでも盾になってあげるから。
「お前はこのチームのリーダーだろうが! 忘れたのか、馬鹿野郎!」
飛んでくる雪玉を器用に避けつつも、視界の隅でしっかり私の行動を監視する柴田君はさすがだ。
だけど、数分投げ合っているうちに、やっぱり基礎体力の違いは出てきてしまうみたいで、さすがのロリコンメンバーも息を乱し始めた。対して、ヤーさん方はまだまだ絶好調のようだ。
まずいわね……。
後列で大人しくしていた私も動こうとしたら、黒猫師匠に止められた。
「お前さんの出番はまだ先だ。ここは、おれに任せておけ」
力強い台詞を残して、堂々と戦場に赴く我らが師匠。途端、集中砲火の如く、大量の雪玉が師匠に向かって飛来する。
「師匠! 危ない!」
私は思わず叫んだ。
しかし。師匠は華麗にジャンプして第一波をかわすと、続く第二波、第三波を、ひらりひらりと、まるでそよ風に揺れる柳のような身のこなしで避ける。ヤーさんたちが、どれだけ速い玉を投げようが、時間差攻撃などの策を弄そうが、その黒い肢体を捉えることはできない。
「おい、こっちに雪玉を寄越せ」
「あ、うん」
私は固めに作った雪玉を、師匠に向かって軽く放る。放物線を描き落下する雪玉を、あろうことか、師匠は体を一捻りすると、遠心力を利用して“尻尾で打った”。
「ぐおっ!」
師匠が打った雪玉は、シェルターから頭を出していたヤーさんの一人にナイスヒット。
その神技に、私たちはただ呆けて見入ることしかできなかった。師匠、ほんとに猫なんだよね……?
「あの猫だ! あの猫から潰せ!」
向こうも師匠がただの猫でないことを悟ったのだろう。ほとんど避ける隙間はないんじゃない?ってくらい攻撃が激化する。だが、それでも師匠は弾幕の間にわずかな間隙を見出してかわし続ける。
「お前ら、いつまでぼーっとしてやがる! あの黒猫を援護するんだ!」
『了解!!』
こちらも負けまいと、援護射撃をぶっ放す。
「おおっと、これは面白くなってまいりました! 戦況を一変させたのは、なんと一匹の黒猫! その驚くべき回避能力に、わたくし共は目を見張るしかありません! 両陣営から放たれる雪玉の数は百にも千にも届かんばかりの勢いです! まさに戦! これこそが雪上の熱き戦いなのです!」
清永先輩もテンションメーターが振り切れたのか、手に持ったマイクが折れたことにも気付かず、声を限りに実況している。あんなに叫んだら、脳の血管切れるんじゃないかしら……?
だが、場の雰囲気を盛り上げる効果は充分に発揮している。ギャラリーにまで飛び火した熱は、最高に赤く燃え広がった。
「頑張れー!! 黒猫ぉぉおおお!!」
「ああ、おしい! もうちょっとだったのに!」
「今んところ、姫幸のほうが劣勢だな。このまま押し切れるか、はたまた逆転するか……」
「なあ、みんなでどっちが勝つか賭けないか?」
「いいな、それ! じゃあ、賭けに勝ったほうが、負けたほうにジュースを奢るってことで」
「俺は、姫幸が最後にやってくれると思う」
「あたしは、真奈美さんを応援するよ!」
「あの猫もさすがに二十分は体力がもたないだろ。猫さえ崩せれば、姫幸側の勝利だな」
わいわいがやがや。まるでお祭りのような雰囲気だ。
「───十分経過。現時点で脱落者は、真奈美陣営二名、姫幸陣営四名。謎の黒猫の猛威は未だ健在。果たして、今後の展開はどうなっていくのか」
心なしか、美里先輩の声も弾んでいる。
そのとき、私は思った。
今度は学校の校庭を使って、もっと大人数で雪合戦できたら楽しいだろうなあって。
だって、学年・クラス問わず、こんなに大勢で盛り上がれるのって、やっぱり素敵だと思わない?
※さて、その頃姫幸サイドでは。
「まったくだらしないわね! あんな猫一匹に舐められるなんて、あんたたちそれでもヤクザなの?」
両手をぶんぶん振り回し、大変ご立腹な様子の姫幸嬢の姿があった。
一応リーダーということもあり、今までは後列で戦況を眺める程度に自重していた彼女だが、そろそろ体がうずうずしていたのだ。いや、正確に書くと、姫幸はゲーム開始直後から最前線で活躍したかったのだが、それを阻んだのは、
「先輩はリーダーですから、前衛は僕たちに任せてください」
という来也の台詞だった。
もちろん、それだけで大人しく後衛に回る姫幸ではなかったが、続く、
「それに、たまにはしおらしくしている先輩も可愛いと思いますよ?」
不意打ち気味の台詞には弱かった。
「な、な、な……」
それだけで一気に体の熱が加速し、真っ赤に赤面してしまう。
気恥ずかしくなって、慌てて何か言い返そうとしたが、
「あ、でも攻防の指揮はお願いしますね」
その前に来也は、潤と一緒に前線に行ってしまった。一人、後衛に残された姫幸は、
「まったく……急にあんなこと言うなんて卑怯じゃない」
誰にも聞こえないくらい小さな声で、ポツンと呟いた。
だが、戦闘開始から十五分が経過した現在、未だにこちらの戦況は芳しくない。そろそろリーダーとして行動を起こさないとまずいだろう。
彼女はそろそろと前線に加わると、自分と同じくらい小柄な少年に背後から抱きついた。
「じゅ~ん、ちゃん♪」
「うわっ!……って、また姫幸先輩ですか。いい加減、僕に抱きつくの止めてもらえませんか?」
「そんなことより、潤ちゃん」
姫幸は、潤の切実な頼みを完璧にスルーしつつ、さらに続ける。
「潤ちゃんも探偵の端くれなら、私たちが勝利するための良い案を考えなさい」
「ええぇえええ!」
「とか驚きつつも、案はあるんでしょう? 顔に書いてあるわよ」
「ええ、まあ……。うまくいくかどうかは分かりませんが、試す価値はあると思います」
「そう。じゃあ、聞かせてもらおうかしら?」
「ええと、まずは……」
「残り三分を切りました! 脱落者は、真奈美陣営三名、姫幸陣営五名。真奈美陣営の優勢は変わっておりません! このままタイムアップまで逃げ切れるか!?」
清永先輩のハイテンション実況が響き渡る。
あと三分……。師匠の動きの切れはだいぶ落ちてきたけど、それは向こうだって同じだ。このペースで粘れば……。
そのとき、敵陣のシェルターの影から白衣姿の少女が飛び出した。
!? ついに廣野先輩が動いたか!
柴田君たちもその小さな影に気付いたようで、一斉に王へと狙いを変更する。
「相手チームのリーダーが姿を現した! 総員、廣野姫幸を狙い撃て! 一発でも当てれば、こっちの勝ちだ!」
だけど、私は妙な違和感を覚えた。
廣野先輩って、髪黒かったっけ……?
その疑問を解決してくれたのは、師匠の叫びだった。
「これは罠だ! あの子は向こうのリーダーではない!」
そうか! みんなは、“廣野先輩は白衣を着ている”という先入観を持っている。それを利用して、例えば自分と同じ身長くらいの少年と入れ替わったりしたら……。
「うわっ!」
集中砲火を浴びて、“白衣を着た参道君”が倒れる。
「なんだとぉおお!!?」
その一瞬の隙をついて───
シェルターの反対側から飛び出した本物の廣野先輩が、手に持った雪玉を手首のスナップをきかせて神速で投げる。
雪玉の先には───希ちゃんの姿があった。
その瞬間、私の体は条件反射に近い速度で動いていた。
「希ちゃん、危ない!!」
雪玉と希ちゃんを結ぶ直線上に素早く移動し、希ちゃんを庇う。そして───
ばすっ、という音を立てて、雪玉は命中した。私の、体に。
「真奈美、ちゃん?」
「良かったぁ。希ちゃんに当たらなくて」
私は勝負に負けたことも気にせず、希ちゃんを強く抱きしめる。
だって、師匠が言っていたじゃない。
───大事なのは勝負の結果じゃなくて、お前さんがあの子を想う気持ちだって。
その気持ちに正直になれたのだから、別に悔しいとも思わない。
「真奈美ちゃん。どうして、そこまであたしのために……」
「それはね。希ちゃんのことが大好きだからよ。それに私たち、お互い大切なパートナーじゃない」
私の優しい言葉に、希ちゃんがぽろぽろと涙をこぼす。
決着がついたからか、はたまた空気を読んだからか、他のみんなは静かに公園を出て行った。
残っているのは、私と希ちゃん、そして黒猫師匠だけ。
私は師匠に視線で尋ねた。
“さっきの私の行動は正しかったのかな?”と。
師匠は、“お前さんが納得できたなら、それでいいんじゃないか”と優しく頷くと、御神木の向こう側に消えて行った。
気付けば私たち二人だけとなった公園に、白い雪が降り始めていた。
今回も様々な人物が登場しましたが、いかがでしたでしょう?
個人的には、笑いあり、涙あり、恋の予感?あり、の、そこそこ納得できる作品に仕上がったと思っています。
さて、これで彼女たちのバトルは一勝一敗。
続く、ファイナルゲームにご期待ください。では。