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wish  作者: 優吏
9/18

朔良の野望

 テレビの前でグシャリと隼人はコーラの缶を握りつぶした。

 半分まで入っていた缶はその液体を噴き出す。

「なんだって…?」

 無機質な音声で、淡々とアナウンサーはそのニュースを伝えた。

『ダイニングバーMIYOSHIで起こっている立て籠り事件の速報です。今朝未明、二発目の発砲がありました。これにより、昨夜ビルへ車で強行突入した榊原朔良さん二十三歳が負傷しました』

 世界がグルリと回るような衝撃を隼人は感じた。

 ゴールデンタイムの番組までの、何気なく場繋ぎでつけていたニュース番組だった。

 ケイはすでに帰っている。今頃はまだ大学に残っているのかもしれないし、すでに帰っているかもしれない。

 隼人は携帯を持ったが連絡するのを一瞬躊躇った。家だったらどうしよう。

 相手も携帯だから大丈夫なはずなのだが、ケイの家は特殊だった。とにかくケイに対する束縛が強い。そしてケイの両親は、隼人とつるむのを嫌がっている。

 隼人はもう一度テレビに目を向けた。映像は、昨日、自分達が仕出かした事柄をプレイバックしていた。

 表口ではあの時、バイクに乗った仲間が七人、発煙筒を持って正面に突入した。

 本当はこの中に隼人も入る予定だった。今日はその使用されるはずだったバイクを引き取りに行ったのだ。一応目立たないところに隠してきた為、撤去はまだされてなかった。

 そして、煙で混乱を巻き起こすこときっかり五分。

 その後計画通り三方向に別れて逃走した。車は逃走の時の目眩ましに使われたのだ。パトカーとバイクの間に巧みに入って。

 しかし映像は煙で何がなんだか分からない部分と、裏口の一樹の車が突っ込むところが、遠くから撮られた物のみだった。

 誰一人、素性も顔すらバレてない。作戦もその実行も完璧だったのだ。

(なのに、なんで朔良は失敗してんだよ…)

 心が押し潰されそうな想いになった。

 ケイは大丈夫って言ったのに……。ここにいない親友に少し八つ当たりをする。

 名前を公表する警察にもムカついたが、それより朔良の怪我が気になる。

 躊躇いながらも隼人はケイの番号を呼び出した。祈りながらその応答を待つ。

「もしもし。隼人?」

 繋がった。しかしまだ安心は出来ない。

「ケイか?いま、大丈夫か?」

 ドキドキしながら訊いた。

「うん。いま帰り道」

 隼人はほっとした。しかしすぐに困惑げな声になる。

「大変なんだ!朔良が怪我した!」

 小さくえっ、と電話の向こうで呟く声が聞こえた。そして隼人は、ニュースで知ったことを話した。

「どうしよう。あいつ死んだら」

 隼人は完全に混乱していた。

「落ち着いて。今から会える?」

 ケイは冷静だった。隼人はうん、と答えて待ち合わせ場所を決めた。


   * * *


 ビルの前で池田は唸っていた。池田はよれよれのコートを着ていたが、それは徹夜だっただけでなく、もっと年季を感じさせるものだった。

 無精髭をいじりながら、崇史がいるはずの窓を睨む。朝、崇史が期限付きで要求したことは夕方になっても進展をしていなかった。

 志保の部屋はまだ契約が続いていた。今月末に引き上げると崇史(づて)に聞いている。

 だからと言って、調べられることは限られていた。

 念の為、池田の後輩が部屋に行ってみたが、相変わらず何も無く、怪しい箇所も見つからなかったのだ。

 検死は行われたがやはり不審な点は無く、お酒以外なもの…つまり薬物的なものを服用した、もしくはされたという結果は認められていない。

 遺体はとうに荼毘(だび)に付されている。解剖までには至らなかったうえ、今更出来ない。

(お手上げだな…)

 いま対策本部では事故として処理し直す話もでているが、崇史は果たしてそれで納得するのだろうか。

 結局はっきりとした事実は出てこない。

(ここらが潮時だぞ…冬馬………)

 気持ちは解らないでもないが、逝ってしまった者についてどう自分で向き合うかも考えないと、前には進めないのだ。

 崇史が言った榊原朔良は確かに不思議な人物だった。

 朔良も池田が事情聴取をした。 身内や周りの友人達が悲しみに暮れるなか、彼女はしっかり受け答えをし、時には笑みを見せることもあった。

 話を聞く限り、一番志保と近しい人物だったのだろう。

 彼女は不思議なことを証言したのだ。

「私の影響で志保はいつも部屋をシンプルにしていました」

 この言葉を要約すると、志保は()()身辺整理をしていたことになる。そのときだけ、一瞬朔良は悲しげな表情を見せた。

 今、再捜査するならまず朔良に話を聞きたいのに。彼女は店内に自ら入っていき、現在は負傷しているという。

(どの程度の怪我かでも分かれば…)

 池田はやきもきしていた。

「池田さん。もうすぐ時間です」

 その時、後輩の青木が自分を呼びにきた。ああ、と言ってそちらに向かう。

 もうじき、朔良達が開けたあの裏口から、機動隊が潜入する計画だったのだ。まだ突入ではなく、MIYOSHIの近くまでだ。


   * * *


 警察の異変に崇史と亮は気づいていた。

 厳密に言えばそれは亮の読みだった。

「ほら。前にいた人数が極端に減ってる」

 亮の助言に崇史は眉を潜めた。

「極端ってのは、言い過ぎじゃないか?」

 今までも警察側の人数には変化があった。確かに今減ってると言われればそう見えるが、今までとの違いが崇史には分からなかった。

「そんなことないよ。人数自体はそんなに変わらないかもしれないけど機動隊が減ってる。残ってるのは警官がほとんどだ」

 興奮しているのか亮の口数が多い。

「なら、出入口を何とかした方が良いな」

 だからこそ、すぐに崇史は亮を信じる。しかしどうしたものかと、考え込んだ。

「とりあえずここのテーブルと椅子でバリケードを張るか」

 それしか思い付かなかった自分が悔しい。

「それも良いけど、それだと自分達も追い込まれるよ」

 亮は別に良いけど、と付け足した。 崇史も頷いた。

「すでに追い込まれてるからな」

 逃げることなんて最初から頭に無かった。崇史には目的を遂げることだけがすべてだったのだ。その後のことなんかどうでも良かった。

 三吉が朔良の様子を伝えにきてから、崇史は少しだけ心が落ち着いた。

 やはりあのまま死なれたら寝覚めが悪い。

(だけど…これから、警察の出方次第では、決断をしないといけない時が来る!)

 崇史は腹をくくった。


   * * *


 朔良が次に目覚めたのは、眠ってから二時間後のことだった。

 もう記憶の夢は見なかった。熟睡できた感覚がある。

 そしてその場にはまだ一樹がいた。一樹はこちらに背中を向けて足を部屋の外に出して座っている。

 朔良は戸惑いながら訊いた。

「ずっとそこにいたんですか?」

 背中が反応して少しだけ向いた。

「まあな…でもイビキとかはかいてなかったから、安心していい」

 そういうことではないんだけど、と朔良は突っ込みたくなった。じっくり寝顔を見られたかと思うと恥ずかしい。

「あの…もう起きても良いですか?」

 朔良の遠慮がちな申し出に、一樹は完全にこちらを見た。真剣な瞳をしていた。

 どきりと朔良の鼓動が鳴る。

「ゆっくりな。それで少しでもしんどいようなら駄目だ」

 朔良はとりあえず上半身を起こした。寝覚めが良かったせいか、吐き気や苦しさは無かった。

 痛みはやはり完全には取りきれていないが、耐えられない程じゃない。

「大丈夫みたいです」

 自分でも安心しながら朔良は伝えた。毛布を丁寧に畳み始める。起きる気満々だったのだ。

「朔良、ひとつ教えて欲しいことがある」

 そんな朔良の様子を見ながら、一樹は真面目な顔をして言った。

「なんですか?」

 さらりと聞き返したが心の内には(かげ)りが現れた。真剣な一樹が問うことに嫌な予感がしていたのだ。

「朔良のもうひとつの…本来の目的って何だ?」

(やっぱり、か………)

 ため息を吐きたい衝動に駆られたが、何とか呑み込む。

 それだけは聞かないで欲しかった。ここでの野望がばれたときもそうだが、あまり踏み込まれたくない。志保の為だけではなく、それが朔良の性でもあったのだ。

「そんなこと…聞いてどうするんですか?」

 誤魔化すように毛布を整える。とっくに畳み終えていたが、手持ちぶさたになって何度も畳み直した。

 そんな朔良を一樹はじっと見つめた。居心地の悪さを感じて、朔良は立ち上がろうと力を入れる。その一瞬速く、一樹が動いた。

 優しく抱き止められていた。

「一樹さん…」

 朔良の声が掠れた。鼓動が脈打ってうるさい。

「頼むから、協力させて欲しい。もう独りで頑張らないでくれ」

 そして身体中が熱くなった。いつもの適当な切り返しが出来ない。

「私も……お願いですから何も聞かないで…欲しいです。どうしても言えないんです」

 抱き締められたままにしていたが、その言葉は拒絶だった。その顔は目を見開いたまま哀しく歪んでいる。

 この差し伸べられた手を取ることが出来たなら、どんなに楽かと思う。どんなに心強いかと。

 一樹はその瞬間、抱き締める力を強めた。それから―――離れる。

 必然的に目に映ったその表情は、切なく笑っていた。

「悪いな。困らせた」

 傷つけた、と気づいた。

(私もごめんなさい…)

 でも朔良には、どうしても1人でやらなければならない理由があったのだ。

「いいえ」

 朔良はそれだけ言った。謝りたかったが、そんなことをすれば更に一樹を惨めにさせてしまう。

「冬馬さんはどうしてますか?」

 どうしても崇史と交渉しなければならないことがある。もうあんな卑劣な武器を使わせないために。

 静かに一樹は首を横に振った。

「何も……」

 それは何も変化がないのか、それともここにいたから分からないのか……朔良には判然し得なかった。

「ホールに…戻りましょうか」

 そう言うと朔良は立ち上がった。久しぶりに立ったことで、くらりと目眩を感じる。

「朔良っ」

 瞬時に一樹が反応し支えてくれた。 一樹の右の胸に、顔をうずめるかたちになってしまう。 朔良は一瞬硬く目を閉じ、そして一樹の両の腕を押すようにして自分の身体を引き剥がした。

「すみません…ただの立ち眩みです」

 一樹も一歩下がって離した。

「そうか…」

 そう言うと一樹から先にお座敷を出た。朔良は後に続くその中で、一樹の背中を見つめる。

(ごめんなさい…でも、ダメ、なんです。…守られることに…支えてもらうことに慣れてしまったら、ダメなんです)

 もう二度と、自分の足で立てなくなる気がしていた。

 独りで成し遂げることが叶わなくなる。朔良はそう感じていた。

 ホールに入るとまず一樹が立ち尽くす。朔良はそれに不安を感じすぐに中を見た。

 すると何を思ったのか、崇史と亮がテーブルや椅子を移動しているところだったのだ。半分くらいすでに運び出され、中はさらに広い空間となっていた。

「何してるんですか?」

 半ば呆気に取られながら朔良は訊いた。

 崇史はちょうどテーブルをレジのある方へ持って行くところで、ちらりと朔良達の方を見たが、運ぶのに忙しいようで無言で姿を消す。亮は初めから喋る気が無いようだ。

 それを見かねて三吉が教えてくれた。三吉は元の位置に座り縄を縛り直されていた。

「バリケード作るんだと。なんかお前らの開けた裏口から、機動隊とかが入り込んでるらしいぞ」

「え?」

 しばらく呆然としてその場に立ち尽くしてしまった。

 そして窓際を見る。そこの席はそのままで、テーブルには機関銃と、没収された朔良の携帯電話が置いてあった。

(あ。いまのうちなら…)

 この騒ぎに乗じて携帯を取り返そうと一歩踏み出す。

 しかしそれを一樹が感じとり、朔良の右腕を掴んだ。一樹の方を向くと、ただ首を横に振った。余計なことはするな、と言いたいらしい。

 朔良は俯く。一樹の心配が痛いほど分かった。

 だから……とりあえず二人の作業が終わるのを待つことにした。

 機動隊なんてものに突入されるなんて、とんでもないことだ。被害が出る可能性が高くなるような気が朔良にはしていた。

 機動隊は人質救出が最優先だろう。たとえ人質側に被害が出なくても、犯人側はどうか分からない。

 朔良は、崇史に人殺しにさせたくないだけではなく、この件では誰も死人を出したくなかったのだ。

 人質も、犯人も、そして機動隊にも――。

(虫の好い話だってことは分かってる。でもこれが志保の…私の望みなんだ)

 無意識に左手で右の脇腹を触る。

(そのためには、まずは携帯が必須アイテムなんだけどな)

 ぼんやりと窓際を見つめた。

 するとそれに気づいたのか、テーブルを運び終わった崇史がこちらにやってきた。

「おい。何考えてる?」

 ギクリとして朔良は声の主を見る。

「いや…あの…なにも。あはははは」

 誤魔化し笑いを冷たい目で一蹴された。そして崇史は視線を下に移す。

 その時になって、まだ一樹が自分の腕を掴んだままであることに気づいた。慌てて右腕を引っ込める。

 だが崇史は傷口の辺りを見ていた。

「大丈夫なようだな」

 ぼそりと独り言のように呟く。

 ―――絶好のタイミング、だと思った。

 朔良は決断する。今こそが崇史との交渉の時だと思ったのだ。

 もう、この瞬間一樹のことは頭の隅に追いやられていた。

「冬馬さん。お願いがあります。携帯電話を使用することを許してもらえませんか?」

 ストレートに朔良は言った。これは“勝手なこと”ではないだろう。お願いしているのだから。

 僅かに崇史の眉が寄った。

「何のために?」

「沙織里に訊きたいことがあるんです。これは志保の真相に一歩近づくためです」

 今度ははっきりと崇史の顔色が変わる。隣で一樹が息を呑んだ。

 そして亮がこちらを見ていた。また何か言ってる…という顔だ。他の人達もこちらを注目している。

 構わず朔良は続けた。

「思い出したんです。だから…私を一時的に解放してください!」

 そして頭を深々と下げた。

 いきなりの動作に、脇腹がずきりと痛む。視線が下にあるため崇史の表情は分からなかった。

 しばらく沈黙が流れる。

「その内容は?」

 崇史は怒鳴ることなく、静かに問うた。 朔良は顔を上げるとまっすぐ崇史を見る。

「志保は自殺ではありません」

 これは前にも言ったことだ。本当は今こそが言うべき()()だったのだ。

「でも事故でもないんです」

 徐々に崇史の顔色が驚愕に変わる。

「志保は…殺されたんです!!」

 ずっと、溜めていた言葉だった。もしかしたら一生言えないのかもしれない、と思った時期さえあった。

 崇史の表情はやがて哀しく歪んだ。見ている方が切なくなる顔だった。

「どうやって?」

 崇史の声が重くのし掛かる。それに耐え首を横に振った。

「まだ言えません。証拠が何も無いんです」

 すべては朔良の記憶の中だけのことだった。志保が亡くなってすぐ、朔良は志保のマンションに行った。

 志保から何か遭った時の為にと、事前に合鍵を預かっていたのだ。

 ―――まさか本当に使う日が来るとは、朔良も思っていなかったが。

 だがすでに、部屋には記憶の中の形跡が何も無かった。

 警察からも第三者の指紋は、自分だけのものだったことも聞いた。

 ―――では貴尚の指紋は?コンビニで買って持ち寄った飲食物のゴミは?

 そう、あの四次会の形跡はごっそり切り取られていたのだ。

 亮が滑らかな動きで機関銃まで近寄った。

「随分、都合が良いんだね」

 しかしすぐに銃口を向けるようなことはしなかった。崇史の判断を待つようだ。

 しかし崇史はそれには気づく余裕がない。

「犯人は誰だ?」

 少し朔良は躊躇った。先ほども言ったことだが証拠がない。しかし今から動くにあたって、隠し通す事は難しいだろうと思えた。

「松野貴尚」

 憎しみを込めてその名を口にする。刹那、身体に電流が走ったように震えた。

 もう永いこと、押し込めていたことだった。貴尚の隠れた悪に気づきながら、うわべで交わす会話。

 志保に伝えていたならこの悲劇は起きなかっただろうか。おそらく否だ。貴尚の想うところは計り知れないが、間違いなく狂気な存在だった。

 三吉、それに結花や賢二といった貴尚のことを知る人は皆、驚いていた。

 それはそうだろう。貴尚は頭が良い。人当たりも良かった。

「松野?何度か見かけたことはあるな。しかし志保から聞いたが、奴は榊原のことが好きなんだろう?」

 崇史は首を傾げた。

(まったく…志保ったら……)

 朔良はもういない同志にいつも通りの感情を持つ。困ったような切ないような気持ちだった。

「口ではそう言ってましたが、真意は…私にも解りません。でもだから、私はあの人に会わなければならない」

 何かを言いたそうな顔で一樹がこちらを見ていた。 お願いだから、いまは何も言わないで。切実にそう想う。決心が鈍ってしまいそうだったから。

 崇史は躊躇いがちに朔良を見ていた。心情は読めない。

「原田に何を訊くんだ?」

「松野さんの連絡先です。MIYOSHIで何度かそれとなく聞いていたけど、誰も知りませんでした。あの日、沙織里が幹事をしていた二次会に来ていたから、その辺りを…。多分知らないとは思いますけど、何かヒントになればと思って」

 朔良はここで項垂れた。貴尚は志保が死んでからばったりとMIYOSHIに来なくなっていたのだ。

 そこも不審に思うきっかけの一つだったのだが、まだ沙織里に訊いていない。記憶を取り戻した時に訊けばいいと思ってしまっていた。

「誰か知らないか?」

 一応崇史が三吉達に訊ねる。三吉が思い出すように空を見た。

「そう言えば知らないな……普段何をしてるのかも訊いたことはあるが、確かはぐらかされた」

 他の人も知らないと首を横に振っている。

 そう貴尚は連絡先だけではなく、素性も知れなかった。横でずっと黙っていた一樹がとうとう口を開く。

「連絡先を知ってどうするつもりなんだ?」

 朔良は握り拳を作った。心配かけるのは分かるがやめるつもりはない。

「私の目的はあの人の逮捕です。志保の件を自供させます!」

「危険だ!」

 瞬時に一樹は叫んだ。

「危険なのは承知してます。だけど私しか出来ないことだと思ってます。あの人は頭が良い。警察では捕らえられないでしょう」

「だったら尚更反対だ!そんな危険なやつ、何をされるか分からないんだぞ!」

「あの人を許せない!野放しにはしたくないんです!!」

 朔良はいつの間にか必死に訴えていた。此処へ来て、初めて本音をぶちまけた気がした。

 白い拳が震える。

(だから、言いたくなかったんです)

「なら俺も行く」

 拒否を許さない目で一樹は低く言った。しかし朔良は拒否をした。

「駄目です。他の人がいたら彼は何も喋りません」

 なぜかその確信があった。それに………と朔良は思う。

(それに私と志保の秘密をあの人は絶対知っている!)

 それは一樹と言えども知られる訳にはいかない。生前、志保が言っていたことを朔良は思い出していた。

「あたし達だけの秘密ね」その言葉は、遺言のように今の朔良を動かしていた。

 しかしここでは崇史の判断が最優先される。朔良は崇史の様子を窺った。

 考えこんでいるようだったが…やがて崇史はふと笑った。冷笑だった。

「?」

 何を考えついたのか朔良は読めなかったが、ただ凄く嫌な感じを受けた。

(なに?今の…)

 しかしそれは一瞬のことですぐに無表情になる。崇史は腕を組みながら言った。

「分かった。好きなだけ使え。だが必ず捕らえろ」

「あ、はい…」

 怪訝な想いで窓際まで近づくと亮が一歩下がった。その流れで窓の外を観る。

(あれ?………)

 目を引くものが映った。

 しかし崇史の気が変わらない内に行動に移しなければならない。その場で携帯を開くと電源は落とされていた。起動をさせたとき、後ろから崇史の声が掛かった。

「待て、言っておくがここの内部事情は話すなよ」

 信用ないな、と朔良は嫌な顔をした。

「解ってます」

 沙織里の番号を呼び出すとき電池が1つ減った。それを確認しつつ携帯を耳にあてる。

「朔良!?」

 するとすぐに出た。なぜか驚くような声を出している。

「そうだよー。どうしたの?そんなびっくりして」

「するよ!大丈夫?大丈夫なの!?」

 そこで朔良は気づいた。恐る恐る訊いてみる。

「まさか何か知ってるの?」

「知ってるって…そんなの当たり前だよ!ニュースになってんだから!」

 頭をガンと殴られたような衝撃を感じた。何ということだ…。もう大騒ぎだよー、とか沙織里は付け足しているし。

 朔良は頭を押さえたくなった。

(だからか…)

 朔良は再び窓の外に目を向けた。そこには野次馬に混ざって、隼人とケイがこちらを見上げていたののだ。遠すぎて分からないが、心配してるのだろう。

「あ、あのさ。そんなことより…」

 なるべく突っ込まれないように無理矢理話しを変える。

「そんなこと!?心配してるのよ!」

 しかし失敗に終わった。すぐにしまった、と後悔した。沙織里に火をつけてしまったようだ。

「それをそんなこと!?」

「ごめん!いや、私は大丈夫だから!全っ然!まったく!」

 焦って取り繕う。ちらりと崇史を見ると、青筋を立ててこちらを見ていた。顎で合図してくる。早く本題に入れと言いたいようだ。

(怖いよー)

 何とか電話に集中し直す。

「本当?まだ中にいるの?電話掛けられてるってことは釈放されたの?他の人は?」

 沙織里の怒涛のように浴びせてくる質問は脅威的だった。

「沙織里!聞いて!」

 すべてを無視して強引に斬り込む。

「松野さんの連絡先を教えて欲しいの!」

「え?」

 ピタリと沙織里の問いが止まった。

「沙織里知ってる?…知らなくても、誰か知ってる人いないかな…」

「松野さん?……まさか!朔良!」

 沙織里ははっとしていた。少しばかり嫌な予感がする。

「とうとう松野さんのことを…」

「違うよ!」

 予感はあっさりと当たってしまって、朔良は肩を落とした。

(冗談じゃない…)

「じゃあ何で?」

 朔良は言葉に詰まった。本当のことを沙織里に言う訳にはいかない。

「それは………」

「それは?」

 こういう時に限って適当な言い訳が思い付かない。まさかこんな展開になるとは、朔良は想像だにしなかったのだ。

「やっぱり!おめでとう朔良!照れなくてもいいよ」

 言葉が続かない朔良に沙織里は勘違いをしたまま進んで行ってしまった…。

(それよりおめでとうって何!?)

 沙織里も志保みたいにくっつけたい、などと思っていたと言うのか。とうとう朔良は頭を押さえた。

「で……知ってるの?」

 疲れきってしまい、そのままにしておくことにした。

「ごめんね。知らない」

 本当に申し訳なさそうに沙織里は言った。せっかくの恋の発展だったのにね、と呟いている。

 朔良も青筋を立てたくなった。

「あ!でもマスターなら知ってるかも」

 ふと沙織里が妙案を思い付いて嬉しそうに叫ぶ。

「マスターっていうと…」

「うん!vistaのマスター!ちょっと聞いてみる!また掛け直すね!」

 それだけ言うと一方的に通話が切れた。虚しく電子音が朔良の耳に残る。

「切れた」

 ぼそりと呟くと崇史が近くまで寄っていた。

「何だって?」

 ギクリとなって振り向く。

「えと、知らないって…で、知ってる人いるから聞いて掛け直してくれるって」

 かいつまんで重要な部分だけ伝える。

「前半は?」

「なんかっ…あの、ニュースになってるって…その、私の怪我が」

 朔良は恐縮した。自分なんかがメディアに出たのが信じられなかった。少し照れる。

「ふーん」

 つまらなそうに崇史は言う。

「まさか、知ってました?」

「携帯のニュースサイトでな」

 そうですか、としか朔良は答えられなかった。照れた自分が馬鹿みたいだ。

「で、中盤は?」

「聞くな!」

 つい叫んでしまい崇史の怒りを一身に浴びた。

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