それぞれの想い
街の外れにある自動車整備会社。工場も一体化している小さな会社だった。
そこには先ほど警察から振り切って逃げてきたDark Killのメンバーが集まっていた。
深夜だった為周りは静まり返っていたが、この場だけが騒がしい。到着した車は三台。
リーダー格の男が周りを見渡していた。
「マサキ!一樹さんだけ来ねえ」
マサキと呼ばれたその男は、泣き言を言う同じチームだった男に答えた。
「一樹さんなら大丈夫だろ!それより隼人はどうした?」
隼人がいるはずのチームのメンバーに問いただした。するとそのチームの女が心配の色をみせる。
「隼人、一樹さんに呼ばれたって言って、行っちゃったんだよ」
「一樹さんのところに?」
「多分……上手くいったのかな?」
女はため息混じりに言った。
マサキが口を開こうとした時、遠くの方からヘッドライトが見えた。皆がそちらを注目する。
徐々に近づいてくる車は、まず前方が変形していることが見て分かった。そしてそれが見覚えのある車だと分かる。
「一樹さんの車だ」
誰かの声が聴こえた。一樹の車はそのまま工場に入り、自分達の前にまで来て停まった。
「一樹さん!」
皆が車に近づく。
するとなんと運転席から出てきたのは隼人だった。
「隼人?」
マサキがまず隼人に近づいた。後ろからも先ほどDark Killに居た少年が出てくる。
しかしそれだけだった。
二人ともどこか深刻そうな顔をしている。
「隼人どうした?一樹さんはどうしたんだ?」
代表でマサキが訊く。隼人はマサキに寄りかかるようにしてどうにか立っていた。
「こ………」
何やら呟いている。マサキは隼人を支えながらも、隼人の顔を見た。その表情は険しい。
「こ?………どうしたんだ?隼人」
優しく語りかけてやる。隼人は何とか口を開いた。
「こ、怖かったー」
そのままズルズルと地面に落ちていった。
「は、隼人?」
するとそれを見ていた少年が代わりに教えてくれた。
「一樹さんは榊原さんと一緒にあのビルの中に入って行っちゃいました。それで代わりに隼人が運転して逃げてきたんです」
一瞬そこにいたすべてのメンバーが凍りついた。
「ええええぇっ?」
そして皆は深夜に大絶叫するはめとなった。
* * *
Dark Killのメンバーが闇夜に大合唱を響かせているころ、MIYOSHIの中では朔良の携帯電話が鳴っていた。
マナーモードにしているものの、静寂なこの場ではバイブの音さえ響く。朔良は縛られている手で何とか鞄を手繰りよせる。
「んー…もうちょい」
バッグのサイドポケットの中からやっと携帯を触ることが出来た。
細いストラップを持って引き抜く。首を曲げて何とか目視すると、メールではなく電話だった。
出ようと二つ折りの携帯を開いたとき、周りの緊迫する気配をまず感じた。そして顔を上げるとまさに目の前に崇史が銃口を向けているところだった。
「何をしている」
冷たい目をしている。
「え?電話が掛かってきて…あ、沙織里だ」
後ろを向きながら画面を確認すると、構わず朔良は通話ボタンを押した。
「!」
周りがさらに凍りつく。
朔良は器用に携帯を膝の上に投げて乗せた。ストラップを口に加え位置を直すと、耳から携帯に寄せる。
「きさっ…!」
「あ、もしもし沙織里ー?」
崇史が止めようと口を開いたとき、すでに朔良は通話ボタンを押していた。
そのとき崇史の歯ぎしりが聞こえて、三吉や一樹は冷や汗をかく。
「あー、昼の?……いいよ……うん………うん。私も感じ悪かったよね、ごめんね」
独り空気を読まず朔良は会話を続ける。
「…いま?ううん………大丈夫大丈夫。もうすぐ寝るかもしれないけどね…ははは。……沙織里も頑張ってね、じゃあまた………うん、おやすみ~」
そして何気ない会話は終わった。
沙織里から通話が切れたのが、漏れた音から崇史にも分かったのだろう。すると崇史はすぐに携帯を取り上げた。朔良が見上げる。
「あ…何する…」
崇史は最後まで言わせなかった。
携帯と拳銃は左手に持ちかえるのと同時に、右手の掌で思い切り朔良の頬を叩く。
バシッという重い音が響いた。
「貴様!自分の立場がわかってるのか!?」
崇史の怒鳴り声が耳をつんざく。朔良はそのまま視線を落として痛みをやり過ごした。髪の毛に覆われて表情が分からない。
(うぅ…左ばっかりだわ)
内心はそんなことを考えていて、気持ちを紛らわしていた。
しかし崇史の怒りは収まらなかった。朔良の胸ぐらを掴んで立たせると、そのまま壁に叩きつけるように押し付けた。
「何の話をした!?」
「くっ…」
衝撃と、首が絞まって息が出来ない。薄目を開けて崇史を見ると、その顔は怒気に満ちていた。崇史は顔を近づけてなおも叫ぶ。
「何を話したと聞いている!」
酸素を肺に送り込むことが困難だった。表情は苦しさに歪んだ。それでも何とか朔良は言葉を発する。
「別に………日常…会、話だよ」
崇史は少しだけ力を緩める。手加減の具合を充分承知しているようだ。
そして睨み付けたまま、拒否を許さない口調で訊いた。
「会話した内容を全部話せ!」
「ちょっと、昼間に些細な喧嘩をして…沙織里が謝ってくれたんだよ。でも私も悪かったから謝った。それだけ」
「今がどうとか言っていただろう?」
怒鳴りはしなかったが崇史の声は低く、それがさらに怒りを感じた。
「寝てた…って聞かれたから、大丈夫って答えただけ」
素っ気なく聞こえるように朔良は返した。しかしその声は、掠れてしまっている。咽喉の調子というのもあるが、恐怖からだったのかもしれない。
ようやく崇史の手が朔良から離れた。バランスを失って朔良はよろける。両手が縛られているため、何とか足で踏ん張った。
そして一気に酸素が入ったために、しばらく咳を止められなかった。
「げほっ…ごほっ!」
崇史はそれを冷たく見つめながら、右手に拳銃を持ち変えた。
「今度勝手な真似したら、殺すからな」
最後の忠告か、と朔良は思った。ぎりりと歯をくいしばる。
「ずいぶん…余裕が無いんですね」
「なに?」
定位置に戻ろうとしていた崇史がピクリと反応した。
「やめろ榊原」
一樹の止める声が聴こえる。
だけど今やめるわけにはいかない。朔良の脚は恐怖で震えていた。それを隠そうと力を込める。
振り返った崇史の目からは憎しみが見えた。
朔良は口に笑みを作った。嘲笑、に見えたらそれがいい…そう思った。
「そんなに追い詰められて…本当に警察と渡り合えるの?」
「何だと?」
「志保の自殺は納得出来ない。だったら冬馬さんは何だったら良かったの?……事故?それとも他殺?」
「黙れ!」
崇史は銃口を朔良に向けて、そして撃鉄を引き起こした。
それを見た一樹が悲痛の声を上げた。
「崇史!やめてくれ!」
ずっと黙っていたことを朔良は怒鳴るように叫んだ。
「私を殺したら、志保の死の真相には近づけない!私にしか知らないことがあるから!」
崇史の目が見開かれた。
「なに?」
寝耳に水だったことだろう。当然だった。朔良は誰にもこの事を言ってない。
志保が死んだとき、参考にと警察に事情聴取されたときだって、適当に返していたのだから。
(もっともあのときは、そうするしか無かったんだけどね……)
一樹も三吉も、そこにいる誰もが驚いて朔良を見ている。
そして崇史は明らかに動揺していた。その目が揺らぐ。
「どういう…ことだ?」
まだこちらに向いている手は震えていた。するとずっと座って見守っていた亮が、滑らかな動きで崇史の隣まで来た。
「口から出任せ。死にたくないから言っているだけだ」
崇史に援護するように右側から亮が、代わりに銃を朔良に向けた。 朔良は亮の目を見据えて言い足す。
「嘘じゃない。実際、志保に一番最後に会ったのはたぶん私だから」
「そんな………」
崇史には躊躇させる言葉だった。しかし亮にはそれが無い。機関銃を脇に挟み込み構えた。
(駄目、か………)
朔良は内心、絶望を感じていた。これが朔良が持てる唯一の武器だった。
崇史を止める為の―――。
亮がこんなにも非情だとは。朔良は覚悟を決めた。
「待ってくれ、亮。話を聞きたい」
しかし崇史がそれを遮った。すると亮は、驚くほどにあっさりと機関銃を降ろしたのだ。
崇史の言うことしか聞かないようだ。逆に言えば崇史の言うことならば聞くのか。
「ちゃんと話せ。嘘だったら許さない」
崇史の有無を言わせない口調が、朔良の心に突き刺さった。
嘘をつくつもりはないが、まだ言えないことはあるんだ。ちゃんと言葉を選ばないと自分の目的も達成出来ない。
朔良は一度ため息混じりの深呼吸をした。そして語り出す。
「あの日はMIYOSHIで貸し切りで、飲み会がありました。志保もいたし、私も参加してました」
ちらりと三吉を見たら、彼が頷く。
崇史は参加してなかった。元々あまりお酒は強くない、と志保が言っていた。
「聞いている」
しかしそれは知ってはいるようだ。
「それから三次会まであったんですけど、最後まで残っていたのは6人。そこにも、私は志保と一緒にいたんですよ」
そこには賢二や結花もいた。二人は迷惑そうな顔をしていたため、それには口をつぐんだ。
壁にもたれながら続ける。
「それで最後に私は志保と二人で帰ったんです…志保はそこまで酔ってませんでした」
「それで?」
逸る気持ちで崇史は促す。
他の者は口を開かず見守っていた。何か言いたそうな顔の者は数人いたが、割って入る勇気はないようだった。
そんな空気の中で朔良はあっさり続ける。
「それだけです」
たった一言で。
皆の期待を裏切ったのにまったく悪びれていなかった。
そして崇史はわなわなと震え出した。下を向いていたため表情は確認できない。
思わず一樹が間に入った。
「榊原、そこからが重要じゃないかな」
確かにここまでは皆の証言から明らかになっていることだった。
「そうですね。一番言いたいことは、実は記憶が途切れ途切れなんです。重要なところが抜けてて…でも大丈夫!思い出したとき、絶対真実が分かります」
そこまで一気に言うと、朔良はにっこりと笑った。亮が呆れた顔で口を開く。
「やっぱり、たいしたこと知らないよ、こいつ」
「だから!知ってるんです!忘れてるだけなんですってば」
感興もなく亮は崇史の判断を待つように視線を移した。
当の本人は俯いたまま拳銃を下にずらした。引き起こされた撃鉄をそっと戻している。意図が解らず、朔良はじっと崇史を見守った。
「分かった。今は榊原に賭けよう」
朔良は目を瞠った。僅かに…本当に僅かだったが、いつもの穏やかな顔が崇史に戻っていた。
しかしそれは一瞬だけだった。すぐに厳しい目になり、睨み付けられた。
「だが立場をわきまえろ。今度は許さない。コレは預かっておく」
そう言うと、朔良の携帯を持ったまま窓際まで引き返して行った。隣で亮が、やはりつまらなそうに後に続いて行く。
緊迫感から逃れた朔良は何とか地べたに座ることが出来た。
正直ずっと脚は震えていたのだ。隠しきれたかは不明だった。
膝を使って少し前に出て、先ほどまでの位置まで戻る。
「無茶するな」
隣で一樹がため息混じりに呟いた。三吉も同意というように朔良を見ている。
「すみません」
軽く笑って謝ったが、内心はまだ動悸が速かった。
* * *
工場に車を預けて事情を説明したあと、隼人とケイは皆と別れた。
あの会社はメンバーの一人が親から譲り受けて、そのまま経営者としてやっている会社だった。
大通りに出るまで二人は歩いていた。隼人が少し前を歩く。
「上手くいって良かった」
ケイからずっと溜めていた本音が聞こえてきた。隼人は振り返りもせず言う。
「まあな。でもとりあえず、だけどな」
「彼女ならまだ大丈夫じゃないかな」
なぜか確信持って言うケイに一瞥を向ける。
「分かんのか?」
どこか遠くを見ながらケイは答えた。
「最初にあったときも、カフェでもずっと榊原さんから迷いを感じたんだ。でも店で会ったとき、もう彼女からは強い意思しか残ってなかった。見違えたよ」
「ふうん」
隼人には解らなかった。
朔良はどこか天然でいきなり読めないことをする。
ケイの方を振り向きながら、ずっと気になっていたことを訊いた。
「何で殴られたのかな?」
まだ、隼人の手にはあの時の感触が残っていた。革製のジャケットのポケットに突っ込んでいた手を、その中で握り締める。
ケイは隼人を見て悪戯っぽく笑った。
「隼人のパンチ、たいしたことないって思ったんじゃない?」
「ぶっ潰す」
言葉とは裏腹に、隼人も笑いながら拳をケイに向ける。
「冗談だよ…でも………」
ふとケイは真剣な目をした。口元は笑みを作ったままだったで。
「きっと俺たちのためを思ってやったことで、他意は無いよ。それは分かる」
その意見には同調できた。
「ああ。そうだな」
あの時のことを思うと、まだ少し胸が痛い。
―――女を殴ったの初めて?
朔良の言葉が思い出される。まさに、図星だった。
隼人は吹っ切るように再び前を向いて歩き出した。
大通りまでまだ少しある。大通りに出たら、隼人には自転車が置いてあった。それで帰れる距離なのだ。まだそれを撤去されていないことを祈るが。
「今日はどうすんだ?ケイ」
ケイは電車が必要な距離に家がある。親と同居だから終電までには帰したいと思っていたが、今回の作戦に参加すれば帰れなくなることは分かっていた。
だから止めたかったのに。今さら思ってもどうにもならない。
「隼人ん家泊めてよ」
後ろからの声に隼人はため息をついた。
「俺は全然構わないけど」
「俺も全然構わない。俺だってもう大人だよ。いつまでも親に気を使ってられない」
ケイは厳しい口調だった。隼人はケイの両親を知っていた。どこか過保護で、そして………。
「そっか」
いつまでも子供のまま立ち止まってはいられないらしい。
「だから…俺、榊原さんに全部話そうと思うんだ」
まるで一連の会話の流れのように言う。
思わずケイを見ると、隼人をしっかりと見つめていた。それは自分に承諾を得ようとしている目だと解って、隼人は少し視線を逸らす。
「榊原さんは確かに迷いが無くなったけど、だからこそ危ないんだ。余計なお世話かも知れない…ただの思い上がりだって言われても、俺には…」
話の途中で隼人が近づいてきて、そして頭を軽く小突いた。
「痛いっ!」
涙ながらにケイは抗議した。
「何するんだよ!」
「お前って馬鹿」
それだけ言うと踵を返す。
しかしケイがついて来ていないのが、気配で分かった。ちゃんと話を聞いてもらうまで動かない、という主張だろう。
構わず歩を進めながら、いつもケイはお人好しすぎる、と隼人は思った。
朔良に言った言葉…異様に勘が鋭い…。それは嘘ではない。でも……それだけではないのだ。
ケイはいつもこうだ。
それで最後には自分が傷つくくせに。
そして、それをフォローするのはいつも隼人だった。隼人は右手に感覚を集中させた。そして足を止める。
(また俺が何とかしてやる………)
自分はいつでも、これからもケイを見捨てない。
(それに…)
右手を拳のままポケットから出して見つめる。
朔良なら大丈夫かもしれない。根拠もなくそう思った。
後ろを振り向くと、ケイはまだその場に立ち尽くしている。暗くて表情まで分からなかったが、心配そうにこちらを見ているだろうことは想像がついた。
でも隼人が次に喋るまで動かない―――そう決めてるようだった。
(ったく、頑固だな)
ひとつため息をつくと、隼人はよく通る声で言ってやった。
「好きにすれば?……今さら俺も乗り掛かった船を降りたりしねえから、思う通りにやってみろよ」
何も声は返ってこなかったが、ケイがこちらに歩き始めたのが見えた。