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wish  作者: 優吏
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ビルの中

 パトカーのサイレンは朔良達の耳にも届いていた。

 そしてそれが遠ざかって行くのも…。

 それが何を意味するのか…もちろん二人には分かっていた。

 サイレンは一つだけではなく、四方八方に散って行って聴こえる。隼人とケイだけではなく、当然表口で暴れた者達にも追ってがかかっているのだろう。

 それが作戦の内で、逃走ルートや落ち合う場所も決めてあると分かっていても、朔良は心配せずにはいられなかった。

 この作戦には皆進んで参加していた。もちろん一樹は無理強いはしないと言っていたのだが、()めるという者はいなかった。

 一樹は信頼されているんだな、と朔良は思う。しかしだからこそ、朔良は振り返るわけにはいかない。前へ進むしかないのだ。

 それなのに、ビルの中のエレベーターは停止されており、上ボタンを押しても動かなかった。なのでMIYOSHIのある六階まで、朔良と一樹は階段で上がるしかなかった。

 朔良が先に走り出したはずなのに、あっさりと一樹に追い抜かれた。一樹の後を追う形で朔良は息を切らして走っている。

 他の店はもちろん営業などしておらず、人の気配はまったくしなかった。階段含め夜のビルは暗い。電気は非常灯のみで僅かだ。

「きっつ…」

 つい弱音が漏れる。普段の運動不足を呪った。

「大丈夫か?あと一階だ」

 なぜか涼しげな顔をして、一樹は朔良の方を振り返る。

「大丈夫です」

 少々意地を張って笑顔で言う。

 何とか朔良が六階まで辿り着くと、すでに一樹は階段のところの壁越しにMIYOSHIの方を見ていた。

「灯りはついているようだが、ドアが閉まっている。当然鍵も掛けてあるだろうな」

 どうする?というふうに一樹は朔良を見た。朔良もMIYOSHIが見える位置まで並ぶ。

「ここはやっぱりアレしかないでしょう」

 にんまりと朔良は笑った。任せなさい、とその目が言っている。

 一樹は怪訝(けげん)な顔をしていたが、構わず朔良はさっさとMIYOSHIの扉の前に立った。

 そしてすぅっと大きく息を吸う。

 はっとして一樹は一歩前に出た。嫌な予感がした。

 それよりも早く朔良の右腕が上がり、その扉を叩く。

「こんばんは!榊原朔良です!怪しい者ではありません!開けてくださーい」

 慌てた一樹が朔良に近寄る。

「おい…」

「朔良でーす!飲みに来ました!開けてくださーい!警察はいませーん!」

「榊原!やめろ!」

 一樹が焦って止めるのと、ドアの鍵がガチャガチャっと開けられるのが同時になった。

「うるせえ!」

 中から男の罵声が聞こえて扉が開いた。

 崇史だった。

 記憶の中にある顔よりも、見るからにやつれていた。ジーンズと、グレーの長袖のTシャツを一枚だけ着ていて、それが一層そう思わせた。

 しかし目は死んでない。この世のすべてを憎もうとしているようだった。手には拳銃を握り締めこちらに向けている。

 しかし崇史の視線は朔良を見た後、その後ろで止まった。

「あ……」

 その目が大きく見開かれる。

「一樹…」

「よお」

 一樹はため息をつくと、朔良に(なら)って軽く挨拶をした。

 朔良はその隣で、初めて見る拳銃に目が奪われていた。意外と小さい。

「下の騒ぎ…お前らか?」

 崇史が銃口を外さず厳しい声で聞いた。それに答えたのは朔良だった。

「そうですよ。立ち話もなんですから中に入れてください」

 まるで人の家に図々しく上がるみたいに言って、朔良は崇史の(かたわ)らをすり抜けた。予想外の態度に崇史の行動が遅れる。

「お、おいっ」

 焦りながらその背中に銃口を向ける。

「やめろよ」

 後ろから一樹が低く言ったのが聞こえた。初めて聞く厳しい声色だった。

「俺がつれてきた()だ」

 崇史が息を呑んだのが分かった。

「どういうつもりだ?」

「それはこっちが聞きたい。お前に言いたいことは山ほど有るんだ。入らせてもらうぞ」

 一樹も朔良に続いて強引に中に入った。

 足を一歩踏み入れただけで、暖房が効いていることがわかる。

 電力はここだけ通じるようにしているようだ。汗をかいていた今の朔良には、暑いくらいだった。

 中にはまずレジがあり、そこを通りぬけると一番広いホールになる。

 行き慣れた店のはずだったが中はまったく雰囲気が異なっていた。

 テーブルや椅子はほとんど壁に押しやられている。広い空間を作ってその手前側に十人くらいの人が、地べたに座らされていた。後ろに手首を縛られている。

 その向かい側、一番奥の窓と窓の間の壁際にはテーブルが一つ有り、ニュースで見た顔がこちらを見ていた。

 黒江亮だ―――。

 亮は機関銃のような大きい銃を持っていた。足をテーブルに乗せて行儀悪く座りながら、やはり朔良達にそれを向けている。黒いシャツを上から三つくらいボタンを開けていて、その胸元にはゴールドの十字架がぶら下がっていた。

 亮は無表情で朔良にはその心情が読み取れなかった。追い込まれた風でもなかったし、かといって人質を抑圧することを楽しんでいるわけでもなさそうだ。

(なに…この人……)

 初めて対面する人種だった。

「朔良!」

 亮を見定めていると、人質の方から声がかかった。人質の塊の中で、一番こちら側にいた三吉だった。

 三吉は反抗したのかも知れない。顔には殴られた痕が残っていた。

「三吉さん!」

 朔良は三吉に駆け寄ろうとした。しかしそれは寸でのところで叶わなかった。

 目の前に亮が割り込んできて立ちはだかったのだ。咄嗟に足が止まる。

「動くな」

 静かな目線で銃口を向けていた。

 ―――いつの間に!?

 椅子から立ち上がったのでさえまったく気づかなかった。

「亮!やめろ!」

 後ろから叫んだのは一樹だった。亮は顔色を変えることなく一樹の睨みを受け止めた。

「一樹…久しぶりだね」

 特に驚きも感動も無いというふうに朔良には見えた。

「ああ。まさかこんなかたちで三人で会うとはな」

 悔しそうに一樹が呟く。

「何しに来たんだよ」

 崇史にはそんな一樹の想いは届かなかったようで、銃口を向け直した。一樹は亮よりも崇史に視線を向けていた。すべての原因は崇史だから。

「お前を止めに来たんだ!崇史」

「止める?」

 崇史はせせら笑っていたが、どこか泣きそうだった。

「もうやめろよ!こんなことして、警察が言う通りにすると思っているのか?」

「うるさい!してもらわなければ困るんだよ!」

「こんなやり方しなくても良いだろう?他人が犠牲になるのは構わないって言うのか?」

「ああ!構わない!志保はいま苦しんでいるんだ!勝手に自殺にされて……」

 最後の方から崇史の勢いが失われた。腕が力弱く下がって、自動的に銃口も下を向いている。

「夢に出てくるんだ…志保が。“私の真実を見つけて”って言うんだ」

 崇史の顔が苦しみに歪んだ。今にも涙を落としそうだ。

「………だからといって、こんなやり方して笠原さんが喜ぶとでも思っているのか?」

 しかし一樹の声が冷たく響く。まっすぐ崇史の目を見据えている。

 どこか遠くの方で朔良は二人のやり取りを聞いていた。

(志保は……喜ばない…………)

 それは確かだと思う。

 しかし一樹の言葉は一般論に過ぎないことを、朔良は客観的に捉えていた。

(志保の望みは…………)

 自分は()()()()知っている。日頃から聞いていたから。死んだものの願いは叶えなければならない。本人にはもう、出来ないことだから。

(生きている私が叶えるんだ)

「うるさいっ!」

  朔良の思考を崇史の声が遮った。はっと顔を上げる。

「てめえに何が分かる!?」

 朔良が崇史と会うときは決まってMIYOSHIで、そしてその隣には志保がいた。

 崇史は志保といるときとても柔和な男だった。大声を出すことさえ、想像がつかないほど。少なくとも朔良にはそう見えていた。

 あの時の穏やかさは、今やその片鱗さえ無くなっている。まさか志保がいなくなることで、こんなに追い込まれるとは思わなかった。

 気持ちは分からないでもない。

(私だって…本当は………)

 いや違う。 朔良は自分の無意識の感情に(がく)(ぜん)となった。

(私は冬馬さんとは違う!)

 自分は知っている。志保の本当の望みを。それだけで天と地の差があるはずだった。

「分かるか!崇史こそ考えろよ!笠原さんが本当に苦しむことが何なのかっ」

 朔良は僅かに複雑な想いで、一樹の台詞を聞いていた。それは崇史の胸にも突き刺さったようだ。

「知った口を聞くんじゃねえ!だいたいてめえなんかに用はねえんだよ!帰れ!出ていけ!」

 崇史は再び拳銃を一樹に向けて叫んだ。

 ―――撃つかもしれない。

 そこにいた者は皆、ほぼそう感じただろう。それほどの殺気に満ちていた。

 そしてその空気を破るように、唐突に朔良は一歩前に出た。

「え?帰って良いんですか?本当に?…じゃあ帰りますよ」

 わざとらしく両手を口元に押さえ、嬉しそうにゆっくり出口に向かう。唖然とした視線がそれぞれから朔良に送られた。

 構わず朔良はすぐに悲しそうな顔を作って立ち止まった。

「でも私、飲みに来たんですよ。たまにここで飲まないとやってられなくて」

 どうしよう、とこれまたわざとらしく悩む。朔良の一人小芝居はまだ続いた。

「このまま帰るとなると、ストレス発散出来なかった私は、ヤケになって警察にここの情報をぶっちゃけますよね?ええ!確実に!」

 ぽんと手を叩くと、ちらりと崇史を見た。唖然としていたのが、みるみる内に表情が変わる。眉が吊り上がってきていた。

 それから亮に視線を移す。こちらは変わらず無表情だった。

(いや…ちょっと馬鹿にしてる………)

 内心朔良は自己嫌悪に陥りそうになる。しかしやめるという選択肢はない。

「というわけでー、みんなで協定結びませんか?ほら、一人より三人、三人より五人って言うし!…えーと……いち、にい、さん…十六人もここにいますよ!こんだけいたら警察なんてイ・チ・コ・ロ」

 人差し指を頬につけ、そこで朔良はウィンクをしてみた。

 限界に達した崇史はズカズカと朔良に近寄ってきた。

「やかましい!」

 一喝して拳銃の握る部分で朔良の頭をはたく。

「たっ!」

 正直かなり痛みがきた。思わず、本当に思わず涙目になる。

「協定なんか結ぶか!」

「ケチ」

 ぎろりと崇史は朔良を睨むと亮に向き直って言った。

「こいつらも縛ってくれ!」

「りょーかい」

 つまらなそうに亮は答えた。

 ―――これで無事に、朔良と一樹は人質の仲間に落ち着いた。


   * * *


 一樹は一連の流れを信じられないものを見る目で見ていた。

(この子は…いったい………)

 確かに最初は朔良の頭がどうかしたのか、と心配した。

 しかし…先ほどまでの殺気が崇史から消えたことは確かだ。自分は助けられたのだ、朔良に。それも一滴の血も流さず。

 それは先ほど隼人の闘争行為を止めたのとは正反対の手段であった。

 咄嗟に流れを読み取り最善の策で動いている、とでも言うのだろうか。

 一樹は反省していた。正論を伝えることが全て正しいというわけではないことを痛感したのだ。

 だから―――素直に亮に縛られた。

 朔良の隣に座り込む。

「すまない」

 朔良の方も見ずに一言呟いた。朔良がこちらを見たのが目の端で分かった。

「頭、大丈夫か?」

 自分の考えなしの行動のせいで崇史に殴られてしまった。撃たれるよりはずっとマシだが、彼女が傷ついたのに代わりはない。

「どうせイタイ女ですよ」

 しかし朔良は別の意味で一樹の言葉を捉えたらしい。朔良を見ると唇を尖らせていた。

 日本語は難しい…。


   * * *


 数分後、崇史のポケットから携帯電話が鳴った。

 崇史は窓越しに下の警察を観察しながら、携帯を取り出す。ディスプレイには最近登録した男の名。―――池田(いけだ)浩一郎(こういちろう)

 志保が死んだとき、事情聴取を受けた刑事だった。

 この状況を崇史が作り出したときから、頻繁に掛かってきている。崇史はこれまで通りその電話をとった。

「冬馬か?中は変わりないか?」

 池田は直接には聞いてこなかった。薄く笑って崇史は答えてやった。

「人質が2人増えましたよ」

「……そうか」

 電話越しにでも相手の苦痛の息が漏れたのが分かった。

「いいか!早まるなよ!」

 まるで親身になっている、とでも主張したげな声だ。しかし自分にはまったく受け付けられない。

「池田さん、まだですか?こっちにばかりいないで、早く捜査してくださいよ。俺もいつまでも待てません」

 それだけ言うと崇史は池田の言葉を待たずに携帯を切った。

 ―――あまりにぐずぐずされるようなら、制限時間を設けなければならない。


   * * *


 それからしばらく静寂が流れていた。

 崇史と亮は固定の位置、つまり出入口からみて一番奥の窓際に設置された席に座っている。

 朔良は三吉と一樹に挟まれる形で地べたに座り込んで、二十分くらい経っていた。

 この状態になってから気づいたが、人質の中には三吉以外にも知っている人がいた。

 何度か一緒に飲んだ中岡(なかおか)賢二(けんじ)木本(きもと)結花(ゆか)だ。2人は恋人だった。おそらくこの日も二人で飲みに来ていたのだろう。

 朔良は笑顔で会釈だけで挨拶したのだが、そっぽを向かれた。他人の振りを決め込むようだ。それから三吉の他のスタッフのバイトが四人いた。あとは、二人ほど見たことはあるが名前は知らない客がいて、残り三人はまったく初対面だ。

 全部で人質は十二人。朔良と一樹を入れて十四人だ。

 こっそり朔良は三吉に話しかけた。

「大丈夫ですか?」

 三吉だけが殴られていたようだった。質問の意図に気づいて三吉は顔をしかめた。

「ああ、コレか?全然痛くない」

 意地張っているのが表情で分かった。笑っているが、いつもの明るさがそこには見えない。こんな目に遭っているのだ、当然だろう。

「何で殴られたんですか?」

「アレだ。みせしめってやつだな」

「じゃあ、一発だけ発砲があったってニュースで言ってましたけど」

「そんなに騒ぎになってるのか?」

 テレビを見れない三吉には実感が無いようだった。低く唸って三吉は答える。

「それも威嚇(いかく)の一発だ。飲んだくれが大人しくなるため、のな」

 確かに皆、すでにお酒は抜けきっているように見えた。皆にしたら迷惑な話だろう。気持ち良く酔っているときに水を差されたのだから。

「それより、本当に何で来たんだ?朔良」

「ただの気まぐれですよ」

 いつものように朔良は冗談っぽく返す。

 この店では適当な会話がすべてだった。少なくても朔良には……。

 それが居心地良かったのだ。身内にも会社にも出来ない、いい加減な切り返しがここでは成立する。()()加減なのだ。別に軽く見ている訳ではない。

「んなワケねえだろ」

 しかし今は、それを三吉は赦してはくれなかった。

 朔良は苦笑いだけでそれに返した。

 そのとき、遠くからパトカーのサイレンが聞こえ始めた。Dark Killの皆を追跡して行った警察が、帰って来たのだと分かった。

 このビルに近づくと案の定サイレンは消える。

 それとなく聞こえるように朔良は一樹に語りかけた。

「大丈夫だったかなあ?」

 一樹はちらりとこちらを見て、不敵な笑みを浮かべた。

「え?」

 少したじろぐ。

「大丈夫だろ」

 一樹には自信があるようだ。しかしその一言で終わらせようとしていた。

「その意図は?」

 厳しく朔良は突っ込む。片方だけが気になってるなんて不公平だ。

 一樹はそんな朔良にふっと笑った。

「そうだな。今回車の運転を担当してるのは、普段走り屋をしている…とかでは駄目かな?」

「じゃあ隼人くんは?」

「ああ。あの車を引き上げる奴が必要だったから呼んだんだ。でも隼人にそんな趣味はないはずだな」

「一樹さん、ヒドイ」

 あっさりと明るく言う一樹に朔良は眉をひそめる。

「大丈夫だって。隼人もやるときはやる奴だから」

 真剣な目で一樹は安心させるように言った。

「分かりました。信じます」

 その目を見てるとそう言うしかなかった。

 信じるしかない。

(まあ…今からじゃ到底間に合わないし)

 どこか本音ではなかったが、朔良はそう自分に言い聞かせた。

 本音ではすでに信じていたと思う。隼人を、そして一樹を………。

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