秘密
隼人の電話で再びDark Killのメンバーが集まった。
ビルから少し離れた駐車場で待ち合わせをして落ち合う。今度は九人と少な目だった。都合が悪くて来れない人もいたのだ。
この少人数で成功するか疑問が生まれる。むしろ前回より頭数が欲しいくらいなのに。
「大丈夫だ。一樹さんの目的は絶対に達成させる」
一人不安そうにしている隼人に、リーダー格のマサキが力強いことを言ってくれた。しかし隼人はまだそわそわして落ち着かない。
「でも……」
「しっかりしろ、隼人。今回は特に時間厳守なんだからな」
マサキはそう言って隼人の肩を叩く。
その時、光一という男が最後にワゴン車で到着した。光一は車から降りると、トランクを開けてマサキに判断を仰ぐ。
「こんなんで良かったかな?」
マサキはワゴン車の中にあるそれを見て、頷きながら隼人を見た。
「充分だろ。な?」
「うーん……わかんないっす」
隼人は唸った。なにせ朔良が無事に事を成せるかどうかが、これにかかっているのだ。自分の一存では責任が持てない。
一樹の指示は時間と方法のみで、細かいところは隼人に任せると言ってきたのだ。
「大丈夫です」
後押しをしたのはケイだ。いつの間にかケイは皆と打ち解けていて、この場にいても違和感を感じないようになっていた。
マサキはその言葉を聞くと自然と仕切りだす。
「よし急ごう。時間がない。ミク、あれを出してくれ」
「はーい」
ミクと呼ばれたこの場で唯一の女が自分の軽自動車に向かった。
「隼人達は見張っててくれるか?」
「了解!」
「はい」
マサキの指示に二人はそれぞれ車の前後に立った。見張ると言っても、この場所は人気が少なく歩いている人はほとんどいない。
隼人は前の方で、ビルが見える位置に立った。
腕時計を見て時間を確認する。約束の時間―――20:00まであと、十五分。
「出来たぞ」
数分後マサキが隼人を呼んだ。いつもは一樹やマサキが指示を出す立場だ。
今日はマサキがいつものように、頼りになる感じでリーダーシップをとっていたが、最後にはすべて隼人に声が掛かる。
それは、一樹が隼人に頼んだからだった。そして隼人がマサキに伝える…といういつもとは逆の形が成り立ってしまったのだ。
(朔良のことだからかな?)
自分達が朔良を連れていったのが事の始まりだからだろうか。
「えーと…じゃあ行きましょう」
隼人は言いながらドキドキしていた。何か間違えていたらどうしよう。そう思うと口数が少なくなる。
(だって俺、しょせん長男タイプじゃねえし)
どこか的外れな事を考えてしまった。隼人は長男だったが姉がいた。実はコンプレックスを感じている部分だ。
「隼人」
そのとき後ろからポンと肩が叩かれる。
「うわっ!はい!すみません!」
自虐的な事を考えているとつい謝ってしまった。
振り向くとそれはケイだった。目を細めて見るかに呆れた顔をしている。
「隼人、緊張しすぎ」
「悪かったな!」
悔しさから噛みついて叫んだ。ちくしょう、と内心呟く。
「大丈夫だよ。みんないるんだから」
「分かってる」
優しく微笑むケイにぼそりと返した。ケイはこういうとき自分より強いと思う。
(一人っ子なのに…)
いろいろなモノを見すぎてるせいかもしれない。自分には想像もつかないくらい、実は修羅場を潜っていると思う。
「なら行こう。榊原さんが待ってる」
「おう」
一樹を、そして朔良の期待を裏切るわけにはいかない。隼人はマサキが用意してくれた車に乗り込みながら皆に言った。
「みんな…よろしく」
皆も頷きながらそれぞれの配置に着いた。
* * *
「俺さあ………」
時間を待ってる間、助手席に乗っているケイに向かって話しかけた。
何か喋ってないと落ち着かない。
「実はあんまりミッション得意じゃないんだよ」
知ってる、とケイが答えた。
「で、ずっと考えてたんだ。昨日一樹さんはなんで俺を呼んだのかなって…」
今日だってそうだ。こんな重要な役目を自分に託してくる。
「嫌だったの?」
ケイが上の方を見たまま訊いてきた。その方向にはあのビルの窓が見えている。
「それが…そうは思わなかったんだ」
嫌、なんてとんでもない。ただ驚きの方が強かったのは確かだ。
「普通ならさ、お前まで呼ばれて、利用されたとか思うじゃん?俺なら」
ケイが危険な身にあったのだ。自分の身に降り掛かるより腹立たしく、いつもなら感じる。
「それよりなんでかな、ちょっと嬉しかったんだ」
驚きの次に気づいた感情だった。
「そんなの…当たり前じゃない?」
すべて分かっているようにケイは言った。不思議に思って隼人は左側を見た。ケイの次の言葉を待つ。
「隼人は認められたんだよ、一樹さんに。隼人なら出来るってね。隼人も一樹さんを尊敬してるから嬉しかったんじゃない?」
それからケイはこちらを向いた。
「俺を呼んだのは…俺がこういうことをとくに経験してないから、隼人の近くに置いていた方が良いと思ったんだ」
断定的な言葉でケイは言う。隼人は目を丸くした。だけどその後には、すとんと胸の支えが取れたように軽くなった。
「そっか…だったら良いな」
素直に言う隼人に、ケイはふふっと笑った。
「それに、今回一樹さんは絶対成功させなければいけなかったんだ。……だからかな?榊原さんを気にかけてくれてる、隼人以外には最初から任せる気は無かったようだよ」
「え?それ、どういう………」
今すごく大事なことを言った気がしたが、隼人は最後まで聞けなかった。
ケイがそっと唇に人差し指を当て、それからその指を時計に向けたから。計画開始まで、もう二分をきっていた。
―――いつの間に?
隼人の鼓動が高鳴った。瞬時に頭を切り替える。
そこには先ほどまでの、泣き言をこぼす彼はいなかった。
* * *
20:00。朔良は準備万端で窓際を見つめていた。少し離れた位置にいるため、下は見えない。
その中にある一つの窓の左右には、崇史が向かって右側、一樹が左側でスタンバイしていた。二人も窓には移らないように屈んでいる。
誰も何も言わずにその時をまった。
(聞こえてきた…)
昨夜と同じように下が騒ぎ出した。
朔良は昨日より緊張していた。二番煎じがどこまで通じるかわからない。
そう、今表口では彼らが騒ぎを起こしている。昨日と異なることは、今回朔良が向かっているこの窓の方向は、表でも裏でもない東側だった。
そして昨日より時間が限られている。
騒ぎが聞こえだしてすぐ、朔良のスニーカーの靴底が床を蹴った。
それは助走だった。
ギリギリのところで二人が窓を開ける。躊躇うことなく速度を緩めず…朔良は開かれた窓の桟に足を掛けて。
そして窓から飛び降りた。
「!」
窓の下には目標物が敷いてある。一樹が予めそう言っていた。
しかし…それは少し遠くにあり、まだ運んでいるところだった。
間に合わない。
(死ぬ…)
ふと朔良の頭に過った言葉。
「榊原さん!!」
意識が薄れそうになった瞬間―――ケイの叫び声がしっかりと耳に届いた。
いや、耳ではない。それは頭に…心に直接響いた気がする。次に、ほんの一瞬だけ、重力に逆らったような感覚を感じた。
「っ!」
どういうことか考える前に朔良の体は衝撃を全身に浴びた。
そして朔良はうつ伏せに…その物―――布団の上に倒れていた。
布団は何枚も重ねて紐でまとめられている。それはマットのように、朔良の体と重力を吸収したのだ。
(こ、怖ー)
後からとんでもない事を仕出かしたことを実感して、恐怖感に満たされる。
裏口に主要な警察が固まっているなら、出口はあの窓しか無かったのだ。
(だからと言って無謀すぎ…)
どちらが無茶苦茶なのか、責めたい気持ちで先ほどまでいた六階の窓を見上げる。
一樹も崇史もこちらを見下ろしていた。上手くいったのか心配しているのだろう。朔良が動いたことに、一樹の安堵の表情がちらりと見えた。
「早く!」
しかし恐怖心を堪能している暇は無かった。布団を持ってきてくれた、Dark Killで見かけた男性三人が朔良を急かす。
やっと冷静になって周りを見渡すと、警官が至るところからこちらに向かって来るところだった。
しかしマスコミがたくさんシャッターを押しているため、眩しくてあまりよく見えない。
「走れるか?」
一樹の仲間の一人が朔良を気遣いながら立たせてくれた。頷いて走り出すと、三人は朔良を囲むように移動する。
そこに辿り着いた警官達が取り押さえようとしてきた。
「離せよっ!」
朔良の左側にいた仲間が警官に腕を捕まれたのが見えた。
その時、一台の車がクラクションを鳴らして飛び込んできた。警官と朔良達の間に入るようにして、その車は停車した。身の危険を察知して、警官達が少し離れる。
プライバシーガラスで内部は見えない。何者が運転しているのか朔良は聞かされて無かった為、一瞬戸惑う。
「乗れ!」
一番近くにいた仲間の男が朔良を促すと、その声に押されるように、慌てて左側の後部座席のドアを開けた。
すると運転していたのはサングラスを掛けた隼人だった。
「早く乗って!」
助手席にはケイがいて後ろの男と同じことを言った。やはりサングラスを掛けている。
朔良から迷いが消えて、すぐに体を車体に滑り込ませた。
隼人がアクセルを踏み込もうとしたとき刑事が一人、前に立ちはだかった。両手を真横に大きく広げている。
「池田さん」
知っている顔、だった。思わず朔良は呟く。
もたもたしている内に池田に続いて警官達も車に寄ってきた。
「くそっ!」
隼人がハンドルを叩いた。完全に取り囲まれたのだ。
しかし先ほど朔良を気遣ってくれた男がボンネットの上に飛び乗った。
「マサキさん!!」
それを見て隼人が叫ぶ。マサキはそのまま池田に殴りかかった。突然のことに朔良は目を見開いた。
刑事を殴るなんて間違いなく彼は逮捕される。
「早く行け!」
その時ちらりとマサキが一瞬こちらを見て、そう叫んだのが口の動きで分かった。よく見ると他の二人も暴れている。
何も言わずに隼人はクラクションを鳴らしながらアクセルを踏んだ。ゆっくりだったが確実に車が進んで行く。
「待って!みんなが!」
後方から目を離せずに朔良は焦りの声をあげた。
マサキは強かった。しかし池田の力はその比ではない。池田はマサキを殴り倒して、こちらに追ってくる。それをマサキが脚を掴んで、何とか行かせないようにしていた。
そのとき、裏口から何人かがバイクでその群れに突入してきた。僅かに安心する。しかし警官の群れの中ではスピードが出せずに、多勢に無勢となり、一人また一人と捕まっている。
捕まった者はバイクから引きずり降ろされ、やがて朔良からは見えなくなった。
構わず隼人は前進して徐々にスピードを上げる。
「隼人くん!」
マスコミが次に前にいたが、隼人は朔良の声が聞こえないかのように、それにも躊躇せず進んで行く。ケイも何も言わなかった。
「どうして!?ちょっと待ってよ…!」
「待てねえよ!!」
隼人が声を荒らげる。びくっ、と朔良の体を震えさせる声だった。
「みんなお前を逃がすためにやってんだ。頼むから口を挟まないでくれ」
隼人の声は厳しい。自分の力が抜けて行くのを感じた。
(そんな……)
分かってはいたはずなのに初めて聞いたような衝撃が襲う。これは確かに自分の我が儘だ。一樹を傷つけ、崇史に嘘をつき…それでも朔良が望んだ結果の果てがこれだったのだ。
いくら志保のためとはいえ、そんなものは言い訳にしかならない。
間違っていたのだろうか…自分は。
「迷わないで」
ずっと黙っていたケイがやっと口を開いた。
「迷いは犠牲を生むから」
また、自分の心を読み取っているようなことを言う。
「充分……犠牲は出てるよ…」
朔良はそれだけポツリと呟いた。あのバイクに乗っている中に、女の子もいたのに。
朔良は一樹からただ時間と、飛び降りることを聞いただけだった。MIYOSHIに窓は東側の一ヶ所のみだったから、池田に読まれても不思議は無かったのだ。二番煎じは通用しない。そういうことだ。
「でもこれしかなかったんだ。榊原さんだけを出すには」
ケイが子供に話すように優しく言う。
「一樹さんだって本当は、こんなことさせたくなかったと思うよ。怪我をした榊原さんを飛び降ろさせることなんだから」
機動隊に捕まったら、しばらく自由にはしてくれなかっただろう。昨日のこともある。保護、という形のみでは無いはずだ。
隼人が変わらずマスコミに苦戦していると、後部座席の窓が勢いよく叩かれた。
池田だった。マサキを振り切って追い付いてきたのだ。
「止まれ!開けろ!」
かなり怒鳴り声は大きく、しっかり朔良達の耳まで届くほどだ。
「隼人!」
ケイが焦って隼人を見る。苛立ちながら隼人は尚もクラクションを鳴らし続けた。
「くそっ!邪魔だマスコミ!」
朔良はウインドウを半分まで開けた。
「朔良?」
その音を聞いて隼人はバックミラー越しに険しい顔を向けた。ウインドウが半分まで開くと、池田が腕を伸ばしてきた。だが、朔良はさっとそれにはかわす。
「後で必ず話しますから!今は見逃してください!」
それだけ叫ぶとウインドウを閉じる。池田は必死に窓を押さえようとしたが、自動的に閉まるそれには敵わなかった。
「どういうことだ?何する気だ!?」
池田の罵声を残して窓は閉じられた。
それと同時に隼人もクラッチを強めに踏み込んでエンジンを吹かせる。その音に前にいた記者達も僅かに怯んだ。
その隙をついて隼人は速度を上げる。何とか池田やマスコミを振り切ることが出来て、車はやっと滑らかに走り出した。
「無茶すんな!」
すると隼人に叱られた。
(私…叱られてばかりだ…)
後ろを振り返りながらそう思った。池田が方向を変えていくのが見える。車で追ってくるつもりなのかも知れない。
残された皆を心配しながら、朔良はずっと後方を向いていた。
* * *
池田や他の警官は追いかけて来なかった。彼らもマスコミの存在が仇となったのだろう。
しかしパトカーのサイレンは遠くからだったが、絶え間なく聴こえる。
警察の追っ手が来ないことを確認すると、ケイがサングラスを外して口を開いた。
「俺は榊原さんに言わなくちゃいけないことがあるんです」
車は朔良を乗せて目的地もなく走っていた。それは朔良が貴尚の住所を言いたくないために、何となくそうなってしまったのだ。
「なに?」
ぼんやり窓の外を眺めながら無意識に聞き返す。
「本当は最初から言っておくべきだったんだ…そうすれば…」
ケイがどこか悔しそうに喋るのを、隼人は一瞥だけ向けた。
「俺………」
ケイはとても言いにくそうにしていた。徐々に朔良はまずい、と気づく。そして自分の左手首を見つめた。何を言うつもりかは分からないが、周りに知られてはならないほど重要なことだと思う。
だけど自分の左手には卑劣な機器がある。外してしまいたいが、怪しまれることは出来ない。せっかく改善されつつある崇史の心が…また堕ちて行く気がしたから。
「ケイくん。後で聞くよ」
自分はいろいろ後回しにしてばかりだ。朔良はふと悲しくなった。ただ前に向かいたいだけなのに、志保のこと以外にはすべておざなりになる。
「いいえ。いま言わないといけないんです」
だがケイは話そうとする。
「榊原さんがいまからしようとしていることを、俺は止めたいって思うから」
朔良は目を瞠った。何かケイは知っているようだ。
(勘が鋭すぎる…)
いや、とてもそれだけでは終わらせられない。MIYOSHIの中に居たのならともかく。
(駄目、これ以上は…!)
朔良の頭の中で危険信号が赤く光っていた。
このままケイに語らせてはいけない。それは、すでにケイのことを心配する気持ちだけでは終わらなかった。自分にも周りに聞かれてはならないことだと、直感で覚ったのだ。
朔良は盗聴器に一度だけ目をやる。壊すことは勿論、外すことも出来ない。
―――残された手は…。
朔良は車内の左側のレバーを見つめた。信号で止まるのを待っている場合では無かった。
後ろに車がいないことを確認する。そして、そっと気づかれないようにレバーに手を掛けた。
「駄目だ!やめて!」
悲鳴のようなケイの制止にびくっと朔良のその手が止まる。
なぜか何も言おうとしない隼人も、その時は何事かとバックミラーからこちらを見た。
(なんで…、気づいたの?)
「良いから…大丈夫だから聞いて。俺は榊原さんを助けたいんだ」
シートベルトを伸ばしながら、ケイは体ごとこちらに向けた。真摯な目をしていた。
「助ける…?」
自嘲気味に朔良は聞き返す。そんなこと…誰にだって出来ない。これは志保と自分の問題なのだから。
いくら崇史が怒ろうとも三吉が心配しようとも、そして一樹が懇願しようとも…そこには口を挟む余地など無い。ケイにだってそれは当てはまるのだ。
「違うんです。俺には分かるんです。榊原さんと笠原さんのことが」
「!」
初めてケイの口から志保の名が出た。それはまるで、朔良の考えを聞いていたかのような台詞。
「勘…?」
勘が鋭いことは聞いている。だがそこにはそれだけでは説明のつかない何かがあった。
朔良の呟きにケイが首を横に降った。
「感じるんです!俺は、人には見えないものが見える、聞こえないものが聞こえる…つまり一般的に解り易く言えば“霊感がある”んです」
「え!?」
突然の告白に朔良は明らかな動揺を見せた。キーンと耳鳴りがして上手く考えが纏まらない。
(いま…なんて………?)
ケイは今まで見たことのないほどの力強い表情をしていた。迷いは何も感じられなかった。
「聴こえるんです。彼女の声が………。だからこそ俺には貴女を助けられる。いや、俺でしか貴女を救えない」
「つっ………!」
思わず泣きそうになり、朔良は右腕を口元に持っていく。天井を見た。
彼が言うことは、とても嘘だとは思えなかった。何度か隠した気持ちを読み取られている。そしてケイの言うことはいつも的確だ。
しかしそれでは………。つまり彼が見えている対象があるということで………。
(志保!)
そんなの反則だ、と思う。自分が焦がれるほど望んだ志保の現在の想い。彼にはそれが分かっていることになる。それはおそらく初めて会ったあの日から。
「だからもう、独りで頑張らなくても良いんです。すべての責任を貴女が独りで背負わないで、良いんですよ」
ケイもどこか泣きそうに微笑んだ。心の縛りが少しずつほどけていくような微笑だ。
(こんなのって、ない)
しかし朔良は必死で涙をこらえることに集中した。自分から…ほどけていったそれを縛り直す。
(でも私はもう…)
もう遅いのだ。
自分には今すべきことが分かっている。それはすでに、志保の為だけでは無くなっていたのだ。
「ありがとう、ごめんなさい…私のために」
これを伝える為にケイは自分の秘密を語ってくれたのだ。盗聴器の存在も気づいているのかも知れないのに。
(でも…)
「私はやっぱり…」
最後まで伝えることなく、朔良は左側のレバーを躊躇わず引く。少し古めのこの車は、自動でロックが掛からないタイプだった。
「榊原さん!隼人停めて!」
青ざめて叫ぶケイの声を聞きながら、その身は路側帯へと落ちていった。
(やっぱり志保との最後の約束は守りたいの)
* * *
盗聴器越しに得る情報を、MIYOSHIでは全員で聴いていた。
(何て、言った?)
崇史はケイと呼ばれた少年の言葉を、信じられない想いで聴いていた。
途中で出た志保の名前。自分を抜きにして、何を話してる?と問いただしに行きたい衝動にかられた。しかし自分でここから出られなくしたのだ。初めて後悔したかもしれない。
だがこういう状態にならなければ、知り得なかった情報であることもまた事実だった。
「一樹!あいつは何だ?どういう奴だ!?」
崇史は一樹を見たがその顔は土のような色をしていた。つい一瞬前に聞こえたケイの叫び声と、それに反応した甲高いブレーキ音。そして強く擦られたような不快な音。
一樹も自分もそれだけで事の重大さに気づいた。
しかしそれだけではない。失敗に終わった仲間達のことも、一樹にはダメージを与えているのだろう。
それが崇史には分かっていた。舌打ちをして詰問を諦める。
(志保が……何だって?)
苛立ちを覚えながら、崇史は一連の音を注意深く聴く体勢に入った。
―――盗聴器は破損を免れ、続けて情報を伝えている。