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世界を蝕む病(2)

 大和田も含めた多くの警察官の尽力や不正も悪事も許さない正義感に溢れた市民達の協力によって玉枝市は他の街と比較しても治安は維持されており、平和な方である。

 それでも他人を巻き込んだ自分勝手な事件は起こってしまう。

 玉枝市竜壕(りんごう)駅前にあるチェーンのコンビニエンスストア、 "メディスル” 。

 普段は立地の関係や利用する客が少ない事も相まって、店員が暇を持て余すくらいゆったりした午前中のコンビニの店内は緊迫感に支配されていた。


「オメーらは静かにしろ、じっとしてろ!!

 この女の首にナイフ突き立てられたくなけりゃ、さっさと金詰めろ、ある分全部だ!!」


 たまたま来店していた三名の客、店長の男性の順に騒いだ場合の末路の想像を掻き立てるようにサバイバルナイフを突き付ける全身黒一色の服を着た横柄な男。

 その左腕には腕力とサバイバルナイフの刃先で拘束した自分より一回り小さい人質の女性店員がいる。

 男の目的は単純である。

 就職が出来ず、自堕落な生活を送る内に尽きた生活費を賄う為の金銭の強奪だ。

 襲う場所と時間だけを決めた杜撰な計画を基に犯行を起こしているので、男の動きは素人そのもの。

 それでも恐怖を与えた威圧的態度と凶刃の切っ先の効力によってコンビニ内では優位にたっている。


「いいか!? 外に危険を知らせるような怪しいジェスチャーやメモ、警察に通報するような姑息な真似をしてみろ? こいつ殺すからな?

 す、数分で済むから、じ、じっとしてろよ!?」


 泣きたい程の恐怖を抱え込んでも、男以外の者に吐き出す権利は与えられない。

 特に男に人質され、サバイバルナイフの冷たい感触を直に体験させられた女性は顔の血の気が引き、脚が震えていた。

 支配者気取りの男は、いつまで経っても持ってきたスポーツバッグに金を詰め終わらない店長を見て、とうとう痺れを切らした。


「モタモタすんな、さっさと金を詰め」


 カウンターでも揺らしてそこから発生する振動と衝撃音で強引な加速を促そうとした時、拙く蹴り上げた脚にカラーペイントの弾がぶつけられる。

 本物の銃弾では無いとはいえ、着弾した際の痛みや鼻に纏わり付く臭いは男の動きを中断させるのに充分であった。

 橙色に染まった太腿部分を擦りながら男は怒声を上げる。


「誰だ!? 不快なもんをぶつけてきやがったのは……」


 弾が飛んできた方向に目をやると男は態度を急変させて狼狽える。

 何故なら扉の隙間からカラーペイントを発砲したばかりの銃を構える警察官、大和田が険しい表情で男を睨み付けていたからだ。

 ゆっくりと引き扉を開け、隙間に身体を滑らせて入室すると人質達に ”もう大丈夫” を意味する安心感のある眼差しを向けた後、真剣な表情を宿して再び男と対面する。


「動かないで」


「あ!? おかしいだろ!? なんで警察が!?」


 予め監視しやすい位置に客達は集め、死角は潰した。

 スマートフォンや電話を使うような怪しい動きに睨みは効かせていた。

 男が思い返す限り、外部と連絡出来そうな人間と行動に心当たりは無い。

 それなのに通報を受けた警察がこんなにも迅速にやって来たのか?

 疑問に満ちた男に大和田が視線と銃口を向けたまま答える。


「店の前から中の様子を見ていた通行人から通報がありました。

 既に全ての出入口は包囲済みです。大人しく降伏してこちらの指示に従ってください」


 男は通行人の目が入りそうな場所を視線で探る。

 雑誌コーナーやATMが置かれたコンビニエンスストアの入口側のガラス窓は頭上だけ見える構造になっており、通りすがりでもチラリと見れば中の様子が伺える。

 大方、自分と人質以外を座らせた事で緊迫の状況を外部の人間に推察された事で男の目の届かない場所から通報されたのだろう。

 男の現場のリサーチ不足が招いた痛恨のミスである。

 希望が齎された店内で大和田と追い詰められた男の交渉が始まる。


「まずは人質を解放してください。

 これ以上、皆さんを巻き込んで下手に傷付けたら、あなたの罪状と悔恨が増えるだけです」


「う、うるせぇ!! 説教垂れてんじゃねぇよ!!

 生活費手に入れる為に思い切って行動したってのに、結局捕まるってんなら、こいつらも道連れにしてやる!!

 いいか、一歩でも動いたらグサリだ!! こいつの首から血が流れるぞ!!」


 聞く耳を持たない男が震える手でナイフを首元に突き付けると人質の女性の目元に溜まっていた涙が大粒になる。

 自分が行っている行為の意味も省みず、彼の中に残った僅かな人の心に期待していた大和田は落胆する。


「聞く耳持たず、か……

 残念です。じゃ、こちらも荒っぽい手段を取りますよ。市民の皆さんを守る為には止むを得ませんから」


「な、何する気だアンタ!?

 う、動くんじゃねぇ!! こいつが死んでもいいのか!?」


「無理ですよ。覚悟の足りていないあなたでは」


「ぐっ…… ほざけぇ!!」


 怯えが見え、覇気の無くなった脅しは熟練の警察官である大和田には通用しない。

 少し狙いを定めにくい距離にも関わらず、拘束する人質にナイフを突き立てようとした男の手に一瞬で完遂した精密な射撃でゴム弾を当て、ナイフを落とす程の鮮烈な痛みを走らせて無力化させるとダンスをエスコートするかのような流れる動きで女性を救い出す。

 訓練生時代から高い評価を得ていた射撃はどの位置からでも標的に確実に命中させる精度を誇り、十回参加した警察内の射撃大会で三回優勝、六回準優勝を経験した実績も併せ持つ。

 大和田は実弾を利用する拳銃からライフル銃、ペイント弾やゴム弾などを込めて使う牽制用も含めた銃の類を最大限に活用出来る数少ない警察官の一人に分類出来るのだ。

 勿論、彼女の警察官として優れた能力は射撃だけでは無い。


「こ、こんにゃろう……!!」


 接近して力押しすれば自分より体格が一回り小さい女に勝てると踏んだ男は、そのまま大和田に突進しようとする。

 しかし、男の選択は自らの敗北を早めるだけの悪手だった。

 大和田の最適な間合いに近付いてしまった男が伸ばした腕は、彼女の足技だけで制圧されてしまう。


「い、いでででででで!? 腕が縄みたいに足に絡み付いて、肉が軋むみたいに痛ぇ!!」


「大袈裟ですね、そこまで力は入れてませんよ。

 今、降伏を認めれば感じる痛みもこれだけで済みますよ」


 どれだけ男が腕を藻掻いても外れる気配は全く無い。

 それもそのはず、資本となる身体は日夜、鍛え上げてるうえ、それなりに場数も踏んできた一流の仕事人と素人が交戦すれば、どちらが優れているかは明白。

 それでも大和田の脚が動かない逆方向に思い切り引っ張り、なんとか振りほどいた男は真正面に逃げ道を作ろうと焦って大和田に向かっていく。


「く、くっそぉ!!」


 子供の駄々にも似た無骨な拳をがむしゃらにぶつけるが、大和田は最低限の洗練された動きだけで見切ってみせる。

 ある程度の攻撃を受け止める為、鍛え上げた脚力から繰り出されるのは空手の蹴り技とテコンドーの技の数々。

 堅固な盾にも似た膝蹴りや刃物の鋭さにも匹敵する回し蹴りなどは、フォームの美しさも威力も一級品である。

 腕に蹴りが直撃し、危険性に気付いた男は強風に混じる砂から身を守るような防御の姿勢を取らざるを得なくなり、防戦一方となる。


「ぐっ……」


「そろそろ観念しなさい!!」


 かなり威力を弱めた前蹴りが腹に見事に食い込み、麻酔のような効果を生み出すと男が床に(うずくま)る。


「うっ、ぐぉぉっ……」


「自分がどれだけ馬鹿な事をしたのか、檻の中で反省する事ね。

 被疑者確保。人質も全員無事です。

 ……了解、入口前にて被疑者の身柄を引き渡します」


 男の手に手錠をかけながら、冷静な報告をトランシーバーに流す。

 迅速な対応によって事件を解決した大和田は張り詰めていた表情を緩める。


「皆さん、もう大丈夫ですからね」



「本当にありがとうございます!!」


 事件に収束が付いたメディスル前。

 身勝手な動機で秩序を乱し、他人に恐怖を与えた強盗の男はパトカーに乗せられ、然るべき罰を清算する為の場所に連行されていく。

 大和田は店長の男性と店員の女性から頭を下げたお礼を受けていた。


「いえいえ、無事でなによりです。

 私は警察官としての責務を果たしただけですから」


 謙遜気味にお礼を享受する大和田に店員の女性は男に捕まっていた時の心情をユニフォームを握りながら吐露する。


「本当に、怖かったです……

 ナイフが首筋に当たって刀身の冷たさと鋭さを感じた時、本当に死んじゃうんじゃないかって思っちゃって……

 警察の人が来てくれなかったらどうなっていた事か……」


 優しく女性に寄り添いながら大和田が伝える。


「被害を出さずに速やかに事件を解決出来たのは、私達だけの力ではなく善良な市民の皆さんの協力あってこそです。

 店外で危機的状況を察して、素早く通報をくださった市民の方がいなければ、すぐに向かう事は出来ませんでした」


「警察官さん……」


 せっかく恐怖から開放されたのに、また店員の女性が泣きそうになってしまう。

 このままトラウマと定着して引きずってしまうのは可哀想だと考えた店長の男性が、しんみりした空気を吹き飛ばそうと頑張って話題を変えようとする。


「しかし凄かったですよね。警察官さん、脚だけで強盗を完全に無力化しちゃって。

 僕、感動しましたよ。まるで漫画に出てくるキャラクターみたいで」


「あー、確かにいますよね。海賊船のコックの人とか。でも私のはそんな凄い物じゃないですよ。

 空手とテコンドーを習得していますが、柔道を選択した警察官ならみんな出来ますし、テコンドーも学生時代の部活の延長戦程度ですから」


 大和田の話を聞き、驚く二人。


「え……? あ、あの速さとキレの良さでですか?」


「いやいや。僕は趣味でスポーツの試合とか良く見るんですけどね、警察官さんのはプロ並みですよ。

 特に回し蹴りなんて綺麗に頭まで届いていましたし」


 大和田としては謙遜も誇張も交えたつもりは無いが、こうして称賛を受けると身が引き締まる思いになる。

 人の役に立てた実感を噛み締めながら、更なる研鑽を内心で意気込んだ大和田は二人に笑顔を向ける。


「そう言っていただけると嬉しいです。

 これからも皆さんをお守り出来るよう精進致します。

 では私も戻りますので」


 世界を蝕む病(2) (終)

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