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世界を蝕む病(1)

 時刻は朝の六時。

 市内にある水色の屋根とオレンジ色の塗装がされたカラフルな二階建ての一軒家。

 多くのコミックやライトノベル、机にはゲームアプリや動画サイトを活用する為のプライベートパソコンが置かれているが、散乱せず規則正しく整頓された二階の自室の一つに起床用にセットした可愛らしい電子音のBGMがスマートフォンからけたたましく鳴り響く。

 部屋の主がしなやかな腕を億劫に伸ばし、アラームを止めるとベッドの上の薄目にはちらりと空いたカーテンの隙間から溢れる朝日が見える。

 耳を済ませれば自分よりも先に起きて、支度を始めている家族によるキッチンの稼働音。

 いつもの一日が始まった事を実感した彼女は、身体を伸ばして気合いを入れる。


「今日も一日頑張りますか」


 ワイシャツと丈の長い紺のスカートを身に纏った彼女の名前は大和田(おおわだ)莉央菜(りおな)

 年齢は三十一才。元々、都心の警察署で働いていた警察官だったが、認知症を患った父を介護する為に新しい家族と共に実家のある玉枝市(たまえだし)に移住し、同じ市の交番に異動したのである。

 階段を降りてリビングに向かえば、美味しそうな朝食がどれも出来たての状態で並んでいる。

 誰かがやって来た事を察してキッチンから柔和そうな眼鏡の男性が顔を出した。


「おはよう、りーちゃん」


 大和田拓馬(たくま)

 大和田の親愛なる夫であり、IT会社の会社員としてリモートワークをする傍ら、同人作家として漫画も描く。家に長くいる時間を活用して家事もこなす主夫の一面も持つ。


「おはよう、拓馬君。

 うわぁ。どれも好きな物ばっかり!!

 私も手伝うね」


 ビネガードレッシングのかかったグリーンサラダ、チーズトースト、ベーコンエッグ、蜂蜜とフルーツグラノーラの入ったヨーグルト。

 色味も栄養も考えられた最高の朝食を前に、大和田の高揚感は更に高まっていく。

 冷めない内に早く食べれるようにと大和田も取り皿や飲み物を準備していると、元気に階段を駆け下りる二人分の足音が聞こえる。


「おっはよー!! とーさん、かーさん」


「ママ、パパ、腹へったー!!」


 兄の悠斗(はると)と弟の優樹(ゆうき)

 二人は大和田夫妻の間に産まれた小学四年生の双子の息子。

 両親に似て、少しづつ賢く理性的に成長しているが、まだまだヤンチャ盛りである悠斗と優樹は身なりも整えずに食卓に着こうとするので、大和田が毅然と注意する。


「ちょっと二人共、ご飯の前にまずは顔と手を洗ってきなさい。

 それから寝癖も(くし)で整えるの」


 双子らしく息のあった気の抜けた返事を残した後、二人は洗面室に向かう。


「りーちゃんのお父さんの分は、いつも通り起床のタイミングを見計らって部屋に持ってくね」


「ありがとう〜

 いつも助かるわ」


 子供達が戻り、家族が揃った食卓。

 共に食前の挨拶を捧げて、食事を楽しむ瞬間。

 何気ないが当たり前では無い生活の幸せを噛み締める度、大和田 莉央菜は警察官としてのモチベーションを上げていく。

 自分だけじゃない誰かも感じるありふれていながらも当然では無い幸せを護る為に。



 朝七時三十分、玉枝市某所の交番。

 交番前の街路では社会人の他、学生達も元気に行き交う。

 その中には玉枝市に勤めてからの三年の中で芽生えた歳を超えた絆も存在する。


「おっはよー、りーちゃん♪」


 最初に挨拶を交わしたのは玉枝市にある公立高校に通う三人組の女子生徒の内の一人、SNSで流行している髪型に結った長い赤髪と誰にでも気さくに話し掛けるフレンドリーさが特徴のムードメーカー、宮島(みやじま)明里(あかり)。上げた右手には手首に着けたシュシュが見える。

 続けて綺麗なボブショートの栗毛とベージュのカーディガンが良く似合う淑やかな犬山(いぬやま)有咲(ありさ)も礼儀良く挨拶してくれる。


「お、おはよう、ございます」


「おはよう。明里ちゃん。有咲ちゃん、彩音ちゃん。

 今日も気を付けて通学と帰宅をするのよ」


「はーい」「は、はい!!」


 宮島と犬山の返事の後、敬礼をしてくれた集団登校の小学生達に真摯に返し終えた大和田はスマートフォンでバイト情報を確認する派手な装飾とサイドテールのギャル、空崎(そらさき)彩音(あやね)に尋ねる。


「彩音ちゃんは学校が終わったらバイト?」


「うん、今日はライブハウスのヘルプスタッフ。

 もうすぐ弟の誕生日だし、ケーキでも買ってやらないとね」


「やっぱり彩音ちゃんは最高のお姉ちゃんだね。

 でも、くれぐれも無理はしない!! 帰りも遅くならないように!!

 警官としても一人の親としても見過ごせないからね」


 大和田の優しさと厳しさが両立した注意に宮島が空崎の肩を組んで割り込む。


「だいじょーぶ大丈夫。ちゃんと彩音の体調も学業も支障出ないようにあたしらで見張っとくから。

 んじゃ、時間だしそろそろ行くね〜」


「行ってらっしゃい」


 三人を送り出し、改めて大和田は玉枝市について思い出す。

 稲穂が揺れる田園風景。

 太陽に見守られた小さな公園。

 定期的に開催される小規模な祭りを通じて交流を深めてくれる優しいご近所。

 広く整備された道路の傍には二十四時間営業する店舗に美味しいレストランも各所に存在。

 飲食だけでなく大きなショッピングセンターから映画館、カラオケなどの娯楽施設、疲れや病に効く温泉まで。

 都心から離れた小さな街 "玉枝(たまえだ)市" は心を浄化する自然と暮らしを豊かにする最先端の技術が程よく調和した穏やかな街。

 子育てと老後の生活を送るのに理想の街として "将来、暮らしたい街" というテーマのランキングでは上位に居座り続けている。

 大学進学で家を出るまで自分を育んでくれた恩義と大和田が中学生の時に亡くなった母、男手一つで育ててくれた元気だった頃の父との思い出が残るこの地は大和田にとって誇りであり、新たな家族と一緒に戻れたのは思いがけない幸運であり数奇な運命だとも感じた。


「都会にいた頃は全く帰ってなかったからな〜」


 朝の見送りから暫くして書類仕事に没頭する大和田にトランシーバーから伝達が流れる。


竜壕(りんごう)駅前のメディスルにて、強盗事件発生。

 犯人の男は店員を人質に取り、立て篭ってる模様。

 至急、応答せよ』


「了解。すぐに現場に向かいます」


 力強く返事した大和田はすぐに椅子から立ち上がり、出動の準備をする。

 無駄もなく凛とした一連の動きには六年で培った手馴れと衰えない情熱に溢れていた。


 世界を蝕む病(1) (終)

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