絶対に離れたくない
シーナが保護されてから、数ヶ月が経った。
すっかり言葉をマスターしたシーナは読書を趣味とするようになり、暇な時間は読書で暇を潰し、残りの時間は――
「シーナ、材料取って。上から三番目、右から二番目の棚。一つ」
「わかりました! 上から……いち、にぃ、さん……ここの、右から……これですね! はい、どうぞ!」
フィフラティエの手伝いや、身の回りのお世話をして過ごしていた。
今はフィフラティエの趣味である薬作りの手伝いである。
危ないからと、材料を取ることしかさせてもらえないのがシーナ的には不満だったりする。
シーナは落とさないように材料をフィフラティエに手渡し、そのまま彼の傍に立って何かを期待するような顔をする。
フィフラティエは、自らの足元の影から手を出して材料をすり潰しつつ、ちらりとシーナを見た。
「……撫でてほしいの?」
「えへへ……ダメですか? 私、フー様に撫でられるの好きです。ご褒美、くれたら……嬉しいです」
「はぁ……はいはい。これでいいんでしょ」
フィフラティエは面倒そうにシーナを撫でると、また手元へと視線を移した。
それにシーナは不満そうな顔をするものの、文句を言うことなく部屋の隅にある椅子に座って読書を再開する。
フィフラティエが薬作りを始めると、構ってくれない上に部屋を追い出され、一人で過ごすよう言われることだってある。
なので、シーナとしてはこの趣味を快くは思っていないのだが、自分はそんなことを言えるほど偉くない、とシーナは思っているので、何も言わないと決めていた。
「シーナ」
「はいっ! フー様、お手伝いですか? 何をしたらいいでしょうか!」
「違う。そろそろ危ない作業を始めるから、部屋に戻って。ご飯は一人で食べて。もう怪我とかしないでしょ。……いいね? シーナ」
「……うぅ……まだ一緒にいたいです」
「シーナ。前、近付いちゃダメって言った部屋に近付いて、苦しい思いしたよね?」
「うっ……で、でも、あれはわざとじゃなくて……」
「二度とあんな思いしたくないでしょ。わかったら戻る」
強い口調でフィフラティエに言われると、シーナは小さく頷いて部屋から出た。
フィフラティエが言っていたのは数週間前の出来事で、シーナは危ないから近付いたらダメと言い付けられていた部屋にうっかり近付いてしまい、薬の影響で呼吸困難に陥ったりと、とても苦しい思いをしたのである。
すぐに気付いたフィフラティエが解毒剤を持ってきてくれてなんとかなったが、それからシーナは件の部屋には近付かなくなった。
それでも、シーナはフィフラティエの手伝いをやめなかったが。
「……この辺、なら……」
シーナはそんなことを呟いて、床に座り込んだ。
部屋のすぐ前、から少しズレた場所にシーナは座り、フィフラティエが出てきたらすぐにわかるようにして本を開く。
シーナは、どうしても、どうしても、フィフラティエからは離れたくないのだ。
なので、シーナはここでフィフラティエを待とうと決めて、読書を始める。
一時間、二時間、時間が経ち、それでもシーナはフィフラティエが出てくるのを待ったが、どれだけシーナが絶対にフィフラティエを待つと決めていても、身体の方は限界だったらしい。
空が暗くなり、星が煌めき始めた頃、シーナはすっかり眠りに落ちていた。
ちょうどそのタイミングで、扉が開く。
扉から出てきたフィフラティエは、床に座り込む小さな人影にぴたりと動きを止めた。
「……シーナ?」
「ん、ぅ……んん……」
「……ああ、もう……一人で過ごせって言ったのに。なんで待ってるんだか……優しくしすぎた……? 別に依存とかされたいわけじゃないんだけど……」
月明かりの下ですやすやと眠るシーナを抱き上げて、フィフラティエがぶつぶつと呟く。
折角、簡単な料理を覚えさせて自分がいなくても食事ができるようにしたのに、これでは全く意味が無い。
苦労してシーナが健康的な身体になるよう調整していたのに、これでは食事を抜く日々が続いてしまいそうだ。
「……一旦引き剥がして、少しでも自立させないとダメか。さて、どうするかな……影を入れられて苦しんだアレについても研究したいけど、流石にまだ幼すぎるし……しっかり育ってもらわないと。死なれると困るし。……とりあえず……ちょっと遅いけど、夕食からか……」
面倒だな、と言わんばかりの表情でフィフラティエが息を吐き出し、ダイニングに行って適当にシーナを座らせた。
そして、フィフラティエは簡単な料理を作ると、お皿に盛ってシーナを起こす。
「シーナ。シーナ、起きて」
「……ふーさま……?」
「そう、起きて。ほら、ご飯作ったから。食べないと、深夜にお腹空いて苦しむことになるよ。深夜には作らないからね」
「……ん……起きます……」
少し寝惚けながらもシーナが身体を起こし、フィフラティエに促されるがままに食事を口に運んだ。
そして、食事が終わった頃を見計らって、フィフラティエは言う。
「シーナ。近い内に、一人で街に出てみようか」
「……ぇ……っ?」
シーナが白銀色の目を見開き、顔を真っ青にした。
そして、勢いよく椅子から立ち上がると、フィフラティエに縋り付く。
大粒の涙を流しながら、シーナは震える唇を動かした。
「いやっ……ごめんなさい、ごめんなさいっ! 追い出さないで、追い出さないでください! シーナはいい子にします、いい子でいますから、我儘なんて言わないから!!」
「わ、ちょっ……!?」
「いやだ、いやです、もう戻りたくない、捨てないで! 私には、私にはフー様しか……っ」
「落ち着け! 追い出すとか捨てるとか、そういう話じゃない!」
「っひ、ご、ごめんなさっ……」
「あーもう……! おつかいに行ってもらうだけ! 僕の代わりに買い物して、ここに戻ってくる! わかった!?」
「……え……?」
シーナが小さく声を漏らし、叫ぶのをやめてぱちぱちと涙に濡れた目を瞬かせた。




