美味しいを知る
人外である彼の住まいは、深い森の奥深くにある大きな屋敷である。
不気味な外観のその屋敷は人が寄り付かず、煩わしいものはなく、彼に静かで快適な時間を齎してくれる。
彼は少女を屋敷に入れると、先ずは少女を起こしてその身体を綺麗にした。
髪を洗い、身体を洗って、上等な服を着せると、彼は満足そうに微笑む。
「……うん。住まわせてやるんだから、身綺麗じゃないと相応しくない」
「……」
新雪のような、真っ白で柔らかい髪が揺れて、白銀色の瞳が彼を見上げる。
しかし、感謝の気持ちがあってもそれを口にすることはできない少女は、そっと自分の手を見下ろす。
手足にもう痛みはなく、自由自在に動かせるようになっていた。
「……あんまり動かさないでよ。影で補強しただけ……ってそうか、言ってもわからないか」
「?」
「さて……忙しくなりそうだな。とりあえず、言葉を覚えさせるのが最優先か」
彼はそう言い、少女を頭のてっぺんから爪先まで、じっくりと眺めた。
見れば見るほど、自分とは対照的に真っ白な少女である。
神聖さすら感じそうな白さで、顔も醜いわけではない――むしろ、劣悪な環境に居たというのに、現時点でも美しく、可憐だと言えるだろう。
環境が違えば、女神だなんだと持て囃され、信仰の対象になっていた可能性もあるな、なんてことを彼は思う。
それくらい、少女は美しく、可愛らしい容姿をしていた。
「美術品としての価値もあるかもね。……この美貌が人外めいてる……とか思われたのか? 人間って人外と人間の見分け付かないのかな……」
「……」
少女がぼんやりと彼を見つめていると、そのお腹から小さく、くぅ、という音がした。
どうやらお腹が空いているらしい、ということを理解して、彼は息を吐き出す。
そして、少女を置いて一人部屋から出ると、しばらくして彼はお皿を手にして戻ってきた。
お皿の上には丁寧に皮を剥かれ、小さく切り分けられた林檎があり、彼は少女の傍に座るとそっとそれを口元に差し出してやる。
「はい、食べて」
「……?」
少女はそれを見てぱちくりと目を瞬かせると、動物のようにくんくんと匂いを嗅いだ。
彼女にとっては未知のものらしく、少女は不思議そうに首を傾げて彼を見る。
面倒になってきたので、彼は少女の口元に手を添えると、ぐっと指で少女の口を抉じ開けた。
そのまま、林檎を少女の口に入れると、彼は手を離す。
「ぅあっ……!?」
「これは食べれるもの、眺めてないでさっさと食べて、覚えろ」
「ん、ぅ……ん、ん……!?」
少女は口の中に入れられた『異物』を恐る恐る咀嚼すると、目を丸くした。
そして、次第にその瞳がきらきらと輝いていく。
少女はそれを食べ物だと認識したようで、雛鳥のように口を開けた。
「は? ……自分で食べ……ああ、骨折れてるんだった。はいはい、ほら」
「あむ……ん……」
少女は林檎をもう一口食べると、頬を緩めて笑った。
彼は面倒そうにしながらもきっちりと少女がお腹いっぱいになるまで林檎を食べさせると、お皿を適当な場所に置いて少女の目を見つめた。
「呼ぶのに困るし、名前教えてよ。ほら――」
彼はそう言うと、そっと少女の胸元に触れた。
ぞわ、と少女の背中に寒気が走り、その喉からひっと引き攣った声が漏れる。
身体の奥、奥深くを、得体の知れないおぞましいものが這い回るような、そんな感覚。
痛くはないが、苦しくて、怖くて、少女は目の前にいる彼にしがみついた。
「ぅ、ぐぅ、ううー……」
「……ん? あれ……何も感じないはずなんだけど。おかしいな……」
「はっ……ぅ、うー……」
「……まぁいいか。あんなのに付けられた名前なんか、どうでもいいでしょ……」
彼はそう呟くと、少女から手を離した。
強張っていた少女の身体が少しずつ緩んで、少女は涙目で彼を見上げる。
「……名前……名前……うーん……じゃあ……シーナ。いい? 君の名前はシーナ、覚えて」
「?」
「シーナ。君はシーナ。これからシーナって呼ぶ」
「……し……しぃー、な?」
「そうそう。まだ名前としては認識できてないかもしれないけど……呼んでればその内覚えるでしょ」
彼はそんなことを呟くと、興味深そうに少女――シーナの胸元を見た。
名前を知ろうとして、彼は自らの影を操り、シーナの内側、肉体よりもさらに奥、魂とでも言うべきものに触れた。
そこに、名前が刻まれているかどうか確かめようとして。
だが、本来痛みや苦しみなんて生じないはずなのに、シーナは苦しんだ。
しかも、折れた骨の補強のために体内へと影を忍ばせた際は、なんともなかったのに。
これはどういうことだろう、と彼は興味深そうにシーナを見る。
正直、もう既に面倒になっていて、適当に太らせたら食べてしまうか、なんてことを思っていたりしたのだが、興味が湧いた。
しばらくは食べずに生かして、少なくとも飽きるまでは原因を追究しようと、彼は決める。
「……ちょっと大変なくらいが、暇潰しには丁度いい。ふふっ、良い拾い物をしたな」
彼はそう言って、愉しそうにその口を歪めた。




