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薄幸少女はジョウシキを疑わない  作者: 木に生る猫
第一章

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運命の出会いを果たす

 とある、貴族の大きな屋敷。

 その地下室の、牢屋のような部屋の中で、少女は蹲っていた。

 年齢はまだ十歳にも満たないほど、それなのに薄汚れた髪は元の色がわからないくらいで、目元は黒い布で覆われている。

 その手足は一部あらぬ方向に曲がっていて、ひどく痛々しい。

 ほとんど動かなくて、起きているのか死んでいるかもわからないくらいだが、浅く上下する胸だけが少女がまだその命を保っていることを示している。


 ひそひそと、扉の向こうから声がした。


「今日は奥様も旦那様も、機嫌が悪かったわね。お陰であの子も……」

「シッ! こんなことを話していたと知られたら、奥様と旦那様がなんて言うか……ほら、行くわよ。あの子のことも、口にしてはダメ」


 そんなことを話して、声の主たちはその場を後にする。

 少女は蹲ったまま、静かにそれを聞いていた。

 だが、聞こえはしても、少女にはその内容を理解することはできない。

 屋敷の主たちが、思考することすらままならないように、少女にほんの僅かな知識だって与えまいと、この少女に話しかけることを禁止しているからだ。

 だから、少女には言葉を学ぶ機会すらほとんどない。

 時々こうして聞こえてくる会話や、この屋敷の主たちの、暴力とともに聞こえる支離滅裂な叫び声でしか、少女が言葉というものに触れる機会は無いから。


「……ぅ」


 ふと、少女は僅かに呻く。

 最後に食事をしたのは昨日の朝のことで、もう丸一日は経っているから、少女はとてもお腹が空いていた。

 しかし、誰かに食事が欲しいと訴えることもできない少女には、ただ蹲って空腹に耐えることしかできない。


 蹲って、時間が過ぎるのを待って、待って、待って、待って、待つ――


 やがて、数時間が経った。

 少女はいつの間にか眠りに落ちていたようで、眠気でぼやけながらゆっくりと手を動かす。

 視界はいつも黒い布で覆われているから、周囲を確認するためには手を動かしてあちこち触らないといけない。


 しかし、今日は折られた腕が酷く痛むから、少女は早々に周囲の確認を諦めた。

 もしかしたら今日の食事が届いているかもしれないが、痛みに耐えてそれを探すほどの気力は、少女には無かった。


「……」


 少女はまた、黒い布の奥で目を閉じる。

 目を閉じれば、時間が過ぎて、やがて少しずつ痛みが和らいで、身体が動かせるようになることを、少女は知っている。

 だから、これまでの経験に則って、少女は蹲ったままほとんど動かず、また眠りに落ちようとした。


 しかしこの日、それは叶わなかった。


「キャアアアアアアーッ!!」

「化け物だッ! 化け物が出たぞ!」

「逃げろ! 光明戦団に伝えるんだ!!」

「人外めぇッ、私に近付くなぁああ――」


 悲鳴や怒号が聞こえて、少女はビクリと肩を揺らした。

 いつもよりずっと騒がしい、こんなことは初めてだった。

 叫び声が聞こえても、その内容を理解できない少女は、ずっとずっと蹲ったまま、動くこともできない。

 だから少女は、目を閉じて時間が経つのを待つことにした。

 そうすれば、どんなことも過ぎ去っていく。

 痛いことだって、目を閉じてじっとしていれば、いつかは消えてなくなると少女は知っているから。


 やがて、屋敷からは何も聞こえなくなった。

 悲鳴も、怒号も、泣き叫ぶような声も、何も聞こえなくなった。

 騒がしくなくて、静かで、やっと落ち着けると、少女は言葉の浮かばない頭で思った。


 だが、ゆっくりと、少しずつ、静かな音が近付いてくる。

 コツ、コツ、コツ、コツ――と、靴が床を叩く音。

 少しずつ、少しずつ、足音が少女へと近付いてくる。

 階段を下りる音がして、また足音が響く。


 聞き慣れた、鍵が開く音がして、足音が少女のすぐ近くで止まった。


「……子どもの死体……? ……いや、生きてるな。弱ってるだけか」

「ぅ……?」

「細いな……食後のデザートにしても、少し物足りないか。……目が布で覆われてる……なんだろうな。人間ってちょっと珍しいだけで呪われてるとか変な思い込みするし、珍しい目でもしてるのかな。ねぇ、どうなの?」


 そんなことを言いながら、声の主は少女の目元を覆う黒い布を外した。

 白銀色の瞳が露わになり、少女が声の主の姿を捉える――そこには、人型のナニカが立っていた。


 背丈は高く、高級そうな礼服を纏っていて――ここまでは、特におかしなところは無い。

 問題はここからだ――露出している素肌は真っ黒で、ゆらゆらと揺らめいていて、まるで影のように実体があるようには見えない。

 頭部、恐らくは髪にあたる部分は黒い靄で覆われていて、目元は見えず、口元には裂けるような笑みが刻まれていた。

 黒い靄は、靄でありながら一部がどろりと溶けて、ぼたぼたと足元に粘度のある液体を残し、しかしそれはナニカの影と同化するようにして消える。

 とても、とても不気味な姿だった。


 不気味な化け物、人ならざるもの――人外。

 〝彼〟は、そんな風に呼称される存在であり、人間が恐怖する存在だった。


 だが、少女はずっと目元を黒い布で覆われたまま生きていた。

 そんな姿を不気味と称するような価値観が、備わっていない。

 少女にとって、人も人外も変わりはない。

 だって、少女は人すらまともに見たことがないから。


「怖がらないんだね? そんな人間、初めて見た」

「?」

「……少し興味が湧いたな。境遇も特殊だったみたいだし……連れ帰ろうかな。食べようにも身が少なすぎるし、飽きたら飽きたで身が付いたところで食べればいいよね」

「……」

「君……喋れないの? ……いや、身体に違和感は無いな。どっちかっていうと……言葉を知らない?」

「……?」

「まぁいいか……じゃ、ちょっと失礼。歩けそうにないし、連れて行ってあげるよ」


 彼はそう言って、少女を抱き上げた。

 少女は肩を揺らすと、落ち着かなそうに視線を彷徨わせていたが、やがて落ち着いたのか目を閉じて眠りに落ちる。

 彼は、無関心にそれを眺めて、少女を連れて屋敷を去るのだった。


 これが、近い将来『シーナ』と呼ばれるようになる少女と、人外『フィフラティエ』の運命の出会いである。

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