8.隠遁の術師と「複合ルーン」の試練
1. 山道の遭遇
ライエル、セレフィア、ゼノンの三人は、リディから教わった山間の村への近道を進んでいた。道は険しく、ゼノンが先導し、セレフィアが光魔法で道を照らす。ライエルは周囲の地形に注意を払い、古代文字の痕跡がないか探っていた。
「ライエル君、この山道、普通の魔物しかいないみたいだけど、本当に聖刻会が来るのかしら?」セレフィアが尋ねる。
「ゲイルは僕の詠唱法則を解析し、僕らの追跡を続けている。この道を選んだのは正解だが、彼らが狙う『天穹の瞳』の知識は、この村に間違いない」
その時、道端に立てられた古びた石碑が、ライエルの目に留まった。そこには、ライエルの知るものよりもさらに古い、始原に近い古代文字が刻まれていた。
ライエルが手を触れると、石碑から微かな魔力の振動が伝わり、その振動が周囲の木々を揺らした。
「これは…『導きのルーン』。誰かが僕らを意図的にここに呼んでいる」
次の瞬間、木立の奥から、ボロを纏った一人の老人が現れた。彼は杖をつき、その杖の先端にも、同じ古代文字が彫られていた。
「お前が、古代文字を詠う若者か」老人は嗄れた声で言った。「私はサガ。この山に隠れ住む、ルーンの管理者だ」
2. 異端の管理者サガ
サガは、ライエルの一族とは別の系譜で古代文字を継承してきた異端の術師だと名乗った。彼は、ライエルが聖刻会に追われ、古代都市アークスで力を解放したことを知っていた。
「聖刻会が狙う『天穹の瞳』は、知識だけでなく、その膨大な情報を処理するための『複合ルーン』を必要とする。お前のルーンは、まだ単なる『基本ルーン』の組み合わせに過ぎない。それでは、奴らには勝てん」
サガはライエルを試すように言った。「この山を越えるなら、私から複合ルーンの詠唱を学んでいけ。さもなくば、この先、お前たちは聖刻会の罠でバラバラにされるだろう」
ライエルは、サガの言葉に迷いはなかった。彼の力は、ゲイルの模倣ルーンに一時的に乗っ取られた経験から、まだ未熟であることを痛感している。
「お願いします、サガ殿。僕に、その複合ルーンを教えてください」
サガは承諾したが、一つの条件を提示した。それは、彼がかつて犯した「過去の業」を、ライエルが知ることだった。
「私の業とは、強力なルーンを悪用し、この山に住む一族を滅ぼしたことだ。そのルーンは今もこの山に『残滓のルーン』として残っている。お前が複合ルーンを習得する間に、その残滓をすべて浄化し、私の魂を解き放て。さすれば、全てを教えよう」
3. 修行の試練:複合ルーン
サガとの修行が始まった。複合ルーンとは、複数の基本ルーンを同時に、かつ瞬時に詠唱することで、新たな法則を生み出す技術だった。
「複合ルーンは、世界の法則を複雑に組み合わせる。例えば、『防御』と『増幅』を同時に詠えば、周囲の魔力を吸収し、物理的な衝撃を跳ね返す『鏡のルーン』が生まれる。だが、失敗すれば魔力が暴走し、自滅する」サガが厳しく指導する。
ライエルは持ち前の知性と、古代文字への深い理解で、その技術を驚異的な速度で習得し始めた。ゼノンとセレフィアは、ライエルの修行を邪魔しないよう、周辺の警戒とサガの世話に専念した。
ゼノンは騎士の眼でライエルの魔力操作の動きを分析し、セレフィアは光魔法でライエルの魔力経路を安定させる。彼らの協力もまた、ライエルの成長を促した。
そして、修行の傍ら、ライエルはサガが示した「残滓のルーン」の浄化にも取り組んだ。それは、サガが過去に悪用した複合ルーンの残留思念であり、山中に悪しき魔力を放っていた。ライエルは、魂の詠唱によって残滓を解読し、静かにその法則を打ち消していった。
4. 複合ルーンの完成と新たな目的
数日後、ライエルはついに複合ルーンの詠唱に成功した。彼は、セレフィアの光魔法と、ゼノンの闘気を融合させ、周囲の環境そのものを武器に変える複合ルーンを完成させた。
「見事だ、若者よ。お前は私よりも優れている。お前の心には、私にあった支配欲がなく、仲間を守る意志しかない」
サガはライエルに、複合ルーンの奥義、そして自身の過去の業が浄化されたことに感謝した。
「聖刻会は、天穹の瞳の起動に必要な『起動の鍵』をすでに手にしている。それは、王国の辺境にある古城に隠されているはずだ。そして、その鍵を手に入れるため、奴らは次なる罠を仕掛けている」
サガは最後に、ライエルに新たな情報を授けた。
「聖刻会は、この辺境の山間を、王国の要人が通るルートとして偽装するつもりだ。お前たちが村を救っても、その要人が聖刻会の手に落ちれば、すべての努力は無に帰す」
ライエルたちは、村の魔導師たちを守るだけでなく、王国の重要人物が聖刻会に狙われているという、さらに大きな脅威に直面することになった。
「王国の要人…まさか、聖刻会が狙うのはセレフィア嬢の…」ゼノンがハッとする。
ライエルは、ルーンの深奥に触れたことで、その覚悟を新たにした。「聖刻会の目的は、もはや単なる古代遺物ではない。王国を内部から崩壊させることだ。僕らが、それを止めなければならない」
三人はサガに別れを告げ、山間の村と、そこへ向かう王国の要人を救うため、急いで山を下り始めた。




