4.追跡者と古代都市への道
1. 騎士道と古代文字の融合
アルドニア王国の国境沿いに広がる分厚い森を、ライエル、セレフィア、ゼノンの三人はひたすらに駆けていた。学園という保護された世界から抜け出し、彼らは追われる身となった。
「くそっ、腹が減ったな!こんなに走ったのは、学院のサバイバル教練以来だ」
ゼノンは重傷を押して走り続けた疲労で、道端の岩に腰を下ろした。セレフィアが優雅な身のこなしで周囲を警戒しながら、携帯食料の干し肉をゼノンに差し出す。
「騎士科の訓練が役に立ったわね。それにしてもライエル君、あなたは本当に体力がないわね」
ライエルは肩で息をしながら、苦笑した。「僕はルーンを詠うのが専門で、肉体労働は苦手でして…。それに、昨日使った防御ルーンの魔力消費が予想以上だった」
「そのルーンについて、ちゃんと説明してもらうわよ」セレフィアが真剣な表情になる。
ライエルは頷き、地面に小枝で模様を描き始めた。
「僕の一族が詠う古代文字は、君たちが使う魔導師の魔法とは根本的に違う。君たちの魔法は、自身の魔力を媒介にして現象を模倣するものだ。でも、ルーンは違う」
ライエルは、小枝で描いた模様の先端を指でなぞった。「これは、世界の理、法則そのものを具現化したものだ。詠唱によって、その法則を一時的に書き換える。だから、一般的な魔法では破れない絶対的な防御や、現象の封印が可能になる」
ゼノンが感嘆の声を上げた。「つまり、お前は世界に直接話しかけてるってことか!すげぇな、ライエル!」
「だが、欠点もある。詠唱に時間が必要なこと、そして詠唱を誤れば、その法則が自分自身に跳ね返ってくることだ。だから僕は、ずっと力を隠していた」
ライエルは立ち上がり、森の奥を見据えた。「僕らが目指すのは、王国の南東、古代の地図に記された『静寂の都市アークス』だ。聖刻会が狙う真の遺物は、そこにある」
2. 追跡者の包囲網
三人が旅のルートを確認していると、突然、頭上から鷹の甲高い鳴き声が響いた。通常の鷹ではない。その鷹は、翼に銀色のルーン(紋様)が薄く刻まれていた。
「見つかった…!あれは『斥候のルーン』を刻まれた魔獣だ。聖刻会の追跡が始まった!」セレフィアが即座に反応した。
ライエルの表情が硬くなる。「このスピードは想定外だ。ゲイル教官は、僕の封印をすぐに解く術を持っていたに違いない」
森の木々の間から、十数名の「聖刻騎士」が現れた。彼らは学院の騎士とは比べ物にならない、訓練された無機質な眼差しをしていた。先頭には、黒いローブを纏った一人の魔導師が立っていた。
「見つけたぞ、古代文字の詠唱者。無駄な抵抗はやめ、大人しく我々に力を捧げろ。そうすれば、その哀れな友人たちを助けてやらんでもない」
ゼノンが即座に剣を構えた。「ふざけるな!俺たちの命はお前らの手にあるもんじゃねぇ!」
「セレフィア、ゼノン、一旦後退だ!彼らは学院の教官レベルではない。完全に訓練された聖刻会直属の戦闘員だ!」
ライエルは後方への逃走ルートを確保するため、地面に素早く加速のルーンを刻もうとした。しかし、黒ローブの魔導師は彼を逃がさない。
「その力をそう簡単に使わせると思うか!」
魔導師が地面に手のひらを叩きつけると、ルーンの光より速く、「拘束のルーン」がライエルの足元に展開した。ライエルの体が、目に見えない力に縛り付けられる。
3. 三人目の壁
ライエルは身動きが取れない。ゼノンは聖刻騎士たちに囲まれ、剣の猛攻に晒されている。セレフィアは光魔法で援護するが、騎士たちの連携が強く、突破口が開けない。
(くそっ、詠唱が完了できない!力が足りないわけじゃない。時間が…!)
ライエルは、拘束のルーンを解読することで、その力を一時的に緩めようと試みた。しかし、その拘束ルーンは、ライエルの一族が使っていたものよりも遥かに古い、改竄されたものだった。
その瞬間、ゼノンの剣が弾き飛ばされ、一人の聖刻騎士がセレフィアの背後を取る。
「セレフィア!危ない!」ライエルが叫ぶ。
セレフィアは致命的な一撃を避けきれないと悟り、光の障壁を張るのが精一杯だった。
その時、大地が震えた。
ゼノンが、剣を失った両の手で、土塊を鷲掴みにする。ゼノンは、騎士としての魔力操作を、土属性の防御魔法に転用していた。
「崩せ(ブレイク)!」
ゼノンの咆哮と共に、彼が掴んだ土塊が炸裂し、爆風と共に聖刻騎士を吹き飛ばした。
「ライエル!お前のルーンが世界の理なら、俺の力は意志の力だ!縛られてるお前に、俺の意志を届かせる!」
ゼノンは騎士の魔力を極限まで高め、己の皮膚に闘気のルーン(闘気のように見える古代文字)を刻み込んだ。それは、ライエルが以前、ゼノンにこっそり教えた「自己治癒」と「強化」のルーンだった。
ゼノンの傷が瞬時に塞がり、その体が鋼鉄のように硬質化する。彼は地面に埋まっていた巨木を引き抜き、剣の代わりにして聖刻騎士の集団に突っ込んだ。
4. 詠唱の完成
ゼノンが文字通り追跡者の壁を作り出した一瞬、ライエルの拘束が緩んだ。ゼノンがルーンの力を利用してくれたのだ。
(ゼノン…ありがとう!)
ライエルは全魔力を集中させ、古代都市へ向かうための究極の移動ルーンを詠う。しかし、そのルーンはあまりにも複雑で、詠唱には時間が必要だった。
「セレフィア!ゼノンを援護しつつ、時間を稼いでくれ!」
「任せて!」
セレフィアは、その場に残った騎士たちと黒ローブの魔導師に向かい合った。彼女が詠うのは、光属性の極大魔法。
「光よ、裁け!我らが剣となれ!」
セレフィアの魔法は、黒ローブの魔導師の防御ルーンを打ち破るほどの威力を持っていた。光と闇、騎士道と古代文字、そして魔法。三人の力が一つとなり、その場は激しい戦場と化した。
セレフィアとゼノンの死闘の末、ついにライエルの詠唱が完成する。彼の足元に、巨大な転移のルーン(古代文字の環)が浮かび上がった。
「Portal Noa Vitas!」
(生命の門を開け!)
転移の光が三人を包み込む。黒ローブの魔導師が最後の抵抗を試みるが、時すでに遅し。
聖刻会の追跡を退け、三人は、古代都市アークスへと続く、新たな大地へ転移したのだった。




