30.響き合うルーン、繋がる未来
1. 虚無の門と狂気のヴィオラ
王都の地下深く、かつて「魂の回廊」と呼ばれた場所は、今や異界の魔力が噴出する「虚無の門」と化していた。中央で血を流しながら笑うヴィオラは、サガが守ろうとした世界の境界を、自らの憎悪で切り刻もうとしていた。
「サガ様は甘かった。進化など不要。ただ、この不完全な理をすべて消し去り、無に帰すことこそが真の救済よ!」
門の向こう側から、人知を超えた異形の魔力——「魔神」の腕が這い出し、世界の法則を塗り替えていく。空間がひび割れ、触れるものすべてが灰色に染まる。
「やめろ、ヴィオラ! それは救済じゃない、ただの拒絶だ!」ライエルが叫び、仲間たちが展開する。
ゼノンの大剣が異界の腕を食い止め、ノアの偽装ルーンがヴィオラの攻撃を逸らす。グラントは必死に門の閉鎖座標を解析し、セレフィアの聖なる光が侵食を押し戻す。
「ライエル君、今よ! 私たちの魔力をすべて預けるわ!」
セレフィアがライエルの背中に手を添えた。仲間全員の意志が、温かな魔力の奔流となってライエルへと流れ込む。
2. 始原のルーンの真実
ライエルは、一族の禁書にも記されていなかった「最後の一文字」を、自らの魂の中から見つけ出した。それは、文字として書かれるものではなく、心に刻まれるべき『調和のルーン』だった。
サガが到達できなかった場所。それは、ルーンを「力」として行使するのではなく、世界そのものと「対話」し、共生すること。
「Initium e'l Mundi. Harmonia e'l Sempiternus!」
(世界の始まりよ。永遠なる調和よ!)
ライエルが紡いだ詠唱は、激しい光ではなく、静かな、波紋のような音となって広がった。ヴィオラの放つ憎悪のルーンが、その音色に触れた瞬間に光の花へと解けていく。
「何……? 私の魔力が、奪われるのではなく……受け入れられている……!?」
ヴィオラの瞳から狂気が消え、驚愕と、そして小さな安堵が宿った。彼女を縛っていた執着が、ライエルの調和のルーンによって浄化されていく。
ライエルは、異界の門そのものを「閉じる」のではなく、人間界と異界が互いに傷つけ合わずに共存するための『恒久の緩衝境界』として再定義した。世界は作り替えられるのではなく、新しい形へとアップデートされたのだ。
光が収まった時、ヴィオラは静かに膝をつき、そのまま消えるように姿を消した。異界の腕も門も消滅し、地下には柔らかな静寂が戻っていた。
3. それぞれの旅立ち
戦いから数ヶ月後。
王都アルドニアは、かつての活気を取り戻しつつあった。しかし、以前とは違う点が一つある。王立魔導学院の跡地に設立された『ルーン評議会』の建物には、エルフ、人間、そしてかつての敵味方を問わず、多くの知識が集まっていた。
ゼノンは騎士団の教官に就任し、「ルーンに頼りすぎるな」と言いながら新兵を鍛えている。ノアは貧民街に学校を建て、子供たちに「世界を読み解く術」を教えていた。グラントは評議会の主席解析官として、過去の過ちを贖うようにルーンの平和利用に没頭している。
そして、セレフィアはヴァルハイト公爵家の新しい当主として、王国の政治を「支配」から「協調」へと変えるべく、多忙な日々を送っていた。
「ライエル、本当に行くの?」
評議会の入り口で、セレフィアが少し寂しげに、しかし誇らしげにライエルに問いかけた。
「ああ。サガ先生が見つけられなかった『世界の果て』を、この目で確かめてきたいんだ。それに、まだ誰も知らない古代文字が、世界のどこかで呼ばれている気がするから」
ライエルは、かつて師匠からもらった杖ではなく、仲間たちと旅をして得た木材で作った新しい杖を手にしていた。
4. エピローグ:古代文字を詠う者
ライエルは王都の門を抜け、見晴らしの良い丘に立った。
空はどこまでも高く、風はどこまでも自由だ。
第1話で故郷を焼かれ、すべてを失った少年は、今、世界という名の大きな家族を手に入れた。
「行こう」
ライエルが軽く一歩を踏み出すと、足元に小さな、輝くルーンが咲いた。それは魔法ではなく、彼が歩む一歩一歩に世界が喜んで応えている証だった。
ルーンはもはや呪縛ではない。
それは、人と世界が紡ぎ出す、終わりのない対話の言葉なのだ。
ライエルの背中を追うように、一人の少女の声が響く。
「ライエル君! 私も、次の目的地までついていくことにしたわ!」
振り返れば、公爵家の豪華なドレスを脱ぎ捨て、旅装に身を包んだセレフィアが駆けてくる。
二人は顔を見合わせ、笑い合った。
古代文字を巡る旅は、ここで一度幕を閉じる。
しかし、彼らが綴る新しい歴史の1ページは、今、書き込まれたばかりだ。
(完)




