3.目覚める力と旅立ち
1. 聖刻会の襲撃
ライエルがゼノンとセレフィアに真実を打ち明けた翌日。学院は、厳戒態勢を敷いたように静まり返っていた。この静寂こそが、嵐の前の兆候だとライエルは知っていた。
夕食後の自習時間。学院の生徒寮の一室に、あの遺跡調査に同行した教官、ゲイルが部下数名を伴って現れた。
「ライエル・アークレイ。至急、教務室まで同行願う。君の持ち物に、学院規定に反する禁書の破片が見つかった」
それはもちろん、聖刻会が仕組んだ罠だった。
「禁書ですか。心当たりはありませんが、調査には協力します」ライエルは地味な優等生として冷静に応じた。
だが、ゲイルの目がライエルの背後にいるセレフィアとゼノンを捉えた瞬間、その仮面は剥がれた。
「それにしても、この二人までいるとは好都合だ。どうやら君の秘密は、すでに友人にまで漏れているようだね、古代文字の継承者」
ゲイルの部下がセレフィアとゼノンに剣を突きつける。
「目的はあなたですね、ライエル君」セレフィアは魔導師として構えをとった。「あなたを狙うなら、私が相手よ!」
「落ち着け、セレフィア!」ゼノンは負傷が完治していない体で、剣を抜き放った。「ライエル、お前は動くな!ここで俺たちが食い止める!」
「いいや、待て!」ライエルが声を張り上げた。
「これ以上、あなたたちを僕の陰謀に巻き込むわけにはいかない。それに、彼らが本当に狙っているのは…僕の力だ」
ゲイルは笑い、手に持っていた、遺跡の設計図に描かれていたのと同じ小さな鉄の鍵を取り出した。
「その通りだ。ライエル。我々は君の血に流れる古代文字を詠う力が必要だ。学院の地下に眠る、第二の古代遺物『天秤の心臓』の封印を解くためにね」
ゲイルが部下に指示を出す。「抵抗するなら殺せ。ライエルだけは生け捕りにしろ!」
2. ルーンの覚醒
剣と魔力が、一斉にライエルたちに向けられる。
ゼノンは果敢に剣で突っ込むが、傷が深く動きが鈍い。セレフィアが光魔法の盾を展開するも、多勢に無勢だ。このままでは、二人とも殺されてしまう。
(もう、隠し通すことはできない。ここで力を解放しなければ、全てが終わる)
ライエルは目を閉じ、そして開いた。地味で目立たない彼の瞳に、青白い魔力の光が宿る。
「…詠う」
ライエルは、かつて一族が滅びた原因となった、失われた文明の言語を、恐れることなく口にした。
「Runar e'l Niar. Siel no'a Arcana. Terra e'l Vitas.」
(力を求めるな。秘密を守れ。生命の礎となれ)
それは、彼が常に心の内に秘めていた、防御と封印のルーン(古代文字)だった。
詠唱と共に、ライエルの周囲に青白い魔法陣が展開された。それは、通常の魔法陣のように魔力を放出するのではなく、周囲の魔力を吸い込み、安定させるものだった。
ゲイルたちの放った攻撃魔法は、魔法陣に触れた途端に威力を失い、剣の斬撃は、まるで壁に阻まれたかのように弾かれる。
「馬鹿な!?何の魔法だ、これは!?」ゲイルが叫ぶ。
「これは、君たちが畏れ、滅ぼそうとした力だ。古代文字を詠う者の力だ」
ライエルは詠唱を継続しながら、床に目を向けた。彼は、教官室で暗記した「天秤の心臓」を起動させるための古代文字とは真逆の、強力な封印のルーンを素早く刻み込んだ。
「Ygdra Riel Nar-Sein!」
(終焉の時、扉を閉じよ!)
封印のルーンが起動し、青い光が学院の地下へと向かって稲妻のように走っていく。それは、ゲイルが持っていた鍵と、学院地下に眠る遺物の接続を、一時的に切断する封印だった。
3. 旅立ちの決意
ゲイルはライエルが古代文字の力を使っていることに歓喜する一方で、その強大さに恐怖を覚えた。そして、遺物との接続を切断されたことに怒り狂う。
「奴を捕まえろ!力を利用するのだ!」
しかし、ライエルは既に次の行動に移っていた。
「ゼノン、セレフィア!逃げるぞ!」
ライエルは、詠唱で生み出した魔力の嵐を爆発させ、教官たちを吹き飛ばした。その隙に、三人は寮の窓を突き破り、夜の学院の敷地へと飛び出した。
「ライエル君!今の力は!?」セレフィアは驚きに声を震わせた。
「今は説明している暇はない!ゲイルの目的は、この学院の地下の遺物を囮に、僕の力を利用し、本当に世界を変える力を持つ、失われた古代都市の遺物を狙うことだ!」
ライエルはそう叫び、二人を振り返った。
「ついてきてくれるか?これはもう、学院の事件じゃない。世界の命運に関わる旅になる」
ゼノンは傷を押さえながら、力強く剣を掲げた。「当たり前だ!俺は騎士だ、お前と世界を守るのが俺の役目だ!」
セレフィアは、不安を振り払い、決意の瞳で頷いた。「私はあなたの言葉と、あなたの力を信じるわ。一緒に行くわよ、ライエル君!」
三人は、聖刻会の追手が迫る学院の門を後にし、夜の闇へと駆け出した。ライエルは、地味な優等生の仮面を脱ぎ捨て、古代文字を詠う者として、世界の真実と向き合う旅へと踏み出したのだった。




