29.黎明の凱旋とルーンの評議会
1. 王都への帰還
空中要塞が光の塵となって消え去り、王都アルドニアの空には見たこともないほど鮮やかな流星雨が降り注いだ。その光景を見上げた民衆は、それが滅びの危機であったことも知らず、ただ空の美しさに酔いしれていた。
ボロボロになった古代飛行艇レガリア号は、王城の広場へとゆっくりと降下した。待ち構えていたのは、混乱する王都騎士団と、事の成り行きを固唾を呑んで見守っていた文官たちだった。
「指名手配犯、ライエル・アークレイとセレフィア・ヴァルハイトだな! 武器を捨てろ!」
騎士団が包囲する中、セレフィアが毅然と前に出た。彼女の手には、王族の血筋を証明する『真実のルーン』が刻まれた家紋の指輪があった。
「私はセレフィア・ヴァルハイト。公爵の死の真相と、聖刻会が企てた世界の危機について、すべてを話します。私たちは王国を救うために戦いました」
彼女の凛とした声と、背後に控えるライエル、ゼノン、ノア、そしてグラントの堂々たる姿に、騎士たちは圧倒され、剣を下ろした。
2. 汚名の払拭
その後の数日間、ライエルたちは王宮の特別審議会に召喚された。グラントが保持していた聖刻会の活動記録、ノアが貧民街で集めた証拠、そしてエルフの長老からの親書が提出され、ヴァルハイト公爵の暴走とサガの真の目的が白日の下に晒された。
ライエルとセレフィアにかけられていた「公爵殺し」の汚名は晴らされ、逆に彼らは王国を救った英雄として認められることになった。
「ライエル、お前は自由だ。だが、サガが残した言葉が気になるな」ゼノンが、王宮のバルコニーで風に吹かれながら言った。
「ああ。境界ルーンの不安定化は、サガがいなくなったからといって解決したわけじゃない。むしろ、サガが無理やり維持していた均衡が崩れ、世界は今、非常に危うい状態にあるんだ」
ライエルは、王宮に集まった各国の使節やエルフ族の代表に対し、ひとつの提案を行った。それは、古代文字の知識を独占するのではなく、すべての種族が知恵を出し合い、世界の境界を共に維持するための組織――『ルーン評議会』の設立だった。
「ルーンは支配の道具でも、独善的な救済の手段でもありません。私たちが共に生きるための『絆』であるべきです」
ライエルの言葉は、長年反目し合っていた人間とエルフ、そして周辺諸国の心を動かした。
3. 残党の影と最後の決意
しかし、平和への歩みが始まる一方で、暗い影も残っていた。聖刻会の幹部ヴィオラは、要塞の崩壊後、一部の残党と共に姿を消していた。
「ライエル様、報告が」グラントが、解析のルーンを投影しながら現れた。「王都の地下、かつて魂の回廊があった場所に、不自然な魔力の歪みが残っています。ヴィオラたちはサガ様の遺志を歪め、境界の亀裂を無理やり広げて、異界から『魔神』を呼び寄せようとしているようです」
サガが求めた「進化」ではなく、純粋な「破壊」による支配。ヴィオラは師の理想を捨て、憎悪に駆られていた。
「これが本当の最後の戦いになるわね」セレフィアが、ライエルの隣で杖を握りしめる。
「ああ。サガ先生が残してくれたこの世界を、誰にも壊させはしない。ゼノン、ノア、グラント。もう一度だけ、力を貸してくれるかい?」
「当たり前だろ! 俺たちの旅の締めくくりにふさわしいじゃないか」ゼノンが豪快に笑う。
「あたしは、あんたたちの冒険を特等席で見守るって決めてるからね」ノアも微笑んだ。
4. 最終決戦の地へ
ライエルたちは、建国祭で賑わう王都の地下へと再び足を踏み入れた。華やかな祭りの音色が遠のき、冷たく湿ったルーンの残滓が漂う闇が彼らを包む。
最深部では、ヴィオラが自らの血を捧げ、異界への門をこじ開けようとしていた。
「来なさい、古代文字の継承者! 貴方が守ろうとしたこの世界が、異界の魔力に飲み込まれる様を見せてあげるわ!」
ヴィオラの狂気混じりの叫びが響く中、ライエルは静かにルーンを紡ぎ始めた。その文字は、サガから教わったどのルーンよりも暖かく、力強い。
第1話で故郷を追われた少年は、今や世界の命運を背負う立派な詠唱者となっていた。すべての旅、すべての出会い、すべての痛みを力に変えて、ライエル・アークレイは最後の一歩を踏み出す。




