28.終焉の隕石と不屈の詠唱
1. サガの最期の執着
空中要塞アーク・ルーンは、動力源の破壊と天儀の暴走により、轟音を立てて崩壊を開始した。しかし、中央部に残されたサガは、自らの肉体を触媒にして、要塞に残るすべての残存魔力を一点に集約させ始めていた。
「ライエルよ……。お前が選んだ『個の救済』は、世界全体の滅びを早めたのだ。ならばせめて、この要塞を浄化の火となし、腐敗した王国を焼き払おう」
サガが唱えるのは、超広域破壊ルーン『天の落涙』。巨大な要塞の残骸が、真っ赤な熱を帯びた隕石へと変質し、直下にある王都アルドニアへと狙いを定めた。このままでは、王都に住む数十万の民が、サガの絶望に巻き込まれることになる。
「やめろ、師匠! もうこれ以上、誰も傷つける必要なんてないんだ!」
レガリア号の甲板からライエルが叫ぶが、サガはもはや聞き入れない。彼の肉体は過負荷によって半透明になり、純粋なルーンの塊と化していた。
2. 仲間たちの集結
墜落する要塞の熱風がレガリア号を襲う。ゼノンが操縦桿を死守し、ノアが結界を張り、グラントが落下の軌道を解析する。
「ライエル、弱気になるな! あんなバカげたデカい石っころ、俺たちの力でバラバラにしてやるんだろ!」ゼノンが怒鳴る。
「そうだ。あんたがルーンの核を作れ。あたしたちが、その魔力を支えてあげるから!」ノアもまた、震える手で魔力を練り上げる。
ライエルは、震える手で杖を構え直した。師匠であるサガ一人に対し、こちらは四人。いや、意識を取り戻したセレフィアも含めれば五人だ。
「……分かった。みんな、僕に力を貸して。一族の知識でも、エルフの知恵でもない、僕たち五人の『今の想い』を古代文字に込めるんだ」
ライエルは空中に、これまでにないほど巨大な複合ルーンの陣を描き始めた。それは、要塞全体の原子構造に干渉し、結合を解除するための『万物解離の多重複合ルーン』だった。
3. 五人の共鳴
ライエルを中心に、仲間たちが輪を作った。
セレフィアの王族の清浄な血が魔力を増幅させ、
ゼノンの不屈の闘志がルーンに強度を与え、
ノアの鋭い直感がルーンの歪みを補正し、
グラントの解析力がサガの魔力の隙間を突く。
そして、ライエルがその全てを一つの詩へと編み上げていく。
「Unio e'l Cordis. Resolutio e'l Fati!」
(心の結合よ。宿命の解体よ!)
五人の魔力が融合し、レガリア号から放たれた純白の光の柱が、墜落する巨大な隕石(要塞)を真正面から捉えた。サガが維持する執着のルーンと、ライエルたちが放つ解放のルーンが空中で激突し、大気が悲鳴を上げた。
「これが……お前たちの、絆の力だというのか……」
サガの脳裏に、かつて幼いライエルにルーンを教えていた日々の記憶が去来した。ルーンの奥義を見つけ、目を輝かせていたあの少年が、今、自分という古い「理」を超えようとしている。
4. 砕け散る絶望
「いっけえええええ!」
ライエルの絶叫と共に、光の柱が要塞の核を貫いた。
赤く燃えていた要塞の残骸は、一瞬にして数千万の美しい「光の塵」へと分解された。それはもはや殺戮の武器ではなく、王都の空を彩る、昼間でも見えるほどの鮮やかな流星雨へと変わった。
崩壊する光の中で、ライエルはサガと視線が合った。サガは最期に、一瞬だけ、かつての穏やかな師の顔で微笑んだ。
「……見事だ、ライエル。あとの世界を……頼む」
サガの姿は光の中に溶け、完全に消滅した。
静寂が戻った高度三千メートル。レガリア号は、ボロボロになりながらも、流星雨の中をゆっくりと降下していく。ライエルは、隣で笑う仲間たちと、自分を支えてくれるセレフィアの温もりを感じていた。
だが、戦いは終わったが、世界にはサガが予言した「不安定な境界」が残されている。ライエルたちの本当の旅は、ここから始まるのだ。




