27.理(ことわり)の崩壊と魂のダイブ
1. 震える要塞
「天儀の間」に激しい振動が走った。要塞の下層で、ゼノン、ノア、グラントの三人が命がけで動力源のルーンを破壊した合図だった。
「やったな、みんな……!」ライエルは叫んだ。
要塞全体に巡らされていた魔力供給が遮断され、サガが維持していた鉄壁の防御結界に「澱み」が生じる。しかし、サガは動じることなく、天儀の歯車を手動で回し始めた。
「動力など、私の魔力で補えば済むこと。だがライエル、お前の仲間たちは賢明だな。要塞が落ちれば、お前たちが救おうとしているこの少女も、地上へ激突して死ぬことになるが?」
サガの杖が放つ『重力否定ルーン』が、ライエルの身体を床に押しつける。骨が軋むような圧力がかかる中、ライエルは必死に頭を上げた。
「師匠……あなたは、人間の強さを……甘く見すぎている!」
その時、要塞の外部からレガリア号が天儀の間の巨大な窓を突き破って突入してきた。操縦席には血まみれのゼノンが踏ん張り、ノアが叫んでいる。「ライエル! こっちは任せろ! あんたは、そのお嬢様を引っぺがすことに集中しな!」
2. 師弟の真剣勝負
仲間たちの加勢を受け、ライエルにかけられていた重力負荷が解除された。彼は渾身の力で立ち上がり、サガの目の前まで駆け抜ける。
サガは冷徹に、最高位の攻撃ルーン『虚無の洗礼』を放った。触れるもの全てを粒子レベルで分解する光の帯がライエルを襲う。ライエルはそれを避けるのではなく、自身の杖を盾にし、『反射と吸収の複合ルーン』で受け止めた。
「お前に教えたはずだ、ライエル。ルーンは道具であり、感情で制御するものではないと」
「いいえ、師匠。あなたが教えてくれたのは、ルーンの『形』だけだ! その『意味』を決めるのは、僕たちの心なんだ!」
ライエルはサガの懐に飛び込み、サガの杖を掴んだ。二人の間で、古代文字の波動が火花を散らす。
「師匠、僕はあなたを否定しない。でも、あなたの孤独な救済も認めない! あなたが背負おうとしている世界の重荷を、僕がルーンで解体してやる!」
ライエルは、セレフィアと世界の核を繋ぐ魔力の糸に、自らの意識を流し込んだ。それは、物理的な攻撃ではなく、ルーンの海に精神を沈める「精神ダイブ」だった。
3. セレフィアの心の中へ
ライエルの視界が、白銀の空間へと切り替わった。そこはセレフィアの意識の深淵。彼女は巨大なルーンの鎖に縛られ、無数の情報の奔流に呑み込まれようとしていた。
「セレフィア! 僕だ、ライエルだ!」
「ライエル……君……? 来ちゃだめ。ここは、もうすぐ『世界の法』に書き換えられてしまうわ……。私が私でなくなる前に、早く逃げて……」
セレフィアの姿が、少しずつ透明な結晶へと変わっていく。サガが仕掛けた再構築のプロセスが、彼女の存在そのものを「世界の部品」へと変えようとしていた。
ライエルは彼女の鎖に手をかけた。その鎖は、彼女が王族として背負ってきた義務、そして父からの呪縛そのものだった。
「僕がこの鎖を詠い替えてみせる。セレフィア、君は世界の鍵じゃない。君は……僕の、大切な女の子だ!」
ライエルは、自身の生命力をルーンに変換し、鎖の一本一本に新たな定義を上書きしていく。
「Vinculum e'l Amor. Anima e'l Liber!」
(愛の絆よ。魂を自由に!)
4. 決死の引き剥がし
現実世界の天儀の間では、ライエルの肉体から激しい光が溢れ出し、サガの杖を弾き飛ばしていた。
「馬鹿な……。個人の魂が、世界のシステムに勝るというのか……!?」サガの瞳に、初めて狼狽の色が浮かんだ。
ライエルの詠唱がセレフィアの心に届き、彼女を縛っていた鎖が、一斉に光り輝く花びらへと散った。ライエルは彼女の手を強く引き、情報の奔流から彼女を掬い上げた。
「帰ろう、セレフィア。僕たちの、不完全な世界へ!」
二人の意識が現実へと戻った瞬間、天儀の装置は過負荷によって大爆発を起こした。セレフィアの身体が装置から解放され、ライエルの腕の中に落ちてくる。
しかし、要塞の崩壊は止まらない。床が崩れ、空の彼方へと吸い込まれていく瓦礫。サガは、粉々になった天儀を背に、静かに立ち尽くしていた。
「……見事だ、ライエル。だが、世界の均衡は失われた。これから訪れる混沌を、お前はどう止めるつもりだ?」
要塞は真っ二つに割れ、ライエルたちは自由落下の中、レガリア号の甲板へと飛び込んだ。




