25.空の防波堤と親友の刻印
1. 古代飛行艇「レガリア号」の起動
大賢者サガにセレフィアを連れ去られ、エルフの里シルヴァニアは静まり返っていた。しかし、ライエルの心に絶望で立ち止まる余裕はなかった。里の最奥、聖なる滝の裏側に隠されていたのは、神話の時代にエルフと人間が共同で建造したとされる古代飛行艇「レガリア号」であった。
「この船を動かせるのは、エルフの自然魔力と、古代文字の正しい詠唱を同時に行える者だけだ」長老が重い口を開く。
ライエルは操縦席に座り、水晶のコンソールに手を置いた。隣には、傷だらけながらも「地獄の果てまで付き合ってやる」と笑うゼノンと、複雑な魔力回路を瞬時に把握しようとするノアがいた。そして、後方では贖罪を誓ったグラントが情報のバックアップを担う。
「Anima e'l Machina. Sursum e'l Astra!」
(機械に魂を。星々へ昇れ!)
ライエルの詠唱に呼応し、船体に刻まれた数千のルーンが一斉に青く発光した。長年眠っていたエンジンが咆哮を上げ、巨大な船体が浮上を始める。エルフの戦士たちが祈りを捧げる中、レガリア号は雲を突き抜け、サガが待つ空中要塞「アーク・ルーン」を目指して急上昇を開始した。
2. 空の迎撃部隊
高度数千メートル。酸素が薄くなり、空気が凍りつく極限の世界。レガリア号の前に、空中要塞から放たれた無数の魔導戦闘機が立ちふさがった。
「来たな、聖刻会のハエどもが!」ゼノンが操縦桿を握り、レガリア号の魔導砲を操作する。
激しい空中戦が繰り広げられる中、一機の漆黒の戦闘機が、異常な機動でレガリア号の甲板に強行着陸した。ハッチから降り立った人物を見て、ライエルは息を呑んだ。
「……カイン? なぜ、君がそこに」
そこにいたのは、魔導学院時代、ライエルと首席を争った親友カインだった。しかし、彼の右顔面には不気味な黒いルーンが侵食し、かつての情熱的な瞳は機械的な冷徹さに塗りつぶされていた。
「ライエル……サガ様は正しかった。僕たちの努力なんて、この圧倒的な『真実のルーン』の前では無意味だったんだ」
カインの声には感情がなかった。サガの手によって、彼の魔力経路は無理やり拡張され、肉体そのものがルーンの媒介へと改造されていたのである。
3. 親友という名の障壁
カインは右手を掲げた。そこから放たれたのは、本来なら多人数での儀式が必要なはずの『崩落の重力ルーン』だった。
「ぐっ……なんて魔力だ!」ゼノンが甲板に膝をつく。レガリア号の船体がきしみ、高度が急速に下がり始めた。
「やめるんだ、カイン! 君はサガ先生に利用されているだけだ。そのルーンは君の命を削っている!」ライエルは叫びながら、カインの重力を中和する複合ルーンを編み出す。
しかし、カインは止まらない。「利用されて何が悪い。僕は……君に勝ちたかっただけなんだ、ライエル! 天才の君の隣で、ずっと感じていた劣等感から、サガ様が解放してくれたんだ!」
カインは、自身の魂を燃料にするかのように、さらに強力な複合ルーンを多重起動させた。それは、周囲の空間そのものを破砕する『次元断裂ルーン』の亜種だった。
ライエルは悟った。言葉では届かない。今のカインを止めるには、彼が縋っている「偽りの力」を、正面から打ち破るしかない。
「ごめん、カイン……。君を救うために、僕は君を倒す」
ライエルは、サガから教わったのではない、旅で培った「不完全で、しかし温かい魔力」を一点に集中させた。
4. 悲しき決着
「Vinculum e'l Amicus. Frango e'l Maledictio!」
(友の絆よ、呪いを打ち砕け!)
ライエルの放った純白の閃光が、カインの黒い重力波を貫いた。爆発と共にカインは吹き飛ばされ、甲板に倒れ伏す。顔を覆っていた黒いルーンがひび割れ、剥がれ落ちていった。
「……はは、やっぱり……君には勝てないな」
カインの瞳に、一瞬だけかつての光が戻った。しかし、改造の代償は大きく、彼の魔力源は既に枯渇しかけていた。
「ライエル、気をつけろ……サガ様は、セレフィアを使って……『門』を開こうとしている。あのお方は、もう……人間じゃない……」
カインはそう言い残し、深い眠りにつくように意識を失った。ライエルは動かなくなった親友をノアに託し、前方を見上げた。
雲海の向こう側、太陽を背にして君臨する巨大な浮遊要塞「アーク・ルーン」。その最上階では、セレフィアを触媒とした、世界を創り変えるための最終儀式の光が漏れ始めていた。
「待ってて、セレフィア。今、行く!」
レガリア号は全速力で要塞へと突入を開始した。




