24.大賢者サガの降臨と世界の真実
1. 天空からの介入
ヴィオラが放った『共鳴破壊のルーン』と、ライエルの『境界防御ルーン』が激突し、エルフの里の中心で魔力が爆発した。爆炎が晴れた後、ヴィオラは勝ち誇った笑みを浮かべ、セレフィアに手を伸ばそうとした。
しかしその時、里の空が一瞬にして夜のように暗転した。雲が渦を巻き、その中心から巨大な、純白の光の柱が降り注ぐ。
「……そこまでだ、ヴィオラ。これ以上の無意味な破壊は必要ない」
静かだが、里の隅々まで響き渡る重厚な声。光の中から現れたのは、白い法衣を纏い、古びた杖を突いた老人だった。
「師匠……!? サガ先生!」ライエルは叫んだ。
かつてライエルにルーンの慈愛を説き、古代文字の深淵を教えてくれた、王国最大の大賢者サガ。その穏やかな眼差しは、今や冷徹な知性の色に染まっていた。
ヴィオラですら、その威圧感に膝をつき、恭しく頭を垂れる。「……サガ様。予定より早いお着きです」
ライエルは信じられない思いで、自身の師を見つめた。「なぜです……? あなたが、なぜ聖刻会を率いているんですか!? 奪われた一族の知識も、全部あなたが……」
2. 世界の真実と「異界」の役割
サガは哀れみを含んだ瞳でライエルを見た。
「ライエル。お前は、この世界がなぜこれほどまでに脆いのか、考えたことはあるか? 我々が住むこの大地は、実は『異界』と呼ばれる広大な魔力の海に浮かぶ、小さな島に過ぎない。そして、その島を支えている『世界の境界ルーン』は、もう寿命を迎えようとしているのだ」
サガが杖を突くと、空中に巨大なルーンの投影が現れた。それは世界の構造を示す図式だった。
「境界が崩れれば、人間は魔力の奔流に耐えられず死滅する。聖刻会が求めているのは、支配ではない。『世界の再構築』だ。私は、全人類を異界に適応した『新人類』へと強制的に進化させる。そのために、セレフィアの王族の血と、お前の一族が持つ『魂の変性ルーン』が必要だったのだよ」
サガの語る目的は、狂気の中にも一貫した倫理があった。彼は人類を救うために、現在の人類を一度滅ぼし、作り替えようとしていた。
「そんなの……誰も望んでいない! 進化なんて、自分たちの足でするべきだ!」ライエルは震える声で反論する。
「個人の意志など、悠久の時間の前では塵に等しい。ライエル、お前は私の最高傑作だ。私と共に来い。お前のルーンがあれば、再構築は完璧なものとなる」
3. 師弟の決別
サガはゆっくりと右手を掲げた。それだけで、ライエルが全身全霊で構築していた防御陣が、砂の城のように崩れ去る。次元の格が違いすぎた。
「断る……! 僕は、あなたの道具じゃない。この世界で生きる、みんなの日常を守るためにルーンを使うんだ!」
ライエルは、サガから教わったのではない、自分自身が旅の中で見つけた独自の複合ルーンを練り上げた。それは、セレフィアの光、ゼノンの不屈、ノアの機転、それら全ての想いを束ねた『絆の複合ルーン』だった。
「Vinculum e'l Sempiternus. Frango e'l Fati!」
(永遠なる絆よ。宿命を打ち砕け!)
ライエルの杖から放たれた七色の光が、サガに向かって突き進む。しかし、サガは眉一つ動かさず、ただ指先を振るった。
「未熟だな。『理の否定ルーン』」
ライエルの放った渾身の一撃は、サガに触れる直前で、まるで最初から存在しなかったかのように消滅した。ライエルは強力な反動で吹き飛ばされ、石畳に叩きつけられる。
「ライエル!」セレフィアが駆け寄るが、サガの杖が放つ重力ルーンによって、彼女はその場に縫い付けられた。
4. さらわれた鍵
「セレフィア・ヴァルハイト。お前の血に眠る『始祖の記憶』を呼び覚まさせてもらう」
サガが呪文を唱えると、セレフィアの身体が宙に浮き、サガの背後に開いた次元の裂け目へと吸い込まれていく。
「やめて! 離して!」
「ライエル、お前には最後の試練を与えよう」サガは冷たく告げた。「聖刻会の本拠地、空中要塞『アーク・ルーン』へ来い。そこで、お前が私の理想を上回る『答え』を示せぬなら、世界は私の望む通りに生まれ変わるだろう」
サガとヴィオラ、そして囚われたセレフィアは、光の中に消えていった。
静まり返ったエルフの里。ライエルは膝をつき、拳を地面に叩きつけた。師匠に手も足も出なかった無力感。しかし、その時、隣にボロボロのゼノンとノアが立った。
「……あのアジサイ野郎、ぶっ飛ばしてやる。ライエル、準備しろ。空まで追いかけるぞ」ゼノンが不敵に笑う。
ライエルの瞳に、絶望ではなく、静かな闘志が宿った。




