2.学園に潜む陰謀と二つの遺物
1. 緊張する学園と不自然な事故
遺跡調査任務から戻って以降、アルドニア魔導騎士学院の雰囲気は一変した。以前にも増して軍事教練が厳しくなり、教官たちは血眼になって学生の魔力や身体能力を計測し始めた。
ライエルは知っていた。これは聖刻会が、遺跡で得た古代遺物の手がかりに基づき、古代文字の力を受け継ぐ人間、あるいは古代遺物の起動に適した人間を探している動きだと。
「訓練中に怪我人が多すぎる。騎士科のゼノンでも、訓練で肋骨にひびが入るなんておかしいだろ」
セレフィアが昼食の席で苛立ちを隠せない様子で言った。ゼノンは任務の後の実技訓練で重傷を負い、まだ医務室にいる。
「教官たちも神経質になっているようですね」ライエルは地味な優等生らしく、冷静に分析する。「もしかすると、遺跡で何か不穏なものを持ち帰ってしまったのかもしれない」
セレフィアはフォークを置き、真剣な瞳でライエルを見た。「あの遺跡でのこと、あなたはまだ隠していることがあるでしょう?あの時、私には見えたわ。あなたが、ただの構造学の知識だけであの危機を乗り越えたのではないことくらい」
ライエルは視線を逸らさず、微笑んだ。「貴族令嬢の想像力は豊かですね。でも、僕はただの理論派の学生です」
セレフィアはそれ以上追求しなかったが、ライエルへの疑念は深まるばかりだった。
2. ライエルの調査と痕跡
ライエルはゼノンの事故現場をこっそり調べた。ゼノンは教官との模擬戦中に、突如として魔力が暴走した敵役の生徒に攻撃されたと聞いている。
現場に残されていたのは、通常の魔力暴走ではありえない、不規則な魔力の痕跡だった。ライエルは周囲の石畳に微細な古代文字が刻まれているのを見つける。それは、ごくわずかな魔力で周囲の魔力制御を不安定にさせる「干渉のルーン」だった。
(やはり、聖刻会の仕業だ。事故を装い、学生同士を戦わせて、その魔力特性を調べている)
ライエルは、あの遺跡調査に同行した教官の部屋に潜入することを決意した。
深夜。ライエルは学院の厳重な警戒網を、古代文字で書き換えた「静音のルーン」を足元に薄く展開することで回避した。教官室に忍び込んだ彼は、驚くべきものを見つける。
それは、巨大な鉄の鍵のレプリカ図面と、古代文字がびっしり書き込まれた古い羊皮紙だった。
鍵の図面には、「第二の遺物:天秤の心臓」と記されている。そして羊皮紙の古代文字には、鍵を起動させるための「詠唱の順序」が書かれていた。
(聖刻会は、遺跡で鍵に関する情報を得た。そして今、この鍵と、それに必要な「詠唱」ができる人間を探している。つまり、古代文字を詠うことができる者を)
彼は羊皮紙の情報を瞬時に暗記し、その場を後にした。
3. ゼノンとの真実の共有
翌日、ライエルは医務室のゼノンを見舞った。ゼノンは肋骨にひびが入っているにもかかわらず、訓練ができないことを悔しがっていた。
「くそっ、教官も生徒も、やけに必死になりやがって。まるで何かに追われているみたいだ」ゼノンが呻く。
ライエルは意を決した。このままではゼノンもセレフィアも、聖刻会の陰謀に巻き込まれてしまう。
「ゼノン、聞け。お前が事故に遭ったのは、偶然じゃない。あれは仕組まれたものだ」
ライエルは、ゼノンの瞳を見て、すべてを打ち明けた。自分が古代文字を詠う一族の末裔であること、彼らを追う聖刻会という組織が学院に潜んでいること、そして彼らが強力な古代遺物を狙っていること。
ゼノンは目を丸くしたが、やがて真剣な表情に戻った。
「古代文字?ルーン?……信じられない話だ。だが、お前が嘘をついているようには見えない。それに、あの遺跡での一件から、お前がただの優等生じゃないことは分かっていた」ゼノンは息を吐いた。「わかった。俺はお前が何を隠していようと関係ない。お前が助けたいものがあるなら、俺は協力する」
ライエルは深く頷いた。これで、信頼できる一人の仲間を得た。
4. セレフィアの決意
その夜、ライエルはセレフィアとも話さなければならないと考えたが、先にセレフィアがライエルを呼び出した。場所は学院の古い塔の屋上。
「ライエル君。あなたの秘密が何かは知らないけれど、私はもう見て見ぬふりはしないわ」
セレフィアは、ライエルが教官室から出てくるのを、遠くから目撃していたのだ。
「聖刻会…彼らが何者かは知らない。でも、彼らが何か悪いことを企んでいて、それをあなたが命がけで止めようとしていることは分かったわ」
ライエルは、セレフィアの純粋な正義感と探究心に、真実を隠し通すことはできないと悟った。彼は古代文字の詠唱によって一族が滅ぼされた過去、そして聖刻会が第二の遺物を起動させようとしている陰謀をすべて話した。
「第二の遺物『天秤の心臓』が起動すれば、王国は内部から崩壊する。そして、僕らは皆殺しにされる。だから、僕はここを離れる」
セレフィアは目を閉じ、そして開いた。彼女の瞳には強い光が宿っていた。
「…待って。あなたは一人じゃないわ。私にも、大切な人たちがいる。この学院を守りたい。あなた一人に、その重荷を背負わせない」
セレフィアは、自分も共に旅立つことを決意した。
ライエル、セレフィア、ゼノン。力を隠してきた者、真実を知りたい者、そして力で守りたい者。三人の運命は、学園内の陰謀から、世界の命運へと繋がる冒険の旅へと導かれていく。




