17.王城地下の遺物と救出作戦
1. 囚われの詠唱者
ライエルの意識が戻った時、彼は冷たい石の床に横たわっていた。視界に入ったのは、王城地下深くにある、厳重に魔導で封鎖された一室だった。手足には、魔力を阻害する特殊な金属の枷が嵌められており、僅かな魔力の流れさえも許されない。
目の前には、聖刻会の女性幹部ヴィオラが立っていた。その背後には、天蓋のようにそびえる巨大な水晶の塊がある。
「目覚めたようね、古代文字の詠唱者ライエル・アークレイ」ヴィオラは冷たい笑みを浮かべた。「ここは、王城の地下深くに隠された聖刻会の秘密拠点。そして、そこにあるのが、あなたが封印を恐れた『天穹の瞳』よ」
天穹の瞳は、巨大な水晶の遺物であり、その表面には、無数の古代文字が瞬きながら刻まれていた。ライエルの知識と対比すれば、この遺物が全世界の情報を収集・解析し、遠隔操作を可能とする「究極の監視ルーン」であることは明白だった。
「私の使命は、あなたからルーンの深奥知識を引き出し、この遺物を完全に起動させること。協力すれば、あなたの命は保証されるわ」ヴィオラはライエルの顔を覗き込んだ。
ライエルは虚勢を張った。「僕の知識は、あなたたちに悪用されることはない。複合ルーンで、全てを封印してやる」
「無駄よ。もうすぐ、最終的な起動に必要な『鍵』がここに届く。その時、あなたは自らの意思に反して、天穹の瞳の最終詠唱をさせられることになる」
ライエルは、己の力が、世界を支配する道具に変貌させられる危機に直面していた。
2. 絶望からの脱却と作戦立案
一方、王都の貧民街の隠れ家では、セレフィア、ゼノン、ノアが、意識を失ったグラントを囲み、重苦しい空気に包まれていた。
「ライエルを助ける。それ以外の選択肢はない」ゼノンが拳を叩いた。
「でも、相手は聖刻会の幹部よ。しかも王城の地下。正面から行けば、私たち全員が捕まるわ」セレフィアは冷静だったが、その瞳は悲しみに揺れていた。
ノアが地図を広げた。「王城の地下は、貧民街よりも複雑だ。だけど、王城には古い『魔導水道』が通っていて、その一部は貧民街の古い井戸と繋がっているはずだ」
ゼノンが身を乗り出した。「魔導水道か!そこからなら、警備を避けられるかもしれない!」
セレフィアは、捕らえたグラントに目をやった。「グラントの『情報の変性ルーン』を、救出作戦に利用する。彼が裏切り者である事実は変わらないけれど、今は生き残るための協力者になってもらうしかない」
グラントの意識が戻ると、セレフィアは冷徹な目で取引を持ちかけた。「グラント。聖刻会はお前を見捨てた。お前の変性ルーンを、私たちを王城地下に潜入させるための『偽装ルーン』として利用させる。協力すれば、命は保証する」
聖刻会に裏切られ、死を恐れるグラントは、渋々その取引に応じた。
セレフィアの立案した作戦は、グラントの変性ルーンで監視カメラや魔力探知ルーンの情報を改竄し、ゼノンの騎士としての潜入術とノアの隠密術で、魔導水道を通り王城地下を目指すという、大胆かつ繊細なものだった。
3. 魔導水道の潜入と守護者との遭遇
その夜、三人とグラントは、ノアが見つけた古い井戸から魔導水道へと潜り込んだ。水路は暗く、湿った空気が満ちていたが、グラントの変性ルーンが彼らの魔力反応を水路の微細な雑音に紛れさせ、警備の目を欺いた。
しかし、王城地下への入口に近づいた時、彼らは予期せぬ障害に遭遇した。水路の交差点に、古いローブを纏った三人の老人が立っていた。彼らは、ライエルたちを見ても動じることなく、静かに迎えた。
「若者たちよ。これ以上、王城の地下へ進むことは許されん」老人の一人が、厳かな声で言った。
「誰だ、あんたたちは!」ゼノンが剣を構えた。
「我々は、王国の真の守護者。王族と、古代から王城に伝わる『始原のルーン』を護衛する一族だ。お前たちが追っている聖刻会とは、古くから敵対している」
ライエルの一族とは系譜が異なるが、彼らもまたルーンを扱う者たちだった。彼らはライエルの一族を「異端」として敵対していた過去があるが、聖刻会が天穹の瞳を起動させようとしていることは、彼らにとっても最大の脅威だった。
「聖刻会が王城地下で何を企んでいるかは知っている。だが、我々はよそ者の侵入を許すわけにはいかない」
セレフィアが前に出た。「私たちの仲間が、聖刻会に捕らえられ、遺物の起動に使われようとしています。私たちは聖刻会を倒すために来たのです!」
4. 一時的な共闘と王城の核心
守護者の一人、リーダー格の老魔導師は、セレフィアたちの切実な訴えを聞き、表情を変えた。
「…古代文字を詠う若者が捕らえられたか。聖刻会の動きは、我々の予想を上回っている。よかろう。我々は、お前たちの目的が聖刻会の打倒にある限り、一時的に手を組む」
守護者たちは、王城の構造、特に聖刻会が隠れている場所に関する、極秘の情報を提供した。
「聖刻会が天穹の瞳を設置した部屋は、王城の最深部にある『魂の回廊』と呼ばれる場所だ。そこには、古代の強力な防御ルーンが施されている。そして、その部屋への入口は、ヴァルハイト公爵家の私室の地下と繋がっている」
セレフィアは、その事実に衝撃を受けた。父ヴァルハイト公爵が、聖刻会の活動に、深く関与させられていることが、これで確信へと変わった。
「私の父が…」セレフィアは決意を新たにした。「父を止めるためにも、ライエルを救い出さなければならない!」
守護者たちの協力、グラントの変性ルーン、そして仲間の絆。すべてを武器に、セレフィアたちは王城地下の聖刻会秘密拠点へと向かう。




